GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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2.怒ることは、誰にでもある

 

 

「今週末、練習試合をすることになった。試合相手は――聖グロリアーナ女学院だ」

 

 

 それは和麻が大洗女子学園の戦車道チームに加わり、十一日目の練習が終わった時に河島桃によって告げられた。

 

 

 和麻はその言葉を瞬間、本当に目の前の女が何を言っているか理解出来なかった。

 

 

 そして河島の言葉をしばらくしてから理解すると、和麻の意思とは関係なく無意識に角谷杏の胸ぐらを掴みに行くほど、和麻は心の底から激怒していた。

 周りが和麻の行動に呆気に取られていようとも、彼には関係なかった。それほどに和麻は杏に怒りを露わにしていた。

 

 

「おい……一回しか訊かないぞ。今、あの女……なんて言った?」

 

 

 罵声になりそうな声をどうにか抑えて、和麻は静かに杏に問い質す。

 しかし杏は和麻に胸ぐらを掴まれてる状況でも変わらずに、飄々とした表情で答えた。

 

 

「だから言ったじゃん。“試合するよ”って」

「俺に何も相談なしに聖グロに試合を申し込んだのか? 俺、言ったよな? 練習の日程についても、練習試合についても……言ったよな?」

 

 

 飄々と小馬鹿にするような杏の態度に、和麻の不快指数が劇的に上昇する。

 その態度に和麻の口から反射的に罵声が出ようとした瞬間、杏を掴んでいる彼の腕を誰かが掴んでいた。

 

 

「かずくんっ! やり過ぎだよっ‼︎」

 

 

 みほが慌てて、和麻の腕を掴んで叫んでいた。

 その声を聞いて、和麻が今自分がしている行為に気づき、頭に上っていた血が少し引いていく。

 みほに止められた和麻は舌打ちすると、杏を掴んでいた手を乱暴に放した。

 

 

「百式! 喧嘩はダメだぞ!」

「先輩! 流石にまずいです!」

 

 

 磯部と河西が咄嗟にみほを引き離して和麻の腕を掴む。続いて他のバレー部メンバーも和麻を抑えに行った。

 そして和麻の身体を抑えたバレー部の四人が杏から引き離し、杏は小山柚子に崩れた制服を整えられていた。

 

 

「百式ッ! 貴様、会長に向かって手を出したな!」

 

 

 そして次の瞬間、河島が和麻に向かって目を吊り上げて迫っていた。

 しかし今度は和麻に向かっていく河島が一年生達に慌てて止められていた。

 今にも掴み合いの喧嘩になりそうな雰囲気の中、和麻はバレー部四人抑えられていても暴れることなく河島に怒鳴っていた。

 

 

「うるさい! まだお前達に試合させるわけにいかないから怒ってるんだろうが!」

「貴様っ! 会長がやることに文句あるのか!」

 

 

 一年生に抑えられている河島が無理にでも和麻に向かっていこうとする。しかし一年生六人に抑えられている所為でその場で無理に暴れているだけだった。

 

 

「当たり前だ! あるから怒ってるんだよ!」

「何が気に食わない! 勝手に試合を組まれたことか⁉︎ それとも試合する学校が気に食わないのか⁉︎」

 

 

 河島が一年生に止められながら叫び、そして和麻も叫ぶ。

 確かに河島の言う通り、和麻は全て気に食わなかった。勝手に生徒会で練習試合を組まれたことも、そして試合を申し込んだ“相手”にも全てに文句を言いたかった。

 

 

 

「気に食わねぇよ! だけどこっちはな! もっと大事なことに腹が立ってんだよ!」

 

 

 

 しかしそのことよりも、和麻には更に腹が立つことがあった。

 バレー部の四人に止められながらも、和麻は河島に向かって睨みながら叫んだ。

 

 

 

「頑張ってるお前達に負ける試合なんてさせられないから怒ってんだろうが! この馬鹿がッ!」

 

 

 

 その時、河島は目を見張った。河島を止めていた一年生も、和麻を止めているバレー部も、全員が同じような反応をしていた。

 そして河島が言い返さないことに、和麻はここぞとばかりに声を荒げて彼女を怒鳴りつけた。

 

 

「確かに負けることで成長出来る時もある! 悔しさをバネに努力することも大事だろうさ! 試合の経験も必要だ! だけどな! これだけ毎日辛い練習を投げ出さないで努力してるお前達を――試合で勝たせてやりたいと思う俺のどこが悪いんだよっ⁉︎」

 

 

