GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
試合が終わり、意を決してダージリン達に会いに行った和麻は、本当に背筋が冷える思いだった。
みほからの連絡で知らされた集合場所に到着したかと思えば、なぜか角川杏とダージリンが口論していて。
何事かと思って近づいてみれば、あの生徒会長がとんでもないことを言ってダージリンを怒らせていた。
その光景に慌てて駆け寄れば、今にも泣きそうなダージリンに抱きしめられ、更にローズヒップをはじめとした聖グロのメンバー達に揉みくちゃにされて――ようやく今に至る。
「ダージリン。みんな、本当にすまなかった。あの馬鹿会長には後でちゃんと怒っておくから、今はアレで勘弁してください」
今にも土下座しそうな勢いで、和麻が頭を下げる。
本当に綺麗な、直角九十度の礼をして、心からの謝罪を示す。
そんな姿に、ダージリン達は慌てて彼の頭を上げさせた。
「本当に大丈夫よ、和麻さん。私はもう怒ってないわ」
「ダージリンの言う通りです。私も先程までは血が沸騰しそうな思いでしたが、アレを見せられたら流石に落ち着きました」
ダージリンに続いてアッサムがそう言うと、二人の視線が揃ってとある方向に向けられる。
その視線の先には、頭を抱えながら唸り声を上げて地面に倒れている角谷杏の姿があった。
「……あの和麻さん? あの方、本当に大丈夫かしら?」
「別に大丈夫だろ。拳骨で人が死ぬわけでもあるまいし、アレのことは放置しておけば良いんだよ」
「……ほんと? あなたの拳骨、信じられないくらい鈍い音が聞こえたのだけど?」
「良いんだよ。あと安心してくれ、ダージリン。あとでアイツにはマジの説教しておくから」
一体、なにを安心すれば良いのだろうか?
ダージリンとアッサムが顔を見合わせる。そして今も倒れている杏を横目に、二人が心の中で静かに黙祷を捧げた。
和麻曰く、どうやら“あの拳骨”は説教の前座だったらしい。あれ以上の説教があると思うと、流石に同情してしまう。
再会を喜ぶ聖グロのメンバーが落ち着いた後、まず最初に和麻が行ったことは角谷杏への制裁だった。
それをいち早く察知した杏が逃げようとしていたが、それよりも早く大洗のメンバー全員によって捕縛され、速攻で和麻が鬼の形相で本気の拳骨を叩き込んでいた。
一切の手加減がない本気の拳骨。流石の杏も激痛のあまり倒れたまま頭を抱えていた。
「ちなみに和麻様? あちらでものすごく騒いでいる方がいますが……あの方も大丈夫なのですか?」
「百式っ! 貴様、会長を殴ったなぁぁぁぁ!
「アレはいつものことなので気にしないでください」
「いつもの……色々と大変そうですね、和麻様も」
アッサムの視線の先で、河嶋桃が今にも和麻に殴り掛かりそうな勢いで騒いでいるが、それは大洗のバレー部達によって抑えている。更に小山柚木も杏を擁護できないと判断したのか、一緒に桃を押さえ込んでいる始末だった。
また、いまだに倒れている杏に誰も近寄らない辺り、大洗の全員が彼女の言動は流石にないと放置を決め込んでいる。
耳を身ませると、少しだけ倒れている杏から啜り泣く声が聞こえてくるような気がした。
「一応聞くけど、本当にもう怒ってないか? まだ少しでも怒ってるなら、あと二発くらいやっておくぞ?」
「本当にもう大丈夫よ。あの拳骨だけで本当に十分だから……あまり乱暴なことはしなくていいの。そういうことは、和麻さんらしくないわ」
止めないと、今の彼ならやりかねない。
見せてくる和麻の右拳にダージリンが優しく触れると、その拳を下げさせた。
「えっ? 百式君って乱暴なことしない人だったの?」
「うん。かずくんって普段はそういうこと絶対しない人だよ。私もあんなことするかずくん見たの大洗に来てからだもん」
「……普段の百式君見てると全然イメージないかも」
「まぁ、かずくんが手出したのって会長と麻子さんだけだから。本気で怒らないとしないと思う、たぶん」
「あー、本気で怒らせると怖いタイプ。ちょっと納得」
「あと前から何度も話してるけど、かずくんって昔は優しい男の子って感じだったから」
「何度も聞くけど、それって本当に百式君?」
遠くの方で、ダージリンの予想外過ぎた話に沙織とみほが世間話に花を咲かせる。
