GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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申し訳ありません。大変長らくお待たせ致しました。
理由は色々とありますが、割愛させて頂きます。


3.期待という言葉

 

 

 

 蝶野さんを見送った後、時刻は進み学校に行く時間になった。

 しかし俺は、本来生徒達が登校してくるより早く学校へ向かっていた。

 腕時計の針をちらりと見れば、時刻は七時を過ぎる頃。校内には学校の生徒は少なく、早朝の部活動の練習をする生徒達がグラウンドに見えるくらいだった。

 俺はそんな生徒達を横目に、目的の場所へと足を進める。

 事前に連絡を入れてもいないが、おそらく……あの憎たらしい女なら多分居るだろうと思いながら、俺は気付くと目的の場所に辿り着いていた。

 

 

「おぉ〜! 百式ちゃんがこんな朝にわざわざ生徒会室まで出向いて来るなんて思わなかったよ〜! もしかしてぇ? 戦車道、取る気になった?」

 

 

 生徒会室に入るなり、俺にそう憎まれ口を叩くチビ。

 偉そうに干し芋を食べながら話す辺り、本当に人の神経を逆撫でするのが上手いと思う。その才能を感じるとある意味、感心してしまう。

 生徒会長の座る席で俺を見遣る角谷杏に、とりあえず溜息を漏らしながら俺は備え付けられたソファに我が物顔で腰を落とす。

 普通ならこんな失礼極まりない態度など取るわけがないが、目の前にいる女に舐められるのも癪だった。

 ソファに座り、部屋を見る。今日は珍しくいつも一緒にいると思っていた二人が居なかった。眼鏡を掛けた腹の立つ女と天然な雰囲気を感じる女、ある意味いない方が俺には都合が良かった。

 

 

「あんたに用があってきた。正直に答えなかったら、俺はあんた達に協力しない」

 

 

 そして角谷杏に茶化される前に、俺はそう告げた。

 角谷杏が俺の言葉にキョトンと顔を惚ける。しかしそれもつかの間、彼女は面白そうな表情を見せた。

 

 

「私に? ふぅーん……で、なに?」

 

 

 相変わらず口調はいつも通りだった。

 俺は腹を立てるのを諦めて、本題を告げた。

 

 

「あんた達がなんでこの大洗で一度無くなった戦車道を始めたのか? この質問に正直に答えないと、俺は大洗の戦車道に協力しない」

 

 

 俺の質問に、角谷杏が僅かに目を大きくしたのを俺は見逃さなかった。

 昨日、実のところ俺は少し調べていた。この学校での大洗戦車道チームについて。

 かなり昔にこの学校の戦車道チームはそこそこ強豪と言われていたらしい。そして当時の車両編成などを知ったが……俺が知れた情報はその程度だった。

 

 ただ戦車道をしたかった、という角谷杏の答えを俺は信じられなかった。

 

 最初、角谷杏は俺のその質問をはぐらかした。その時点で“裏”があることは、大体予想がついた。

 俺とみほを無理矢理にでも戦車道チームに引き入れたいということは、少なからず“そうしなくてはならない理由”があると考えられる。

 俺はまたこの学校で戦車道をするつもりだか……その理由を聞けない限り、目の前の女を信用することは出来なかった。

 人の利己的な思惑に動かされるなんて、俺には我慢出来なかったからだ。

 自分の信じることを貫く。それが俺の掲げる戦車道の道のひとつでもある。

 それを今更掲げること自体、おこがましいと言えるが……また見失った俺の道を取り戻すなら、どの道避けては通れないことだった。

 

 

「言えない……て言っても、引いてくれないみたいだねぇ〜」

 

 

 俺の顔を見て、角谷杏が苦笑いする。

 俺は鼻を鳴らすと、角谷杏の顔を見つめた。

 

 

「ふん……そんなの俺とみほを強引にチームへ入れようとする時点でハッキリしてる。確かあのメガネを掛けた女も言っていたな? 我が校の戦車道に俺とみほが必要だと、と言うことは――それだけのことをしないといけないことがあるんだろう?」

