GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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18.二人の読み合い

 クルセイダー巡航戦車が逃げるⅣ号戦車を追う。二両の距離は目視で約五十メートル程度。

 至近距離、故にクルセイダー巡行戦車がⅣ号戦車を撃破する絶好の好機。しかしⅣ号戦車を追うクルセイダー巡航戦車が砲撃をしても、Ⅳ号戦車は砲撃する瞬間にタイミング良く路地を曲がるか、車体を左右にズラすことで放たれる砲弾を回避していた。

 クルセイダー巡航戦車の各乗員の視界には、Ⅳ号戦車はしっかりと見えている。砲撃も敵車両に向けてしっかりと撃てている。それなのに撃破できない。目の前にあるはずなのに一向に掴めない相手を目の前に、操縦手席に座るアッサムは堪らず眉を寄せるばかりだった。

 

 

「やはりあのⅣ号、本当に厄介ね。それにあそこまで細かく動かれれたら、流石にダージリンも回り込めないわ」

 

 

 クルセイダー巡行戦車の操縦手席からⅣ号戦車を見据えるアッサムが顔を顰める。

 アッサムが見る限り、大洗は――Ⅳ号戦車の車長は間違いなく分かっているのだろう。クルセイダー巡航戦車に追われている現状で、もし単調で簡単なルートを進めばダージリンが率いるチャーチル歩兵戦車に予測されて回り込まれると。

 クルセイダー巡航戦車がⅣ号戦車の後方にいる時点で、Ⅳ号戦車はクルセイダー巡航戦車の視界から姿を消さない限り、聖グロリアーナに対して待ち伏せなどの不意打ちはできない。

 

 Ⅳ号戦車がクルセイダー巡行戦車に砲撃をしてきたのは、逃げようとした時に撃ってきた一発のみ。それ以降Ⅳ号戦車は砲撃を一切せず、逃げることを第一に走っている。

 

 そのためクルセイダー巡航戦車がⅣ号戦車を背後を取っている以上、大洗から先手を取られることはないだろう。またⅣ号戦車の砲塔も前を向いている時点で、Ⅳ号戦車からクルセイダー巡行戦車に向けて砲撃をされるという心配もない。

 加えて、先程の通信で八九式中戦車はマチルダⅡ歩兵戦車と先程まで戦闘中だった状態である。この場から離れた地点にいるはずの八九式中戦車がこの場にすぐ来ることは、まずあり得ない。ならば現状、この場を他の車両に邪魔をされるという心配すら今は考えなくても良い。

 さらに言うならば、アッサムがクルセイダー巡航戦車を操縦している時点で、戦車が互いに砲塔が向かい合った状態で撃たれる砲撃は全て当たることはない。敵車両の砲塔から撃たれる砲弾の射線は、近距離ならばアッサムには“視えて”いるのだから。

 

 

「アッサム様! バシバシ撃ってくでございますわよ!」

 

 

 クルセイダー巡航戦車が砲撃をローズヒップの指示で撃っているが、一向にⅣ号戦車に当たる気がしない。何度目か分からないⅣ号戦車の砲撃回避の動きを見て、アッサムも流石に見慣れたが、それでも引き攣った笑みを思わず浮かべてしまった。

 

 

「傍から見れば砲撃を至近距離で避ける私も大概かもしれないけど。本当に向こうも大概ね。和麻様もとんでもない人材を育ててしまったみたいだわ」

 

 

 後方から撃たれる砲弾を避けるのは、一見前から撃たれる砲撃を避けるより容易いと思うが、内容によっては実のところそうでもない。

 適当に左右に車体を揺らしながらジグザグに動くなら誰にでもできるが――的確に回避するために車長の指示を受けて、その指示を正確に実行しているなら話は全く別になる。

 流石に百式流のように前方から撃たれる砲撃を躱すよりは圧倒的に難易度は下がるが、車長の指示通りしっかりと動かせてるだけでもアッサムからすれば十分驚愕に値することだ。

 

 忘れてはいけない。聖グロリアーナが戦っているのは、戦車道の初心者なのである。

 

 この状況下で自車両が撃破されれば大洗が確実に試合に負けることが分かる中で乗っているⅣ号戦車の操縦手の内心は、尋常ではない。焦りも緊張も、生半可なものではないはずだ。

