GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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長くお待たせしました。
最新話になります。


9.好きに走ってくると良いわ

 

 

 

 

 

 大洗女子学園の最初の作戦は、待ち伏せによる奇襲という不意打ちだった。

 大洗側の戦力――保有する戦車を総動員させたとしても、聖グロリアーナ女子学園の戦車を各個撃破する攻撃力は大洗にない。

 聖グロリアーナが保有する戦車は高装甲を持つチャーチル歩兵戦車とマチルダⅡ歩兵戦車。その二種の戦車に対抗できる戦車は、大洗側にはⅢ号突撃砲F型しか対等に撃ち合える攻撃力を持っていない。

 つまり正面からの聖グロリアーナとの撃ち合いは大洗側の圧倒的な不利。よって大洗は必然的に奇襲などを用いた正面以外での戦いを強いられていた。

 

 その為、大洗側が仕掛けた作戦は必然的に待ち伏せからの奇襲となった。

 

 まず最初に大洗陣営の一両が聖グロリアーナの戦車達を引きつけ、そして予め決めていた地点に待つ四両で総攻撃を行う。

 全て撃破するとまで言わずとも一両でも聖グロリアーナの車両を撃破することができれば、大洗は聖グロリアーナに対して僅かながらでも有利を取ることができる。

 本来なら圧倒的な攻撃力を持って高装甲を打ち破るなどが無難なのだが、それは大洗側には不可能な話だ。

 

 しかしそれは聖グロリアーナも理解している点だった。

 自分の強い面を知るということは、同じくして弱い面を理解しているということ。

 そうなれば聖グロリアーナ側は大洗側の試合参加車両を試合開始前に見ている時点で、大洗側から攻撃力で圧倒されるとは思っていない。

 つまり聖グロリアーナは、正面以外での攻撃を予想できていると予想することはごく自然な流れだった。

 

 

 大洗で先日に行われた生徒会と車長を集めた作戦会議で、まずはじめに河嶋桃から出された奇襲というこの作戦に、みほは正直なところ異を唱えたかった。

 しかしその作戦よりも良い作戦を提示することの難しさを理解してた故に、みほも異を唱えられなかった。

 頼みの綱である和麻も、今回の聖グロリアーナ戦では作戦などの立案はしないと言い切っていた。

 この聖グロリアーナ戦において和麻が全員に提示したのは、試合で使う作戦は全て自分達で考えることだった。作戦を自分達で考えて、自分達で行動すること。それが和麻がまずはじめに全員に言い放った言葉だった。

 

 正直に言えば、みほは和麻の助力を得たかった。作戦のアドバイスを何か貰えれば、良い案が思いつくかもしれなかった。

 しかし一貫して、和麻は作戦会議中は黙って手に持っている本を開きながら話を聞いているだけだった。

 

 しかしそんなみほが異を唱えたかった待ち伏せ作戦に、異を唱えた車長がいた。

 

 それはエルヴィンだった。まさに理由はみほが思っていたことと同じく、聖グロリアーナならばその作戦を見透かされていてもおかしくないと。

 その話にみほは同意し、同じく車長である澤梓も賛同していた。磯辺典子は意味を理解しておらず、角谷杏に関しては楽しそうに眺めているだけだった。

 

 そこから桃とエルヴィンとの口論が始まった。

 

 互いに意見がぶつかり合い、待ち伏せ作戦が駄目なら他の作戦を出せと桃が言えば、エルヴィンが提案する作戦を桃が駄目だと言い合う押し問答になっていた。

 

 対立する二人にみほと梓が慌てだし、杏は楽しそうに眺め、典子に関しては話について行けずに傍観しているだけだった。

 流石に柚子も止めようかと仲裁に入ろうとしたところで、和麻が「そこまでだ」と桃とエルヴィンに呆れた声を掛けていた。

 いつまでも終わらない押し問答に呆れた和麻は、溜息を吐きながら桃とエルヴィンに言った。

 

 

『そんな言い合いしてばかりだといつまでも終わらないぞ? 作戦をひとつだけにする訳じゃないんた。別にひとつだけにする必要あるか? 数を出すんだよ、こういうのは……作戦は何個あっても良いって言ったよな? なら順番にやっていけば良いだろ?』

 

 