 

 

 ただ戦車道をするだけなら、俺とみほは要らない。必要と言うことは、チームにある程度以上の実力を必要としていることを証明しているようなモノだった。

 

 

「俺はあんたを信用して良いか見定めてる。あんたが俺にこの学校で戦車道をさせようとした理由、意味を知らない限り……俺はあんた達生徒会を信用できない」

 

 

 だからこそ、俺はそれを知ろうとした。

 元々、戦車道をする女を最初から信用出来るほど俺は素直になれない。いや……なれなくなった。と言うのが妥当だろう。

 角谷杏が口を閉ざす。その表情は何かを考えている顔だとすぐに分かった。

 

 

「うーん……そうだねぇ〜。あ、一個確認しても良い?」

「なんだ?」

 

 

 角谷杏の唐突な質問に、俺は思わず訊き返す。

 それに角谷杏は先程までの戯けた態度を止めると、真剣な表情で訊いて来た。

 

 

「私がその質問に答えたら、百式ちゃん。この大洗で戦車道、やってくれんの?」

 

 

 今までと打って変わった表情に、俺は少しだけ目の前の女の評価を改めた。

 こんな顔もするのかと、素直に思った。

 いつもどこか人を小馬鹿にしている顔しか見たことのない俺には、その顔は彼女に対する印象を変えるモノと思えた。

 名ばかりと思っていたが、この学校を纏める生徒会長と言われる部分が垣間見えた気がした。

 そう思いながら、俺は角谷杏へ答える。答えは、既にあるのだから。

 

 

「あぁ、約束してやる。必ずあんた達のチームに入ること、俺がこの学校で戦車道をすること約束する」

「証拠は?」

 

 

 角谷杏が続けて、そう問う。なんとなくだが彼女自身も、俺のことを信用するか見定めている気がした。

 今までの俺の態度ならそれも納得出来た。散々嫌がってきた俺が、急に戦車道をするなんて言えば当然と言えた。

 俺はどう証明するか悩んだが、それを証明することなど俺にはひとつしかなかった。

 自分の胸に右手を当て、角谷杏を見つめながら――俺は答えた。

 

 

「……俺の掲げる戦車道の道に誓って」

 

 

 証明出来る方法なんて、俺にはこれしかなかった。

 自分の道の先にあるモノを見つめることをやめ、目を逸らしてきた俺が今更掲げるなんておこがましいと思える。

 しかし俺はまた歩き出さなくてはならない。一度捨てた俺の道を。

 角谷杏は、そんな俺の言葉に目を細めた。そして何か思うようにドンッと椅子に背を預けた。

 

 

「あんだけ戦車道を嫌がってた百式ちゃんが、そこまで言うとはねぇ……気持ちがかわった? それとも、正直になった?」

 

 

 妙に的を射ている言葉だった。

 俺はその言葉を無視することにした。別段、答える必要はない。

 

 

「さぁ、そこら辺は勝手に思っててくれ。どちらにせよ、俺は戦車道をまた始める。みほ達ともう一度……捨てた道を取り戻す為に」

 

 

 角谷杏の言葉を無視して、俺はただ自分の思うことを告げる。

 そんな俺に角谷杏は腑に落ちないと言いたげに眉を寄せた。

 

 

「西住ちゃん達ねぇ……まぁ、良いか。どの道、百式ちゃんはキッカケが欲しかっただけの話でしょ? それが西住ちゃん達だったってことなら納得もできるか」

 

 

 その独り言に、俺はいつの間にか眉を寄せていた。

 

 この女……知ったような口を。

 

 胸の内から湧き出る苛立ちに、俺は目を瞑る。

 またこの女に調子を崩されている。俺はそれを理解すると、それについて考えることを放棄した。

 前々から話してて分かった。この女は、人を“見る”のが上手い。

 俺が蝶野さんに言われた通り、分かりやすい人間だとしてもこの女は他人を見る目があるらしい。

 憎たらしい。俺はそう思いながら、その言葉に反応することをしなかった。

 

 

「……それで、あんたは答えるのか? 俺の質問に?」

 

