GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
みほ達と居た校舎倉庫から歩いて十分程、学園内の倉庫から森林を抜けるとある広場に、俺は操縦手チームと車長チームの全員を連れて来た。
何故、みほ達と一緒にやらないのか? という疑問は、当然車長と操縦手メンバーに訊かれた。
俺はその質問を適当に流して誤魔化したが、勿論理由はある。
無論、戦車道の練習の為である。朝のホームルームの後からわざわざ地図と自分の足を使って確認した内容だが、それを使うも使わないも彼女達次第というわけだ。
と言っても、大洗のことを考えれば……選ぶ選択肢なんてひとつしかないのだが……
「かいちょー、大丈夫ですか?」
視界の隅でうつ伏せに倒れている角谷杏を、磯辺典子が人差し指で突いているのが見えた。
先程、逃げ回る角谷杏を捕まえて文字通り“ぶん回して”放置していた結果だった。
両脇を後ろから抱え、とりあえず全力で角谷杏を回してやった。
要するにジャイアントスイングの逆である。脇を抱えて、自分を軸に回るだけのことなのだが……
最初は平気そうな声で俺を煽っていた角谷杏だったが、時間が経つと気分が悪くなったのか顔色を悪くして「あっ……これやばい……吐きそう……」と言い出したので、少ししてから解放した。
角谷杏がすぐに芝生の上に倒れると、そのまま深い呼吸をしたまま動かなくなったわけだった。
責められる言われは俺にはない。スカートを着た女子の足を掴んで回ることをしなかっただげ、慈悲をくれてやったつもりだ。
角谷杏がぶん回されてあるところを他のメンバーが見ても、特別止めることをしなかった時点で、生徒会長の威厳はどうしたと言いたかった。
むしろ笑って見ている人達が多かったので、俺を特に責める人はいなかった。強いて言うなら、小山先輩に少し窘められた程度だった。
「じゃあ早速練習始めるぞー!」
「完全に生徒会長を放置してるぜよ」
「あそこまで無慈悲だと、むしろ清々しいものを感じる」
「そこ、うるさいぞ。あそこの会長は放っとけ。先に操縦手メンバーから始めるから、そいつは休ませておけ」
おりょうとエルヴィンが倒れている角谷杏を見ながら、何かしみじみと語っていた。
どうせ三半規管が揺れて酔っただけだ。休んでおけば元に戻る。
正直、俺はこれを“ある人”にやられたことがあるから辛さは十分に分かる。勿論、ジャイアントスイングの方だ。
誰って? 決まってるだろ? そんなことやる人なんて蝶野さんくらいしかいない。
女の人の癖に、中学の時の俺をぶん回せるとか腕力がどうかしてるというのは、今は割愛しておく。多分、あの人なら今の俺をぶん回せる気しかしない。
「ほら、操縦手メンバー集合。集まらないとぶん回すぞ」
俺がそう言うと、操縦手メンバーがすぐに集まって来た。
随分正直な女達だった。余程ぶん回されるのが嫌らしい。
「あの先輩! 冷泉先輩がいません!」
そんな時、坂口が手を挙げてそんなことを言っていた。
集まったメンバーは、一年の坂口桂利奈と河西忍。二年はおりょう、三年は小山柚子の四人だった。
本来居るはずの冷泉がいない。サボりなら引きずってでも連れてくるが、今回は別だった。
「あの女はみほ達の方にいる。戦車動かせる人が一人はいないと話にならない」
みほ達の方には砲撃手と装填手、通信手しかいない。一人は操縦手が居ないと、戦車を動かすことができない。
危なっかしい運転をされて怪我でも事故でも起きたらと考えての結果だ。正直、あのメンバーで戦車を満足に動かせる奴なんていないだろう。
みほも一応動かせるが、あいつはあまり操縦が上手い方ではない。もとより車長を専攻してるから当たり前の話だが……加えるなら、あいつは今回教える側だ。一々戦車を動かして説明するのも手間でしかない。
ならば一人だけ、操縦手を付けるのが一番手っ取り早い話だった。
「と言うことは、百式から見て冷泉は操縦は上手いのか?」
そう思っていると、近くで聞いていたエルヴィンが俺に訊いてきた。
俺は首を横に振って、即答した。
