GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
Ⅳ号戦車から砲弾が放たれる寸前、突然の出来事に呆然とする最中でも無意識にダージリンの口が動いた。
「――砲撃ッ!」
咄嗟の刹那に、無意識の中で喉から絞り出した言葉。その短い言葉の価値を、おそらく誰も理解できなかっただろう。
オレンジペコを始めとしたチャーチル歩兵戦車の乗員達も、そしてダージリン自身でさえも。
あまりにも当然の指示であるからこそ、その価値に誰も気づけなかった。
予想すらしていなかったⅣ号戦車の行動。本来なら素人の操縦手では再現不可能とされる百式流のドライブアクションのひとつ――アクセルブローを目の前にして思考が停止しても、ダージリンは車長としての責務を全うしたのだ。
あり得ない出来事に思考が停止した状況で、咄嗟に指示を出せる車長は本当に少ない。こと戦車道において、熟練の選手でも極めて僅かな人間にしかできない芸当。
それを、ダージリンは無意識に行なっていた。
聖グロリアーナの隊長として、車両を指揮する車長として、そしてひとりの選手として、今日まで培ってきた戦車道の経験が、彼女の身体を思考よりも先に突き動かした。
あらかじめ指示していたおかげで、チャーチル歩兵戦車の砲身は常にⅣ号戦車へ向いていた。あとは砲撃の指示を出すだけで良い。その指示を完璧なタイミングで出すだけでⅣ号戦車に勝つことができる。
大洗に勝てれば、百式和麻に会える。ずっと待ち望んでいた再会を掴み取れる。その勝利への貪欲な渇望が、本来なら出るはずのない指示を脊髄反射によってダージリンは絞り出していた。
彼女の指示により、チャーチル歩兵戦車から炸裂音が鳴り響く。それと“ほぼ”同時に、Ⅳ号戦車からも炸裂音が鳴り響く。
はたして、互いに放たれた砲弾の行方は――
「くっ……!」
思わず、ダージリンが苦悶の声を漏らした。
チャーチル歩兵戦車が砲撃した直後、強い衝撃が車両を揺らした。咄嗟に何かを掴んでいなければ倒れるほどの衝撃が乗員達に襲いかかる。
まさかⅣ号戦車の砲弾が直撃したのだろうか。いや、ここまでの至近距離で放たれた砲撃なら直撃でなくとも車体に掠っただけで強い衝撃を受けてもおかしくない。
互いに放った砲撃の爆風で、視野が悪くなった。黒い煙が視界一面を埋め尽くしていて、状況が全く把握できない。
しかし、それはⅣ号戦車も同じ。互いに状況を把握するため、黒煙が晴れるまで待つしかない。
もし砲弾が着弾して車両に白旗が立っていれば、その時点で該当の車両は行動する権利を剥奪される。たとえエンジンが壊れていなくても、撃破判定の砲撃を受ければ車両から白旗が出てしまう。
白旗が出ている車両が試合中に動くことは、明確なルール違反となりペナルティが課せられる。
それもそうだろう。もし許せば、エンジンが壊れている車両でも砲撃が許される。そのような行為は、戦車道の礼節を著しく損なう無礼として扱われる。
だからこそ、下手に動けなかった。自車両に白旗の判定を目視するまで、互いに動けない。
黒煙が晴れるまで、僅か数秒が長い。しかしゆっくりと晴れていく黒煙の先を、ダージリンが凝視する。
そして視界がハッキリと見え、Ⅳ号戦車のキューポラから姿を見せている少女と対峙した瞬間――
「なッ――⁉︎」
文字通り、ダージリンの背筋が凍った。
チャーチル歩兵戦車の砲身が、Ⅳ号戦車の左側に逸れていた。
そしてⅣ号戦車の砲身は、まっすぐにチャーチル歩兵戦車の側面に向けられている。
この状況で導かれる答えなど、ひとつしかない。
頭に過ぎる答えを受け入れたくないと、ダージリンの視線がゆっくりと動く。自身の乗る、チャーチル歩兵戦車の車体へと。
「…………」
そして、僅かに震えながらも視線を動かした先の光景に、彼女の全身が震え上がった。
チャーチル歩兵戦車から、一本の白旗が立っていた。
それは紛れもなく、撃破判定を受けた証明だった。
◆
本当に、僅かな差だった。
