GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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大変遅くなりました。
またまた難産でした。


7.向き合えない人に、前に進む資格はない

 

 

 

 

 期限を計算してみようと思う。

 

 勿論、期限とは全国大会が始まるまでの残り時間のことだ。

 

 今の現状は四月の中旬に差し掛かるところ、確か例年の高校戦車道全国大会の開催は夏になる少し前の六月初旬から中旬頃に始まる。

 一般的な高校大会とは別で、実は高校戦車道はインターハイ扱いされていない競技なので全国大会の開催時期が他の競技と違って実のところかなり早い。

 

 例年の妙な風習により、名のある有名校もしくは強豪校しかほとんど参加しない全国大会であることから総勢で多くても二十校程度の学校しか参加しない。年度毎にばらつきがあるが、大体の目安として参加する学校の数はある程度絞られている。

 

 その点で計算すると、最低でも四回から五回は勝たなければ優勝出来ないという条件が発生するが、この時点ではそれを割愛させてもらう。

 

 全国大会公式戦の一回戦から準々決勝までの使用車両の上限は十両まで認められ、準決勝は十五両、そして決勝戦は二十両までの使用を許可される。ちなみに最低参加車両は五両までだったはずなので、ここを大洗女子学園がクリア出来ただけでも良しとする。というか、しないと色々と俺の心が持たないし、話にならない。

 

 

 ……とりあえずは現状の四月中旬で、今後全国大会が始まる六月までの約一ヶ月半でどれだけ俺のいる大洗女子学園の戦車道チームが成長できるかというのが最大の課題であり、俺の役目でもある。

 

 

 大洗女子学園の保有する戦車の総数は、全国大会の最低参加車両数の五両。

 IV号戦車D型。38t戦車B/C型。八九式中戦車甲型。Ⅲ号突撃砲F型。M3中戦車リーの計五両だ。

 大洗女子学園の戦車道受講者は俺を除くと二十二名。加えて、西住みほ以外は戦車道に関してはドの付く素人。

 

 

 

――はっきり言えば本当に話にならない。これを一ヶ月半で全国大会で戦えるようにしろというのが、到底無理な話だ。

 

 

 

 と言っても……やり方によってはやれないことはないが、それだとみほ以外のメンバーにはかなり辛い思いをすることになる。

 いくつか考えた案の中で、一番勝つことだけを考えた可能性をひとつあげるのなら、みほがこの素人集団を指揮をすれは戦えないこともない。

 しかしそれは前提としてみほの指示に『全員がちゃんと動ける』場合に限る。この時点でそれを可能にする技術も経験も足りない素人の彼女達に求めるのも間違っているのだが、全国大会に勝ち抜くという目標を達成するなら話は変わってくる。

 

 極論、勝ちたいなら上手くなるしかない。対戦相手よりも技術が上手く、相手より上回る策を練って勝つのが理想だが、それを全て求めるのはあの集団には酷というやつだ。

 

 だから今回の大会が始まるまでに俺がしなくてはならないことは、個々が上手くなるという点よりも、みほが出すであろう指示に全員がちゃんと動けるようにするということだ。

 みほが指揮を執り、車長が指示を受け、それを各メンバーが理解して行動する。これを確実に出来れば、勝てる可能性が見えるかもしれない。

 ひとまずは、車長と操縦手の成長が一番初めの課題となる。次に砲撃手及び装填手の技術向上、そして通信手の連携について。最後に車両及び戦車道メンバーの増員くらいだろう。

 

 

 これだけで十分に頭が痛くなるが、これとは別に……俺がなんとかしなければいけない一番の問題がある。

 

 

 それは大洗女子学園が廃校になるということを隠した状態で、生徒会以外のメンバーのやる気をどう維持するかということだ。

 

 

 全国大会で優勝しなけばならない理由を知る生徒会とそれを知らない他のメンバー達とでは、そのやる気の温度差に明らかな差が出てくる。

 一つ間違えれば、練習が嫌になり何人かが戦車道チームから去ってしまうかもしれないという不安要素を抱えて、俺は彼女達を成長させなくてはならないのだから難易度が高いなんてものではない。

 

 ただやらなくては勝てない。なら、どうしなければいけないだろうか?

