GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
これにて、三話が完結します。
難産でしたが、読了して頂ければ幸いです。
「武部……あの時、Ⅳ号戦車の時は悪かった。言い過ぎた、すまなかった」
和麻が頭を下げてそう言うと、沙織はその言葉に慌てながら手をわたわたと自身の顔の前で振って動揺した。
「えっ!? そんな大丈夫だよ! あの時は私も百式君に酷いこと言ったんだし……」
沙織が自分も悪いことを告げる。しかし和麻は首を横に振っていた。
Ⅳ号戦車での沙織の言葉が発端で、結果的にⅣ号戦車で和麻は沙織を責める言葉を向けてしまった。
あの口論の発端が武部沙織だとしても、和麻が一方的に彼女を必要以上に責める必要はなかった。
ただ沙織が和麻のことを人伝に聞いていた故に出てきた言葉ということは、和麻自身も理解していた。
百式和麻が戦車道で優秀な操縦手だと知り、五十鈴華の失神で操縦手不在となったⅣ号戦車内で、戦車を完璧に操縦出来る人間が和麻しか居なかったからこそ出てきた言葉だ。加えて、沙織自身は和麻を責めるような言葉を一切言っていない。
沙織は、だた和麻にⅣ号戦車を操縦して欲しいと言っただけだった。決して彼のことを悪く言ったりなど言ったりはしていない。
そして沙織自身も、あの状況で軽いパニック症状が出ていたことを和麻は理解していた。
それをすべて分かっていて、和麻は湧き上がった一時の感情で沙織を責めてしまった。自身の顔の傷跡を見せてまで、責めてしまった。
そのことが和麻の内に、沙織への罪悪感を募らせていた。
「だとしても、俺は武部を必要以上に責めたんだ……反省してる。すまなかった」
だからこそ、和麻はしっかりと沙織に謝罪した。
そしてⅣ号戦車で冷泉麻子と約束した“武部沙織への謝罪”。それを確かに果たした。
「私こそ……ごめんなさい。百式君のこと知ってたのに慌てて思わず“あんなこと”言っちゃったから……本当にごめんなさい。反省してます」
謝る和麻の言葉に、沙織も頭を下げて謝罪した。
「俺のことは、もう良いんだ。ある意味……お前達のお陰で、ようやく向き合えた気がするから」
和麻が首を小さく左右に振る。
そんな和麻に、沙織は「えっ……?」と小首をコトっと傾げた。
「……どういうこと?」
「本当に今更かもしれないが……また戦車道、ここでやってみようと思うんだ。色々な人達に言われて……見つめ直してみようと思うんだ。この大洗が俺を認めてくれるなら、俺は自分の気持ちに正直になろうって」
和麻が沙織に向けて頬を緩める。楽しそうに、そして優しく微笑む彼の表情に、沙織は少し意表を突かれた。
百式和麻はこんな顔もできるのかと、沙織は内心で素直に驚いていた。
いつもどこか遠くを見ているような表情。悲しそうに、そしてどこか孤独を感じる表情。それが沙織の知る和麻の顔だった。
しかし今の和麻の見せる表情は、それとは真逆だった。
それは、高校生の男子が時折見せる。子供のような笑顔だった。
そんないつもと違う和麻の表情に、沙織は不思議と違和感を感じなかった。むしろ、納得さえしていた。
おそらく、これが彼の本当の表情なのだろうと。
和麻の過去を人伝から聞いた沙織は、素直にそう思った。
色々な“しがらみ”から逃げ、自分を認めた人達と認めなかった人達を全て避けて、孤独に生きようとした和麻は、きっと本来の姿から変わってしまったのだと沙織は感じた。
自分の一部を取られたような感覚に、和麻はずっと悲しんでいたのだろう。
だがしかし、今はそれを取り戻そうとしている。それ故に、彼は本当の自分を無意識に出しているに違いない。
沙織はそんな和麻を見て、不思議と自分の胸の内が暖かくなるような安堵を感じた。
「かずくん……!」
そして和麻の言葉を聞いたみほも、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。