 

 俺が角谷杏に、再度問い掛ける。

 これで答えなかったら、俺はこの女――この学校の生徒会を信用することはないだろう。

 角谷杏が椅子に背を預けて「ん〜どうしようかねぇ〜」と唸る。そして椅子を雑に揺らしながら、干し芋を口に咥えて何かを考え出す。

 そうして角谷杏が咥えていた干し芋を食べ切ると、彼女はおもむろに生徒会長の席から立ち上がった。

 俺が見守るなか、角谷杏は俺とテーブルを挟んであったソファに向かい腰を下ろした。

 俺はその行動の意図が読めず、顔を顰める。しかし角谷杏は俺に向かい、目を合わせると、

 

 

「わかった。良いよ、話してあげる」

 

 

 そう、俺に告げていた。

 そして角谷杏か次に口にした言葉に、俺は思わず眉を寄せることとなった。

 

 

「ただし、絶対に私と百式ちゃんのこの場所だけの話にすること。これを守らなかったら、百式ちゃん。この学校に居られなくなるよ?」

 

 

 その言葉の意味を、俺はどう受け取るか反応に困った。

 それは選択科目で戦車道を履修させるための言葉ではない。それを察することはできたが、それ以上の意図を理解することができなかった。

 

 

「どういう意味だ? それとも単純に……俺を脅してるのか?」

 

 

 その言葉に思わず、俺は角谷杏に訊き返していた。

 しかし角谷杏の表情は、悪ふざけでもなく真剣な表情そのものだった。

 

 

「それがそのまんまの意味なんだよねぇ……言葉通り、これが学内に知れ渡ると百式ちゃんだけじゃなく戦車道受講者含め、全生徒がこの学校に居られなくなる」

 

 

 ますます意味が分からなかった。学校に居られなくなるというのが“俺自身”だけでなく、全生徒に及ぶ?

 頭の中で幾つか理由を考えるが、予想はついてもどれが正解など分かるわけがない。

 俺は少しだけ考える素振りを見せる。そして俺は角谷杏へ「……わかった」と返した。

 

 

「良いだろう。ここだけの話にしてやる。話してくれ、あんた達生徒会が……戦車道に拘る理由ってやつを」

 

 

 俺がそう話すと、角谷杏は「それなら良いよ」と言って干し芋を咥えた。

 

 

「百式ちゃんに分かりやすく話すとすると、最初からの方が良いかね? 百式ちゃん……この学園艦、この学校の誇れるところって何があると思う?」

「……急に質問してくるとは思わなかったな」

「良いから、言ってみ?」

 

 

 唐突な角谷杏の質問に、俺は素直に答えることにした。

 しかし少し考えても、漠然とした問いに答えが出なかった。

 だが答えるとしたら、多分これくらいしかない。

 

 

「……温かいことだと思う」

「ふーん? 理由は?」

 

 

 特別、興味のなさそうな反応を角谷杏が見せる。俺は自分に慣れたと言い聞かせて、答えることにした。

 

 

「この学校に男の俺がここに居ても、何も言われてない。ここ女子校だぞ? 普通は本来居たらいけない俺に何かしらのイジメなり、嫌がらせをされると思ってたくらいだ」

「百式ちゃん、生徒達に怖がられてるからねぇ……報復が怖いんじゃない?」

 

 

 角谷杏が面白そうに笑みを作りながら干し芋を頬張る。

 完全に馬鹿にしてるな、この女。

 俺はその言葉に、思わず舌打ちをしていた。

 

 

「うるさい。元々、俺はこんなんじゃなかったんだよ」

 

 

 俺が言葉を返すが、角谷杏は更に面白いと言いたげに笑っていた。

 

 

「百式ちゃんが? 真面目って言葉が似合わない生徒はこの学校になかなか居ないよ?」

「言ってろ。真面目にやる必要がないからしてないだけだ。俺だって真面目にやろうと思えば幾らでもやれる」

 

