GIRLS und PANZER〜少年は戦車道になにを望むか〜   作:紅葉久

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PANZER.2 戦車道、始めます
1.懐かしい夢


 今日は天気が良い。俺は空を見上げながら、ふと思った。

 校舎の二階。外にあるテラス席で、俺はほんやりと空を眺める。

 絶好の運動日。ともい、絶好の戦車道日和とも言える。こんな日は整った平地で戦車を乗り回してみたいと思うあたり……我ながら戦車が好きなんだなぁと思わざるを得ない。

 

 

「今日の紅茶はアップルティーを淹れてみました。和麻様、良ければどうぞ」

 

 

 そんな俺に、金髪のオールバックの女がそう言って紅茶の入ったカップを差し出した。

 そう言えば、俺が紅茶を飲むようになってどれぐらい経つだろうか?

 高校に入学して一ヶ月ばかり。その間に過ごしてわかったことだが、俺のいる学校はよく紅茶を嗜むらしい。

 流石は英国をモチーフにした学校だ。俺はそう思いながら、差し出された紅茶を受け取った。

 

 

「アッサムの淹れた紅茶は中々よ。和麻さんも飲んでみなさいな」

 

 

 そんなに俺に、隣に座る金髪の女――ダージリンと呼ばれる女が微笑む。

 ダージリンがアッサムさんの淹れた紅茶を優雅に飲む姿は、いつ見ても絵になっているのが……無性にどこか腹立たしい。

 ちなみに彼女も国籍は立派な日本人である。ダージリンと呼ばれる少女の本名は別にあるのだが、この学校――聖グロリアーナ女学院は紅茶にちなんだ名前を付けられることがあるらしい。

 戦車道。この学校で行われている戦車道で、優秀な生徒にのみ“紅茶の名が与えられる”と聞いたことがある。

 それはこの学校では名誉であり、戦車道を嗜む者がこの学校で目指す目標のひとつと俺は聞いた。

 だからこの学校では、彼女を皆は敬愛の意を込めてダージリンと呼んでいる。

 俺も、それに習うように彼女のことをダージリンと呼ぶことにしていた。

 たまに本名で呼ぶと、少し恥ずかしそうに拗ねるダージリンが面白いので、俺はたまに彼女のことを本名で呼んで遊んだりしたこともしばしば。

 

 聖グロリアーナ女学院。それが俺が高校入学に選んだ学校だ。

 

 戦車道の特待生として、何故か俺は女子校に来てしまった。その理由としては、ひとつしかない。

 俺に、男の俺に戦車道をさせてくれる。それだけでこの学校の女子校という大きな問題を俺は容易に無視出来た。

 男は戦車道は出来ない。それは女の嗜みだというのもあるが、一番は学校等で男が戦車道をすることに賛同されないということだ。

 だから学校で男の戦車道の活動は非常に難しい。故に、戦車に興味がある男子生徒はほとんどが“整備士”としての道しか選べないのだ。

 戦車道戦術指南者などの専門家もあるのだが、それはほとんどが女性だ。男性でその手の職業に就いている人間はほぼ居ない。

 女性が乗る乗り物を、男性が教える。それ自体が世間では批判の対象になる。だから男性は必然的に整備という部門でしか活動出来ないのだった。

 そんな俺も例外ではなく、整備士としての道を選んでいた。

 しかし中学生の頃の高校入学を決める時期に、ある時聖グロリアーナ女学院からこんな手紙が来たのだ。

 

『百式和麻様へ。この度、我が校の聖グロリアーナ女学院は、貴殿の戦車道での今までのご活躍を拝見しておりました。つきましては、我が校“聖グロリアーナ女学院”は貴殿を“戦車道特別優待生”として、そして我が校で初の男子生徒として異例の特例入学をご依頼させて頂きたくご連絡させて頂きました』

 

 こんな感じの手紙だった。内容はもっと細かく書いてあったのだが今は割愛する。

 そんな手紙を受け取った俺と家族は長い話し合いの末、今に至る訳だった。

 

 

「……うん、美味しい」

 

 

