死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜
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20:考えるまでもない答え

「あ~~食った食った。もーおなかいっぱい!」

 

 膨れた腹を叩いてブハラが宣言し、メンチが銅鑼を鳴らして同じく宣言する。

「終ーー了ォーー!!」

 

 通常のハンター試験なら……いや、メニューがブタの丸焼きでさえなければ、ここで受験生たちは自分の合否で悲喜こもごもあるはずなのだが、この時ばかりは下手すればヒソカでさえも同じことを思った、奇跡の瞬間かもしれない。

 

(豚の丸焼き、70頭!! バケモンだ……!!)

 

 もちろん一口齧って味をみただけで、残りはスタッフが美味しく頂きました……という訳ではない。ブハラが全部きちんと美味しく頂いてしまったのを目の当たりにして、合格者たちは喜びが彼方に吹っ飛び、ただただ反応に困っていた。

 

「私の苦労は何だったんだ!? っていうか、美食ハンターならもう少し味にこだわれよ!!」

 しかしソラは比較的早くブハラの四次元胃袋の衝撃から回復し、別のことで凹み出す。

 

 ブタの丸焼きなんか作った事がないと言いつつも、唯一料理ができることと5人の中で最年長ということが彼女の無駄な責任感を煽って、直死の魔眼を無駄に有効活用して内臓も骨も血も抜き、もはや調理ではなくただの解体だと思いつつも焼き上げたブタが、内臓や骨がまるまる残っている物はおろか、黒焦げや生焼けと同列で「美味しい」と言われたら、凹むのも仕方がないだろう。

 

「ソラのが一番、美味しそうに食べられてたよ! 食べやすいって言ってたし!」

「じ、時間はかかったが、その分我々の分もちゃんとした料理としての丸焼きになったから、合格したんだ! さすがに最後の満腹近い状態で黒焦げを食べさせられたら、『美味しい』とは言わないはずだ!!」

「……うん。ありがとう、ゴン、クラピカ」

 

 ブタはそれぞれ一人一頭、ちゃんと自分の実力で倒したが、解体はほとんどソラに任せてしまったため、凹んだソラがほっとけずにゴンとクラピカが必死で励ますのを眺めながら、レオリオはキルアに尋ねる。

「にしてもあいつ、俺のナイフでスパスパ解体してたけどあれ、どうやってんだ? 骨すらもあり得ない切れ味で切れてたぜ……」

 

 その問いに、もちろんキルアは答えない。ソラ本人は危機感なく、ちょっとした雑談程度のノリで話していたが、あきらかに軽々しく話していい情報ではない。

 そもそもキルアは、ソラとゴンはそれなりに信頼して一緒にいたいと思っているが、レオリオに関しては「何かいる」程度にしか思っていない。

 邪魔だとまでは思っていないが、実は未だに彼の名前を覚えていないぐらい興味を持っていないので、そんな相手にソラの切り札を話す気はサラサラない。

 

「さぁな」

 それだけ言って、キルアはソラに「いつまで凹んでるんだよ」と後ろから膝裏を軽く蹴る。

 ソラは蹴られても「痛いな、もう」と文句とも言えない程度の文句で終わらせるが、代わりにクラピカが少しきつい目つきで睨んできた。

 その視線を、キルアは気付いていながら無視する。

 

 向こうだってソラがバカなことを言い出したら木刀を投げつけたり殴ったりしているのだから、文句をつけられたり説教される筋合いはないと心の中でクラピカに言い返し、彼女の隣で「次は何だろうな?」と話しかける。

 レオリオに対しては無関心よりマシ程度の認識だが、キルアはクラピカに対しては明確に「気に入らない」と思っていることを自覚させられたのは、先ほどのブタの解体でのこと。

 

 ソラが直死の有効活用なのか無駄使いなのか不明なことをやらかしていた時、ゴンは純粋に「すごい」と目を輝かせ、レオリオは好奇心と恐怖半々でその解体を見ていたが、クラピカは小さなバタフライナイフで骨すらサクサク切り裂くソラを見て、驚いた様子などなかった。

 酷く痛ましそうな顔が、自分と同じか自分以上にあの眼の事を知っていることを語っており、それが無性に気に入らなかった。

 

