GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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3.男が戦車に乗ると……?

 西住みほ。それが今日、和麻のいるクラスに転入して来た生徒の名前だった。

 

 ショートヘアの朗らかな印象を受ける可愛い顔立ちの少女。真面目そうな印象を受けるも、どこか気が抜けているような雰囲気を感じる女の子だった。

 

 西住。その苗字は戦車道を嗜む者なら知らぬ者はほとんどいない。それぐらいに“西住”という苗字は有名であり、そして生まれた者に振りかかる呪いでもあった。

 

 

「はっ、初めましてっ! 今日から皆さんと一緒に学ばせてもらうことになりました! 西住みほと言いますっ! わからないことが多いと思いますが……これからよろしくお願いしますっ!」

 

 

 教室に入って来て、たどたどしく自己紹介するみほに和麻は思わず目を大きくした。

 大洗女子学園は、戦車道をしていない。なのにどうして戦車道で名家の西住家の次女がこんな学校に転校して来たのかと、和麻は困惑した。

 

 西住みほと百式和麻は、互いに面識がある。

 

 親同士がライバルという関係で、それ以外にも友人としての付き合いがある西住家と百式家。故に、子供であるみほと和麻は会う機会があった。

 

 勿論、戦車道を共に嗜んだこともある。最初は西住家の姉妹に不審がられた和麻だったが、時間の経過と共にそれはなくなり、良きライバルとして友好を深めた。

 しかし、和麻にとってはそのことは“過去”の話であり、今はもう戦車に乗ることを辞め、戦車道をしていない。

 だからこそ、和麻は戦車道をしていない大洗女子学園に編入してきたのだ。

 なのに何故、今この学校に西住みほがいるのだと、和麻は理解に苦しんだ。

 

 

「はい! それじゃあ西住さんは廊下側の空いてる席に座って、ホームルームを始めるわよ!」

 

 

 クラスで自己紹介が終わったみほを拍手で迎える。しかし和麻は拍手をしない。ただ黙って、みほがクラスに歓迎されている様を眺めているだけだった。

 

 緊張した面持ちでみほが自分の席へと向かう。その際、みほがクラスを見渡すと――彼女が和麻の顔を見つけた。

 

 みほの目が大きく開かれる。そして彼女はポツリと、自分にしか聞こえない程度の声量で呟いた。

 

 

「……かずくん?」

 

 

 みほがそう呟いて、自分の空いている席へ座る。そしてホームルームが始まるなか、彼女はチラリと何度も和麻を見ていた。

 そのことに気づかない和麻ではなかった。みほから見られている。それをすぐに理解すると、彼は気にしないように彼女からそっぽを向いていた。

 

 

「やっぱり……かずくん、だよね?」

 

 

 新しい自分の席に座ったみほが和麻を一瞥(いちべつ)して、呟いた。確かに、あの顔に自分は見覚えがあると。

 西住みほは懐かしい顔を見つけた。そのことに彼女自身、驚きを隠せなかった。

 

 顔の右側に大きな眼帯。それはみほが知る和麻が過去に付けていなかったモノだった。

 

 何故、和麻が眼帯を付けているか。それにみほは覚えがあった。

 

 みほはそれを母から聞いた。その内容を聞いた瞬間、驚きのあまり言葉を失ったことを、彼女は今でも覚えている。

 みほの姉――まほも、同じような反応をしていた。そしてまほは一言、ありえないと言ったのがみほには印象的だった。

 

 確か、百式和麻は聖グロリアーナ女学院へ特別入学をしていた。

 

 戦車道を嗜む男子。そして百式家の長男。百式和麻のその名は、みほの知る限り戦車道界では有名な名前だった。

 男は戦車道をしない。それは過去に男は戦車に乗ると否応なく批判されていたからだった。

 戦車に乗る卑怯者。武士道精神を侮辱する日本の恥などと、男が戦車に乗るということ自体が悪だという風潮が過去にあった。

 当然ながら百式和麻にも、その言葉が降りかかった。しかし和麻は――それを覆した男であった。

 

 類稀なる操縦手としての才能。そして戦況を操作する隊長としての才能。この二つが百式和麻の名を有名にした。

 

 戦車道の公式戦に、男子は出場出来ない。

 

 だが練習試合、または親善試合になら男子は特例で出場出来る。

 それを上手く利用して、過去に和麻は戦車道の試合に出場していた。

 周りに批判されても、試合が始まるとそれは消え失せ、すぐに歓声になる。

 それがみほが思う和麻の凄いところであり、尊敬しているところであった。

 戦車の操作が苦手なみほは、和麻の操縦に何度も憧れを抱いたこともある。

 

 そんなことが幾度もあり、和麻の名前が戦車道界で有名になった時――ひとつの疑問が生まれた。

 

 百式和麻の才能を、このまま腐らせて良いのかと?