 そう告げて、和麻は持っていた本を広げると“続きをどうぞ”と言いたげに傍観に徹した。

 和麻以外の全員が顔を見合わせる。桃とエルヴィンはどこか納得いかないと言いたげだったが、和麻の言い分も十分に理解できていたのか渋々と納得していた。

 

 そんなやりとりの末。そして小一時間に渡り、大洗は作戦会議で出た作戦の中から二つの作戦を実行することにした。

 その後日、みほが和麻にこっそりと二つの作戦にどう思うか訊いたのだが、和麻は悩む素振りもなく答えていた。

 

 

『最初の作戦で有利を取れば上々、でもかなり厳しいと思う。二つ目はその時点で残った敵車両の数次第だろう。俺的には二つ目が面白いと思うが……車長と操縦手次第だろうな』

 

 

 端的に言えば全部厳しい作戦と言っているようなものだった。

 戦力的に不利な大洗では、まず聖グロリアーナに有利を取れる作戦を考えること自体が難しいのだから。

 ともかく、大洗は考え出した二つの作戦を実行することになった。

 まずはひとつ。みほ達のⅣ号戦車が誘導する待ち伏せ作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 後方から絶えず発射され続ける砲撃をⅣ号戦車は回避し続けていた。

 

 

「麻子さん! 前方に大きな段差! 左側には岩があるから行けません! 右に!」

「……了解」

 

 

 背後の聖グロリアーナ陣営五両からひたすらに発射される砲撃を回避するⅣ号戦車。みほはキューポラから顔を出して周囲を確認しながら麻子に指示を出していた。

 

 大洗が仕掛ける奇襲作戦の要と言える囮。このポジションを引き受けたというよりも、必然的に麻子が選ばれた。

 それもそのはず、大洗チーム内の五人の操縦手の中で一番技術を“付けされられた”麻子は有無を言わせずに選ばれるのは必然とも言えた。

 

 

「麻子さん! 後方の車両が右側に砲身ズラしてます! 注意して!」

「……面倒だ」

 

 

 ぼやきながら、麻子はⅣ号戦車を二段階に分けて右へと移動させる。

 五両から怒涛の如く放たれる砲弾を苦もなく回避し続けられる麻子の胆力に、みほは正直に言って素直に驚いていた。

 いくら練習を積んだと言えど、本番ではどうしても練習と同じようにはいかない。更に言えば隊長車両が撃破されれば試合が終わると言っても過言ではないⅣ号戦車を操るとなれば、普通の人間ならプレッシャーに負けてもおかしくない。

 

 しかし麻子は淡々と操縦をこなしていた。それも涼しい顔でプレッシャーなど感じてないと言いたげに。

 

 事実、麻子はこの状況でプレッシャーなど微塵も感じていなかった。

 

 指示通り動かすことを苦もなくできる麻子にとっては、言われていることをしているだけに過ぎない。

 それで撃破されれば、麻子から言わせれば極端な話をすると車長が悪いと言えたからだ。

 後ろが見えない状況で指示通りにまっすぐ走りながら左右に動くだけ、この運転にどう緊張すれば良いか麻子には理解ができないと言えた。むしろ欠伸すらできる自信が麻子にはあった。

 実際のところ、そんなことを思えるのは大洗の操縦手の中で麻子ただ一人だろう。

 

 麻子自身がハッキリと自覚して背中をひりつかせて操縦したのは、いつも“あの男”が試合相手の時だけだったからだ。

 和麻と試合をしてもまず麻子には勝てない。どれだけ側面と背後を取ろうとしても、いつの間にか背後を取られるかゼロ距離まで接近されて撃破される。麻子が乗る戦車の砲撃を全て回避し、そして迫る和麻の戦車が文字通り不気味と思えるほどだ。

 あの試合を思い出せば、こんな状況など屁でもない。

 

 

「意外と下手だな。相手の砲撃手」

 

 

 呑気に麻子は気だるく呟いた。

 背中から感じる砲弾の音を聞いても、近くに着弾している砲弾は少ないと麻子は判断できる。

 相手の砲撃手の力量はあるに違いないが、停止していない状況での砲撃ならこの程度かと測れるほど麻子の感覚は“おかしく”なっていた。

 それもそのはず、麻子自身はこのような状況を嫌というほど練習されられていたのだから。

 

 相手が移動しながら砲弾を撃たれるのを回避するだけ?

