GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
大型モニターに映るクルセイダー巡航戦車を見た瞬間、蝶野亜美の表情が凍りついた。
「……冗談でしょ」
あり得ないと、無意識に彼女の口が呟く。
Ⅳ号戦車から放たれた二発の砲弾が、クルセイダー巡航戦車の横を駆け抜けた。
おそらく今の映像を見た大多数の人間は、Ⅳ号戦車が砲弾を外したと思っているに違いない。
しかし、亜美の目は捉えていた。Ⅳ号戦車から砲撃を放った瞬間、あのクルセイダーが僅かに動いていた姿を。
彼女自身も見逃していた可能性があり得たほどの些細な動きで、敵車両の砲撃を回避した。
百式流を知る者でさえ、まるで砲弾が戦車を避けているような錯覚を与えるほどの、洗練された最小限の車体操作。
それは紛れもなく――“完成された”百式流の絶技だった。
「まさかあんなことを……高校生ができるなんて」
「あの完成度のクイックを再現できる操縦手は、百式流の門下生でもほとんどいなかったと思います。それこそ家元……俺の母さんくらいにしかできない芸当です」
絶句している亜美に、同じ映像を見ていた和麻も驚く。
しかし彼女と違い、和麻にはどこか納得したような表情が浮かんでいた。
「きっとあの人ならいつか辿り着けると思っていましたが、こんなにも早いとは思いもしませんでした。色々な偶然が重なった結果だとしても……“あの域”に一度も辿り着けない操縦手だっているのに」
まるで昔の自分を見ているような表情で、和麻が語る。
そんな彼の“とある発言”に、亜美が目を大きくした。
「偶然が重なった結果って……和麻君、まさかアレが偶然できたと本気で思ってるの?」
百式流を知っている彼女からすれば、とても偶然とは思えなかった。
本来、百式流の技は卓越した操縦手の技量がなければ使うことができない。
ましてや、百式流を知る人間に砲弾が戦車を避けていると錯覚させるとなれば、必要になる技量は計り知れないものだろう。
だからこそ、偶然で済ませて良いはずがない。ただの偶然で百式流の絶技に辿り着けるほど、百式流は甘いものではないのだから。
「偶然でもない限り、あんなことはできません」
だが和麻は、すぐに亜美の言葉を否定した。
彼の返事に、亜美が目を大きくする。そんな彼女に、和麻は大型モニターを見つめながら続けた。
「確かに操縦手の技量が高くなければ、あのレベルの百式流はできません。でも技量だけあっても足りない。俺の母さんでも、あの域の技を扱うにはいくつかの条件が必要です」
それは百式流を学んできた和麻だからこそ、語れることだった。
「まず通常の戦車では駄目です。百式流を使うために専用カスタムがされた戦車がないと不可能です。だから、あのクルセイダーは百式流を使うためにフルカスタムされた戦車だと思います」
百式流のクイックは、それが最も顕著に現れる技だろう。
敵の砲撃を最小限の動きで回避する。その動きを極限まで突き詰めるなら操縦手の技量を求めるだけではなく、当然のように運転する戦車も突き詰めることになる。
そのため百式流では、繊細な操縦ができるように普通の操縦手では到底扱えない特殊なカスタムを戦車に施している。
しかし、ただ闇雲に中身を弄れば良いわけではない。百式流を詳しく知り、各設備の細かいバランスが調整が必要になるのだが……
そう語る和麻は、密かに疑問を抱いていた。
あのクルセイダーには、間違いなく百式流のカスタムがされている。
はたして、そんなカスタムができる整備士は聖グロにいたのだろうか?