 戦車道経験者ですらⅣ号戦車の状況なら緊張するに決まっている。この状況のⅣ号戦車の操縦手席に座り、平常心でハンドルを握るなんて並大抵なことではない。

 操縦手として熟練した腕のアッサムでも、同じ状況ならば緊張するとアッサム自身でも思う。ならば初心者はそれ以上なはずだ。

 だがしかしⅣ号戦車の操縦手は、平然と操縦している。そんなことができる人間は、アッサムから見れば逸材でしかない。

 

 心臓に毛でも生えている胆力の塊なのか、それとも感情というものがない機械の生まれ変わりか。どちらにせよ、戦車道の経験者から見れば、Ⅳ号戦車の操縦手は文字通り変人としか思えなかった。

 

 本当にしっかりと和麻に育成される前で良かった。アッサムはⅣ号戦車に乗る操縦手の異質さに、ある意味で安堵していた。

 どうにかして逃げるⅣ号戦車に、回避が不可能な距離で砲撃を撃ち込むしかない。

 そのために至近距離のⅣ号戦車との距離を更に詰めなくてはならない。そこからまず始めるしか砲撃を的確に回避する車両に一両で対抗する方法しかない。

 そう思い、アッサムはクルセイダー巡航戦車のギアを更に上げていた。

 

 

 

 

 

 

「麻子さん。私がタイミングを言いますので路地を曲がって停車した後、全速後退。敵車両にぶつかってあちらの足を止めます。その後にまた全速で再発進してください。皆さん、その際は衝撃に備えてるように」

 

 

 背後から速度を上げてⅣ号戦車に迫るクルセイダー巡航戦車を見ながら、みほが麻子に指示を告げる。

 アッサムの考え通り、みほも同じように分かっていた。クルセイダー巡航戦車に追われている時点で、Ⅳ号戦車は聖グロリアーナに対して待ち伏せや奇襲ができない。故にⅣ号戦車が攻める為には、まず背後にいるクルセイダー巡航戦車を引き離す必要があった。

 その時、みほが咄嗟に立てた策は追い掛けている相手に自分から突撃することだった。

 先程からⅣ号戦車はクルセイダー巡航戦車から逃げている。相手からは『Ⅳ号戦車が全力で逃げてクルセイダー巡航戦車を撒こうとしている』と思っているはず。

 みほはそう思い、咄嗟に不意打ちの手を思いついていた。

 

 

「砲塔は後ろに向けなくても大丈夫ですか?」

 

 

 砲撃手席から華がみほに提案する。

 しかしみほは首を横に振り、華の提案を却下していた。

 

 

「もし砲塔を回したのが見られたら間違いなく警戒されます。相手を油断させるために相手にはⅣ号が全力で逃げていると思わせていなければいけません。我々が逃げているだけで何もできないと思わせてからの突撃をして、まずはクルセイダーを我々の後方から離しましょう」

「なるほど……わかりました」

「その後、見つけ次第チャーチルを撃破します。華さんには大変と思いますがその時に頑張ってもらいます」

「はい、おまかせください」

 

 

 みほの説明に、華は納得して頷く。

 しかしその説明を聞いて、優花里が首を傾げていた。

 

 

「ですが、みほ殿。チャーチルが何処にいるか分かりませんよ?」

「ううん、分かるよ。優花里さん」

 

 

 即答したみほに、優花里が更に分からないと言いたげに首を傾ける。

 そんな優花里に、みほは簡単に説明をすることにした。

 

 

「絶対にチャーチルは私達の近くにいます。多分、クルセイダーが我々のⅣ号と自車両が走ってる道をチャーチルに教えてるはず、ならこの近くにいて私達を追い混む為にいつでも回り込めるように動いてると思います」

「なんでそうだと分かるんですか? みほ殿?」

「クルセイダーが私達の裏を突いてM3リーを撃破した時も、さっきⅣ号が追い詰められた時も、クルセイダーが的確に動いてた。入り組んだ街の中で、互いに正確に位置を連絡なしに分かるなんて普通できないよ。ならクルセイダーは常に他の車両と連絡を取り合ってるって思ったの。