ようやく自分の気持ちと向き合ってくれた和麻が嬉しく、そして彼が自分と戦車道をしてくれることがたまらなく誇らしかった。
そんな沙織とみほを見て、和麻が優しく微笑んだ。
「だから、いつかお前達が俺を“避けることになる”まで、俺はこの大洗でお前達と同じ戦車道の道を進んでみる。お前達の戦車道の先に何があるか……俺は見てみたいんだ」
しかし和麻のその言葉の一部に、沙織とみほは思わず目を大きくした。
やはりこの男は、まだ引きずっていると。その表情から自分が言った言葉の意味を分かってないのだろう。
それを理解した沙織はムッと頬を膨らませると、彼女は和麻に堂々と人差し指を向けた。
「百式君! そういうこと言わない! 私達が百式君を避けるわけないでしょ! そういうこと言うから百式君はダメなんだよ!」
「え……っ?」
和麻へハッキリと告げた沙織に、彼は言われてようやく自分が先程なにを言ったのかを理解した。
そして自分の言葉を思い返して、和麻は苦い顔をすると「……すまない」と眉を寄せていた。
「これから百式君は私達と一緒に戦車道やるんでしょ! なら私達は仲間で――友達なんだからね! 百式君もそう思うなら“そういうこと”を言うのやめる! わかった!?」
「…………」
沙織が続けた言葉に、和麻は返す言葉が出なかった。
こんな言葉を向けられたのは……本当に久しぶりだった。
自分のことを仲間だと、友達だと言った沙織の言葉に和麻は胸が不思議と暖かくなるような気持ちになった。
「どうして、そんな言葉が出てくるんだ? 俺はお前に優しくした覚えもないのに……」
しかし和麻は思った。自分は沙織に対して、好意的な一面を見せた覚えは……一度もない。
なのにどうしてこの女は、そんな言葉を自分に向けてくるのかと。
「そんなの決まってるでしょ! 教室で仲良くお喋りしたら友達なんだからね!」
今度こそ、和麻は意表を突かれた。思いもしない答えだった。
あんな今までの素っ気ない自分との会話で、目の前の女は自分を友達と言っているのだから。
この女は馬鹿だと、素直に和麻は思った。
しかし同時に、この女には敵わないと和麻は認めてしまった。
和麻が笑みを浮かべる。そして彼は思わず「ははっ……」と小さく笑い声を溢していた。
「むぅ……! なに笑ってるの!」
笑い出した和麻に、沙織が不満そうに眉を寄せる。
一頻り笑った和麻が「すまん、悪かった」と素直に謝った。
そうして彼は納得したように一人頷くと、沙織とみほ、そして二人の後ろにいる華と秋山を一瞥した。
「もう言わない、悪かった。俺みたいな変わり者だが……これからよろしく頼む」
和麻が全員に告げる。それを見て、四人はそれぞれが「よろしく!」と声を揃えた。
その答えに、満足そうに和麻が微笑む。それは今まで沙織が見たことのない、嬉しそうな笑顔だった。
「――それでさ、百式君。それ、いつまでやってるの?」
そして沙織がその後顔を引き攣らせると、ふと和麻の手元を見つめていた。
みほも同じように苦笑いする。彼女の視線も、沙織と同じように和麻の手元を見つめていた。
和麻が自分の手元を一瞥する。そして彼は先程から手元で拳をひたすらに動かしながら、それに悲鳴をあげる女を見ながら答えた。
「こいつが謝るまでだ」
「痛い痛い! 早くその手を放せッ!」
それは先程から和麻の手元で悲鳴をあげる麻子だった。
ほんの少し前に泣いていた和麻を煽った麻子は、見事和麻に捕まっていた。
そして和麻が捕まえた麻子の頭を両拳で抑えると、彼はそのまま拳を動かして彼女の頭を圧迫した。
硬い拳で圧迫される頭に走る鈍痛に、麻子は暴れることすら出来ずに頭から走る激痛に涙目になっていた。
「いたいいたいっ! お前!いい加減に放せっ!」
「うるさい。我慢の限界だ。お前のその生意気な根性、叩き直してやる」
しかし麻子の叫びを和麻は一切無視した。
