GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜 作:紅葉久
彼女の紅茶の淹れ方は、本当に綺麗な所作だった。
あらかじめ温めていたガラスのティーポットに茶葉を入れて、沸騰したばかりの熱湯を注いでいく。高い位置から注いだことで空気が取り込まれ、ポットの中で茶葉が激しく上下に踊っているのが見える。
それは“ジャンピング”と呼ばれる――熱対流による上下運動を起こすことで細かい茶葉の全てに熱湯が浸透し、茶葉の風味や旨味を引き出すための大事な工程であった。
そこからティーポットに蓋をして、数分蒸らす。乾燥した茶葉が水分を吸収し、本来の葉の形へと戻る。この工程で茶葉の奥に閉じ込められていた旨味が熱湯に溶け出し、そして蓋をしたことで紅茶の香りを液体に閉じ込めれば、紅茶を更に美味しく楽しむことができる。
その後、茶漉しを添えて別のティーポットへと液体を移し替える。茶葉を取り除いて紅茶の液体だけを取り出し、最後にカップに注げば――完璧な紅茶ができあがる。
この手間を掛けた工程のすべてが、ゴールデンルールと呼ばれている英国式の伝統的な紅茶の淹れ方だった。
「お待たせしましたわ。和麻さん、こちらをどうぞ。今日という日にあなたと会えると信じて、一緒に飲みたいと思って用意していたダージリンティーのセカンドフラッシュよ」
ダージリンに紅茶の注がれたカップとソーサーを差し出されて、ゆっくりと和麻が受け取る。
音すら立てずに渡してくる所作を見れば、それだけで彼女の品の良さを感じてしまう。
それなりに作法を学んできた和麻だが、やはり作法で彼女に敵う気がしない。
「……ありがとう。ダージリン」
受け取ったカップに入った明るいオレンジ色の液体が綺麗で、マスカットのような強い香りが鼻腔を通り抜けていく。
本当に、彼女の淹れる紅茶は綺麗だ。色も香りも、ティーパックで淹れた紅茶とはまったくの別物である。
そんな感想を抱きながらカップを眺めていた和麻に、ダージリンが小さな笑みを浮かべた。
「味の心配はしなくても大丈夫よ。だって、この私が淹れた紅茶ですもの」
「心配なんてしてない。あなたの淹れる紅茶の味は……一度だって忘れてない」
目を瞑って紅茶の香りを楽しむ和麻に、ダージリンが嬉しそうに微笑む。
自分の淹れた紅茶を喜んでくれている。それが嬉しくて堪らない。
この瞬間が来る日を、ずっと待っていたのだから。
そう思いつつダージリンがカップに紅茶を注ぐと、それを同じテーブルを囲むみほ達にも渡していた。
「こちらをどうぞ。熱いのでお気を付けて」
「あ、えっと……ご丁寧にありがとうございます」
カップを受け取ったみほが、緊張した面持ちで返事をする。
まさかこんな茶会に招待されるとは思ってもいなくて、どうすればいいものかと素直に困ってしまう。
先程、泣き崩れた和麻が落ち着いた後、ダージリンの一声でお茶会が始まってしまったのだ。
良ければ、一緒に紅茶を飲みましょうと。
その一声で、早々とテーブルと椅子の準備が聖グロリアーナで行われ、今に至っている。
はたして、本当に参加しても良かったのかと、みほは思うしない。
試合の片付けは戦車道連盟が担当していることから、選手側がすることは意外と少ない。強いて言えば、戦車道連盟に回収された戦車の返却を受けた後にメンテナンスをするくらいである。
参加する時間はあるが、先程の一件を思い出すと……自分達は邪魔ではないかと思ってしまう。
きっと他の大洗メンバーも同じ気持ちだろう。他のテーブルに座っているメンバーを見ても、全員が似たような反応だった。
そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。みほの困惑した表情に、ダージリンが優しい声色で告げた。
