GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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さて、ここからあの試合に向けて走ります。
ようやく主人公、始動します。


2.慢心せず、前に進むこと

「あら? 見送りに来てくれたの?」

 

 

 軍事用輸送機に乗り込む前に、蝶野さんが俺に手を振りながらにこやかに微笑んだ。

 あの一件――俺がもう一度戦車道をすると決めた次の日の朝。俺は大洗学園艦から早朝に立ち去る蝶野さんの見送りに来ていた。

 やはり自衛官の蝶野さんも多忙らしく、そこまで長い期間の滞在も難しいらしい。しかし僅か一日で帰ると聞いたときは流石に俺も驚いた。

 

 

「はい、折角ですから見送りをと思いまして。また今度、お会いしましょう。蝶野さん」

 

 

 今の時刻は六時前とかなり早い。と言っても、俺も今日は整備の勉強という名のアルバイトがあり、かなり早く起きていた。

 今日の朝に大洗学園艦を発つ予定と蝶野さんから聞いていた俺は仕事を早く終わらせて、今は大洗女子学園の運動場に着陸していた軍事用輸送機に乗り込む蝶野さんの見送りに来ていたわけだった。

 

 

「えぇ、そうね。それはそうと、昨日の夜にあなたがアルバイトしてるとは聞いていたけど……その格好、何のアルバイトしてるの?」

 

 

 そう言えば、昨日の一件の後に蝶野さんにそんなことを話した気がする。

 作業着を着たまま来てしまったせいか、蝶野さんは俺の格好を見るなり小首を傾げていた。

 

 

「学園長からの好意で。整備の勉強を兼ねて、学園艦にある車とかの点検を少し。あとは学園艦の整備で人手が足りない時に臨時で手伝いをしてる感じです」

「じゃあバイト代は、学園長が?」

「ええ、確か給料は学園艦から出てるらしいです」

 

 

 俺がそう答えると、蝶野さんは納得したように頷いていた。

 この大洗学園艦に来てから、俺はアルバイトをしている。

 将来に整備関連の職業に就く為、学園長のツテでフリーランス的な扱いで、臨時に学園艦内の整備を手伝うアルバイトだ。

 元々、戦車道をしていた俺だが戦車道が将来的に出来なくなることを知っていたので、整備関連の職に就く為に勉強はしていた。

 そのため親には“厳しく”された。おかげで、自分の乗る戦車の整備と簡単なカスタムが出来るくらいにまで技術を持てた事を考えれば……今は感謝しかない。

 そんなわけで整備の仕事は人並みに出来る俺だったので、行く先々で上司の人達に快く受け入れられていた。加えて、学校とは違い“真面目”に仕事をしてるおかげか……学園艦内の整備関係者には良い意味で“色々”と仕込まれている。

 そして元々大洗学園艦内の整備士の人手は足りているので週に大体二、三回程度の頻度でしか仕事はない。

 そのおかけで俺の普段の生活に大きな影響もなく、俺は整備のアルバイトを続けられているわけだった。

 

 

「そう……整備ね。戦車道の方はどうするの?」

 

 

 蝶野さんが納得して頷いた後、唐突に俺にそう訊いてきた。

 俺は少し考えて間を少し置くと、肩を竦めながら答えた。

 

 

「昨日言った通り、また始めますよ。でも、俺はどう考えてもこのままじゃ高校生までしか戦車道が出来ない。整備士の道しかないと聖グロの時から決めていましたので、今後も整備の勉強は続けますよ」

 

 

 本来、俺は中学卒業後は整備関係の学校に行く予定だった。だがそれは聖グロリアーナ女学院の入学依頼でやめた。

 しかし戦車道を大人になっても出来るとは思ってないので、その点は割り切った。女の武芸である戦車道で男は公式戦に出られない。

 それでも男が戦車道に関わろうとするなら、結局のところ整備の道しかなかった。

 結局、男は女の嗜む戦車道をサポートをする職業にしか就けないのだから。

 

 

「分からないわよ。戦術指南者とかもあるから」

 

 

