GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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PANZER.1 男が戦車に乗る対価
Prologue


 とてとてと小さな体躯が歩く。

 長い髪を三つ編みに結い、それを側頭部で二つに綺麗に纏めた髪型の小さな女子だ。

 それは幼い容姿をした少女だった。小さな背丈から本来の年齢以上に幼く見える。しかしそんな彼女も高校一年生に部類されることから、彼女の身体の成長はあまりよろしくないと伺える。

 その身に紺色のカーディガン、ブルーのスカートに黒のタイツという制服姿で、小さな女子は自分の主を探す。

 綺麗な洋風の廊下を歩きながら、女子は思い当たる場所を幾つか歩き回る。

 そして三つ目に思いついた場所に行くと、女子は探していた主を見つけることが出来た。

 少女が所属する聖グロリアーナ女学院の二階。談話室と呼ばれる場所に、その人は椅子に座りながら楽しげに紅茶を片手に本のページを捲っていた。

 

「ダージリン様、一体何を見ているんですか?」

 

 ようやく見つけたことに安堵した少女は、とてとてと近づくと彼女は驚かさないように優しく自身の主へ声を掛けた。

 少女が着ている制服と同じ姿の少女こと――ダージリンが声をかけられたことに捲っていたページの手を止めると、少女へと向いた。

 綺麗な金髪の綺麗な容姿をした少女だった。整った容姿は可憐と思わせ、髪を綺麗に纏め結い上げたその姿は、どこかお淑やかな令嬢を思わせる。

 ダージリンは澄んだ蒼い瞳を小さな少女――オレンジペコに向けると、穏やかに頬を緩めた。

 

「アルバムよ。部屋の整理をしたら出てきたから、つい懐かしくて見ていたの」

 

 オレンジペコがダージリンの持つ本を見ると、そこには写真が何枚も貼られていた。

 

「よろしければ私もご一緒して良いですか?」

 

 思わず、オレンジペコはそう言った。

 自身の敬愛する人の過去を知りたい故か、オレンジペコは迷うことなくその言葉をダージリンに向けた。

 

「ええ、構わなくってよ」

 

 オレンジペコの提案に、ダージリンは快諾する。

 ダージリンの答えに嬉しそうにオレンジペコが笑みを見せると、彼女はすぐにダージリンの隣に立ち、座る前の準備を始めた。

 ダージリンの座る椅子の近くにあるテーブルに視線を向け、オレンジペコは自分の分の紅茶を用意する。しかしその前に、彼女はダージリンの空いたコップへ新しい紅茶を注ぐ。

 付き添いの者として、主を最優先にする。それはオレンジペコにとって“当たり前”になっている。

 

 オレンジペコがダージリンの付き添いになってからまだ間もない。しかし敬愛する人の側にずっと居られることに、オレンジペコは楽しげに世話をする。

 そしてダージリンと自分の紅茶を用意すると、オレンジペコは音を立てずに彼女の隣に座った。

 

 オレンジペコが隣に座ったのを確認すると、ダージリンは先程まで見ていたアルバムのページをゆっくりと捲り出した。

 ダージリンの持つアルバムにある写真。それは彼女が今より少し幼い頃の写真だった。

 仲間達と紅茶を楽しんでいる姿。共に戦車に乗っている写真など、この聖グロリアーナ女学院で過ごした思い出の写真がそこにはあった。

 オレンジペコはアルバムの写真を一枚一枚目を通す。まだ一年生の彼女は、入学する前のダージリンのことを詳しくは知らない。なのでアルバムにある写真すべてが彼女には新鮮に映った。

 

 そして数ページかダージリンがアルバムを捲ったところで、オレンジペコは目に映った写真に声を出してしまった。

 

「あれ? このダージリン様と一緒に写っている殿方は、どなたなのです?」

 

 オレンジペコの目に止まった写真は、一枚の記念写真だった。

 ダージリンの乗るチャーチル歩兵戦車をバックに、当時の聖グロリアーナ女学院の生徒達数人が楽しげに笑っている写真だった。

 しかしオレンジペコはその写真の一部。ダージリンの隣に立っている男に視線を向けた。

 