 クラピカを気に入らないと思っていることは自覚しても、それが何故かは考えなかった。

 考えようとはしなかった。

 考えるまでもなくて、認めるのが癪だったから。

 

 だからただ、クラピカとソラの間に割り込むように彼女の隣に立った。

 

 * * *

 

 ブハラと違って自分はカラ党だと言ってから二人目の試験担当官であるメンチは、高らかに課題メニューを宣言する。

 

「二次試験、後半。アタシのメニューは、スシよ!!」

 その宣言に、今度は全員とはいかないが9割以上がやはり同じことを思った。

 

(スシ……!? スシとは……!?)

 

 ブハラの課題とは違い、名称では形状も材料も調理法も想像できないものを出題されて、受験生たちは戸惑い、ざわめき始める。

 その様子が予想通りで嬉しいのか、メンチは機嫌良さそうに「ヒントをあげるわ!!」と言ってようやくコンテナ庫のような建物内に受験生が入ることを許可した。

 建物内にあったものは、ずらりと並ぶ調理台。ただし、シンクと包丁やまな板が置かれた作業台のみで、コンロはない。

 

「最低限必要な道具と材料はそろえてある」の言葉通り、包丁の種類は多いが鍋やフライパンの類は一切置かれていない。

 玉子やアナゴなど火が必要なスシダネは普通に存在するが、おそらくはコンロを置いたら調理の幅が広がりすぎて受験生が迷走すること間違いなしと判断されて、置かれなかったのだろう。

 

 答えを知る者からしたら相当サービスしてヒントが散りばめられている状態だが、調理経験皆無な受験生たちには包丁はどれも同じに見えて、コンロが存在しないことに気付いている物さえごく少数。

 しかしほぼ全員が完全な手探り状態なので今のところ焦りは生じておらず、それぞれがテキトーな調理台の前に立って、包丁やご飯を前にしてひたすら頭を悩ませる。

 

「……なぁ、スシって料理は、あいつ知ってると思うか?」

 他の受験生たちと同じく、ご飯の前で首をひねっていたレオリオに訊かれ、クラピカは顎に手をやり「……どうだろうな?」と曖昧に返答する。

 

 一緒にいた期間はさほど長くはなく、満足に料理が出来る環境でもなかったが、そんな環境でもソラはクラピカから見たら手の込んだ料理を片手間でよく作ってくれていたし、クラピカが知る料理も、見たことも聞いたこともない料理も同じくらい作っていたが、異世界の住人にこちらの世界の小さな島国の民族料理は、ブタの丸焼きと同じかそれ以上に知っていることを求めるのは酷だ。

 

 だが、ソラが作る料理はこちらの世界の料理と共通しているものも多かった。

 なのでソラの世界に同じ料理があった可能性、そして本人が言う通り食い意地が張ってる女なので、3年の月日でこちらの料理を学んで知った可能性、どちらの可能性も十分に有り得たので一応尋ねてみるかと思い、クラピカは隣の調理台を見る。

 

 が、そこに目当ての人物はおらず、代わりにもう一つ隣の調理台にいたキルアと目が合った。

 キルアはやや不快そうに顔を歪めて、「どこ行ったんだ、あいつは」とぶつぶつ言いながら辺りを探る。

 キルアの反応にクラピカは一瞬大人げなくムカついたが、それよりもほっとくと何をしでかすかわからない人物筆頭がいつの間にかいないという事態を何とかするのが先だと判断してクラピカも辺りを見渡すと、何故かソラはメンチと何やら話をしていた。

 

「何の話してるんだろう?」

「あいつ、まさか直接試験官にどんな料理なのか訊いてるんじゃねーだろうな?」

 ゴンとキルアも気付くが、さすがにあたりが少し騒がしいので会話は聞き取れないらしく首を傾げている。

 余計なことを話していないといいが、とクラピカが思いながら声を掛けるか待とうか迷っている間に話は終わったらしく、ソラはすたすた歩いて戻って来た。

 ソラに向かってメンチが至極機嫌良さそうに笑いながら手を振っているので、とりあえずいつものエアブレイクはやらかしていないことを安心しながら、「何を話していたんだ?」と、戻ってきたソラに尋ねる。