 

 結局のところ、その点に関しては答えはすぐに出た。

 各人の向上心の上げ方は大体考えている。

 

 しかしその中でも……やはり反抗心からの成長を促すのが、一番手っ取り早い。

 

 

 

 

 

 

 かずくんが私達の戦車道チームに入って、一週間が経ちました。

 初めは怖がられていたかずくんも、今では少しずつみんなと打ち解けていると思います。

 

 相変わらずかずくんは学校の授業は出てなくて、沙織さんにホームルームの時間に会うたび怒られている光景に、私も慣れつつあります。

 

 そんなかずくんと沙織さんを見て、華さんもかずくんと話してみたいと言っているんだけど……あんまりお話ができてないみたい。

 たまに二人が戦車の砲手についての話をしているのを見たことがあるけど……なんだろう? どことなくかずくんが華さんのことを苦手みたいな顔をしてる気がする。

 今度、かずくんに訊いてみようと思います。華さん、すごく優しい人だから、かずくんもすごく仲良くしてほしい。

 

 優花里さんは念願叶って、先日かずくんと戦車道の話をすることができました。すごく元気に戦車道のことを話す優花里さんに、かずくんも平然とついていけているから流石だなぁと思うばかりです。

 優花里さんって戦車道したことがないのに、ものすごく戦車に詳しい。詳し過ぎるから本当に戦車道を今までしてきた人や戦車に詳しい人しかついていけないくらい色んなことを知ってます。

 そんな優花里さんに、かずくんも平然と話についていけるからやっぱり変わってないんだなぁと安心したりしている私がいたりします。

 

 そんな風に一年生の子達と私達二年生組、三年生の先輩さん達とも馴染みつつあるかずくんが戦車道のチームに入って、一週間が経って……少しずつ変わってきたことがありました。

 

 

「あの……麻子さん……今日も目つき悪いけど大丈夫?」

「別に普通だ。問題ない」

「そうなら良いんだけど……」

 

 

 走るⅣ号戦車の中で、私は操縦席に座る麻子さんにそう訊いていました。

 後ろからちょっとだけ見える麻子さんの横顔がものすごく怖い。いつも気だるそうな顔をしている麻子さんだけど、選択科目で戦車道の時間になると決まってこんな顔をするようになりました。

 そして操縦席に座る時だけ、まるで呪いのように一人で呟くことも多くなりました。

 

 

「絶対に次は勝つ。あの男、絶対に次は勝つ。あの男、絶対に次は泣かすっ!」

「まーた言ってる。麻子、また“それ”出てるよ?」

 

 

 沙織さんがそんな麻子さんに呆れながらそう言うと、麻子さんはハッとして顔を歪めていました。

 

 

「ごめん。つい……」

「そんなに悔しいの? 三日連続タイムトライアルで百式君に負けて?」

 

 

 通信手席に座る沙織さんが隣の操縦手席に座る麻子さんに質問します。

 麻子さんは沙織さんの質問に大きく頷くと、

 

 

「当たり前だ。それに私があの男の所為でどれだけ嫌々あの辛い練習してると思ってる」

「練習キツくなったのって全部自業自得じゃん」

「何度、戦車道辞めてやろうかと思ったか……!」

「辞めると単位貰えなくなって進級出来なくなるよ? おばあに怒られても大丈夫? あとそれすると百式君から逃げたってなるから逃げるに逃げれないの分かってるよ?」

「くっ……!」

 

 

 冷泉さんが悔しそうしているのが、なんとなく後ろ姿だけで分かった気がしました。

 戦車道の授業が始まってから一週間が経って、一番大変なのは操縦手チームというのが私達大洗戦車道メンバーの常識になっていました。

 かずくん主導の下で操縦手チームで決まった一ヶ月成長計画が始まってから、鬼のような練習の日々が続いていました。

 