目の前に白旗を上げて鎮座するチャーチル歩兵戦車を目の前に、みほはそう判断した。
Ⅳ号戦車が接近している間、チャーチル歩兵戦車の砲身は常にⅣ号戦車を的確に取られていた。
それだけで相手の砲撃手の実力が測れた。間違いなく腕の良い選手だろう。普通なら撃破される可能性もあったが、むしろ相手の砲撃手が実力者だったことがⅣ号戦車にとって幸運だった。
本来なら直撃か最低でも側面に被弾していたかもしれない。それを回避できたのは、間違いなく麻子が百式流のクイックを習得していたおかげだった。
相手の実力が高いほど、百式流の技術は輝く。特に相手がどこを狙っているか正確に判断できた分、麻子も回避しやすかったに違いない。
一度も被弾なしでⅣ号戦車が万全の状態でチャーチル歩兵戦車に接近できたことが、勝因のひとつとなり得た。
それに加えて、Ⅳ号戦車が勝てた要因は他にもある。
やはりみほの予想通り、聖グロはこちらの思惑を完璧に読んでいたのだろう。途中で砲撃が止まったのが、その証拠だった。
これも予想になるが、相手の車長はⅣ号戦車が側面に攻撃することを完全に読み切った上でカウンターの一撃を狙っていた。
本来、そのカウンターは成功していたはずだった。だが、それを回避できたのは……やはり麻子のおかげだった。
当たっていたはずのチャーチル歩兵戦車のカウンターを回避できたのは、いつの間にか麻子が会得していた百式流の技術によるもの。
それはみほも当然知っていた。百式流の技術、ドライブアクションのひとつとされるアクセルブローの派生――ターンブロー。
側面から接近するにあたって、車体の最大速度を維持しながら車両の方向転換を行い、砲撃を放つ。その際に注目されるのは、通常のアクセルブローは最大速度を維持したままドリフト移動するだけなのだが、ターンブローはその移動の中に僅かな変化を加える。
車体が横に展開したと同時に全開でバック走を行うことで、僅かに車体を本来よりも横方向へ僅かにズラす。そうすることで相手の予想よりも早く動くことができ、敵車両の砲身から逃れることができる。
端的に言ってしまえば小細工を使ったわけだが、その小さな小細工が大きな勝因となった。
ここまでが、みほの想定した勝利の要因だった。
だが、ここでひとつだけ、彼女にも分からなかった勝因があった。
それはチャーチル歩兵戦車の僅かな砲撃のズレだった。
今まで積み上げた勝因は、全て相手の判断を鈍らせる行為でしかない。
一度の被弾もなく至近距離まで接近を許せば、それだけで相手の動揺が誘える。
そして側面から接近してしまえば、それすらも相手が動揺する要因となり得て、最後のひと押しに車体の僅かな過剰移動が最後の決め手となる。
この全ての行為に対する対策は、絶対に動揺しないことだった。
Ⅳ号戦車の動きを把握した上で、一切の動揺もなく、僅かな時間しかないタイミングで撃たれるよりも先に砲撃を撃ち返す。それがチャーチル歩兵戦車の勝ち筋だった。
ダージリンならば、それを把握した上でカウンターを撃てた。百式流を理解し、その対策を知っている彼女なら可能だった。
こればかりは、みほも予想することはできなかった。
ダージリンからすれば、素人がドライブアクションのひとつである“ターンブロー”を使えるとは夢にも思わなかったのだ。
その一瞬の大きな動揺が、咄嗟の指示を鈍らせた。それが一秒にも満たない時間でも、その僅かな時間差が勝敗を分けた。
もしも、その動揺がなければ――勝っていた方は違っていたかもしれない。
「ふぅ……なんとかなった」
そんなことを知る由もないみほが、ホッと安堵の吐息を漏らす。
とは言えど、いつまでも安心している場合ではない。今、この時も試合は続いてるのだから。
「西住殿ッ! やりましたよ! 隊長車両撃破です!」
「……当たりました。まだ胸がドキドキします」
「ちょっと麻子、まだ試合終わってないんだからガッツポーズやめなよ」
「……少しは喜ばせろ、沙織」
キューポラの下で隊長車両を撃破したことに全員が喜んでいるが、まだ試合に勝ったわけではない。
