GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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17.この距離で外す?

 

 

 

 

 

 ダージリンの目を見たみほは、純粋に慄いた。

 いや、それは初めから分かっていた。初めてダージリンと試合前に会い、彼女の目を見た時から。

 強豪校の隊長としての格を。みほの姉が持つ強者の気迫が、はっきりとみほに理解されられた。

 

 負ける。勝てない。その思考を相手に与えるだけの気迫が、ダージリンから感じられた。

 

 

「ねぇ、こんな格言を知ってるかしら?」

 

 

 ダージリンはそう言うと、鋭い目のまま告げた。

 

 

「イギリス人は恋愛と戦争では――手段を選ばない」

 

 

 みほは、その言葉の意味が分からずに反応に困った。

 それもそのはず、ダージリンの言った言葉はイギリスのことわざだった。

 恋愛と戦争において、あらゆることが許される。それを体現した言葉である。

 まさか試合前に騎士道精神で戦うと言っていたダージリンが、そんな矛盾したことを言っているとは、まさかのみほも思わないだろう。

 しかしダージリンにとっても、この状況まで持ち込めた時点で手段を選ぶなどと言えなかった。

 勝ちが目の前にある状況で、正々堂々と一騎討ちしようなどど言えるほどダージリンも余裕はなかった。

 

 幸運に幸運が重なった。その結果だったからだ。

 

 Ⅳ号戦車が工事中で通行止めの道に進み。運良くクルセイダー巡航戦車がⅣ号戦車の進もうとしていた道のひとつを塞ぎ、そして二つ目の最後の道に砲撃の指示を瞬時にダージリンが出せたこと。この全てで、大洗のⅣ号戦車を“詰ませた”のだ。

 

 Ⅳ号戦車を倒せば、まず間違いなく大洗に勝てる。

 つまり、百式和麻と会うことができる。

 それが目の前まで来た。それが分かっているダージリンには、手段など選んでられるわけがなかった。

 

 

「騎士道精神で戦うと言えど、私達はあなた達に勝たなければならないの。一両に三両で砲撃なんて無粋なことをすることを許してもらえるかしら?」

 

 

 勝ちを確信したダージリンだからこそ言える言葉だった。

 チャーチル歩兵戦車の砲塔がⅣ号戦車に向けられる。

 それに続くように、残りの聖グロリアーナ車両の全ての砲塔がⅣ号戦車へと向けられた。

 

 

「やはり百式殿に会いたいと言う一心であちらは戦ってるってことですかね、みほ殿」

 

 

 優花里がみほの足元でそんなことを話す。

 しかし流石のみほも優花里の話に言葉を返す余裕がなかった。

 勝つために、自分が何をしなけれはならないか。それをみほは考える。

 

 みほの視界に見える唯一空いてる左側の路地。そこに入るしかない。

 

 しかし至近距離に三両、加えて砲塔が全てⅣ号戦車に向けられている。

 砲撃を躱して進むのは、ほぼ不可能。麻子に細かい指示を出そうとすればすぐにダージリンが砲撃の合図を出す。同じく通信機で38(t)戦車B/C型と八九式中戦車甲型に連絡することも同様に不可。ダージリンに何かしようとしていると思われた時点で終わりである。

 

 なら、どちらにせよ方法がひとつしかない。

 三両の砲撃を受けるの前提で、麻子にⅣ号戦車から撃破判定の白旗が出ないことを祈って逃げる指示を出す。これしかない。

 

 

「優花里さん、麻子さんに指示を。麻子さんのタイミングで左側の路地に走ってください」

 

 

 みほがまっすぐ前を向いたまま、小声で指示を優花里に告げる。

 優花里も、そう言われてすぐにみほがその選択肢しかできないことを理解した。

 優花里が小声で「了解しました」と返事をすると、そっと麻子にみほの指示を告げた。

 

 

「……本気か?」

「えぇ、みほ殿がまかせると」

「……わかった」

 

 

