GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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5.そして歩く、初めの一歩を

 

「……何がしたいんだろうな、俺は」

 

 

 そんなことを呟いて、和麻は自分に問い掛けた。

 大洗学園艦内にある海がよく見える公園のベンチに座りながら、和麻はひたすらに広がる海を見つめながら溜息を吐く。

 思わずしてしまった行動に、和麻は自己嫌悪していた。

 何故、あの時……自分は蝶野亜美が答えようとしていた“百式流の戦車道”を言ってしまったのだろうか?

 百式家が掲げる戦車道。それは、和麻が第一に教わった戦車道の道だった。

 

 

『己の信じる道に迷いなく――(はし)る姿は狩人。狩人は常に友と共に。駆ける姿は風の如く。疾風迅雷の矢となりて、敵を討つ』

 

 

 誰よりも速く、その先へ。それが和麻が一番初めに母親から教わったことだった。

 

 

『和麻、私達百式家は西住の圧倒的な“制圧力”でも島田の変幻自在の“技術”でもなく……疾風迅雷の“速度”を追求した。でも和麻……私は、あなたに百式の道を進めとは言わないわ。

 あなたはいつか“百式流”ではなく“自分の道”を見つけなさい。それが、私が――息子へ渡す“最大の課題”よ』

 

 

 懐かしい母の言葉を、和麻が思い出す。

 男である和麻には、百式流を継ぐことは出来ない。

 女の武芸である戦車道を男が継ぐことは、決して許されない。幾重にもあるどの流派も、家元は女が継いでいる。

 男が戦車道をすること。それ自体が異端である。

 だからこそ、初めて和麻が戦車道をしたいと言った時……百式家は勿論反対した。

 しかし母だけは、和麻が戦車に乗ることを唯一認めたのだ。

 その時の母親が、どんな考えで認めたのかは和麻にはまだわからない。

 だが当時の幼い和麻には、戦車に乗れるということ自体が嬉しくて仕方なかった。

 

 しかし母親が認めても、世間が許さない。

 

 故に、和麻が百式を継ぐことをたとえ母が許したところで……それは戦車道への冒涜だと言われるだろう。

 それを和麻が戦車道を始めた幼き頃に、母が「あなたには百式流を継ぐことは出来ない」と本人に告げた時、続けて母はそう言った。

 

 悲しそうに、そして誇らしく、母が自分にそう言っていたのを和麻は忘れはしない。

 自分の道を進めと、母がそう言ったのなら……自分の道を進むと和麻は決めたのだから。

 百式家の息子が戦車道をする。それを百式家に許されたことでさえ、和麻には誇らしいとさえ思ったのだ。

 

 百式の戦車道を継げないのなら、ならば自分の道を進め。それを母は言いたかったのだろうと、和麻は幼くともそれを理解することが出来た。

 

 だからこそ、和麻は探し続けた。辛くとも充実した日々を過ごし、そして彼はようやく見つけたのだ。

 中学生で和麻は自分の戦車道を見つけ、それを自身の心に掲げていた。

 

 だがそれも和麻にとって、今では過去の話なのだが――

 

 

「……あんな言葉で、俺がイラつくなんてな」

 

 

 そしてまさか……何気ない質問をした一年生を睨むとは、和麻自身も思ってもなかった。

 みほに言われるまで、和麻は自分が一年生を睨んでいるなど思ってもいなかった。

 自分らしくない。それが和麻の自身に対する評価だった。

 前までの自分なら、ただ聞き流すことなど平然と出来ていたはずなのに……

 

 

「和麻君、少し探したわよ。意外と歩くの速いのね」

 

 

 ふと、そんな時――後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。

 和麻が声の方へと振り向くと、そこには呆れた表情の蝶野亜美が立っていた。

 

 

「……蝶野さん?」

 

 

 和麻が亜美を見ると、少しだけ目を大きくした。

 

 

「隣、良いかしら?」

 

 

 亜美がそう言って、和麻の隣に座る。返事を聞かないで座る辺り、やはり男らしいと感じる和麻だった。

 

 

「どうして――」

 

 

 隣に座る亜美に、和麻が眉を寄せる。

 何故、自分のところにわざわざ来たのかと。

 それを和麻が問うより先に、亜美が口を開いた。

 

 

「久しぶりに弟分と会ったのだから、ゆっくり話したいじゃない。積もる話もあるでしょ?」

 

 

