GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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4.前金を受け取るなら、それは承諾

 

 

 

 

 

 

 

「くだらない……? くだらないって? 俺の……俺を……“くだらない”って?」

 

 

 杏の一言は、和麻を静かに激怒させた。

 くだらない。そのたった一言で、杏は和麻の“想い”を否定した。

 男が戦車道をする意味。聖グロリアーナ女学院での出来事。和麻が戦車道の道を閉ざした理由のすべてを杏は簡単に否定していた。

 

 和麻が抱いた願いを。自分の積み上げた戦車道の全てを投げ捨て、聖グロリアーナ――“彼女達”の道を裏切る形で守ろうとした想いを。

 

 

『お願いします……お願いだから……あの人達から、大好きな戦車道を奪わないでください。俺の全てを差し出します……俺の所為で、俺の所為で……あの人達から戦車を、将来を奪わないでください』

 

 

 脳裏に焼き付いている“あの日”が、和麻の頭に過った。

 白い部屋。身体中を包帯で包まれた身体で壊れたブリキのように動き、ベットから崩れ落ちてもなお、床に額を擦り付けて懇願した日のことを。

 満足に動くことすらままならなかった身体をがむしゃらに動かし、和麻は懇願した。

 

 尊敬する母に、願った。

 

 自分の全てを捨ててでも、守ろうとしたモノがあった。

 その願いで、あの人達の戦車道は守られたのだと思って。

 

 

『どうしてアンタなんかが戦車乗ってるの?』

『私達、“乙女”の戦車道を辱めないで頂けるかしら?』

『操縦が少し出来るくらいで男が戦車に乗れると思ってるの?』

 

 

 色々な言葉を向けられた。

 様々な人達から、様々な侮蔑を、蔑まれる言葉を。

 その言葉を“受け入れ”て、なおも前に進もうとした想いを。

 

 その選択は間違っていないと、そう願った。

 

 男が戦車に乗る“意味”を受け入れて、進んだ道。

 自身の道を“裏切る”形で捨て、守ろうとした彼女達。

 

 その和麻が抱いた想いを。杏は全て否定したのだ。

 

 

「ここまで人に舐められたのは……本当に久しぶりだ。ここまで頭に来たのは……初めてだ」

 

 

 未だかつてない怒りを、和麻は感じた。

 自分のことをどんなに否定されても、すべて受け入れていた和麻の心がこの時、確かに異を唱えていた。

 その言葉を、決して受け入れることなどできない。受け入れることなど、許してはいけないのだと。

 

 

「百式……⁉︎」

 

 

 磯部が目を見張った。

 バレー部の四人で抑えているはずの和麻が、四人を引き摺って動いていた。

 女子四人の体重を引き摺っている和麻に、満足に動くことなど到底できない。

 例え人一倍鍛えていたところで、男子高校生が女子高生四人分の体重を抱えた状態ではすり足で動くのが精一杯だった。

 

 

「お前……調子に乗るのもいい加減にしろよ? そのふざけた顔を泣き顔に変えてやることだって簡単なんだからな?」

 

 

 それでも、和麻は杏に迫ろうとしていた。

 怒りに満ちた瞳で、その表情を歪ませていた。

 しかし杏は怒り迫る和麻に、呆れたように溜息を漏らした。

 

 

「ほら、また逃げた。だから百式ちゃんは気づかない」

「俺はもう逃げてない! 自分の気持ちだって分かってる! お前に俺の何が分かるって言うんだよ⁉︎」

 

 

 逃げないと決めた。もう一度、自分の失った戦車道を取り戻すと決意した。

 だからこそ、和麻は大洗で戦車道をしている。断じて大洗の戦車道チームを利用して、戦車道をしている気になってなどいないと。

 

 

「そうじゃないんだよなぁ〜、もっと根本的なモノだって」

 

 

