GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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お待たせしました。
今回は聖グロ回です。
ようやく、ダージリンが知る日が来ました。


PANZER.4 隊長、がんばります!
1.真実を告げる時が来た


 

 昼過ぎのひと時に、紅茶を飲んでいた三人の空間でふと電話が鳴り響いた。

 

 

「……珍しいわね。紅茶の時間に電話なんて」

 

 

 鳴り響く電話の音を聞きながら、ダージリンが呟く。

 紅茶の入ったカップを傾けながら、目の前にあるテーブルの中央に鎮座する洋風の電話にダージリンが視線を向ける。

 

 聖グロリアーナ女学院では、他校から見れば妙な風習がある。

 

 それがお茶会だった。ただアフタヌーンティーを楽しむだけのことなのだが、この学校は午後の授業の合間に必ず一度決まった時間に“お茶会”をする時間が存在する。

 その時間だけは、生徒と教師は全員揃って紅茶を嗜む。

 談話室と呼ばれる場所で紅茶を嗜む者も居れば、各々の友人達と自室で嗜む者も居り、所属する部活の部室で紅茶を嗜む者も居る。

 今日のダージリンは、最後に部類されていた。紅茶の園と呼ばれる戦車道チームが校舎内に保有する部屋で、彼女は紅茶を嗜んでいた。

 

 この学校で呼ばれる“紅茶の園”とは、聖グロリアーナ女学院戦車道チームに於いて、自身の名に紅茶の名を冠した生徒のみが自由に入室出来る特別な部屋である。主に大事な会議や試合の作戦会議などに使われることが多いが、それよりも多いのは“お茶会”として使われることだ。

 聖グロリアーナ女学院の紅茶の園でお茶会に参加する。これが聖グロリアーナ女学院の戦車道を嗜む者達が目指す目的のひとつとされている。

 聖グロリアーナ女学院で実力から自身の名に紅茶の名を冠することを許され、周りの羨望と期待の目を受けながら、尊敬する人達と紅茶の園で紅茶を飲む。これだけでこの学校に於いては、生徒達からの羨望の目を向けられるのだ。

 

 

「この部屋の電話って、確か教員室からしか来ない電話でしたよね?」

 

 

 ダージリンの隣に座っていたオレンジペコが鳴り響く電話を見つめながら、そうダージリンに訊いていた。

 

 

「ええ、普通に電話として使えるのだけど……掛ける時は別として、相手から掛かってくる時がちょっと特殊なのよね」

 

 

 オレンジペコにダージリンか頷く。そして不思議そうに肩を竦めていた。

 

 

「学校の部室にある電話って、全部教員室に繋がってるんですか?」

「そうよ。まずは教員室……というより学校の電話に電話して、そこから各自室の電話に繋げてもらわないとこの電話は鳴らないのよ」

 

 

 ダージリンはそう呆れながら言い、紅茶をそっと一口飲む。そして手に持っていたソーサーとカップを音を立てることなくテーブルへ置いた。

 

 

「この学校も“そういうところ”は厳しいみたいね。この電話から勝手に何処かへ掛けても、電話した履歴が残るくらいよ」

 

 

 聖グロリアーナ女学院の規則の厳しさが窺える話だった。

 電話の履歴が全て学校側に知られ、なおかつ相手から掛かってくる時は全て学校側に一度要件を伝えないと部室への電話につないでもらえないのだから。

 ダージリンはそう言って、鳴り響く電話の受話器へと手を伸ばした。

 

 

「とりあえず電話に出ますわ。多分、私宛でしょうし」

「試合の申し込みですかね?」

 

 

 アッサムが小首を傾げながら、呟く。

 ダージリンはその言葉に「さぁ? どうかしら?」と言うと、鳴り響く電話から受話器を取った。

 

 

「はい。こちら戦車道部室、部長のダージリンですわ」

 

 

 電話の相手にダージリンが礼儀良く対応する。

 そしてダージリンが電話の相手から要件を聞くと、

 