 

「んー、ちょっとした確認」

「確認?」とクラピカがオウム返しする前に、ソラが戻ってきたことにレオリオは気付いて声を掛けた。

 

「お、いたいた。おーい、ソラ。お前、スシって何かわかるか」

「わかるも何も、知ってる」

「あー、やっぱそうか。そりゃそうだろ……っておい! 知ってんのかよ!!」

 

 豚の丸焼きと同じく「わからない」という答えが来るだろうと予想していたのが、「知ってる」という即答で思わずレオリオがノリツッコミのような反応をする。

 同じく答えに期待していなかったのとソラがあまりにも普通に返すので一瞬聞き流してしまった他3人だけではなく、レオリオの声がでかかったせいで周囲の受験生全員が目を見開いてソラに注目する。

 自分たち以外にもソラが「スシ」を知っていることがばれてしまったことで、クラピカとキルアがレオリオを横目でにらみ、レオリオは誤魔化すように笑うが、ソラの方は受験生ほぼ全員に注目されてもひるまず、メンチの方を指さして淡々と言った。

 

「うん。だからさっき、知ってんだけどどうしたらいいですか? って訊いてきた。別のもん作れだってさ」

『何で!?』

 

 レオリオ達だけはなく、何故か自分からせっかくのメリットを捨てに行った女に受験生ほぼ全員の疑問兼ツッコミが唱和した。

 さすがに芸術的なまでの唱和をされるとは思っていなかったのか、ソラは少しビビったらしく目を丸くして答える。

 

「え? だってたまたま知ってるだけだから、不平等でみんなに悪いから」

「がふっ!」

 

 ソラの発言直後、いきなり殴られたようなうめき声を人外と疑われたレベルの五感を持つゴンだけが聞いた。

 だがさすがにまだ会話も交わしていない他人相手なので、誰のうめき声で何があったのかは察することは出来ず、少し心配だったがどうすることも出来なかったが、そのうめき声はソラと同じく「スシ」を知りながら誰にもそのことを悟らせずに合格を企む受験生、忍者ハンゾーの良心がぶっ刺されたものなので、どうこうする必要はない。むしろ、見知らぬ他人の子供に心配されたことまで知った方が、彼の良心的にトドメだろう。

 

「お前、変なところ真面目だな……」とキルアが呆れきった目で言うが、ソラは飄々と「そうでもないよ」と答えた。

 その答えの意味を知るのは、「じゃあ、こいつに用はない」と言わんばかりに群がっていた受験生たちが散ってから。

 

「ぶっちゃけ知らない人に悪いなーよりも、ただの保身の割合がでかいよ。だって、どういう料理か知らずにヒントを見逃さずに作ったものと、初めから知ってる奴が作ったものくらい、私でもたぶん見分けつくし。

 で、最初から知ってるんなら味の合否基準を上げられるかもしれないじゃん? プロレベルを求められたらもう絶対に無理だから、皆と同条件にしてもらおうって思っただけ。

 だから、ヒントはあげるし手伝うのはいいけど、皆もちゃんと考えた方が良いよ。一から百まで私が教えたら、たぶん君たちの合否基準も爆上がりするから」

 

 他の受験生たちが離れてからソラの調理台に4人が集まり、ソラがわざわざスシを知っていると報告した真の理由を聞いて、料理経験がない男どもは顔色を悪くする。

「は? プロレベル求められたら合格は無理って、そんなに難しい料理なのかよ?」とレオリオが他3人の不安を代弁すると、その不安を生み出した張本人はケロッとした顔で手を振って答えた。

 

「どっちかって言うと逆。シンプルすぎるんだよ。難しいと言えばこの上なく難しいけど、特別な材料や調理法があるわけじゃないよ。

 ほら、フリーハンドで円を描けって言われて、それらしい形は描けても練習なしでコンパス使ったみたいに綺麗な円を描ける人なんかいないじゃん? そういう話。

 プロレベルを目指すならそれこそ10年単位の修業がいるけど、普通に家庭料理として美味しいレベルなら、素材がよっぽど悪くない限り難しくないよ」

「なんだ。安心したぜ」

 