 和麻が叫ぶ。怒りの理由を。

 その叫びを聞いて唖然としていた河島がハッとすると、すぐに口を返した。

 

 

 

「なら勝てば良いだけだろう! 練習は十分してきた! もう試合しても問題ない!」

「お前は馬鹿かッ! このド素人が……!」

 

 

 和麻の目が鋭くなる。河島の口から出る言葉の全部が彼を苛立たせた。

 

 

「なら相手考えてから言え! 初心者集団の学校の初めての試合に全国強豪校を申し込む馬鹿がどこにいる!」

「私達はこれから全国大会に出るんだ! ならすぐに強豪校と戦うことに意味がある!」

 

 

 本来なら河島の話にも、一理あると言えるだろう。

 普通ならその考えで問題はない。戦力がある程度整った弱小校ならば。

 しかし和麻の考えは、その話を全て切り捨てていた。

 

 

「この大洗の戦力を見て言え! たったの五両しかないんだぞ! 例え戦う学校が同じ車両数でも扱うスペックが他校と違って低く過ぎるんだよ!」

 

 

 大洗が保有する戦車は五両。しかし保有する戦車は他校の戦車と比べれば、あまりにも非力と言えた。

 IV号戦車D型、38t戦車B/C型、八九式中戦車甲型、Ⅲ号突撃砲F型、M3中戦車リーと並ぶ大洗保有戦車で十分に撃ち合える戦車は半分もない。

 砲弾を撃つことは問題なく全車両出来るが、撃った砲弾で相手を撃破判定にさせるだけの“威力”を撃てる戦車が少ないのだ。

 

 

「なのに聖グロと試合だと⁉︎ マチルダとチャーチルの装甲はⅢ突以外は至近距離からの砲撃じゃないとまず抜けない! 百メートル以内か至近距離で撃たないと撃破できない相手なんだぞ!」

 

 

 聖グロリアーナ女学院には、イギリスの戦車が保有されている。その中の“ある二両”においては、試合においてほぼ必ず使われている。

 

 それがチャーチル歩兵戦車とマチルダⅡ歩兵戦車だ。

 

 その二両に関して、和麻が最も危惧する点が装甲である。

 戦車の内部を覆う装甲が非常に厚く、防御力に特出した戦車を使うのが聖グロリアーナ女学院の特徴でもある。

 その厚い装甲を突き破るだけの威力を持つ砲撃を長距離や中距離で撃てる戦車が、そもそも大洗にはⅢ号突撃砲F型しかいない。

 しかし威力が低くとも全部の戦車が抜けないというわけではない。一部の戦車に関しては、それすらも不可能なのだが。

 それを可能とするには長距離や中距離ではなく、至近距離からの砲撃しかないのだ。

 飛翔すればするだけ砲弾の威力が下がるのだから、端的に言えばゼロ距離で撃てば撃破出来る可能性はある。

 

 しかしそれを言葉で言うのは簡単だが、現実として実行出来るかはまた別の話である。

 

 

「それをやるには明らかに全員の技術がいる! 聖グロの浸透強襲戦術を突破するのには更に作戦を立てないと不可能だ!」

 

 

 そして更に最初の問題である装甲という壁を乗り越えても、相手が黙っても至近距離に迫ってくる強襲戦術を聖グロリアーナが使ってくることを和麻は知っていた。

 

 聖グロリアーナ女学院では、伝統的に浸透強襲戦術を使う。

 

 簡単に言えば、前線に穴を開ける戦術だ。前線を突破した後に敵の裏側に回り込む――つまり敵陣に“浸透する”作戦だ。

 重装甲の戦車を使い突破口を開き、他の戦車を送り込み敵の裏側から崩すのが主な内容となる。

 ここから細かい発展など沢山のパターンがいくつかあるが割愛する。その作戦を聖グロリアーナに使われることが現場の大洗には非常に良くなかった。

 

 まず第一に、まともに撃ち合えない。正面の装甲をⅢ突以外の砲撃で突き破ることができないのだから。

 至近距離まで接近されれば、大洗の戦車が聖グロリアーナの戦車を撃破する前に確実に撃破される。

 しかし相手の砲撃を掻い潜り、更に威力の低い砲弾でも撃破判定にさせる弱点(ウィークポイント)を撃ち抜ければ勝算もあるのだが――

 

 そもそも実力と経験が足りていない大洗に“ソレ”を要求すること自体が間違えている。

 

 仮に聖グロリアーナの浸透強襲戦術を崩すだけの作戦を立てたとしても、それを実行できる技術があまりにも足りていないのが現実だった。

 

 