今までの鬱憤を晴らすように、和麻はひたすらに麻子の頭を圧迫するだけだった。
「さ、沙織っ! 私を助けてくれっ!」
そして気づくともう限界とばかりに、麻子は目に涙を貯めて目の前にいる沙織に助けを求めていた。
「いや、全部麻子が悪いから。さっきから言い過ぎだよ、ちゃんと百式君に謝りなさい」
沙織に見放されて、麻子が絶望に顔を染める。
そんな中でも絶え間なく頭に走る激痛に、遂に麻子は暴れるように頷いた。
「痛い痛い痛い! わかった! 謝る! 謝るからその手をはなせっ!」
力を振り絞って麻子が暴れる。
そして麻子の口から“謝る”と聞いた和麻は、ようやくかと言いたげに呆れながら拳を麻子の頭から離した。
「ほらよ」
和麻が手を離した瞬間、麻子がその場で崩れ落ちる。その後彼女は頭を抱えながら、その場で
「うぅ……頭が割れるかと思った……」
こめかみを激しく摩りながら、麻子が涙目で嘆く。
完全に自業自得だった。今までの和麻に対する麻子の行動の結果でしかない。
沙織達も麻子の行動には流石にかばう気にもなれなかったのは、至って当たり前だった。
「ほら、麻子。ちゃんと百式君に謝らないと」
そして沙織から促されて、麻子は「うぅ……」と嫌そうな顔を見せる。
しかし沙織の怒った顔を見ると、麻子は渋々ながらも和麻に向き合うと――彼に向かって頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「約束だ。俺もちゃんと謝った。だからお前もその態度を改めろ」
「……わかった」
和麻に言われて、麻子が渋々頷く。
そんな麻子に、和麻が満足そうに頷いた。
「と言うかさ、なんで麻子そんなに百式君のこと目の敵にするの?」
その二人のやり取りの後、沙織がふとそんなことを麻子に問い掛けた。
その質問に和麻は自分も少し気になると、内心で思った。
麻子が和麻に対して今までのような態度を取る理由は、彼が知る限りひとつしかない。
和麻が沙織を責めてしまった。このひとつしかない。
しかしその件については、Ⅳ号戦車で和麻が沙織に謝ると約束をしていた。ならば、そこまで悪質な態度を取る必要はないと思えた。
この和麻の前にいる麻子が、頑固で約束が果たされるまで確信が持てないというなら……多少は合点がいく。
だがそれでも……和麻にとっては納得出来る理由にはならなかった。
「……気に食わないからだ」
そんななか、麻子がポツリと答えた。
そんな麻子に、沙織がムッと小首を傾けた。
「それはもうあの戦車の中で終わった話でしょ? あれは私が全部悪かった話だけど、あの時百式君ちゃんと謝るって約束したじゃん。それなのに麻子、どうして?」
沙織も和麻と同じ疑問があったらしい。
麻子はそれに少し言い淀むと、渋々ながら口を開いた。
「この男が沙織を責めたのが一番許せない、それが一番気に食わなかったのと……こいつの言ってることと顔が全然合ってなかった。だから腹が立った」
妙な言い方だった。和麻と沙織が顔を見合わせ、互いに眉を寄せた。
「何が合ってないんだよ?」
和麻が思わず、麻子に訊き返した。
麻子はそんな和麻へ溜息交じりに答えた。
「お前、今まで自分の気持ちに嘘をついていただろ?」
その一言に、和麻は言葉が出なかった。
みほにも言われた言葉だった。自分の気持ちに嘘をついていると。
しかしそれを初対面だった麻子に言われると思っていなかった和麻は、少し顔に動揺を見せていた。
「……そんなに分かりやすかったか?」
「お前は鏡で自分の顔見たことないのか? あんな顔してたら分かるに決まってる。本当のことを隠して、自分に嘘をついてるのがバレバレだ。だから気に食わなかった」
麻子が顔を不満そうに見せる。そして彼女は和麻達の言葉を待つこともなく一方的に話を続けた。
「それに“今は”かなりマシになったが、初めて見た時の顔が一番気に食わなかった。特に沙織に話してた顔に一番腹が立った」
