GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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お待たせしました。
少し短めですが、今回も分割になります。


10.逃げることは、悪いことではない

 

 

 

 

 

『次は戦車道の話題です。高校生大会で昨年MVPに選ばれて、国際強化選手となった西住まほ選手にインタビューしてみました』

 

 

 その言葉と同時に画面が変わる。そして店内に備え付けられたテレビに映った顔に、俺は随分と久々にその顔を見た。

 

 

「……まほさん」

 

 

 思わず、久々に見た顔に俺が名前を呟いていた。

 みほと同じショートヘアの髪型。俺とみほより一つ上のみほの姉だ。しかしながらみほと顔立ちがとても良く似ているのに、テレビに映る顔はとてもみほとは同じとは見えない。

 

 まるで正反対。それが久々に見たまほさんの印象だった。

 

 変わってない。いや、どちらかと言うと鋭さが増したとでも言えばいいかもしれない。

 昔は……と言っても、俺が最後にまほさんと会ったのは聖グロに入る前だったはずだから一年と少し前なる。

 あの頃に比べて、更に刺々しい印象が強くなった気がする。黒森峰の高等部に入学してから、人一倍自分に厳しくしている反動でそうなったかもしれない。

 昔はもっと優しい顔をしていた気がする。黙っていると仏頂面みたいな顔するから勘違いされやすいが、まほさんもみほまでとは言わないがかなり優しい人だ。

 笑うと綺麗な顔をする人だった。しかし普段が普段なだけあって、人に勘違いされやすい。こんなところがみほと良く似ている。

 

 

『戦車道の秘訣とはなんですか?』

 

 

 そんなことを考えながらテレビを見ていると、テレビに映る黒い制服を着ている二人組の内の一人であるまほさんへ取材者からマイクが向けられていた。

 マイクを向けられたまほさんが表情を特に変えることもなく仏頂面のまま取材者をまっすぐ見つめながら、答えた。

 

 

『諦めないこと。そしてどんな状況でも……逃げ出さないことです』

 

 

 最後の言葉でまほさんがカメラを見つめる。

 やっぱり変わってない。昔からよくまほさんが言っていたことだ。

 

 決して諦めず、逃げない。そうすれば必ず勝機が見える。

 

 子供の頃、戦車道の話をする度にまほさんがよく言っていた言葉だ。

 戦車道に於いてその言葉は、なにひとつ間違っていない。その言葉には、俺も同意出来る。加えて西住の戦車道なら、その信念は尚更強い。

 

 負けることを決して許さない。勝つことこそが全て。それが西住流だ。

 

 まほさんは、自分は西住流そのものだと言っている。ならば、その言葉の重みは語るまでもない。

 しかし最後の言葉。気のせいと思うが、それは不思議と誰かに向けているような気がした。

 

 

――逃げ出さないことです

 

 

 不思議と俺の胸に、刺さる言葉だった。

 逃げることを続けてきた俺に、その言葉に言い返す資格なんて持っていない。

 俺は十分に理解している。自分のしてきた“間違い”を。

 だからこそ、俺は逃げることをやめた。少しずつ、向き合っていかなければならない。

 しかし俺の隣にいる“コイツ”には――姉からのその言葉は重過ぎた。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

 

 みほが本当に小さな声で呟いた。隣にいる俺でも、僅かにしか聞き取れない程度の声だった。

 顔を強張らせ、テレビから向けられるまほさんの視線から逃げるように俯いた。

 俺はそんなみほの顔を見て、思わず彼女の頭へ手を乗せていた。

 

 

「お前は別に悪くない。逃げることは、悪いことじゃない」

「……かずくん?」

 

 

 みほが不思議そうに、俺を見上げる。

 俺はまほさんの言葉が正しいと思いながらも、ある言葉を告げることを決めた。

 

 

「逃げたって、何も悪いことはないんだ」

 

 

 それは俺の母が俺に告げた。悲しい言葉でありながらも、ひとつの道であることを示してくれた言葉だった。

 俺が戦車道を辞め、戦車道の全てのことから背を向けた俺に――母さんは責めることもなく、叱ることもなく、ただ俺に告げた言葉だった。

 その顔は今でも覚えている。悲しそうな顔をした母を。

 

