GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
聖グロリアーナの隊長車両を撃破したことで、大洗の勝機が見えてきた。
ダージリンという優秀な隊長を失ったことは、間違いなく聖グロにとって大きな痛手となっただろう。
隊長が居なくなれば、チームの連携が崩れやすくなる。それが優秀な隊長であればあるほど顕著に表れる。
懸念する点があるとすれば、聖グロに隊長が不在になった時の代替案を用意している可能性だが……おそらくあり得ると、みほは思った。
「やはり聖グロなら西住殿の心配してる通り、隊長が居なくなっても別に指揮をする人が出てくる可能性ありそうですね」
「うん。聖グロならそれくらい準備してるって思ってた方が自然かもしれません。試合中、常に隊長が撃破されないって保証もないので普通なら副隊長を用意してるはず」
戦車道の強豪校なら、当然のように用意はしているはずだろう。
それは以前にみほが所属していた黒森峰も同じだった。隊長に姉が選ばれ、そしてみほ自身が副隊長を任されていた。更に二人とも退場した時の作戦もあったくらいだ。なにが起こるか分からないからこそ、強豪校はその手の準備は怠らない。
残存している聖グロの車両を思い返しながら、みほが退場したダージリンの代わりとなる隊長を推察するが……その答えは考えるまでもなかった。
おそらく、というより間違いなく“あの車両”が今の聖グロを指揮している。そんな予感がみほにあった。
「多分ですけど、きっとクルセイダーが次の隊長車両になってますかね?」
「やっぱり優花里さんもそう思うよね」
優花里が自分と同じ予想をした。やはり戦車道に詳しい彼女はすごいと、素直にみほは思った。今まで戦車道を経験したこともなかったはずなのに、自分と同じ想定ができる彼女の推察力には時折驚かされる。
普段なら考えることもないが、もし自分が車長ができなくなった時は彼女に任せても良いかもしれない。そんな考えが過ぎる。タイミングがあれば、和麻に提案してみよう。
「流石に百式殿から聞いてますから、あのクルセイダーの操縦手は有能だって」
そんなことを考えていると、優花里から苦笑交じりにそう続けていた。
ここまで試合が苦戦を強いられてしまった一番の原因――クルセイダー巡航戦車。
あの戦車を操る操縦手は、こうして戦えば嫌でも分かるほど危険な存在である。
みほも和麻から事前に聖グロのクルセイダーについて話は聞いていた。
『もし聖グロが試合にクルセイダーを導入してきたら気を付けろ。あの学校がクルセイダーに誰を乗せてくるか予想しかできないけど、一人だけヤバい操縦手がいる。あの人を乗せてきたら……対面で撃ち合っても勝てないと思った方が良い』
和麻が言うには、今まで見てきた操縦手の中で随一の実力があると語っていた。
それは実際に戦ってみて、嫌でも痛感している。足の速い戦車を使っているのにも関わらず、足の遅い戦車を問題なく隊列を組める卓越した操縦の技術。そして百式流のクイックも、和麻と同等の完成度で使ってきた。
あのクイックの完成度を見れば、きっと他の百式流の技も扱えるに違いない。そう思っておくべきだろう。
「……やはり磯部さん達と早く合流しないとダメですね。少しでも勝てる可能性を上げるには、車両数の有利を取らないといけません」
「みぽりん! 八九式、もう少しで合流ポイントに着くって!」
みほと優花里が話し合っていると、通信を終えた沙織から報告を受ける。
クルセイダーの動きを制限するために路地で合流する手もあったが、それではこちらも車両数の有利を上手く使えない。よって大洗の残存車両の集合には、町中の大通りが選ばれた。
形としては、向かって来る八九式に早く合流できるようにⅣ号戦車が向かう動きとなっている。
少しでも合流時間の短縮を考えれば、自然の流れだった。
「でも、この動きだと聖グロにも予想されそうですよ? 大丈夫ですか?」