 ソラの答えにレオリオがやはり代表して心中を代弁し、ひとまず料理経験が皆無に近い自分たちでもまだなんとかりそうなことに希望を抱く。

 さすがに美食ハンターの試験とはいえ、プロレベルの料理は求めないだろう。そんな基準で合格できるのは、彼らと同じ美食ハンター志望くらいなのだから。

 

 先ほどのブハラの試験も、黒焦げや生焼けの豚の丸焼きも「美味しい」と言って合格させたのだから、「美味しい」と言えば合格は方便であることは明白。

 メンチの試験も本人が「カラ党」と言ってはいたがせいぜいブハラより厳しめ、ごく普通の家庭の食卓に出せる程度の美味しさしか求めていないと誰もが思った。

 

 その考えに、間違いはなかった。

 少なくとも、この時点では。

 

 死にかける土壇場でその「死」を回避することに長けていても、未来予知など持たないソラがそんなことに気付ける訳などなく、この先の未来など知らず彼女は呑気にゴンと会話する。

 

「ソラは何を作れって言われたの?」

「私も結局、『スシ』だよ。

 調理台とか用意してる調理器具は完全に『スシ』を作るためのものしかないから、私は『ニギリズシ』以外の『スシ』、それも普通の店とかじゃ置いてないような創作系を作れって言われた。だから、私の調理過程はヒントになるかもね」

 

 そう言って笑うが彼女は自分から動こうとはせず、腕を組んで4人の様子を悠々と眺める。

 嫌味な態度に見えるが、実際ソラが食材を集め出したらそれはヒントではなく答えになってしまうので、動きたくても動けないのだろう。

 そのことをわかっているのかいないのか、子供組はソラの態度を気にした様子はない代わりに、ソラにまとわりついて質問を浴びせる。

 

「っていうか、『スシ』ってどんだけ種類があるんだよ?」

「『ニギリズシ』だけでも数えきれないくらいあるよ。っていうか、ご飯+具材だから創作系やら邪道も合わせたら無限大になるね」

「あ、ライスだけで作るんじゃなかったんだ」

「……ゴン、君は一体どんな料理を想定していたんだい?」

 

 そんなやり取りを微笑ましいやら、緊張感のなさに呆れるやら、微妙な気持ちになりながら眺めていたレオリオとクラピカも気を取り直して、まずは自分たちで考え始める。

 

「ニギリか……。大体、料理のカタチは想像がついてきたが、肝心の食材が全くわからねーぜ」

 レオリオの呟きと、ソラのヒント「ご飯+具材」でふと昔の記憶が蘇る。

 村の外に出るため、そしてハンターとして活躍して冒険するために、集落中の本を読み漁って得た知識の中から符合した一つを、仲間内にしか聞こえないように小声で語る。

 

「具体的なカタチは見たことないが……、文献で読んだことがある。確か……酢と調味料を混ぜた飯に新鮮な魚肉をくわえた料理、のはずだ」

 しゃもじについた飯を少し食べてみて、その記憶が正しいと確信する。

 用意された飯はただの炊いた白米ではなく、クラピカが語った知識と同じく、酢と何らかの調味料が混ぜ込まれた仄かに甘酸っぱいものだった。

 さすがにこれは、適切な調味料の種類や量をヒントとして散りばめるのは不可能だったので、初めから向こうが用意してくれていたらしい。

 

 クラピカの言葉にソラは少し目を細めて口を開きかけたが、残念ながらクラピカはソラからの「さすがだね」という称賛の言葉を聞くことが出来なかった。

 

「魚ァ!? お前、ここは森ん中だぜ!?」

「声がでかい!! 川とか池とかあるだろーが!!」

 

 少し考えればわかることを何も考えずに声を張り上げたレオリオに、勢いよくクラピカはしゃもじをブン投げてキレたが、遅すぎた。

 むしろ、ブチキレたクラピカの突っ込みこそがトドメだった。

 

(魚!!!)