 しかし杏は苦笑いして、和麻に呆れた目を向ける。

 根本的に、二人の会話が噛み合っていなかった。

 杏の言い分、というよりも彼女自身が真に伝えようとしていることを和麻は一向に理解出来ていなかった。

 対して、和麻も自分自身と彼のトラウマと言える事柄すべてを否定されで激怒している。

 互いに噛み合わない会話をしていると杏は気づく。そしてまた溜息を吐いて、和麻に問うていた。

 

 

「じゃあ訊いてあげる。百式ちゃんはさ、聖グロの人達に会える? いや、百式ちゃんにはこう言ったほうが良いか……」

 

 

 そう訊いた後、杏は少し考えて、再度問うた。

 その質問に、その質問の仕方に、和麻は顔を顰めていた。

 

 

 

「百式ちゃんはさ。自分を信じてくれた人達に、もう一度ちゃんと会える?」

「……な、に?」

 

 

 その問いに、和麻が思わず訊き返していた。先程まであった怒りが忽然と薄れるほどに。

 その質問の意味を理解し切れず、そしてどうして杏は“聖グロ”ではなく“自分を信じてくれた人達”と言い直したのかと。

 

 

「会える? 会えない? どっち?」

 

 

 続けて、杏が問う。

 その質問に、和麻は会えると答える“はず”だった。

 

 

「そんなの決まってる! 俺は――!」

 

 

 しかし和麻の口から、その言葉は出てこなかった。

 

 

「ほら、やっぱり思った通りだった」

「違う、違う……俺は、俺は――!」

 

 

 杏が納得したような表情を見せる。しかしその事実に一番動揺したのは、和麻自身だった。

 その言葉を和麻が口にしようとした途端、口が全く動かなかった。

 自分の道を見つめ直す先には、自分の戦車道を塞いだ原因の一端である聖グロリアーナの人達と会うことなど分かりきっている。

 決めていた筈だ。自分に嘘をついていたことを謝り、そして戦車道をしたいという気持ちを伝えると。

 だからその時までは考えないようにしていた。その時が来たら、ちゃんと向き合おうと決めていた。

 みほに自身のしがらみと向き合うことを告げたように、自身にも言い聞かせたはずだ。

 

 なのにどうして、そのことを口にすることが出来ない?

 

 そのことに、和麻は自身を理解出来ていなかった。

 

 

「そう、それが百式ちゃんの気づかなかったことだよ」

 

 

 そうして杏が目を伏せて、告げた。

 そして続けられた杏の言葉に、和麻は言葉を失った。

 

 

「百式ちゃん。君はね、人から“嫌われること”を必要以上に人一倍怖がってるんだよ」

「えっ……?」

 

 

 杏の言葉を聞いて、和麻は背筋が凍った。

 この感覚を、和麻は一度感じたことがあった。

 言葉を失い、まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚。

 冷泉麻子との会話で、過去に一度この感覚を和麻は体験したことがあった。

 まさしくこれは、和麻自身ですら理解していなかった自身の事実を告げられた瞬間だった。

 

 

「いつからかは知らないけど、百式ちゃんは他人すら、更には自分も信用してなかった。自分を信じない人が自分を信じてくれた他人を信じることがなんて無理。信じられる人達を信用しないで、他人の目の色だけ優先したから歪んだだけ」

 

 

 そして杏は語った。和麻が理解していない、自身のことを。

 和麻は誰も信用していないと、故に自分自身も信用してなかったと。

 

 

「自分に自信を持って、仲間を信用すれば――百式ちゃんは折れなかった。聖グロの件も、自分を信じていれば怖くなかったんじゃない?」

 

 

 それは和麻のトラウマを抉る言葉だった。

 自身の道を塞ぎ、そして聖グロリアーナの戦車道を生かす為に選んだ和麻の選択。

 

 それを杏は端的に必要ない選択と言い切っていた。

 

