GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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はい、まとめるの無理でした。
おそらく倍以上の文字数を使うことになったので、まだ続きます。


11.傷というのは、思ってるよりも深い

 結局、冷泉は武部に帰ると言われるまでアーケードゲームをしていた。

 武部に強制的に時間切れでやめされられて冷泉の悔しそうな顔を見る限り、クリア出来なかったらしい。

 一体どれぐらい財布の中身が無くなったか俺が訊くと、

 

『千円使った! 八回戦までしか行けなかった! このっ‼︎』

 

 そう言って俺の脛を蹴ってきた。

 勿論、その後は冷泉の顔を押さえつけて額に指を強めに弾いてやった。

 この女、あのアーケードゲームは十戦でクリア出来る。それを八戦までやってのけるのか……最大難易度は俺だって苦戦するほどの難しさだったはずなのに。

 おそらく冷泉以外の大洗メンバーが挑戦しても、精々良くて半分くらいまでしか進められないだろう。

 それよりも……俺が“一番苦戦した七戦目”を素人のコイツが短時間でクリアした。そのことに、俺は少しだけこの女の素質の認識を改めた。

 

 正直、この女の底が見えない面が最近見えてきている。

 

 俺が一度しか見せていない技術を模倣したりなど、時折俺が目を見張ることをするようになっている。

 もしかすると操縦だけなら……この女、本当に……

 

 それを思う瞬間、俺はその意識を頭から捨てた。

 

 まだ考えなくていい。まだ考える必要はない。

 いずれ、その時が来れば嫌でも分かる。それはその時に証明される。

 その時が来れば、俺は全力で応じれば良い。

 俺はそう思い、そのことを一度考えないように忘れようと心掛けた。

 

 

 

 とまぁそんなことは、さて置いて。

 

 

 

 ようやくせんしゃ倶楽部から出て、家に帰れることが出来る。

 みほ達は、この後はみほの家でみんなで夕飯を作って食べるらしい。

 実に仲の良い高校生らしい。いつも学校や戦車道の練習で大変だろうから、そういうところで目一杯楽しんで欲しい。

 そんな建前のようなことを思いながら、俺は店を出ると早速五人に軽く手を振って別れを告げることにした。

 

 

「それじゃあ、俺の家は向こうだからここまでだ。また明日、戦車道の授業で」

 

 

 せんしゃ倶楽部を出て、五人がみほの家に行くタイミングで俺はそう切り出した。

 しかしその時、武部が意味が分からないと言いたげに顔をキョトンとして首を傾けていた。

 

 

「え? なに言ってるの? 百式君も来るに決まってるじゃん?」

 

 

 むしろ俺が返事に困る言葉だった。

 おい、武部。思い出してみろ。お前、さっきの会話で俺の名前が出たか思い出してみろ。出てなかったぞ。

 

 

「さっきの話の流れでそう思うならみほに聞いてみろ。絶対に俺はその中に含まれてない」

 

 

 どうして女の家に女同士で料理作って夕飯を食べる中に、俺が混ざるようなことになるのだろうか?

 呆れた顔で俺がみほに同意を求めてみると、みほも俺の話にキョトンとしていた。

 

 

「え? かずくん……来てくれないの?」

 

 

 みほの返事に今度こそ、俺は堪らず顔を顰めていた。

 

 

「……みほ。お前は男を家に簡単に入れるな」

 

 

 呆れてみほに諭すように俺は話す。

 お前は女の子なんだから、そんな“流れ”で男を家に入れるようなことをするものじゃない。

 しかしみほは、そんな俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。

 

 

「だってかずくんは幼馴染だし……普通の男の子ならアレだけど」

「幼馴染だろうがなんだろうが、俺はお前の言う男の子だ。お前達で良いから楽しんでこい」

 

 

 有無を言わせず、俺はみほの家に行くことを拒否する。

 幼馴染だろうとなかろうと男を自分の家、そして女しかいない場所に入れるもんじゃない。

 みほは俺の顔を見て、その意味が分かったのだろう。

 ほんの少しだけ悲しそうな顔をすると、納得したように頷いていた。

 

 

「女の家に行くのが恥ずかしいならそうと言えば良い。なんだお前、そんな見た目してそういうことは初心なんだな」

 

 

 しかしその瞬間、冷泉が俺とみほの間に入って俺を見つめていた。

 静かに見据える冷泉の目に、俺は溜息を吐いた。

 