本当に心外なイメージを持たれていることに小言でも言いたくなる和麻だったが……今はそんなことをしている場合ではないと、喉奥から出てきそうな言葉を飲み込んだ。
「……ローズ。いい加減離れろ」
とりあえず、今もコアラのように背中に引っ付いているローズヒップを引き剥がすことにした。
「あぁぁぁ! 長い間ずっと摂取できてなかった私のお兄様ニウムがぁ!」
「しばらく我慢してやっただけ感謝しろ。まったく……てかお兄様ニウムってなんだよ。初めて聞いたぞ、それ」
「私のおっ兄様も知らないことがありますのね! なら教えてしあげますわ! お兄様ニウムは私の身体の60%を作ってる大切な栄養素ですの!」
「それ水の間違いだからな? てか勝手に俺のことを水代わりにするな、馬鹿ヒップ」
「あらららら?」
そんな会話しながらも強引にローズヒップを引っ剥がし、そのまま彼女を立たせる。
乱暴な扱いにも見える光景だが、絶対に彼女が倒れないように注意しながら立たせていることをダージリンとアッサムは見逃さなかった。
やはり変わってない。昔から鬱陶しいと言い続けていたが、なんだかんだと妹分のローズヒップを可愛がっている彼の心情が垣間見える瞬間だった。だが決して、それを和麻本人が認めることはないだろう。
「おい、ローズ。服が乱れてるぞ、聖グロの淑女ならちゃんとしろ」
「こんなのささっと直せば完璧ですわ!」
「馬鹿! 男の前でスカートを雑に叩くな!」
まるで男の子のような所作で服の乱れを正そうとするローズヒップに、見かねた和麻が文句を言いながらも手直しをする。
皺になりかけたタンクジャケットの襟を直し、捲れた裾を戻す。そしてスカートに付いているゴミを手で払うと、その場で和麻は頭を抱えていた。
「……お前さ、俺に服直されてるの流石に恥ずかしいって思わないのか?」
「殿方ならともかく、お兄様が相手なら恥ずかしくもなんともありませんわ!」
「あぁそうだ。忘れてた。コイツはこういう奴だった」
「お兄様? どうしましたの?」
頭を抱える和麻に、ローズヒップが不思議そうに首を傾げる。
その光景に、ダージリンとアッサムは改めて思った。
今日の夜にでも、あの子にはちゃんと説教をしよう。和麻が聖グロに在籍していた頃から、時折似たような場面があったが……流石に聖グロの淑女として、女性としてアレだけはあり得ない。
あと和麻に服を直してもらっている時、ローズヒップの嬉しそうな表情に少しだけ腹が立った。
「なんでもない。とりあえず今は大人しくしてろ。後でまた相手してやるから」
「お兄様がそう仰るなら大人しく待ってますわ! でも、一応聞きますけど……また急に居なくなったりしませんわよね?」
先程まで騒がしかったローズヒップが、唐突に不安そうな表情を見せる。
あなたが居ないと寂しい。そう告げている彼女の顔に、思わず和麻の表情が強張ったが……それも一瞬だった。
少しだけ頬を緩めると、和麻は優しい声色で答えた。
「安心しろ。もう勝手に居なくなったりしない。お前が会いたいと思えば、いつでも会える」
「それなら安心ですわ! このローズヒップ、お兄様の言いつけ通り待ってますの! だから後でちゃんと私に構ってくださいまし!」
「はいはい、わかったって」
和麻の返事に、ローズヒップがキラキラと目を輝かせる。そしてふと何かを思い付いたのか、ハッと目を大きくすると彼女はどこかへ走り去ってしまった。
本当に終始共に騒がしい淑女である。
最後に会った時からまったく変わっていないローズヒップが走り去った後、堪らず和麻が深い溜息を吐いてしまった。
「……本当に変わってねぇな。アイツ」
「誰も変わってないわ。ローズヒップも、私達も、そしてあなたも」
和麻の呟きに、ダージリンが微笑みながら答える。
半年も会わなければ、少しは変わっていてもおかしくない。そう思う和麻だったが、彼女の言葉の意味は少しだけ違っていた。
どんなことがあっても、あなたは変わってない。
色々なことが起きて、一度は疎遠になってしまったが、私にとってあなたは変わっていない。
あなたの人柄も、私達の関係性も、なにも変わっていない。
そんなことを言われている気がして。今も笑みを見せているダージリンに、和麻は目を伏せがちに頷いていた。
「……まだ、そんなことを言ってくれるとは思ってなかったよ」