 こっそりとかずくんに練習内容を聞いたとき、その内容に私は少しだけ引いてしまいました。

 一週間目は本当に初歩的な戦車を運転するための基礎。二週間目に基礎の応用を終わらせるようです。

 そして三週間目は更にその応用で、四週間目が実践をとことんやるという流れを目標としているみたいでした。

 各週で本来沢山時間の掛かる練習を無理矢理やらせると言ったときのかずくんの顔は……明らかに本気でした。

 

 そんなかずくんの思惑通り一週間経って、まず第一段階の初歩的な基礎は終わっているみたい。

 戦車を運転する為に必要な最低限の知識と操縦は、もう全員問題ないってかずくんは言っています。

 毎日宿題を操縦手チームの皆さんに出して、午後からの選択科目の時間から下校時間まで全部使って土日も休みなく一週間練習した成果だとかずくんは話していました。

 そろそろ朝練を入れていかないと間に合わないかもしれないとかずくんが話していた時、私は心の中で操縦手チームの皆さんに黙祷を捧げました。

 

 

 だけど操縦手チームの皆さんがそんな一週間を練習してるなか、ひとりだけ明らかに違う練習メニューをやらせられている人がいました。

 

 

 察しの通り、麻子さんです。

 

 

 麻子さんだけは特別でした。最初の数日、練習メニューを苦もなくこなしていくうちに、明らかにかずくんが麻子さんだけ難易度が高い練習をさせていることはすぐにわかりました。

 そのことに麻子さんが気づかないわけがなくて、かずくんに直談判をしたのですが……

 

 

『おい冷泉、俺に言ったよな? どんな練習でも出来ないなんて場面はないって?』

『お前の出す練習メニューなんて簡単過ぎて話にならない。だからと言って私だけ違う練習しても結果は変わらない』

 

 

 売り言葉に買い言葉でした。かずくんの話に麻子さんがすぐに言い返すと、いつもの喧嘩が始まりました。

 それを沙織さんが慌てて止めるのがいつもの流れになってしまいました。

 そして二人が喧嘩しないように沙織さんが見張るなか、話し合いの結果――かずくんは諦めたように、麻子さんへ言いました。

 

 

『はぁ……そこまで言うなら、俺と戦車で勝負して勝てたらこれからの練習をかなり楽にしてやる。ただし、負けたらその日の練習量増やすからな』

 

 

 その一言から戦車道の授業が始まって僅か四日目から急遽始まった、今では恒例行事となっている麻子さんの“百式チャレンジ”が始まったわけです。ちなみに命名は会長さんです。

 

 百式和麻に勝てれば、練習メニューがかなり楽になる。

 

 そういうルールで始まった百式チャレンジですが、操縦手チームのみなさんに伝えても、実際に挑戦したのは麻子さんだけでした。

 後で他の皆さんに聞いたところ、口を揃えて『四日しか練習してないのに自分があの人に勝てるわけない』と答えていました。

 

 

 そんな麻子さんの挑戦した百式チャレンジの最初の三日間は、Ⅳ号戦車を使ったタイムトライアルでした。

 決められたルートをどちらが速いタイムで走れるかという内容で始まった勝負。かずくんはブランクがあるから、かなり麻子さんがもしかしたら有利かもという当初の皆さんの意見でしたが――

 

 

 かずくんはたったの二回だけⅣ号戦車を試運転するだけで、麻子さんに大きなタイム差をつけて勝ってしまいました。

 

 

 同じ戦車、同じルートを使っている勝負なので、勝負の内容は本当に技術しかありません。

 どちらが速くコーナーを曲がれるか、減速と加速をする判断の早さとかの技術面での勝負に、かずくんは九ヶ月くらいのブランクを感じさせない走りを見せていました。

 

 こればかりは麻子さんも言い返せない様子で、悔しそうな顔をしているのがとても印象的でした。

 

 そんな麻子さんですが、私から見て麻子さんの運転は十分に凄いと思っています。

 かずくんと勝負して大きな差で負けてしまいましたが、麻子さんはまだ初めて戦車に乗ってから二週間も経っていません。

 そんな人がもう十分に戦車を動かせているのですから、麻子さんはやっぱりすごい人なんだと思うばかりです。

 