「和麻さんだけ招待するなんて無粋なことはしないわ。本当に色々なことがあったけれど……私達グロリアーナは、こうして和麻さんと会わせてくれた大洗の皆様に最大の感謝を伝えたいの。その感謝のひとつとして、このお茶会を楽しんでもらえないかしら?」
感謝の気持ちとして、一緒に紅茶を飲んでほしい。
そう言われてしまえば、みほも無理に断れなかった。
「それじゃあ、楽しませてもらいます。この紅茶、とっても美味しそう」
「それは良かったわ。自慢ではないけど、紅茶の淹れ方には私にも自信があるの」
ダージリンが微笑んでいるが、こればかりはみほも知る由がなかった。
聖グロリアーナにおいて、隊長のダージリンが紅茶を入れることは滅多にない。
普段は後輩か、もしくは立場が下の人間が紅茶を用意する。よってダージリンの淹れる紅茶を飲める聖グロの生徒は限られたメンバーしか存在しない。
その腕も学内で確かなものとして扱われており、彼女の淹れる紅茶を飲む。それだけで聖グロリアーナではひとつのステータスとして密かに扱われているくらいだ。
だからこそ、それはダージリンからの感謝の気持ちの表れだった。
他の誰でもなく、自身が作れる最高の紅茶を提供する。それが彼女なりの、聖グロリアーナの最大限のもてなしでもあった。
「……すごく良い香り、高そう」
「値段は聞かない方が良いぞ。みほ」
思わず小声で呟いてしまったみほに、ボソッと隣の席にいる和麻が答える。
その声に、静かにみほは震えた。
はたして、この液体の値段はいくらなのか……
みほは知らないが、和麻は知っていた。ダージリンのセカンドフラッシュは、最もダージリンの茶葉が高品質で採取できる旬の時期に作られている。別名、紅茶のシャンパンとすら呼ばれている代物だ。
きっととんでもない価格なのだろう。彼の言う通り、値段を考えたら折角の味が分からなくなりそうな気がした。
「大変、みぽりん。私、今までティーパックの紅茶しか飲んだことない……こんな本格的な紅茶の飲み方なんて知らないよ」
きっと沙織は知らない方が良いだろう。同じテーブルを囲む彼女は金賞しているのか、震えた手で持っているカップを凝視していた。
「やっぱり茶道とは全然違いますね……無作法な飲み方になることをお許しください」
沙織と違い、華はカップを受け取りながらも最低限の礼節を見せる。
そんな二人に、ダージリンは微笑ましく笑ってみせた。
「その心配は無用よ。だって今回のお茶会は、私達がお願いをしてあなた達を招待したの。マナーを気にせず、楽しんでもらえただけで嬉しいわ」
「ありがとうございます。それでは、頂きます」
「そう言うなら……でもちゃんとしないと」
ダージリンに促されて、華と沙織がカップを口に添える。そして一口飲んだ瞬間、その紅茶の美味しさに目を大きくした。
「西住殿! この紅茶すっごく美味しいです!」
優花里も驚いていたが、今ばかりは静かにしてほしい。流石にマナーを気にするなと言われているが、それでも気にするのが礼儀だろう。
そう思うみほだったが、ダージリンはそんな優花里を微笑ましく見つめていた。
「そう言って頂けて嬉しいわ。スコーンのおかわりが必要になったら言ってくださいな」
そう言って、ダージリンも紅茶を一口飲む。満足のできる味だったのか、嬉しそうに小さく頷いていた。
その光景に少し遅れて、みほも紅茶を飲むと、その味に目を大きくした。
「美味しい……本当に、すごく美味しい」
「ふふっ、あなたには是非とも私の紅茶を飲んでほしかったの。喜んでくれて嬉しいわ」
妙に含みのある言い方だった。はたして、どういう意図があるのだろうか?
