GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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またまた遅れました、申し訳ないです。


12.昔話も、たまには良いかもしれない

 

 

 

 

 冷泉に強引に連れられ、結局俺は武部達とみほの家に向かっていた。

 全員の歩きについて行きながらみほや武部に話を聞いていると、みほの家でみんなで夕飯を食べようという話になったらしい。

 その話を聞いて俺が思わず「お前達、自炊出来るのか?」と訊いたところ、ちゃんと出来るのが武部だけと聞いた途端、無性に不安が湧いたが……多分大丈夫だと思いたい。

 五十鈴は出来ると思っていたが、意外と出来ないらしい。みほも手伝いを少ししていた程度らしく、秋山はサバイバル知識しかない。

 冷泉は論外。アイツに料理が出来るとは思えない。勿論、それを本人に言ったら喧嘩になった。

 

 

 そんな話になったので、とりあえずはスーパーに寄った。

 

 

 武部が俺にカゴを渡して先導して行き、みんなに何が食べたいか聞きながらカゴの中に食材を入れていた。

 俺に最優先でカゴを渡したことに関しては少し小言を言いたくなったが、そこは男だからという理由で即答される自信があるので何も言わなかった。

 

 カゴの中にある食材を見る限り、作るのは肉じゃがと唐揚げ、刺身って感じだろう。

 まぁ無難に手軽く作れるだろう。唐揚げは端的に言えば揚げるだけだし、刺身は切ればいい。手間が掛かるのは肉じゃがくらいだ。

 

 

 流石にこの五人……それぐらいは作れるだろ?

 

 

 

 

 

 

 そんなことがありながらも結局、俺はみほの家に来てしまった。

 

 みほの家は大洗学園艦の寮ではなく住宅街のマンションの一室だった。

 みほ達が階段を上がるのについて行きながら、俺はふと先程のことを思い出していた。

 

 そもそもなんで俺は、冷泉の言葉を納得していたのだろうか?

 

 別にこの大洗で高校生らしい生活、なんて望んだ覚えもない。

 元より戦車道をしていた所為で、同じ男友達も少なかった。

 小学生の頃はそうではなかったが、中学生の頃は色々とあった。

 一部の生徒から男が戦車道をしていることに差別のような扱いをされていた。

 しかし戦車道が好きな生徒も男女問わずいたので、友達が居なかったという訳ではなかった。

 だが俺の中学生生活を円満にした一番の要因は、俺が一年の頃に安斎先輩と出会ってからだった。

 

 あの時のことは、よく覚えてる。むしろ忘れることはない。

 

 春から夏に変わる頃の学校帰り。校庭を歩いていた俺の前に勢いよく現れたあの時のことを。

 

 

『なるほど! お前が噂の戦車道を嗜む男子だな! 良し、戦車道少年よ! 私と一緒に戦車道をしないか?』

 

 

 突然に現れるなり、他にも居た安斎先輩の戦車道仲間に連行されて、俺は色々と割愛するが安斎先輩の戦車道チームに入った。

 後から本人から聞いたが、噂を聞きつけて俺を見つけた瞬間に勧誘することを決めたらしい。

 確か俺の通っていた中学にあった戦車道チームは、当時かなり弱かった。その為に戦力が欲しかったらしい。

 男でも、戦車道をするなら仲間だと言ってくれたあの人の言葉を俺は忘れることはないだろう。

 

 それからは戦車道チームのみんなと三年間を過ごした。

 だから中学生活はそれなりに楽しく過ごしていたと思いたい。

 気付けば、俺の中学の戦車道チームはそこそこ有名になったらしく、それをアンツィオ高校に見つけられて安斎先輩が特待生として入学した。

 あの人が居たから、俺は自分の道を見つけられた。

 師である母とは違う。師というよりも、姉のような存在だった。

 

 まさか聖グロの入学依頼を受けようとしていた時に、アンツィオからも来ていたとは思わず目を大きくしていたが……

 安斎先輩と一緒の学校に行くことをしなかったのは、色々な理由があるが……今は関係ない話だから別に良い。

 