 

 レオリオの叫びとクラピカの突っ込みは建物内に響き渡り、受験生たちが一斉に魚を求めて外に飛び出すまで10秒もいらなかった。

 

「盗み聞きとはきたねー奴らだぜ!!」

 自分の声のでかさと想像力のなさを棚に上げて愚痴るレオリオにクラピカは、「もうこいつには何も言わない」と決意してしまった。

 

「クラピカー。ドンマイ!」

「うるさい!」

 結局、ソラから送られたのは称賛ではなく励ましの言葉、それも笑えばいいのやら呆れたらいいのやらと言いたげな微妙すぎる顔に思わず逆ギレしつつ、クラピカも魚を求めて走り出す。

 

「俺達も行こうぜ」

「うん! ソラも行こう!」

 キルアに声を掛けられて、まさかこんな正しい使い方で役に立つとは思っていなかった釣竿を握りしめてゴンはソラに声を掛けるが、ソラは全く動こうとはしないまま答えた。

 

「私は他にやる事あるから、後にするわ。あ、そうだ。ゴン、悪いんだけど一つ頼んでいい?」

 

 * * *

 

 受験生たちが魚を求めて出た行った試験会場で、ソラが呟く。

 

「さて、何作ろうかな?」

 

 独り言を呟きながらソラがまず向かったのは、川でも池でもなく調理台が用意された建物内の片隅に置かれた棚の前。

 そこに置かれているのは、様々な調味料や香辛料の数々。

 醤油や酢、チューブの練りワサビなど寿司に必要不可欠なものはもちろん、ケチャップやらマヨネーズ、オリーブオイルにドライバジルなどまず必要ない調味料やスパイスも、メジャーからマイナーまで各種取り揃えられていた。

 

 おそらくは「スシ」という料理にこれらを使うと思わせるブラフ兼、明らかにスシダネには向かない魚のクセや臭みなどをごまかすために使えということだろう。

 コンロ等が置かれていない所為で、臭み取りに有効な湯通しが出来ないからこその苦肉の策なのだろうなぁと、ソラは苦笑しながら何か使えそうなものを探す。

 

「海苔はあるから、巻き寿司系はいけるな。散らし寿司は……卵の入手が難しいな。人が食べられるやつかどうか私にはわかんないし、っていうか有精卵はヒヨコ出来掛けが出てきそうだから使いたくない。

 そもそも、川魚っていうのがネックなんだよねー。こんな試験出すくらいなんだから、あんまり泥臭くないしちゃんと食べれる魚が生息してるって調べた上だと思うけど……」

「ソラは行かないのかい?」

「ぎゃあっ!!」

 

 独り言を呟きながらめぼしい調味料をいくつかキープしていたら、後ろから関わりたくない相手トップクラスの男に声を掛けられ、ソラは調味料を抱えたまま猫のように飛びのいて叫ぶ。

 

「何でお前、残ってんだよ!! さっさと魚取りに行けよー!!」

 しかしこの程度の抗議で素直に出て行ったり、もしくはここまで嫌われていることに対して不愉快に思う真っ当な感性が、この奇術師にある訳ない。

 

「行こうと思ったんだけど、ソラが残ってるからまた二人きりになれるいい機会だと思ってね♥」

「二人っきりじゃねーよ! 思いっきり試験官がいるだろうが!!」

 いけしゃあしゃあの見本のような調子で答えるヒソカに、涙目でソラは叫びながら試験官二人が在席してることを確かめた。

 

 普通に後半の試験担当官メンチはもちろん、もう役目が終わったはずのブハラもちゃんといて、ソラがヒソカにちょっかいをかけられていることに気付いてはいるが、受験生同士のごたごたに関与する気はないらしく、ソラが助けを求めるように視線を向けても、どちらも気まずげに笑って目を逸らした。

 

「見てないフリしないで、助けてよ! 人でなしーっ!!」

 ソラが試験官たちの冷たい反応に嘆いて文句をつけつつも、何故か抱えた調味料を手放さないのが面白いのか、ヒソカはクスクス小さく笑って「さすがにこんな言い訳の利かない試験の最中に、キミと遊ぼうとは思ってないよ♣」と答えてやる。

 