 そんな俺に、蝶野さんは笑みを浮かべていた。

 戦車道戦術指南者。それはその名の通り国内戦車道に於いて、各プロの戦車道チームに所属する戦車道の選手を指導、チーム戦術のアドバイスをする者のことだ。

 大体の戦術指南者は、現役を引退した人がなる職業だが……その職に就くことが出来るのは現役時代に名が知れ渡った有名な選手ぐらいだ。

 名前を知らない選手に教わることと有名だった選手に教わるのとでは、やはり後者の方が良いに決まっている。

 

 

「男の俺に教わるってのも、色々と問題だと思いますけどね」

 

 

 俺はそう言った蝶野さんに、苦笑いしながら答えた。

 まず大前提に、俺は戦車道の公式試合に出場出来ない。その時点で、戦車道のプロになどなれるわけがないのだ。

 そのため、俺は高校生以降の戦車道の道は閉ざされていた。

 

 

「いえ、あの職業は実力ある者だからこそ出来る仕事よ。チャンスがあれば、なることをお勧めするわ」

「なれたら、ですけどね。俺には先の道がないですから、実力もまだ足りないと思ってます」

 

 

 もし俺に大人になっても戦車道の道があるというのなら、諦めたくない気持ちは勿論ある。

 中学生、そして高校生の初期まで通用した俺の実力だが……今後のことを考えるとまだ実力不足だと考えられる。

 母親に認められたとは言え、まだ俺は百式家の戦車道チームに属する操縦手達には届かない。

 俺が一番乗っていたクルセイダーが今この場にない以上、速度に特出した百式家の技術は発揮できない。

 速度を重視した技術の向上が出来ない以上、俺自身の成長にも限界がある。

 俺には操縦手としての技術しかない。隊長としての策を練る力や部隊を統率する力も、おそらくは各校の隊長達には届かないと思えた。

 

 

「……あまり自己評価を低くするのは、周りへの嫌味にもなるわよ?」

 

 

 呆れたような顔をして蝶野さんが唐突にそんなことを言い出した。

 そして俺の顔を見るなり、蝶野さんは溜息を吐いていた。

 

 

「あなたの思ってることを当ててあげるわ。今の自分では、まだ全国各校にいる強豪の選手達には届かない……そんなとこでしょ?」

 

 

 その言葉に、俺は目を見張った。

 まさか本当に当てられるとは思ってなく、言い当てられたことに驚いていた。

 

 

「なんで分かったかって顔してるわね。分かってないと思うけど、そういうところ意外と顔に出やすいわよ?」

 

 

 蝶野さんの話と同時に、俺は思わず自分の顔を触っていた。

 ……自分で触っても、よく分からない。

 俺は困ったように眉を寄せると、自分自身に呆れて溜息を吐いていた。

 

 

「……気をつけます。多分、無理そうですけど」

「ふふっ……まぁ、分かりやすいのは良いことよ。あなたは自分らしく居れば良いの。変に肩肘張る必要もないでしょ?」

「そりゃ……まぁ……」

 

 

 曖昧に答える俺に、蝶野さんは面白いのか口元を隠すように小さく笑っていた。

 そして蝶野さんが俺に近づくと、俺の左肩に左手をトンと乗せた。

 

 

「自信を持ちなさい、和麻君。あなたの操縦の腕は誇れるモノよ。それを自惚れるのではなく、誇ることが実力ある人の資格よ。“日々精進あり、慢心せず一歩でも前に進むこと”……知ってると思うけど、あなたのお母さんの言葉よ」

 

 

 蝶野さんに誇らしそうに、そう告げられた。

 随分と懐かしい言葉だった。昔、よく母親に言われていた言葉だった。

 昨日の自分を超えられるようになりなさい。そんな意味の言葉だ。

 今思えば、意識が高い言葉だと思う。しかしそれが母さんの信条のひとつなのだから呆れてしまう。

 

 

「あの“疾風迅雷”の名を受け継ぐ和麻君なら、きっと前に進めるわ。だから、前だけ見てなさい。立ち塞がるものを突き破るくらいの気合を見せること――良いわね?」

 