 

「相変わらず……お前は俺に喧嘩を売りたいらしいな」

 

 

 冷泉の言葉に、俺はいつも通りに応じる。

 しかし冷泉はそれに小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、

 

 

「なら来れば良い。西住さんが良いって言っててお前は誘われているんだ。断る理由、あるのか?」

 

 

 据わった目で、俺を見つめていた。

 

 

「…………」

 

 

 冷泉のその目を見て、俺は既視感を覚えた。

 この女のこの目、どこかで見たことがある。

 そして思い出した瞬間、俺は無性に気分が悪くなった。

 

――この目は、Ⅳ号戦車で俺に喧嘩を売った時の目だ

 

 俺の内面を読み切った目。喧嘩を売る感情的な目じゃない。

 これはただ俺を見つめている。俺の内面を見ている目のような気がした。

 

 しかし俺は隠していることなんてない。

 

 それなのに、どうしてこの女はそんな目を向けてきている?

 

 理解出来なかった。だからこそ、俺は無性に気分が悪かった。

 

 この女にしか見えていない部分が俺にでもあるのだろうか?

 

 そんな考えが頭を過ぎるが、俺はそれを一蹴した。

 あり得ない。別に隠すこともない。

 今回の件も、別に女が男を家に入れるなど言いたいだけだ。

 

 

「断る理由はさっきから言ってる。女が男を入れるなって言ってるだろう?」

 

 

 だから俺は素直に理由を言った。

 しかし冷泉はその言葉に溜息を吐くと、俺の腕を掴んだ。

 

 

「西住さん。西住さんの家はどっちだ?」

「えっ……? あっちだけど……」

「そうか、分かった」

 

 

 冷泉がみほにそう質問して、頷く。

 そして掴んでいた俺の腕を自分の腕と組ませると、無理矢理歩き出していた。

 

 

「お、おい! お前、なにやって――!」

「良いから、来い」

 

 

 無理矢理引っ張る冷泉を止めようとするが、彼女は無視して歩き出す。

 止まろうとしても冷泉が無理に歩く為、下手に振り解けば転ばせることにでもなりかねない。

 下手な怪我は戦車道に響く。足でも捻られたら、練習すら出来ない。

 無理矢理振り解くことが出来ない以上、俺は冷泉に引っ張られるままに歩き出していた。

 

 

「冷泉! その腕を離せ!」

「嫌だ。諦めて、お前も来い」

「行かないっての! お前達だけで行け!」

「何度も言わせるな。嫌だ」

 

 

 俺の制止を無視して、冷泉が歩いていく。

 後ろからみほ達が慌てて追いかけて来るのを足音で聞きながら、俺は少し強めに冷泉に言った。

 

 

「だから何度も――」

「お前は“友達の沙織達”と“幼馴染の西住さん”に誘われてそれを無下にするのか? お前もたまには遊ぶことくらいしろ。

 お前も私達と同じ高校生だ。一人でいるより誰かと遊ぶくらいしても良いだろ……一人に慣れるな」

 

 

 しかしそれよりも先に冷泉が言った言葉に、俺は返す言葉を失っていた。

 コイツ、急になにを言い出したんだ?

 なにが言いたいか分からない。しかし何故か冷泉の不思議な言い分を納得した自分がいたことに、俺自身が驚いていた。

 意味が分からないが、この女の言い分を俺は良しとしていた。

 

 後ろを見れば、みほと目が合う。

 

 不安そうな、そんな目だった。

 俺はその目を見た瞬間、立ち止まっていた。

 何故か、冷泉も俺と同じタイミングで立ち止まる。

 しかし俺はそれよりも先に、みほに質問していた。

 

 

「なぁ、みほ。お前は俺が一緒に居た方が……楽しいのか?」

 

 

 自然とその言葉を口にしていた。

 なんでそんな質問をしたのか、俺にも分からなかった。

 みほは俺の質問に意表を突かれた顔をするが、すぐに何度か頷いていた。

 

 

「うん! かずくんと一緒に居た方が私は楽しいよ!」

 

 

 みほの返事に、俺は少し間を空けて「……そっか」と返した。

 そして先程まで嫌だった気持ちが、不思議と消えていた。

 今さっきまで言っていた話も、何故かどうでも良いと思えるくらいに。

 

 

「わかった。じゃあ、お前の家にお邪魔するよ。迷惑だったら、いつでも言ってくれ」

「かずくんならいつでも歓迎だよ!」

 