 百式流のクルセイダーほど遊撃に向いてる戦車はないから、今回の聖グロの編成で攻撃の要は間違いなくクルセイダーのはず。なら自由に使えるようにクルセイダーの現在地を常に把握しておきたいって隊長が思うのが普通だと思うの。

 クルセイダー以外が隊列を組んで動いてたからその隊列のどれか一両が連絡役と考えてたけど、今はもうクルセイダーとチャーチルとマチルダしかいません。マチルダはこの場から離れた距離にいる以上、考えられる限り間違いなく連絡を取り合ってるのは隊長車両のチャーチルしかいません」

 

 

 みほの説明で、優花里もようやく理解した。

 Ⅳ号戦車の裏をかくために、クルセイダー巡航戦車から常に連絡を受けてチャーチル歩兵戦車が動いている。つまり、Ⅳ号戦車とクルセイダー巡航戦車の近くにチャーチル歩兵戦車が走っていることになる。

 

 

「だけど私達はチャーチルの位置が近い場所にいるってことしかわかりません。磯部さん達がチャーチルを見つけて正確な位置が分かってくれれば助かるんだけど……」

「八九式が私達のところに来るのはもうちょっとみたいだよ、みぽりん」

 

 

 沙織の話に、みほが「むぅ……」と唸る。

 八九式中戦車が合流するまでもう少し掛かる。理想としては八九式中戦車がⅣ号戦車と合流して聖グロリアーナの車両と戦えれば良かった。

 更に言うなら、八九式中戦車がⅣ号戦車と一緒にいる状態でクルセイダー巡航戦車と戦いたい。二両以上でクルセイダー巡航戦車と戦うのが現状で最善な手になる。

 しかし残念ながら、そのどちらも今のところは叶いそうにない。明確なチャーチル歩兵戦車の位置が分からないのが痛手だが、どちらにせよⅣ号戦車がクルセイダー巡航戦車から離れなければ話にならない。

 それならばどちらにせよ早い内にクルセイダー巡航戦車を離すことが賢明だろうと判断して、みほは先程麻子に指示した手を早速実行することにした。

 

 

「麻子さん、早速ですが次の路地を曲がったら先程の指示をお願いします。百式流の動きなら最速で曲がってくるので、指示通りに動かせば勝手に相手がぶつかってくれるはずです。まずはそこにⅣ号をぶつけてクルセイダーを突き飛ばします。クルセイダーの復帰までの時間に我々はクルセイダーから逃げて、全速でチャーチルを探しましょう」

「了解」

 

 

 みほの指示を受けて、麻子はすぐに指示通りにⅣ号戦車を動かした。

 麻子自身も毎回思うが、戦車にバックミラーが欲しいと思って仕方ない。背後のクルセイダー巡航戦車の正確な位置がみほの言葉でしか分からないので、自分でも分かれば大分運転が楽になるというのに。

 まずは目の先にある路地に入る。そして路地に入った後に一度ブレーキペダルを踏み、車体を止めつつ更にクラッチペダルと踏みながらクラッチギアをバックへと変更してアクセルペダルを踏みつける。

 あとは勝手に車両が後ろに走っていくだけだ。次の車両操作はクルセイダー巡航戦車と衝突した瞬間、麻子はそのタイミングが見えないのでいつ来るか分からない衝撃に備えて気を引き締めた。

 そしてみほの考え通り、クルセイダー巡航戦車の視界から路地を曲がったⅣ号戦車はしっかりと僅かな時間だけ消えていた。クルセイダー巡航戦車はⅣ号戦車を追うことに意識を向けているので、まさか後退してくるとは思っていない。

 クルセイダー巡航戦車が滑らかな動作でⅣ号戦車に続いて路地に入ってくる。みほも少しだけⅣ号戦車の動きを予測されるかもと一瞬警戒したが、路地に入るクルセイダー巡航戦車の動きを見る限りそれはないと確信した。

 そしてクルセイダー巡航戦車がⅣ号戦車が入った路地に入った瞬間の光景に、アッサムはみほの作戦通りに驚愕した。

 

 

「なッ――⁉︎」

 

 

 クルセイダー巡航戦車の操縦手席から見える視界に、全速で後退してくるⅣ号戦車。咄嗟の回避は、もう間に合わなかった。

 

 

「マジですのっ⁉︎」

 

 

