GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
「また風紀委員に連行されたの?」
和麻が自分のクラスに連行され、自分の席に座ると、隣の席に座っていた少女が彼にそう話し掛けた。
すでに和麻のクラスでは、以前から彼のことを知る生徒達には風紀委員に連行される光景は当たり前になりつつあるらしい。
和麻は自分の席で頬杖を突くと、顔を顰めながら答えた。
「あぁ、アイツ等もよく飽きないもんだよ。はぁ……諦めてくれないかねぇ……」
「無理じゃない? あの風紀委員だよ?」
「……ごもっとも」
和麻の隣の席で少女がふふっと笑みを浮かべる。
肩まであるウェーブの掛かった髪の少女だった。大洗女子学園の制服に身を包んだ、どこか抜けてそうな女。
それが初めて彼女――武部沙織を見た和麻の印象だった。
二年生になって同じクラスになり、朝に和麻とたまに話す程度の関係である。
最初の頃、和麻は沙織を無視をしようとしていたのだが一度無視した瞬間、彼女が泣きそうになったことから断念してしまった。
それ以来、話し掛けられれば答える程度の会話を和麻は沙織としている。
「百式君も授業出れば良いのに、なんでサボるの?」
ふと、沙織が何気なく和麻にそう問い掛けた。
「別に、この学校に男なんて居たって邪魔だろ? いない方が色々と精神的に良いに決まってる」
女子校に唯一在籍している男の存在など、他者から見れば邪魔な存在としか思えないだろう。
学校に来ようとしない和麻に理由は他にもあるが、沙織には一番妥当な理由を彼が告げる。
沙織はそんな和麻に小首を傾げた。
「そう? 別に私はなんとも思わないけど?」
「そんなこと言ってるから、お前は彼氏が出来ないんだよ」
「わっ! ひっどーい! そんな風に言わなくても良いじゃーん!」
和麻の一言に、沙織が目を大きくして嘆く。
武部沙織がモテようとしているのは、彼女が一方的に自分の話をしている時に和麻は聞いたことがあった。
何をそんなに必死になるのか、というのが和麻の本音だったのだが……彼にはそれを本人に話すつもりは微塵もない。
しかし別段、横にいる沙織が男性からモテないとは和麻は思わなかった。
喜怒哀楽の表現が激しい、可愛らしい女の子。というのが和麻が沙織と話してわかった印象だった。
だが悲しいことにこの学校は女子校だ。なので所謂出会いの場と言うのが殆どないのだろう。
なのに必死に出会いを求めるのも変な話である。和麻からすれば出会いが欲しいなら共学の学校に行けば良い話だ。
「冗談だ。まったく……朝から騒がしいっての」
和麻の一言に必要以上に騒ぐ沙織に、彼が呆れる。
そんな和麻の態度に、沙織はムッと頬を膨らませた。
「なによー! 別に私がモテないって決まったわけじゃないもん! それに騒がしくする原因作った人がそれ言う⁉︎」
「わかったわかった。お前はモテるモテる。可愛い可愛い」
「うわ、なんかムカつく」
身体をぷるぷると震わせて沙織が口を尖らせる。
本当に素直な女だ。和麻はそう思った。
「――武部さん、百式さん。おはようございます」
和麻と沙織がくだらない話をしていると、そんな時一人の女子が二人に声を掛けた。
和麻が声の方を向くと、そこには髪の長い和風美人と評されるような少女が立っていた。
「あっ! 華! おはよー!」
和麻と沙織へ話し掛けてきた少女に、沙織が楽しげに返事をする。
和麻は沙織と親しそうに話す華と呼ばれた少女の名前を思い出そうとした。
確か――五十鈴華。そんな名前だったと和麻は思い出した。
「百式さん、おはようございます」
和麻と目が合った華がお淑やかに一礼して挨拶する。
そんな華に、和麻は「あぁ、おはよう」と淡白な返事をした。
「もう! 挨拶くらいちゃんとしなさいよ!」
和麻の挨拶に、呆れた沙織が彼を窘める。
しかし和麻は知らぬと言わんばかりに沙織からそっぽを向くと、彼女を無視した。
「良いんですよ、武部さん。百式さんとはまだあまりお話出来てないので」
怒りを露わにする沙織だったが、華が優しく笑みを浮かべる。
しかし沙織は納得がいかないと頬を膨らませた。
「でも〜! せっかく華が話し掛けたのに!」
「良いんです。私は機会があった時にお話が出来れば良いので」
横で筒抜けの話を聞いて、和麻は小さく溜息を吐いた。
五十鈴華。礼儀正しい、お淑やかな雰囲気の少女だ。
和麻は、華のことが苦手だった。と言うよりも彼女を見ていると、不思議と自分の知っている女の顔が蘇る。
金髪で淑女という言葉がピッタリな女。和麻にとって、今はその女の顔は思い出したくなかった。
疎遠になった友人だった少女。今は何をしているかも知らない。
知りたいとも、思わない。それは彼女への自責の念からか、それとも……彼女が所属する学校への抵抗感か、和麻にはわからなかった。
「ダージリン――あいつ、今は何をやってんだか」
ぽつりと、和麻がその女の名を呟いた。
昔、和麻の中学生の頃からの友人だった。