「例え作戦を組んだところでその作戦を実行するためには、確実に全員の技術がいるんだよ!  だから全国大会までに仕上げる予定を組んでたんだ!」

 

 

 だからこそ、和麻はそれを見越して考えていた。

 たったの五両の戦車で、幾重にもいる強豪校の戦術を攻略するために必要な事柄を。

 作戦を実行できるだけの技術を、それを自信を持って行える経験を、戦うことに諦めない勇気を。

 全てを完全に仕上げることなど不可能と思いながらも、和麻は少しでも近づけるようにと考えていた。

 

 

「その予定を全部台無しにするようなことをするな! まだお前達に試合は早い!」

 

 

 それをたった一度の練習試合で崩すことなど、和麻には到底容認できるわけがなかった。

 

 和麻の叫びに、全員が目を見張る。

 

 自分達よりも遥かに自分達のことを考えていた和麻に、少なからず“ほぼ全員”が困惑していた。

 誰よりも大洗の現実を理解して、それでも自分達を勝たせようと真剣に考えていたことをハッキリと全員が理解した。

 

 

 

「でも決まっちゃったんだから、試合すれば良いじゃん?」

 

 

 しかし杏は、そんな和麻に変わらない飄々とした顔で答えた。

 和麻の目が鋭く、杏を睨みつける。

 和麻の表情の変化に、思わずバレー部の四人がが彼を抑えつける力を強めていた。

 

 

「ふざけたことを言うのも大概にしろよ……お前……!」

「百式ちゃんの言うこともわかるけど、自分達の実力がどこまで通じるか知ることも大事だと思うよ〜」

 

 

 そして杏が全員を一瞥すると、和麻に胸を張って言い放った。

 

 

「ならみんなに聞いてみれば良いじゃん? 百式ちゃんが思ってるより、みんなそんなに弱くないんじゃない?」

 

 

 そして杏が堂々と右手を大きく上げると、気だるそうな声色で楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「週末、試合したい人〜!」

 

 

 杏が全員に告げる。そして河島桃と小山柚子が続くように手を挙げていた。

 しばらくの沈黙の後、次々と他のメンバーも手を挙げていた。

 

 

「お前達……なんで……」

 

 

 その光景に、和麻が目を大きくした。あれほど駄目だと言ったはずなのに、どうして手を上げるのかと。

 

 

「先輩、私は今の自分の実力がどこまで通じるか戦ってみたいです。先輩に教わってきた技術を使った操縦手として、今の私がどこまでやれるかやってみたいです」

「やっぱり試合でないと分からないこともあると思います!」

 

 

 和麻を抑えるバレー部の河西忍と佐々木あけびが、彼を見つめる。

 他に手を上げていたメンバーも、同じように和麻を見つめていた。

 そんな周りの反応に和麻は顔を顰める。どうして自分の話を理解していないのかと。

 

 怒りを通り越し、和麻はもはや呆れてしまっていた。

 

 しかし呆れる和麻に、杏は戯けた表情で彼に問い掛けた。

 

 

「そんなに百式ちゃんは試合に反対? 理由は確かに一理あるけど、それよりも……本当は百式ちゃんの方が嫌なんじゃないの?」

 

 

 その質問は、和麻の神経を逆撫でするだけの意味があった。

 和麻にとって、それを問うこと自体に意味があったのだから。

 

 

「……なに?」

 

 

 その問いに、和麻が静かに目を鋭くさせて訊き返した。

 その質問の意味は、和麻にとって最上級の嫌味と捉えることが出来たからだ。

 

 

「聖グロの人達とさ、会うのが怖いんでしょ?」

「なッ――‼︎」

 

 

 そして次に出た杏の言葉に、和麻は激怒した。

 バレー部の制止を忘れるほど、和麻は杏に詰め寄る。

 バレー部四人を引きずらせながら、和麻は今にも殴りかかりそうな剣幕で杏を睨みつけた。

 

 

「角谷ッ‼︎ てめぇ‼︎ よりにもよって“その話”をここでッ⁉︎」

 

 

 口が悪い和麻でも、ここまで誰かに対して口を悪くしたことはなかった。

 本来、口が悪い方ではない和麻なのだが、杏のその言葉は彼に感情のままに声を荒げさせた。

 今、大洗戦車道メンバーが全員いる前で自分の知られたくない過去について話した杏に、和麻はそれを許すことは出来なかった。

 例え自身の過去と向き合っていたとしても、今この場でその話をされることが一番許せなかった。

 

 