 俺だってやろうと思えば、幾らだって真面目になれる。元々、俺は真面目だった。

 子供の頃から戦車道をやっていたこともあり、普段の素行が悪いと色々と問題になることを無意識のうちに知っていた。元より素行は悪くなかったので、その点は心配なかったのだが……今は違うとだけは認められた。

 普段の素行や口が悪くなったのも、この学校に来てからだ。

 加えて言えば、偏差値が高かった聖グロの授業にも遅れることはなかったとだけ、俺は心の中で呟いた。

 

 

「――話戻すぞ。さっきの話だが……この艦に住んでわかったが、良い人が多い。バイトしててよく分かる。この艦では人の温かさをよく感じる。街の人達も良い人が多い」

 

 

 先程俺が言った嫌がらせ等を受けてないという事に関しては、無関心という面が強いだろう。加えて、俺が素行の悪い生徒という噂がそれに拍車を掛けていると思う。

 在学してわかるが、この大洗女子学園に不良と言われる生徒など無いに等しいだろう。

 故に、俺に対して極力関わらないようにする。というのが正しい選択だと察しているに違いない。

 アルバイトに関しては、本当にこの艦の人達は良い人が多いと思えた。

 アルバイトをさせてくれ、と学園艦に無理を言って仕事をさせて貰っているが、快く受け入れてもらえた時点でそれを察していた。

 整備班の大人達から良くしてもらっている。その点には感謝しかない。

 時折町を歩くが、全員が仲が良いというのが見てわかる。手を取り合って、艦の人達が協力し合って過ごしている良い町だと心から思ったくらいだ。

 

 

「そう言えば、百式ちゃんってバイトしてるんだったっけ? 確か、艦内整備とかの」

「……知ってたのか?」

 

 

 俺がアルバイトしてるのを言ったのは、学園長と蝶野さんくらいだった。

 いや、この女なら俺のことを調べていても何も不思議じゃないと思えた。

 

 

「こう見えても私は生徒会長なんだよ〜? 大洗艦に来てすぐ始めたみたいだねぇ。学園長から許可は貰ってたみたいだから何も言わなかったけど」

「別に俺が何しようと勝手だろう。とやかく言われる筋合いはない」

 

 

 角谷杏が「そりゃそうだ」とけらけらと笑う。

 そして笑いながら、角谷杏は干し芋をまるで煙草のように咥えた。

 

 

 

「まぁその話はもう良いか。百式ちゃんの貴重な意見が聞けたし……でもね、百式ちゃん。その理由で新しい新入生が増えると思う?」

「…………」

 

 

 唐突な質問だった。

 俺が答えに戸惑うと、それよりも先に角谷杏は言葉を続けた。

 

 

「特別な実績……部活とかだね。大して良い活動実績がなく、それに加えて特別他校に比べて目に見えた違いがない学校で、生徒数の減少が起きてる学校に何が起こると思う?」

 

 

 端的に言えば、有名ではない学校ということだろう。

 聖グロのように英国をモチーフにした学校。黒森峰のように戦車道に特出した学校。アンツィオのようにイタリアをモチーフにした学校など世間には個性ある学校が沢山ある。

 大洗にも誇れるところがある。しかしそれは内側から見た姿であり、外から見た人達は同じことを思うだろう。

 どこにでもある学校だと、他の学校と比べて大洗を選ぶ理由はないと。

 そう言った理由から、そのような学校に起きることを俺は理解していた。

 

 

「……大体は他校との統合。それか廃校だろうな」

 

 

 角谷杏が頷く。

 その反応で、俺は頭の中で何かが嵌ったような感覚を覚えた。

 何も実績を持たない大洗。戦車道に急に力を入れ始めた生徒会。

 今は春。その先、夏には……高校戦車道全国大会が控えている。

 すぐに実績を持とうとしている学校。つまりは、すぐに何か実績を作らなければならない理由がある。

 そして今の角谷杏が仄めかした『実践を持たない学校に起きること』という言葉。

 

 

「なるほど……そういうことか」

「察しが良くて助かるねぇ〜説明する手間が省けるし」

 

 