 それは聖グロリアーナ女学院の制服に似た服装を来た若い少年だった。凛々しい風貌の明るい印象を受ける少年が楽しげにダージリンと笑っている。

 

 聖グロリアーナ女学院は、女子校である。その名の通り、学校には女性しかいない。なのにどうして聖グロリアーナ女学院のカーディガンにズボンという姿をした男性が一緒に写真に写っているのか、オレンジペコはコトリと首を傾げた。

 

「この人は……昔、私と一緒に戦車道をしていた殿方よ」

 

 オレンジペコの問いに、ダージリンはゆっくりと答えた。

 自分とその少年が写る写真をそっと指で撫で、どこか懐かしげに、そして寂しげな表情をダージリンは見せた。

 

「殿方が戦車道を……?」

「ええ、変わってるでしょう?」

 

 オレンジペコが目を大きくする姿に、ダージリンはくすりと笑みを浮かべる。

 

 戦車道。それは乙女の嗜みと言われる武芸のひとつとされている。

 

 礼節のある、淑やかで慎ましく、そして凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。

 よって女性しかしない武芸であるのに、男性が戦車に乗っているのかとオレンジペコは顔を(しか)めた。

 ダージリンがそっと目を閉じる。まるで昔を思い出すような仕草で、彼女は瞼の裏に映る懐かしい光景を思い出しながら語った。

 

「この方は戦車道が大好きだったの。いつも楽しそうにあの人は戦車に乗っていたわ」

「だった、ですか? 今は……?」

 

 過去形で告げるダージリンの話し方に、オレンジペコが訊き返す。

 ダージリンは閉じていた目を開けると、写真の少年を見つめながら目を伏せた。

 

「……わからないわ」

 

 たどたどしく、そして弱い声色でダージリンは答えた。

 何か悪いことを言ってしまったのだろうかと、オレンジペコは自身の言葉に不安を募らせ思わず「失礼なことを訊いてしまい、すいません」と答えた。

 しかしダージリンは首を横に振った。気にすることはないと言いたげに。

 そしてダージリンは何か思い詰めるような表情を見せると、アルバムに向けていた視線をオレンジペコへと向けた。

 

「ねぇ、ペコ……去年、この学校で当時の三年生が数人退学になった話は知っているかしら?」

 

 唐突なダージリンの問いかけに、オレンジペコは眉を寄せた。

 しかしダージリンの質問に答えない訳にはいかない。オレンジペコは正直に質問に答えた。

 

「詳しいことは知りません。何か大きな問題が起こった程度のことしか……」

「そう……」

 

 ダージリンが簡素に返事にする。まるで知らないことが良くないことだと言いたげな表情だった。

 

「この写真はね、去年にこの学校で撮ったモノなの」

 

 そうしてダージリンが写真をしばし見つめると、彼女は静かにそう言った。

 オレンジペコは黙ってダージリンの話に耳を傾ける。

 ダージリンはオレンジペコが話を聴いているのを確認すると、静かに語り出した。

 

「この人は、聖グロリアーナ女学院の歴史で初の男子生徒だったのよ。戦車道において殿方ながら類稀なる才能を持った人よ。もし彼が女だったら、戦車道の頂を登れる逸材と言われていたの」

 

 ダージリンの話に、オレンジペコが目を大きくする。

 聖グロリアーナ女学院に男子生徒が居たなんて話は今までオレンジペコは聞いたことがない。

 男性は戦車道をしない。それが戦車道を嗜む者の少ならかずの常識に近いモノだった。

 今では廃れつつある戦車道。その人気も女性ばかりで男性にはあまり人気はない。

 

 そんな中でダージリンは戦車道を嗜んでいた男性が居て、才能があり、その才は戦車道の頂点を狙える人物と言ったのだ。

 まさか……とオレンジペコは疑いたくなった。

 しかしダージリンが嘘を言っているとも思えず、オレンジペコは彼女の話をそのまま信じることにした。

 

「聖グロリアーナ女学院で戦車道の強化という名目で特別入学した殿方で、私の古くからの友人」

「その方のお名前は、なんというのですか?」

 

