GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
慣れないです。かなり難産でしたが、読んでいただければ幸いです。
今日は随分と空が騒がしい。
和麻はぼんやりと空を見ながら、深く溜息を吐いた。
「……寝れない」
芝生で先程まで寝ていた和麻が、目を瞑り眠ろうとする。
しかし先程“あるモノ”に叩き起こされた所為で、和麻の頭はすっかり冴えてしまっていた。
今日も和麻は授業をサボり、午前のひと時を睡眠で過ごしていた。
そんな時だった。校舎内の芝生で眠っていた和麻の上空――大洗学園艦の上空を飛行機が通り過ぎた。
耳障りとも言えるエンジン音を立てて上空を飛ぶ飛行機に、和麻は強制的に眠りから叩き起こされた訳である。
それと同時に、飛行機から学園艦に何かが降下した音が響き渡る。
全くもって和麻には不愉快極まりなかった。
思わず空を飛ぶ飛行機のパイロットに文句のひとつでも言いたくなる和麻だったが、既に騒音の元凶である飛行機は空の彼方へと飛び去っていた。
そのおかげで、和麻の衝動も叶わぬ夢となった訳だった。
そんなやり場のない苛立ちを感じながら芝生で横になり二度寝をしようとする和麻だったが、妙に目が冴えてしまっていた。
目を瞑り、和麻が再度眠ろうと試みるが頭が冴えてしまったので眠れる気がしない。
和麻には、非常に迷惑な飛行機だった。彼にとって、学校でホームルーム以外に時間を潰す方法は寝ているか、整備の勉強をするぐらいしかない。
きっと武部沙織がそれを聞いたら、授業に出席しろと言われるに違いないが……和麻にはそんな気など全くなかった。
本来、和麻はこの学校に居てはならない人間だ。女子校であるはずの大洗女子学園に生徒として在籍していること自体、あり得ない話なのだ。
しかし実のところ、百式和麻は高校の授業を受けなくても良いと言われるほど博識ではなかった。
と言っても、一般の生徒と比べれば和麻には学がある。有名校である高い偏差値を持つ聖グロリアーナ女学院の授業についていけるくらいには、和麻も勉強は出来た。
それを学園側で考慮され、和麻には特例で授業免除を適応されている。
加えて、女子生徒達とのトラブルを避けるため、学園側が配慮した措置でもあった。
しかし授業免除を与えられても、和麻は学校に出席する為に一日二回あるホームルームにだけは出なくてはならない。これだけは和麻が守らなくてはならない唯一の例外だった。
学校への出席日数。これだけは免除の対象にならなかった。故に和麻はこうしてホームルームだけ出席し、他の授業は他の場所で時間を潰すことを余儀なくされたわけだ。
他の生徒達が授業を受けている間は、昼寝か整備士となる為の勉強。これが大洗学園艦にいる和麻の学生生活となっていた。
こんな今日のように目が冴え眠れない時は、適当に整備関連の書籍を読むことが多い和麻なのだが……今日はそんな気分にもなれなかった。
変わらない日々であるはずなのに。そんな日々であるのにも関わらず、和麻の内心はそうではなかった。
「……戦車道、か」
ぼんやりと空を眺めて、和麻がボヤいた。
みほと一緒に授業をサボった日から二日経ち、それから和麻は一人で悩むことが多くなった。
正確には、みほとの口論から和麻は考えていた。
みほに戦車道を一緒にやらないかと言われて、彼女に自分の想いを吐き出してしまってから、和麻は葛藤していた。
『かずくん。大洗で戦車道、私と一緒にやらない?』
あの日、みほに問われたその言葉に。和麻は――返事が出来なかった。
と言うよりも、言葉が出なかったのだ。
自分の中の激しい葛藤から、本心が出なかった和麻はみほに申し訳ないと言う思いを込めて「……返事は待ってくれ」と絞り出して、答えてしまっていた。
情けない。それが和麻が自分に与える評価だった。
あれだけみほに言って、そして彼女に諭されたのに……自分の気持ちが整理できなかったのだから。