意味深な彼女の言葉に、少しだけみほが首を傾げる。
そんな時、ふと和麻が口を開いた。
「みんな、さっきはみっともない姿を見せて悪かった」
「和麻さん、それは先程から何度も聞いたわ。私達は気にしてない。というよりも、あなたの本心を聞けて嬉しかったの。だから気にしないで。それと大洗の方々も気にしてないと仰ってたのだから、もう気にしなくて大丈夫よ」
その場で頭を下げる和麻に、ダージリンが呆れたと溜息混じりに諭してくる。
その件に関しては、先程に和麻が一度だけ謝ったことで終わっている話だった。
和麻の過去を知っているみほ達からしても、彼が泣いてしまったのは当然のことだと理解している。
だから彼の謝罪は、この場ではもう不要な言葉だった。
「ダージリンさんの言う通りだよ。かずくんのことは私も知ってたから、もう気にしないで。何度も謝られると私も申し訳ない気持ちになっちゃうから」
「……わかった。もう言わない」
二人に諭されてしまえば、和麻もそれ以上の謝罪は飲み込んだ。
だが、それでも居心地が悪そうに頬を引き攣らせる彼に、ダージリンは苦笑を漏らしていた。
「本当、和麻さんのそういうところは変わってないわ」
「……どういう意味だよ」
「あなたの思ってること、大体は顔に出てるもの」
随分と前に、そんなことを言われた気がする。
思わず頬を触る和麻に、みほがクスっと笑っていた。
「みほ……お前もかよ」
「ふふっ、だって本当のことだから。かずくん、顔に出やすいもん」
返す言葉もない。そう思いながら和麻が肩を竦めてしまう。
そこで、ふとダージリンが思い出したかのように口を開いた。
「そう言えば……ずっと気になっていたのだけど、Ⅳ号の車長さんは随分と和麻さんと仲良しなのね。そんな風に和麻さんを呼んでいる人、はじめて見たわ」
少しだけ目を細めて、ダージリンがみほを見つめる。
妙に圧を感じる彼女の視線に、みほの体温が少しだけ下がった気がした。
「えっと……それは、あの」
「付き合いが長いんだよ。コイツとは幼馴染だから」
みほが返す言葉に悩んでいると、和麻がそう答えた。
事実ではあるが、それを彼女達に言っても良かったのか?
そう思うみほだったが、その予感は正しかった。
彼の言葉を聞いた途端、ダージリンとアッサムがカップを落としそうになった。
「……え? お、お、幼馴染?」
「なるほど、だから和麻様を“かずくん”と親しげに呼んでいたのね」
「あれ? 話したことなかったか? 俺に幼馴染いるって」
困惑するダージリンとアッサムに、和麻が首を傾げてしまう。
しかし和麻の言葉は聞こえてないのか、ダージリンとアッサムはそっと顔を合わせるなり、密談をしていた。
「大変よ、アッサム。確かに幼馴染がいるって聞いた覚えはあったけど、まさか同じ学校にいるなんて思いもしなかったわ。それも“かずくん”って……付き合いの長い私でも呼んだことない」
「大丈夫よ、ダージリン。幼馴染が勝利する確率は1%以下ってデータがあるの。私の和麻様は戦車道一筋、その手のことに現を抜かすような方ではないわ」
「……ちょっと待ちなさい。誰が私の和麻様ですって?」
小声で話しながら睨み合う二人を、同じテーブルを囲む全員が不思議そうに見つめる。
先程までの厳格のある雰囲気はどこへ行ったのやら。
そんなことを思いながら、和麻とみほを除いた沙織達は静かに思った。
思いのほか、聖グロリアーナの人達は面白い人が多いのかもしれない。
不思議と、そんな予感がした。
「あ、そう言えば……ダージリン達にみんなのこと紹介できてなかったな」
そんな時、ふと和麻が呟いた。
確かに、色々とあった所為で自己紹介もできていなかった。
その言葉でダージリンとアッサムが気を取り直すと、是非と促されて、あらためて和麻は隣にいるみほに手の平を向けていた。
「じゃあ紹介させてもらう。ダージリンならもう分かってると思うけど、この子が大洗の隊長でⅣ号戦車の車長を担当していた西住みほだ」