 俺の言葉に、角谷杏は笑みを浮かべた。

 そして彼女は俺が理解したと察して、その先の話を続けた。

 

 

「今から少し前、三月頃に文科省から役員が来て話があった。この学校に特別な実績もなく、生徒数の減少が見受けられるって、だから――この大洗女子学園を廃校にして艦を解体させろって」

 

 

 廃校。その言葉が、分かってはいても重い言葉に聞こえた。

 そして角谷杏は、その時に起きたその役員との話を説明した。

 文科省の役員が『この学校の部活動の実績はありますか?』と質問した。

 角谷杏の答えは分かりきっていた『いいえ』と。

 更に役員は『この学校への近年の新入生は、例年と比べるとどうですか?』と問い掛ける。

 角谷杏はその問いに『減っています』と事実を告げるだけだった。

 そうやって幾つもの質問を繰り返しながら遠回しに廃校する旨を仄めかし、そして最後に事実を告げてきたことを。

 

 “大洗女子学園は今年度をもって廃校”ということを。

 

 

「…………」

 

 

 そう語る角谷杏の話を、俺は腕を組みながら聞いていた。

 正直に言うと、聞いているだけで俺には不快な話だった。それをあえて遠回しに告げた役員に、それを簡潔に答えなければならなかった角谷杏の役回りに、俺は無性に腹が立った。

 俺は目の前の女に、情なんて感じていない。ただでさえ日常迷惑していた生徒会の人間に、今更情なんて湧くはずもない。

 しかし角谷杏の話で出てきた“文部科学省学園艦教育局長”という肩書きを持つその役員――大人のやり方が、あまりにも不快だった。

 反論させる余地を生まない為の行為だと理解出来る。それは目の前の女も理解しているだろう。

 高校生であるが、世間では自分達は子供だ。それを分かっていながら、そうした大人に俺は気分が悪くなった。

 そしてそれを受け入れた角谷杏の生徒会長としての役目を果たそうとする姿勢を、俺は何故か不快だと思った。

 それを俺がどうこう言うつもりはない。ただ俺がそう思ってしまった。それだけの話なのだから。

 

 

「その時にある話が出たってわけ、この学校は昔に戦車道でそこそこ有名だったことがねぇ。それで私が言ったわけ……“なら戦車道全国大会で優勝すれば、その廃校を無かったことに出来るのか”って」

 

 

 そうして役員と生徒会は、戦車道の話に行き着いたらしい。

 角谷杏の大洗女子学園の廃校という事実を打ち消す道を作るために、僅かに出てきた可能性を掴もうとして。

 

 

「それに文科省の人間はなんて答えたんだ?」

 

 

 俺がその言葉に問い掛ける。

 角谷杏は少しだけ呆れたような表情を見せると、小さく笑みを浮かべて答えた。

 

 

「小馬鹿にした顔で“出来るものなら、考えても良い”ってさ」

「そういうことか……分かったぞ。ようやく、あんた達がそれまで戦車道に拘る理由が」

 

 

 そうして俺はこの学校……いや、この目の前の女がやろうとしていることを理解した。

 口で言うのには簡単で、本当に実行するにはとても無謀と言えることを。

 

 

「高校戦車道全国大会で優勝する。それがこの大洗学園の存続する唯一の可能性か……随分と無茶な話だ」

 

 

 大洗が戦車道の選択科目を追加したこと。戦車道受講者に特権を与えること。様々な利点を与えてまで戦車道受講者を集めたのは、それが理由だろう。

 

 しかしあまりにも無謀だった。

 

 高校戦車道全国大会に出場するのは、過去から名の知れた有名校ばかりだ。

 つまりは強豪校を倒さなければならない。それをど素人が出来るとでも本当に思っているのかと。

 

 

「西住ちゃんと百式ちゃんが居れば、なんとかなると思ってねぇ〜」

 

 

 西住と百式。それは戦車道界で名が知れているのは、十分に理解してる。

 力の西住。速度の百式。それがそれぞれの家系の名を世間に知らしめたのだから。

 西住みほは、例年優勝校として名を馳せた黒森峰女学院戦車道チームの副隊長。それだけで結果はどうあれ希望を見出すのも理解は出来る。

 だが百式の方は――

 

