GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
申し訳ありません。
久々の帰港は、やはり混み合った。
大洗学園艦に住んでいるほぼ全員が大洗町へ向かう為に、学園艦から陸へと降りる。
まさか徒歩で降りる稀な人間は限りなく少ない。ほとんどの人間が上陸用に用意された専用のバスや自動車を使って学園艦から陸へと向かう。
その為、帰港後の本土への住民の上陸許可が学園艦から出ると一斉に自動車が降りていくとどうなるだろうか?
まるでダムが決壊するように一斉に自動車が陸へと向かうこととなった。
結果、当たり前のように交通規制が行われた。警備員や警察の指示通りに、緩やかな速度で陸への上陸を全車両に促されることとなってしまう事態になった。
まさに大渋滞だった。緩やかな速度でゆったりと動いていくそんな大渋滞の波を、和麻はのんびりと本を読んで過ごしていた。
「わぁー! 久しぶりの陸だ! 私、陸に上がったら買い物したいなぁ!」
本のページをめくりながら、耳に聞こえる沙織の声に和麻は呑気だなと思いながら溜息を吐いた。
Ⅳ号戦車の後方で座りながらページを一枚捲り、後ろから聞こえる沙織の声に思わず和麻は口を動かしていた。
「武部、嬉しいのは分かるが我慢しろ。買い物くらい試合が終わってからだ」
「えぇ〜!」
「お前は何しにわざわざ大洗に帰港するか思い出してこい……」
頭を抱えたくなる気持ちを込めて、和麻が沙織にそう吐き捨てた。
そんな和麻に、沙織は頬を膨らませていた。
「別に良いじゃん! だって昔は学校はみんな陸にあったんでしょ? 良いなぁ、私もその時代に生まれたかったよぉ……」
不満そうな沙織の嘆きに、和麻は何を今更と思うながら本のページを捲る。
その沙織の話は、実のところ和麻も理解できなくもないと珍しく同意したい気持ちだった。
学園艦の歴史については、和麻も昔に学校の座学で学んだことがある。
昔は全国の学校は全て陸の上にあった。しかし来るべき国際化社会へ向けて広い視野を持ち、世界に羽ばたく人材育成と生徒の自主独立心を養い、高度な学生自治を行うために海上で生活する為の学園艦が生まれたと。
そんな奇天烈なことを唱えた人間がいたらしい。和麻には全くもって理解が出来なかった。
しかしながら学園艦での生徒教育や経済効果は大きかったらしく、今の学園艦制度が一般化しするようになったのだから、世の中は不思議だと思える。
「でも私は海の方が良いです! 気持ち良いし、星もよく見えるし!」
優花里の馬鹿な発言に関しては、和麻は聞き流すことにした。
能天気な優花里はいつものこと。少しの付き合いで、和麻は優花里の性格を少しは理解しつつあった。
「そう言えば……西住さんと百式さんは、まだ大洗の町を歩いたことはないんですよね?」
ふと、華がそんなことを二人に訊いていた。
思い返すと、和麻もそんな話を世間話で華にした覚えがあった。
和麻も大洗学園艦へ来てもう少しで半年というところ、その間にあった数回の帰航で一度も陸に上がったことはなかった。
特に否定する話でもなかったので、和麻は華の話に素直に頷いていた。
「あぁ、歩いたことないな」
「うん、私も」
みほも和麻と同じように頷いていた。
そんな二人に、沙織は楽しそうな声色で応えた。
「じゃあ二人共試合終わったら、あとで案内するね!」
「うん、ありがとう。武部さん」
武部の提案に、みほが嬉しそうに返事をする。
しかし返事をしなかった和麻に、沙織がむくれた表情を作っていた。
「百式君! 返事は!」
「……俺は遠慮しておく、試合が終わったら艦に戻る」
本に視線を落としながら、和麻が即答する。
沙織は和麻の反応が気に食わず、頬を膨らませる。そして彼女がⅣ号戦車の後方に座る和麻に近づくと、彼の手に持っている本を上から引き抜いた。
「あっ……お前、本をかえ――」
「百式君! へ・ん・じ・はっ⁉︎」
和麻の声を遮って、沙織が和麻を睨む。
思わず、和麻が珍しくたじろいだ。
沙織に睨まれて、和麻は不本意そうに表情を硬くする。
こういう顔をしている沙織は、とてつもなく面倒くさい。それを和麻は理解していた。