 和麻が自分のことに、戦車道を“男”がすることに自信を持っていれば――そして自分を信じていた仲間を信用していれば、そんな選択をする必要はなかったのだと。

 

 

「ふざけるなッ! お前に何がわかる⁉︎ 俺がそれを選んだ意味が! あの時の俺にはアレしかなかったんだよ! 間違いなく聖グロの戦車道は“あの一件”で潰されるはずだった! だから俺は聖グロからいなくなったんだ!」

 

 

 和麻の話通り、聖グロリアーナの一件で確かに戦車道チームの解体話が確かにあった。

 

 それを和麻は自身が“聖グロリアーナに元々居なかった”という強引な手を使って揉み消したのだ。

 

 勿論、和麻だけで行った話ではない。戦車道連盟の蝶野亜美、百式流家元の百式一姫、そして聖グロリアーナ女学院など様々な人達が関わって成り立った話だ。

 しかしそれを現実として消せていないのが事実だった。記録としては消しているが、人の記憶からは消えていない。

 故に噂が噂を呼び、聖グロリアーナの一件が戦車道界の裏では有名な話になっている。

 

 今の和麻には知る由もないが、聖グロリアーナに数々の美名という名の悪名が付けられているのだから、あまりにも報われない。

 

 自分の人生を注いだ全てを捨てた果ての結果が聖グロリアーナの戦車道を生かしても、和麻を信頼していた聖グロリアーナの戦車道メンバーの心にずっと消えない傷を付けているのだから。

 

 

「なら、なんで仲間と“それ”に一緒に挑もうとは思わなかったの? 相談もなしに、勝手に全部一人で決めたのはなんで?」

 

 

 和麻の叫びに、杏は即答で言い放った。

 

 

「もう悲しませたくなかった! あの人達が俺のせいで悲しい思いをするのが耐えられなかったんだよ! だから――!」

 

 

 そこまで出て、和麻は言葉を止めていた。

 そして和麻の目が大きく揺れていた。まるで何かに気づいたように。

 

『……でも、俺はみんなを悲しませることになる。そうなるくらいなら』

『あなたに戦車道をやめろなんて、その人達は一言でも言った?』

『それは……』

『それが答えよ』

 

 蝶野亜美との過去の会話が、和麻の頭を過ぎった。

 たったの一度も仲間から戦車に乗るなと言われていない。

 仲間は誰一人も、和麻を責めることはなかった。

 和麻の昔の仲間達は、一度も和麻を見捨てはしなかった。

 

 そう、見捨てたのは、紛れもなく――

 

 そして和麻は、今この時――杏の言葉の意味を全て理解した。

 

 

「違う……俺はそんなことを思ってたわけじゃない。俺は、あの人達を守りたかったから……だって俺は……」

 

 

 先程まで暴れようとしていた身体が嘘のように力が抜け、和麻は顔を蒼白にしていた。

 誰に告げるわけでもなく、ただ一人でうわ言を呟いていた。

 

 

「でも、それを選んだ時点で……百式ちゃんは本当の意味で誰も信じてなかったんだよ。自分でさえも」

 

 

 杏が向ける言葉が、和麻の心を抉った。

 

 嫌われることを必要以上に、人一倍嫌っている。

 自分をもっと信じていれば、自信があれば。

 仲間を信用していれば、自分は折れなかった。

 見捨てたのは、仲間ではなく自分自身。

 聖グロリアーナの人達に、会う勇気がない。

 自分を信じてくれた人達に、会う勇気がない。

 

 どうしてだろうか?