 麻子も、戦略などの知識は詳しくないがこの状況でできることはみほと同じくひとつしか浮かんでいなかった。

 どの道撃破されるなら、最後まで足掻こう。そのみほの意思を、麻子は理解して頷いた。

 

 エンジンはしっかり駆動してる。ただアクセルペダルとギアレバー、クラッチレバーを操作しながらハンドルレバーを動かせば良い。

 下手なフェイントなどは意味はない。純粋に早く動けるか、これに尽きる。

 

 既に聖グロリアーナ車両の全ての砲塔が向けられている。全弾当たるのが前提なら、一発くらいは回避してやろうと麻子は内心で意気込んでいた。

 

 

「では、大洗の隊長さん。是非とも約束通り、後で和麻さんに会わせてくださいな」

 

 

 そしてダージリンがそっと一言、「砲撃」と告げようとする。

 同じくして麻子がアクセルペダルを踏もうとする。聖グロリアーナ車両の砲撃する前の僅かな時間で、先に動こうと。

 

 

「砲――」

 

 

 しかしダージリンが告げようとした瞬間、みほとダージリンの両方が驚くことが起きていた。

 

 Ⅳ号戦車が逃げようとしていた左側の路地から響く駆動音。

 

 ダージリンが砲撃と告げようとした瞬間、唯一空いていた左側の路地から一両の車両が飛び出してきた。

 

 

「参上〜!」

 

 

 角谷杏が気の抜ける声で楽しげに声をあげていた。

 角谷杏が率いる38(t)戦車B/C型が路地から飛び出していた。

 突如、現れた38(t)戦車が左に曲がり、チャーチル歩兵戦車とマチルダ歩兵戦車の前に向かっていく。

 その光景を見て、麻子は僅かに目を大きくしていた。

 

 

「おい、まさか砲撃しに行くつもりか?」

「えっ⁉︎ 確か河嶋先輩の砲撃の的中率って――⁉︎」

 

 

 突然現れた38(t)戦車に驚くⅣ号戦車の面々だったが、麻子と沙織が声を揃えて違う意味で驚いていた。

 38(t)戦車がチャーチル歩兵戦車とマチルダ歩兵戦車の前に出て、その砲塔を即座に向ける。

 至近距離の砲撃。相手の不意を突いたおかげで、相手の反応が送れている。間違いなく38(t)戦車が放つ超至近距離の砲弾は、相手の車両に白旗を上げされられるだろう。

 

 だがしかし角谷杏が車長の38(t)戦車。その砲撃手担当の河嶋桃、彼女はこと大洗にいる戦車道履修者全ての共通認識の事実がある。

 

 この河嶋桃は、大洗にいる五人の砲撃手の中で最も――

 

 

「――喰らえッ!」

 

 

 川嶋桃の声と共に、38(t)戦車の砲塔から砲弾が放たれる。

 そしてその砲弾は、チャーチル歩兵戦車とマチルダ歩兵戦車の間を抜けて飛んで行った。

 38(t)戦車に乗っていた操縦手の小山柚子も、その光景を目にして流石に頭を抱えていた。杏に関しては、桃のしてしまったことがおかしくて仕方ないとばかりに笑っていた。

 

 そう、河嶋桃に対する大洗の全員の共通認識。

 過去に百式和麻が桃の砲撃の練習を見て珍しく震えた声で言っていたことが、全員の記憶に新しいことだった。

 

『こんなにも砲撃の才能がない人間がいるとは思わなかった』

 

 あの百式和麻がそう言って匙を投げようとしてるほどのノーコン砲撃手だったのだ。

 

 

 

「桃ちゃん……この距離で外す?」

「うるさいっ‼︎」

 

 

 

 聖グロリアーナの全車両の砲塔が38(t)戦車に向けられる。

 そしてすぐに、全ての砲塔から砲撃が放たれた。

 三発の砲撃を受けた38(t)戦車から白旗が上がる。

 しかしみほは38(t)戦車が撃破される瞬間、反射的に指示を出していた。

 38(t)戦車が撃破されたのは痛手だったが、この場を乗り切る機会を逃してはならないと咄嗟にみほが叫んだ。

 