 亜美が手に持っていた缶コーヒーを和麻に放る。

 和麻がそれを片手で受け取ると、亜美が手慣れた手つきで片手で缶コーヒーのプルトップを開けていた。

 

 

「それでも飲んで一息入れなさい。そんな顔してたら幸せが逃げるわよ」

 

 

 そう言って、亜美が缶コーヒーを口元で傾ける。

 しかし和麻は缶コーヒーを手に持ったまま、亜美に(しか)めた顔を向けていた。

 

 

「そんな酷い顔してますか?」

「してるわ。悩み悩んでる若人の顔ね」

 

 

 そう即答されて、和麻が口を(つぐ)んだ。

 そして和麻が諦めたように溜息を吐くと、手に持っていた缶コーヒーを開けて一口飲んだ。

 

 

「苦い。これ……ブラック?」

「紅茶の方が良かったかしら?」

「紅茶は随分……飲んでないですよ」

 

 

 くすくすと笑いながら、亜美が和麻の顔を見て笑う。

 笑えない冗談だった。和麻は顔を強張らせると、手の缶コーヒーをまた一度口元で傾けた。

 

 

「最後に会ったのは、確か去年の十二月頃だったわね」

 

 

 亜美がしみじみと歌い出して呟いた。

 苦いブラックコーヒーを飲みながら、和麻は頷いた。

 

 

「怪我が治って、退院して以来ですね」

「前も聞いたけど、その目は……もう?」

「駄目ですね。見えませんよ」

「そう……」

 

 

 亜美が和麻の眼帯を見つめる。

 和麻の顔の右半分を覆う黒い眼帯。その下の傷跡を見たことがある亜美は、ただ肩を(すく)めた。

 

 

「聖グロのみんなとは、もう会ってないの?」

「……会えるわけないでしょう。俺は、戦車道をするべきじゃなかったんです」

 

 

 吐き出すように答えた和麻に、亜美は少しだけ眉を寄せた。

 和麻の言葉とは裏腹に、彼の表情はひたすらに悲しそうに見えた。

 外見は変わっても、相変わらず中身は変わっていない。

 亜美はそれを理解すると、和麻に笑みを向けながら言った。

 

 

「和麻君――悩んでるなら話してみなさい。大人のお姉さんが聞いてあげるわよ」

 

 

 亜美に言われて、和麻は言い淀んだ。

 去年から今まで、本当に色々あった。

 聖グロリアーナでの一件。大洗女子学園への編入。生徒会からの戦車道への勧誘。そして、西住みほに諭されたこと。

 未だ自分の気持ちに向き合えない和麻は、ただ悩むことしか出来なかった。

 答えの出ない自己問答。それを何度も繰り返したところで、出てくるのは返事のない停滞だったのだから。

 

 一度、足を止めてしまった人間は……再び歩き出すのに、人一倍の勇気がいる。

 

 それを無意識に理解していた和麻に、止めた足を再び動かすことなど到底無理な話だった。

 

 

「……悩んでるんです」

 

 

 しばらくの沈黙の後、和麻がポツリと言った。

 亜美が小首を傾げる。そして彼女は和麻に顔を向けると、

 

 

「なにを?」

 

 

 ただ一言、和麻に問うた。

 和麻が腹元で手を組む。それは何かに願うような、そんな印象を受ける仕草だった。

 

 

「俺は……もう一度、また戦車に乗っても良いのかって」

「――愚問ね」

 

 

 そして和麻の悩みに、亜美は即答した。

 和麻が顔を強張らせる。そして亜美は、彼に戯けるように肩を竦めた。

 

 

「ねぇ、和麻君。あなたが戦車に乗ろうと思ったキッカケはなんだったの?」

 

 

 突然の質問だった。思わず、和麻は顔を顰めた。

 

 

「それは……」

「あなたは、どうして戦車道をしようと思ったのか。それが今のあなたの悩みの答えよ」

 

 

 亜美が微笑んで、言い淀む和麻に告げる。

 その言葉に、和麻は何か考えるように口を噤んだ。

 そして少しして、和麻は小さく口を開いた。

 

 

 

「俺は……憧れた。ただ本当に、それだけでした」

 

 

 

 そして和麻が語る。自分の戦車道の原点を。

 何故、自分が戦車道を始めたのか?