 アッサムさんから渡されたカップを口に添え、紅茶を飲む。

 そして一言。素直に出てきた言葉を、俺は我慢することなく告げた。

 紅茶なんて、この学校に来るまでは飲むことなんてほとんどなかった。

 どちらかというと俺は緑茶などの日本文化の方が親しみがあり、海外文化はあまり親しみがない。

 しかしこの学校で過ごしているうちに、少しずつだが毒されているらしい。

 俺の紅茶の感想に、ダージリンとアッサムさんは誇らしそうな笑みを浮かべていた。

 

「それなら良かったわ。そう言えば……和麻さんも聖グロリアーナに来て、もう一ヶ月かしら?」

 

 優雅に紅茶を飲みながら、ダージリンがふと思い出したように呟いた。

 

「そうだな、気づけば早いものだよ」

「もう一ヶ月、早いものね」

 

 頷く俺に、ダージリンはしみじみと答えた。

 そしてダージリンが手に持ったカップを口元へ傾けて紅茶を飲むと、嬉しそうに微笑んだ。

 

「ふふっ……でも、まさか本当に和麻さんが聖グロリアーナの入学依頼を受けるとは思わなかったわ」

「……俺も思うよ。むしろ聖グロリアーナが俺に戦車道の特待生扱いで入学依頼をしてくるとは思ってなかったくらいだ」

 

 今はこうして聖グロリアーナ女学院に在籍してる俺だったが、今だに俺がこの学校で戦車道が出来ていることが信じられないことだと思っている。

 学校での授業が終わり、そして放課後は戦車道。授業がない日は朝から戦車道。それは俺が本来、高校生から出来なかったことだ。

 なのに聖グロリアーナ女学院は、わざわざ男である俺に学校で戦車道をしないかと声を掛けてくれた。そのことには、本当に感謝しかしていなかった。

 

「和麻さんの戦車道に対する想い。それを放っておくほど、世の中は非情じゃないってことよ」

 

 誇らしげにダージリンが語る。それは俺のことを知ってて言ったことなのか、よく分からなかった。

 

「有難いのか、それても善意の押し付けなのやら」

「私個人としては……和麻さんと同じ仲間として共に戦車道を出来ることを嬉しく思うわよ」

「そうかい……まぁ、ありがとうとだけ言っておくよ」

「ふふっ、それで良いわ」

 

 とりあえずは、軽口で返しておく。

 そして俺とダージリンが一通り話を終えると、今まで黙って話を聞いていたアッサムさんが俺に向いた。

 

「ところで和麻様、この学校での生活は慣れましたか?」

 

 アッサムさんが小首を傾けて俺へ訊いてくる。

 俺は少し悩んだ素振りを見せると、苦笑いしながら答えた。

 

「少しだけ。まだ自分はこの学校では異端だと思うので」

 

 最初から分かっていたことだったが、俺の在籍している聖グロリアーナ女学院には俺しか男子生徒はいない。

 それに伴って、本来女子校だった学内に男子生徒がいるということはそれだけで問題になりやすい。

 

「この学校で唯一の男子生徒ですからね。それも仕方ないでしょう。何か不便な点はありますか?」

 

 アッサムさんが頷く。そして続けて彼女から問われた内容に、俺は首を横に振って答えた。

 

「今のところは特にはないですね。一応、ここは女の子しかいない学校なのであまり出歩かないようにはしています。こういう場での自分の存在は問題が起きやすいと自覚していますので」

 

 女の子しかいない学校で男が勝手に歩き回るというのは、あまり良いことだとは思えない。

 なので問題を起こさないようにするには、自宅から外出しなければ良い。

 簡単な話だ。だから俺はこの学校では一人で歩き回ることはない。基本的に誰かと一緒の状況でなければ、休日などは用事がない限り出歩かない。

 そう言っても、俺はほぼ毎日を戦車道に注いでいるので日用品の買い物程度にしか出歩かないが……

 そんな俺の答えを聞いたダージリンが、紅茶を飲みながら少し不満そうに眉を寄せた。

 

「気にすることはないんじゃないかしら? この学校は和麻さんに“お願い”をして来てもらったの。だからそんなに小さくなる必要はないわ」

 

 続けてダージリンが「ドンと胸を張りなさいな」と言ってくる。

 しかし俺は軽く話すダージリンに苦笑した。

 

