GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
和麻と亜美の話です。
かなり短いです。
クルセイダー巡航戦車がⅣ号戦車の後方にいる。
そしてチャーチル歩兵戦車が回り込んでくる。
大洗の残存車両は残り二両。同じく聖グロリアーナの残存車両も二両。
装甲面では相変わらず大洗が不利。聖グロリアーナの車両を撃破できるのはⅣ号戦車のみ。八九式中戦車では普通に攻撃しても砲弾が装甲を抜けない。
みほは、今使える二両の車両を使って、相手を出し抜かなければならない。
「うーん、かなり厳しいわね」
隣に座っている亜美が、ポツリと呟いた。
和麻は、モニターにこれから映る最後の戦いが起こるまでの僅かな時間を待ちながら顔を曇らせた。
「正念場です。もうこうなると作戦がどうこうの話じゃないですし、その場の判断だけの戦いですね」
「そうね……この状況、和麻君ならどうする?」
亜美の問いに、和麻は考える。
しかし和麻は、苦笑いしながら答えた。
「むしろ亜美さんならどうします? あの状況で、聖グロには装甲の硬いチャーチルと足の速いクルセイダー。しかもクルセイダーは完璧ではないですがほぼ純粋な百式流です。対してこっちは素人の乗る二両の車両だけ、Ⅳ号だけ指先の先くらいの百式流が使える程度の戦力しかない。これでどう戦うんですか?」
肩を竦めながら、和麻が呆れた表情を見せる。
そんな呆れた和麻に、亜美は笑いながら力強く拳を作って答えた。
「そんなの気合よ! って言いたいところだけど……もう詰みね」
亜美が作った拳を下ろすと、僅かに肩を落としていた。
戦車道連盟に属する、戦車道のプロである蝶野亜美から見るに、既に試合の結果は目に見えている。
むしろ戦車道を始めたばかりの素人でも、この場面を見せられれば勝敗はすぐ分かる。
「この試合を“部外者”の目で見てるなら詰み、だけどね」
しかし亜美はそんな結果の見えた試合だと分かっていても、和麻に小さな笑みを浮かべていた。
「ねぇ、和麻君。あなたはまだ大洗が勝てる見込み、あると思ってるでしょ?」
悪戯をした子供を小馬鹿にするように亜美が和麻に問い掛けた。
和麻は、笑っている亜美に視線をちらりと向ける。
そんな亜美に、和麻は「さぁ……?」と答えていた。
「絶対勝てる。なんて断言できるほど、戦車道は甘くないですよ」
「それもそうだけど、じゃあなんで……そんな風に和麻君は笑ってるのかしら?」
亜美が見る和麻の顔は、にんまりと笑っていた。
亜美の目には、しっかりと映っていた。
今見ている和麻の顔が、楽しくて仕方ないと笑っているのが。
和麻はそう指摘されてちょっとだけ意外そうな顔をしたが、その笑みを崩さずに答えた。
「俺から見れば……正直に言うと聖グロ戦でここまで来ることすら予想できなかったですよ。俺は大洗の街でみほ達の作戦がクルセイダーで潰された時点でほぼ詰みに近いと思ってました。
隊長だけ一級品でも色々足りてなかった。全員で考えた拙い作戦で、しかも練習したばかりのまだまだ下手くそな連中ばかりしかいない突貫チームで、まさかここまで戦えてる試合なんて見てて面白いに決まってるじゃないですか?」
大洗のチーム全員が聞いたら総出で怒りそうなことを和麻が平気で言ってのける。
まるで馬鹿にしてるような話し方だが、その顔は心の底から楽しいと言いたげに笑っていた。
「ここまで戦えたのはみほが、全員が真剣に戦ってた結果だ。俺から見れば全部が冷や汗もので、見てられない場面ばかりでしたけどね」
最初の待ち伏せ作戦の失敗。クルセイダー巡航戦車に追われたのを二両の突撃での足止め。大洗の町で待ち伏せの失敗。Ⅳ号戦車が撃破されそうになった場面。助けに来た38(t)戦車が砲撃を外した場面。そして今起きている二両対二両の戦い。