おそらく拒否しても、沙織なら頷くまでしつこく訊いてくるのだろう。それも和麻には面倒だった。
拒否と了承を天秤に掛けて、自分への被害が大きくない方を考える。
そうしね肩を落とすと、諦めた表情で頷くことにした。
「ったく……わかった。だから本を返せ」
「うん! それでよろしい! というか百式君、こんな時でも整備の本読んでるの?」
「うるさい、人の読んでる本に文句言うな」
沙織に本を返してもらい、和麻が呆れる。
たまにだが、沙織がこういう気を使わない素の態度を見せることが多くなった気がする。そう素直に、和麻は思った。
日に日に面倒臭くなっていく、沙織の今後の対応はどうすれば良いか真剣に考える日も近くないかもしれない。
彼氏でも出来れば……いや、多分無理だろう。沙織にそういった出会いが来るとは和麻には色々な意味で考えられなかった。
「百式殿、顔に出てますよ」
「そのデコ、また指で弾かれたいか?」
顔を覗き込んで来た優花里に中指を構える。
それを見た途端、慌てて逃げていく優花里に和麻は呆れた笑みを浮かべた。
そして和麻がようやく落ち着いたと思い、沙織から返してもらった本に視線を向ける。
しかしその時――今まで日向にいた和麻に、影が差した。白いページが黒く染まっていく。
ふと、和麻が上を見る。そして視界に入った船を見て、彼は少しだけ目を大きくした。
「……さて、ご対面。一年振りか」
目の前に広がる大きな艦。大洗学園艦と比べると二倍の全長を持つ、超巨大艦船『聖グロリアーナ女学院学園艦』。
間近に見て、和麻はまた近づいたような錯覚を覚えた。
いや、近づいたというより来てしまったという方が和麻には合っているのかもしれない。
もうここまで来て、逃げるなどあり得ない。和麻自身もそれを理解し、自身が逃げることを許しはしない。
しかしそうは思っていても、不思議と実感がわかない。こうして目の前に聖グロリアーナがいると分かっていても。
試合が始まるまで、もう少し。
しかし和麻には、今は関係なかった。
どれだけ聖グロリアーナが近くにあっても、和麻にとって大切な人達がすぐ目の前に居ても。
百式和麻は“この試合が終わる”まで――あの人達に姿を見せることが出来ないのだから。
◆
時刻は、午前八時になろうとしていた。
大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院の試合開始時間は、午前八時から行われる。
戦車道連盟の公式審判が各校へ向けて、集合のアナウンスが会場に流れる。
実のところ戦車道の試合をするのは、面倒なのだ。
学園艦内などで練習をする分には大した問題はないのだが、他校との練習試合となると話が違う。
まず場所、これに関しては“陸”を使わなければならない。
この条件の時点で、艦である学園艦は使用できない。
陸を使うということは、何処かの敷地を使うことになる。
つまりは、何処かの自治体から許可を得る必要があることになる。
今回は大洗女子学園の申請による親善試合という名目で、聖グロリアーナ女学院との試合が行われる。
大抵、試合を申し込んだ方の土地で試合が行われるのが通例である。
なので今回は大洗女子学園の本土である大洗町で試合が執り行われるわけだ。
大洗町で試合が行われるということは、つまりその町に住む住民から許可を得なければならない。
そして試合をする範囲を決め、住民が観戦できる発砲禁止区域を設定することを義務付けられている。
それに伴う交通規制や住民の立ち入り禁止の規制などで警備員の配置など、数多くの規則を守らなければならない。
加えて、試合開始時間を午前中から行う。これも通例の取り決めになっている。
戦車道の試合は、終了するまで時間が掛かる。大抵は数時間で終わるのだが、酷ければ数ヶ月などあり得る珍妙な事態もある。
正直に大人達が言うなら戦車道の試合で起きた被害を迅速に対応する為、というのが本音なのだが……
それは大人の事情、和麻達の知る由もないことだった。
「全員、整備は大丈夫か?」
和麻が大洗チーム全員に向けてそう告げる。
試合前の最後の車両点検だった。