「はじめまして、西住みほです」
和麻の幼馴染と事前情報があったことで、ちょっとした警戒心を抱いていた二人だったが……その名前を聞いた瞬間、揃って目を大きくした。
「……西住? もしかして、あの西住流の?」
聞き間違えるはずはない。戦車道を嗜む者で、その苗字を知らない人間はいない。
ダージリンの疑問に、みほは怯えながらも頷くしかなかった。
「彼女は、まほさんの妹だ」
「まほさんの、だからこの方も和麻さんの幼馴染なのね」
「そういうことだ」
和麻にとって、それは隠すことでもないことだったが、みほにとっては違った。
西住まほの妹であることが知られたら、様々なことが彼女達にバレてしまう。
自分が西住流の人間であること。黒森峰で副隊長をしていたこと。そして、高校戦車道の全国大会で黒森峰の十連覇を逃す原因を
生み出した人間であることが知られてしまう。
今更逃げることもできないが、はたして彼女達は何を言ってくるのだろう。
そんな不安を思う彼女だったが、ダージリンは意外そうな表情を見せながらも嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「そう、あなたがあのまほさんの妹だったのね。随分まほさんと違う印象を受けたけど、あなたが隊長なら納得できるわ」
「……え?」
思わぬ返事に、みほが呆気に取られる。
そんな彼女に、ダージリンは紅茶を飲みながら続けた。
「今日の試合、大洗に私達グロリアーナが苦戦を強いられた要因は二つあったわ。そのひとつが大洗の隊長だと思っていたの。不利な状況でも臨機応変に攻勢に出ようと立ち回る指揮のできる方。一体、誰かと思っていたけど……まさか西住流のあなただったなんて」
「え、えっと……別に私は西住流を使ってたわけじゃなくて」
意外にも褒められると思わなかった。
だがそれも西住流だからと判断して、慌ててみほが訂正しようとするが、それよりもダージリンは楽しそうな声が続いた。
「色々とあったせいで必死になってしまったけど、思い返せば良い試合だったわ。余計なことがなかったら、もっと楽しい試合ができたと思うの」
「それって、どういう……?」
「今日の試合、とても楽しかったわ。あなたのお姉様との試合よりも楽しかった。またあなたと試合がしたいと思えるくらい」
そう言われると思わなくて、みほが固まる。
自分の戦い方を認められるとは思わなくて。
西住流として戦うことを強いられてきた彼女にとって、その肯定はあまりにも心に響いた。
それも強豪校の聖グロリアーナの隊長から。
そんな言葉を、今まで言われたこともなかったから。
「……ありがとうございます。私も、またあなた達と試合、してみたいです」
「是非、次は公式戦で戦ってみたいわ」
そう答えるダージリンの中で、密かにみほの認識が変わった。
和麻の幼馴染という危険分子から、良き友となり得る好敵手へと切り替わる。
今後とも彼女とは、より良い関係を作っていこう。そう思えるほど、戦車道の選手として“西住みほ”はリスペクトできると。
「それで次が――」
みほの紹介が終わり、沙織から優花里へ、そして華を紹介し、最後に残った麻子に和麻は人差し指を向けた。
「最後、生意気なガキンチョ。以上」
「え?」
あまりにも雑な紹介に、思わずダージリンとアッサムが困惑した。
「和麻さん? さっきまで丁寧に紹介してくれたのに、急にどうしたの?」
「そいつは紹介する気も起きないんだよ。あの試合中、勝手なことばっかりしやがって……マジで拳骨だけで済ませたのありがたいと思えよ」
今にも舌打ちを鳴らしそうな和麻の怒り具合に、ダージリンが怪訝に視線を向ける。
「……ぐすん」
その先には、頭に大きなタンコブを作った麻子が涙目で黙々と紅茶とスコーンを食べていた。
つい先程に、彼女は和麻から強めの拳骨を貰っていた。