 

「わかりました。では、先方に電話を繋いで貰えますかしら?」

 

 

 ダージリンは頷くと、そう答えた。

 

 

「ダージリン、相手は?」

 

 

 電話の合間にアッサムがダージリンに問い掛ける。

 その質問に、ダージリンは受話器に声が聞こえないように手で塞いで答えた。

 

 

「大洗女子学園と言うところからよ。試合の申し込みですって」

 

 

 アッサムが納得したように、一人頷いた。

 

 

「珍しいですね。大会前なのに試合の申し込みなんて」

「そうね。しかも大洗……昔に戦車道をしていたくらいしか聞いたことがないわ」

 

 

 オレンジペコとアッサムがダージリンを他所に話をする。

 ダージリンはその話を小耳に挟みながら、繋がった相手への対応に意識を向けた。

 

 

「はい。こちら聖グロリアーナ女学院、戦車道チーム隊長のダージリンですわ」

 

 

 ダージリンが電話対応をした瞬間、オレンジペコとアッサムが会話を止める。

 二人がダージリンへと視線を向けるなか、彼女は気にせず電話の向こうにいる相手の声に耳を傾けた。

 

 

『初めまして。私は大洗女子学園、生徒会広報の川嶋桃と申します』

「初めまして、私は戦車道チーム隊長のダージリンと申しますわ」

 

 

 互いに通過儀礼と言えるような挨拶を交わす。

 そして大洗の川嶋桃から、すぐに要件を伝えられた。

 

 

『この度は、我が校で再開した戦車道チームの練習試合を申し込ませて頂きたくご連絡させて頂きました』

 

 

 ダージリンが内心で「へぇ……」と呟いた。

 ダージリンが聖グロリアーナ女学院で戦車道を嗜む間、大洗女子学園という学校名は聞いたことがない。

 小耳に一度だけ、昔は戦車道で有名だった程度のことしか聞いたことがない学校だという認識しかダージリンは持ち合わせてなかった。

 

 

「大洗女子学園……戦車道、再開しましたのね。おめでとうございます」

 

 

 しかし同じ戦車道の道を進む者達が増えたことを、ダージリンは微笑ましく思った。

 実力など関係ない。同じ戦車道を嗜む者を卑下するようなことをダージリンが思うことはない。

 故にダージリンは、素直に大洗女子学園の戦車道再開に言葉を贈った。

 

 

『ありがとうございます。それで……練習試合は受けていただけますか?』

「結構ですわ。受けた勝負は逃げませんの」

 

 

 そして大洗からの試合申し込みに、ダージリンはそう答えた。

 受けた勝負は逃げない。それは先代から続く聖グロリアーナ女学院戦車道チームの方針である。

 大会前だろうと、断る理由はなかった。

 

 

『受けて頂き、ありがとうございます。それでは詳しい日程は再度また連絡させて頂きます』

「えぇ、こちらこそよろしくお願いしますわ」

 

 

 試合が決まり、詳細が後日決めることを聞いたダージリンが「では、また後日に」と言って耳から受話器を離し、電話を切ろうとする。

 しかし、ダージリンが耳から受話器を少し離した瞬間――受話器から声が響いた。

 

 

 

 

『最後にひとつだけ良いでしょうか?』

 

 

 

 

 ダージリンが電話を切ろうとしたところで、受話器先の相手からそう問い掛けられた。

 ダージリンが少し眉を寄せる。もう要件は済んだはずなのに、一体なにか用でもあるのかと。

 ダージリンは渋々ながら、少しだけ耳から離した受話器をもう一度耳へと当てた。

 

 

「……まだ、なにか?」

 

 

 受話器の向こうへダージリンが問い掛ける。彼女がそう訊くと、受話器からすぐに答えが出た。

 

 

『――に会えるとしたら、あなたは会えますか?』

「今……あなた、なんと仰っしゃいました?」

 

 