「その可能性は高いけど、勝つには合流を最優先にするべきだと思います。心配なのはマチルダの現在地が分からないことですけど、クルセイダーと合流しているか別ルートで動いて私達の撃破を狙っている可能性が高いです。もし合流していたら厄介ですが、もし別々に行動しているなら各個撃破を狙えます」
今の現状で、大洗が聖グロに一番されたくない行動は合流されることだ。
ただでさえ、聖グロには装甲の固いマチルダがいるのだ。それに加えて、一番危険視している百式流を扱えるクルセイダーが合流されてしまえば、それだけで大洗の不利になる。
こればかりは運に頼ることになるが、この先の接敵で聖グロの車両と一両ずつ出会うことを祈るしかない。
「我々が堂々と大通りを走っている状況を聖グロに見つかるのが先か、それとも我々が先に合流して敵車両を視認できるか。その勝負になります。もし我々の合流より先にⅣ号もしくは八九式が単独の敵車両と遭遇した場合は、即座に発見した車両の合流を最優先してください。それと合流までは撃破より生存を最優先に」
通信機を使用して、みほが八九式に指示を出す。
『了解! まだマチルダとクルセイダーは見えません! 見つかったらすぐに知らせます!』
「それでは作戦通りお願いします」
手早く指示を済ませて、みほが深いため息を漏らす。
できることはした。あとは、この後の状況にどこまで対応できるかに掛かっている。
勝てる可能性は、できるだけ増やしておくべきだろう。
ここで、みほは先程まで聞けなかった質問を投げることにした。
「麻子さん。一体いつからかずくんのドライブアクションを使えるようになったんです?」
Ⅳ号戦車を操る麻子に、みほが聞かずにはいられなかった。
「ドライブアクションって、確か百式君が使ってる百式流の技だよね? 麻子、そんなの百式君から教えてもらってたっけ?」
今まで、みほが把握している麻子の使用した百式流のドライブアクションは二つあった。
ひとつは、車体の向きを自在に方向転換する“シフトターン”。
もうひとつが、敵車両を撃破するために接近する“アクセルブロー”。
どちらも普通の操縦手には到底できない技術である。まだ操縦手を始めて一ヶ月の素人にできるはずがない。加えて言えば、クイックですら再現することも困難である。
それを麻子が和麻に教わっていたとは、みほには到底思えなかった。
「麻子さん、先程言ってましたね。あのターンブローをする時、やったことがないって。つまり麻子さんは……一度もかずくんに教わってなかった状態で百式流の技を使えたんですか?」
百式流の技は、そう簡単に会得できるものではない。
その技の使い方、車体操作の理屈を理解しても、実際に動かすのは別物である。
動いている戦車を見れば簡単そうに見えるが、戦車の操縦をしたことがあれば、その難易度を嫌でも理解できる。
アクセルとブレーキ、クラッチペダルの踏み方。そしてギア操作など、少しでもタイミングを間違えれば車体操作ができなくなる。
それらの操作を少しも間違えることなく行うことが、百式流の真髄に近づくための最初の関門なのだ。
それを誰にも教わることもなく、麻子が使ってみせた。
それがどれほど異常なことであるか、みほも自身で言いながら震えていた。
「……使えるようにならないと、あの男に勝てないと思った。だから見て覚えた」
「あの……確か私の知ってる限りだと、麻子さんの前でかずくんが百式流の操縦を見せたはずはないんですけど……?」
今までの練習を思い返しても、和麻が百式流の操縦を麻子に見せた場面はなかった。
和麻が百式流を使う時は、必ず麻子と練習試合をする時だけだった。それ以外で、彼女が百式流を見る場所はなかった。
「確かに見た方が早く覚えられた。でもあの男に百式流を教えろと言ったら“操縦を舐めるな”って言って教えてくれなかった」
麻子の言う通り、和麻なら絶対に教えないとみほは思った。
ただでさえ和麻は戦車の操縦に関して厳しい。そんな彼が、素人の麻子に百式流を教えるわけがない。