「いや全然。まだ下手くそだ。とりあえず戦車を動かすくらいなら文句はないから、今日は外してもらってる」
「相変わらず、百式は容赦ないな」
エルヴィンが苦笑いする。俺は「そういう風に言われる方が悪い」と淡白に答えていた。
冷泉については、Ⅳ号戦車の時に一度操縦を見ている。
その時に戦車を“動かす”くらいなら十分だと判断した。
現状、冷泉は今いる四人より運転は出来るのは確かだと思っている。
実際見て見ないと分からないが、この四人も同じくらい運転出来るかもしれない。しかし冷泉に関しては、前に言っていたことを本当に実行する気でいる。
「安心しろ。あいつには一番辛い練習メニューをやらせるから」
「何を安心するのか分からないんですが……」
俺の言葉に、河西が困惑した表情を見せる。他のメンバーも同じような顔をしていた。
冷泉には、俺に“あれだけ”大口を叩いたのだ。なら本当に辛いメニューをやらせる。
と言っても、基礎は勿論やらせるが……あの女がそれを簡単にこなすようなら本当に実行する気でいた。
「まぁあいつのことは放っておいて良い。今はお前達だ」
だから冷泉のことを放置して、俺は話を進めた。
車長チームが倒れている角谷杏を介抱している間に、俺は操縦手チームの方を先に指導することにした。
目の前に四人に向かって、俺はある質問をすることにした。
「今からお前達にひとつだけ質問する。その答え方で、今後の練習メニューを決める」
四人が不思議そうな表情を浮かべる。
俺は右手を顔の横にあげると、指を二本立てた。
「長い時間を掛けてゆっくりと上手くなるのと、一ヶ月で上手くなる。どっちが良い?」
「百式君……どういうことかな?」
小山先輩が小首を傾げて、俺に訊いてきた。
その質問に、俺は簡潔に答えることにした。
「簡単な話です。今後、俺が操縦手として教える貴女達の方針を決めるだけです」
俺はそれに立てた二本の指を一本に立て直して、話を続けた。
「説明する。先に言った方は、上手くなるには一年を見積もって欲しい。ゆっくりと色々なことを丁寧に教える。だから上達したということも実感出来るには時間が掛かる」
丁寧と言っても、十分大変だと思う。今後俺が数年掛けた内容を一年でやるのだから。
次に俺は一本の立てた指を、二本に戻した。
「で、次に言った方。そっちは一ヶ月で最初に話した段階にまで上手くしてやる。ただし、嫌だと思うくらいにキツくする。出来ないと言っても、出来るまでやらせる。その後に、俺の知ってる技術を叩き込んでやる」
俺の話に、四人が顔を強張らせていた。
そうだろう。両極端な質問をしているのだから。
実際、大洗での問題を考えれば“後者”を選ぶしかない。
小山先輩を見れば、先程の質問に驚いてはいたが答えは決まっていると言いたげな顔をしていた。
そんな小山先輩を一瞥して、俺は四人の顔を見て、再度訊いた。
「……四人共、どうしたい?」
「今、決めないとダメですか?」
河西が手を挙げて、俺に訊いてくる。
俺は頷くと、ハッキリと答えた。
「駄目だ。今、ここで決めろ。みんなで相談しても良いし、俺に質問しても良い」
小山先輩以外の表情が険しくなる。
しかし河西がまた手を挙げると、俺に質問してきた。
「どれぐらい辛いんですか?」
「さぁ? まぁどんな泣き言も聞かないつもりでいる。絶対に出来るようにさせるのは確かだ」
たったの一ヶ月程度で、強豪校と張り合うには並の努力じゃ足りない。
色々な行程をスパルタで教え込んでいく。じゃないと全国大会まで到底間に合わない。
「後者だとどれぐらい上手くなれるぜよ?」
「そこらへんの学校の操縦手より上手くなれる。素人のお前達が一ヶ月で全国の操縦手と戦えるくらいになれる」
おりょうの質問に、俺は更に話を続けた。
「素人がたったの一ヶ月で試合で勝てるようになるには、並大抵の努力じゃ足りない。俺も百式家で操縦手として認められるまで五年以上掛かった。そこまでとは言わなくとも、素人が試合で十分に戦える程度まで引き上げる」
俺の言葉に、小山先輩以外が悩む素振りを見せる。
「西住先輩が居るから、そこまでしなくても大丈夫じゃないんですか?」