 一瞬、ダージリンは何を言っているのか聴き取れなかった。

 正確には最初の部分だけ、ダージリンには全く聞こえなかった。

 同時に、ダージリンは自分の胸の鼓動が激しくなるのが分かった。どうしてかわからないが……ひどく動揺していた。

 

 

「ごめんなさい……もう一度、言ってもらえるかしら?」

 

 

 再度、ダージリンが受話器へと問い掛ける。

 そして次に受話器から聞こえた内容に、ダージリンは酷く動揺することとなった。

 

 

『もしも百式和麻に会えるとしたら、あなたは会えますか?」

「なっ――⁉︎」

 

 

 その聞いた内容に、ダージリンは思わず席を立ち上がった。

 テーブルのカップが激しく揺れようとも、そんなことは気にも止められなかった。

 まさか聖グロリアーナ女学院の戦車道チームへ一番触れてはいけない者の名前を出したとは、ダージリンは夢にも思っていなかった。

 その名前を聞いた瞬間、ダージリンは声を少しだけ大きくして、すぐに思うままに電話越しに問うた。

 

 

「まさか大洗に! そこに居るというおつもりで⁉︎ 百式和麻さんが⁉︎」

『さぁ? どうでしょうか? 特に気にしないでください、妙なことを聞いて失礼いたしました。では、今度の試合でお会いしましょう。それでは』

 

 

 大洗女子学園の川嶋桃が電話を切ろうと話を終える。

 しかしダージリンはそんなことを一切無視して、声を大きくしていた。

 

 

「待ちなさいっ! 私はまだお話が――!」

 

 

 しかしその先を言えることはなかった。

 受話器の向こうから、静かに電話が切れる音がダージリンの耳に響いた。

 

 

「ッ……‼︎」

 

 

 ダージリンが通話の切れた受話器を見つめる。

 無性に相手に対する苛立ちが募った。しかしそれをぶつける先もなく、ダージリンは思い切り受話器を置きたくなる気持ちを抑えながら、手に持つ受話器を電話へと戻した。

 

 

「……まさか、いえ、そんなこと」

 

 

 椅子に腰を下ろし、ダージリンが頭を抱える。

 そして大洗から出た名前のことを、ダージリンは深く真剣に考えた。

 試合を申し込み、受けさせるための嘘。聖グロリアーナ女学院の戦車道チームを動揺させるための嘘。

 色々な考えが出てきたが……それをダージリンは全てあり得ないと一蹴した。

 大洗にそこまでするメリットがない。わざわざ百式和麻のことを持ち出した時点で、大洗女子学園は聖グロリアーナ女学院に宣戦布告をしたのだ。

 今後、同じ戦車道を嗜む者として百式和麻のことを知っているのなら……わざわざ相手を怒らせるようなことをほのめかすことは今後の関係を最悪にするだけだ。

 ただ試合を受けさせる為だけに、百式和麻が大洗にいるなどという嘘が発覚した時――ダージリンを含む聖グロリアーナ女学院戦車道チームの逆鱗に触れるのは、目に見えていた。

 リスクとリターンが釣り合っていない。そこまでして、大洗が試合を受けさせる理由があるなら別だが……ダージリンはそれが嘘と発覚した瞬間、今までにないほどに激怒する自信があった。

 わざわざ百式和麻の名を出した。ということは、少なからずも……本当に百式和麻が大洗学園艦にいるかもしれないということだろう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 気持ちを落ち着かせる為に、ダージリンが深呼吸をする。

 確かめる方法は、ひとつ。大洗との練習試合の日、百式和麻が本当にいるかいないか確かめなければならない。

 ダージリンはそれを理解する。ちょうど電話の最中、席を外していたアッサムが替えの紅茶を持って戻って来ていた。

 オレンジペコが目を大きくしているのを横目に、話を聞いていなかったアッサムへと彼女は声を掛けた。

 

 

「……アッサム」

「はい。なにか?」

 

 

