GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
みほと和麻の対面です。
西住みほが俺の在籍している大洗女子学園に転校して来てから一週間ほどが経ち、俺とみほはようやく二人だけでの対面を果たした。
武部と不本意な会話をして教室に居る気が無くなった俺が適当にサボろうとしたところで、何故か遅刻して来たみほと出会い、何故か彼女も俺と一緒にサボると言い出して今に至るわけだ。
呑気に校内の片隅で芝生で木を背にして座る俺と、俺の隣に同じようにみほも木を背にして座っていた。
視界の端に見える学校から一時限目の授業が始まるチャイムの音を聞きながら、俺はみほをチラリと見る。
「ん〜! 風が気持ち良いね〜!」
心地良さそうにそよ風を受けながら、みほが背伸びをしていた。
サボることに何もこの女は抵抗を感じていないらしい。
肝が据わってるのか、それても呑気なだけなのか……多分、前者だろう。
時折、みほは肝が据わってるところがある。それを俺はなんとなくだが、昔からの長い付き合いで理解していた。
「ここは、俺の特等席だ。この場所はあまり見つからないし、木があって日陰だからこの時期は過ごしやすい」
俺が深呼吸をしてホッと一息つく。
しかしながら、この場所は風紀委員の三人にバレている。
なので授業の合間や昼休みになると、大体この場所にそど子が鬼のような顔でやって来る。
まぁ来ると分かっていれば、その時間だけ適当に別の場所に行けば良い話である。
しかしそれでも見つかる時があるので、あの風紀委員の索敵能力には悪い意味で感心しか出来なかった。
「あ、そうなんだ。うん……良い場所だね。ここならすごくのんびりできる」
「寝るにはもってこいだからな」
みほが心地良さそうに頬を緩める。
そしてみほは俺の方に向くと、楽しげに微笑んだ。
「うん、ホントだね。気を抜いちゃうとすぐ寝ちゃいそうだよ」
みほが俺に嬉しそうな声色で告げる。
俺はそんなみほに苦笑いした。
「確かにな。本当に良い場所だよ。まさかみほとこうして一緒にサボる日が来るとは思わなかったけどな」
「そうだね……私も、この学校に転校して来てかずくんとこんな風に一緒にいるなんて思わなかったから。それにかずくん、私のこと避けてるみたいだったから」
「すまん。それは俺が悪かった」
今までみほを避けていたことに、俺は素直に謝罪する。
この学校において、俺の存在は異端だ。その原因を作ったのも自分自身なのだが、その点は触れないで欲しい。
そんな俺とみほが接するのも、あまり良いこととは言えない。加えて、俺が昔のことを触れられるのが嫌だったと言うのが本音である。
「ううん、大丈夫。かずくんとお話ししてみたかったけど……かずくんにも色々あったのは知ってるから」
みほが俺と同じようにボンヤリと空を見上げる。
かずくんにも……か、と言うことはきっとみほも何か“訳アリ”なのだろう。
黒森峰女学園に在籍していたみほが、何故この学校に転校して来たのか?
戦車道において名高い西住流の次女たるみほが、どうして戦車道に無縁の場所にわざわざ転校して来たのか?
みほが転校して来た瞬間から俺が思っていたことだ。
「俺が言える話じゃないが、みほ……お前、なんで大洗に来たんだ?」
俺はそんなみほに、ボンヤリと青い空を眺めながらポツリと思わず訊いていた。
その瞬間、みほの顔が暗くなるのが俺の視界の端に映った。
「……言いたくないなら言わなくて良い。悪かったな」
俺はその顔を見て、僅かに吐息を漏らした。やはりみほも訳アリなのだと確信して。
しかしそんな俺に、みほは首を横に振っていた。
「ううん、大丈夫。私のことは武部さん達にももう話したから……それに私だけかずくんのこと知ってて、かずくんが私のこと知らないのもズルいし」
こういうところがみほらしいと、素直に俺は思った。
素直というか、律儀というか、変なところが真面目なのは相変わらず変わっていないようだ。
「別に気にしなくて良い。言いたくないなら言うな」
「ダメ。ちゃんとおあいこにしないと」
何故かムキになっているみほだった。
俺はそんなみほに、呆れて溜息を吐いた。
先程のみほが授業をサボる件と同じ流れだった。こうなったら俺に自分がなぜ大洗に転校してきたかという理由を話すまで、みほは折れることはないのだろう。
「……わかった。話してくれ」
だから俺の方が折れることにした。多分、こうなったらみほは自分のことを話すまで俺と揉めることは容易に想像出来たからだ。
そうして俺がそう言うと、みほは一度だけ頷いて静かに話を始めた。
「ねぇ……去年の戦車道全国大会の決勝戦。かずくんは見た?」
唐突に質問して来たみほに、俺は首を横に振っていた。
「いや、見てない。その時は俺は病院に居たはずだ。それに戦車道に関わることには触れないようにしてた」
去年の戦車道全国大会は、確か夏にあったはずだ。
去年のその頃は、俺は病院で入院していた。
全国大会の前に俺は大怪我を負い、三ヶ月ほど入院生活をしていたからだ。
みほは俺に「そっか……」と頷くと、話を続けた。
「去年の全国大会決勝戦で、私は黒森峰が負ける原因を作ったの。私のあの時にしたことが、周りには認められなかったから……連覇出来るはずだった黒森峰の歴史に泥を塗ったって」
みほの話に、俺は少しだけ目を大きくした。
黒森峰が負けた? 近年全国大会連覇の西住流が率いる黒森峰が?