そんななか、坂口が呑気にそう言っていた。
俺は首を横に振ると、坂口に「それは違う」と答えた。
「みほが居るから勝てるわけじゃない。あいつが作戦を立てたとしても、それを実行出来る技術がお前達にないと話にならない。操縦手と砲撃手、装填手の腕前。通信手同士の連絡の取り合いで、状況が変わるんだ。お前達次第で、作戦の幅が広がる。
加えて言うなら、戦車道は一人でやる武芸じゃない。勝つ為には全部お前達全員が頑張らないといけない話なんだよ」
みほが居るから勝てると言うのなら、あいつ一人でやれば良い。そういう話ではないのだ。
「一人の力で勝つのは、他のスポーツにでも食わせておけ。戦車道は違う。戦車に乗るそれぞれの乗員がひとつのチームになって、戦車が集まってひとつのチームを作る。そしてチームが連携して、相手に勝つんだ。一人で勝てるなんて夢にも思うなよ」
この話は、昔によく母にされていた話だった。
決して、一人で勝つ武芸ではないと。戦車道で一人で勝つなんていう人間は、絶対に折れることになる。
その言葉の意味も、試合に出るようになったら嫌でも分かるようになる。
戦車道とは、個人戦ではない。ほとんどが団体戦で行われる競技なのだということを。
「今のお前達なら、どこの学校にも勝てない。ただひたすらに基礎練を一年重ねるか、一ヶ月死ぬ気で練習して試合に勝てるかもしれないようになるか、どっちを選ぶかはお前達次第だ」
俺の話を聞いて、四人が真剣な表情を見せる。
悩んでる表情だった。そんな表情を見せる四人だったが、気がつくと一人の女が前に出ていた。
「百式君、私は一ヶ月の方で良いよ」
小山先輩が、ハッキリと答えた。
三人が驚いた表情を見せる。そんな三人を他所に、小山先輩は俺を見て言った。
「絶対に上手くなれるんだよね? 絶対に試合で勝てるようになれるんだよね?」
その質問の真意を俺はすぐに理解した。
生徒会メンバーしか知らない、大洗の問題を知っていればその意味はすぐに分かった。
負けられない、その言葉が小山先輩の頭にあるのだろう。
一年など待てるわけがない。待てば、その間に大洗は廃校になるのだから。
「全力でしてみせましょう。その代わり、泣いても何があってもやらせます」
「良いよ。それでも、だから私は一ヶ月で良い」
ハッキリと小山先輩が告げた。真剣な表情で、まっすぐに俺の顔を見つめて。
小山先輩が三人に向く。そして彼女は、三人に言った。
「貴女達は、どうしたい? 試合に勝てるようにさせてくれるのが一ヶ月なら、やる価値はあると思わない?」
その時、俺は小山先輩に妙な迫力を感じた。
俺はその姿を黙って見守る。そんな時、河西が頷いていた。
「私も一ヶ月で良いです。バレーも試合に勝てないと、つまらないから」
「それもそうぜよ。なら私も頑張ってみることにするぜよ」
「じゃあ私もー!」
小山先輩の声で、全員が一ヶ月で良いと言った。
多分、こんな流れになると少しだけ思っていた俺は、肩を竦めると納得しながら「わかった」と答えた。
「じゃあ、一ヶ月程度で教えるメニューでやる。早速だけど四人共、これ受け取れ」
俺が手渡しで持っていた鞄の中から、四人にそれぞれある紙を渡す。
四人がそれを受け取って、中身を確認すると四人のうちの誰かの声が聞こえた。
「……地図?」
そう、地図だった。
俺が渡したのは、大洗女子学園の校内地図。
その地図に赤字でルートを記入した特別な地図だった。
「今渡した地図に書いてる赤字分かるやついるか?」
「あれ? これもしかして、校内の森林を一周するようになってないかな?」
小山先輩が一番初めに気付いた。やはり生徒会だけあって、学校のことには詳しいようだった。
「その通り、これは学内というか学園艦で学園が使える森林を一周してくるように書いてある。じゃあ、早速だが――今からこの地図に書いてるルートを歩いて来い」
「「「「……えっ?」」」」
四人の表情が固まったのが、見てわかった。
坂口が地図を震えた指で、地図を指差していた。
「これ、めっちゃ長いんですけど……」