 ともかくそんな日々を思い出して、俺は冷泉の言葉を思い出した。

 

 

『一人に慣れるな』

 

 

 その言葉の意味を、俺はよく理解出来なかった。

 何故、冷泉がその言葉を俺に向けたのか、それを納得した俺自身が理解出来なかった。

 色々と考えても、答えが出ないもどかしさが妙に苛立つ。

 なんでこんなにも腹が立つのか、それ自体が分からなかった。

 

 別に今は戦車道をしている。みほ達と、なのにどうしてみほに“俺が居た方が楽しいか”なんて訊いたのか?

 

 その問いに、俺は答えを出せないでいた。

 

 

「百式さん? どうされましたか?」

 

 

 ふと、五十鈴に声を掛けられた。

 気付くと、俺は階段で登っている止まっていたらしい。

 いつの間にか考えることに集中していたみたいだった。

 

 

「いや、なんでもない。少し考え事しててな」

「なら良いんですが……嫌でしたか? 私達とみほさんの家に行くの?」」

 

 

 どこか心配そうな顔をして階段の上から見下ろす五十鈴に、俺は見当違いな質問をされた。

 近い質問ではあったが、俺の考えていたこととは少し違っていた。

 俺は首を横に振って、五十鈴を追うように階段を登った。

 

 

「嫌じゃない。一緒にいるのが嫌なら来ないよ。だから気にするな、ただの考え事だ」

 

 

 そう言って、五十鈴の横を通り過ぎる。みほの家はもうひとつ上の階みたいだ。

 俺は先程の自分の自問自答を一度頭から忘れることにして、階段を登ることにした。

 

 

「百式さん……なら、どうしてそんな辛そうな顔をされるんですか?」

 

 

 階段の下でそう言っていた五十鈴の言葉は、もう俺の耳に届いてはいなかった。

 聞いていれば、きっと何か変わっていたのだろうか?

 その問いすらも、俺には答える術を持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を登り、みほの家に辿り着いた。

 全員がドアの前に立ち、みほがドアに鍵を使って入ろうとした瞬間――みほの手がピタリと止まった。

 そして俺を一瞥すると、

 

 

「かずくん! ちょっと待って!」

「ん? あぁ、わかった」

 

 

 慌てていたみほに俺が訳が分からず頷くと、みほはドアを僅かに開けてその中に入り込んで行った。

 

 

「どうしたんだ? アイツ?」

 

 

 妙な行動だった。まるでドアの先を見せたくないような入り方をしたことに、俺は首を傾げていた。

 

 

「男子に見られたくない物が無いか確認してるだけだろう」

 

 

 そんなことを思っていると、冷泉が俺の呟きに答えていた。

 言われてみれば納得だった。むしろそれを察せなかった俺が悪い。

 珍しく俺が納得できることを冷泉が言ったことに感心しながら、俺は頷いた。

 

 

「なるほど、そういうことか」

「麻子! そういうこと言わない!」

 

 

 そんな俺と冷泉の会話に、武部が冷泉を窘めた。

 正論過ぎて俺も流石に何も言えない。

 

 ダージリンとかがこの場に居たら、きっと大層怒られるに違いない。

 

 そんな居ない人のことを思い出しながら、みほがドアから「もういいよ」と言われるまで、武部に女心を分かってないことに対してチクチクと小言を言われていた。

 

 

 

 

 

 

『お邪魔しまーす!』

 

 

 武部達がそう言ってみほの家に入っていく。

 俺も遅れて入って行きながら、

 

 

「お邪魔します」

 

 

 ワンテンポ遅れて言っていた。

 みほらしい部屋。それが俺の感想だった。

 ベットと兼用のソファ、勉強机、テレビに机と一般的な部屋だと思えるが……

 しかし部屋を入って左にある棚に、沢山のぬいぐるみが置かれていた。

 ふと見渡せば、部屋の至る所に同じデザインのぬいぐるみが置かれていた。

 

 