全てが和麻にはどうしようもないくらいに見てられない場面ばかり。
だが、それでも大洗は諦めることをしなかった。それが和麻には嬉しいことだった。
「大洗の全員があの強豪に“勝ち”に行ってる。諦めるってことを全員がしてない。だから大洗にも聖グロと同じように運が向いていた。だからこの場面まで来れたんです。これが見てて面白いって思わない方がおかしいです」
少しでも勝てないと諦めという気持ちがあれば、そこから崩れていく。しかし諦めていない。だから大洗は聖グロリアーナの車両を残り二両まで減らすことができたのだ。
このままだとヤバイと思っていても、魅せてくれる大洗の番狂わせ。それがもし最後の最後まで聖グロリアーナに届くことができるなら。それこそ最後まで何が起こるか分からない戦車道の醍醐味だった。
大洗が抱えている和麻と生徒会しか知らない廃校問題。
これを解消するには、戦車道全国大会優勝という困難極まりない門を突破しないといけない。
それはつまり、弱小とすら言えない戦車道初心者の大洗が全国の強豪校に勝たなければならないことだ。
「これからこの先、全国大会に行こうとしてる大洗がやろうとしてるのは正真正銘のジャイアントキリングそのもの。例えこの試合で勝てなくても、彼女達がここまで戦えたことに十分な意味がある」
もし勝てれば、これは和麻の予想を超える結果になる。
しかし負けても、この結果ならば十分過ぎる糧になる。
それを和麻は嫌でも理解させられていた。
「みほ達はこの先、絶対に“伸びる”ことができる。伸び代しかない彼女達が更に伸びる。課題はまだまだ山積みですが、それを加味してもこの試合にはお釣りが来るくらい価値があった」
だからこそ断言できた。初戦で、素人の集団がここまで戦えた。その結果が彼女達の心を育むことができると。
「今回活躍した奴も、活躍できなかった奴も、試合結果がこれなら嫌でも今後成長する。戦車道において俺が心配している一番の課題だった“心”を伸ばすことができたら、後は勝手に伸びるだけだ。これから忙しくなりますよ」
和麻がそう楽しげに話している姿を見て、亜美は彼が楽しそうに戦車について語っているのが嬉しいと思いながらも――内心で彼の話していることに震えていた。
ここまで考えて試合を見ている時点で、百式和麻は選手としての枠を超えていると。初めて見た和麻の一面に、亜美は驚くしかなかった。
昔の和麻には、操縦手としての面しかなかった。
しかし今は選手を育成する者の面を見せている。
亜美の知らない過去に、選手の育成面で和麻はどこかで良い隊長に出会っていたのだろう。聖グロリアーナか、それとも中学生の頃か。
それが誰か亜美には見当もつかないが、そうでなければ操縦手一筋だった和麻に選手を育成すること対して、ここまでの考えができるとは思えなかった。
思い出してみれば、和麻の母である百式流家元の一姫も選手の育成に関してはズバ抜けて優れていた。
間違いなく、和麻もその血を受け継いでいると実感した亜美だった。
本当に男であるのが惜しいと世間に言われただけある。
彼が男でなければ、戦車道の頂に至る一人になれた。
和麻が、男だった。それだけでこの才能を潰すのはあまりにも勿体ない。
楽しそうにモニターを見る和麻の顔を覆う眼帯を見て、亜美は切実にそう思っていた。
読了、お疲れ様です。
試合が進んでないですね、申し訳ないです。
和麻と亜美を出したかったので、出しました。
和麻がこの試合で大洗に得られるものを書いておきたかったんです。
和麻が選手以外の面で成長したキッカケの人、中学生の頃に会ってます。一人しか居ませんね。
さて、おそらく次の話で聖グロ戦が終わります。仮に終わらなくても後二話以内に終わります。
みほとダージリンの試合に決着をつけます。
そしてようやく、和麻の出番です。