和麻をジッと見つめて、麻子が告げる。
IV号戦車で和麻と沙織が口論した時のことを、その時に和麻が見せた顔を思い出して。
そうして麻子が次に告げた言葉に、和麻は言葉を失った。
「百式さん。お前……みんなに自分を“責めて”欲しかったんじゃないのか?」
「…………」
心臓を鷲掴みにされたような錯覚が和麻を襲った。
言葉が出ないとは、本当にこのことだと実感した瞬間だった。
そして麻子に言われて、初めて和麻は理解した。彼女が言った言葉の意味を。そして自分の内で無意識に思っていたことを。
「麻子……どういうこと?」
そんな麻子の言葉を理解出来なかった沙織が、彼女へ訊き返す。
「簡単だ。多分、無意識だろうが……こいつの考えは相当捻くれてる」
「……ひねくれてる?」
その質問に麻子が首を傾げる沙織を一瞥すると、顔を強張らせた和麻を見つめて答えた。
「この男はきっと誰かに『戦車道をするな』と言われる方が楽だと思っていたんだ。あの時の戦車で見た沙織を責めていたこの男の顔は、まるで言われたいって顔をしてた。
だからお前は沙織にただ操縦をやりたくないと言えば良いはずだったのに、わざわざその顔の傷跡を見せてまで沙織を責めた――違うか?」
違う、と言えるはずだった。しかし和麻は思った言葉を出すことができなかった。
咄嗟に出た沙織の言葉に、彼女を責める言葉を向けた和麻。
しかしその根底にあるモノ。和麻自身すら理解していなかった根本的なモノが抉り出されるような錯覚を彼は感じた。
「でも、あれは私が原因だったじゃん! 百式君に言っちゃいけなかったこと言ったから――」
「ならあの時、操縦はやりたくないって一点張りすれば良いだけだった。わざわざ自分の見せたくない傷跡を見せてまですることじゃない。そんな傷を見せてまでするってことは、結果的にあの時の全員に“操縦するな”と言われたいってことに違いないだろう」
「――でも!」
麻子に言い返そうとする沙織だったが、それを遮って麻子は話を続けた。
「なんで、そう思ったんだ?」
そして和麻が、麻子にそう尋ねた。
和麻が麻子を見つめる。それに彼女は向き合うと、しっかりと彼の目を見つめて答えた。
「あの時のお前の顔と話を聞いてたらバレバレだ。あんな矛盾した態度と言葉、誰が聞いてもお前が戦車道がしたいって分かる。それであんなこと言う理由なんて大体想像がつく」
確かに、和麻は自分の気持ちに嘘をついていた。
男が戦車に乗ることで生じるしがらみ。それから逃げ、彼は戦車に乗ることを諦めた。
仲間に認められたが、世間には認められなかった。信頼出来る仲間が居たが、自分の所為で仲間が悲しんだ。
そしてその先に待つ未来が恐ろしくなり、和麻は今までのモノを全て捨てた。
このまま自分が戦車道をすれば、きっとまた自分は傷つき、仲間が悲しむ。そうなるなら、もう戦車に乗るべきではないと。
だから自分の気持ちに蓋をして、自分は戦車道をしてはいけないと和麻は自身に言い聞かせた。
「お前は、誰かに“男が戦車道をすること”を責められたかったんだ。そうすれば自分の気持ちの落とし所があるから、なにも言われないと……落とし所がなくて気持ちが揺らぐ」
そしてその気持ちから生じた和麻自身すらも理解していなかったことを、麻子はそう彼に言い放った。
戦車道をしてはならない。それが和麻が心に決めた根底にあるモノだった。
ならばそれを他人に言われること。それが一番自分の心に“効果”があるからだった。
周りの人達が男が戦車に乗ることを認めない。だから乗る必要はない。
それを誰かに言われれば、自分は戦車に乗ることが出来ないと納得できる。
しかし逆に言われなければ、気持ちが揺らいでしまう。
自分で決めたことが揺らいでしまう。乗りたいけど乗れない、それが維持出来なければ自分は揺らいでしまうのだから。