「当然でしょう。だって、あなたは私達の大切な仲間なのよ。それはこれからも、この先も決して変わらないわ」
また、そんな言葉を向けられるとは思わなかった。
この言葉に嘘はないと、誇らしげにダージリンが告げている。
こんな自分を、まだ彼女は仲間と呼んでくれる。
その信頼を、自分は信じることができなかった。
こんなにも彼女達に思われていたのに。
それがあまりにも情けなくて、泣きそうになる。
出そうになった涙をグッと堪えると、和麻は誤魔化すように深い溜息を吐き出していた。
「はぁ……まさかこんな再会になるとは思わなかったなぁ」
「本当ね、私も同じ気持ちだわ」
溜息を漏らす和麻に、ついダージリンも頷いてしまう。
お互いに、少なからず想像していた再会とは大きく違ってしまった。
だが、それでも……やっとこうして再会することができた。
ずっと会いたかった人が、こうして目の前にいる。
ひとまずは、それを一番に喜ぶべきだろう。
そう思うとダージリンは改めるようにコホンと咳払いをして、和麻と向き合った。
「久々の挨拶くらい、改めさせてくださいな。和麻さん、本当に久しぶりね。こうしてあなたに会える日をずっと待ち望んでいたわ」
姿勢を正して、淑女らしくダージリンが綺麗な一礼をして見せる。
「和麻様、本当にお久しぶりです。このアッサムも、またあなたに会える今日という日を心待ちにしていました。会うことができて、本当に嬉しいです」
ダージリンに続いて、彼女の隣に控えていたアッサムも同じ一礼を行う。
そうすると、二人の綺麗な所作に感化されたのか。先程まで賑やかだった聖グロのメンバー達が一斉に綺麗な一礼を行なった。
それが再会することができた百式和麻に対する、聖グロリアーナの礼儀であると。
その光景の美しさに、思わず大洗の全員が見惚れてしまう。
「……」
しかし和麻は、ダージリン達の一礼を真剣な表情で見つめていた。
聖グロリアーナの淑女達が礼儀を通してくるのなら、自分も通さなくてはならない。
そう思うと、改めて和麻はその場で深々と頭を下げていた。
「本当にお久しぶりです。そして、本当に申し訳ありませんでした。あなた達には、たくさんの迷惑を掛けてしまいました。俺が勝手なことをしたせいで、たくさん嫌な気持ちをさせしまって……本当に、ごめんなさい」
誠心誠意の気持ちを込めて、和麻が謝罪の言葉を告げる。
言葉だけで許されることではない。その自覚はある。
だからこそ、ここで自分は筋を通すべきだろう。
大洗の彼女達には、全て知られている。
自分の捻くれた気持ちも、心の歪みも、全て知られている。
だから、この場で恥ずかしがる必要など――どこにもなかった。
「こんなことになったのも、俺が全部悪かった。男の俺が戦車道をしているから……いつかみんなから嫌われる日が来ると思い込んでいたんだ。みんなに嫌われることが怖くて、いつの間にか誰も……俺自身すら信じることができなかった」
大洗に来て、改めて知ることになった自身の歪みを語る。
人から嫌われることを人一番恐れて。
誰かを慕えば、嫌われた時のことが怖くなって。
今まで向けられてきた悪意が怖くて、いつの間にか誰も信じることができなくなった。
「そんなことないって分かってたのに、みんなが俺のこと慕ってくれてることなんて分かってたのに。それでも俺は信じられなかったんだ。あの事件のせいで、俺はみんなから嫌われたと思った。俺が聖グロに行ったせいで、あんなことが起きたって思われるのが……本当に怖かったんだ」
だからこそ、彼女達に嫌われたくなかった。
「だから、俺は逃げたんだ。俺のせいで、聖グロから戦車道を奪いたくなかった。あなた達にたくさん悲しい思いをさせたのに、もっと悲しい思いをさせたくなかったから……俺は自分を犠牲にして、あなた達を裏切った。それが一番楽だと思って」
彼女達に嫌われたと知らなければ、自分は傷つかない。
だから、逃げた。
もう会わなくても良いように。
「もっと周りを信じれば良かったと思ってる。自分の気持ちに正直になれば良かったって思ってる。でも、あの時の俺にはできなかった。戦車道をしている俺は、たくさん嫌われて生きてきた。信じてくれる人達よりも、たくさんの人達から嫌われてきた。その悪意に……俺は耐えることができなかった」
それができれば、こんなことにはならなかった。