 この場には、みほ以外は戦車道の初心者しかいない。

 和麻の傷跡を見たことがあるのは、みほ達のチームだけだ。

 

 

 和麻の聖グロリアーナでの過去は、戦車道の悪い面なのだ。

 戦車の砲撃を人に向けて放つ。そして受けた和麻自身の傷。それを初心者に知られることが、和麻は耐えられなかった。

 現実に和麻という戦車道の悪い面を体現した人間が居て、人に砲撃を放てる人間が戦車道界にいるとこの場にいる全員に思われる。

 そんなことがある戦車道なら、やりたくない。そう思われるかもしれない。

 そんなことで戦車道を諦められるなど、和麻には到底容認出来なかった。

 

 まだ種から蕾になる程度に成長し続ける彼女達に、そんな過去を伝えられて彼女達を摘み取られるなど――和麻には許せるわけがなかった。

 

 しかし杏は、そんな和麻に呆れたように溜息を吐く。

 まるで和麻の気持ちを理解しているように、むしろ理解していての行動なら和麻は更に激怒する自信があった。

 どこか哀れな人を見るような目で、杏は和麻に語りかけた。

 

 

「もうそろそろみんなに話しても良いんじゃない? 百式ちゃんの“戦車の砲撃を受けてできた眼帯の下にある目のこと”と、長袖を着て誤魔化してる“身体中にある傷跡”のこと。それと聖グロから大洗に転校して、戦車道をやめた理由をさ」

 

 

 和麻が顔を歪めた。遂に杏が話してしまったことを、もう元には戻せない。

 周りのメンバーが驚いた顔をして、和麻を見た。

 全員が和麻の眼帯を見つめる。その視線に、和麻は全員を見渡すと――諦めたように肩を落とした。

 そして杏が言ってしまった話に、彼は堪らず強く言葉を返していた。

 

 

「そんなことをみんなに話すわけがないだろうが……俺の“コレ”は戦車道の闇なんだ。だから、だから、戦車道を始めたばかりのお前達に知られるわけにはいかなかったのに……!」

 

 

 和麻が表情を暗くする。

 しかし杏は呆れていた。

 

 

「分かってると思うけど、気付いてる子もいるよ。百式ちゃん、みんなもそんなに馬鹿じゃないって」

 

 

 杏が周りを見渡す。そして彼女は全員に訊いた。

 

 

「全員、正直に答えてねぇ〜。生徒会以外で百式ちゃんのこと、知ってる人〜?」

 

 

 杏の質問に、五人だけ手を挙げていた。

 澤梓、エルヴィン、おりょう、秋山優花里、西住みほの五人だった。

 

 

「西住ちゃんは知ってて当然。秋山ちゃんも戦車道に詳しいからねぇ〜。残りの三人は……自分で調べた?」

 

 

 杏が残りの三人に訊くと、三人は揃って頷いていた。

 

 

「私は先輩のことが気になって調べました。今は全然ですけど、初めて会った時はすごく怖かったですから……有名な人って聞いたので調べたら先輩と聖グロリアーナのことがあって……」

 

 

 澤梓がいたたまれなさそうに顔を伏せていた。

 

 

「みんなに言わなかったの?」

「言えるわけないじゃないですか、アレが本当なら尚更」

 

 

 杏の質問に、梓が即答する。

 杏はそれに「そっか」と微笑むと、残りの二人に目を向けた。

 

 

「私とおりょうも同じ感じだ。百式が怖いとかじゃないが、百式のソウルネームを考える時に試しに調べてみたら偶然出てきたんだ。内容が内容だからな、下手に言いふらす話じゃない。私とおりょう以外には口外しないことにしたんだ」

 

 

 エルヴィンも梓と同じように話し出した。

 

 

 

「なるほどねぇ……もう少し知ってる人が居ると思ったけど、少し意外だった。案外、百式ちゃんもちゃんと“信頼されてた”みたいだねぇ〜」

 

 

 

 杏の最後の言葉に、妙に含みがあった。

 それに和麻が反応するよりも先に、反応した人間がいた。

 

 

「会長。それは、どういう意味ですか?」

 

 

 みほが静かに会長を見据えていた。

 その顔は今までのように気弱な表情ではなく、戦車に乗る時に見せる真剣な表情だった。




読了、お疲れ様です。

ちょっと文章が作れなくて嘆いています。

ある程度書いていたのですが、かなーり長くなりそうだったので分割にしています。次回は割とすぐに出せると思います。
元からだいぶ違いますが……そこは気にせず……

ここからちょっとアニメ本編と違うシーンが多くなると思います。

感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、作者は頑張ります。

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