GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
「百式ちゃん〜戦車道取ってくんない?」
目の前のツインテールの小さな少女が面倒そうに干し芋を口に運びながら、和麻に気だるく告げた。
「……あんたは、そんなことを言うためにわざわざ俺をここに無理矢理連れてきたのか?」
ソファに座りながら、和麻は部屋の奥で干し芋を食べる少女――角谷杏へ目を細めた。
昼に自分と西住みほに生徒会室への呼び出しがあったことを和麻は知っている。
しかし当然ながら面倒だと感じた和麻は呼び出しに応じなかった。そして放課後になり、帰りのホームルームに出席して帰ろうとしたところで生徒会に捕まってしまったわけだ。
突如帰り際に現れたメガネを掛けた気が強そうな女に、和麻は半ば強引に生徒会室に連行された。
そして今は生徒会室で自分と向き合うように座っている杏と二人きりにさせられている。
そのことに今だ不服だった和麻が目の前の少女に眉を寄せる。しかし杏は我関せずと
「そそ、だから今学期から履修する選択科目で戦車道を取って。あ、これ命令だから」
そして杏が干し芋を和麻に向けて口角を上げる。
そんな杏の態度に、和麻は少しだけ目を吊り上げた。
「取らない。俺は戦車道なんかする気はない」
そして杏へ和麻が即答する。もう話すことはないと言わないばかりの即答に、杏は特に気にしない素振りで干し芋を口へ運んだ。
「ふ〜ん、そう」
干し芋を頬張りながら、杏が興味なさげに返事をする。
いちいち癪に触る女だ。和麻は素直にそう思った。
そして和麻はもう話はないと思い、彼はソファから席を立とうとした。
しかし杏は和麻が席を立とうとした瞬間、彼女は相変わらずの飄々とした態度で言った。
「百式ちゃん、そんなに戦車道取りたくない?」
「だから俺は――」
この女は、諦めという言葉を知らないのだろうか?
和麻は嫌気が差しながらも杏の言葉を否定しようとした。
だが和麻の声を、杏は無視して話を続けた。
「そう言えばさ、その目の怪我。聖グロリアーナで出来たんでしょ?」
「……だからなんだ?」
唐突な杏の言葉に、和麻は顔を
急に話を変えた杏に、和麻は困惑する。しかもその内容が自分の過去のことだと言うことに、彼は少しばかり不愉快な気持ちになっていた。
「私は知ってるよぉ〜だから百式ちゃんにこうやって声を掛けたんだから」
眉を寄せる和麻に、杏はにひひと笑みを浮かべた。
「確か去年だっけ? 百式ちゃんが“まだ”戦車道をしていた頃、聖グロリアーナで起きた事件?」
杏が嬉々として語る。和麻はただ黙って彼女の話を聞いていた。
「いやぁ、話は聞いたけど怖いもんだねぇ。まさか戦車の――」
「おい、生徒会長……言っとくが、その先を言ったら殴るぞ?」
そして杏が自分の過去の内容を口にしようとしたところで、和麻は彼女の言葉を遮った。
目を鋭くし、和麻が杏を睨む。今にも殴りかかる勢いで、彼が表情に怒りを見せる。
角谷杏は三年生であるにも拘らず、二年である百式和麻は彼女に敬語を使わない。
と言うより、和麻は人と関わろうとしない故か、教師等以外の生徒達には敬語を一切使わなかった。
「おお、怖い怖い。でもねぇ、こっちも引けないのよ」
しかし、杏は和麻の態度に怖がる素振りを見せることはなかった。
杏が目を細める。そこには彼女の先程までの飄々さはなく、真剣な目が和麻を見つめた。
「例え、百式ちゃんが戦車道をどう思おうとこっちにも引けない理由があんの。だから戦車道の選択科目取ってくれないと困んの」
芯のある杏の言葉。自分の言葉に臆することのない目の前の少女に、和麻は不審な目を向けた。
「……どうして、そこまでして俺に戦車道の選択科目を取らせようとする?」
悪ふざけで自分にこの話を持ってきているわけではない。それを僅かに理解すると、和麻は杏の行動が妙に引っかかった。
杏がソファに背を預ける。足を雑に組み、口に干し芋を咥えた。
「こっちの事情があんのよ」
「答えになってない。それに俺は授業を受けなくても良い扱いになってる。だから選択科目を取る必要はない」
和麻は大洗女子学園で授業免除になっている。と言うことは、自分に選択科目の授業を受ける必要はなかった。
「でも受けれる。そうでしょ?」
しかし杏は言った。例え授業を受ける必要がなくても、受けられないわけではない。
「それはそうだが、取る必要がないものを取る理由はない。あんた達が何をしようと知らないが……俺は男である以上、女の武芸である戦車道の公式戦には出場出来ない。それを知らないお前達じゃないだろ?」
杏の行動の真意が読み取れない和麻が腕を組んで答える。
戦車道の公式戦に男は参加出来ない。これは戦車道のルールに記載されている内容だった。
それを知らない杏ではないだろう。和麻がそれを言うと、杏は「もちろん」と頷いた。
「知ってるよ〜。でもね、それを考慮しても百式ちゃんの腕は十分に買う価値があるから」
「はっ、俺の何を知ってるんだか」
自信満々で話す杏に、和麻が思わず失笑する。
どうせ自分のことは人伝に聞いた話だろう。和麻のことをそこまで知らない杏に一体なにがわかるというのか?