彼の知る中で、最も百式流を扱えたアッサムは整備関連には詳しくなかった。仮に彼女の助言があったとしても、普通の整備士に百式流のカスタムはできない。よって彼女の主導によるカスタムとは考えにくい。
そう考えていると、ふと和麻は思い出した。
そうだ。あの学校には、一両だけあった。和麻が聖グロに入学してから、彼自身の手で専用のカスタムを施したクルセイダー巡航戦車があったことを。
「そうか、あの人達は残してたのか……あの戦車を」
今もまだ、あの学校に残されていたとは思わなかった。
半年前。和麻が聖グロを去った原因となる事件後、あの戦車はレストアされていなければならなかった。
あの事件の所為で、聖グロリアーナは事件を起こした責任を負うことになった。そのひとつが、人身事故を起こした戦車道チームの解体だった。
それを防ぐために、ダージリン達から戦車道を奪いたくない思いから、和麻は自身の母に懇願して聖グロリアーナから在籍記録を消していた。百式流の家元なら、それができると信じて。
はじめから、百式和麻は在籍していなかった。かなり強引ではあったが、そうすることで聖グロは責任を免れた。
だからこそ、百式和麻という生徒が聖グロリアーナに所属していた記録を抹消するなら――その痕跡を残してはならない。
それなのに、彼女達は残していた。そして、この試合にまで導入してきた事実に、和麻の表情が僅かに歪んだ。
「……まだ、あの人達は俺のことを」
知らぬ間に、少しだけ和麻の喉奥が震えた。
わざわざ通常のクルセイダーではなく、あの戦車を出してきた彼女達の意図を……和麻が察せないはずもなかった。
百式和麻は、確かに聖グロリアーナに居た。決して、あなたのことを忘れなかった。あなたと再会することに心からの敬意を表して、この試合に聖グロリアーナは百式和麻のクルセイダーを使います。
不思議と、そんなことを言われているような気がした。
そう思えば、和麻は実感せざるを得なかった。
あの人達に、自分は嫌われてなどいなかった。今も彼女達は、こんな自分を仲間だと思っている。
そんな彼女達を、自分が見捨ててしまった。自分の身勝手で、これ以上は嫌われたくないと思い込んで、逃げてしまった。
それなのに……こんなにも想われていた。
その事実に、ただひたすらに和麻の目が熱くなった。
「和麻君?」
「……なんでもないです。目にゴミが入っただけで」
唐突に目頭を押さえた和麻に、亜美が首を傾げる。
しかし悟られたくない一心で和麻が誤魔化すと、強引に先程の話を続けることにした。
「……あのクルセイダーがカスタム車両で、操縦手の技量が十分でも足りません。あとひとつ、奇跡的に彼女は入ったんだと思います」
「入った?」
その意味深な言葉に、思わず亜美が聞き返してしまう。
そんな彼女に、和麻は苦笑混じりに答えた。
「戦車道ではあり得ない話ですが、普通のスポーツだとよくある話です。とてつもない集中力で、自分以外の全部がゆっくり動いているようにしか見えないことがあるみたいな話、聞いたことありますよね?」
「確かにあるわね」
それは誰もが耳にしたことがある話だった。
ただ目の前のことに没頭して、時間も忘れてしまうほどの強烈な集中力を人間は引き出せる。
しかし、誰もが引き出せるわけではない。自ら望んで、そんな集中力を引き出せる人間はいない。
「試合の状況、自分の置かれた立場とメンタルコンディションなど言い出したらキリがありませんが……色々な要因が偶然重なって、百式流の操縦手は極稀に入ることがあります」
そこまで和麻が言えば、亜美も察せた。
確かに彼の言う通り、戦車道では滅多に聞かない。
その状態は、当然のように彼女も知っていた。
「……まさか、あの操縦手が“ゾーン”に入ったの?」
「間違いなく入ってると思います。そうでなければ、あんなことは絶対にできない」
極めて高い集中力を引き出した状態。それはフロー状態と呼ばれ、スポーツでは“ゾーン”と呼ばれている。
時間や自我も忘れるほど、ただ目の前の物事に没頭する状態であり、その人間の潜在能力が限界まで引き出されることがある。
その状態に、あのクルセイダー巡航戦車に乗っている彼女が入っているとしたら――
「俺も片手で数えるほどしか入ったことがありませんが……あの状態に入ったクルセイダーは、大洗にしたら絶望的です」
自身もフロー状態に至ったことがある和麻だからこそ、断言できた。
あの状態になっている百式流の操縦手は、本当に手強い。
「……このままだと、大洗は負けます」
そう断言した和麻に、亜美が興味津々で大型モニターを見つめる。
フロー状態に入った操縦手。その真価を見定めようと、彼女は笑みを浮かべていた。
読了、お疲れ様です。
今回は23と24の間のエピソードになります。
アッサムの状態を和麻に説明してもらう必要がありました。
ガルパンにはゾーンとかフローは起きないと思いますが、それは百式流だからと思ってください。あの流派はおかしいんです()
それでは、まだ次回に。