 

 そんなの“あの練習”に比べれば大したことない。

 百式和麻という頭のネジが吹き飛んだ男が考えた『決められた幅五十メートルの道を直進し、前方一キロメートルから四両の戦車が撃つ本弾を躱しながらゼロ距離まで接近する』という頭のおかしい練習をさせられた麻子からすればこの程度の砲撃など怖くもない。

 あの時の練習を麻子が思い出して向っ腹が立つ。後であの男の脛でも蹴ろうと一人で麻子は決意した。

 

 

「だが一方的に撃たれるのもむかつくな……西住さん」

 

 

 操縦しながら麻子はみほへと声を掛けた。

 みほは不思議そうな顔をして訊き返していた。

 

 

「どうしました? 麻子さん?」

「こっちから攻撃しても良いか? というより相手の頭に血を登らせてやりたい。その方が待ち伏せ作戦も成功しやすい」

 

 

 麻子の言葉に、みほは少し顔を顰めた。

 

 

「前を走りながら砲身を後ろに向けるのはこっちが不利になります。流石にそれは……」

「なら砲身だけを後ろに向けなければ良い」

 

 

 麻子の返事に、みほは今が変わらずに首を傾けた。

 

 

「それってどういう……?」

「撃破される気はない。それで良いのか、駄目なのか、どっちなんだ?」

 

 

 麻子の提案に、みほは少し考える。

 確かにこの状況で一両しかない相手を追ってくる聖グロリアーナから見れば、何か大洗に作戦があって囮として逃げているなど簡単に看破できるだろう。

 それならそれを踏まえた上で相手を正しい判断ができない心理状況にするのも一つの手だろう。

 要するにおちょくる。相手を馬鹿にしたことをすれば良い。

 戦車道の試合に於いて、ルール上各戦車が使える砲弾には制限数があり、撃てる砲弾の数は限られる。

 ならば相手の使用できる砲弾数を減らすことを考えても、良い案かもしれないとみほは考えた。

 

 

「私達が倒されたら作戦が駄目になって終わりますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。西住さんはどっちに進めば良いか指示を出してくれるだけで良い。五十鈴さんは相手に向かって砲撃してくれれば良い」

 

 

 麻子の話が、みほにはイマイチ分からなかった。

 進む方向を指示すれば良い?

 みほがそれを理解する前に、麻子は「じゃあ行くぞー」と気の抜けた声を出したと思えば――麻子の両足と両手が素早く動いていた。

 

 

「ちょっと麻子⁉︎」

「これは大胆です!」

 

 

 沙織と優花里が揃って声をあげた。

 ガタンと音を立てて、Ⅳ号戦車が右に回る。

 そしてみほが気づくと、Ⅳ号戦車の正面が聖グロリアーナの車両に向いていた。

 流石のみほも“コレ”をするとは思ってもいなかった。

 

 後退しながらⅣ号戦車が“前に”進んでいた。

 

 まさか後退しながら前に進むなんてことをするとは、みほも予想していなかった。

 

 

「西住さん、どっちに進めば良いか指示頼んだ」

 

 

 半回転してバック走行している麻子が、みほに指示を仰ぐ。

 その時点で、みほの役目は決まってしまった。

 麻子から見て後ろが見えない以上、みほが進む方向の指示を出さなくてはならなくなった。

 慌ててキューポラから顔を出し、みほが行く方向を指示する。しかしその間に、みほは麻子に追加の指示を出した。

 

 

「ずっとバック走行したままだと追いつかれるかもしれません! 二発だけ砲撃したらすぐに車体を元に戻してください!」

「……了解した」

 

 

 流石の麻子も、このみほの指示には素直に従った。

 そして華は既に優花里が砲弾を装填し終えたのを確認して、照準を合わせていた。

 

 

「動いているから……狙いづらいです」

「当てることが目的じゃないので大丈夫です! ある程度照準が合えば撃っていいです!」

「はい! わかりました!」

 

 

 その指示を受けた途端、華は砲撃の引き金を引いていた。

 炸裂する砲撃音。飛翔した砲弾は右側を走っていたマチルダの手前に衝突した。

 激しく車体を揺らしながら、マチルダが体制を整える。

 更に優花里が素早く装填し、華が再度砲撃を行う。

 今度は左側にいたマチルダの側面を砲弾が掠めた。偶然とも言える敵戦車への砲撃が当たっていた。

 