本心はひとつしかなかった。戦車道を続けたいという本心。その自分の気持ちから和麻は逃げ、そして蓋をした。
そしてその蓋に“誰かに責められる”という重石で圧力を掛ける。それが今の和麻を維持する最適な方法だった。
「私から言わせれば、そんな怪我を負ったら普通は二度と戦車道をしようと思わない。なのにお前はそれでも戦車道をやりたいって思ってる。お前、なんで戦車道を続けたいと思うんだ?」
麻子の問いかけに、和麻が口を閉ざす。
しかしそれも一瞬の事。和麻はすぐに答えを口にしていた。
「……好きだからだよ、戦車が。それ以外に答えなんてない」
その言葉は、和麻はすんなりと口から出てきた。
もう立ち止まることをやめた和麻に、もう躊躇う理由はなかった。
戦車道とまた向き合うことを決めた和麻に、麻子はため息を吐いた。
「それなら昔に認めてくれた仲間とやってたなら、やれば良かったんだ。お前を信じてくれる人達がいるなら、他の人なんて無視したら良かったんだ。
やりたいならやれば良いのに、無自覚か自覚してるが分からないが“するな”と言われれば楽だと思ってる。だから逆に戦車道をやっても良いと言われたらお前は更に揺らぐ――例えば“自分は本当に戦車道をしても良いのか?”って」
図星だった。その言葉に、和麻には反論が出来なかった。
簡単なことだった。自分の気持ちに素直になれば良いだけのことだったのだから。
戦車道をすることで責められる。そして自分のことで周りが悲しんだ。それが辛かった。
しかし和麻の仲間は誰も責めなかった。むしろみほなどから和麻が戦車道をやめたことに悲しまれたことの方が多かった。
「だから私は言ってやった。お前は戦車を操縦しなくて良いって、でも私にそう言われた方が“お前は更に嫌な顔”をした。矛盾してるな、百式さん。だからなおさら腹が立った」
麻子が目を細める。それは苛立ちを見せる表情だと、和麻はすぐに理解した。
「私は、沙織が失言した所為でお前に責められるだけだったら何も言わなかった。私が一番腹が立ったのは……百式さんが自分の勝手な思惑で必要以上に沙織を責めたことが一番許せなかったんだ」
そして麻子はそう言った。自身が和麻へ対する一番の苛立ちの理由を。
「自分の気持ちに嘘をついて、その嘘にまた自分で傷つく。まさに悪循環だ。だからお前はいつまでもウジウジしてる……まったく馬鹿ここに極まれり、だな」
麻子が溜息を吐く。呆れるように、そしてどこか哀れむように。
和麻はそんな麻子に、苛立つことも出来なかった。むしろ、目の前の女が恐ろしいと感じていた。
あんな一時のやり取りだけで、ここまで自分の胸の内を見透かされるとは思ってもいなかった。
「極め付けがお前が戦車に乗ってた時だ。お前、私に指示出してる時……笑っていたぞ、楽しそうに」
麻子に言われて、和麻があの時のことを思い出そうとするが……自分の表情など覚えてなどいなかった。
しかし麻子は確かに見ていた。自分に操縦の指示を出す和麻の顔を。
楽しそうに、笑っていた。自分は戦車に乗ってはいけないと言っていた男が、確かに楽しそうに戦車道をしていたことを。
「矛盾に矛盾を繰り返すお前は、あまりにも哀れだ。だからお前は悩んでたんだ。そしてまた同じ自問自答を繰り返してた。
その先に答えなんてなかった。既に答えなんてお前はわかってるんだ。既に手元にある答えを見ようとしないで馬鹿みたいに探し回ってる。
そんな姿なんて馬鹿を通り越して哀れ以外になんて言える? 見てる方が辛い、ハッキリ言って迷惑だった」
麻子の言葉に、誰も口を挟まなかった。
和麻は、自身のことを的確に当てる麻子にひたすら驚いていた。そして納得していた。
反論する気も起きなかった。今までの気持ちに整理がつくくらい、むしろ納得できたのだから。
「どうせそんな矛盾に気がつかないで、お前はずっと苦しんでたんだろう。だからあんな顔をしてた。
