GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
思いのほか、簡単に見つかった。
「見つけましたわよぉ! 私のおっ兄様を独り占めしようなんて許しませんでございますのよ!」
走る大通りの先に、キューポラから顔を出していたローズヒップが大声で叫ぶ。
相変わらず人一倍うるさい彼女に小言を言いたくなるが、そんなことをしてる場合ではないと自分に言い聞かせながらアッサムも目視でⅣ号戦車を確認する。
まだⅣ号戦車は八九式と合流していない。余計な邪魔が入らない分、間違いなくこちらが有利。
「アッサム様っ! いつでもリミッター解除する用意はできてますのよ!」
「まだダメよ、ローズヒップ。この距離でリミッター解除しても相手に対応されてしまうわ。解除するのはもう少し近づいてから、私の合図で解除しなさい」
「わっかりましたわ!」
Ⅳ号戦車とは約300メートルほどの距離。ここからクルセイダー巡航戦車のエンジンリミッターの解除――速度制限用の調速機を解除して速度を強引に上げても意味がない。
エンジンリミッター解除の恩恵は、高確率で自損するデメリットを受ける代わりに、クルセイダーの最大速度を44キロメートルから60キロメートルまでエンジン性能を強引に引き上げることを可能にする。こと戦車において、ここまでの速度を出せる車両は数えるほどしかない。
足の速い戦車は、それだけで敵に対して有利になる。相手に対応される前に撃破を狙えることは、それだけで大きな戦力差が生まれる。
しかし、この距離で急激に速度を上げても相手に対応される可能性が高い。強豪校の聖グロリアーナに、統一感のカケラもない寄せ集めの戦車だけでここまで戦い抜いている大洗の隊長車両――Ⅳ号戦車に乗る車長が優秀だと判断すれば、クルセイダーの機動力は把握されていると思っていた方がいい。
だからこそ、おそらく相手はこちらがリミッター解除をしてくるとは思っていない。クルセイダーにとって自滅行為にも等しい行為を、そう簡単にしてくるはずがないと思っているはずだ。
ならば可能な限り近づいて、エンジンリミッターの解除で意表を突く。最大速度60キロという予想外の速度で急接近を行い、Ⅳ号戦車の側面に砲撃を叩き込む。
「絶対に、ここで倒す。この試合で、必ずあの操縦手の心を折る」
対面するⅣ号戦車に向けて、アッサムが呟く。
この怒りの矛先を、ただ目の前の戦車に、そして操る操縦手に向けて。
格の違いを見せつけて、自分が実力不足であることを知らしめる。
そうしなければ、アッサムは認めるしかない。
負けてしまえば――あのⅣ号戦車の操縦手が怪物級の天才であることを認めてしまう。
これまで努力を積み重ねてきた自身の誇りを貶され、そして心の底から尊敬する百式和麻よりも格上の存在として認めてしまう。
それだけは、絶対に許してはいけない。
「ローズヒップ、クランベリー。これから少し運転が荒くなるわ。あの方には見せられない運転になるかもしれないけど、2人なら私に合わせてくれると信じてるわ」
聖グロリアーナの戦車道は、いかなる時も優雅に。
だが、今だけは勝利を掴むために、その誇りをアッサムは捨てた。
彼女から向けられた信頼に、ローズヒップとクランベリーが揃って顔を見合わせる。
そして今も真っ直ぐに前を見続けるアッサムに向けて、二人は笑顔で応えた。
『おまかせください! アッサム様っ!』
二人から向けられる信頼に、アッサムが安堵する。
この二人なら、やはり信頼できる。自分と同じく、百式和麻から教えを受けた者として、彼に向ける尊敬は変わらない。
すでにクルセイダーは、最大速度を維持している。
あとは、あのⅣ号に勝つだけで良い。
それができれば、この試合に勝つことができるのだから。
◆
全速で向かってくるクルセイダー巡航戦車に向けて、みほは初手に選んだのは砲撃だった。
「華さん! 敵車両と至近距離に接近されるまでに好きなタイミングで二発だけ砲撃お願いします!」
「わかりました!」
後方から現れた敵車両に方向転換をして、華に砲撃の指示を出す。
目視で約300メートル。最大速度で駆けるクルセイダーが相手である以上、下手に砲撃を続けるべきではない。至近距離まで接近する時間を逆算して、砲撃可能回数は二回と想定。
おそらく、それ以上の砲撃をすれば確実にカウンターを受ける。百式流のクルセイダーが相手なら、砲撃の隙を突かれる。
「麻子さん! 全速でクルセイダーに向かってください! クイックで回避しつつ、敵戦車に全力でぶつかってください!」
「アクセルブローを使わないのか?」
「使いません! おそらくあちらも同じことを考えてます! 麻子さんには申し訳ありませんが、もし我々とクルセイダーが同時にアクセルブローを使ったら……あの車両にかずくんが乗ってると想定したら負けます!」
麻子の提案をみほが却下する。
相手がクルセイダーでなければ採用したが、こればかりは容認できなかった。