 

「二発砲撃しました! 麻子さん! 戻して!」

「了解」

 

 

 即座の指示に、麻子も素早く対応する。

 ガタンと大きく音を立てて、Ⅳ号戦車は元通りに車体を前に戻していた。

 

 

「ふぅ……もうこれはやめましょう。失敗したら大変です」

「ちょっとだけドキドキしましたね! みほ殿!」

 

 

 呑気なことを言う優花里に、みほは思わず苦笑いしかできなかった。

 この不整地での車体転回の操縦と不意を撃つような攻撃。まさしく百式流の一端とも言える動き。

 咄嗟に指示を出せたが、先程のように後退して前に進む戦車の行く先を指示しながら周りの状況把握がこんなにも大変なんだと改めてみほは実感していた。

 

 

「かずくんのお母さん、やっぱり凄い人なんだなぁ……」

「何か言いました? みほ殿?」

 

 

 優花里の訊き返しに、みほは「なんでもないよ」と誤魔化す。

 先程のような動きをしながら指示を出せる百式流に、みほは改めて心の中で感心していた。

 

 

「ッ――⁉︎ 砲撃の間隔が短くなってます! 麻子さん、より一層注意して!」

 

 

 聖グロリアーナからの攻撃の勢いが増した。

 みほは麻子へ再度注意を促して、先程を同じように待ち伏せている仲間の元へ向かう為、指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんですか? 今の?」

 

 

 チャーチル歩兵戦車内で、一人の少女が呟いた。

 その声色はありえないと言いたげに、困惑の色が伺えた。

 撃破されない為に逃げていたはずの大洗のⅣ号戦車が、突如半回転して砲撃してきた。

 しかもこの不整地で、履帯が外れてもおかしくないはずなのに平然と動いていた。そしてこちらから撃たれる砲弾を回避しながら、砲撃を撃ち返した。

 見たことのない操縦だった。あんな奇妙な運転を少女は見たことがなかった。

 そう思ったその少女――オレンジペコの驚きよりも、ふと横を向いてオレンジペコが見たダージリンの顔に、彼女は更に驚いていた。

 

 

「…………」

 

 

 ダージリンが今にも紅茶のカップを落としそうになっていた。目は大きく見開き、口元は僅かに引き攣っていた。

 それもそのはず、Ⅳ号戦車が今見せた動きは――紛れもなく。

 

 

「……ドライブアクション」

 

 

 ポツリとダージリンが呟いた。

 

 

「なんです? それ?」

 

 

 オレンジペコがダージリンの呟きを聞いて、思わず訊き返す。

 ダージリンは見えている前のⅣ号戦車を見つめながら、淡々と答えた。

 

 

「この不整地で車体の方向転換なんて普通しないわ。それに走りながら車体の方向転換なんて奇抜なことできる人の方が少ない」

 

 

 そしてダージリンが目を鋭くさせると、ハッキリと驚いている理由を語った。

 

 

「あれは百式流が使う技術よ……和麻さんが使っていた技術のひとつ。移動中に自在に任意の方角に転回出来る技術。あの方と比べると動きにムラがあって大きいけど、間違いなくアレは百式流の動きだったわ」

 

 

 百式流の操縦。本当にそうだとするのなら、目の前を走るⅣ号戦車の操縦手は百式流の教えを受けた人だということ。

 

 ならその百式流を教えた人間は誰なのか?

 

 答えは言うまでもない。大洗側の挑発は、大洗側の予想していない面で聖グロリアーナ側を怒らせていた。

 

 

「そう……貴女達が“それ”を私達に見せた意味。分かっているのね?」

 

 

 そう呟いて、ダージリンは通信機を手に取った。

 ダージリンが声を発する。その声は、オレンジペコが知る中で一番……怖い声だった。

 有無を言わさない静かな声。オレンジペコは分かってしまった。

 ダージリンが、今までにないくらいに“怒っている”と。

 

 

「全車両、今の動きを見たわね。あの動きの意味を……分かっているでしょう。あちらの人は言ったわ。私達が大洗に勝てたなら、百式和麻に会わせましょうと……ここまで小馬鹿にされるとは思ってもいなかったわ」