しかしながら杏は
「腕を見込んで頼んでるのよ、こちとら。百式ちゃん、あんたの技術を仕込んで欲しいのよ」
「……誰にだよ」
思わず、和麻がそう返した。
杏が楽しそうに笑みを浮かべる。そして彼女はハッキリと言った。
「これから始める戦車道の生徒達に」
「さっきから気になったが……大洗が戦車道を? どうしてまた急にそんなことをする?」
和麻が杏の行動の理由を問う。
今まで大洗女子学園は戦車道をしていない。過去にしていたという話はあるかもしれないが、和麻の知る限り、ここ数年は確実にこの学校は戦車道をしていないのはハッキリと分かっていた。
だからこそ、どうして今まで戦車道をしていなかった大洗女子学園が今更ながら急に戦車道を始めようとしているのか、和麻には正直理解に苦しんだ。
「……こっちの事情があるわけ」
しかし杏は言葉を濁した。
話にならない。和麻はそう思うと、深く溜息を吐き出した。
そして大事な話を濁す杏に少なからずの苛立ちを感じながら、和麻はわざとらしく鼻を鳴らした。
「ふん……あんたが言わないなら俺も話には乗らない」
「そこをなんとかしてくれないかねぇ〜」
参ったと言いたげに、杏が苦笑いする。
和麻としても、どうしてわざわざ杏が自分にこの話をしているのかという明確な答えを貰ってない以上、彼も不本意である戦車道をする気は毛頭なかった。
「ならない。もうこの話は良いだろう? 決着はついた。俺は戦車に乗らないし、乗るつもりもない」
戦車道をしたくないから、戦車道をしていない学校に転校してきたのだ。もとより、和麻にはどんなことを言われようとも戦車に乗るつもりはなかった。
杏が「ん〜」と唸りながら、頭を雑に掻く。そして杏が深い溜息を吐くと、彼女は和麻に呆れた目を向けていた。
「ねぇ、百式ちゃん。百式ちゃんはさ……本当はまだ戦車道嫌いじゃないんでしょ?」
「……」
嫌いだ、と即答するはずだった。しかし思ってた言葉が出なかったことに、和麻は自身に困惑した。
口を小さく開き、そして言葉に詰まる和麻を見て、杏は今まで持っていた干し芋の入っていた袋を机に置くと、彼女は真っ直ぐに和麻を見つめていた。
「……あんなことがあったから戦車に乗ることが怖い。違う?」
まるで親が子供に言い聞かせるような話し方で、杏が和麻へ語る。
対して、和麻が言葉を出すことを戸惑った。自分の答えがハッキリと出せなかった自分に自分自身で困り、そして彼は沈黙という形で口を閉じた。
そんな和麻の反応。杏には、それ自体が答えだと言えた。
「良い機会だから言っちゃえば? ここには私しか居ない。私はそのことをある程度は知ってるから溜め込んでるもの吐き出せば、今の気持ちは案外楽になるかもよ?」
「…………」
杏の言葉を聞いて、和麻がゆっくりと目を閉じた。
下唇を少しだけ噛み、和麻は額に皺を寄せる。
そしてしばしの間、和麻が悩むような素振りを見せると――彼は静かに口を開いた。
「――違うよ」
「ほぉ? 怖くないと?」
ようやく和麻が口を開いたことに、杏が興味津々に彼の話に耳を傾けた。
杏の言葉に、和麻が首を横に振る。そして彼はポツリと、語り出した。
「俺は、戦車に乗るのが怖い訳じゃない……勿論、あの時は怖かったさ。だけど俺が一番怖かったのは……人間だったんだよ」
語り出した和麻に、杏はただ黙って話を聞くことにした。
杏は和麻の過去の大雑把な概要を知っている。しかしそれには限度があり、実際に当人から話を聞けるなら杏は素直に聞くことを選んだ。
「ただ男が戦車に乗っている。それだけで俺は“あんな目”に遭った。俺にとって戦車は自分の分身と言えるくらいには好きだったよ」
話を切り出した和麻が、自分の顔にある眼帯に手を添える。
そして和麻が眼帯をゆっくりと撫でると、彼は杏に今まで見せたことのない悲しげな表情を見せた。
「戦車道。それは女の嗜み、それが常識だ。だが男がやってはいけない理由になんてならない」
「そだねー」
杏が適当な相槌を打つ。話は聞いている、そういう意図で彼女は淡白な相槌だけを返した。
そのことに特に気にすることもない和麻は、そのまま淡々と胸の内を語る。
「だけど俺がいた頃の聖グロの当時三年の一部の女達は、それを許してくれなかったらしい。たったそれだけの理由で……あの女達が“生身の人間に向かって砲撃してくる”とは思わなかった」
失笑する和麻に、杏は表情を変えない。
しかしながら和麻の顔は、杏でさえも見るのに耐えがたいモノだった。