試合中に教えてない百式流の技を何度も勝手に使ったこと。それは未熟な操縦手が決して行っていいことではなかった。
そのため、和麻が怒るのも当然のことで。
必然的に、彼女は和麻から制裁を受けていた。
「……あの和麻様、もしかして彼女がⅣ号の」
「操縦手です。下手くその」
「下手くそって言うな! 私はお前より上手くなる!」
「反省してないな、お前。マジで練習の時は覚えてろよ」
「……絶対に負かして泣かしてやる」
涙目の麻子が啖呵を切って、スコーンを頬張る。そしておかわりと言って、隣にいるオレンジペコから紅茶をもらっていた。
「……随分と、和麻様に反抗的な方なんですね」
試合中、実際に顔を見たわけではないが、試合の時と印象が違ってアッサムは素直に困惑していた。
思っていた以上に小柄だったことには驚いたが、それよりも和麻に対する態度が不可解だった。
百式流を使えるなら、少なくとも和麻に対する尊敬があるはず。操縦手として、彼は尊敬に値する人間であることは明白だ。
それなのに、麻子から伺えるのは和麻に対する明確な敵意だった。
「それは気にすることじゃないです。態度はいつものこととして、俺は今回の試合で勝手なことばっかりしたから怒ってるんです」
「勝手なこと、ですか?」
アッサムが首を傾げる。それに続いてダージリンも不思議そうな表情を浮かべると、和麻が顰めっ面で答えた。
「まだ百式流を使える技量もないのに、コイツは試合中に何度も百式流を使ったんです。未完成のクイックならともかく、教えてない技を何度も何度も……!」
怒りが込み上げまできたのか、拳を握りしめる和麻をみほが宥める。
百式流を素人が使えば、失敗して怪我に繋がることもある。車体が横転して、戦車に乗っている全員が怪我をすることもあり得る。
だからこそ、技量が足りていない操縦手の麻子が百式流を勝手に使えば、和麻が怒るのも当然だった。
「ちょっと待って、和麻さん……今とんでもないこと言ってなかった?」
「あなたが百式流を教えてないのに……勝手に使った、ですって?」
なにを言っているか理解できないと、ダージリンとアッサムが困惑する。
そんな二人に、和麻は舌打ちを鳴らしながら頷いていた。
「そこにいる冷泉麻子は操縦手を始めて一ヶ月しか経ってない素人です。覚えが少しだけ良いから仕方なくクイックだけ教えましたが、それも未完成で使えたものじゃなかった。だから勝手に使うなって何度も言い聞かせたのに、コイツはクイックを使った上で教えてもいないアクセルブローまで使いやがった。あとお前、ヒップノックとバレルパリィまで使ってたな。あの状況で仕方なくみほが入れ知恵したとしても普通に説教ものだから覚えてろよ」
怒涛のごとく、麻子に対する不満を和麻が吐き出す。
試合で、最後にⅣ号戦車とクルセイダー巡航戦車が戦った時、和麻は麻子が使用した百式流を全て把握していた。
確かに完成度はあった。それは認める、だが土壇場で使えただけであり、彼女の実力を理解している彼としては冷や汗ものだった。
彼の言葉に、アッサムは当然の疑問を抱いた。
「教えてないのに使ったって、どうやって?」
「見て覚えたんですよ、コイツ」
「「…………は?」」
その答えに、ダージリンとアッサムの目が点になった。
まったく理解できない。そんなことができる人間がいるはずがないと。
「これは最初に教えてあったことですが、コイツには観察する力が人一倍あった。なにかと気づくことが多い奴だと思ってましたが、まさか戦車の動きから操縦方法をイメージするとは思いもしなかった」
「……そんなことできるの?」
「できなくはない。でも、それは戦車の構造を全部覚えてないと無理だ」
ダージリンの質問に、和麻が答える。
そして和麻から見た、麻子の異様な才能が語られた。