答えなど、既に出ている。しかしそれを実行出来るほど……和麻は自分に素直にはなれなかった。
この学校で、自分が戦車に乗る。それに伴う結果が怖くて、和麻は自分の気持ちに向き合えずにいた。
正直に言えば、既に和麻にとってトラウマとも言えるほどに心を蝕む原因である“戦車道”に向き合うことなど、簡単には出来ない話だ。
だからこそ、和麻はそのトラウマと向き合っていた。
自分の気持ちは、どれが本当なのかと。
仲間と自分が傷つくことを恐れた自分と、戦車道を諦めたくない自分。どれが本当なのかと。
しかしそれから二日経っても、その答えを和麻は得られていなかった。
「……戦車か」
乗れるなら、また乗りたい。しかし乗ると、怖くなる。それが今の和麻の気持ちだった。
無理矢理乗せられるのは断固拒否の和麻だったので、乗る時は自分から乗ろうと和麻は決めている。
あの操縦席で握るギアと踏むクラッチの感触は忘れてはいない。足で踏むアクセルとブレーキの感触も、もはや自分の一部と言って良いほどに鮮明に覚えている。
しかしそれを実際にすぐ出来るかと言われれば、返事に困る和麻だった。
戦車に乗ることをやめて、もうすぐ一年になる。そのブランクがどれ程のモノなのか、和麻には知る術もなかった。
「……ん?」
ふと――そんな時、和麻は違和感を感じた。
自分の居る地面が揺れる感覚。何か大きなモノが動いているような感覚だった。
妙にこの感覚に覚えがある。それを和麻はなんとなくだが感じていた。
芝生で寝ていた体勢から、身体を起き上がらせて和麻が周りを見渡すと――和麻が見つけた視線の先に見たものは、
「……Ⅳ号戦車?」
自分の方に向かって走ってくるⅣ号戦車だった。
止まる素振りを見せないⅣ号戦車に、和麻が思わず顔を顰める。
そして自分の存在に気づいていないⅣ号戦車に和麻が危険を察知して慌ててその場から起き上がると、ちょうどそれと同時にⅣ号戦車の右側面のハッチが開いた。
「かずくん! 危ない!」
ハッチから顔を出したのは、みほだった。
和麻へ迫るⅣ号戦車。みほの言葉に和麻は咄嗟に反応すると、その場で大きく跳び上がり、手慣れた身のこなしでⅣ号戦車の上に跳び乗っていた。
「おい! 前方確認くらいしろ! 危ないだろうがッ!」
そしてⅣ号戦車に乗り上がるなり、和麻はⅣ号戦車に乗る全員にそう叫んでいた。
「うっ……ごめん」
和麻の怒声に一番に反応したみほが、和麻へ頭を下げる。
みほに続いて、他の乗員達が続いて謝ると和麻は眉を寄せて舌打ちをしていた。
そして和麻がⅣ号戦車の乗組員を確認すると、彼は更に顔を顰めていた。
「ん? 武部に……五十鈴? お前達、何してるんだ?」
見覚えのある顔ばかりの光景に、和麻は思わずそう訊いていた。
キューポラ……車長が居るべき場所に武部沙織の姿が、操縦席には五十鈴華がいた。そして装填手の席から顔を出している西住みほが、和麻の視界に映っていたのだ。
「それはこっちの台詞だよ! 百式君こそこんなところで何してるの⁉︎」
キューポラから顔を出していた沙織がそう和麻に叫ぶ。
それに和麻は「昼寝」と簡潔に返すと、沙織は溜息を吐きながら納得していた。
「それでお前達、こんなところでなんでⅣ号戦車なんて転がしてるんだよ?」
動くⅣ号戦車の上で和麻が三人に問い掛ける。
午前中は、確か授業中のはずだった。なのに何故こんな時間からみほ達が戦車を動かしているのか、和麻には疑問しかなかった。
そんな和麻に答えたのは、装填手のハッチから顔を出すみほだった。
「えっと……今、練習試合してるの」
「はぁ⁉︎ みほはともかく……お前達は初心者だろ⁉︎ いきなり操縦させるやつがあるか⁉︎」
みほの答えを聞くなり、和麻が目を大きくした。
操縦するためのマニュアルなどをしっかりと理解していない状態で戦車を動かすことの危なさに、和麻は声を大きくしていた。