 そして今日も麻子さんは、かずくんに挑んでいました。

 今日もタイムトライアルでの勝負と思っていましたが、かずくんは少し悩む素振りを見せて、

 

 

『そうだな……今日は趣向を変えてみよう。予定より“かなり早い”が、模擬戦をしてみようか。俺はⅣ号以外の戦車に乗る、照明弾使用の一撃被弾ルールで一本勝負でやってみるか』

 

 

 急遽、模擬戦をすると言い出しました。

 私は素直に驚いていました。かずくんの練習計画を聞いていたので、まさか予定を変えるなんて思ってもなかったからです。

 

 

『どうした? タイムトライアルで私にそろそろ負けそうだから模擬戦にでもするのか?』

『俺とタイム差縮まらない奴が何言ってんだよ。曲がる時のブレーキとアクセルの踏み方が上手くなってから言ってろ。それと車体が勢いに乗ってて曲がるのが遅い。今のままだといつまでも俺には勝てない』

『くぅぅ……! こんのっ!』

『痛ッ⁉︎ お前! 人の脛蹴りやがったなッ!』

 

 

 そんな驚いていた私を余所に、かずくんと麻子さんがまた喧嘩を始めていました。

 私を含め、全員が『またか』と呆れた顔をしていました。

 そんな二人を沙織さんが怒るのも、いつもの光景です。

 

 そして私は、後々になって気づくのでした。

 かずくんは危ないと思うことは、まずさせません。

 模擬戦なんて基礎が出来てない操縦手にかずくんがやらせるわけがありません。

 

 ということは――かずくんはある程度麻子さんを認めていることに、私はしばらく経ってから気づくのでした。

 

 

 

 

 

 

 相変わらず久しぶりに座る操縦席は、かなりのブランクがあるにも関わらず、意外にもしっくりと馴染んだ。

 戦車に乗って四日目なのに、毎回懐かしいと感じてしまう自分と運転していることが楽しいと思えてしまう自分がこそばゆい感じだ。

 

 操縦席の窓から見える限られた視界。身体全身に感じる車内の振動がとても懐かしく感じた。

 失明してる右目で視野が左側しかないが、もともと操縦手席から見える視野は狭いので片目でも不自由はなかった。

 今こうして運転している戦車も、今まで操縦したことがない戦車だが……スペックは理解している。試運転もある程度先程したので問題はないだろう。

 操縦席のある両サイドのハンドルレバーと加えて中央にシフトレバー、足下にあるアクセル、ブレーキとクラッチの位置は把握している。

 

 ドイツのⅢ号突撃砲F型。砲身が回らないことで有名な固定砲台を持つ車両だ。元々は歩兵支援用車両だったという話もあるのたが、その辺りは歴史の流れがあり今のF型になったとだけ言っておこう。

 乗員四名。全長約六メートル、戦備重量は約23トン。エンジンはマイバッハHL120TRM.4ストロークV型12気筒液冷ガソリンを採用。整地での最高速度は四十キロメートル、不整地の速度は十九キロメートルで走れる。

 

 とりあえず十分に動かせる“速度”がある戦車だから問題ない。チャーチル歩行戦車のように整地で二十キロ程度しか出せない戦車だったら百式流は一切使えない。

 機動力で戦う戦車と全く違う戦い方をする戦車とは、百式流は相性がかなり悪い。

 きっとダージリンの耳にでも入れば小言のひとつでも貰いそうな気がするが、そんなことを話す機会は今はまだないから好きに言わせてもらう。

 

 

「冷泉は懲りないなぁ、余程百式に負けてるのが悔しいと見た」

 

 

 操縦席の後ろでエルヴィンがそんなことを言い出した。

 

 

「タイムトライアルで三日連続挑んで立て続けに負けてはムキになるのも無理ないぜよ」

「それも自分と同じ戦車使ってのタイムトライアルだからなぁ」

 

 

 おりょうとカエサルが装填手席でそんな会話をしているのが聞こえる。

 俺は久しぶりに感じる操縦の高揚感を感じながら、エルヴィン達に答えた。

 

 