「軽く二キロはある。大体一分で五十メートルゆっくり歩くと考えても、単純計算で一時間くらいは掛かるぞ」
三人が険しい顔をした。しかし河西だけは、表情に何も変化はなかった。確かバレー部とか言っていたから、運動関係は得意なのだと察することにした。
実際に俺も歩いてみたが、ゆっくり歩いたとしても一時間ぐらいは掛かった。
確か大洗学園艦は全長七キロある。その中に設置されている森林エリアは、大洗女子学園の管轄だったはずだ。
じゃないと前の練習試合で好き勝手に戦車を動かせないはずだこらな。
森林エリアを一周してくる。と言っても色々と細かく道順を決めているから、ジグザグに歩いていくイメージだろう。
「ずっと歩くんですか……⁉︎」
「戦車道の練習じゃなかったのかぜよ……」
坂口とおりょうが早速文句を言っていた。
俺は言われることを知っていたので、特に気にすることなく次の一言に河西以外の三人は声を揃えていた。
「誰が一時間で歩いて来いって言った?」
「「「えっ?」」」
俺は時計を確認する。そして今の時刻から計算して、妥当だと思う時間を彼女達に告げていた。
「今は一時だな? 五十分で帰って来い」
河西以外が目を大きくしていた。
しかし俺は相変わらず無視して、話を続けた。
「それとこのルートを必ず歩いている時、歩いている道を意識して歩いて来い。坂、水辺、地面の状態。それを足でしっかりと意識して歩いて来い。身体で歩く道を感じて来い」
「え、本当にこれやるの……?」
小山先輩がたどたどしい声で、そう訊いてくる。
俺は“あえて”答えなかった。腕時計を指差して、早速四人に告げた。
「はい、スタート。一時過ぎたぞ、ちなみに帰ってこれなかったらペナルティーだ」
「な、何をやらせるぜよ?」
おりょうが不安そうに訊いてくる。
俺は少し悩む素ぶりを見せる。本当なら目隠しバック駐車を帰宅時間までフルで出来るまでやらせる予定だったが……まだそれは早いだろう。
「そうだな……学校にあるグラウンド二十周で良いだろう」
「確か一周三百メートルくらいだったから……」
「……六キロメートル」
小山先輩が一周の距離を思い出して、坂口が顔を青くしていた。
「先輩、走ってきても良いんですか?」
しかし河西だけは、やる気満々でいた。良い心がけである。
だが俺はそれを「駄目だ」と一蹴した。
「走ってこなくて良い。歩いて戻って来れる時間設定にしてる。早過ぎても駄目だから、普通に歩いて来い」
「……この練習に意味があると?」
「じゃないとやらせない」
「わかりました」
河西がそう納得して、一番先に歩いて行った。
おりょうと坂口、小山先輩がその姿を見つめる。
俺は腕時計を見て、彼女達を煽ることにした。
「三分経過、時間は待ってくれないからな」
「鬼!」
「悪魔!」
「サボリ魔!」
「最後に言ったやつ、喜べ特別メニューを加えてやる」
ちなみに言ったのは、おりょうだった。 俺にそう言われて、おりょうはどこか絶望したような顔をしていた。
「これ以上、メニュー増やされたくなかったら行ってこい」
そしてトドメと言わんばかりに、俺はそう言い放った。
小山先輩が二番目に歩き出す。そして残りの二人も小山先輩に慌ててついていくように歩いて行った。
四人が森林の中に消えていくのを見送って、俺は納得したように頷いた。
多分、あの感じならサボったりはしないだろう。どの道、サボると必ずバレるようにしている。
「百式ちゃんは最初から容赦ないねぇ〜」
そんな時、横からそう話し掛けられた。
声の方へ向くと、そこには先程まで倒れていた角谷杏が干し芋を食べていた。
「あんなの序の口だ」
「へぇ〜、じゃああのあと何やらせるの?」
「今、行かせたルートを後三回やらせる。その中の二回は走らないと間に合わない時間にする予定だ」
「百式ちゃん、鬼だねぇ〜」
珍しく角谷杏が苦笑いしていた。
「あいつらが選んだんだ。どの道、百式流をやるにはアレをやらないとダメだからな」
「今の歩かせに行ったやつか?」
いつの間にか俺の横に居た磯辺が訊いてくる。
俺は頷くと、それに答えることにした。