「……お前、なにをしたんだよ?」
そう思った途端思わず、俺はみほに訊いていた。
それにみほは少しだけ間を置くと、ゆっくりと語り出した。
去年の戦車道全国大会決勝戦。黒森峰女学園対プラウダ高校。
プラウダ高校は、確か背丈の小さい子供みたいな二年生が隊長だったのは覚えている。二年にして隊長になった珍しい人材と聞いたことがある。
それに一度だけ、確かその隊長の名前は忘れたがダージリンと交友があったことから直接話したことはないが会ったことがあった。
そのプラウダ高校との決勝戦。天気が荒れた豪雨の中での試合で、それは起こった。
みほが乗るフラッグ車とそれを守る車両達が敵チームのフラッグ車を追っている時に――みほの乗るフラッグ車を守るはずの車両が一両、足場が悪く荒れる川に落ちて浸水したらしい。
それを見たみほは、すぐに乗っていたフラッグ車から降りて川に落ちた車両に乗っている乗員を助けに行った。
車長であるみほを失った黒森峰のフラッグ車は行動不能となり、そこを突かれてプラウダ高校の敵車両が撃破。つまり、黒森峰の敗北である。
しかしみほは無事、川に落ちた車両から乗員を助けることは出来たらしいが……それに伴う代償は、大きかった。
全国大会十連覇が掛った大事な大会で、決勝戦だったのだ。
それをみほの所為で逃した。それを黒森峰の生徒達は許さなかった。
言われようのないみほへの周りからの他責の視線と言葉の数々。そして西住流を敗北させたと母親からの叱咤。
学校では居るだけで責められる毎日。それにみほは耐えられなくなった。
ただ勝つこと。それが西住流の戦車道だった。
しかし目の前の助けなければならなかった人を見捨ててまで、勝つことが正しいのか?
故にみほは、自分の戦車道が分からなくなった。
自分のしたことは間違っていたのでは? と、自分の道が分からなくなったのだと。
だからみほは黒森峰から姿を消し、戦車道のない大洗女子学園へ転校して来た。
それがみほが語る。戦車道を辞めることになった理由だった。
「私のしたことが、間違っていた。そう言われて……私は分からなくなったの。私は何のために戦車道をして来たのかって、だからもう戦車道はしたくない。もう戦車に乗ることが怖くなったから――」
みほが語る内容を俺は黙って聞いていた。
体育座りで顔を膝に隠しながら静かに語るみほに、俺は何も声を掛けずにただ話を聞いていた。
「――これが私の大洗に来た理由だよ。かずくん」
そしてみほは話を終えると、そう締め括った。
そんなみほに、俺は目を閉じると一言だけ言った。
「お前も……俺と同じか」
「……えっ?」
みほが声をあげる。そんな彼女に俺は目を閉じたまま、右目の眼帯を触った。
「……お前と同じだよ。俺も、分からなくなった」
思い出されるのは、去年の記憶。
あの時、俺の心は折れた。あの時の一件で、俺は右目の視力を失い、身体中に今でも大火傷の跡が残っている。
俺は自分の道を進んでいた。しかしそれを周りの人間は許さなかった。
だから俺は、その対価を払うことになった。
男が戦車道をすること。それが罪になると知って以来――俺は自分の戦車道を見失ったのだ。
「かずくんは違うよ。私とは全然違う」
しかしみほは俺の言葉に、即答していた。
閉じていた左目を開け、俺がみほを見る。
悲しそうな顔が目の前にあった。みほが俺を見つめる目に、俺は目を細めた。
「一体、何が違うって言うんだ?」
無意識にみほに話す声色が強くなっていた。
みほはそれに少し肩をビクッとさせるが、彼女はまっすぐに俺を見つめていた。
「かずくんは私と違うよ! だって、かずくんは私なんかよりずっとずーっと頑張ってたの知ってるから! 公式戦に出れなくても練習試合に出て、周りからたくさん嫌なこと言われても、試合で周りを見返して驚かせるくらい戦車の操縦がスゴく上手かったもん!