 戦車を好きになった理由。そして男でありながらも、戦車道を嗜むことを決めた理由を、彼はまっすぐに海を見つめながら思い出した。

 

 

 それは、本当に……憧れから始まったと。

 

 

「小学生にもなってなかった子供の頃に、初めて母さんの戦車道の試合を見て……初めて母さんが戦車に乗る姿を見た時のことでした」

 

 

 忘れもしない。まだ物心ついて、小学生になる前のことだ。

 百式家の家元である和麻の母親が出場する試合を、和麻が家族に連れられて見たのは。

 まだ戦車の種類も分からなかった歳の頃、和麻が試合会場でモニター越しに見た母親の姿を――初めて見た瞬間だった。

 

 

「――格好良かった。いつも優しかった母さんの戦車に乗る背中が……震えるほど格好良く見えて、戦車に乗って戦う姿が、本当に……すごく綺麗だったんです」

 

 

 沢山の戦車を率いて勇敢に、そして凛々しく戦う母親の姿を和麻は忘れもしない。

 いつも笑顔で優しい母親が、戦車に乗るだけで別人のように凛々しくなった姿。

 率いる仲間と共に敵と戦う母親の背中を、和麻は震えて見ていた。

 恐れではなく、それは感動だった。

 そしてただ思った。本当に……綺麗だと。

 

 

「戦車に乗る母さんの顔が本当に楽しそうで、その幸せそうな顔が忘れられなくて……俺はそんな顔に憧れたんです。自分も、あんな顔をしてみたいって」

 

 

 仲間と笑い合う姿。苦戦して悲痛な顔をする姿。

 当時の幼い和麻が、知らない母親の顔の数々を見た瞬間だった。

 それを見て、和麻はひたすらに思ったのだ。

 

――自分も、あんな顔をしてみたいと。

 

 幸せそうな表情が羨ましくて、本当に楽しそうにする表情が妬ましいと思うくらいに、羨ましかった。

 あんな顔が出来る戦車道。そうされてくれる戦車。それに和麻が魅入られたのは、ある意味必然とも言えた。

 

 

「俺も、あんな風になりたい。それだけだった」

 

 

 自分もあんな顔をしてみたい。そう思った。

 だから和麻は、その後すぐに母親に懇願したのだ。

 

 

『おかあさん! ぼくも戦車道やりたい! ぼくもおかあさんみたいになりたい! 戦車に乗りたい!』

 

 

 その言葉を言った時の母親の顔は、和麻にはとても印象的だった。

 幸せそうな表情だった。目を大きくし、そして口元を押さえながら目を潤ませる顔をしていた。

 しかしその中に僅かに見えた悲しそうな表情を、当時の和麻は理解していなかった。

 そして幼い背丈の小さい和麻を抱えて、母親は言った。

 

 

『私みたいに……なりたい? うん……じゃあ仕方ない! なら和麻も私と一緒に戦車に乗ろっか!』

 

 

 そう、キッカケは本当にそれだけだった。

 そして百式家の反対を押し切り、和麻は戦車道を母親の元で学んだ。

 辛くとも、楽しかった日々を。次第に上達していく自分に、母親が誇らしそうに褒めてくれたことを。

 

 そうして和麻は、現実と向き合うことになる。

 

 男が戦車道をすることの意味。

 

 小学生の頃の時点で、和麻へ戦車道をしていたことに対する非難があった。

 イジメのようなこともあった。しかし和麻はそれでも折れなかった。

 

 あの時の母親に憧れて、和麻はそれを胸に決して折れなかった。

 

 そして中学生の頃に、戦車道チームに所属して和麻はその非難を覆した。

 

 男でありながらも、戦車道を嗜む異端児。

 

 それが和麻に最初に当てがわれた世間の評判だった。

 操縦手と車長を担当し、そして和麻は中学生にして認められたのだ。

 

 もしも百式和麻が女だったら、彼は戦車道の頂を登れる存在だと。

 

 そのことを当時の和麻自身が知るのは、少し先になる。

 それと同時に和麻が試合に出ることに対して、世間からの非難が出ることは少なくなっていた。

 

 そして高校生になり聖グロリアーナ女学院で、和麻は折れてしまった。

 胸に掲げていた想いを、忘れたのだ。逃げて、そして捨ててしまった。

 世間のしがらみ。向けられる誹謗中傷の数々。そして身体中に負った大怪我と……仲間が傷付く姿で、和麻の戦車道は折れた。

 

 

「なのに、どうして……こんな風になったんですかね」

 

 