 

 そんなことは簡単だった。

 百式和麻という人間は、こと戦車道に於いて、家族も、友達も、仲間も、誰も信じていない。

 そして自分自身の心の奥底で見捨てた人達に、嫌われたことを心の底から怖がっている。

 

 そのことを理解した和麻は、これまでにない焦燥感を感じた。

 頭の中でひたすらに肯定と否定を繰り返す。

 そして繰り返す心の矛盾に、和麻は言葉を失っていた。

 

 

「人から向けられる批判の目に耐えきれなくなって、誰も信用しなくなったんだよ。きっと戦車道で名前が広まった辺りからじゃない?」

 

 

 そんな和麻に、杏は静かに語り出した。

 第三者から見た和麻の在り方。自分では到底理解出来ない、和麻自身の矛盾を。

 

 

「心の弱い人はね。自分と同じじゃない人や自分より優秀な人を外に弾き出そうとする。だから百式ちゃんは色んな人達から弾き出されたんだよ。百式ちゃんに悪口言ってた人達、みんなほとんど戦車道してたでしょ?」

 

 

 和麻が動揺している中で、可能な限り振り返る。

 戦車道を和麻がしている以上、彼と関わる人達は全員戦車道をしていた。

 向けられた侮蔑の言葉は、紛れもなく戦車道を嗜む女からだった。

 またはその知人から、またはその友人から、否応なく酷評の言葉を聞かされた。

 

 

「それを振り払えなかった。その周囲の目をありのままに受け止めた。だから人を信用しなくなった。有名なスポーツ選手にありがちな話だねぇ〜」

 

 

 和麻は正面から“それ”を受け入れた。

 自分が尊敬する人と同じ戦車道をしていることを誇りに思って、男が戦車道をする批判を受け入れた。

 

 

「私が言うのもアレだけど、百式ちゃんレベルで世間から色々言われたら普通の人は潰れちゃうよ。でも百式ちゃんは潰れずに、それを振り払わずに抱えたままでやって来たんだから、そこまで歪んだんだよ」

 

 

 反発することなく、全ての酷評を受け止めた結果、次第に人に対して信用するということを和麻は見出せなくなっていた。

 

 

「誰かを信頼しても、信用はしてない。よくある言葉だけど、今の百式ちゃんにピッタリな言葉」

 

 

 仲間として信頼していても、戦車道を嗜む乙女である以上は信用出来ない。

 その強迫観念を本人すら理解出来ない内に、和麻は心の奥底に植え付けていた。

 そしてその強迫観念の発端たる自分自身ですら、和麻は信用出来なかった。

 人間不信。それも歪んだ形で生まれた特殊なモノだった。

 

 

「だから百式ちゃんが前に進むには、その“歪んでる心”を治さないといけない。そうしないと、君はなにひとつ前に進めない」

 

 

「歪んでる? 俺が、歪んでる? 違う。俺は歪んでなんかいない、歪んでなんか……」

「じゃあ百式ちゃんが聖グロの人達に会えない理由は?」

 

 

 杏の質問に、和麻が口を開こうとする。

 しかし自身の心を整理し切れていない和麻に、その質問に答えられるわけがなかった。

 何か話そうとしても、今話すことが間違えているとすら思えてしまう。

 

 しかしそれでも考えて、様々な考えが巡るなか行き着いた答えは――簡単だった。

 

 

 

「俺は、あの人達に嫌われているのが怖かったんだ。これ以上悲しい想いをさせたくないと思って、勝手に聖グロからいなくなった。俺はあの人達を裏切った。信じていなかったのは、俺だった」

 

 

 

 その答えを口にして、和麻は俯いた。

 そしてその気持ちを理解しなければ前に進めることが出来ないという杏の言葉を真に受け入れた。

 

 

「だけど俺には、治せる気がしない。もうどうしようもない」

 

 

 そして和麻は力無く呟いていた。

 自分ですら理解していなかった気持ち、心の底に植えついた強迫観念を取り除くことなど到底不可能だった。

 幼い頃から染み付いた心の在り方を、今になって変えることはできない。

 和麻の在り方を変えるということは、和麻自身そのものを否定することになる。

 全てを否定するということは、百式和麻という存在を否定してしまう。

 

 

「百式ちゃんがそのことにわかっただけで十分。その気持ちに気付いたなら、君はまた一歩前に進める」

 