悲しげで、そして泣きそうな表情。和麻のそんな顔を未だかつて見たことがなかった杏には、正直に言うと意外としか思えなかった。
俯きながら、和麻が目を瞑る。昔のことを思い出しながら、そして自分の溜め込んでいたモノを吐き出すように。
「砲撃を受けた……と言っても直撃した訳じゃない。俺のいた場所の近くで着弾して、俺はその爆風と熱に体を晒した。
その砲撃によって吹き飛ばされた俺は、当然大怪我を負った。右目失明、顔の右半分に跡が残る大火傷、全身に火傷と打撲と裂傷、合わせて運良く全治三ヶ月。それが俺が今まで戦車道をやっていた代償だったらしい」
和麻が自分の眼帯を右手で覆う。これがその結果だと。
眼帯の下には、残った火傷の跡。そして失明した右目。それは今後決して消えることのない自分が戦車道をしていたことに対する対価だった。
「戦車道をしてて色々言われたことは山ほどあった。だけど……その時の俺は流石に“折れた”よ。あんなに人の悪意を受けて、俺は戦車に乗ることが許されないんだと思ったから――男が戦車に乗る。それだけで悪なんだってわかったから」
そして和麻は、笑った。乾いた笑い、それは覇気のない、弱々しい笑いだった。
しかし杏は先程から一切表情を変えず、机に置いていた干し芋をいつの間にか食べていた。
面倒そうにソファの上で胡座かきながら、杏は今まで話していた和麻に一言だけ返した。
「そ、だから?」
流石の和麻も、言葉に詰まった。
戦車道をしたくない理由を話した。もう戦車に乗ることも嫌だと言ったのに、杏は「それがどうした?」とハッキリと言った。
「別に百式ちゃんが聖グロで色々あったのは知ってるよ。でもね、ウチの学校は別じゃーん?」
「……変わらないよ」
女であることは変わらない。戦車道に関わる女は一部を除けば同じ、それが和麻の出した答えだった。
「ウチの生徒にそんな馬鹿みたいな人はいない」
「どうして断言出来る?」
しかし杏は首を横に振った。
あまりにも断言した杏の話し方に、和麻は呆れた表情を見せた。
「これでも生徒会長としてずっと見守ってきてるからねー。学校のことなら、なんでも知ってるから」
ずっと見てきたから、それだけで杏は断言したらしい。その答えがあまりにも稚拙で、そして真っ直ぐ過ぎた。
「馬鹿馬鹿しい」
和麻が呆れを通り越して、失笑してしまう。
どうあれ、自分の答えが変わることはない。それを和麻は納得している。
どの道、大洗女子学園が戦車道を始めて“仮”に和麻が参加したところで、自分への批判が来ることは容易に想像出来た。
「馬鹿だと言われようとも別に良いよ。あんまりウチの学校を舐めない方が良いよ〜?」
そして飄々と言った杏に、和麻は今度こそ話は終わりだと席を立った。
席を立った和麻が杏を
和麻が小さな溜息を漏らす。そして彼は杏に背を向け、生徒会室から出て行こうとする。
そんな和麻の後ろ姿を見ながら、杏は最後に一言だけ、彼に言い放った。
「あ、そうだ。この話ね、西住ちゃんにもしたから。百式ちゃんは、あの西住ちゃんとなら戦車道、出来る?」
後ろから聞こえた声に、和麻は立ち止まる。自分と西住みほが戦車道をする。そんな光景が本当にあるのかと。
そうして和麻の中に僅かにある考えが浮かんだ。
――あのみほとなら、自分も、あるいは……
しかし和麻はすぐに頭を小さく振った。余計なことを考えるな、そう自分に言い聞かせて。
「……勝手にやる話にするな」
和麻が生徒会室の扉を開ける。
和麻は生徒会室から出て行く前に、少しばかり悩むように立ち止まると……彼は出て行く瞬間に、杏にこう言い残した。
「――ありがとう。言ったら少しは楽になった気がする。感謝くらいはしてやるよ、生徒会長」
生徒会室から出て行く和麻を、杏は引き止めることなく見送る。
そして杏が袋に入っていた最後の干し芋を口に運ぶと、彼女は頬を僅かに緩めた。
「素直じゃないねぇ……」
ソファに背を預け、杏は考える。
今後の自分達のことを。今後の大洗女子学園のことを。
しかし大洗女子学園が戦車道を始めても、詰まるところ彼と西住みほの協力が不可欠なのは事実なのを杏は嫌というほど、理解していた。
「さて、百式ちゃんはどう出るかねぇ?」
虚空を見つめて、杏は一人そうぼやいた。
今回はちょっと長めです
少し端折り過ぎてる感がありますが、お許しを。
少しずつですが、主人公も物語に参加していく予定です。
気長に見守って頂ければ幸いです。
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作者のモチベが上がったりします(=゚ω゚)ノ