戦車道。女の嗜みと言われる武芸のひとつ。それを通じて、和麻はある少女と出会った。
ひょんなことから試合をして、そこから親しくなった気がする。
自分よりひとつ歳上の女。和麻より先に高校へ入学し、自分が遅れて彼女の学校へ特別入学した。
その頃、彼女はその学校で伝統である“紅茶”の名を冠していた。
彼女の所属する学校では、戦車道で実力のある生徒には“紅茶”の名前を与えられる。
彼女の場合、それは“ダージリン”だった。簡単に言うとニックネームみたいなモノらしい。
当時、彼女と同じ学校にいた和麻は周りに習うように彼女のことをダージリンと呼んでいた。
本人もその名前を気に入っているようだったので、それ以来、和麻はその名を呼ぶようにしている。
会わなくなってから半年。意外と月日の経つのは早いとしみじみと和麻は思った。
『和麻さん、今日はどんな走りを見せてくれるの?』
ダージリンの顔が脳裏に浮かぶ。その瞬間――和麻の右目に痛みが走った。
「――ッ⁉︎」
思わず呻き声をあげた和麻。右手でそっと眼帯の上から目を押さえる。
久しぶりの痛みだった。半年前に見えなくなった右目、たまにダージリンの学校のことを思い出すと決まって痛みが走る。
半年前に起きた一件以来、和麻は顔の右側に大きな傷を作った。
裂傷、火傷などからの外傷から右目を失明し、痕が残ると言われた自分の顔の右側を、和麻は大きな眼帯で隠している。
自分で見ないように、それが一番の理由だった。
傷を見たら、思い出してしまう。それが一番の和麻にとっての苦痛だったからだ。
思い出されるのは――向けられる大きな筒。弾ける炸裂音。揺れる視界。そして右顔の刺痛。
朦朧とする意識。自分の前に身を挺して守ろうと塞がる人影。騒めく生徒達――血だらけの右目を押さえる自分自身。
じんわりと、自分の右顔に痛みが宿り出したことを理解する。
――不味い。和麻がそう思った瞬間、沙織が彼に声を掛けた。
「百式君? 顔色悪いけど大丈夫?」
「――あぁ、大丈夫だ。なんでもない」
また右顔に鈍痛が響こうとした瞬間――和麻はハッと意識を取り戻した。
先程まで感じていた微かな痛みの前兆。それが消え失せたことに、和麻はホッと安堵した。
やはり、思い出さないようにしなくてはならない。何度となく実感するが、いかんせん思い出してしまうのが女々しいと和麻には思えた。
「右目、痛むのですか?」
心配そうに華が和麻を見つめる。沙織も同じような目を彼に向けていた。
「ちょっと昔のことを思い出してな、悪かった。気にしないでくれ」
華と沙織に和麻が素直に謝罪する。
それはこれ以上、詳しく聞いてくるなという和麻なりの表れだった。
それをなんとなく理解した二人は顔を見合わせると、和麻にわからないように頷き合っていた。
「なら良いんですが……何かあったら言ってください」
「そうだよ、私達クラスメイトじゃん!」
そして二人が優しく心配してくれることに、和麻は「――すまない」と返した。
二人が知る限り、珍しい表情だった。俯きながら、右の眼帯に手を添えて、和麻はどこか悲しげな表情を見せる。
そんな和麻が普段見せない表情に、二人は思わず話を変えることを選んだ。
「あ! そう言えば今日転校生来るらしいよ!」
沙織が今思い出したと言わんばかりに声を大きくする。
それを聞いた華は興味津々と沙織の話に耳を傾けた。
「へぇ、そうなんですか?」
「うん! なんか遠くの学校から来るらしいよ!」
「どんな人でしょうか?」
「面白い人だと良いなぁ〜」
沙織と華の会話を耳にしながら、和麻は二人に心の中で感謝する。
二人に気を使わせたのは、和麻には理解出来た。
だから楽しげに話す二人に口を挟むことをせず、和麻はただ黙って二人の隣で話を聞く。
転校生。その言葉に、和麻は妙な不安が襲った。
昔、自分が戦車に乗っていた頃に感じていた予感。
それは、何か自分に良くないことが起きる前触れとも言える感覚だった。
この感覚を、和麻は信じている。だからこそ、久しぶりに感じたこの感覚が一体なんなのか、理解に戸惑っていた。
「ねぇ! 百式君はどんな子が来ると思う?」
ふと、沙織にそう問われる。
和麻が少し悩む素振りを見せ、そして一言だけ――彼は簡潔に答えた。
「俺と関係ない人」
沙織がキョトンと惚ける。華も同じような反応だった。
しかし和麻は自分の言葉に念を込めて、告げた。
この自分に襲う感覚が外れてほしい。そう願って。
――他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みである
和麻の頭にそんな言葉が浮かぶ。紅茶を飲みながら、優雅に言葉を綴る少女を思い出しながら。
大体、彼女の言葉は当たる。それが和麻の不本意な確信だった。
またまた短めの話でした。
これぐらいならサクッと書けるんですよね……
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