「ボコのぬいぐるみか……確かお前好きだったな」

 

 

 クマのぬいぐるみ。しかし身体中に怪我しているらしい傷跡や包帯が巻かれているデザインは特に稀だろう。

 みほの部屋に置かれているぬいぐるみが全て色やデザインは違うが“怪我をしているクマのぬいぐるみ”だった。

 ボコられクマのボコ。確かそんな名前だった。

 そのぬいぐるみを見て、俺は妙な懐かしさを感じた。

 

 

「うん! 大好きだよ!」

 

 

 みほが俺の見ていたボコのぬいぐるみを見て頷く。

 たまにみほの感性が分からない時がある。

 

 このぬいぐるみ、可愛いか?

 

 みほに言ったらどれだけボコが可愛いかを力説されるので絶対に口にしないが……過去に経験があるから二度と言わないと決めている台詞だった。

 ボコのDVDを見たこともあるが、アレを見て可愛いと思う人が一定数いるのだから世の中なにが流行るか分からないと実感する。

 ボコが何もしてないのに喧嘩を売られ、または一方的に売って喧嘩してボコボコにされるだけの話だ。

 どんなに負けても果敢に立ち上がる姿には不思議と良い話と思えるが、結局ボコボコにされて終わる。

 昔にみほにそれを聞いたら、見てる方も清々しいほどの誇らしい顔で言っていた。

 

『それが、ボコだから!』

 

 俺はその言葉を聞いて、きっとボコの魅力に気づくことはないんだなと理解した瞬間だった。

 

 

「そう言えば確か……一葉(かずは)ちゃんも好きだったよね?」

 

 

 ボコを見つめていると、唐突にみほがそんなことを言っていた。

 みほの口から出た名前に、俺は思わず顔を固くした。

 

 

「そう、だったな」

 

 

 反射的にそう答える。しかしみほは俺の顔を見た途端、何かを察したように気まずそうな顔をしていた。

 そんな顔をさせる気はなかった。俺が慌てて誤魔化そうしたが――

 

 

「え、誰? もしかして百式君の彼女?」

 

 

 それよりも先に武部が反応していた。

 みほが不味いと言うような顔をしていたので、俺は武部を止めようとするみほを「別に大丈夫だ」と言って手で制した。

 

 

「違う……俺の妹だ」

 

 その言葉に、みほと俺、秋山以外が目を大きくして驚いていた。

 そんなに驚く必要あるか? 妹がいるだけで?

 みほは会ったことがあるし、秋山辺りなら知ってても同じくない話だった。

 

 

「百式君って妹いたの⁉︎」

「百式さんの妹ですか、気になります」

「不良の妹か、さぞ柄が悪いに違いない」

 

 

 とりあえず丁度近くにあった冷泉の頭を掴んで、割と強く握った。

 すぐに冷泉が痛がるのを見て、俺が手を離す。その場で蹲る冷泉に「口が悪い」と告げて、俺は武部達に答えることにした。

 

 

「話す話題なんてなかった。別にいても変じゃないだろ?」

「まぁ、そうだけど……でも意外、いるとは思わなかったなぁ」

 

 

 武部が俺の顔をジッと見て、意外そうに話す。

 俺は溜息が出そうになるのを我慢しながら、一葉のことを思い出して答えた。

 

 

「百式流を継ぐことになってる三歳下の妹だ。いつも俺の後ろを歩くような奴だよ」

 

 

 百式一葉。母である家元の百式一姫の長女であり、俺の妹。

 俺が戦車道を始めてから物心がつく頃には自分も戦車道やると言って、俺と同じように練習をしていた。

 お兄ちゃんと言って俺の後をついてくるような可愛げのある妹だった。

 今は確か地元の中学に通ってるはずだ。一葉とも、俺が家を出てから連絡を取っていない。

 母と同じように、一葉とも連絡を取るのが怖かったと言うのが正しいかもしれない。

 俺が入院して、見舞いに来た時の一葉の顔は聖グロのみんなと同じように記憶に残っている。

 そして聖グロを誰よりも憎んでいることも、俺は知っている。

 ダージリン達が見舞いに来た時に鉢合わせした時、一葉は今まで見たことがない顔で怒っていた。

 