中学までしか戦車道出来ないって言ってたのに、認めて貰って聖グロリアーナに入学したのも私は本当にスゴイって思ったから!」
みほが声を張って、俺に自分とは違うと話す。
しかし俺は首を横に振っていた。
「お前だって頑張ってたんだろ? 黒森峰で副隊長になれるくらいまで努力したんだ。俺と何も変わらない」
確かに、俺は努力した。母さんから鬼のような教えを受け、戦車の操縦も目を瞑っても出来るくらいにまで練習した。戦車を自分の身体のように動かせるまで毎日練習した。
しかしみほも同じだ。西住家の人間として、並大抵ではない辛い毎日を送っていたはずだ。
親から泣きたくなるほどキツく怒られ、そして出来るまでやらせられる。そんな日々をみほは送っていた。
だからみほは黒森峰の副隊長になれたのだ。それは間違いなく、彼女の努力があってこそだと思える。
「変わるよ!」
しかしみほは俺の言葉を否定した。
首を何度も横に振り、みほは「違う!」と言った。
そんなみほに俺は「変わらない」と返すが、彼女は一貫して俺の言葉を否定した。
「かずくんは男の子なんだよ⁉︎ 戦車道は女の人がやる武芸なんだよ⁉︎ それなのに周りから認められるってどういう意味か分かるの⁉︎」
みほが声を大きくする。男が戦車道をする意味と周りから認められたことの意味、それを彼女は真摯に問う。
そんなこと……お前に言われなくても、分かる。
だが、俺はそれを認めてはいけない。前者はともかく後者を認めることの意味を俺は理解していた。
「その代償がコレだよ。俺は……戦車道をやるべきじゃなかったんだ」
認めてくれた。しかし一部の人間は認めなかった。だからこそ、今の俺がいるのだから。
「私も自分もそうだって、そう思ってた。戦車道をやるんじゃなかったって」
みほが俯きながら、表情を暗くする。
しかしその表情のなか、みほは僅かに頬を緩めると、嬉しそうに言った。
「でも武部さん達と居ると、なんだか楽しいんだ。まだ少しだけ怖いんだけど……でも私、みんなとなら見つけられそうな気がするんだ」
「なにを?」
そんな表情を見た俺がみほに問う。その顔に不思議と不快な気分を感じながら。
「私の戦車道、ここでなら見つかる気がするの」
そうしてみほは満足そうな表情で、そう言った。
その顔があまりにも嬉しそうで、あまりにも誇らしそうで、俺はみほから視線を逸らしていた。
「だから、かずくんも見つかるかもしれないよ。見失った道を、かずくんの戦車道を」
そうしてみほは俺に言った。
しかし俺は首を横に振っていた。
「もう終わった話だ。もう俺は、戦車には乗らない」
俺がもう話すことはないと、話を完結させようとする。
もう俺が戦車道をする為に戦車には乗らない。整備の道で、メンテナンスで乗るのは別だ。しかし選手として、俺は乗ることはない。
選手として乗ることで、どんな対価が必要かを俺は嫌というほど理解していた。
「かずくん。本当は戦車道、嫌いになってないんでしょ?」
その一言を聞いた瞬間、俺は言葉に詰まった。
前に、生徒会長から問われた言葉だった。
俺は少しだけ間を開けると、ハッキリと答えた。
「…………嫌いだよ」
「なら、なんでそんな辛そうな顔するの?」
「……はぁ?」
そしてみほが続けた言葉に、俺は思わず眉を寄せていた。
この女、一体なにを言っているんだ?