 新しい紅茶を全員のカップに注ぎながら、アッサムが答える。

 ダージリンはアッサムが紅茶を淹れ終わり、椅子に座るのを確認してから――彼女へ要件を伝えた。

 

 

「多分、和麻さんの居場所がわかったわ」

「……なっ⁉︎ どこです⁉︎」

 

 

 アッサムが目を大きくして、声を大きくした。

 全くダージリンと似たような反応だった。

 ダージリンはそれを嬉しく思いながら、先程の電話の内容を伝えることにした。

 

 

「大洗よ。私達と練習試合することになる。また戦車道を復活させるから、試合をしたいと申し込まれて……その時に言っていたわ――あなたは百式和麻と、会うことが出来ますかと」

 

 

 アッサムの表情が顔に動揺を見せる。そして彼女は少しだけ身を乗り出して、ダージリンに訊いていた。

 

 

「和麻様が……! 試合は……試合は受けたのですか⁉︎」

「勿論、受けたわ。戦力は、いつも通りにチャーチルとマチルダで良いわ。クルセイダーは……一応、用意しましょう。和麻さんが居るのなら、クルセイダーで戦うのが礼儀でしょう」

 

 

 アッサムが頷く。そしてダージリンは続けて、彼女へある指示を出した。

 

 

「二年と三年をすぐに集めましょう。和麻さんが本当に大洗にいると言うのなら、私達も相応の準備をしなくてはならないわ」

 

 

 ダージリンの指示に、アッサムが頷く。

 アッサムが頷いた後、彼女は少し間を置くと、ダージリンへある質問をしていた。

 

 

「はい、もちろん。それでダージリン」

「なに?」

「本当に大洗に和麻様が居て、お会いになった時――どうされるつもりです?」

 

 

 アッサムの質問に、ダージリンが言葉を詰まらせる。

 本当に大洗に百式和麻が居て、会った時――ダージリンはどうするのかと。

 目を伏せて、ダージリンが考える。しかし答えなど元から出ていた。

 

 

「決まってるじゃない」

 

 

 ダージリンがアッサムを見つめる。

 真剣な眼差しから、ダージリンは優しく微笑む。そして彼女はサラッと答えた。

 

 

「一発、平手を差し上げるわ」

 

 

 アッサムが意表を突かれ、きょとんとした顔を作った。

 しかし次の瞬間、アッサムも笑みを浮かべるとダージリンへ頷いていた。

 

 

「ふふっ……では、ダージリンと一緒にこのアッサムも」

「私達をあれだけ心配させたのなら当然よ。私達の戦車道に反しますが、今回は特別」

 

 

 いつも優雅に。その言葉を戦車道の道として掲げる聖グロリアーナ女学院戦車道チーム。

 その言葉に反する行いと理解しているが、ダージリンはそう思わずにはいれなかった。

 

 

「でも本当に……和麻さんが、大洗に居るっていうの?」

 

 

 しかしダージリンはポツリと、そう呟いた。

 加えて、相手は大洗女子学園。名前の通り、女子校である。

 その中に百式和麻が居ると、本当に言えるのか?

 学園艦内ではなく、学校に百式和麻が居るのかと?

 

 

「まさか……まだ戦車道を続けられてるとでも……」

 

 

 アッサムが告げた一言に、ダージリンが少し目を見張る。

 あり得ない。しかしそれでも、百式和麻がまだ戦車道の道を諦めていなかったなら……可能性はあった。

 もしも本当に、百式和麻が戦車道を諦めていなかったなら……ダージリンは自分は何をしなければならないのかと考える。

 そして自身の中で出てきた答えに、ダージリンは納得して一人頷いた。

 

 

「アッサム、一年も集めましょう」

「それは……まさか?」

 

 

 アッサムがダージリンの言葉の意図を理解する。

 ダージリンは、それにコクリと頷いた。

 

 

「ええ、話すわ。一年の子達にも」

「……良いのですか?」

 

 

 アッサムが再度確認する。ダージリンはそれにまた一度頷いて、答えた。

 