 

『なんで……なんで貴女達がこんなところにいるですか‼︎ 聖グロの貴女達に! 私のお兄ちゃんに会う資格なんてあると思ってるんですかッッ‼︎』

 

 

 初めてだった。あんなに怒る一葉を見たことは、一度もなかった。

 その時は俺は聖グロの艦内にある病院で入院していたので、たまにしか来れない一葉と聖グロのみんなが鉢合わせることは数回しかない。

 毎回会う度に、一葉は聖グロのみんなに怒っていた。俺や家族が止めても、一葉は止まらずに怒鳴っていた。

 それに対して一切口を返さないダージリンにも、俺は心を痛めた。

 

 全て受け入れているんだと、わかったから。

 

 過程がどうあろうと、聖グロがしてしまった結果を甘んじて受け入れた。

 それがあまりにも、一人で背負おうとしているその姿が否応なしに俺には辛かった。

 そんな辛い思いをさせたくなかった。そんな顔をさせる為に、俺は聖グロに入学したのではなかったのに。

 退院して地元に戻って、俺が大洗に行く時も一葉は怒っていた。

 

 

『なんでお兄ちゃんが家を出て行くの⁉︎ お兄ちゃんは何も悪くないのに‼︎ 戦車道を辞めたのも、全部聖グロの人達が悪いのに‼︎』

 

 

 泣いて叫ぶ妹を、俺は「ごめん」と言って家を出て行った。

 あの頃の俺は、ただ逃げたかったのだと思う。

 俺に戦車道の道しかないと分かっていて、整備士として生きる道を選んだ。

 俺にはその生き方しか分からなかった。だから整備士としての逃げる道を選んでいたのだから。

 今は、もう違う。だけど、そのことを思い出すと胸が痛くなった。

 

 連絡をするべきなのは、十分に理解している。

 

 蝶野さんに言われた通り、母親に戦車道を始めたと伝えるだけども良いから連絡しなさいと言われた。

 それと同じように一葉にも、話さないといけないのは分かっている。

 

 しかし少し臆病になっているのか、自分でも分かった。

 

 どんなことを言われるのか、どんな風に見られるのか分からない。

 背中を押してくれた母親から喜ばれるのか悲しまれるのか、妹から怒られるのか蔑まれるのか。

 自信を持って戦車道を始めたと言えば良いだけなのに、それをすることが怖いと思う自分がいる。

 踏ん切りがつかなくて、俺はまだ連絡出来ないでいる。

 

 キッカケがないと、連絡する勇気がない。

 

 俺はそれを再度実感して、自分が嫌になる。

 変わったと思っても、変われていない。それを実感するのが酷く痛かった。

 

 

「いつか会ってみたい! どんな子か気になるし!」

 

 

 俺の考えも知らず、武部が楽しそうに話す。

 俺はそんな武部に、少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

「そうだな……その内、機会があったら」

 

 

 その日が来るかは、まだ分からないが。

 

 

 

 

 

 

「良し! じゃあ百式君の妹と会う約束もしたし、みんなで料理作ろうよ! 華はジャガイモの皮剥いて!」

「わかりました」

 

 

 俺の妹の話が一区切りして、武部がそう切り出した。

 五十鈴が頷いて野菜の入った袋を持ってキッチンへと向かう。

 

 

「自分はご飯を炊くであります!」

 

 

 秋山が続けてそう言うと、背負っていたリュックを下ろして中身を取り出した。

 そしてリュックの中から取り出したモノを見て、俺は思わず眉を寄せた。隣にいた武部も同じように困った顔をしていた。

 

 

「え、なにそれ?」

「お前、いつも持ってるリュックにそんなもん持ち歩いてるのか?」

 

 

 秋山のリュックから出てきたのは、飯盒一式だった。しかもキャンプで使う型ではなくて、軍用らしきモノだった。

 