「もとはあいつが言い出したことだからな。前まではタイムトライアルだが、今回は趣向を変えて一両対一両の模擬戦だ。気合い入れて指示を出さないとⅣ号にやられるぞ?」

「百式が操縦してるのにか?」

 

 

 エルヴィンが意外そうな声で返してくる。

 俺は溜息が出そうになるのを我慢して、ちゃんと説明することにした。

 

 

「俺だって車長の指示がないと動きにくいに決まってる。見える範囲ならなんとかなるが、操縦席の視界の悪さ分かってるだろ?」

 

 

 操縦手は万能じゃない。操縦手席から見える視野は狭いに加えて、前方だけしか見えない。サイドミラーなんてモノもないので、俺には前しか見ることができない。

 ということは周りの状況の把握をするのには、車長からの指示と報告がなければ意味がない。

 砲塔が向いているかいないかなどの敵の位置の把握は車長頼みなのが操縦手の宿命だ。

 昔を思い返すなら安斎先輩やローズヒップならこの辺りを把握して報告をするので、俺はかなりやりやすかった。

 

 

「百式ならなんとかしそうな気がするぜよ」

 

 

 俺の後ろでおりょうがポツリと呟いていた。

 俺は「そこまで俺は万能じゃない」と返して、苦笑いしていた。

 三突の乗員は四人だが、今回はハンデという形で俺の後ろでおりょうが乗っている。

 おりょうの仕事はもちろん俺の操縦手を見ることだ。

 こうしておりょうが無駄口を叩いているが、後ろから視線を感じるのでしっかりと学んでいると思いたい。

 盗めるものは盗んでおけ、と内心で思いながら俺はいつも通りに操縦手としての仕事をこなす。

 

 

「おっと……二時の方向、Ⅳ号の砲身がこっちに合わせてきてるぞ」

 

 

 エルヴィンからの報告を受けて、俺はすぐに三突の車体を二時の方向に向ける。

 そして俺からもⅣ号の姿を確認して、Ⅳ号の砲塔が動いているのを目視する。

 目視で多分二百メートル程度先に、Ⅳ号が三突を軸に反時計回りで移動しているのが見えた。

 確か五十鈴の砲手の腕前は素人にしてはなかなか良いはずだった。ならば、ある程度照準を真ん中に合わせて来るだろう。

 更にみほなら俺を近づけることを避けるだろう。なら今、俺が向かってきていることを嫌がる。

 Ⅳ号の砲身が細かく動き、そして止まる。それを俺が目視すると、すぐに行動を始めた。

 

 

「了解。揺れるからちゃんと身構えておけ」

 

 

 俺はそう言って、車体操作を開始する。

 しばらくやっていないはずなのに、身体に染み付いた動作は忘れていなかった。

 息をするようにペダルとギア、ハンドル操作をする。

 俺の操縦に応えるように、車体が大きく揺れる。そしてその瞬間、Ⅳ号から砲撃音と共に砲撃が飛んできた。

 車体を右にズラしていたので、左側に砲弾が通り抜けていく音を聞きながら俺はⅣ号戦車に向かっていった。

 

 

「……相変わらず綺麗に回避するな」

「でも相手の砲撃に逃げるんじゃなくて向かってくのは毎度ヒヤヒヤする。当たらないとは分かっていても」

「喋るのは良いが手を動かせ。やり返すぞ」

 

 

 エルヴィンと左衛門左が無駄口を叩いていたが、俺はⅣ号戦車に向かって操縦手しながら簡潔に伝えた。

 

 

「距離を詰める。エルヴィン、停車後の砲撃合図は任せた。左衛門左、しっかり決めろよ」

「「了解! 任された!」」

 

 

 エルヴィンと左衛門左が気合いの入った返事をする。その後、エルヴィンがハッチを開けて外を見ながら、Ⅳ号との距離を報告してくる。

 俺は近づけさせないと言わんばかりの砲撃と移動をするⅣ号戦車に、思わず顔を顰めながら眉を寄せた。

 

 

「相変わらず、みほの指示が相手だとやりにくい」

 

 