 

 杏が和麻に近寄る。そして和麻の眼前まで顔を寄せた。

 その表情は、いつものように飄々と。そして確固たる芯の通った目をして、杏は和麻を見つめた。

 

 

「百式ちゃん、君には私達の大洗を全国大会で勝たせてもらわないといけない。私達は百式ちゃんの歪んだ心を捻じ曲げてでも元に戻す“お手伝い”をしよう」

「それは、あの時の続きか?」

 

 

 以前に杏と生徒会で話したことを和麻は思い出す。

 大洗の廃校を防ぐために和麻に戦車道をさせようとした杏との一件。

 その時は、杏に大洗が戦車道をする理由を知る条件に和麻が大洗で戦車道をすることを承諾した。

 和麻はその話のことを思い出して、呆れた笑みを浮かべた。

 

 

「そう、それが私が百式ちゃんに提示する条件。さっきの話は私の前金だよ。前金を受け取った以上、君にはこの話に乗ってもらうからね〜」

「前金……? よりにもよって前金ときたか? ははっ……馬鹿かアンタ?」

 

 

 杏の話に、和麻が可笑しそうに笑った。

 そしていつのまにか身体を抑えていたはずのバレー部達の力が緩んでいることに気づいた和麻が右手で杏の頭を掴んだ。

 眼前にある杏の顔を睨みつけるように見つめて、和麻は面白そうに嗤った。

 

 

「良いだろう。お前の言う“前金”には十分なモンを貰った。お前達を文字通り、死ぬ気で全国大会で勝たせてやる努力をしてやる。みほ達の戦車道の先を見るついでだ。覚悟しろよ、角谷」

「良いねぇ〜。百式ちゃんもその歪みきった心で聖グロから逃げようとしないでね〜?」

「うるせぇ、聖グロには今週末会うんだ。 逃げねぇよ」

 

 

 そう言い放って、和麻はバレー部に離れろと告げる。

 唖然とした表情で和麻の言うことを聞くと、バレー部達はそっと和麻から離れた。

 話を聞いていた全員が唖然とした顔で和麻と杏を見つめている。

 和麻は全員を一瞥すると、

 

 

「そういうことだ。角谷が言うには、俺はお前達を信用していないらしい。だけど俺はお前達を信頼してるし、信用する。俺の過去話なんて幾らでも聞かせてやる……そうだな、俺がお前達に渡す“前金”はこれで良いか」

 

 

 そう言って、和麻は全員を一瞥した。不思議と清々しい気持ちだった。

 和麻が右手を顔に添える。そして顔の右側にある眼帯に触れると――彼はそれを勢い良く取り外した。

 

 それは彼の意思の表れでもあった。

 見るだけで思い出すのが不快で隠していた顔の傷跡。それを表立って出すことで、自分の気持ちと向き合うという意味を込めて。

 

 和麻の顔を見たことがない全員が息を呑んだ。

 

 変色した肌に、何かが刺さった痕がある閉じられた右目。痛々しさが強く感じられる和麻の眼帯の下を、初めて全員が見た瞬間だった。

 

 

「これが戦車の砲撃を受けて出来た傷跡だ。俺の戦車道の全部をお前達に死ぬ気で教える。だからお前達……俺を信用してくれないか? 俺と戦車道をする気はないか?」

 

 

 そして和麻が今一度、ここで全員に問い掛けた。

 ある意味、自分への覚悟として。

 新しい一歩として、和麻は全員に問い掛けた。

 

 

「戦車道が楽しい、やってて良かったと思わせてやる。男で戦車道をやるやつの話を聞く奴がいるなら、俺と戦車道をやるぞ」

 

 

 全員が唖然として和麻を見つめる。

 楽しそうに和麻が笑みを浮かべて、全員を見つめる。

 そんな和麻に、ある一人が目の前に立っていた。

 

 