 

 蝶野さんが俺の目をまっすぐに見つめる。

 きっとそれは今までの俺に対して言っている言葉なのだろうと、なんとなく思った。

 後ろを振り返り、ただ立ち止まっていた俺に対する言葉なのだろう。

 全てから逃げて、そして停滞した俺への言葉。

 だから立ち止まることを止めたのなら前に進めと、どんなことでも突き破るくらいの気持ちでいなさい。そう言いたいのだろう。

 俺はそれを理解すると、蝶野さんの目を真っ直ぐ見つめて頷いた。

 

 

「はい。一度無くした俺の道ですが……また進みます。俺の掲げる戦車道のように、まっすぐに、一直線に」

「よく言ったわ! 流石はあの人の息子ね!」

 

 

 蝶野さんが俺の肩を力強く一度だけ叩く。

 あまりの力の強さに思わず俺は顔を顰める。相変わらず、色々なところが男らしい人だと思った。

 蝶野さんは俺の返事に満足したのか、俺から離れると背を向けて軍事用輸送機へと向いた。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くわ。色々と仕事もあるしね」

 

 

 そう言って、蝶野さんが一歩足を動かす。

 しかしその瞬間、蝶野さんは何か思い出したように立ち止まると――顔だけ俺に向けていた。

 

 

「それにしても一姫(かずき)さんも人が悪いわね……和麻君の居場所教えてくれないんだもの。前に会ったけど、和麻君のこと毎日心配してるわよ。たまには連絡でもしてあげなさい」

「母さんが……?」

 

 

 久しぶりに聞いた名前だった。

 一姫(かずき)。それは俺の母親の名前だ。

 百式流家元、百式一姫。それが俺の母親だ。

 疾風迅雷の姫君が戦車道界で一番有名な呼び名である。狂った風神、爆走の狂人、疾風の巫女などなど多彩の悪名と異名を持つ現役の戦車道選手の一人だ。

 

 

「母さんには、しばらく連絡してないです。もう嫌われたと思ってました」

 

 

 気まずさから、思わず額に皺が寄る。

 戦車道を辞めて、この大洗に来て以来、俺は家族に連絡をしていない。

 連絡が来るのが嫌だったから携帯も勝手に新しいモノに変えている。今まで使っていた携帯は、部屋の中で電源を切って放置していた。

 戦車道を辞めたことに対する罪悪感があったから、母さんに憧れて始めた戦車道に対する申し訳なさがあった。

 そして今まで俺に戦車道のなんたるものかを叩き込んでくれた母さんに、見せる顔がなかったから。

 

 

「あの親バカな一姫さんがそんなことするわけないでしょ?」

 

 

 背を向けていた蝶野さんが俺に向くと、肩を落としていた。

 呆れる蝶野さんに、俺は首を横に振っていた。

 

 

「戦車道をやめたから……ずっとそう思ってました」

 

 

 俺が目を伏せて、ポツリと返した。

 蝶野さんは苦笑すると「違うわよ」と言って、首を振っていた。

 

 

「あの人は悔やんでるのよ……息子に戦車道をさせるべきではなかったのかもって。あんな大怪我をするくらいだったら、聖グロに入学させたのは間違いだったのじゃないかって」

 

 

 蝶野さんが目を伏せる俺に、そう告げる。

 そして蝶野さんが少し間を開けると、表情を少し暗くしていた。

 

 

「それを言った時……泣いてたわよ、一姫さん。私と同じ道を進ませるのではなかったのかもって」

「……そうですか」

 

 

 蝶野さんの話に、俺は胸が痛くなった。

 そんな風に思わせてしまったことが、本当に心が痛かった。

 本当は誇って欲しかった。誇れる息子で居たかった。戦車道をさせて良かったと思って欲しかったから。

 蝶野さんにそう言われて、改めて俺は戦車道を辞めたことを後悔した。

 大怪我をしてしまったこと、戦車道を辞めてしまったこと。それが無ければ良かったと、心から思ってしまったくらいに。

 

 