戦車道を知らない私だって分かる。男は戦車道をしないなんて。それを建前に、そしてお前が怪我をした一件をキッカケに自分は折れたと言い聞かせたんだろう」
麻子が話を終え、疲れたと言わんばかりに息を吐く。
その姿に、沙織が麻子に近づくと少しだけ悲しそうな表情で告げた。
「……麻子、言い過ぎだよ」
沙織が和麻を一瞥して、麻子を窘める。
しかし麻子はそれに対して、首を横に振っていた。
「いや、これぐらい言われた方がこいつは良い。こういうタイプの人間は言われるまで絶対に気がつかない人間だ」
麻子が沙織に淡白に答える。
そんな麻子の態度に、沙織が目を吊り上げた。
「そんな言い方はないでしょ! 百式君だって大変だったんだよ⁉︎」
沙織が麻子に声を荒げる。
声を大きくする沙織に、麻子が言い返そうを口を開く。
しかしそれを、和麻は彼女の前に手を出す事によって制した。
沙織と麻子が和麻を見つめる。いきなり話を遮った当人に向かって。
苛立ちを見せる目と、冷静そうに淡白に見つめる目が和麻を見た。
そんな二人に、和麻は無表情で頷いていた。
「……その通り、なんだろうな。納得してる自分がいる」
そして和麻がポツリと言った言葉に、沙織は目を大きくした。
「百式君! あれは私が悪かった話でしょ! 麻子が言い過ぎなだけじゃん!」
沙織が声を大きくするが、和麻は静かに首を横に振った。
「いや、この女の言う通りだ。俺は……自分の気持ちに嘘をついていた。自分でも、言われて初めて気がついたこともあったけど……大体納得出来たから、きっと本心なんだろうな」
和麻が目を伏せる。そして彼は、ポツリと呟いた。
「俺は……逃げたんだ。あの日から……色んなことから。だから誰かに戦車に乗ることを認めてもらわないほうが楽だと思ってた」
和麻の脳裏に色々なことが蘇る。今までの戦車道の思い出。そして自身へ降りかかった様々なしがらみを。
「だから、俺は駄目だったんだ。色んな人達に迷惑を掛けて、自分の気持ちに嘘ついて。沢山の人達に支えられていたのに……本当に、馬鹿だったんだなぁ……」
和麻が自分の右目に手を触れる。眼帯をそっと撫でて、彼は乾いた笑みを浮かべた。
そして眼帯を撫でた手を胸元で握りしめると、和麻は沙織を見つめていた。
続けて、和麻が麻子を一瞥して、最後にみほを見つめる。
「かずくん……」
みほの不安そうな表情を見ながら、和麻はそんなみほに小さく笑うと――彼はゆっくりと頭を下げていた。
「本当に、今まで悪かった。迷惑を掛けて、ごめん」
和麻が頭を下げたことに、みほが驚く。
しかしみほは頭を下げる和麻にそっと近寄ると、安心したような笑みを浮かべていた。
「かずくん」
みほに声を掛けられて、和麻が顔を上げる。
顔を上げた和麻に、みほは微笑んだ。
「また、訊いても良い?」
「……なにをだ?」
みほの唐突の問い掛けに、和麻が首を僅かに傾ける。
しかしみほは嬉しそうな表情を見せると、一言だけ和麻に訊いていた。
「かずくん……私達とこの大洗で戦車道、一緒にしてくれる?」
和麻が静かに目を大きくした。
前に、みほに言われた質問だった。
答えることが出来なかった質問。それを問われたことに、和麻は参ったと認めた。
どうやら、自分はこの女にも敵わないな。和麻は心からそう思った。
今なら、自信を持って答えられる。和麻はそう理解して、微笑むみほと同じように、頬を緩めて答えた。
「俺こそ、お願いだ。ここで俺に……お前達と戦車道をさせて欲しい。お前達の戦車道を、俺も一緒に歩かせてくれ」
今まで言えなかった言葉が、簡単に出てきた。
和麻はそのことに心から安堵しながら、思わず微笑んでいた。
「うん! こちらこそよろしく! かずくん!」
みほが嬉しそうに笑顔を見せる。
先程まで目を吊り上げていた沙織も、和麻とみほを見ていると納得したように肩を落としていた。
「百式君、これからよろしくね」
「武部……これからもよろしく頼む」
沙織の言葉に、和麻が同じく返す。