 

「ええ! いつでも野営できるように!」

 

 

 コイツのリュックの中身を想像すると、頭痛がしてきた。

 いつでも野営出来るようにってことは、サバイバル出来る道具一式を常に持ち歩いているということだろう。

 教科書など入っているとは思えなかった。そういう野営用品を決して使う機会なんてない学園艦で持ち歩いている秋山を見て、俺は心底思った。

 

 

「馬鹿だコイツ」

「それを言ってあげないで、百式君」

「二人とも! 酷いでありますよ!」

 

 

 俺と武部の話に、秋山が声を大きくする。

 そんな秋山に俺と武部は同じことを思ったに違いない。

 それ以外に、どう言えば良いのだろうかと。

 

 

「痛っ!」

 

 

 そんな時、キッチンから五十鈴の声が聞こえた。

 俺はキッチンでそういう声がすることに、すぐに察しがついた。

 慌てて俺がキッチンに行くと、五十鈴がジャガイモを持っていた手の人差し指を咥えていた。

 

 

「おい! お前指切ったのか⁉︎」

「はい……花しか切ったことなくて……」

 

 

 少し痛そうに五十鈴が眉を寄せる。

 

 

「絆創膏! 確かあったはず!」

 

 

 俺の声を聞いたのか、みほが慌てて部屋を漁っていた。

 医療用品はみほに任せて俺は五十鈴に近づくと、彼女の持っていた包丁を取り上げて咥えていた指の手を掴んだ。

 

 

「指! 見せてみろ!」

「えっ? は、はい」

 

 

 勿論、答えは聞いていなかった。

 五十鈴の手を確認する。人差し指の先に少しだけ薄く線が入っていた。血が少し滲んでいる手を見て、俺はホッと安堵した。

 

 

「……少し刃が掠めただけか、良かった。深く入ってない」

 

 

 傷を見る限り、皮膚を少し切っただけだった。

 肉や骨まで刃が入っていないことに思わず安心していた。

 しかし俺は少し目を細めると、先程まで五十鈴が使っていた包丁手に取った。

 そしてジャガイモをもう片方の手で持つと、俺は五十鈴にリビングへ行くように顎で指示した。

 

 

「五十鈴は包丁使うな。俺がやる」

「え、百式さんが?」

「百式君、料理できるの?」

 

 

 俺の話に五十鈴と武部が揃って驚く。

 俺は明らかに馬鹿にされていると思うと、苛立つ気持ちを抑えながら言い返した。

 

 

「お前達、人を馬鹿にしてるな。皮剥きくらい出来るに決まってるだろ」

 

 

 苛立つ気持ちを罪のないジャガイモにぶつけることにする。

 ジャガイモに刃を当てて、ジャガイモを回しながら皮を剥いていく。

 

 

「わっ、本当に出来てる」

 

 

 俺の皮剥きを見て、武部が目を大きくしていた。

 俺が家で一人暮らしで自炊している話をすると、武部は信じられないと顔を歪めていた。

 

 

「なんかイメージじゃない。百式君の食べるご飯ってリンゴとかを直で齧ってると思ってたのに……」

「うるさい、俺は肉じゃがの野菜の下ごしらえしてやる。武部は何するんだよ?」

 

 

 随分と酷いことを言い出す武部を黙らせて、俺は武部に何をするか訊いた。

 俺の問いに、武部は自分を指差すと、

 

 

「私? 私は唐揚げの準備でもしようかな? 百式君が料理出来るなら野菜準備まかせる。出来たらそっちの肉の用意するから」

「了解、まかせろ」

 

 

 俺の返事を聞いて、武部が自分の鞄に手を伸ばす。

 武部が鞄の中から小さな容器を取り出すと、彼女は目に指を当てて何かを両目から取り出していた。

 

 

「思ったより意外とみんなが使えないし……良し!」

 

 

 そして更に鞄から小さなケースを取り出して、赤い眼鏡を掛けていた。

 

 