 

『和麻、背を向けることを責めては駄目よ。自責も、後悔も、挫折も、色々なことから“逃げる”ことは誰にでもあるわ。私にもあるし……あった。

 貴方の決めた“それ”は、貴方が自分自身で決めた人生の選択なの。私は和麻が決めたことに何も言わないわ。

 だけど、これだけは言わせて……自分の選んだことに悔いて責め続けることをしないで、自分を偽らないで。お母さんのお願いよ』

 

 

 俺が大洗に行く日に、母さんから貰った言葉だ。

 あの時の俺は聞く耳を持たずに、適当な返事をして家を出て行った。

 

 あの日以来、俺は母さんと連絡を取っていない。

 

 今思えば、俺を心から心配しての言葉だったと実感できる。

 そしてとても優しい言葉を向けられていたんだと思う。母親として、師匠として、尊敬していた人からの言葉。

 責めることも、叱ることも、見捨てることもせず、逃げた俺の背中を押した言葉だ。

 

 道を違えて、見失って、立ち止まっていた俺を少しでも前にちゃんと進められるようにと。

 やはり母親には敵わない。きっと俺の“本心”ですら、分かっていたに違いないのだから。

 

 だからこそ、俺自身もみほを導かなければならない。

 

 俺に向き合う力をくれたみほに、俺自身から彼女へ自分の“しがらみ”と向き合う力を。

 

 

「俺だって、逃げたんだ。自分の答えが分からなくなって逃げるなんて誰にでもあるし、起こることだ」

 

 

 だから俺の言葉で、みほに伝えよう。

 逃げることは悪いことではない。その道に、間違いはない。

 俺も逃げるみほの背中を押そう。逃げることは悪くないと。

 

 

「俺に戦車道や聖グロとのしがらみがあるように……お前が黒森峰から離れても、そのしがらみはずっと残る。だから大事なことは、お前がそのしがらみにどう向き合っていくかだ」

 

 

 しかし向き合うなら、俺は向き合う道標を示そう。

 みほが暗い道に迷うのなら、俺はその道を開く光を作ろう。

 

 

「どう……向き合っていくか?」

 

 

 みほが俺の言葉に不思議そうに訊き返した。

 みほの不安げが目が少し揺らぐのを見て、俺は頷いた。

 

 

「そうだ……お前がまたこの大洗で戦車道を始めた以上、いつかそのしがらみと向き合う日が必ず来る。黒森峰や家族のことで、向き合わないといけない日がいつか来るんだ。その時に、お前がどんな答えを出せるかが大事だと俺は思う」

 

 

 戦車道をまた始めたことに対して家族に怯えるみほに、俺は答え方を教える。

 数学のように計算の方法を教える。それにどの答えを出すかは、みほ次第だ。

 その計算に正しい答えなんてない。それが答えが正解か不正解かなど、みほ本人にしか知り得ないのだから。

 目を大きくして俺を見上げるみほに、俺は苦笑いした。

 

 

「俺もお前と同じだから、よく分かる。俺だって、向き合わないといけないんだ」

 

 

 そう、俺だって同じだ。

 俺にも、必ず向き合う日が来る。

 

 

「だから黒森峰やお前の姉さんや家族のことは気にするな。今、お前と一緒にいる仲間とできる戦車道を目一杯楽しめ。そして姉さんに会った時にハッキリと言えば良い」

 

 

 同じように、俺もその日までは気にしない。今を精一杯やってやる。

 いずれは聖グロリアーナ、百式流、そして男が戦車道をするという絶対的なしがらみ。それらと向き合わなければならない。

 

 そして会った時に、自分の気持ちを伝えよう。

 

 謝罪と感謝。今までの自分の心に嘘をついていたことを、そして戦車道をしたいという気持ちを伝えよう。

 だからそれと同じように、みほにも向き合う勇気を持って欲しいと願って――みほに過去に一度告げた言葉を、もう一度告げた。

 