「だって教官がそう言ったんだもん!」
沙織が泣きそうな声色で叫ぶ。
和麻が気になりその詳細を詳しく聞くと、その内容に彼は呆れてしまっていた。
「五両でのロワイヤル戦で、みほ以外全員が素人なのにいきなり練習試合って……よくもまぁそんなことを……」
驚きよりも、呆れの方が強く、和麻はむしろ感心すらしてしまいたかった。
和麻がみほ達から聞くところによると、今日は戦車道連盟から教官が指導に来ているらしく。来て早々に練習試合をすると言い出して今に至るらしい。
激しく揺れるⅣ号戦車の上で、和麻は言葉を返す気力すら起きなかった。
「誰だよ……そんなこと言った教官は……」
「えっと、確か教官の名前は――」
和麻の呟きに、みほが答えようとする。
しかしその時――大きな音が響いた。
空気を震わせる轟音。Ⅳ号戦車からかけ離れた場所に大きな爆発が起きた。
正体を和麻とみほは、すぐに理解した。これは――戦車の砲撃音と炸裂音だった。
「かずくん! 今は危ないから中に入って!」
「ったく! わかったよッ!」
Ⅳ号戦車の中に入るように促すみほ、和麻はすぐに彼女の言う通りに装填手ハッチからⅣ号戦車の中に入り込んだ。
「ってもう五人乗ってんじゃねぇか! 一人多いぞ⁉︎」
そしてⅣ号戦車の中に入った和麻は、中を見るなりそう叫んでいた。確か和麻の知る限り、Ⅳ号戦車の総乗員は五人だった。
Ⅳ号戦車の内部では砲手の席にボブヘアーの女が、そして通信席には和麻が知らない長い髪の女がだらしない顔で寝ていた。
「それは良いから! とりあえず私の隣に座って!」
「お前の隣って、そこ二人だと狭いだろ! 適当に座ってるから大丈夫だっての⁉︎」
みほと和麻が言い合うなか、再度砲撃音が響く。
今度はⅣ号戦車の近くに着弾した砲撃の爆風で車体が揺れるなか、和麻はみほに叫んだ。
「おい! 砲撃されてるぞ! 車長が指示出せ!」
みほが車長と思った和麻が、彼女に叫ぶ。
しかしみほが「違うよ!」と返すと、彼女は車長席にいる沙織を見遣った。
それを見た途端、和麻は目を皿のように大きく開いていた。
「……は? 武部? お前が車長?」
「あぁぁぁ! 今、絶対百式君、私のこと馬鹿にしたでしょ⁉︎」
車長席から和麻を指差して沙織が叫ぶ。
和麻にとっては当然だった。沙織が車長とは、一番似合わないとハッキリと言えた。
しかしこれ以上余計なことを言うのも面倒だった和麻は、とりあえず沙織の言葉を無視することにした。
「してないしてない。良いから早く指示を出せ!」
そして車長である沙織に、和麻が催促する。
しかし沙織は、和麻の催促にアワアワと慌てていた。
「どうしたら良いのっ⁉︎」
軽いパニック症状が出ていた。しかしその中で沙織は「とりあえず逃げよう!」と叫んだ。
それを操縦席の五十鈴が聞くと、Ⅳ号戦車は速度を上げて動き出した。
激しく揺れる車内で、和麻が通信手のハッチから顔を出す。そしてすぐに彼はⅣ号戦車の周りを確認した。
「八九式とⅢ突? 国の統一感ゼロだな……」
和麻がⅣ号戦車の後方に確認したのは、二両の戦車だった。
日本の八九式中戦車甲型。ドイツのⅢ号突撃砲F型。みほ達が乗るⅣ号戦車を追う二両が、砲身を向けていた。
そして八九式が軽機関銃をⅣ号戦車へ撃ち放った途端、和麻は慌てて中に戻り、ハッチを閉めた。
戦車道において、軽機関銃を撃つことはよくある。しかし軽機関銃での車両撃破は到底不可能なので威嚇射撃等の意味しか成さない。
しかし何年かに一度程度でごく稀に乗組員に当たる事実を知っていた和麻は、幼き頃から母から教わっていた通り軽機関銃が鳴った瞬間に車内へと入っていた。
「おい! Ⅲ突の砲身こっち向いてるぞ! 相手の射線に入らないようにしろ!」
そしてハッチを閉めると、和麻はすぐに操縦席に座る華に叫んでいた。
「えっと……あの、どうすれば……?」