 

「ええ、本当に和麻さんが大洗にいるなら……本当にあの方が、もう一度戦車道をしているなら……私達、聖グロリアーナ戦車道チームは知らないといけないわ。いえ、知らせないといけないわ」

 

 

 ダージリンがハッキリと告げる。そして彼女は話を続けた。

 

 

「私達、聖グロリアーナ女学院がずっと背負わなければならない罪を。ある一人の殿方が進むはずだった戦車道の栄えある道を、我が校で閉ざしてしまった罪を」

 

 

 語るダージリンに、アッサムは頷き、オレンジペコはただ耳を傾けていた。

 

 

「そしてあの三年の方々が居なくなった今、和麻さんを責める人はこの学校にはいない……だからこそ私達の代は、その責任を負わないといけなかった」

 

 

 この学校が犯した罪。決して忘れてはならない罪。

 その責任を負う必要があった。しかしダージリンは目を伏せると、悲しげな表情を作った。

 

 

「でも、私達は……グロリアーナはその事実を隠してしまったわ。隠せるはずがないのに」

 

 

 そう、聖グロリアーナ女学院はどんな形であれど、その罪を隠してしまった。

 決して、隠せるはずがない行い。一部の戦車道関係者と戦車道を嗜む者達に、知れていることはダージリン自身も十分に理解していた。

 故に、聖グロリアーナ女学院が陰である呼び名があることをダージリンは知っていた。

 

 日本戦車道の恥を潰した英雄校、と。

 

 初めてそれを聞いた瞬間、ダージリンは身体中の血液が沸騰する感覚に苛まれた。

 しかし事実は変えられない。それを甘んじて受け入れたのは、ダージリンの和麻への贖罪とでも言えた。

 

 

「探しても、探しても見つからなかった。何処にいるか全く分からなかったあの方が……ようやく見つかった以上、私達は全力で和麻さんに会わなくてはならないの」

 

 

 そしてようやく、今まで見つけることが出来なかった百式和麻の糸口が見つかった。

 だからこそ、ダージリンを始めとする聖グロリアーナ女学院戦車道チームは彼に会わなくてはならない。

 会うことで、何か変わるわけでもない。しかしそれでも、会わなくてはならないという使命を感じていたのだから。

 

 

「和麻様のお名前は戦車道界では有名ですからね……」

 

 

 アッサムが唐突に、そう呟く。

 ダージリンはその言葉に、肩を竦めて答えた。

 

 

「その通りよ。僅か入学して三ヶ月でグロリアーナの疾風迅雷なんて言われたくらいですもの」

「今はローズヒップが聖グロの疾風と名乗ってますけどね」

「あの子も、和麻さんのことを忘れたくないのよ。だから私達はあの子の言葉に何も言わなかったのよ」

 

 

 ダージリンがそう言って、アッサムを見つめる。

 

 

「アッサム……あなたも、あの方がグロリアーナを去ってから操縦手として戦車に乗ることをやめたわ。それに私達が何も責めなかったように、ローズヒップもその責任を取ろうとしてたからよ」

 

 

 アッサムが目を伏せて、ゆっくりと頷いた。

 

 

「和麻さんの名を決して忘れないように。あの方がこの学校に確かに居たのだと証明するように」

 

 

 聖グロリアーナ女学院の戦車道チームの二年生と三年生は、各々が何かしらの責任を取ろうとしていたことをダージリンは知っていた。

 アッサムが操縦手をやめ、砲撃手となった。ローズヒップが百式和麻の異名の一部を借りている。

 百式和麻がこの学校にいたということを忘れないように、誰にも忘れさせないようにと。

 

 

「バニラ、ルクリリ、クランベリーと名を持つ数々の生徒達は、忘れてはいない。特にクルセイダーチームのメンバーは片時も忘れてはいないことを私は知っているわ」

 

 