他人から向けられる悪意に、自分の心が耐えられなくなった。
たった、それだけの話だった。
「ただ、俺が弱かったんだ。俺の心が弱くて、ごめんなさい。あなた達を信用できなくて、ごめんなさい。自分の気持ちすら信じることができなくて、ごめんなさい」
何度も、何度も謝ることしかできない。
それが、今日までずっと悲しい思いをさせてきた彼女達にできる……精一杯の誠意だった。
だから最後に、この言葉を伝える。
「こんなことをした俺を許してくれるなら、なんだってします。でも、そんな資格は俺にはない。ただ最後に、これだけは知ってほしい。俺は、あんなことが起きなければ……あなた達と戦車道を続けたかった!」
頭を下げたまま、今まで心の奥底に蓋をしていた気持ちを曝け出す。
はたして、彼女達はどんな顔をしているのだろうか。
怒ってるのか、それとも呆れているのか。
もしかすると全員から袋叩きにされるかもしれない。
それでも、別に良い。それだけのことをした自覚はある。
だから、なにもされても構わない。
その覚悟で、和麻が目を瞑っていると、
「……和麻さん。その顔を上げてくださいな」
しばらくして、ダージリンの声が聞こえた。
その声のままに、和麻が顔を上げた瞬間――
和麻の右頬に、鋭い衝撃が走り抜けた。
「っ……⁉︎」
突然の衝撃に、和麻の視界が左に触れる。
頬に感じるヒリヒリとした痛みと鈍い鈍痛が、身体中を駆け巡る。
その痛みで、ようやく和麻は頬を叩かれたと気づいた。
「……こちらを見なさい。和麻さん」
淡々としたダージリンの声が聞こえる。
あと何発、平手が飛んでくるのだろうか。
何発でも受けよう。そう思いながら彼女に顔を向けた途端、和麻は絶句した。
そこには、泣いているダージリンが立っていた。
「……この顔を見て、私はあなたのことを嫌っていると思ってるの?」
悲しそうな、今にも泣き崩れてしまいそうな、目から涙を漏らしながらも必死に堪えている彼女の表情は、決して嫌っている顔には見えなかった。
ゆっくりと、和麻が小さく首を振る。
「……私の後ろを見なさい。私の後ろにいる子達が、あなたのことを嫌っているような顔をしてるように見える?」
ゆっくりと視線を向ければ、そこには和麻をまっすぐに見つめる人達がいた。
ダージリンと同じように、悲しそうな、今にも泣き崩れてしまいそうな表情を浮かべて。
また、和麻が首を小さく振る。
そうすると、ふとダージリンが和麻の頭を抱きしめた。
「あなたが不安になるなら、私は何度でも伝えるわ。私達グロリアーナにとって、あなたを大切な仲間よ。共に戦車を駆けたかけがえのない仲間であり、一緒に学校で過ごした大事なお友達。今日まで一度も、私はあなたのことを嫌いになったことなんてないわ」
ポンっと、優しい力で頭を叩かれる。
そして、彼女の手が優しく頭を撫でてきた。
「頑張らなくてもいい。辛い時は、たくさんの人があなたを支えてくれる。私達グロリアーナも、大洗の方々も、あなたと関わってきた多くの人達が、あなたのことを支えてくれるわ。これまでも、これからも。だからひとりで頑張らないで」
紡がれる言葉と共に、優しい手つきで頭を撫でられる。
そうすると、なぜか喉の奥が震えてきた。
「だから最後に、これだけは言わせて。今日という日まで、あなたは頑張ったわ。本当に、たくさんたくさん頑張った。だからこれからは、みんなで頑張りなさい。だって、あなたはひとりじゃないもの」
そう言って、ギュッと抱き締められる。
なにを言われているか、よく分からなくなる。
頭を抱きしめられて苦しいとすら感じるのに、それよりも心の方が何倍も苦しくて。
自然と彼女の背中に手を回せば、力加減が分からなくなるほど両手に力が籠る。
気がつけば、ただ声を殺して、和麻は泣いていた。
その言葉を、聖グロの人から。ダージリンから伝えられるとは夢にも思わなくて。
頭を撫でられるたびに、心の底に溜まっていた何かが落ちていくような気がして。
いつの間にか、和麻は震えながらダージリンの胸の中で泣き続けていた。
読了、お疲れ様です。
和麻の歪みが少しだけ解消される回でした。
上手く書けたかなぁ……とも思う回でもありまして。
色々と盛り込みすぎて、頭を抱えてました。
また次回に、それでは。
前話の頂いた感想は近日中に返しますのでご安心を。