 

「みほはともかく、どうして男の俺のことを知ってたんだ?」

 

 

 そう、それに尽きる。俺は公式戦には一切出た覚えはない。

 たまたま聖グロリアーナ女学院の人間と友好があり、それがキッカケで俺を見つけてもらっただけだ。

 本来なら女の戦車道界で名が知れることもなかったのに。

 角谷杏は、俺の言葉に顔を顰めると小馬鹿にした声色で答えていた。

 

 

「はぁ……まだわかんないの? 百式ちゃん? 自分の名前がどれだけ有名か?」

「……少し有名程度だろう? 女の戦車道界で俺はそこまで有名人になった覚えはない。他の奴らより、操縦が出来るってだけだ」

 

 

 色々と批判を受けてきた俺だったが、それを無視して色々としていた結果として多少名前が知られた思っている。

 俺の操縦の腕も、まだまだ足りない。百式家の抱える操縦手達には、未だ届かない。

 ただ自信を持って言えるのは、誰よりも練習してきたということだけだ。

 それがなければ、俺は練習試合だろうと“あの舞台”に立てることはないのだから。

 

 

「ここまで自分のことを知らないのは、僻みにしか聞こえないよ? 百式ちゃん、何度も言うけど戦車道をちゃんと知ってる人なら誰でも知ってるよ。ちょっと前まで戦車道について無知だった私も調べてすぐに分かったくらいに」

 

 

 角谷杏が呆れた表情で話を続ける。

 そして次に出た言葉は、俺が以前に聞いた話だった。

 俺に対する批判とも言える言葉。そして一部から言われた評価。そして侮蔑とさえ言える言葉を。

 

 

「操縦ならば、中学戦車道内でトップクラス。中学生の当時から高校戦車道にも優に通じると言われていた操縦技術。かの有名な“疾風迅雷”の名を継ぐ戦車道の異端児。もしも男ではなく女だとしたら、戦車道の頂に上り詰めることが出来た逸材。そして……日本戦車道を汚す日本の恥と言われてる」

 

 

 角谷杏が睨むように俺を見つめる。

 それは俺に対する嫌悪などではなく、俺には“自分の価値を知れ”と言っているように見えた。

 

 

「たったの三ヶ月で“聖グロの疾風迅雷”と謳われた名操縦手が大洗に居るんだよ? 使わない理由がない。西住ちゃんの転校手続きも知ってた。なら、二人をどんな手も使っても引き入れるつもりだった」

「たった五両しかない戦力でなんとかなるって思ってたのか? 大会だと準決勝まではこの学校の倍以上の車両が出てくるんだぞ?」

 

 

 俺とみほを引き入れたところで、そもそもの戦力が圧倒的に足りていないのは明らかだった。

 準決勝までは、ルールによれば十両までの戦車の導入が許可されている。そして決勝には、二十両までの導入が許可される。

 つまり倍以上の戦力を有する強豪校に勝たなければならないというディスアドバンテージを大洗は背負っている。

 絶対に勝てないという訳ではない。何かしらの作戦、相手の意表を突くことをして、なおかつフラッグ車のみを撃破することだけを考えれば可能性はある。

 

 戦車道には、二種類の試合ルールがある。

 

 それが殲滅戦とフラッグ戦だ。前者は出場している全車両撃破が勝利条件。後者はフラッグ車と呼ばれる車両の撃破が勝利条件だ。

 高校戦車道公式戦には、フラッグ戦が採用されている。各校の戦力差を補う為のルールとして採用されている。

 だから絶対に勝てないことはない。しかしそれでも拮抗してもいない明らかな戦力差だと、勝てる保証もない。

 

 

「なんとかなる、じゃないんだよ。百式ちゃん」

 

 

 そんな俺に、角谷杏が答えた。

 その顔はあまりにも真剣で、まっすぐに何かを見つめているような顔だった。

 俺は……この顔をどこかで見たことがあると思った。

 

 