危なげな動作でギアとクラッチ操作をする華が首を傾げる。
そんな華に、和麻は思わず頭を抱えていた。
そう言えば、この女は今初めて操縦しているのだった。
なら戦車の急停止と急発進なんて言われて出来るわけがない。それを理解した和麻は違う方法を華に伝えることにした。
「ならそのまま走れ、相手も素人なら動いてる戦車にまず当てられない! その代わり絶対に車両を止めるなよ!」
「わかりました!」
相手が素人と分かっているなら、こちらは動けば良いだけだ。難しく考える必要はなかった。
止まっている的より、動いている的を動きながら当てることは容易ではない。
そうして華がⅣ号戦車を操縦し、追ってくる八九式とⅢ突から逃げていると――急に華がブレーキを踏んでいた。
「おい⁉︎ どうした⁉︎」
「前が……! 渡れません……!」
急停止した所為で大きく車体が揺れる。思わず和麻が訊くと、華はそう返していた。
それをみほが聞くと、ハッチを開けて前方を確認するなり車内から外へ飛び出していた。
和麻がみほに続いてハッチから身体を出す。すると彼は前方を見るなり顔を強張らせた。
「流石にこれは……五十鈴には無理だな」
和麻の目の前にあったのは、大きな橋だった。
和麻達が乗るⅣ号戦車の横幅と同じくらいしかない橋。それを見た瞬間、和麻は納得していた。
明らかに操縦技術が必要な橋だった。渡るには正確に真っ直ぐに走る技術がいる。
それを華に求めるのは、到底無理な話だった。
「みほ! 危ないよ‼︎」
Ⅳ号戦車から降りたみほに、沙織が叫ぶ。
しかしみほは「次の砲撃まで時間があるから大丈夫!」と返して、橋の上へと走って行った。
「みほ! どうするつもりだ⁉︎」
橋の上に走っていくみほに、和麻が大声で訊く。
「ゆっくり前へ来てくださいっ!」
そんななか、みほが両手を挙げると自分の方へ向かって来いと手を動かしていた。
「アレで方向を教えてるつもりか……? 随分と雑なことを……」
みほの行動に和麻が困惑する。しかし現状、操縦しているのが華である以上、彼女の操縦で橋を渡るようにするにはみほの行った行動しかなかった。
華が操縦席から顔を出して、みほの動作を確認する。
それを頼りに華がたどたどしく操縦すると、徐行でⅣ号戦車が動き出した。
「曲がってる曲がってる!」
沙織が叫ぶ。橋の上を真っ直ぐに走れず、車体が橋の左側に寄っていた。その際で橋全体が左へと傾く。
「五十鈴さん! こっちこっち!」
そんな華へ、みほが左へ曲がるように身体で指示を出していた。
華はそれを見て再度操縦するが、今度は車体が反対に傾いていた。
またみほが慌てて逆方向へと指示を出すが、車体が方向転換をする前に――Ⅳ号戦車の車体が制御出来ず橋のワイヤーを無理矢理引き裂いた。
橋のワイヤーの一部を失った瞬間、橋が大きく揺れる。
Ⅳ号戦車の車体の重みで橋が傾く。重量が重過ぎる所為で、橋が大きく傾いていく。
「落ちるぅぅ〜!」
「嫌だぁぁぁ!」
橋が傾いていくなか、華と沙織が叫んでいた。
しかしそんな悠長なことをしている彼女達を、後方から迫る八九式とⅢ突が許さなかった。
――Ⅳ号戦車に砲撃が着弾。橋が更に大きく揺れた。
「なッ――着弾したッ⁉︎」
荒れる車体の中で和麻が目を大きく見開く。
慌てて和麻が装填手のハッチから飛び出ると、Ⅳ号戦車に着弾した部分をすぐに確認した。
側面装甲に砲弾の着弾を確認。しかし戦車からフラッグが出てないことから、撃破扱いにはならなかった。
戦車道において、戦車から白旗のフラッグが出ることは撃破されたという扱いにある。よってⅣ号戦車は先程の砲撃で撃破扱いにはならなかった。
「当たりどころが良かったか」
装甲にめり込んだ砲撃を見て、和麻は肩を落とす。当たりどころが悪かったら確実に撃破扱いになっていた。
しかしⅣ号戦車が撃破されなくても――乗員はそうとは限らなかった。
「あっ……!」
「五十鈴殿⁉︎」