「……一応、試験受けて合格する気はあるんだな」

 ヒソカの言葉にソラはまだ全力で警戒したままだが喚くのはやめて、変なところを感心しだす。

 

「ソラが遊んでくれるのなら、試験なんか今すぐに放り出すけどね♥」

「一生ないから、今すぐ私の存在をお前の中から抹消してくれ!!」

 

 つまりはチャンスがあれば試験そっちのけで自分を殺しにかかるという宣言に、ソラは切実な無茶ぶりを言い放ちながら調味料選びを再開する。

 こいつの相手をしていたら、時間とメンタルの無駄だと判断したようだ。

 

 メンチにもヒソカの発言は聞こえていたらしく、ここで受験生なのにすでに念を習得してる二人の殺し合いが始まるのはごめんだったので、「44番! 調味料を選ばないんだったら、さっさと食材を取りに行きなさい!」と怒鳴って、二人を離そうとしてくれた。

 

「そーだそーだ。さっさと行け。そしてここで落ちろ!」

「酷いなぁ♠」

 メンチの叱責に便乗して、ヒソカを煽るようなことを言い出すソラ。何故か死にたくないのに、自分からフラグを立てて補強していることに自覚があるのかは謎である。

 

 しかしソラが感心した通り試験を受けて合格する気はあるらしく、割と素直にヒソカはソラに背を向けて外に向かう。

 が、三歩ほどで彼は立ち止まって、振り返った。

 

「あ、肝心なことを忘れてた♦ ねぇ、ソラ♣」

「何だよ? 忘れてろよ」

 

 辛辣なことを言い返しつつも、ソラは振り返ってヒソカの言葉を待つ。

 

「キミ、イルミと知り合いなの?」

 

 ヒソカの質問でソラは、彼に後ろから話しかけられた時以上に猫のようなアクロバティックさを見せて飛びのき、誰かの調理台の上に降り立った。

 足にオーラを集めて飛びのいて着地したせいで、誰かの調理台は無残に潰れているが、ソラはそんなことをお構いなしにまた泣きだしそうになって叫ぶ。

 

「何でそいつの名前が出てくんの!? 何!? 何で!? お前こそあいつと知り合い!?」

「うん♥ そういえば前に話してたなーってことを思い出してね♦」

 

 ヒソカはしれっと嘘をついた。

 ヒソカとイルミの関係を気にしても、彼がここにいるのかを訊かない辺り、どうもイルミの我慢が功をなしてギタラクルの正体に彼女は気付いていないらしい。

 まぁ、その我慢がいつまでもつかは時間の問題だとヒソカは見ている。

 

 というより、ヒソカがわざわざここに残った理由は、ソラに語ったものは事実だが半分程度で、もう半分はイルミもソラが残ったことに気付いていたからだ。

 弟に正体がバレて逃げられるのを避けるための我慢だった為、ソラが一人になったのはイルミにとって絶好のチャンスだったが、ヒソカはこんなにも最高に美味しそうな果実をイルミはもちろん他の誰にも渡すつもりはすでに毛頭ない。

 

 ヒソカがわざわざここに残ってソラに話しかけたのは、気配も殺意も極限まで押し殺して隙を見計らうイルミに対するメッセージ。

 要は、「ソラに手を出すのなら、まずはボクと遊んでよ♥」である。

 

 そのメッセージは正確に相手に伝わったらしく、さすがにソラとヒソカの二人を敵に回すようなことはあの合理主義の手本のような男はせず、先ほどイルミはわざと少しだけ気配を現して去って行った。

 逆にイルミの恨みを買っただろうが、それはヒソカからしたら望むところなので全く気にしていない。

 

 なのでもう自分がここに残って牽制する意味もなくなり、自分も魚の調達に行こうかと思ったのだが、ついでに訊こうと思っていたことをいい機会なのでヒソカは尋ねる。

 

「彼、いつもは人形やロボットの方が人間味があるんじゃないかってくらい、感情を表さないのに、キミのことになると妙に人間らしく怒るよね♦ 一体何をしたんだい?」

「何もしてないよ! 仕事で敵対したから反撃して、あとは爆発しろって言ったくらいだよ!」

「つまりは、ボクの時と同じようなことをしたんだね♥」

 