「絶対になんとかしないといけない。百式ちゃん……私はね、この学校が好きなんだよ」

 

 

 廃校を何があろうとも阻止しようとする意志を感じた。

 戯言や虚言などではない。この女は本当に本気でやろうとしているのだと、俺は理解してしまった。

 

 

「だから何としてでも、廃校にさせる訳にはいかない。だから私はその為なら悪魔にだって鬼にだってなる。それくらいじゃないとこの問題は解決なんてしない」

 

 

 自分がどうなっても構わないという覚悟を持って、この女はこの件に望んでいる。

 ひたむきに、がむしゃらに、前を見続ける姿勢。その姿がどこか懐かしいと思える気がした。

 その顔に、その言葉に、俺は妙な既視感を覚えた。

 

 

「だから西住ちゃんと百式ちゃんが必要だった。大名家と言われる三大戦車道名家の二家がこの学校にいるっていう他校には決してないアドバンテージをみすみす捨てるなんてことをすると思う?」

 

 

 そうだ。俺はこの顔を知っている。

 この前を見続ける目。絶対に折れないと言い切れる気迫。

 がむしゃらに自分の信念を曲げないと決めたこの姿は……紛れもなく、俺は知っている。

 いや違う。知っているんじゃない。知っているも何も……これは俺の――

 

 

「西住の力の戦術、百式の最速の技術。これがあれば今後増えるかもしれない戦力を足して、僅かでも可能性があるなら縋るしかなかった。それだけの話ってやつ」

 

 

 そうして角谷杏は話を終えた。

 西住と百式の二家を抱えることの有利性。そして現在の五両しかない戦車が増える可能性を信じ、そして素人達の乗員だけで臨む戦車道全国大会に優勝するためならば……縋ると。

 俺はその話を聞いて、真っ先にある質問をしていた。

 

 

「この話、戦車道受講者には?」

 

 

 その問いに、角谷杏は肩を竦めて小馬鹿にしたような笑みを見せた。

 

 

「言うわけないでしょ? 百式ちゃん。あの子達に今後の大会試合で一回でも負ければ廃校だなんて言って、マトモな試合出来ると思ってる?」

 

 

 頭に浮かぶのは、以前に蝶野さんが受け持った大洗での練習試合の時に見た戦車道受講者達の顔だった。

 俺はそれを思い出すと、思わず「無理だろうな」と答えていた。

 角谷杏は俺の答えに満足気に頷いていた。

 

「でしょ?」

「だから全員にはバレるまで、言う気はないと?」

「もちろん。そのまま気付かないでいてくれた方が、こっちは助かるくらいだからねぇ〜」

 

 

 さも当然と言いたげに答えた角谷杏に、俺はここ最近で一番の深い溜息を吐いていた。

 何が何でも廃校を阻止しようとしているくせに、その考えがあまりにも幼稚に見えてしまった。

 問題を解決する為の計画が破綻しているとしか思えない。

 まず、この問題はいずれバレる日が来るのは明白だろう。もしバレなかったとしたとしても、そもそもの問題がある。

 俺は呆れながらも、その点だけをあえて目の前の女にキツく話すことにした。

 

 

「馬鹿か? アンタ、呆れるほど無計画過ぎる。目の前の壁が大きいことを理解してるのか? 戦車道全国大会はトーナメント方式、妙な風習から実力がある高校しかエントリーされないことからそこまで大勢の高校が出場しない以上、強豪校が殆どだ。最低でも優勝まで四回は勝たないといけない。アンタ……四回勝つってどれだけ大変なことか分かってるのか?」

 

 

 たったの四回勝つ。そうすれば優勝出来る。

 だが、その数字の重みはとてつもないものだ。

 高校戦車道全国大会は、トーナメント方式。そして妙な過去からの風習で、有名校もしくは実力校しか大会に出場して来ない。稀にそうではない学校が出場するが、その手の学校は大体が初戦で負ける。

 つまりは、新米校にとって初戦が一番難しい。強豪校に勝つということは、それだけ困難ということの証明でしかない。

 一回勝つことが出来るだけで御の字のことを四回もしなくてはならない。

 それがどれだけ大変なことか、この女は本当に分かっているのだろうか?