 特にクルセイダーに乗るメンバーは、片時も忘れてはいない。

 最も百式和麻と親しかったメンバーは、ある言葉を信条にクルセイダーに乗っていることをダージリンは聞いたことがあった。

 

 

「疾風迅雷。その言葉を胸にクルセイダーチームは戦車に乗っている。一年生達は、その意味を知らないでしょうけど……その意味を知る時が来たわ」

 

 

 その事実を知るのは、二年生と三年生のみだ。

 しかし百式和麻の糸口がつかめた。彼に会えるかもしれないというのなら、一年生がその意味を知る時が来たとダージリンは思った。

 

 

「百式和麻は、確かにこの学校に居た。その事実をチーム全員が知る時が来たの。ようやく、胸を張って言える日が来たから」

 

 

 今まで隠していた罪を、その全てを伝える。

 百式和麻と会った時、胸を張って謝罪出来るように。

 聖グロリアーナ女学院に、一人の男子生徒がいた事実を伝えられる日が来たのだから。

 

 

「今日の練習は中止よ。それよりも、もっと大事なことだから……今すぐにチーム全員を集めるわよ、アッサム」

「はい! すぐに集めます!」

 

 

 ダージリンにそう返して、アッサムが慌てて部屋を立ち去る。

 決して走ることはしないが、その足は極めて早く走ることを我慢していると言いたげにアッサムは出て行った。

 アッサムが居なくなり、オレンジペコがダージリンを見つめる。

 そんなオレンジペコに、ダージリンは彼女を見つめると一度だけ頷いた。

 

 

「ペコにも、ちゃんと話す時が来たわ」

「はい……でも、本当によろしいのですか? 私が聞いても?」

「知らなくてはならないことよ。グロリアーナの戦車道チームが知るべき事実。それを全て話すわ」

 

 

 今まで真剣そのものだったダージリンの表情が、微笑ましく緩む。

 テーブルに置いていたカップとソーサーを持ち、ダージリンが紅茶を一口飲む。

 そしてダージリンはオレンジペコに、彼女が今までに見たことがないほど綺麗な表情で告げた。

 

 

「この学校に居た素晴らしい殿方のことを。そしてあの日の事件の全てを」

 

 

 オレンジペコがその表情に、思わず言葉を失う。

 そのあまりにも綺麗な表情に、そしてそこまで誰かを想うダージリンの気持ちに心を打たれていた。

 

 

「あの方の操縦をまた見れるなら、私はその罪をいつまでも背負い続けるわ。どれだけあの方に責められようとも、蔑まれても、それを受け入れる覚悟はあるのだから」

 

 

 ダージリンが続けて話す内容に、オレンジペコは言葉に詰まっていた。

 そこまで誰かを想えるダージリンが酷く脆く見えて、強く微笑む彼女にオレンジペコはただ思った。

 本当に、なんて強い人なんだと。

 

 

「……わかりました。ちゃんとお聞きします。この学校で起きたこと、そして百式様のことを」

「忙しくなるわ。全力を持って、私達は大洗との試合に臨む。それが……和麻さんへ私達がしてきた今までの非礼に対する謝罪、礼儀というものだと思うから」

 

 

 ダージリンがカップに入った紅茶を飲み干す。

 オレンジペコが空になったカップに紅茶を注ぎ、ダージリンがカップの中を覗くと、彼女は楽しそうに微笑んだ。

 

 

「あら? 茶柱が立ってるわね」

 

 

 今から慌ただしくなるというのに、ダージリンは呑気にそんなことを言っていた。

 オレンジペコには、そんなダージリンが酷く悲しそうに見えてしまった。




読了、ありがとうございます。
ようやく和麻の居場所がダージリンに知れました。
聖グロリアーナ女学院が和麻に会うために、どこまで全力で試合に挑むか?
そしてダージリンが和麻に会う日は、着々と近くなっていきます。

早く、そこまで書きたいです……なかなか時間取れなくて申し訳ないと思ってます。
気長にお待ち頂ければ、本当に幸いです。


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