「あの四人には言うなよ。まぁ、簡単に言うとアレだ。戦車で今後走らせる予定の道を歩かせてる」
その答えに、磯辺は小首を傾げた。よく分からないと言いたいのだろう。
「車長チームのお前達だから説明する。お前達もやらないといけないかもしれないからな」
「それは勘弁してほしい」
「うるさい。説明するから黙って聞け」
エルヴィンの声を無視して、俺は車長チームの四人に説明した。
先程の操縦手チームにやらせたのは、百式流で最初にやらされる歩行だと。勿論、俺もやらされた。
戦車で走る道を実際に歩かせる。最初は歩いて、そして回数を重ねるにつれて歩きではなく走らされる。
そして戦車で走る道を身体で覚えて、実際に戦車に乗って操縦してもらうわけだ。
戦車に乗ってるだけでは分からない坂道なり、ぬかるみ、地面の状態などを身体で実感してくる初歩練習である。
「あれ? ならコレって私達もやらないとダメなんじゃ?」
一通りの説明を受けて、まず磯辺がそう答えていた。
俺はその答えが出てきた時点で、十分だと思えた。
「正解。車長って言うのは、戦車を頭で動かす司令塔だ。てことは……試合の会場状態も把握しないといけないわけだからな」
「じゃあ私も走ってくる!」
そう叫んで、磯辺が走り出そうとしていた。
俺は分かっていたので、走り出す磯辺の襟首を掴んでいた。
首を絞められた磯辺が「ぐっ……!」と苦しそうな声を吐き出していた。
「勝手に行くな。今日はお前達に別のメニュー考えてる」
「はーい……」
妙に悲しげな磯辺だった。そんなに走りたいのか、お前は。
「私達も一ヶ月とか決めるのか?」
「いや、お前達にはそれはない。とりあえず詰め込めるものは詰め込んでく方針だ」
エルヴィンの質問に、俺は簡潔に答えた。
そして俺は鞄の中から資料を取り出すと、それらを四人に渡していた。
一年生の澤梓、二年生の磯辺典子とエルヴィン、三年生の角谷杏の四人に資料が渡ったところで、俺は話を始めた。
「これを丸暗記しろ。暗記したと思ったら俺のところに来い」
「あの……これ、なんですか?」
澤が渡された紙を見て、そんなことを言っていた。
俺は見てのままだと言いたかったが、ちゃんと説明することにした。
「大洗にある各車両のデータだ。五両分ある。これをまず覚えろ」
「自分の分だけじゃダメなのか?」
エルヴィンが手に持った紙をひらひらと遊ばせていた。
「ダメだ、覚えろ。車長が一番頭使う役職だからな。じゃあ試しに……澤、車長の役割言ってみろ」
俺に当てられて、澤が慌てる。
澤は慌てながらも、考えながらたどたどしく答えた。
「えっと……同じ戦車に乗る人の指揮とかですよね?」
「半分正解ってところだな」
澤の答えに、俺が思ったことを使える。
しかしそれ以上先が澤には分からないらしく、彼女は小難しそうに小首を傾げていた。
俺はそれを見て、仕方ないと一から説明することにした。
「車長って言うのは、澤が言った通り指揮をする役割だ。半分正解というのは、それに加えて周りの状況判断――警戒と監視の役割を持ってる」
「車長以外が戦車の中にいるから、車長がそれを見るのが仕事ってことか?」
「そういうことだ」
エルヴィンの答えに、俺は頷くと話を続けた。
「車長以外も知らないといけないが、情報って言うのは知るだけで違う。例えるなら、砲身が動かない戦車が敵にいたとして“自分の戦車の有効射程”と“相手の有効射程”を計算して動かす指示を出さないといけない。
これを知ると知らないじゃ戦術の幅が変わる。知っているからこそ活きる場面が沢山ある。速い戦車でも、エンジントラブルが起きやすいから自滅し易いとかな」
試合に置いて情報、つまり知識の差で勝ち負けは決まり易い。
戦術を知っているのもそうだが、戦う相手の情報、自分の戦力の情報を知ると知らないでは動き方が全く違う。
相手の有効射程を知っているから、ある距離にいても問題ないなどの判断が出来る。知らないでは、どの場所にいても砲撃を受けるかもしれないという不安が募るわけだ。
エンジントラブルの話もそうである。エンジンリミッターを外すと更に加速する戦車もある。使えばエンジントラブルを起こす諸刃の剣というのを知れば、極端な話逃げていれば勝手に自滅する。