 それは、和麻の本心だった。

 簡単だった。しかし簡単ではなかった。

 小さな憧れから始まった道が、あまりにも険しかった。道を進むうちに、色々なモノが絡みついた。

 まっすぐに歩かせてくれなかった。それだけだった。

 

 

「戦車道を始めたこと、後悔してるのかしら?」

 

 

 和麻に、亜美が問い掛けた。

 和麻が俯いて顔を暗くする。

 

 

「後悔したくはなかった。でも……後悔するしかなかったんです」

「後悔して、戦車が嫌いになった?」

 

 

 その問いの答えを、和麻は持っていた。

 しかしその先を、その言葉を口にすることが出来なかった。

 角谷杏に過去に言った。怖いのは戦車じゃなく、人だと。

 戦車が悪いわけではない。ただ世間が許さず、戦車道を男がすることを認めない世の中が怖いだけだった。

 だからこそ――答えなど既に決まっていた。

 

 

「嫌いになんて……なれるわけないじゃないですか」

 

 

 気づくと、和麻の声が震えていた。

 今まで止めていた何かが外れたように、和麻は声を震わせて両手を強く握り締めた。

 虚無感しかなかった胸が、少しだけ痛くなる。

 そして少しだけ、懐かしい感覚が和麻の心に灯った。

 

 

「俺は……俺は……戦車に乗りたかった……仲間と、みんなと……戦車に乗って笑っていたかったっ」

 

 

 そして和麻が吐き出した。以前のみほと同じように、心の底に隠していた想いを。

 

 

「なら簡単じゃない。やっても良いのよ」

 

 

 和麻が目を鋭くさせて、亜美を睨んだ。

 そんな和麻に、亜美が口角を上げて笑みを見せる。

 

 

「そんな顔して、小難しく考えるのはやめなさい。私は和麻君のことを弟のように大事に思ってるわ。だからその怪我を作った去年の聖グロの一件のことは許せないし、それ相応の対処をしたわ。

 そして和麻君が戦車道をしたくないならそれで良いと思ってる。むしろ……あんなことがまた起きないように、和麻君に戦車道をしてほしくないと思ってるくらいよ」

 

 

 そして亜美が「でも……」と続けると、その先を真剣な表情で告げた。

 

 

「和麻君。あなたがそれでも、男でありながら女の武芸である戦車道をすることを辞めずに。自分の戦車道を進むと言うのなら、私は応援するわ。だって……あなたの戦車道、私は嫌いじゃないもの」

 

 

 ふと、和麻の目が熱くなった。

 自然に流れる小さな涙を、和麻は止めることもなく……自分が泣いていると気づくのにさえ、しばらく時間が掛かった。

 

 

「あなたがあの頃の気持ちを今でも忘れてないのなら……また乗れるわよ。どんなことを言われようとも“戦車に乗るあなたを認めてくれる人達”がちゃんといるってことを、決して忘れてはいけないわ」

 

 

 そして亜美は言った。自分を認めてくれた人達のことを忘れてはならないと。

 和麻の脳裏に、色々な人達の顔が浮かぶ。

 

『凄いじゃない! 流石は私の息子っ!』

 

 戦車道をすることを認めてくれた母。

 

『和麻君? じゃあ“かずくん”だね!』

『いつかお前とみほと一緒に、試合が出来る日が来ると良いな』

 

 初めて出来た戦車道の友人である西住姉妹。

 

『良ぉし! 和麻ぁぁ! 今日も私とひとっ走り行くぞぉ〜!』

 

 中学生で、初めて自分の戦車道を認めてくれた安斎先輩とその仲間達。

 

『和麻さん、今日はどんな“走り”を見せてくれるのかしら?』

 

 そして聖グロリアーナ女学院にいる仲間と――ダージリンの顔が、和麻の脳裏に浮かんだ。

 

 

「……でも、俺はみんなを悲しませることになる。そうなるくらいなら」

「あなたに戦車道をやめろなんて、その人達は一言でも言った?」

「それは……」

「それが答えよ」

 

 

 そんな言葉を言われたことなど、一度もない。

 仲間から戦車に乗るなとも、戦車道をするなとも言われたことはただの一度もなかった。

 仲間達は、決して自分を見捨てることなどしなかった。

 そう……見捨てたのは、紛れもなく和麻自身だった。

 

 

「ちゃんと自分の気持ちに正直になりなさい。誰かのため、そんな理由を重ねるのも良いことでしょう。でも一番大事なのは……あなたがどうしたいのか、よ」

 

 

 亜美の言葉が、和麻の胸に刺さる。

 気持ちがせめぎ合う。色々な考えと色々な想いが頭と心の中で絡み、そして自身でも訳が分からなくなった。

 自分がどうしたい?