 

 明らかに周りと比べて特出した才能を生まれ持った百式和麻を、戦車道から離れさせて良いのかと。

 

 答えは“否”だった。

 

 そして一番に名乗りを上げたのが――聖グロリアーナ女学院だった。

 

 百式和麻を戦車道特待生として、特別入学させる。それが聖グロリアーナ女学院の出した答えだった。

 戦車道の公式試合に出れない。ならば、その才を他の人間に教えれば良いと考えたのだ。

 それをキッカケに有名校が百式和麻へ特別入学のアプローチを掛けたのだったが……結局のところ、彼は一番最初に名乗り出た聖グロリアーナ女学院への入学を受け入れたのだった。

 

 そして百式和麻を獲得した聖グロリアーナ女学院が半年後、大きな事件を起こす。

 

 それが西住みほが聞いた。戦車道で最も起きてはならない事件だったからだ。

 その事件以降、百式和麻は聖グロリアーナ女学院から姿を消したと聞いていた。

 みほは母に今はどこにいるのかと聞いたが、当時のみほの母は「わからない」と簡潔に答えた。

 

 聖グロリアーナ女学院在籍以降の百式和麻の行方が分からなくなったと、みほの母がそう語っていた。

 

 だからみほ自身、和麻と会うのは一年振りだった。

 

 そして久しぶりに見た和麻の顔を見て、みほは一瞬――誰か分からなかった。

 

 たったの一年だけ会わないだけでこんなにも雰囲気が変わるものかと、みほは思わずにはいられなかった。

 

 みほの知る和麻の印象は、元気で明るい真っ直ぐな男の子だった。

 いつも明るく、悪いと思うことに真っ直ぐに待ち向かう男の子。そんな彼が、こんなにも変わっていることがみほには困惑しかなかったからだ。

 

 冷めた顔。どこかつまらなそうに虚空を見つめる横顔は、当時を知るみほには想像できなかった。

 これが過去の和麻と同一人物と言われても、みほには信じられる自信はなかった。

 しかし、顔を見たらみほには分かった。この男の子は百式和麻だと。

 どんなに雰囲気が変わっても、顔を見れば分かる。少しだけ不安だったが、見れば見るほど、過去の自分が知る和麻だということが。

 

 おそらくは、和麻の顔の右側の眼帯はその事件で受けた怪我だろうとみほは推察する。

 

 みほ自身、とある理由から元いた黒森峰女学園を去り、この大洗女子学園に転入してきた。

 ある意味で言えば、和麻も自分と同じような理由でこの学校にいるのかもしれないと、みほは考える。

 しかしことの重さを比べるなら、それは和麻の方が何倍も重いとみほはハッキリと言えた。もし自分が和麻の立場なら、二度と戦車道をしないと公言できるからだ。

 

 

「かずくん、もう戦車道はしてないのかな……?」

 

 

 和麻の横顔を見ながら、みほが呟く。

 自分も、戦車道を辞めた。自分の戦車道が分からなくなったから。

 自分の信じていたモノが、分からなくなった。そして自分は逃げた。

 みほはずっと胸に何かが刺さるような感覚に囚われている。本当なら、戦車に乗りたくない。だから今、こうして戦車道がない大洗女子学園への転入をしたのだから。

 

 願わくならば、このまま戦車道に関わらない人生をと思いながら。

 

 しかし、みほはふと感じた。

 何か不思議な感覚。それは良い意味ではなく、悪い意味で。

 何か自分にあまり良くないことが起きるような気がする。

 それは戦車に隊長として乗っていた時から時折感じる感覚だった。

 この感覚は、過去に外れたことはほとんどない。

 だから、みほは思う。なにか良くないことが起きるかもと。

 

 また一度、みほは和麻の方を見る。

 そして和麻の顔を見たみほは、その瞬間――ある疑問が生まれた。

 

 

「あれ……なんで女子校に、男の子がいるの?」

 

 

 一番に気付かなければいけない疑問に、最後に気がつくみほ。

 いつもどこか抜けている。それが和麻がみほに送る言葉だった。




地の文ばかりの内容で申し訳ないです。
今回はみほに焦点を合わせています。
みほから見た和麻の印象と彼女が知る和麻の過去。
そのあたりを書ければなと思いました。

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