「だから、あの男の操縦してる戦車の動きを見て覚えるしかなかった」
「……ちょっと麻子がなに言ってるか分かんない」
そう続けた麻子に、思わず沙織が首を傾げる。
それと同じく、麻子の話を聞いていた優花里と華も首を傾げたが、みほだけは彼女の言っていることを理解した。
そして、その事実に、みほは心の底からゾッとした。
「麻子さん……まさかとは思いますが、かずくんが動かしてる戦車の動きを見ただけで、あの難しい操縦を理解できたんですか?」
「別に難しい話じゃない。実際に動いている戦車があるんだから、見て覚えるしか選択肢がなかった」
「……嘘でしょ?」
沙織が驚くのも当然だった。あの百式流を、まさか戦車の動きを見ただけで再現できた。戦車を知る人間にとって、それはあまりにも馬鹿げた話だった。
「あの男が操縦する戦車と同じ動きをするには、どうやって動かすか考えた。このⅣ号戦車でやるなら、どうやってペダルを踏めば良いのかって。ずっと考えて、想像して、イメージするだけで精一杯だったけど……意外とやってみたらできた」
それが車体の方向転換“シフトターン”と敵車両に急接近する“アクセルブロー”だと察せた。
「ぶっつけ本番でやったから、もうコツは掴めた。あとは練習して練度を上げるだけだ。ちゃんとこの後の戦闘でも使えるから、その辺りは安心して良い」
ここまで麻子が言い切るなら、おそらく信用できる。
本当に信じられない話だが、この短時間で彼女は会得してしまったのだ。百式流の技を。
「他に使える技はありますか?」
「もうない。あの男から盗めた技は、シフトターンとアクセルブロー、その派生のターンブローだけだ」
「わかりました。それだけ使えれば十分です」
みほも百式流の使い方を完全に理解しているわけではないが、麻子の使える技は理解している。
そして自分ならどう使うかは、何度も考えたことがある。
いつか自分が和麻と一緒に試合できる日が来るかもと夢見た時のために、密かに考えていた。
「……あの、冷泉殿。その話、百式殿は知ってるんですか?」
「言うわけないだろ。あの男にバレたら何を言われるかわかったもんじゃない」
なにを言ってるのかと、麻子が笑う。
そんな彼女に、自然とみほ達が顔を見合わせた。
「あのですね、冷泉殿。忘れてるかもしれませんが、この試合って中継されてるんですよ」
「……だからなんだ?」
「百式殿が見てるって、もしかして忘れてません?」
「………………あ」
なぜ、そんな簡単なことを忘れていたのだろうか?
今になって、今まで自分のしてきたことを麻子が思い返す。
和麻は、教わってないことを勝手すれば当然のように怒ってきた。
そんな彼の見ている試合で、ぶっつけ本番で百式流を使ってしまった。
「麻子。百式君、多分めっちゃ怒ると思う」
「……だって、楽しくなってつい」
「試合に勝ちたかったんですね、冷泉殿」
「だってあのクルセイダーに勝てたら、あの男に勝てるかもしれないだろ。そう思うと楽しくなって……」
横顔から見て分かるほど、麻子が引き攣った笑みを浮かべている。
試合が終わった後のことを考えて震える彼女に、みほは仕方ないと助け舟を出すことにした。
「とりあえず試合に勝ちましょう。そうしたら、きっとかずくんも少しは許してくれると思います……多分」
「多分って言っちゃう辺り、やっぱり西住殿は百式殿のこと分かってますね」
おそらく、拳骨の一発はもらうだろう。
その予想が容易にできて、そっと優花里が黙祷する。
そんな彼女の姿に、みほがクスッと笑みを見せた時だった。
ふと、みほの背筋に悪寒が走った。
「……はっ!」
背後から寒気がするほどの威圧感を感じて、咄嗟にみほが振り返る。
突然の彼女の行動に、優花里も怪訝に振り返ると、
「……一番最悪なパターンですね」
「でも、こうなったら戦うしかありません」
2人の視線の先には、大通りの彼方からⅣ号戦車に向かってくるクルセイダー巡航戦車の姿があった。
読了、お疲れ様です。
この試合も大詰めです。
それでは、また次回に。