あの戦車に乗る操縦手が和麻と同等の実力を持っているなら、こちらの麻子が扱う百式流は練度が違い過ぎる。
同じ技を使えば、確実に負ける確信があった。
「……そんなことない。私なら倒せる」
「こら麻子、車長のみぽりんが言ってるんだから言うこと聞きなさい」
「ぐぬぬ……!」
不満そうにしながらも、みほの指示通りに麻子がⅣ号戦車を走らせる。
本当なら真っ向勝負をしたいところだが、彼女も理解していた。あのクルセイダーには、まだ勝つことができないと。
「撃ちます!」
互いに全速で接近しながら、Ⅳ号戦車から華の声と一緒に砲弾が放たれる。
当たれば良いが、おそらくクルセイダーには当たらない。百式流を扱える敵車両には、基本的に砲撃は当たらないと想定しなければならない。よって威嚇射撃にしかならないが、こちらから攻撃の意思を見せる必要もある。
たとえ百式流でも、攻撃を躱すには必ず神経を擦り減らす必要があるはずだ。少しでも余裕を与えないために攻撃をするだけで価値がある。
そう思いながら、放たれた砲撃の行く末をみほが見守っていたのだが――
「……え?」
驚くことに、放った砲弾がクルセイダーの左側を通り抜けた。
「華さん! 今の砲撃、照準は合っていましたか⁉︎」
「はい! 間違いなく合わせてました!」
こちらの照準は合っていた。それなのに、当たらなかった。
その事実を理解すると、みほは静かに戦慄した。
百式流のクイックで躱されると分かったのに、その動きが全く見えなかった。
まるで砲弾が戦車を避けていると錯覚させるクイックだが、それは百式流を知らない人間が見た時の感想でしかない。
百式流を知っている人間なら、注視すれば砲弾を回避する動作が見えるはずなのに……なぜか見えなかった。
「……そんなはず」
驚くみほを他所に、二発目の砲撃が放たれる。
今度は目視する。砲撃の音が鳴った瞬間、みほがクルセイダーを真剣に見つめるが――
「……うそ」
注意して見ても、二発目の砲弾がクルセイダーを避けているようにしか見えなかった。
「五十鈴さん。今の砲撃、照準は?」
「二回目も合ってました」
麻子の問いに、華が答える。
その返答に、麻子は目を細めながら息を飲んだ。
「……あの操縦手、もしかしてあの男より上手くないか?」
「え、それほんと?」
「私の目で見ても、あの戦車の動きが全く分からなかった。あの男の操縦でも僅かに回避の挙動があったのに……見えなかった」
沙織にそう答えて、麻子の頬が引き攣る。
照準が合っている砲撃なら、少なくとも戦車が動いてなければいけない。そうでなければ、おかしな話になる。
確実に、クルセイダーは動いている。それなのに動いていることが視認できないわけがない。それが百式流を使っていても。
「……あの操縦手、化け物か?」
同じ百式流を使う麻子だからこそ、そう思うしかなかった。
同じ技でも、ここまで練度に違いがあるのだろうか?
この試合で、あのクルセイダーは何度かクイックを使っていたはずなのに……明らかに動きが違う。
「確か、聖グロの隊長さんが言ってましたよね。あのクルセイダーの操縦手がものすごく怒ってるらしいって」
手早く次弾を装填した優花里が、つい先程の出来事を思い出す。
ダージリンが話していたことだ。
理由はともかく、今のクルセイダーに乗っている操縦手が本気で怒っていると。
もしかすれば、今の動きこそが、あのクルセイダーの本気かもしれない。
「……西住さん。さっきの指示の後、どうすればいい?」
相手の実力を理解して、麻子がみほに指示を仰ぐ。
たった二度のクイックで、麻子は思い知らされた。自分の力量では、あの戦車に絶対に勝てないと。
だからこそ、信頼できる車長の指示に従うことを選んだ。
「西住殿?」
「えっ、な、なんですか?」
「冷泉殿が聞いてますよ、クルセイダーと衝突した後はどうしたか良いって」
「……えっと、クルセイダーとぶつかる際、我々は衝撃に備えます。敵車両は衝突を予想してないはずなので隙ができるはずです。そこを華さんの砲撃で撃破を狙います」
優花里にそう言われて、反応が遅れながらもみほが指示を出す。
「それなら、可能な限り衝撃を殺して停車したら良いのか?」
「はい。あまり猶予はありませんが、砲撃の後は即座に移動してください。相手に回避される可能性もありますので、直線的な動きはしないようにお願いします」
「了解」
麻子の返答を聞いて、咄嗟にみほがゆっくりと深呼吸をする。
あらかじめ作戦を考えていたのに、咄嗟に返事ができなかった。
思っていた以上に、あのクルセイダーのクイックが視認できなかったことに動揺してしまったらしい。
あの完成された技は、みほも数回しか見たことがなかった。
あのレベルの練度は、ずっと昔……百式流の家元が操っている戦車でしか見たことがなかった。
「……それでも、勝てる方法はあるはず」
負けると予感してしまったが、どこかに勝機はある。
迫るクルセイダーを前に、みほは必死に少ない可能性を模索するしかなかった。
読了、お疲れ様です。
ここから、アッサムの本気が見れます。
また次回にお会いしましょう。