 

「私は姉さんや西住の戦車道じゃなくて“私の戦車道”を見つけたって、自信を持って答えられるようになれる日が来るようにな」

 

 

 みほの目がハッキリと変わったのがわかった。

 暗い目から、なにか大切なことを見つけたような光が灯るように不安だった顔が晴れていた。

 少しだけみほが俺を見つめる。そして意を決したように頷くと彼女は笑顔で答えていた。

 

 

「かずくん……うん! わかった!」

「それで良い」

 

 

 少しはみほの手助けになったと思いながら、俺は彼女の返事に満足して頷いた。

 俺もみほみたいに素直に人の言葉を聞いていれば、少しは変わっていたのかもしれない。

 そんな柄でもないことを考えて、俺はそれを忘れるようにみほの頭に乗せていた手を乱暴に動かした。

 

 

「うわわ! かずくん! 髪の毛ぐちゃぐちゃにしないで!」

 

 

 頭の髪を乱されたみほが慌てて俺から離れる。

 俺に文句を言いながら髪を手で梳かすが、上手く出来ていなかった。

 

 

「ちょっと百式君! 女の子の髪の毛は命なんだからね!」

「みほさん。今、櫛で梳かしますからね」

 

 

 慌てているみほに、武部と五十鈴が寄り添う。

 みほはそんな二人に「ありがとう」と言って、素直に髪を直されていた。ちゃんと俺を一瞥して、頬を膨らませるのも忘れていないのを見る限り……しばらくは不貞腐れるかもしれない。

 しかしとりあえずはみほが暗い顔をしなくなったのを良しとして、俺は「まぁ、いいか」と内心で呟いた。

 

 

「優しいですね、百式殿」

「うるさい」

 

 

 いつの間にか俺の隣で秋山が小さな声で嬉しそうに呟く。

 

 黙って聞いてたお前達も、大概だろうが。

 

 俺は安堵した様子の秋山を横目で見つめる。

 何を勘違いしているか分からないが今の言葉はみほの為に言った言葉でもあるが、しかしその言葉は――

 

 

「……俺にだって、言えることなんだからな」

「今、何か言いましたか?」

「なんでもない。気にするな」

 

 

 首を傾ける秋山を適当にあしらう。

 だが秋山は気になるらしく、何度も「なんて言ったんですか?」と訊いてきた。

 思わず、溜息を吐いた。こういう時のコイツは地味にめんどくさい。

 

 

「良いから“コレ”で黙ってろ」

「いだっ⁉︎」

 

 

 うるさい秋山に、俺は彼女の額に左手の中指を強めに弾いて黙らせた。

 

 

「いだだっ……酷いでありますよ、百式殿」

 

 

 額を抑えてその場で悶える秋山に自業自得だと思いながら、ふと腕時計を確認する。

 気付けば、大分時間が経っていた。そろそろ夕飯時か、と思うくらいの時間だった。

 

 

「そうだ! 今日、みほの家に遊びに行ってもいい?」

 

 

 そしてみほの髪を梳かしていた武部がそんなことを言い出した。

 みほが頷く。この後の予定が決まったみたいだ。

 俺はようやく帰れると思って、またひとつ溜息を吐いていた。

 

 

 

 




読了、ありがとうございます。
分割になりますので、次回も続きます。
次はアニメをご覧の方は分かると思いますが、みほの家の話です。

さて、今回の話で和麻の大洗での役目のひとつが出ました。
みほの再起を担う人。それが彼のひとつの役目です。
彼が背中を押すことで、みほもまたアニメ本来とは違った道を進むかもしれません。

彼自身の道とみほの道。

似て非なる二人ですが、この二人は互いに救われています。
みほの場合は大分先になりそうですが、和麻はみほに立ち上がる力をもらっています。
そして彼を歩かせる面を担う人は、多分皆様お察しの方です。

その方が和麻と会うのは、もう少し先……作者が一番書きたいところですね。

それまでは、もうしばらくお待ちください。

感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、作者はまだ頑張れます。

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