まだ聖グロにはクルセイダーとマチルダが残っている。こちらは八九式とⅣ号戦車。互いに二両ずつ残っている。
チャーチル歩兵戦車を撃破できたのは良いが、今の状況で一番の問題は――
「……私を倒しても。まだ終わってませんわ」
「え……?」
思考しながら、みほが次の指示を出そうとした時だった。
ふと、チャーチル歩兵戦車から声が聞こえた。
無意識に、みほが声の方へと視線を向けてしまう。
その視線の先、そこにあった金髪の少女の顔を見た瞬間――
「……ひっ」
みほの全身が、心の底から震え上がった。
「まだ負けてません。聖グロは、まだ大洗に負けてませんわ」
その瞳に、とてつもない感情を込めたダージリンがみほを見つめていた。
絶対に勝つと諦めていない瞳。向けられる視線の圧力に、思わずみほが立ち竦んだ。
「まだ終わってない。私達の試合は、まだ終わってないの。絶対に、私達はあなた達に……大洗に勝たないとダメなのよ」
動くことさえ、忘れてしまう。目を逸らすことも、逃げようと考えることさえできない、一方的な威圧感。
あまりの威圧感に呆然とするみほだったが、それもダージリンは無視して言葉を続けた。
「聖グロリアーナは、ずっと待ち望んでいたのよ。あの方に会える今日という日を、ずっと、ずっと、ずーっと待っていたの。きっとあなた達には、私達の気持ちなんて到底分からないでしょう。忘れもしない“あの日”から私達が、私が、どれだけあの方に……和麻さんに会いたかったなんて」
しかし紡がれるダージリンの言葉を聞いているうちに、彼女の威圧感は薄れていった。
言葉を続けるほどに、ダージリンの威圧感が薄れていく。
それと同時に、その言葉の端々から別の感情が伝わってきた。
「あなた達は……どうして私達の邪魔をするの? ただ私達は和麻さんに会いたいだけだったのに、そこまでして会わせたくない理由が、あなた達にあるとでも言うの?」
今にも泣きそうな表情で告げるダージリンに、思わずみほが胸を抑えた。
ダージリンの姿を見ているだけで、心臓が痛いほど締め付けられる感覚がみほに襲い掛かる。
百式和麻に会いたいと思っている聖グロリアーナの気持ちを、みほは見誤った。
自分と同じように、和麻を親しい人間として慕っているからこそ、みほはダージリンの気持ちを察していたつもりだった。
だからこそ、試合が終わった時に話そうと思っていた。
角谷杏の突拍子もない行動で伝える機会を逃してしまったから、試合が終わった時に話そうと。
百式和麻は、あなた達と会いますと。
たった一言伝えるだけで良かったのに、それすらも言えなかった。
試合が始まる前のダージリンが、あまりにも怖くて言えなかった。
その恐れが、今の彼女を作ってしまった。
「いえ、違うわ。きっとあなた達じゃない。やっぱり……和麻さんは、もう私達に会いたくないのね」
何かを察したのか、目を伏せたダージリンが小さく呟いた。
どこか諦めたような、そんな表情で。
そんな顔をするほど、聖グロリアーナは百式和麻に会いたかった。
突然居なくなってしまった彼に、彼女達が尋常ではない気持ちを抱いている。
それが彼に対する親愛なのか、それとも贖罪なのか、その気持ちの形を、みほは予想しかできない。
いや、予想することも失礼だと思った。彼女達の気持ちを推し量ることなど、決してしてはいけない。分かったような言葉を口にするさえ、彼女達に対する無礼だと否応なく思わせてしまう。
今、この場で伝えなくては――
そう思ったみほは、震える声でもハッキリと告げた。
「……違う」
「なにが違うのかしら?」
「かずくんは……あなた達のことを嫌いだなんて思ってません」
「……えっ?」
失笑するダージリンが、みほの言葉に目を見開いた。
唖然とする彼女に、勇気を振り絞ったみほが話を続ける。
「本当は、最初に伝えるつもりだったんです。あの時のあなたがものすごく怖くて言い出せなかっただけで、私達はかずくんから伝言をもらってたんです」
その伝言とは、一体なにか?