 

「麻子さん、前進! 華さん、砲撃準備! 一時停止で砲撃! 一撃で離脱して路地左折!」

 

 

 麻子が指示を受けた瞬間、すぐにⅣ号戦車を動かしていた。

 まずは前進、左側の路地に入るために車体を左側に向けつつ、一時停止後、またすぐに麻子はアクセルペダルを踏みつけるだけで良いように車体の向きを調整しておく。

 それと同じく華もⅣ号戦車が前に進んだと同時に砲塔を操作していた。目標は砲塔が一番早く向けられるマチルダ歩兵戦車。

 

 Ⅳ号戦車が一瞬だけ一時停止し、即座に発進する。

 麻子が嫌になるほど練習した一時停止と発進。百式流が得意とする操縦においての車両の砲撃時の停止時間の短縮、これを麻子は十分に行えていた。

 そして華がその僅かな一時停止の時間にある程度合わせていた砲塔の照準を微調整し、引鉄を引いていた。

 華が放った砲弾が飛翔する。そしてその砲弾は間違えることなく、マチルダ歩兵戦車の正面装甲に突き刺さっていた。

 炸裂する爆発音と共に、マチルダ歩兵戦車から撃破判定の白旗が上がった。

 

 しかしここで一番に驚くべきことだったのは、操縦手の麻子ではなく、砲撃手の華だった。

 

 麻子の操縦の技術に関しても勿論そうだが、この場面では華の照準調整については映像で見ていた和麻と亜美が揃って驚いていたほどだった。

 極限に追い詰められた状況。車両が動いている中でを“どの車両が一番狙いやすい”か見極めた瞬時の判断。そしてほんの僅かな一時停止の時間の中での繊細な照準合わせ。これを華は、僅かな時間で行った。

 並大抵の精神力では無理だろう。間違いなくプレッシャーに負けて素人ならまともに狙うこともできない。

 しかし華はただ静かに、それを行った。これをモニター越しに見た和麻は、素直に驚いていた。

 

 

「ッ……!」

 

 

 マチルダ歩兵戦車から白旗が上がる。煙が立ち昇る視界の中で、Ⅳ号戦車が路地に走って逃げていくのをダージリンの視界が捉えた。

 

 今起きた出来事に、苦悶の顔をダージリンを作る。

 

 目の前にあったはずの勝利を逃してしまったこと、その事実にダージリンは顔を顰めていた。

 自車両のマチルダ歩兵戦車が撃破された。だがしかし、大洗の38(t)戦車をこちらも撃破している。これで相手の残存車両は残り二両。聖グロリアーナの残存車両数は三両。まだ大洗に対してアドバンテージが聖グロリアーナにはある。

 

 

「アッサム、追いかけなさい! 私は回り込むわ!」

「了解です!」

 

 

 逃げていくⅣ号戦車をダージリンの指示を受けたクルセイダー巡航戦車が追いかける。

 ダージリンが乗るチャーチル歩兵戦車も、Ⅳ号戦車に回り込むように動き出した。

 そしてすぐにダージリンは通信機を手に取っていた。

 

 

「ルクリリ、もう八九式は無視してこちらに戻ってきなさい。あちらに残るはⅣ号と八九式。八九式の攻撃は私達の装甲は抜けないわ」

 

 

 先程、運転トラブルで建物に衝突して出遅れていたマチルダ歩兵戦車に、八九式中戦車甲型が攻撃を仕掛けていたらしい。

 わざわざ出てきた敵車両を見逃すわけもなく、出遅れたマチルダ歩兵戦車に八九式中戦車の対応をダージリンは任せていた。

 しかしもう状況はⅣ号戦車を倒すだけで試合が終わる。そうダージリンは判断した。故に、八九式中戦車と戦闘しているルクリリが率いるマチルダ歩兵戦車を呼び戻す指示をダージリンは出した。