 ローズヒップの声と共に、Ⅳ号戦車がクルセイダー巡航戦車に衝突した。

 アッサムとローズヒップ、クランベリーの三名が衝撃に備えたが戦車同士の衝突による衝撃はかなり大きい。

 全速で後退していたⅣ号戦車がクルセイダー巡航戦車を弾き飛ばす。クルセイダー巡航戦車は弾かれた勢いのままに、車両を引き摺らせながら民家に突っ込んでいた。

 

 それはみほの誤算。それも良い意味での誤算だった。

 

 みほの予測ではクルセイダー巡航戦車は路地の壁にぶつかって止まる程度と思っていた。しかし予想を外し、クルセイダー巡航戦車は木造の民家へ突っ込んでいた。

 間違いなく復帰に時間が掛かる。確実にクルセイダー巡航戦車から離れられる。

 

 

「みほ殿! 今ならクルセイダーを撃破できますよ!」

「無理です! クルセイダーの砲塔がこっちを向いてます! こちらが砲塔を回してる間にクルセイダーが砲撃してきます!」

 

 

 みほも優花里と同じく“それ”を一瞬考えたが、自分自身ですぐに却下した。

 運良く予想以上の結果になったが、クルセイダー巡航戦車を撃破するチャンスにならなかった。

 民家に車体を突っ込んだクルセイダー巡航戦車の砲塔がⅣ号戦車の方を向いている。これが反対で車両の前部が民家に向いていれば、みほも予定を変えてクルセイダー巡航戦車の撃破を優先したのだが、その点だけは運が悪かった。

 

 

「麻子さん! 行ってください!」

 

 

 そして衝突した後すぐに、Ⅳ号戦車が全速で前進した。

 クルセイダー巡航戦車が履帯を全力で動かしてるのがみほの目に映る。しかし突っ込んで破壊した民家の建物が僅かに邪魔をしているらしく思った様にクルセイダー巡航戦車が動けていなかった。

 これならクルセイダー巡行戦車から逃げ切ることができる。離れていくクルセイダー巡行戦車を見て、作戦がしっかりと成功したことにみほは胸を撫で下ろして安堵した。

 これでチャーチル歩兵戦車を探せる。みほは安堵した気持ちを引き締めると、すぐに地図を広げてチャーチル歩兵戦車のいる地点を予測し始めた。

 ここからはまた大洗か聖グロリアーナの二校のどちらが先に敵戦車を見つけるかの戦いになる。それを分かっていたみほは、すぐ麻子に指示を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

「まさか突撃してくるなんて!」

「またやってくれましたでございますわね!」

 

 

 アッサムとローズヒップが声を合わせて驚いていた。

 離れていくⅣ号戦車を見て、撃破しに来ないことにアッサムが唇を思わず軽く噛んだ。

 相手も流石にそこまで馬鹿ではない。砲塔がⅣ号戦車に向いている状態でわざわざ向かってくるような選択を大洗はしなかった。

 クルセイダー巡航戦車から離ていくⅣ号戦車を見ながら、アッサムは通信機で連絡を即座に行った。

 

 

「ダージリン! Ⅳ号を見失います!」

『まさか……撃破されたの?』

 

 

 アッサムの通信から、ダージリンが返答する。

 明らかに驚いている声色だった。しかしアッサムはそんなことを気に留めず、返答した。

 

 

「撃破はされてません。いきなりⅣ号が不意打ちで車両をクルセイダーに衝突させてきました。民家に車体を衝突されられて足止めされています。その僅かな時間にⅣ号を見失ってしまいます」

『あなたがそこまでしてやられるなんて、本当に珍しいわ。本当に、あのⅣ号はやってくれますわ』

 

 

 アッサムの通信で返ってきたダージリンの言葉は、驚愕と苛立ちの色が見える声色だった。

 

 

「すぐに復帰して追いかけます。ダージリン、気をつけて」

『勿論よ。だから早くそっちも戻ってきなさい』

「はい! 申し訳ありません!」

 

 

 クルセイダー巡航戦車の履帯を全速で動かす。

 運が悪い。クルセイダー巡行戦車が民家に突っ込むとはアッサムも予想していなかった。

 まだ壁などに衝突してくれれば追いつけたかもしれないというのに、運が悪い。

 大洗か、それとも聖グロリアーナか、どちらも運が向いているはずで、そして運が向いていない。

 その結果、また勝ちの目を見失ったことにアッサムはつい唇を軽く噛んでいた。

 