困惑するダージリンに、みほは彼から預かった伝言を口にした。
「今までごめん。この試合が終わったら、俺はあなた達に会います。あなた達に嫌われたくなくて、ずっと会うのが怖かった。だからあと少しだけ俺に時間をください。それがかずくんの……百式和麻君からの伝言です」
告げられたみほの言葉に、ダージリンが息を飲んだ。
「……嫌われたくなくて? 一体、なにを言って?」
「それは、かずくんから直接聞いてください。これ以上は、私の言えることじゃないと思います」
ここから先は、みほの口から言えることではない。
彼が今まで関わってきた親しい人達から、嫌われることを恐れていた。
そのことを大洗のメンバーは全員知っているが、それを目の前の彼女に話すべきではない。
その言葉を伝えるのは、百式和麻ではならないのだから。
「だから、試合が終わるまで待ってください。かずくんは、それまで絶対に出てこないと思うから」
「その言葉に、嘘はないと言いますの?」
「嘘なんて言いません。ここで嘘なんて言ったら、かずくんに怒られちゃいます」
呆然とするダージリンに、みほがそう言い残して、通信機を使って指示を出す。
「チャーチルを撃破しました。残りはマチルダとクルセイダーです。これから八九式と合流して各個撃破を狙っていきます。磯部さん、急いで合流できますか?」
『全力ダッシュで向かってます!』
「では合流ポイントを言いますので集合しましょう。麻子さん、お願いします」
早々と指示を出して、Ⅳ号戦車が動き出す。
その音を聞いた途端、今まで呆然としていたダージリンがハッと思い出したように告げた。
「Ⅳ号の車長さん。もし私達に勝つつもりなら、気をつけなさい」
まさか話しかけられると思っていなかった。
そう思いながら、ダージリンの言葉の意味が理解できず、ついみほが首を傾げてしまう。
そんな彼女に、ダージリンは苦笑混じりに続けた。
「本当に試合が終わってから和麻さんが会ってくれるなら、私達は死に物狂いで勝ちにこだわる必要はなくなったわ。でも……チャーチルの通信機がもう使えなくなったせいで今の話ができなくなったから、厄介な淑女がものすごく怒ったままだわ」
厄介な淑女。
その単語に、余計にみほが困惑してしまう。
先程まで凛々しい顔をしていたのに、今の彼女は思っていたより可愛い子かもしれない。
そんな予感を感じつつ、ダージリンは最後の言葉として伝えた。
「私達のクルセイダーを簡単に落とせると思わないで。聖グロリアーナが誇る“最速の淑女”が本気で怒った操縦は、まさしく獅子そのものよ」
それ以上の言葉を伝えるつもりはないと、ダージリンがチャーチル歩兵戦車の中に消えてしまう。
はたして、獅子とは?
「ねぇ、麻子。獅子ってなに?」
「……ライオンのことだ」
「え、ライオン? なんでライオン?」
「イギリスの象徴だった気がしますよ、沙織殿」
ダージリンの話を聞いていた沙織と麻子の話に、優花里がそう補足する。
ライオン。そう聞いて、嫌な予感しかしない。
自然と引き攣った笑みを浮かべながら、みほは即座に行動を開始した。
読了、お疲れ様です。
身勝手ながら、数年前から一次創作の海に潜ってました。
久々にハーメルンを開いた時、最終章が放映される度に感想があったことに心底驚きました。申し訳ありません。今更最新話を書こうと思ったのは、今日まで本作を読んでくれた方々とエタった期間も感想を書いて頂いた方々に対する感謝の気持ちです。
久々過ぎて前話と比べると文章が変わってるかもしれませんが、そればかりは許してください。設定も一話から読み直して、思い出して書きました。
今月から最終章で聖グロ戦が始まると聞いて、まだ見ていませんが近々見に行くつもりです。色んなキャラが増えてワクワクしてます。
次話の保証はできません。またエタったらごめんなさい。
それでも、今でも待ってる人がいるなら書こうと思えるかもしれません。久々にガルパンを書いて楽しかったので、書きたい気持ちはあります。
それでは、また次回にお会いしましょう。