 大体予想通りの答えが返ってきたが、それはヒソカの疑問の答えにはならなかった。

 間違いなくイルミは、悪口なのかどうかも微妙な訳の分からない発言をあそこまで根に持つほど、他者に対して興味など持たない。

 プライドは非常に高いので、イルミの念能力もヒソカと同じようにあの異能で無効化されたのなら、「気に入らない」とは思うだろうが、やはり「気に入らない」程度であり、むしろ何とか自分や自分の家の味方に引き込めないかと合理的に考えるのがヒソカの知るイルミである。

 

(まぁ、大体想像はついてるけどね♥)

「……? 何、気持ち悪い笑顔で見てるんだよ? もういっそ顔の皮剥ぎ取れよお前」

 

 この上なく酷いことを言われても、ヒソカの顔からニヤニヤと面白がる笑みは消えない。

 

 イルミの事を「暗殺者」としてしか知らない者なら、ヒソカの仮定を「あり得ない」と一蹴するだろう。

 しかしイルミ個人の事を少しでも知っていれば、弟に対する溺愛と偏愛っぷりを知っていれば、彼にも感情があることを理解できていれば、「あり得ない」という偏見を一蹴するだろう。

 

 あの合理主義で理屈屋な彼が、だからこそあそこまで頑なに、感情的に、他の誰かに、自分自身に言い聞かせるように、「大嫌い」と言い張る理由はヒソカには想像がついている。

 だが、その理由が生まれた原因が結局わからなかったことを少し残念に思うが、暇つぶし程度の気持ちで訊いてみたことなので、あっさりソラからも聞きだすことは諦めて、今度こそ魚を捕りに行こうとする。

 

 自分の暇つぶしと娯楽の為に置き土産を、ソラとイルミがさらに面白いことになればいいと思ってどちらにとっても余計なお世話でしかないことを言い捨てて。

 

「大変だね♠ でも、あんまり嫌わないでたまにはかまってあげて欲しいな♦ そうしたら案外、いい関係が築けるんじゃない?」

 

 しかし、またしてもヒソカの足は三歩ほどで立ち止まる。

 ソラの言葉、答えによって。

 

「? 別に私、イルミは嫌いじゃないけど?」

 

 予想外の返答に、思わずヒソカはきょとんとする。

 ソラの方はヒソカのその反応こそが解せないと言わんばかりに、彼女も少しきょとんとしながら言葉を続けた。

 

「イルミよりお前の方が、普通に大っ嫌いだよ。あっちはそもそも、嫌いになるほど会話も付き合いもないし。

 っていうか、マジであいつの殺意はなんなの? お前の殺意はしたくないけどまだ理解できるから怖いし気持ち悪いけど、今みたいに状況次第ではさほど警戒する必要ないからまだマシ。でも、イルミは本当に突発的だし訳わかんないから好き嫌い以前の問題。

 あいつに対して私が思うのは、関わりたくないの一択だよ」

 

 きっぱり言い切ったイルミに対する評価に、ヒソカは低く喉を鳴らして笑う。

「くくっ♥ なるほどね♦ ……『好きの反対は無関心』を地で行ってるねぇ♥」

 

 ヒソカの言葉にソラは眉間に思いっきり皺を寄せて、「お前に対する評価は絶対に、反転しねぇよ」と宣言する。

「それは残念♠」と相変わらずセリフほど残念がっていない、むしろ上機嫌でヒソカは今度こそやっと足を止めずに外に出て行った。

 ソラはヒソカの背中に「しっしっ!」とジェスチャーしながら、自分の調理台にキープした調味料を置いてから、彼女も足りない材料を探しに外に出る。

 

 自分から変態が離れていくことが嬉しかったので、ソラはヒソカが呟いた言葉は耳に届いてたのだが、気にもかけず、記憶することなく忘れ去る。

 

「……そっちは反転しなくても、向こうはいつかクルッと綺麗に反転するかもね♥」

 

 その言葉に反応も記憶も出来なかったことが、「向こう」が誰であるかも考えなかったことこそが、もはや彼女の「答え」そのものだった。








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