「おそらく、コイツは俺が宿題として出していた座学でⅣ号戦車の内部構造を全部覚えた。おそらく俺が出してない詳細部分まで全部。もし戦車の構造を全て覚えていたら、大体のイメージはできなくもない。ペダルの踏み方とハンドルレバーの動かし方で、車体がどれだけ動くか理解してたらイメージすることはできなくもない。それでもかなり無理難題で馬鹿げた話だが」
改めて自分で説明したが、それが事実なら馬鹿げていると和麻自身も思うしかなかった。
大体は感覚で掴む操縦手の技量を、麻子は理論で押し通した。
頭が良い彼女だからできる荒技であり、とてもではないが推奨できる方法ではない。
たとえ機械の構造上で動きを把握しても、それは理論上の話であり、実際に動かせば差異が起きる。それを培ってきた感覚で補わなくてはいけない。
その感覚が足りてないからこそ、麻子は操縦手として未熟なのだ。
「私もデータを使うので把握していますが、それでも同じことができる気がしません」
「普通は絶対にしないです。普通に反復練習で覚えないと大怪我するので絶対に聖グロのメンバーには真似させないでください」
そんなことを言われなくても、聖グロに同じことができる生徒はいない。
おそらく、麻子だけだろう。
驚かされることが多い彼女だが、更に驚かされるとは思わなかった。
「……その口ぶりだと、あなたがクルセイダーの操縦手だったのか?」
ようやく、ここまで麻子がアッサムがクルセイダー巡航戦車の操縦手だと察した。
互いに死力を尽くして戦った相手と認識して、二人が目を合わせる。
「えぇ、そうよ。改めて、私がクルセイダーを操っていたアッサムよ。あなたには随分と手を焼かされたわ」
「それはこっちの台詞だ。あなたの操縦には私も手を焼いた」
売り言葉に買い言葉と、二人が静かに睨み合う。
「でも、それも今だけだ。そこにいる男と同じで、私より操縦が上手いあなたも……いつか絶対に倒す。百式流を使うあなたを倒せば、そこの男にギャフンって言わせられる」
「あなた……まさか和麻様に勝とうとしてるの?」
「当然、そのために私は操縦手をしてる。あと、戦車道しないと出席日数が貰えないから」
おそらく、大事なのは後半ではないだろうか?
少しだけ理解に困る返事にアッサムが首を傾げるが、それでも和麻に対する敵対心は本物でいる。
ならば、こちらにも押し通す筋があった。
「まだ素人のあなたに負けるほど、私は未熟ではないわ。操縦手は積み重ねてきた努力の分だけ上手くなるの。それは今のあなたでは決して超えられない壁よ」
操縦手として積んできた経験値は、絶対に覆らない。
ゆえに、決して麻子には負けない自信がある。
だが、麻子も対抗した。
「その経験値も、私は追い抜く。それができないと、そこにいる男には勝てない。勝つためなら、私は努力でもなんでもしてやる」
絶対に負けない。その意思が籠った目つきで、麻子が宣戦布告をする。
対して、アッサムも負けじと鋭く麻子を見つめる。
絶対にこの女には負けたくない。そんな意思を向け合っていると、沙織とダージリンが同じタイミングでそれぞれを諭した。
「こら麻子、そういうこと言わない」
「アッサム。そろそろ落ち着きなさい」
互いにそう言われて、不服ながらも互いに身を引く。
そんな二人を見ながら、ダージリンと和麻は密かに思った。
この二人は、きっと良いライバルになり得ると。
もしアッサムがまた操縦手として戦車に乗るなら、それは良いことである。
麻子も、強いライバルが居れば成長の糧となる。
本人達の気持ちはさておき、成長という観点で見れば都合が良い。
「悪い顔してるわね、和麻さん」
「こっちの台詞だ。ダージリン」
お互いに思っていることを察したのか、二人で笑みを浮かべながら揃って紅茶を飲む。
そろそろ、おかわりが欲しい頃だと思った。
読了、お疲れ様です。
会話がメインのエピソードを書けるのは久々だったので、余計な会話が多くなってるかも。お許しください。
このお茶会は、まだ続きます。