 

 嬉しそうにするみほに、俺も何故か頬を緩めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、麻子。なんで百式君を頷かせられたの?」

 

 

 百式君が前でみほと華で歩いている後ろ姿を見ながら、隣に居る麻子にそんな質問を私はしていた。

 さっきまであんなにみほの家に行くのを嫌がってた百式君を頷かせたのが、私は不思議だった。

 何か意味深なこと言ってたし、麻子にしか分からないことでもあったのか気になった。

 麻子が私をチラリと見る。そして小さく溜息みたいな吐息を吐いていた。

 

 

「簡単だ。アイツは、まだ捻くれてただけだ」

 

 

 前に聞いた気がする台詞だった。

 思い出した。確か……百式君がⅣ号戦車で私に怒った理由を麻子が話す時に言った台詞だ。

 

 

「さっきの顔を見る限り、意識してやってないみたいだが……あの男、たまに私達を拒絶する時がある。沙織は心当たりないか? お前や色んな人があの男を何かに誘っても、私が知る限り一度たりとも首を縦に振ってない」

「言われてみれば……?」

 

 

 そう言って、私は振り返ってみた。

 戦車道の練習が終わった後、ご飯を食べに行こうとバレー部の子達が言っても断ってたし、エルヴィン達が寄り道に誘っても断ってた。

 多分、百式君も私達が知らないところで戦車道のことを影で色々やってるってみほが言ってたから、それもあると思うけど。

 思い出す限り、麻子言う通り百式君は全部の誘いを断っていた。

 

 

「あの男を見ていると、私にはそれが怯えてるように見えた。理由は知らないが、私達と必要以上に仲良くなるのを避けてる。まるで仲良くなった後が怖いみたいな、喧嘩して疎遠になるのを怖がる臆病な子供みたいだ」

 

 

 その話に、私は心当たりがあった。

 みほが前に話してくれた百式君のことだ。

 確か聖グロリアーナに居た時に、三年生の人達に戦車道で酷いことをされて大洗に来たって。

 私は顔以外見たことないけど、そのせいで身体にもずっと残る跡が沢山あるって言ってた。

 それで仲の良かった人達からも離れたって、そう聞いていた。

 

 

「その様子だと、沙織は知ってるみたいだな」

「私も、詳しくは知らないよ。みほから少しだけ聞いただけだから」

 

 

 みほはきっとほとんど知ってるのかな。百式君が戦車道を辞めちゃった理由。

 みほが細かいことを言わないってことは、みほが自分から話したら駄目な話なんだと思う。

 それぐらい私の想像が出来ないくらい大変な話なんだって、何となく分かったから。

 

 

「そうか、まぁ私には関係ない話だから別に良いか」

 

 

 私の返事に、麻子は興味がないみたいな返事をした。

 そんな麻子を見て、私は少しだけイラッとした。

 

 

「……そういう言い方はないんじゃないの?」

 

 

 それだけ百式君のことを分かっておいて、そんな言い方は酷いと思う。

 人の気持ちが分からない子じゃないのに、なんでそんな言い方をするの?

 だけど麻子は眠そうに欠伸をして、興味がなさそうに百式君達を見ていた。

 

 

「別にあの男が話さないことを詮索する気はない。私だって、無理に知りたいとも思わない」

 

 

 別に私だって無理矢理聞こうとは思わないけど、それでも麻子の態度は酷いと思う。

 確かに麻子の言う通りかもしれないけど、私は友達が悩んでるなら相談してほしいし、話してほしい。

 百式君が私のことをどう思ってるかわからないけど、私は友達って思ってるから。

 

 

「言いたくない話は誰にでもある。あの男の場合、あんな傷が出来るくらいの話だ。簡単に話すことはまずないだろう」

 

 

 麻子に言われて、私はふと思い出しちゃった。

 初めて見た百式君の眼帯の下。見た時は、私も目を逸らしたくなるような傷だった。

 肌色の筈の顔の右側が違う色になっていて、閉じている右目に何かが刺さったような跡があった。

 そんなことをする人達の正気を疑いたかった。普通の人がすることじゃない。

 私があの傷を見た後、心配してくれたみほが私に話してくれた。

 

 百式君のあの傷は、戦車の砲撃を間近で受けたからだって。

 