沙織とボブヘアーの女が声を揃えた。
和麻が操縦席の方を見ると、そこには力無く意識を失っている華が操縦席で倒れていた。
「華ッ! 大丈夫ッ⁉︎」
「操縦手失神! 行動不能!」
失神した華に、沙織が大声で名前を呼ぶが返事はなかった。そしてボブヘアーの女が、操縦手である華が失神したことを告げた。
「おい! 五十鈴! 返事をしろ!」
和麻がすぐに華の元へ駆け寄る。近くで彼が名前を呼ぶが、反応はなく力無く華は操縦席で倒れていた。
「五十鈴さんっ!」
橋の上にいたみほがそれを聞いた瞬間、全力でⅣ号戦車に戻って行く。
そして華を介抱する和麻の元に駆け寄ると、みほは何度か華に呼び掛けるが、意識を失っている華からは返事はなかった。
「次の砲撃か来る前に五十鈴を退かすぞ! ったく、面倒だッ!」
和麻がⅣ号戦車の中に入る。そして操縦席で倒れる華の両脇を抱えると、彼は手慣れた動作で彼女の身体を持ち上げた。
「かずくん! ひとまず通信手席に五十鈴さんを!」
「わかった!」
みほからそう促された和麻が抱える五十鈴を操縦席から隣の通信手の席へと移動させる。
和麻が華の身体を脇から持ち上げ、彼女の足をみほが支える。そして二人の慣れた動きで、彼女をすぐに通信手席へと移動させた。
「失神してるな、起きるまでそっとした方が良い」
意識を失った華を見た和麻が、そう判断する。
見たところ、華に頭を強く打ったなどの怪我は見られない。
ならば先程の砲撃による揺れのショックで意識を失ったのだろう。なら起きるまで安静にしているのが一番妥当な判断だった。
「華が居ないと誰が操縦するの!」
しかし沙織の言う通りだった。
Ⅳ号戦車の操縦手である華が失神による戦闘不能により、操縦手が不在になっていた。
「操縦は苦手だけど、私が……」
眠る華を見て、みほが顔を強張らせる。
そんなみほに、和麻は首を横に振っていた。
「いや……お前、操縦下手だろ。この傾いた橋の上での車体制御はかなり難しいぞ?」
「……だよね」
和麻の言葉に、みほが苦笑いする。
だが今のメンバーで唯一の経験者であるみほが操縦手をするしか方法はなかった。
ただ、一人を除けば……
「じゃあ百式君が操縦手やってよ⁉︎」
沙織が言った言葉に、和麻は反応が一瞬遅れた。
言われた言葉を理解するなり、和麻は沙織に目を細めた。
「……俺にやれと? 操縦手を?」
睨むような目で和麻が沙織に見る。しかし沙織はそんな和麻の表情を気にかけることもなく、続けて言った。
「だって百式君、昔は操縦手だったんでしょ⁉︎ 戦車道で有名な名門学校に入学出来るくらい上手で、戦車が好きだったんでしょ!」
沙織が言ったことに、和麻は確信した。
この女は、自分ことを確実に知っている。
沙織が言った有名校――おそらく聖グロリアーナ女学院のことを言っていると。
「なんで俺が操縦しないといけないんだ? 戦車道の試合中に外に居るのが危ないから、俺はⅣ号戦車に仕方なく乗ってるだけだ。お前達がやらないといけない試合にどうして俺が関わる必要がある?」
操縦を催促する沙織に、和麻が告げる。
本来、和麻はⅣ号戦車に乗ることはなかった。しかし戦車道の試合中に外に居ることが危険ということを考慮して、彼は仕方なく戦車に乗らざるを得なかっただけだった。
「じゃあ百式君も私達と一緒に戦車道やろうよ!」
和麻の返事に、沙織が頬を膨らませる。
そんな沙織の何気ない一言に、和麻は目を鋭くさせた。
「……男の俺が戦車道をする。武部、お前はその意味を分かって言っているのか?」
目を吊り上げて、和麻が沙織へ問う。
しかし沙織は、和麻の話にただ素直に返した。
「別に男とか女とか関係ないじゃん! なんで男がしたらいけないの⁉︎ 戦車道って武芸なんだから男の人がやったらいけない理由なんてないじゃん!」
「――ならこれを見ても、お前は同じことが言えるか?」
沙織の話に、和麻は言った。