「武部、お前コンタクトだったのか?」

「ん? そうだよ、家ではメガネにしてるの」

 

 

 つい、俺は思ったことを本人に訊いていた。

 武部は自分の掛けている眼鏡を撫でると、小首を傾げた。

 

 

「変だった?」

「いや、意外だったってだけだ。別に変じゃない、似合ってるよ」

 

 

 普段眼鏡を掛けていない人が掛けると、別の印象を受ける。

 いつもの抜けた顔が少しだけ頭が良く見える。

 話したら面倒くさいことになるから、言わないでおくが。

 と言っても、似合っているというのは嘘ではない。

 

 

「百式君から初めて褒められた気がする」

 

 

 しかし俺の言葉に、ありえないモノを見る顔で武部が震えていた。

 こういう顔を見ると、普段の武部が俺をどう見ているかよく分かる。

 俺は呆れながらも、武部に訊いていた。

 

 

「俺、そんなに褒めたことないか?」

「うん。逆にあると思ってたの?」

 

 

 そう言われて、武部との今までのことを思い出す。

 思い出して……確かに褒めた覚えがなかった。

 柄にもないのとを思うが、少し武部に悪いことをしたかもしれない。

 俺は武部の質問に答えることをせず、目の前の野菜に向き合うことにした。

 横でチクチクとうるさい小言を言う武部に、俺は自分で撒いた種をどう黙らせるか考えることにした。

 

 

 

 

 

 

『いただきます!』

 

 

 

 そんなことが色々ありながらも、無事夕飯が完成した。

 肉じゃが、唐揚げ、刺身、サラダ。そしてご飯と味噌汁と一般的な夕飯になった。

 量が多い気がするが、六人もいれば問題なく食べきれるだろう。

 しかし六人もワンルームの部屋で夕飯を食べるのは、かなり狭い。

 みほの部屋のテーブルでは小さ過ぎると言う話になり、わざわざ俺が自宅にある小さいテーブルを持って来させられたのには文句を言いたくなった。

 往復で十五分の距離だったので別に良いのだが、何故武部は俺の名前をそう言った時に最初にあげるのか?

 男だから、そんな答えが出て来る気がしたのでスーパーの時のように諦めたのは秘密にしておこう。

 

 だが俺が持ってきたテーブルを足しても、十分狭かった。

 そんな狭いところに行くのが嫌だったのか、冷泉が我先にとみほが使っている勉強机に座っていた。

 

 どう考えてもその場所は俺が使うべきだろう。

 

 しかし俺が何を言っても、冷泉は動かなかった。

 力尽くで引き剥がしても良かったが、みほの家に迷惑を掛けるわけにもいかず……俺は仕方なくテーブルに座ることにした。

 

 俺の右にみほ、左に武部。前に五十鈴と秋山が座る。そして視界の端に冷泉が見える。

 

 そんな座席で、色々あったが夕食が始まった。

 

 

「ところでなんで肉じゃがなんですか?」

 

 

 各人が食べていると、唐突に秋山がそんなことを言い出した。

 俺が黙って唐揚げを食べていると、武部が箸を指揮棒のように上に向けて誇らしげに答えていた。

 

 

「男を落とすには肉じゃがって本に書いてたんだもん!」

「つまりは百式殿を落としたいと!」

「もう! そういうことじゃないー!」

 

 

 秋山と武部の馬鹿話を聞きながら、俺は黙々と食べ進める。

 過去の経験からこう言った女子トークには不用意に参加しないようにしている。加わって面倒になったことの方が多かった。

 

 

「そのところ、実際はどうなんですか? 百式さん?」

 

 

 しかし五十鈴から思わず話を振られて、俺は啜っていた味噌汁を吹き出しそうになった。

 どうにか堪えて食器をテーブルに置くと、俺は五十鈴にある意味で感心していた。

 

 

「お前……たまにとんでもないパスを出すよな」

 

 