 

 

「分かってるよ。だから私は西住ちゃんと百式ちゃんをチームに入れたかった。そして戦車道チームのメンバーも、戦車も集めた。後は……勝てるだけの要素を集めるしないってことも。そして最後は勝つだけ、勝ち続けるだけ」

 

 

 そう答えた角谷杏に、俺は目を細める。

 対して、角谷杏は干し芋を咥えながら俺を見つめていた。

 これだけ言っても、やはり折れる気はないらしい。それを目の前の女の目が証明していた。

 思わず、舌打ちをしてしまう。そして俺は色々と“諦めて”ソファから立ち上がった。

 そして俺は干し芋を食べてる角谷杏を見下ろしながら、

 

 

「まぁ良い、あんた達が何故そこまでこだわるかわかったから良しとする。別に俺にとってこの学校がどうなろうと、あんた達が今後どうなろうと、俺は知ったことじゃないが――」

 

 

 俺の言葉に、角谷杏は目を細めた。

 明らかに怒っている表情だ。しかし、俺は無視して話を続けた。

 本音しか言ってない。俺の知ったことじゃない。廃校になったら、地元の学校に行かされるか整備の専門学校に行くかのどちらかしない。

 知ったことではない。大洗が負けて、廃校になることになっても。

 だが負けると分かっている試合を見るのも――非常に癪に触る。

 

 

「負ける試合ほど、悔しいモンはない。やるからには勝つ、じゃないと……つまらないだろう?」

 

 

 俺がそう告げると、角谷杏がきょとんと惚けた。食べていた干し芋を落としそうになるくらいに。

 俺がそう言って話は終わりと、生徒会室から出て行こうとする。

 そうして俺が生徒会室の扉に手を掛け、出て行こうとして――

 

 

「百式ちゃん。私はさ……期待しても良いのかな?」

 

 

 角谷杏が後ろで、そう呟いていた。

 俺は振り返ることなく、答えた。

 

 

「生憎、期待とは反対の言葉が多かった身としては答えにくい質問だな」

 

 

 振り返れば、期待より失望に近い言葉を言われてきた。

 だから俺には、こう答えるのが正しいと思って答えることにした。

 

 

「そもそも……期待っていうのは、自分には出来ないって認めて諦めたやつが他人に言う言葉だ。あんたには、到底似合わない言葉だろうよ。

 やれるだけやろう。だけど俺は試合には出れない。出来るのは……やる気がある奴らを鍛えるくらいだ」

 

 

 何も答えない角谷杏に、俺は生徒会室の扉を開けながら言い残した。

 

 

「また戦車道の授業でな、会長さん。そのふざけた態度もたまには改めろよ」

「なら百式ちゃんも、その不良みたいな態度を治してから言ってねぇ〜」

 

 

 生徒会室から出て行く瞬間に、角谷杏のおちゃらけた声が耳に入る。

 俺は口の減らない女だと思いながら、憎まれ口を叩いておく。

 

 

「うるせぇ、チビ女が」

 

 

 そして俺は生徒会室から立ち去った。

 とりあえずは生徒会の目的を知れたのだ。少しばかり生徒会を信用してみよう。

 目の前にある問題が多すぎて、頭が痛い。

 今後の課題を考えながら、俺は立ち去った生徒会室で角谷杏が呟いた言葉を耳にすることなく頭を抱えていた。

 

 

「また、か……百式ちゃんも、ちょっとは変わってきたのかねぇ〜」

 

 

 そう、少女は呟いたことを。

 

 

 

 




この回は、和麻が角谷杏の一面を知る話でもあります。
大洗で起きている事実を知った和麻、しかし彼自身のやることは変りません。
期待という言葉を向けられたとしても、彼には出来ることが限られているからですね。

次回からは聖グロ戦への準備期間になります。
そしてあの聖グロ戦へ辿り着きます。

時間はかかりそうですが、見守ってくれると幸いです。

感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、今後の励みになります。

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