和麻が右目の眼帯に、手を添える。そして和麻が今まで右目に付けていた眼帯を、外した。
「――かずくん」
そうして和麻が眼帯を外した瞬間、みほが声を震わせた。
和麻の眼帯の下――彼の右目を見た瞬間、沙織は目を大きくした。
「男が戦車道をすること。その対価がコレなんだよ」
外した眼帯を手にして、和麻が沙織を見つめる。
顔の右半分に、ただれたように変色した肌。それは紛れもなく火傷による色素沈着の跡だった。額から目、そして頬と大きな跡が、和麻の顔にあった。
そして和麻の右目を見て、Ⅳ号戦車にいるメンバー達が息を止めた。
右目に大きな傷。まるで過去に何かが突き刺さったような跡が、痛々しく残っていた。
「武部、それでもお前は俺に戦車を操縦しろと言うのか? 俺に、このⅣ号戦車を操縦しろと?」
「あ、そんな…………」
和麻の目を見た沙織が動揺する。
思った以上の傷跡に、そしてその痛々しさに、沙織は見ているだけで気分が悪くなっていた。
あまりにも酷い。それが沙織の偽りない言葉だった。
そして自分が言ってしまった言葉に、沙織は後悔が募っていた。
「俺が戦車を操縦すると、みんなきっと後悔する。それが怖くて、俺は戦車に乗らないんだよ」
外していた眼帯をまた右目に取り付けて、和麻が溜息混じりに言った。
「……ごめんなさい」
和麻が眼帯を付けたのを見て、沙織が俯きながら謝罪の言葉を告げる。
和麻はそんな沙織に「別に気にしてない」と答えると、続けて言った。
「武部。お前に、この傷を見ても俺に戦車に乗れというなら……」
砲撃の音が響く中、和麻が沙織に問う。
自分のことを知っていて、男が戦車をやることの意味を理解していて……それでも乗れと言うのなら。
和麻を見る沙織が口を震わせる。
和麻の問いに、沙織は返事が出来なかった。
沙織の心に、ある不安が過る。
きっと彼が戦車に乗ったら、もしかしたらまた彼が傷つくかもしれないと。
その考えが最初に出た時点で、武部沙織という女は優しい女と言えた。
痛そう。不気味。そんなことを一切思わず、ただ戦車道を彼にさせることの不安が最初に出たことが、沙織の優しさを表していた。
「……どうする?」
和麻が沙織に、再度問い掛ける。
そして沙織か返事に戸惑うなか――それは起きた。
――ゴトンとⅣ号戦車が揺れた
「「「えっ?」」」
和麻以外の三人が声を揃えた。そして和麻も、すぐに状況を理解した。
動いている。Ⅳ号戦車が動いていると。
それに気付いた和麻達が操縦手席を見遣ると、そこに居た女に和麻は顔を顰めた。
「……お前、さっきまで寝てなかったか?」
操縦手席に座っていたのは、先程から戦車の中で寝ていた少女だった。
操縦手席で本を広げながら、少女はまるで知識で知っていることを再確認するようにたどたどしい操縦をしていた。
「さっき起きた。お前の話を聞いてるとムカついたから、私が操縦する」
和麻の言葉に、少女がつまらなそうに答えた。
そしてⅣ号戦車の傾いた車体を直しながら、少女は続けた。
「お前のことなんて、私は何も知らない。だけどそんなウジウジしてるの見ると腹が立つ。だからお前は何もしなくていい」
少女が広げた本を見ながら、操縦する。
そして片手間に、和麻に言い放つ。
それはまるで――和麻を邪魔だと言いたいような印象を受ける声色だった。
読み辛かったら申し訳ありません。精進します。
はい、ようやく出ました。Ⅳ号戦車の操縦手こと。天才少女が。
いきなり喧嘩腰な彼女ですが、和麻とどんな展開が出来るか楽しみです。
評価、そして感想を頂いた方々に心から感謝を。
拙い文章ですが、お気に入りも増え皆様に読んで頂いていることを再確認しました。これからもよろしくお願いします。
感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ作者はテンションが上がります!(>人<;)