 俺の手が読まれているみほに、一本取るのはかなり大変みたいだ。

 冷泉に負ける気なんて更々ないが、俺はリハビリを兼ねて本腰を入れて操縦に集中することにした。

 

 

 

 

 

 

「改めて見ますが、やはり百式殿の操縦する戦車は圧巻ですね。西住殿」

「うん。やっぱり掠りもしない……かずくんが操縦するとかなり厄介だよ」

 

 

 Ⅳ号から撃った砲撃を車体を左にズラして回避した三突を見て、私と優花里さんは同じような感想を言っていた。

 相変わらず、操縦に関してのかずくんの腕はズバ抜けて上手い。

 

 

「距離を詰めればよろしいのでは?」

 

 

 私の前で砲撃手席にいる華さんが提案してきます。

 しかしそれに私は首を横に振って答えました。

 

 

「それは駄目。かずくんに至近距離に近寄られるのはまずいから」

「でも三突は砲身が回らないんでしょ? なら前みたいに横にいるようにして砲撃を躱してから打ち返せば良いんじゃない?」

 

 

 私の答えに、沙織さんが質問してきます。

 きっと前に模擬戦で戦った時のことを言っていると思います。

 確かに、砲塔が回らない相手には本来はそれで良いんですが――

 

 

「かずくんがそんなことさせてくれると思う?」

 

 

 私は、すぐにそう答えていました。

 沙織さんが不思議そうな顔をしていたので、私は全員に説明することを兼ねて話をすることにしました。

 

 

「かずくんの操縦なら、向かい合ってる状態で撃てば絶対に躱されます。しかも回避されて接近されれば、きっと側面に車体と砲塔をこっちに合わせてすぐに砲撃してくるはずです」

「……百式くん、そんなこと出来るの?」

 

 

 沙織さんが目を大きくして驚いているのが分かりました。

 私は頷くと、かずくんの技術のひとつを説明していました。

 

 

「急な車体操作はかずくんの得意分野だよ。いきなり車体が横に転回するのなんてお手の物だよ。多分、かずくんが操縦してるだけで三突の砲塔が回らないっていうのもあんまり関係ないかも」

 

 

 百式流の得意とする車体転回でした。熟練の操縦手だと思う方向に的確に転回出来るという話をかずくんとお母さんから聞いたことがありました。

 

 

「前にも簡単にお伺いしましたが、百式流ってそんなに凄いんですか?」

 

 

 そんな私の話を聞いて、華さんが不思議そうに訊いてきました。

 私はそのことについて答えようとしましたが、私より先に優花里さんが話を始めていました。

 

 

「西住、島田と続く戦車道三大名家のひとつですよ、五十鈴殿。最大速度での精密操縦と繊細で大胆な車体操作が有名なのが百式流です。しかも百式殿は中高生戦車道界で過去に“疾風迅雷”という異名で呼ばれた名操縦手ですから、あの方から一本取るとなるとかなり大変かと思います」

 

 

 優花里さんの言う通りでした。

 戦力で圧倒する西住流。変幻自在の技術で圧倒する島田流。そして圧倒的な速度で圧倒する百式流。

 かずくんは一度過去にその名前が各校に広まるくらい有名になったことがある操縦手です。

 いくら三突に乗っている人達がまだ戦車道を初めて間もない人達でも、かずくんが乗ってるだけで話は変わってきます。

 操縦手が違うだけで、戦車の動きは全然違います。砲撃手や車長でも変わりますが、一番の違いが出るのが操縦手です。

 

 

「日本の操縦手と言えば百式流とまで言われています。操縦手だけでもそうですが、更に砲撃手との連携が完璧だと一対一ではまず負けないという噂です」

 

 

 確かその噂を作った人って、かずくんのお母さんだった気がします。

 かずくんのお母さんって主に車長をしていますが、操縦手として運転することが多い珍しい人です。

 その時の戦車の動きは私も映像や実際に見たことがありますが、私のお母さんも『アレは操縦の技術を極みにまで登り詰めた結果』とまで言わせた程でした。

 そんな噂を広めるまでになった操縦手の名家の百式流の長男で“疾風迅雷”と呼ばれた人が目の前にいるわけです。

 