 決まっている。しかしそれを認めることを……認めて良いのか?

 その自問自答を何度も繰り返した。何度も、何度も、ひたすらに続けた。

 そうして和麻の行き着く答えは――ひとつしかなかった。

 

 

 

「蝶野ざん……俺ば……ぜんじゃに乗っだらだめなのに……乗りだいんでず」

 

 

 

 導き出した答えの先に、和麻は泣いていた。

 途切れ途切れになりながらも、和麻は言ってしまった。

 本当に自身の願う懇願を、和麻は言っていた。

 もう戻れない。和麻はひたすらに涙を流し、嗚咽を漏らしながら手で目を覆った。

 溢れてくる涙を止めようとも、それは決して止まらない。

 今まで塞き止めていたモノが崩壊したように、和麻は嗚咽を漏らす。

 

 

「うん! よろしい! その気持ちを大事にしなさい!」

 

 

 亜美が和麻の背中を叩く。相変わらず変なところが大雑把だった。

 

 

 

「それと後ろの芝生にいる子達! 出てきなさい!」

 

 

 

 続けて、亜美が叫ぶと後ろから物音が響いた。

 和麻が慌てて涙を拭う。そして彼が振り返ると、彼は赤く腫らした目を大きくしていた。

 

 

「バレてるバレてる!」

「……流石は教官であります」

「あはは……」

 

 

 和麻と亜美の後ろに居たのは、Ⅳ号戦車に乗っていた五人だった。

 

 

「お前達……なんで……」

「まぁなんと言うか……百式君が心配で」

 

 

 和麻の声に、沙織が言いづらそうに答える。

 和麻は腫らしていた目を細めると、五人を不満そうに睨んだ。

 

 

「盗み聞きとは趣味が悪いぞ。みほ、お前もだ」

「あはは……ごめんね」

 

 

 乾いた笑いを浮かべるみほに、沙織と秋山が居心地の悪そうな表情を見せる。

 そして麻子が和麻の近くに寄ると、彼女は彼の目を指差して小馬鹿にした笑みを浮かべた。

 

 

「お前の泣き顔を見に来てやったぞ。おお、目が真っ赤だな……泣き虫野郎」

「てめぇ……っ!」

 

 

 和麻がベンチから勢い良く立ち上がると、麻子が慌てて逃げて行った。

 思わず和麻が追いかけようとする。しかしその時――彼の隣に居た亜美がポツリと言った。

 

 

「ねぇ、心配してくれる人達が居るって……相変わらず悪いもんじゃないでしょ?」

 

 

 和麻が足を止める。そして彼は頷くと「……そうですね」と呟いた。

 

 

「あなたがこの大洗で何をするかは自由よ。行く先を阻むものがあるなら、ぶち破ってやりなさい。あなたのお母さんみたいに、どんな困難を突き破るくらいの気合を見せてもバチは当たらないわよ」

 

 

 そして亜美は言った。好きなことをしろと。

 また目が熱くなった。しかし和麻は忘れるように顔を横に振るった。

 

 

「はい…………頑張ってみます、蝶野さん」

 

 

 そう言って、和麻は走り出した。

 逃げる麻子に向かい、全力疾走で。

 逃げながら和麻を煽り続ける麻子に、和麻が罵声を吐き出しながら追いかける。

 それを慌てて止めようとする沙織とみほ。そして華と秋山が見守る。

 

 

「ふふっ……良い仲間じゃない、和麻君」

 

 

 そんな騒がしい声を聞きながら、亜美はベンチで缶コーヒーを飲み干して楽しそうに笑った。

 

 

 




もう少し細かくするべきだと思いましたが、こんな感じでした。
三話は次回で終わりの予定です。
※基本的に一話は5〜6話構成の予定にしています

今回は和麻の戦車道の起源のような話でした。
彼が戦車道をする理由、何事も他人が聞けば大したことのない理由でしょうが、当人はとても大事にしていることってあると思いますね。

さて、これが和麻の最初の一歩です。
みほ、そして亜美に諭されて、彼はちゃんと向き合うことを決めました。
自分のやりたいこと、そのさきに彼が何を望むかは……今後に期待してください。

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