俺が聞き返すと、みほは少しだけ悲しそうな表情を見せた。
なんでそんな顔をする? なんでそんな悲しそうな顔で俺を見るんだ、お前は?
そんな俺の疑問に、みほは答えた。
「かずくん、分かってないの? かずくん、普段どんな顔してると思う?」
俺が返事に困る。普段、どんな顔をしていると言われても答えようがなかった。
いつも通りの顔をしている。そうとしか俺には答えようがなかった。
しかしみほは、まっすぐに俺を見つめると――ハッキリと告げた。
「――泣きそうな顔してるんだよ」
息が詰まるような感覚が俺を襲った。
この女が言っている意味が分からない。
驚くことも、言い返すこともせず、ただ無表情で俺はみほを見つめていた。
「いつも悲しそうで、何か思い詰めたような、泣きそうな顔。鏡見て分からないの?」
「わかるわけないだろ……そんなこと」
「なら、なんで泣きそうな顔してるの? 本当は自分でも分かってるんじゃないの?」
諭すようなみほの話し方に、俺は言葉が出なかった。
しかし俺は分からなかった。自分がそんな顔をしている理由なんて……分かりたくなかった。
そしてみほが真剣な表情で俺を見つめていると、彼女は俺に言った。
「戦車道、本当は嫌いになってないんでしょ?」
聞きたくない言葉を、みほはハッキリと告げた。
俺はすぐに言葉を返すつもりだった。しかし思ったように喉から言葉が出なかった。
「俺は……俺は……」
「あんなに楽しそうに昔から乗ってた戦車を、かずくんは今更嫌いになんてなってないよ。知ってる? 前に倉庫で私と戦車の話をしていたかずくん、すごく楽しそうだったよ?」
続けてみほが話す内容に、俺は背筋が凍るような錯覚を覚えた。
そして頭に血が昇るような感覚が襲い、俺はみほに堪らず目を吊り上げた。
「……るさい」
自然と言葉が出ていた。自分でも分からないくらいに小さな声で、俺は何かを呟いた。
しかしみほは、俺の声を無視して話を続けた。
「誰よりも戦車が好きで、誰よりも戦車道に一生懸命だったかずくんが、戦車道を嫌いになるなんて思えないよ」
「――うるさい! それ以上言うな!」
そして俺は遂に我慢出来ず、大声でみほの言葉を制した。
聞きたくない。それ以上、戦車道の話をするなと。
「本当にかずくんが戦車道を嫌いなら言わないよ。かずくんの口から本心から嫌いだって聞かない限り、絶対にやめない」
だがみほは俺の大声に臆することなく、まっすぐに俺を見つめるだけだった。
そんなみほに、俺は更に目を吊り上げた。
「――なら言ってやる! あぁ、嫌いだよ! 戦車なんてもう大ッ嫌いだ! 男が戦車に乗るだけで責められる? そんな武芸があってたまるか!」
「じゃあなんでそんなに悲しそうな顔してるの!」
みほに大声で本心を吐き出す。
そして俺はそこで言葉を止めるつもりだったはずなのに、何故か言葉が続けて出ていた。
「出来なかったからに決まってるだろうがッ‼︎」
あれ、なんで俺こんなこと言ってるんだ?