それに続いて、今まで口を閉ざしていた華も同じように和麻にお辞儀をしていた。
「百式さん、これからよろしくお願いします」
そして華の隣にいたボブヘアーの少女も、和麻に向かって拙い敬礼をしていた。
「自分は秋山優花里であります! これからよろしくであります! 百式殿!」
華と優花里を見て、和麻が頷く。
これから共に戦車道の道を進む者として、彼は笑みを浮かべて答えた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
二人に応えた和麻が、最後に麻子を見つめる。
淡白で冷静な眠たそうな視線が和麻を見つめていた。
「確か……お前、冷泉だったな。お前、戦車道はやるのか?」
「別に、私はあの時たまたま操縦しただけだ。もう乗らない」
麻子がダルそうに答える。先程までの威勢はどこに行ったのかと思えるくらいの態度に、和麻は眉を寄せていた。
「えぇー! 麻子やらないの⁉︎ 戦車道の授業受けると、出席日数免除になるんだよ⁉︎ またおばあに怒られるよ⁉︎」
「うぐ……」
沙織が叫んだ内容に、麻子が顔を顰める。
その態度に、和麻は沙織に思わず訊いていた。
「武部、こいつ……そんなにヤバイのか?」
「麻子、遅刻常習犯だから単位足りてないんだよ。風紀委員にも目を付けられてるもん」
「そいつはまた……」
沙織の話した内容に、和麻が苦笑する。
和麻自身も人のことは言えないが、単位が足りないわけではない。
なので麻子と比べれば、まだ大丈夫だと言えた。
「おい、冷泉。戦車道を取れ。キッチリ指導してやる」
「やだ。私は戦車道の授業取らない。めんどくさい」
麻子が首を横に向ける。しかしそんな彼女に、沙織は呆れながらも問い掛けた。
「おばあに怒られてもいいの?」
「うぐ……」
「単位足りてないんでしょ?」
「うぐ……」
「進級出来なくなったら、私達だけ先輩になるんだよ? 私のこと試しに先輩って言ってみて?」
「さ、さおり……せんぱ……」
沙織に言葉責めに合う麻子が辛そうに震える。
そして麻子が頭を抱えて唸ると、彼女は諦めた表情で頷いていた。
「……わかった。私も受ける、戦車道」
あまりにも哀れだった。自業自得の結果に、和麻は麻子に同情すら出来なかった。
だからこそ、和麻は麻子に追い打ちを掛けることにした。
自然と顔が緩む。そんな感覚を覚えながら、和麻は麻子の頭を掴んで自分に向かせると、こう言い放った。
「安心しろ、お前は俺がキッチリ指導してやる」
「ふん、お前の指導なんて別に大したことない」
麻子が気だるそうに答える。
そんな麻子に、和麻は表情に苛立ちを見せると引き攣った笑みを浮かべていた。
「出来ないって泣いてもやらせるからな、覚悟しろよ」
「その場面は来ないから安心しろ」
「絶対にお前だけキツくしてやるからな! 覚えておけよ!」
「勝手に言ってろ……はぁ、眠い」
「おい! 立ったまま寝るな!」
「うるさい、寝れない」
和麻と麻子のやり取りを他のみんなが安堵して見つめる。
そしてみほが麻子に声を荒げる姿を見て、一人微笑んだ。
「本当に……良かったね。かずくん」
そう呟いて、みほは騒ぐ和麻を止めるために歩を進めた。
読了ありがとうございます。
和麻の抱える矛盾と態度。それによって生じた沙織への態度。
これが麻子が和麻に対して苛立つ理由でした。
様々なご意見を頂きましたこと、本当に感謝致します。
そしてようやく和麻自身が戦車道の道を歩くことを認めました。
自分の気持ちに正直になることを決めた和麻ですが、この先にも色々な苦労があると思います。
Ⅳ号戦車ことあんこうチームに認められた和麻ですが、他のメンバーにはどう見られるかは次回以降に。
そして次回四話で、あの練習試合が始まります。
それまで申し訳有りませんがしばしお待ちください。
感想・評価・批評はお気軽に。
頂ければ、作者は頑張れます(>人<;)