そもそもそんなエンジンリミッターを外す時点で、絶対に相手を倒す確信がないと使わないが……それは今は言わないことにした。
勿論、エンジントラブルの話はクルセイダー巡航戦車のことである。俺の愛機と言える車両だ。
「なるほどねぇ……てことで手始めに自分達の戦車のことを覚えろと?」
「そうだ。だから操縦手チームが戻ってくるまでにその紙を暗記しろ。覚えたと思ったら、俺が問題を出す。答えられなかったらやり直しだ」
「勿論、問題は全範囲から?」
「当たり前だ」
角谷杏が干し芋を食べながら「了解〜」と言うなり、芝生の上に座り込むと渡していた資料に目を通し始めた。
なんだかんだあの女は、やる気だけはあるらしい。目つきを見れば、一目瞭然だった。
「あっちも大変そうだが、こっちも大変だな」
「うーん、色々と書いてあって覚えられるかなぁ……」
苦笑いするエルヴィンと顔を顰める澤が各々ボヤく。
しかし文句を言わずに、真剣に資料を見ているので俺はその呟きに特に反応をしないことにした。
「百式! 覚えたぞ!」
「磯辺、嘘つくな」
とその時、先程まで黙っていた磯辺が意気揚々と俺の前に現れていた。
「大丈夫! 覚えたから!」
「なら八九式中戦車甲型に於ける整地での最高速度と巡航速度、不整地での速度は?」
俺がそう問うと、磯辺の表情が固まっていた。
いや、お前の乗る予定の戦車の問題だぞ?
しかも一番簡単な問題を出したんだぞ?
これを答えられないようなら、話にならない。
「はい、不合格。やり直し」
「うぅ……イケると思ったのに……」
磯辺って案外……じゃなくて見た目通り馬鹿なのだろうかと思いたくなる一面だった。
次、また同じミスするようならデコピンでもしてやろうと俺は心で決意した。
「ちなみに百式はこれ、全部覚えてるのか?」
「覚えてるから安心しろ」
「……マジか?」
エルヴィンが目を大きくしていた。澤も同じような顔をしていた。
信じられないと言いたそうだったので、俺は溜息を吐いた。
「そんなに気になるなら、問題出してみろ。どこでも良い」
「じゃあLT-38の懸架方式は?」
意外なところついてくるな……LT-38とは38t戦車のことだ。生徒会チームが乗る戦車でもある。
「リーフスプリング方式ボギー型、リーフ式サスペンションって言った方が良かったか?」
「合ってる……次、Ⅳ号戦車D型の主砲は?」
「口径七十五ミリメートルの二十四口径長」
「八九式中戦車甲型の主砲を詳しく説明」
「五十七口径の九〇式五糎七戦車砲。砲身長は十八・四口径で、最大射程は約五千メートル。砲弾初速は毎秒三百四十九メートルの九二式徹甲弾を使用だが、戦車道規定で類似してる競技用砲弾に変更されてる」
「……全部合ってる」
エルヴィンが声を震わせていた。
教える側なんだから、そりゃ覚えるだろう?
澤も資料と俺を交互に何度も見ていた。
「……満足したか? ならさっさと覚えろ。覚えたら車長の役割を色々詳しく話すから」
神妙な顔をして暗記を始めるエルヴィンと澤。睨むように資料を見つめる磯辺と干し芋を食べて読んでいる角谷杏に、俺は操縦手チームも車長チームも前途多難だなと思いながら、いつもの溜息を吐いていた。
そんな不安を抱えながら、俺はみんなを待っている間に今後の練習メニューを考えることにした。
「百式! もう覚えたぞ!」
とりあえず、この女にデコピンを授けよう。
溜息を吐きたくなりながら、俺は磯辺に問題を出すことにした。
結果? 勿論、キツイ一発を額に当ててやったよ。
全国大会まで……本当に間に合うのかねぇ……
読了ありがとうございます。
気付けば、色々な方々から評価と感想を頂いておりました。
感謝です。ありがとうございます。
というわけで、ようやく練習が始まりました。
前途多難な百式講座がどこまで彼女達を成長されるか。
早く聖グロ戦……書きたいです(震え
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頂けると、作者は頑張れます