 その嫌味にも無反応な辺り五十鈴自身、自覚がないらしい。

 こういう女を天然というのだろう。わざとだったらこの女は大物だ。

 そんな質問を五十鈴がしたせいで、全員が俺を見ていた。

 俺は溜息を吐きたくなる気持ちになりながらも、無難に本音を返した。

 

 

「さぁ? 肉じゃがが男を落とすか知らないが、好きなやつには効果あるんじゃないのか?」

「えー! なんか適当に答えてない?」

「何を俺に求めてるだか……どうせその雑誌に肉じゃがはお袋の味とかでも書いてたんだろ」

「……なんでわかったの?」

「なんとなく、そういう話を中学の時に同級生が話してた」

 

 

 中学の時、素敵な嫁という馬鹿みたいな話で盛り上がるクラスメイトの話を思い出した。

 俺は大して話に参加してなかったが、全員が馬鹿みたいな理想を語っていて聞いてる分には面白かった。

 

 

「百式さんはどんな中学生だったんです?」

 

 

 俺の中学という言葉に反応したのだろう。五十鈴がそんな質問をしてきた。

 俺は肉じゃがを頬張ると、食べきるまで考えながら答えた。

 

 

「別に普通の中学生だったよ。学校行って、授業受けて、戦車に乗って、そんな毎日だった」

「普通の男子は戦車道しないよ、かずくん」

 

 

 俺の話にみほが苦笑いしていた。

 確かに、俺は普通の男子じゃなかった。

 

 

「ねぇねぇ、百式君の話聞かせてよ。思ったら私、百式君の話とか聞いたことないし」

 

 

 話の流れで武部が何気なく話す。

 俺は箸を進めながら、面倒だと答えるように鼻を鳴らしていた。

 

 

「別に聞いてもつまんない話しかない」

「それでも、友達だし! 友達のこと知りたいって思うのって普通じゃん?」

「……そうかい」

 

 

 こういう馬鹿か素直なのか分からない武部に、俺は反応に困る。

 俺の話……そんなのに興味があるのかと。

 思ったことを正直に話す奴だから、本心なのだろう。

 友達、と正直に言える人間はあんまり居ないと思うのに……珍しい女だと相変わらず思った。

 

 

「……そんなに聞きたいか? 俺の話?」

 

 

 気がどうかしたのか、反射的にそう答えていた。

 気付いたのも後の祭り。訂正も間に合わなかった。

 

 

「私は聞きたいよ。百式君の話」

「私も聞きたいです。百式さんの昔話」

「自分も百式殿の話は興味あります!」

 

 

 三人か揃って同じ反応だった。

 冷泉は先程からずっと黙々と食べているから、放っておく。

 横目でみほを見ると、目が合ったみほが目で語っていた。

 

 

『好きにしたら良いよ』

 

 

 そんな言葉が聞こえるような目だった。

 俺はまた少し間を置いて、考える。

 そうして自分に「まぁ、いいか」と言うと、俺は今日ぐらいはと思いながら口を動かした。

 

 

「中学の頃の話で良いのか?」

 

 

 俺が言うと、三人が頷いていた。

 その反応に、俺は苦笑いしながら昔を思い出しながら話すことにした。

 たまには思い出話というやつも、良いかと。

 仲間というやつがいる空間に、気が触れたのだろう。

 興味深々の武部達に、俺は懐かしい昔の話をすることにした。

 

 そうだな。俺が中学で戦車道を始めたキッカケでも話してみようか。

 

 一番の思い出を思い出して、俺は語ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『連絡事項だ! 今週末、練習試合をすることになった! 試合相手は――聖グロリアーナ女学院だ!』

 

 

 そして翌日、俺は今までにない怒りを覚えて――角谷杏の胸倉を掴んでいた。




さてさて、皆様読了ありがとうございます。

たまには日常回も良いのではないかと思う作者です。
一人でずっと葛藤してる和麻です。
またに出てくる安斎先輩、出番はいつの日か?(遠い目

ということで、最後にあの言葉が出ました。
また一歩、その日に近づいています。


感想、評価、批評、誤字報告はお気軽に。
頂ければ、また作者は頑張れます。

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