 この話は絶対に他の人にしないでって言われたから、私はみほ以外に話したことはない。

 戦車に乗るようになってから分かるようになったけど、戦車の砲撃を人の近くに撃てるなんて私には到底出来っこないし、するつもりもない。

 そもそも生身の人に砲身を向けることがおかしい。それは百式君が砲撃手の人達にしつこいくらいに最初に話していた。

 

 

『戦車に乗ってるなら良いが、生身の人間がいる場所には“絶対”に砲身を向けるな。安全が配慮されてる戦車道の戦車にある専用砲弾でも、十分に火力はある。

 砲撃手の指一本で簡単に人に重傷を与えれるってことを忘れるな。間違いだった、で済まされると思うなよ。試合の勝敗と同じように……お前達の指にある引鉄が、戦車をスポーツの道具から凶器に変えることが出来るのをこの先絶対に忘れるな』

 

 

 脅しにも聞こえる話だったけど、百式君の怪我を知っている私はその意味も理由もわかった。

 だけどそれもみほから聞いた話。私が直接百式君から話してもらえた訳じゃない。

 百式君が戦車道をまた始めるって言った時、自分のことと向き合うんだって言ってから。

 

 

「もう大丈夫って言ってたから、大丈夫だと思ったのに」

「本人がそう思ってるだけだろう。ああいう“傷”は本人も分からないところまで行ってるものだからな」

 

 

 意味深なことを麻子が気だるそうに話す。

 私にはよく分からないけど、なんとなく言いたいことは分かる気がした。

 私が返事に悩んでいると、麻子は続けて話していた。

 

 

「どちらにせよ、私はあの男に勝てればなんでも良い。あの男が悔しがる顔が見たいだけだ」

 

 

 そう締め括って、麻子が欠伸をもう一度した。

 

 

「それにしても、麻子は百式君のことよく見てるね」

「含みがある言い方だな。沙織」

「べっつにー!」

 

 

 面白くなさそうな顔を麻子がする。

 私は思ったことを言っただけだもん。

 

 

「……私もあいつの技術を盗むのに必死なんだ。そのせいかあいつを視界に入れて見てるのが習慣になっただけだ」

「なにもそこまでする必要はないんじゃないの?」

 

 

 麻子と百式君の二人は犬猿の仲っていうのが私達の常識みたいなのになってる。

 いつも一日に一回は喧嘩してる。私とかみほが止めに入らないと永遠に言い争いして、結局麻子が手を出して手が付けられなくなる。

 

 そんな麻子が百式君のことを見ているのが習慣になってるなんて、なんか変な感じだった。

 

 喧嘩してるって言っても、私から見れば嫌いと言うわけではなくて、普通とは違う仲の良さがある気がする。

 二人に言ったら怒るだろうけど、本人達からすれは分からないんだと思う。

 

 

「あの男に勝つには、そこまでしないとダメだ。最初は嫌でも分かった、私は“まだ”勝てない」

 

 

 麻子の話に私は素直に驚いた。

 あれだけ毎日百式君に勝とうとしてる麻子が勝てないなんて言うとは思ってなかった。

 だけど最後の部分だけ、妙に強調されているような気がしたのは私だけなのかな?

 

 

「まだ、ねぇ」

「ふん……!」

 

 

 麻子が不貞腐れて鼻を鳴らした。

 女の子がはしたないよ。私がそう言っても、麻子は「うるさい」と面倒そうにしていた。

 こういうところが百式君とよく似てるんだよ。似た者同士、ってことなんだ。

 

 

「どうせ時間の問題だ。単位の方が大事だが……あの男の戦車に白旗を上げさせる。それが出来れば私は満足だからな」

 

 

 鬼を狩るような目で、麻子が百式君の後ろ姿を睨みつける。

 

 あ、百式君が振り向いた。

 

 麻子の顔に焦りが見えたのに、私は思わず笑っていた。

 

 私も、今よりも百式君と仲良くなれる日が来ると良いな。

 そう思って、百式君にちょっかいを出して先に逃げて行った麻子と追い掛ける彼を見つめて、二人の喧嘩を止める為に追いかけることにした。

 

 

 

 

 




読了、ありがとうございます。

今回は戦車道と和麻と麻子、沙織の話でした。
和麻も自覚してる節は少しありますが、根本的にはわかってないという話ですね。
麻子も彼に勝つための努力をしている、そんな話です。

みほの家にいけない……次回は必ず

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頂けると、作者は頑張れます。

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