もう言わなくて良い。もう嫌いだと言ったんだ。だから、そう何も言う必要はないんだ。
「俺だって戦車道続けたかったよ‼︎ みんなと……聖グロのアイツ等と戦車道を続けたかったに決まってるだろッ⁉︎」
勝手に出てくる言葉を、止められなかった。
今まで話すことを拒んでいた言葉の数々が、なぜか勝手に出ていた。
止めようとしても、止められなかった。
「男の俺を受け入れてくれたアイツ等と、俺は戦車に乗っていたかった!」
やめてくれ。もう言わなくて良い。ただ一方的に否定して、話を終わらせろ。
これ以上、みほに俺のことを話す必要はない。
「許されなかった! 認められなかったんだよ! だから俺はあの日、砲撃されたんだ‼︎ 驚かせる為の砲撃だとしても、生身の人間に向かって砲撃されたんだ‼︎ それがどんな意味を持つかなんて分かるに決まってるだろ‼︎」
吐き出すように告げるなか、脳裏に浮かぶのは去年の記憶。
身体に受けた熱い熱気。身体中に感じる石と砂。そして右目に受けた――激しい刺痛だった。
右目に鈍痛が走る。しかし俺はそれを無視して右目の眼帯を押さえながら言葉を吐き出していた。
「だから……俺は戦車に乗るべきじゃなかったんだ‼︎ 中学で仲間と安斎先輩に認められた! 高校で聖グロから認められた‼︎ 嬉しかったに決まってる‼︎ 俺は戦車道をやっても良いんだって思えた‼︎ 今までの努力は無駄じゃなかったんだって思えた‼︎」
楽しかった思い出があった。
初めて中学生の頃に、俺を認めてくれた先輩のこと。それをキッカケに俺を認めてくれた仲間達のことを。
練習試合しか出れなかったのに、俺のことを仲間だと言ってくれた安斎先輩。気さくで、頼もしい人だった。
あの人のおかげで、俺は中学校で戦車道が出来た。
「でも認めてくれたのは一部だった……嫌がらせは昔からされていた。耐えられた、俺を認めてくれる仲間が居たから……でも……でもな……あの日で、俺は折れたんだよ……」
そして高校で聖グロリアーナ女学院から、入学依頼が来たのだ。
認められた高校で、認めてくれた新しい仲間との戦車道。しかしそれでも……俺は、認められなかった。
「あの日に俺は身体に大火傷して、右目まで無くなった。このまま続けたら、俺は今度は何を失う? 左目か? 右腕か? そうやって色々なモノを失った先にあるものなんて……虚しいだけなんだよ」
身体に負った傷。これ以上、戦車道を続けたらきっと更に何かを失うことになる。
そんな失った先にあるものなんて、虚しさだけしかない。
「俺があの日に入院して……聖グロのみんなが来た時の顔が今でも忘れられないんだ。あの悲しそうな顔、それを俺が作ったと思うと今でも自責の念に駆られる」
そうだ、俺がダージリン達に会いたくないのはそれだった。
あの事件から入院し、見舞いに来たダージリン達の表情が忘れられないんだ。
俺を見るなり、泣きそうな表情で俺を見た顔。あの顔が未だに忘れられないんだ。
泣いていた子もいた。ごめんなさいと謝った人もいた。そして俺の右目に触れて、目に涙を溜めてごめんなさいと言った人がいた。
「俺が戦車道をしなければ、俺はこんな目に合わなかった。そしてアイツ等が――ダージリンが悲しむこともなかったんだ。だから俺はそれに気付くと……心が折れた」
あのみんなの顔を見た瞬間、俺の心が折れた。
あの顔を作らせたのは……俺だった。
俺が居なければ、こんなことにはならなかった。
俺が戦車道をしなければ、俺は大怪我を負うこともなく、誰も傷つかなかった。
俺が戦車道をして、誰かが傷つく。そんなこと……俺は認められなかった。しかし俺は、認めてしまった。
「その日から俺の胸に確かにあった想いが、無くなった。あの日から俺の中にあった戦車道への想いが消えたんだ……もう戦車に乗るなと言われている気がしたんだ」
あの日から、俺はカラッポになった。
それは俺に戦車に乗るなと言っているように感じられて、あれから俺はずっと虚無感を感じていた。
そして俺は言い聞かせた。自分に、もう戦車に乗るなと。絶対に選手として、今後戦車に乗るなと。
「だから俺は戦車道を辞めたんだよ! 誰も悲しまなくて良いように! 自分が辛い思いをしないように! 逃げたんだよ⁉︎ 男が戦車に乗ることを否定する全部から!」
だから俺は逃げた。戦車道から、聖グロリアーナから、認めてくれたみんなから。
戦車に乗る俺を否定する人達から、俺は逃げた。
しかしそれでも、戦車道は俺を苦しめた。なるべく戦車道に関わらないようにしても、それでも戦車道は俺を蝕んだ。
「今だって夢に出てくるんだよ‼︎ あの日々が! 戦車に乗ってた頃の思い出が俺を苦しめるんだ!」
たまに夢に出てくる。懐かしい日々。
見るたびにどこか心地良い気分になるが、それと同時に、胸が……心が痛くなる。
起きると必ず右目が痛くなるのもそれだ。戦車道をやっていたからこうなったんだぞと、右目に痛みが灯る。
そして俺は、自責の念に駆られるのだ。
「なのに、なんでお前達は俺を戦車に乗せようとする? 乗りたくない……乗ったらまた俺は傷つく……俺以外の誰かが傷つくなんて見たくない……もうウンザリなんだ……」
大洗女子学園に転校して、平和な日々を過ごせていた。
何もしないで、ただこの艦で整備の勉強をするだけの日々。何も心が痛まない。誰とも触れ合わず、接することもなく……気楽な日々だったのに。
なんでみんなは俺に戦車道をさせようとする?