「その話、乗ったらお前を倒せるか?」

「麻子⁉︎ こんな時でもそれ言うの⁉︎」

 

 

 麻子が和麻の前に立っていた。

 沙織が目を大きくして呆れていた。

 そんな麻子の話に、和麻は可笑しそうに笑った。

 

 

「俺を倒すか? 心意気は良い、俺のところまで来れるなら来てみろ。俺を倒すやつを俺が教えるか……馬鹿な話だ」

「ふん、お前を倒せるならなんだってやってやる。お前の腕、全部盗んでやる」

「やれるもんならやってみな」

 

 

 和麻が右拳を麻子に向けた。

 麻子が目の前に突き出された拳を見て怪訝な表情を見せるが、その意味を理解すると溜息を吐いた。

 

 

「お前、良い顔になった。だいぶマシになってるぞ」

「うるせぇっての」

 

 

 麻子が和麻の拳に、自分の拳を突き出した。

 そして二人が同時に拳をぶつけると、和麻はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「覚悟しとけ、明日から朝練だ」

「……終わった」

「だから考えなしに動かない方が良かったのに!」

 

 

 麻子が膝から崩れ落ちた。そんな彼女に、沙織が後ろで頭を抱えていた。

 落ち込む麻子を和麻は笑う。しかし和麻はすぐにその表情を元に戻すと、彼は足を動かした。

 そしてある少女の前で立ち止まると、和麻は膝をついて少女を目を合わせていた。

 

 

「みほ、ありがとう。俺のために怒ってくれて」

 

 

 小山柚子に抱きしめられているみほに、和麻は心から感謝の言葉を告げた。

 

 

「……かずくん」

「そこまで怒ってくれるとは思ってなかった。だから、本当にありがとう。

 あと俺から、ひとつ質問して良いか?」

「えっ? な、なに……かな?」

 

 

 和麻が立ち上がると、中腰でみほへ右手を差し出した。

 その手に困った表情をみほが見せるが、恐る恐る彼の手を握る。

 和麻が座り込むみほを立ち上がらせると、彼はみほを見つめて告げた。

 

 

「お前には訊かれてばかりだった。だから俺から訊きたいんだ。

 みほ……この大洗で、俺と戦車道をしてくれないか?」

 

 

 みほが目を大きくした。和麻の手を握っていない手で、彼女は口を抑えた。

 目尻に涙を溜めて、みほが何度も頷いた。

 

 

「うん……うん……! やる……戦車道! かずくんが誘ってくれたんだもん! 絶対にやる!」

「そっか、なら良かった。ありがとう、みほ」

 

 

 和麻がその言葉をみほに告げた途端、みほが和麻に抱きついていた。

 

 

「良かった……! 本当に良かったよぉ……!」

 

 

 そう言って、みほが大きな涙を流して泣き出した。

 泣き出したみほに少し慌てる和麻だったが、和麻は泣いているみほに「ありがとう」と言って頭を撫でていた。

 せめて落ち着くまでは、胸を貸してあげようと。

 この学校で一番心配してくれていた友人に対しての恩返しのひとつと思って。

 

 

「良がっだでず〜! びゃくじぎどの〜!」

「もう泣かないの! はい、ティッシュ!」

「ありがどゔございまずー! だげべどのー! ずびー!」

 

 

 空気を読まない優花里には、あとで拳骨でも授けよう。

 そんなことを思いながら、和麻は泣き止まないみほの頭を撫でることにした。




読了、ありがとうございます。
少し、というかかなり無理があるかもしれません。
正直、かなり書くのに苦労しました。

ということで、ここまでの長かった和麻の心の話は一区切りしました。
今後、お分かりでしょうがある方と会う時にもう一度蒸し返す話になりますが、お許しを。

さてこの話で一区切りしたので、次回か次々回でようやく聖グロ戦が始められます。

頑張って書きます。お待ちください。それでは。
感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、作者は頑張れます。

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