 

 

『隊長! マチルダが居なくなりました!』

 

 

 みほの通信機に典子から通信が来る。

 一度隊列から離していたマチルダ歩兵戦車が八九式中戦車から離れた。その連絡に、みほは眉を寄せた。

 やはり、この状況なら間違いなく聖グロリアーナは全車両でⅣ号戦車を潰しにくるとみほも分かっていた。

 Ⅳ号戦車の後ろにはクルセイダー巡航戦車がいる。おそらくチャーチル歩兵戦車はⅣ号戦車に回り込むように動いているに違いない。

 まだ相手が二両なら対応できる。クルセイダー巡航戦車がかなり厄介だが、まだなんとかなる。

 しかし三両はまずい。これ以上、麻子にも負担を掛ける訳にもいかない。

 

 

「磯部さん! 我々の現在地を伝えます! 至急こちらに来てください! こちらと合流次第、敵車両を攻撃して相手を翻弄してください!」

「了解しました! でも八九式の砲撃だと撃破が難しいですよ⁉︎」

「問題ありません! 砲撃してⅣ号以外にも敵がいることを相手に教えるだけで十分です!」

「了解です! ダッシュで向かいます!」

 

 

 みほも、八九式中戦車を呼び戻す指示を出した。

 聖グロリアーナは残存車両全てでⅣ号戦車を撃破しに来る。三両対一両よりも、三両対二両と相手に思わせるだけで相手に少なからずプレッシャーを与えられる。

 

 

「麻子さん! ご存知と思いますが、後ろのクルセイダーは足が速いです! 相手の速度がこちらより速い以上、追いつかれます!」

「知ってる。どうするつもりだ?」

「一度地形を使って待ち伏せします。華さん、この先の路地を曲がったところで一度停車して砲撃してください。その後、すぐに離脱しましょう」

「了解しました、みほさん」

 

 

 麻子と華が了承した後、すぐにみほが優花里に声を掛けた。

 

 

「優花里さん、今から砲撃の回数が多くなります。装填大変と思いますがよろしくお願いします」

「任せてください、みほ殿!」

「沙織さん、常に八九式と連絡を取り合って我々の現在地を伝えてください。敵車両発見した際は砲撃して離脱、それを繰り返すように連絡を」

「まっかせてー!」

 

 

 みほが沙織にも忘れずに指示を出していく。

 八九式中戦車がみほ達の元に来るまでに、クルセイダー巡航戦車を倒すことができればかなり状況は楽になるが……容易ではない。

 チャーチル歩兵戦車も隊長車両である以上、簡単に撃破はできそうにないだろう。

 逃げながら、こちらの奇襲でどちらか一両撃破。それをまず行わなければならない。

 振り向いた先にいるクルセイダー巡航戦車を見て、みほはうまくいくことを内心で祈るばかりだった。

 

 

「よくも履帯を壊してくださいましたでございますわね! さっきの仕返しでございますわよっ! 今度はこっちが攻めるでございますのっ!」

 

 

 クルセイダー巡航戦車からローズヒップが顔を出して血気盛んに騒いでいた。

 明らかにおかしな言葉を使っているが、エンジン音でみほの耳には到底届かない。

 

 

「はぁ……ローズヒップ、いい加減にしなさい」

 

 

 ローズヒップに今日何度目か数えることも面倒になる注意をして、相変わらず淑女として成長しない後輩に対して、アッサムは一人操縦手の中で深いため息を吐いていた。




読了、お疲れ様です。
ガンパン小説が増えないものかと思う紅葉です。

さて、どんどん試合がクライマックスに近くなってきましたね。
ドヤ顔ダージリン、勝確逃す。
大洗で残ったのが八九式とⅣ号戦車。この二両でみほが検討なう。
まだまだ現在のクルセイダー、げきおこローズヒップ。
こんな話でした。

前回の話で、聖グロリアーナの残存車両数を間違えていました。申し訳ないです。

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