 ダージリンが古くからの友人と言ったところで、オレンジペコは思わず訊いた。

 オレンジペコはダージリンに男性の友人がいるという話は聞いたことがない。

 ダージリンのことを知りたいオレンジペコは、彼女の友人という人物に興味が湧いた。

 オレンジペコの言葉に、ダージリンは少し言い淀む。しかしアルバムの写真を一瞥(いちべつ)すると、彼女は呟くようにその名を告げた。

 

「……百式和麻(ひゃくしきかずま)

 

 オレンジペコが眉を寄せた。ダージリンの口から出た名に、彼女は心当たりがあった。

 そう言うよりも、戦車道を嗜む者ならその名を耳にしたことが一度はある。

 

百式(ひゃくしき)? それはあの百式ですか?」

 

 百式という苗字。その名にオレンジペコは耳を疑った。

 戦車道には、有名な家系がある。

 西住、島田、そして百式。戦車道における数ある有名でもその三家はあまりにも有名過ぎたからだ。

 

「ええ」

 

 驚くオレンジペコの言葉に、ダージリンは頷く。

 表情を固くするダージリンだったが、頭を小さく振るうと彼女は話を続けた。

 

「私と和麻さんは戦車道を通じて中学生の頃に知り合ったの。最初の頃は、男性なのに戦車道なんて珍しい程度にしか思ってなかったわ」

 

 戦車道は女性の嗜み、それが常識だ。

 男性が戦車道をしたところで公式戦などには出場出来ない。

 なので戦車が好きな男性は整備士などの道を選ぶことが多いとオレンジペコは耳にしたことがあった。

 

「でも色々な訳があって、当時の私と和麻さんは試合をすることになったの」

「……勝敗は?」

 

 オレンジペコが息を呑んでダージリンの話を聞く。その姿にダージリンは思わずくすりと笑った。

 

「勝敗は、私の完敗だったわ」

「完敗……⁉︎ ダージリン様が?」

「ええ、その時の和麻さんは操縦手だったのだけど……操縦があまりにも上手だったわ」

「戦車は何を?」

 

 ダージリンを完敗させた人が乗る戦車にオレンジペコに興味が湧く。

 そのオレンジペコの興味にダージリンは懐かしむように答えた。

 

「クルセイダーだったわ」

「クルセイダーですか‼︎」

 

 クルセイダー巡航戦車。それはオレンジペコが好きな戦車だった。ピーキーな性能が特徴な戦車として名を馳せている。

 最大速度を60kmと他の戦車と比べれば明らかに速度に特出している。しかし、エンジン寿命が短いなどのデメリットが多い戦車だ。

 そのクルセイダー巡航戦車を上手く乗ることが出来ることを聞いたオレンジペコは目を輝かせた。

 

「流れるような和麻さんの運転に私達のチームは翻弄されたわ。五両編成でのフラッグ戦だったのだけど、和麻さんのクルセイダーに瞬く間に三両も倒されたわ」

 

 感情が篭り出した所為かダージリンの声に力が入る。

 オレンジペコはクルセイダー巡航戦車の活躍に対する期待を胸に、ダージリンの話の続きを今かと待ち望んでいた。

 

「そして四両目と同士討ちし、最後は私の乗るフラッグ車が他の四両に囲まれて負けてしまったの」

 過去の思い出を振り返るダージリンが、紅茶を口に添える。そして喉を潤すと、彼女はすぐに話を続けた。

 

「私はすぐにクルセイダーに乗っていた方に話を聞きに行ったわ。そして操縦手が和麻さんだったことをそこで初めて知ったの……それが私と和麻さんの出会いだったわ」

 

 ダージリンと百式和麻との出会い。そのエピソードにオレンジペコはワクワクした表情で楽しそうに聞いていた。

 

「そこから友人として親しくしていた和麻さんが聖グロリアーナ女学院に特別入学して、私と和麻さんは切磋琢磨して戦車道を学んだの。結局、和麻さんは整備士としての道を選んだのだけど」

「……残念ですね。そこまでの才能があるのに、男性だからという理由で戦車に乗れなくなるなんて」

「本当ね。彼は操縦だけでなく、隊長としての才もあったから」

 