「まぁ、それでも息子自慢はしてたわよ。それもしつこいくらい……アレは何年経っても、やめる気はないみたいねぇ」

 

 

 暗かった蝶野さんの表情が、急に明るくなる。

 その話の内容に、俺は疑問を抱くことをやめた。

 母さんのその手の話には、耳を向けないようにしていた。

 過去を振り返っても、その手の話には良い思い出がない。それを俺は十分に理解していた。

 

 

「だから、気が向いたら連絡してあげなさい。戦車道、始めたってだけでも良いから」

 

 

 その言葉に、どう返そうかと俺は思わず言葉に詰まる。

 答えは、どうせ出ている。俺は肩を竦めると、頷いた。

 

 

「はい。分かりました。今度、連絡してみます」

 

 

 その答えに、蝶野さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「なら良し! じゃあ今度こそ行くわね!」

「はい! ではまた今度、お会いしましょう!」

 

 

 手を振って立ち去る蝶野さんに、俺も同じように手を振る。

 そして蝶野さんが軍事用輸送機へと乗り込んでいく。

 

 

「和麻くーん! 今年の全国大会、楽しみにしてるわよー!」

 

 

 乗り込んで行くなか、蝶野さんが大きな声でそう叫んでいた。

 蝶野さんが軍事用輸送機の中へ消えていき、それと同時に輸送機が離陸する。

 そしてゆっくりと飛び上がる軍事用輸送機を見つめながら、飛び立っていくのを見届けると、

 

 

 

「楽しみにしてください、蝶野さん」

 

 

 

 そう、俺は呟いた。

 腕時計の針を確認する。時刻は六時を過ぎたころだった。

 蝶野さんが乗る軍事用輸送機が飛び去っていくのを見つめながら――ふと、俺は考える。今後のことを。

 今は四月の中旬、戦車道全国大会は六月の初旬。

 今から一ヶ月半で、この大洗の戦車道チームを全国大会に通用するチームへとしなくてはならない。

 

 

「ちょっと……いや、かなり厳しいか……」

 

 

 そう考えると、思わず頭痛がしそうになった。

 ドがつく素人の集まりのチームを、強豪校が集まる全国大会に通用させるにはどうすれば良いだろうか?

 俺には、自分の技術を仕込むことしか出来ない。他に、チームを勝利へと導く手立てがあるとするなら――

 

 

「みほ、だろうな」

 

 

 頭に一番に浮かんできた顔を、俺は言葉に出していた。

 姉の陰に隠れていた妹として見られていた西住みほ。彼女の真髄を見られる日が来るかもしれない。

 西住家特有の圧倒的武力で制圧するのではなく、柔軟な思考と基本に忠順でありながらも奇抜な作戦などを用いて戦う彼女なら、多分面白い結果が出るかもしれない。

 あの“みほ”なら、大洗のチームをどう動かすか?

 それはそれで、楽しみな気がしてきた。

 大洗の戦車道チームの隊長をするなら、きっと“みほ”が選ばれるだろう。

 多分、強要ではなくみんなの言葉で、あの女は自分でチームを率いることを選ぶだろうと、そんな気がした。

 

 

「なら俺の役目は……」

 

 

 なら、俺の役目はひとつしかない。

 みほの出す指示と作戦が実行出来るレベルにまで、この大洗の戦車道選手の技術の向上と育成だろう。

 

 

「これから忙しくなりそうだ」

 

 

 

 ド素人の集まりに、ある程度の技術を身に付けさせること。それが俺の仕事だろう。

 初めて俺が母さんから教わったように、今度は俺が教えなくてはならないのだと。

 頭の中で今後の教育方法について考えながら、俺は学校から立ち去ることにした。

 まずは家に帰ってシャワーを浴びよう。

 そんな呑気なことを考えながら、俺は自宅へと歩を進めた。




第四話は、予定よりかなり長くなりそうです……
多分、全話の中で一番文字数と話数を使うかもしれません。
ご了承ください(>人<;)

ツイッターなどで進捗など呟いています。
更新があまり定期的に出来ないので、参考までにどうぞ
@akaba_hisa

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