 

「ねぇ……麻子、そんな人に勝てるの?」

 

 

 沙織さんが引き攣った表情で、隣で操縦する麻子さんに話しかけていました。

 麻子さんは話に特に動じるとこもなく、黙々と逐一出している私の指示に従って操縦していました。

 

 

「勝てるかじゃない。勝つ、絶対にあの男の泣きっ面を見てやる」

「相変わらず百式君のことになると頭に血が登るんだから……」

 

 

 相変わらず、目つきが据わっている麻子さんでした。

 沙織さんが呆れているのも、なんとなく私もわかる気がします。

 私はそんな麻子さんに少しでも答えようと思い、全員に言いました。

 

 

「とりあえずやれるだけやりましょう。かずくんみたいな人と戦う機会はあまりないですから、麻子さんのいう通り勝つ気持ちで頑張りましょう」

 

 

 私の言葉に皆さんの返事を聞きながら、私はハッチから三突の姿を確認します。

 その時、エルヴィンさんと目が合いました。

 楽しそうな顔をしているエルヴィンさんを見て、私も無意識に負けたくないと思いました。

 

 かずくんに負けるのは、ちょっと悔しい。

 

 私はそう思うと、早速華さんと麻子さんに指示を出していました。

 

 

 

 

 

 

 

 Ⅲ号突撃戦車とⅣ号戦車D型が模擬戦をしている様子を見ながら、角谷杏が顎に手を添えて嬉しそうに頷いていた。

 

 

「良いねぇ……」

 

 

 思っていたよりも順調に進んでいる。そのことに角谷杏の表情に笑みが浮かんだ。

 また一週間しか経っていないが、見る限り練習が順調なことがわかる。

 確か百式和麻から角谷杏が聞いた練習内容は覚えてる。最終的には模擬戦を主にするというのも、しっかりと覚えていた。

 しかし今のままでは一対一での模擬戦しか出来ないということも、和麻の口から困った声色で聞いていたことも杏はしっかりと覚えていた。

 大会直前になると練習試合を受ける学校なんてほぼ無い。それを杏は和麻から聞いていた。

 しかし試合経験をなんとかさせる方法がないか考えておくと和麻が言っていたが、杏もそこまで投げやりにするつもりは毛頭なかった。

 和麻の予定とはかなり違うことになるかもしれないが、経験を詰ませるためには“ある程度”順番が変わっても仕方ないだろう。

 

 調べてみたが、いくつか練習試合を受けてくれそうな学校はある。

 

 杏は、その内のひとつの学校に目を付けていた。

 

 

「かーしま。この勢いでそろそろやっちゃおっか?」

 

 

 自分の隣にいた河島桃に、杏がそう告げる。

 桃は杏のその言葉の意図を理解すると、すぐに頷いていた。

 

 

「はっ! 連絡して参ります」

「えっ? 何がですか?」

 

 

 杏に返事をして立ち去る桃に、小山柚子が訳がわからずに目をパチクリとさせている。

 しかしそんな柚子を無視して、桃は颯爽とその場から立ち去って行った。

 杏は立ち去っていくのを足音で確認しながら、二両の模擬戦を見届ける。

 

 

「百式ちゃんにも、向き合ってもらわないとねぇ〜」

 

 

 杏が三突を見つめて、呟いた。

 彼が過去と向き合って前に進むためには、それだけじゃ足りないと。

 色んなモノを放棄している人間に、前に進む資格なんてない。

 

 和麻に酷かもしれないが、杏はやめる気はなかった。

 

 それが学校の為に、彼の為になると自信を持って言えたからだった。

 




読了、ありがとうございます。

みほと和麻の話と思いきや、麻子の話だったりする話。
そして操縦手などなどのエピソードでした。

そう言えば、戦車の外装改造する話は?
と思う方もいるでしょう。大丈夫、ちゃんとやります。
和麻ことかずくんがキッチリと制裁します(よそ見

ちょっと戦車の構造の説明に穴があるかもしれません。
あったらご指摘お願いします。

感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、作者はまたひとつ頑張れます。

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