勿論、全ての車両は和麻と自動車部のメンバーが細かくメンテナンスを行なっている。
しかし今までの練習で苦難を過ごしてきた戦車、愛着が沸くのが自然だろう。
試合で共に戦う戦車を試合前に自身で点検したいと思うのは、戦車乗りの性というものだ。
試合前日に和麻へ各チームの車長並びに各担当者達が、最後の点検をさせて欲しいと提案してきた。
その気持ちを和麻は十分に理解出来た。
和麻自身も、同じ立場ならば必ず同じことを言う自信があると答えられる。自分が運転する戦車の調子を自分で確認出来ないなど、和麻には考えられなかった。
もとより車両の構造については、和麻の指導の賜物でなんとか全員がある程度は把握している。車両の不備の確認等は問題なく行えると判断して、和麻はその提案を了承したわけだ。
和麻の言葉に、全員が声を揃えて大丈夫と返した。
そう聞いて和麻は頷くと、彼は全員に集合を指示した。
最終点検をしていた全員がすぐに和麻もとに揃い、和麻が全員を見渡す。
「最後の確認だ。全員、しっかり聞けよ」
全員が和麻の声に耳を傾ける。
そして和麻が続けた言葉に、彼女達は大きな声で返事をした。
「車長、作戦は覚えてるな?」
『はいっ!』
「りょ〜か〜い!」
車長に向けた和麻の言葉に、車長四人が声を揃える。そして遅れて杏が呑気に返事をした。
相変わらず、杏にはやる気が感じられない。和麻は溜息が出そうになった。
「次、装填手に通信手。色んな事態に備えておけよ?」
『はいっ!』
「良い返事だ」
装填手と通信手の返事を聞いて、和麻が満足そうに頷く。
「砲撃手、練習を思い出してちゃんと撃ってこい」
『はいっ!』
砲撃手の声に、和麻は「それで良い」と頷いた。
そして最後に残った操縦手達を一人一人の顔を見て、和麻は深く息を吸うと――
「操縦手ッ! あれだけ練習してきたからには本気でぶつけて来いッ! 試合でふざけた運転してくるんじゃねぇぞッ⁉︎ 舐めた運転してきた奴はタイムトライアル五十本だからなッ⁉︎」
和麻は全力で罵声を吐き出していた。
今までと違う和麻の声色に、全員が驚く。
しかし驚いたのは、操縦手を抜いたメンバーだけだった。
そして“いつものこと”かと理解すると、操縦手以外の生徒は呆れた顔を見せていた。
だがそれに反して、操縦手メンバーというと。
「操縦手ッ! 返事はッ⁉︎」
『はいぃぃぃ! 全力で頑張りますッ‼︎』
麻子以外、全員が大きな声で和麻に返事をしていた。
和麻はその返事に「良し!」と頷いた。
「で、お前……やる気あるのか?」
そして流れるように、和麻が麻子に近づき頭を掴んでいた。
顔を近づけて、和麻が麻子を睨みつける。
麻子はそんな和麻に恐れもせず、淡白に答えていた。
「私はいつも通りにやるだけだ。気合も何もない、お前も私を舐めるのもいい加減にしろ」
「それだけ口が返せるなら十分だ」
頭を掴んでいた麻子の頭を軽く撫でるように叩くと、和麻が先程まで立っていた位置に戻っていく。
そうして和麻が全員を見渡して、小さく笑みを浮かべた。
「試合開始だ。全員、今までの練習の成果を全力を尽くしてこい。試合を全力で楽しめ、やることやってテンション上げてこい」
最後の締めと言いたげに、和麻が穏やかに告げる。
それを聞いた全員が不意を突かれた。
いつもと違う和麻の穏やかな声色に、全員が驚いていた。
和麻を見た全員が互いに顔を見合わせる。そして互いに頷くと、声を揃えて返事をした。
『はいっ!』
その言葉に、和麻は満足そうに頷いた。
申し訳ありません、聖グロ出せませんでした。
正直、書くのに四苦八苦しています。
書くのが辛いと久々に思ってしまうほどに、
思うように書けなくて嘆いています。
今回、執筆をしてみたら、聖グロを出すのが今回の話ではかなり半端な部分で出てくると思いましたので一度区切って出させて頂きました。
次回、本当に聖グロメンバー出てきます。
次回で本当に試合が始まります。
試合が多分未だかつてない長さになるかもしれないですが、お許しください。話数が多くなるかもしれません。
何卒、よろしくお願いします。
8/16一部文章の追加、変更を行いました