 

 

 

 

 

「まさか二度もアッサムがしてやられるなんて……」

 

 

 Ⅳ号戦車がまたもやクルセイダー巡行戦車を出し抜いた。その事実にダージリンは舌を巻いていた。

 聖グロリアーナ女学院であの『最速の淑女』とまで謳われたアッサムを二度も出し抜くとは、ダージリンには予想外のことだった。

 ここまで聖グロリアーナのクルセイダー巡行戦車を出し抜いた相手に会うことは本当に数少ない。

 それこそ百式和麻が過去に聖グロリアーナ女学院に来たおかげで得ることのできた百式流という操縦の極みともいえる技術。その百式流というクルセイダー巡行戦車の運用方法の最適解と言える技術を持った聖グロリアーナのクルセイダー巡行戦車と対等に戦える学校は、それこそ黒森峰くらいである。

 和麻がまだ聖グロリアーナにいた時期の練習試合で、百式流のクルセイダー巡行戦車に対応できた学校はほとんどいなかった。

 あの実力高校のサンダースやプラウダですら、初見で百式流のクルセイダー巡行戦車に対応できていなかった。それこそ車両数の暴力で押し切るくらいしか手を思いつかないのが普通である。

 

 それをたったの一両で対応し、クルセイダー巡行戦車を出し抜いた。その事実がダージリンには驚愕に値した。

 

 どうしてまだ初心者のチームに勝てないのか?

 やはり百式流が原因なのか?

 たったの一両がここまで戦況を変えるのか?

 

 ダージリンはそう考えるが、すぐに否定した。

 一両の車両で戦況を変える。そう謳われる百式

 いや、大洗の百式流は百式流であっても百式流ではない。

 油断などしていないのは重々理解している。油断などしてはいけない敵とわかっている。

 しかし百式流といえど、大洗の操縦は“本当の意味”で百式流などではない。

 ただ百式流の入門たる“クイック”と“ドライブアクション”を使えるだけ、そして“初心者とは思えない程度”の運転技術しかない。数多くある百式流の技術を会得していない百式流の操縦手などダージリンからすれば百式流の操縦手とすら言えない。

 

 たったその程度で、戦況を変えるなどあってはならない。それを認めるのは、なによりもダージリン自身が許せなかった。

 

 それを認めれば、百式和麻という操縦手の格を下げてしまう。

 百式和麻の操縦と大洗の操縦を一緒にしてなどあってはならない。

 比べることすら、おこがましい。彼と今戦っている操縦手が同格など、認めるわけにはいかない。

 見た者に感動を与えることのできる。戦車の動きが美しいと思える操縦、そんな操縦がこの世の中にある。それが百式流の操縦なのだ。

 大洗の戦車には、まだ技術の荒さが目立つ。まるで見様見真似のような拙い技術をどうしてダージリンが認められるものかと。

 

 故に、苛立ち。その気持ちがダージリンに募る。だがそれでも、ダージリンの中には、また別のある気持ちが生まれていたのも確かだった。

 

 下手な選手の集団で、ちぐはぐな車両の集まりのチーム。圧倒的に勝ちを確信できる試合のはずなのに、それができない。

 百式流の一端を使うとは分かっているが、それでも根本的に実力の足りていない相手との試合など、苦戦するはずがないのに。

 

 

「どうしてこうも、高ぶってるのかしら……?」

 

 

 強豪校と戦うのとは違う、今まで経験したことのない不思議なこの試合にダージリンは“面白い”と感じてしまっていた。

 苛立ちながらも、面白いと思う矛盾がダージリンの心に困惑を生む。

 

 

「クルセイダーからⅣ号が離れた。相手は足止めしたクルセイダーを撃破するよりも、クルセイダーから姿を消すことを優先している。クルセイダーと一両で戦うことを避けたということは――」

 

 

 だが困惑しながらも、ダージリンは思考していた。彼女には大変珍しく独り言を呟くほどに。

 オレンジペコも、ここまで考え込むダージリンを見たのは初めてだった。未だかつて、ダージリンが考え事で独り言を呟くなど見たことがなかった。

 勝ちにこだわる故、意地でも勝ちたいというダージリンの気持ちの現れでもあった。無意識に思考を整理するために、言葉にしていた。

 

