メタルギアソリッドⅥ Stairway to Heaven 作:山猫飼育系
ーー1999年 9月2日 ザンジバーランド
ここは何一つ音の無い
BIG BOSSと呼ばれている隻眼の男は貧相なパイプ椅子に座り、モニターの手前の机に置かれたカセットプレイヤーに胸から生えているイヤホンを伸ばして先端をカセットプレイヤーに繋げた。カセットプレイヤーの再生ボタンを押すとレディオヘッドの『Paranoid Android』が体内に埋め込まれた線を通して耳の内部に装着された小型のスピーカーから流れてきた。
世界が終わる音から耳を塞ぐ為に。
自分の体内から漏れる無数の機械音をできるだけ聞かない為に。
機械となった自分から現実逃避をする為に。
隻眼の男はトム・ヨークの哀しげな歌声を聴きながらモニターを見つめる。一人の男が国の兵士達を薙ぎ倒しながら、この司令室が設置されてるフロアに繋がる長い階段を登ってきていた。
その現実からは目を逸らしたくなり目を深く瞑り暗闇の世界へ逃げこむ。このまま眠りにつきたいと、まるで子供のような我が儘(まま)まで言いたくなる。すると大人の自我の自分が「ついこの間9年も眠ったじゃないか」と子供の自我の自分に叱った。
深い深い9年の眠り。
9年の間、未来に生きる夢など一度も見なかった。光の無い深海へ沈んでいくように過去をひたすら彷徨っていた。
過去を振り返ると“世界が終わる音”を自分は何回も聞いたなと、複雑な感情に浸る。
初めてその音を聞いたのは6歳の頃だった。母親と砂浜で海を眺めていたら突然近くの港から爆音が響き、プロペラが空気を裂く音が無数に聞こえた。港に停留していた戦艦達が黒煙を上げながら沈んでいき、男達の悲鳴が耳を貫き脳にトラウマとなって植え付けられた。その終末的な光景は、「世界は終わるんだ」と思うのに充分な演出だった。
二度目の世界が終わる音を聞いたのはとある船の上だった。自分も含めて周りの人間達は上官からサングラスを渡され、それを掛けて全員が水平線を見つめる。一瞬太陽のように光ったと思うと宇宙にまで届くのではないかと思うくらいのキノコ雲が上がった。激しく揺れる海面と不気味な轟音は世界の終わりそのものだった。
三度目の世界の終わる音を聞いたのは電話越しであった。怒号を上げ、息を荒々しく立てた男達は核兵器を発射するボタンを押そうとしていた。
過去を振り返るのは好きではなかった。それは今を生きる自分への冒涜だからだ。だが眠りの間の夢というものは冒涜を簡単に犯す。夢は無慈悲だった。自分を過去という深海に引きずりこみ“彼女”に会わせてくる。会うたびに溺れ、もがき苦しんだ。彼女とは違う生き方をすると決め、記憶から決別を計った筈なのに。
だがそれこそ偽りだった。忘れることなどできなかった。コスタリカの海に彼女の
未だあの引き金を引いた自分を殺してしまいたい程憎んでいる。
もしあの
ーーThat's it sir
"以上で終わりです。閣下"
You're leaving
"あなたはお見捨てになるのでしょう"
The crackle of pigskin
"豚の皮のはじける音も"
The dust and the screaming
"ゴミも叫び声も"
The yuppies networking
"馴れ合うヤッピー共も"
The panic, the vomit
"混乱も反吐も"
The panic, the vomit
"混乱も反吐も"
God loves his children
"神は子らを愛されている"
God loves his children
"神は子らを愛されている"
yeahーー
曲が終わると隻眼の男は机に置いてある古びた木箱を開けて中から自動小銃を切り詰めたような形状をしていて下部に取り付けられたマガジンもメビウスを描いた誰が見ても特殊だと思う形をしている銃を取り出しそれを軽く握って立ち上がる。
そして、ふと忘れ物でもしたかのように隻眼の男はとあることを思い出した。
9年前のあの日、とある男が散り際に放った予言とも言える台詞。
『あんたはいずれ“ボス”の殻を破り“神”になる。その時があんたの
ーー1989年 1月28日 ソマリア 首都モガディシュ
肌に刺さるような雨が降っているにもかかわらず黒人達で賑わう市場の通りを歩く白人の男の姿があった。使い古されたジーンズと泥で汚れたTシャツを着た隻眼の男は好物の葉巻を買う金を作る為、出店の電気屋へ立ち寄った。電気屋といってもここら辺の電気屋は動くかも怪しいボロボロのラジオや液晶画面に亀裂の入ったテレビといったガラクタしか売っていない。隻眼の男は丈の低い椅子に座った初老の店主に人種や言葉の隔たりなど一切関係無しに話しかける。
「おやじさん、この機械買ってくれないか?」
隻眼の男が後ろポケットから取り出したのは妙な形をした携帯端末だった。長方形で中心よりやや上の部分には丸い電球のような物が植え込まれている。
「なんじゃあこりゃあ?」
店主は携帯端末を手に取ると電化製品であるという確かな重みと側面に着いている精妙な操作機器からただのゴミではないことはことは確信した。ただ摘みやボタンを押しても一向に動く気配は無い。
店主の困惑した様子を見て隻眼の男は少し首を傾げ半笑いをしながら
「砂まみれになったり水の中に長い時間潜る仕事をしていてな、壊れたんだ。だがマニアには堪らない品物だ。…多分。…すまないこんなもの押し付けて」
隻眼の男が申し訳なさそうに手を出してこの端末を持って帰ろうとする。だか店主は明らかにこの携帯端末が何か特別な物だということは理解できていた。それに黒人の自分に見下した態度を全くしない白人の男が気に入り笑顔を向けて親指を立てた。
「よっしゃ。ここいらでは物好きもいるから売れるかもしれないねぇ。
「申し訳ない、押し付けがましくて。助かる。」
そう言って隻眼の男は5千SOSを店主から貰い再び市場が並ぶ道を雨に打たれながら歩み出した。
男の名はジョー・イーストウッド。
元々名前の多い男であったが5年前から戸籍上はジョー・イーストウッドとなっている。