 

 

 ダージリンが続けて、指示を出す。

 頭に血がのぼるような感覚を抑えながら、ダージリンは告げた。

 

 

「全車両、砲撃。全力で大洗を倒しに行きなさい」

 

 

 ダージリンの通信機から各車両の了解の返事が聞こえる。

 そしてダージリンは最後に一人の操縦手に向けて、指示を出した。

 白銀の戦車に乗る金髪の少女に、ダージリンはある意味で言うなら自分よりも怒っていると思う少女に向けて、言葉を告げた。

 

 

「アッサム、まだ出てはダメよ。私が指示を出したら行きなさい。その時は……好きに走ってくると良いわ」

『……それは全車両撃破しても良いと判断しても?』

「もちろん。久々に本気を出して来なさい」

『分かりました。初めからそのつもりです』

 

 

 その言葉を聞いて、ダージリンは通信を終えた。

 後はその時が来るのを待つだけだろう。

 大洗が待ち伏せをしているなど――初めから分かっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの馬鹿……なにふざけたことしてんだ……?」

 

 

 Ⅳ号戦車のバック走行。その光景を見た和麻が頭を抱えていた。

 モニターから見えた映像を見て、和麻の表情が引き攣っていた。

 

 

「あれって、アレよね? 和麻くん?」

 

 

 隣にいた亜美が和麻に問う。

 その質問に、和麻は渋々ながら頷いていた。

 

 

「ドライブアクションですよ、アレは」

「……もう教えたの?」

 

 

 和麻の答えに、亜美は目を大きくした。

 まだ一ヶ月経っていない操縦手に、百式流の技術を習得させているとは亜美も思ってなかった。

 しかし和麻は首を横に振っていた。

 

 

「ドライブアクションは教えてないです。俺が冷泉――Ⅳ号戦車の操縦手に教えたのはクイックだけです。しかも未完成で」

 

 

 未完成。その言葉を聞いて、亜美は眉を寄せた。

 百式流の技術には、数多い操縦技術が存在する。

 その中でよく使われる技術が『クイック』と『アクセルブロー』、そして『ドライブアクション』である。

 

 その中でドライブアクションは、任意の方角に転回する技術を指している。

 

 

「クイックができてないならドライブアクションはまだ無理じゃない? なのにどうして……?」

 

 

 亜美の言う通り、和麻には疑問しかなかった。

 和麻は覚えている限り、ドライブアクションは一度たりとも麻子に教えた覚えはない。

 クイックという技術を少しだけ教えただけだった。

 どうしてだと和麻が麻子が教えてないはずの技術を使った理由を考える。

 

 そして行き着いた答えに、和麻は呆れるしかなかった。

 と言うよりも、麻子が仮にそうだとしたら本当に末恐ろしいとすら和麻は思ってしまった。

 

 

「俺が練習試合で使ってるのを“見て覚えた”のか……あのチビ?」

 

 

 麻子と練習試合の時、和麻は大人気なく全力で叩き潰しに掛かっている。

 それこそ百式流の技術をある程度使って、操縦において勝てないと思わせている。

 その試合の中で、和麻は確かにドライブアクションを使っている。

 教えた覚えがない以上、和麻にはそれしか思いつかなかった。

 

 

「それでⅣ号の子。和麻くんから見てどうなの?」

 

 

 世間話と言いたげに亜美が和麻に訊く。

 和麻は苦笑いしながら答えていた。

 

 

「生意気なチビですよ。勿論、後で説教です」

 

 

 本心は言わないでいた。

 どちらにせよ、麻子にはキツイ説教が必要だと試合後の練習メニューを考え直す決心を和麻は心の中ですることにした。




読了、ありがとうございます。

長い期間待たせてしまい申し訳ありません。
失踪したわけではないので、これからも頑張って書かせて頂きます。

さて、今回は試合中ですが麻子の話と百式流の話です。
操縦の話の中に『5-1.鮮やかな記憶、輝かしい過去』であった話を少し持って来ています。
本作の改変ですが、ドライブアクションについてはもう少し先の話をしますとCV33ターン(ナポリターン)の伏線となります。
あの運転方法をアンツァオで誰が教えたのか、というわけです。

もう少し試合が続きますが、お付き合いください。

感想、評価、批評はお気軽にどうぞ。

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