 そしてダージリンの考察は、みほの思考を読み切っていた。

 

 一両同士の戦いをクルセイダー巡航戦車にしなかったのは、間違いなく百式流のクルセイダー巡航戦車と単体で戦うのを避けた。よって一両ではなく二両での交戦を望んでいることになる。

 だが八九式中戦車はまだ距離が離れた地点にいる。それはマチルダ歩兵戦車の情報から知っているので、まだ合流はしていない。

 大洗は合流をしたいができない。そして大洗の二両が合流するよりも早く合流するために動いた聖グロリアーナの車両が早く合流できる。

 しかしそれを大洗は望まない。相手の車両が合流して増えることは、戦いが不利になることになる。

 

 よって、Ⅳ号戦車の次の行動はふたつしかない。

 

 まずはこの場から離れ、八九式中戦車と合流して仕切り直すこと。そこから作戦を新しく考え、再度仕掛けるという手がある。しかしダージリンは、これをまず大洗は選ばないと却下した。

 聖グロリアーナの全車両がバラバラになっている状況を逃すことを選ぶわけがない。聖グロリアーナの残存車両が合流した際、明らかに大洗は不利になる。またそれを崩す手は大洗の残存車両ではほぼない。

 

 なら、残りのひとつしかない。

 

 それはクルセイダー巡航戦車がⅣ号戦車を見つけるより早く、そしてチャーチル歩兵戦車に合流するよりも早く、更にマチルダ歩兵戦車も合流するより先に、Ⅳ号戦車がチャーチル歩兵戦車を撃破すること。

 合流されるまでに隊長車両を撃破する。それを大洗は狙ってくると、ダージリンは考え切った。

 おそらく大洗も読み切っている。クルセイダー巡航戦車の近くにチャーチル歩兵戦車がいることを。だからこそ先に倒せる可能性があるチャーチル歩兵戦車を探し出し、撃破する。

 大洗がそこまで考えてないという可能性もあり得るか、ダージリンはそれも却下した。この試合を戦えている相手の隊長がそこまで考えられていないわけがない。

 

 つまり、Ⅳ号戦車は逃げることなくチャーチル歩兵戦車の近くにいる。

 その結論に至ったダージリンがすぐにキューポラから身を出し、辺りを見渡した。

 現在、チャーチル歩兵戦車は一車線道路を走っている。今まで走っていた路地と違い、大きな道路だった。

 もし路地からⅣ号戦車が出てくればすぐに見える。ダージリンが警戒していると――その時、路地から勢い良く飛び出す戦車が現れた。

 

 

「なっ――⁉︎」

 

 

 ダージリンが一瞬、自分の目を疑った。

 それは見間違いようがない。紛れもなくⅣ号戦車だった。

 

 

「――砲撃っ!」

 

 

 しかし目の前の車両がⅣ号戦車だと視認した瞬間、それを敵車両と自分の脳が理解するよりも早くダージリンが口を動かしていた。

 身構えていなかったチャーチル歩兵戦車の砲撃手が車長の指示に反射的に動く。

 チャーチル歩兵戦車から放たれた砲撃がⅣ号戦車へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 クルセイダー巡航戦車を振り切ったⅣ号戦車が幾つかの路地を曲がり、大きな道路に出ることを選んだのは、みほには理由があったからだ。

 

 それがダージリンとみほの考えと読み合いの違いだった。

 

 みほは、クルセイダー巡航戦車の近くにチャーチル歩兵戦車がいると読んだ。これは間違いではない。しかしチャーチル歩兵戦車がいるおおよその位置をみほは読み間違えた。

 みほはチャーチル歩兵戦車はクルセイダー巡航戦車の走っている道の付近と予想していた。

 

 しかしダージリンはそれをしていなかった。

 ダージリンはⅣ号戦車が町の中の入り組んだ路地を走ると読み、回り込むためにクルセイダー巡航戦車が走る道の付近を走るよりも、あえて大きな道路を走り、いつでも回り込めるようにしていただけだった。

 

 その違い。故にみほは自分の予想なら先に大きな道路に出て、チャーチル歩兵戦車が出てくるのを待つか、または索敵を行う予定だった。

 

 