もう辛い思いをしたくない。誰かが悲しむ姿を見たくない。
だから一人にしてほしい。俺に戦車に乗ってくれなんて言わないでくれ。
もう耐えられなくなる。これ以上言われると、心が持たなくなるから。
だからみほ……お願いだから、
「――もう放っておいてくれ!」
そうして怒涛のように吐き出した言葉を、俺はそう締め括った。
もう戦車道のことを言わせないように、勝手に出てきた言葉の数々を俺はそう言って終わらせた。
吊り上げた目で、俺はみほを睨む。
俺の目に映るのは、目を震わせて顔を引き攣らせるみほの顔だった。
もう、折れてくれ。そう俺は願った。
みほが顔を俯かせる。そしてみほが袖で目を拭うと、俺は安堵した。
折れた。みほは、もう俺に戦車道の話はしないと。
みほが顔を上げる。目を少しだけ赤くして、みほが俺を見ると――彼女は首を横に振った。
「うん。放って置かないよ」
「……お前……なんで」
自分の声が震えているのが、嫌でもわかった。
こんなに最低なことを言っている俺に、なんでそんな顔が出来る?
優しく微笑む顔。なんでそんな顔を俺に向けられるんだ?
みほが俺の両手を取る。そして俺の手に僅かにある火傷の跡に、みほは触れた。
「辛かったんだね。傷ついてる時に側に居てあげられなくて、ごめんね」
違う、違う、そんなことを言われたい訳じゃない。
誰かに側に居て欲しいわけじゃない。誰かに慰めて欲しいわけでもない。
「かずくん、やっぱり優しいね。自分だけじゃなくて、誰かが傷つくのが嫌だから辞めるって」
優しくなんてない。俺は嫌になっただけだ。
俺の所為で誰かが嫌な思いをする。それが堪らなく嫌なだけなんだ。
「頑張って、認めてくれた人達が夢に出てくるのは簡単だよ。あの頃が楽しかったから、それだけ」
みほに、返す言葉がなかった。
……納得してしまった。覚めると自分を苦しめる夢だとしても、見ている時は、夢の中にいる時だけは……心の底から安堵出来ていたから。
夢の中にずっと居ることが出来たら、そう思ったことは何度もあったから。
「私はね。かずくんが戦車に乗ってる姿が好きだった。男の人でも周りに認められるくらい戦車道が上手で、操縦席に乗るかずくんの姿がカッコ良かったから」
ふと、目が熱くなる感覚が俺を襲った。喉が震える、呼吸が荒れてくるのは……どうしてだろうか?
「だから最後に訊くよ。本当にかずくんが戦車道が嫌いなら、もう言わないから――」
そして、みほは言った。
俺の顔に笑みを見せながら、赤く腫らした目を俺に向けて。
「かずくん。大洗で戦車道、私と一緒にやらない?」
楽しそうに微笑むみほに、俺は顔を俯かせた。
胸の中に色々な気持ちがせめぎ合っていた。
今までの仲間達のこと。俺を認めてくれなかった人達のこと。
自分の気持ちが、自分がどうしたいのか分からなくなる。
いや、分かっている。元から分かっている、
しかし……だけど……俺は認める勇気が出なかった。
今までのことが俺を立ち止まらせる。前に進ませないと俺の身体に絡みつくような錯覚が、蝕む。
「かずくん。かずくんはどうしたいの?」
「俺は、俺は……俺は――」
何度も俺は答えようと呟く。
それに、みほはただ優しい笑みを見せていた。
和麻の独白?的なノリでした。
つまるところ、和麻は諦めきれてないんです。
大怪我をし心が折れても、誰かが傷つくとわかっていて戦車道から離れても心の何処かでは戦車道を諦めたくない気持ちがありました。
しかしそれを認めようとしなかったわけです。
それがみほの言っていたことに繋がります。
故に、みほは和麻に問い掛けたのです。
嫌いでないのなら、一緒にやらないかと。
その答えに和麻がなんて答えたのかは次回から分かる予定です。
なので少しだけお待ちください。
P.S.
和麻の中学生の頃の先輩ってどこの高校に行ったんでしょうね〜?(よそ見
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