 オレンジペコが寂しげに話すと、ダージリンは彼女と同じように顔を暗くした。

 心なしか紅茶の入ったカップを持つダージリンの手に力が込められているのを、オレンジペコは見逃さなかった。

 

「そして和麻さんが入学して半年が経って……それは起きたの」

 

 ダージリンの表情が固くなる。それは悔しさの表情だとオレンジペコはすぐに理解出来た。

 百式和麻という人間が聖グロリアーナ女学院に入学して半年後、オレンジペコが知らない事件が起こった。

 

「去年に起きた事件。その件以降、和麻さんは姿を消したわ。当時の私達に何も告げずに……私達の出来る限りで探したのだけど、結局見つからなかったわ」

 

 悔しそうに口を紡ぐダージリンに、オレンジペコは彼女になんて言葉を掛ければ良いかわからなかった。

 

「だから今は何をしているのかも、私はわからないの」

「戦車道は、やっているのでしょうか?」

「――してないわ」

 

 オレンジペコの疑問に、ダージリンは即答した。

 ハッキリと告げたダージリンに、オレンジペコは言葉に詰まった。

 ダージリンがカップをテーブルに置く。そして膝に乗せた手を強く握り締めた。

 

 普段のダージリンが到底しないような行動だった。

 

 いかなる時でも優雅に。それが聖グロリアーナ女学院の戦車道だ。

 それを体現したようなダージリンが、感情のままに態度に示すことなどオレンジペコはほとんど見たことがなかった。

 

「彼は傷を負った。心と身体に深い傷を……戦車道が嫌いになってもおかしくないくらいに」

 

 ダージリンが表情に怒りを表す。彼女の内なる感情を、当時を知らないオレンジペコには、到底理解出来る筈もなかった。

 

「……この話はここまでにしましょうか。ここからは良い話ではないわ」

「……そうですか」

 

 少し名残惜しいオレンジペコだったがダージリンの顔を見ると、それは咎められた。

 ダージリン本人は分かっていないかも知れないが、オレンジペコの視界に映る彼女の顔は見ている方も辛くなるほど悲痛なモノだった。

 今にも泣きそうなダージリンの顔を見ていられなかったオレンジペコは、先程の話が気になっても聞こうとは思えなかった。

 

「あと気になったからと言って、アッサムとローズヒップにはこの話はしないようにして。あの子達も、彼のことは慕っていたみたいだから」

「わかりました」

 

 ダージリンは三年生だ。同じくして同学年のアッサム、そして二年生のローズヒップはダージリンと同じく百式和麻の名を知っているのだろう。

 それを理解したオレンジペコはコクリと頷いた。

 そして同時に、百式和麻の話は聖グロリアーナ女学院では禁句だということも理解した。

 だからこそ、オレンジペコは入学して一度も自分の学校に男子生徒が在籍していたという話を聞いたことがなかったのだから。

 

「あの……ひとつだけ、良いですか?」

「……なに?」

 

 しかしふと、これだけはオレンジペコはダージリンに聞きたいと思った。

 ダージリンから承諾の意を受けると、オレンジペコはたどたどしく言った。

 

「ダージリン様、その方に今でも会いたいと思いますか?」

 

 オレンジペコの言葉に、ダージリンが僅かに目を大きくした。

 

「そうね……」

 

 顎に手を添えて、ダージリンは少し考える仕草をする。

 そして少しだけダージリンが考え、一度だけ自分に納得したように頷くと彼女はオレンジペコに笑みを見せた。

 

「ねぇ、ペコ。こんな言葉を知っていて? “人生では、あなたが信じていることと出会うものだ”」

「――ウェイン・グレツキーですか?」

「ええ、信じていれば――きっと会えるものよ」

 

 ダージリンが朗らかに頬を緩める。そんな彼女に、オレンジペコは嬉しそうに「はい!」と答えた。




拙い文章でしたが、いかがでしたでしょうか?
初めまして、紅葉久と申します。
慣れないジャンル故に、不備や知識不足が見られる点が今後あるかもしれません。
何かご指摘ありましたら、気にせずお願いします。

感想・評価・批評はお気軽に。
作者は頂けると、頑張れます!(=゚ω゚)ノ

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