「えっ――⁉︎」

 

 

 しかし大きな道路に出た途端、自分の視界の右側にチャーチル歩兵戦車がいるとは思いもしなかった。

 そしてみほの目にはチャーチル歩兵戦車の砲塔が僅かに動いているのが見えた。

 

 照準の微調整。そしてその揺れが止まる。

 それを見た途端、みほは声をあげた。

 

 

「――曲がらずに前進!」

 

 

 本来、みほは大きな路地に出た後、左右のどちらかに曲がる予定だった。それは麻子も把握していた。

 しかし曲がるために車体を僅かに減速させた時点で、今チャーチル歩兵戦車が放つ砲撃に当たる。そのため、Ⅳ号戦車は止まらないという選択しかなかった。

 みほの突然の指示に、麻子も当然驚いた。しかしみほが咄嗟に指示したにも関わらず、麻子はアクセルを緩めることなく踏めていた。それと同時に響いた炸裂音に、麻子も理解した。近くに敵車両がいたのだと。

 

 飛翔する砲弾がⅣ号戦車の後部を掠める。

 止まっていれば当たっていた。しかし安堵してる余裕がない。みほはすぐに指示を出していた。

 

 

「右側にチャーチル発見! 右折してチャーチルに砲撃します! 麻子さん、相手の砲撃に注意! 華さん、右折したらすぐに砲撃してください!」

 

 

 麻子と華が指示を受けて、即座に実行する。

 Ⅳ号戦車が右に曲がり、チャーチル歩兵戦車と向かい合うように走る。そして向かい合った瞬間、華が砲撃を放っていた。

 しかし華の放った砲弾は、チャーチル歩兵戦車の装甲に弾かれていた。

 互いに目視で距離は五十メートル程ある。しかしこの距離でもⅣ号戦車の砲撃はチャーチル歩兵戦車に通らなかった。

 チャーチル歩兵戦車の装甲をⅣ号戦車が砲弾が貫くには、更に接近して砲撃するしかない。

 

 

「麻子さん! 前進して接近してください! 右前に向かって走りつつ、チャーチルの砲塔が止まったら左前へ前進して砲撃を躱してください!」

「別にそこまで指示する必要ない。正面から撃つ砲撃なんて当たらない」

 

 

 みほの指示に麻子がチャーチル歩兵戦車を見据えながら、不安そうに鼻を鳴らした。

 しかしみほはそれを気にする余裕はなかった。麻子ならその指示をする必要がないと判断できたが、もしもと考えて指示を出した後に華と優花里に指示を出していた。

 

 

「華さん! 移動中でも良いので装填完了したら砲撃してください! 優花里さん! 装填が大変と思いますが早くお願いします!」

「「了解です!」」

 

 

 華と優花里の返事を聞いて、みほは今から行う行動を全員に告げた。

 

 

「ここでチャーチルを撃破します! チャーチルに接近して側面か背面に砲撃します! 相手に読まれてる可能性がありますが、相手の対応より早く行動して反撃されるより早く撃破します!」

 

 

 偶然見つけたチャーチル歩兵戦車をこの場で撃破する。

 その選択を選んだみほだったが、同じくダージリンもそれを読んでいた。

 

 

「Ⅳ号が向かってくるわ。正面からの砲撃は当たらないと思って、お相手は私達の側面か背後に攻撃してくる。必然的に至近距離になるところに砲撃を放ちなさい」

 

 

 ダージリンが今からⅣ号戦車が行う行動を予測して、全乗員に伝える。

 大洗と聖グロリアーナ、互いに動きが分かっている。

 対峙する二両、競うのは相手に砲弾をどちらが早く撃破判定とされる場所に当てられるか。

 向かうⅣ号戦車と待ち構えるチャーチル歩兵戦車。

 二両の一騎討ちが、開始された。




読了お疲れ様です。

年を越してしまいました……遅れて申し訳ありません。
書いても書いても終わらない試合、本当に後一話で終わるかどうかも不安になってます。

今回はみほとダージリンの読み合いの話でした。
あとⅣ号戦車とチャーチルの一騎討ちまで(ここは原作通りに)
でも、原作通りに終わるわけがないんですけどね。

好きに書き過ぎてる感が相変わらずですがご了承を。
それではまた次回の話まで。

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