「簡単に言ってくれるな。これでも結構気を使ってるんだけどな」

「あら? そんなところがあって?」

 

 この一言でダージリンが普段の俺をどう思っているか少しだけわかった気がする。

 俺はダージリンの言葉が癪に触ると、溜息交じりに言った。

 

「男が関わっちゃいけない場所があるだろ? 着替え時なり、会話とかの女の子だけの空間があるだろう? あまり関わらないように俺だって気を使う」

 

 俺に改めて言われたことに、ダージリンとアッサムさんは「あぁ……」と納得したような表情を見せた。

 しかしダージリンはそう呟いて不敵な笑みを見せると、俺になに食わぬ顔でこう言った。

 

「なら和麻さん、これからは私と一緒にお着替えする?」

 

 きっと、俺は今物凄く顔を顰めているに違いない。

 礼節とウィットに富んだ会話を楽しみたがるダージリンは、たまに訳のわからない冗談を言いたがる。

 時折、誇らしげに格言を言いたがるのもダージリンの癖である。

 俺は溜息を吐くと紅茶を一口飲み、ダージリンにジト目を送った。

 

「俺と性別が一緒だったら考えてやる。出直してこい」

「あら、和麻さんのいけず」

 

 くすりとダージリンが笑う。俺は彼女のそんな仕草に肩を落とした。

 アッサムさんも不思議と楽しそうに俺とダージリンの会話を聞いて微笑んでいる。少しだけ不服な気持ちになった。

 

「……とまぁ冗談はさて置いて。それで和麻さん、この学校のみんなとは上手くやってるかしら?」

 

 一頻り笑ったダージリンがそう訊いてきた。

 急に話を変えられたことにダージリンに遊ばれていたことを再確認して、俺は眉を寄せる。

 そして俺はその質問に、少し遅れて返した。

 

「……仲良くやってるつもりだよ。隊長のアールグレイさんにも良くしてもらってる。同じ歳のメンバーとも上手くやれてると思いたい」

 

 今現在は、俺は聖グロリアーナ女学院の戦車道メンバーと不仲ではない。友好かと言われれば正直なところ悩ましいが……とりあえずは普通に接しているはずだ。

 俺の入学当初、聖グロリアーナの戦車道メンバーは奇妙な目で見られていた。

 俺の名前を知っている生徒が割と多くいたのが意外だったが……

 そんな奇妙な視線も、数日経てば慣れたのだろう。俺の存在を受け入れた戦車道メンバーが何気なく話しかけて来るようになったのは、ほんの少しだけ安心したのが本音であった。

 

「私の聞く限りだと、みんな和麻さんのことは慕っているみたいだったわ。私も正直なところ、ほんの少しだけ心配していたわ」

 

 ダージリンが安堵の表情を見せる。

 なんだかんだと俺のことを心配してくれていたらしい。こういう時だけ歳上な部分を見せてくるあたり、ダージリンも人が悪い。

 しかし俺はそんなダージリンに少しだけ真面目な表情を見せると、最近から思うようになったことを告げた。

 

「でも……おそらく、上級生の戦車道メンバーに自分をよく思ってない人達がいる。そんな気がする」

 

 俺がカップを傾けて紅茶を飲む。気がつくと、俺の持っていたカップの紅茶は無くなっていた。

 それに気がついたアッサムさんが、わざわざカップに新しい紅茶を注ぐ。

 アッサムさんにお礼を告げて、俺はダージリンに続けて言った。

 

「最近……妙な視線を感じるんだ。昔、戦車道を始めた頃に感じていた嫌な視線だった。多分……いや、間違いなく俺のことを邪魔だと思ってる人がこの学校にいる」

 

 俺の言葉に、ダージリンが目を大きくする。そして彼女は首を横に振った。

 

「和麻さん、それは今のところないと思うわよ。それだったらもう私と和麻さんの耳に入ってもおかしくないから」

 

 確かに表立ってはいない。むしろ次期聖グロリアーナ戦車道隊長候補であるダージリンの耳にその話が来ていないのなら、気のせいだと言えるかもしれないだろう。

 しかし俺は、首を横に振った。

 

「今は、な。ダージリンも知ってるだろ。俺が戦車道をやってて今までどう言われ続けてたのかってのは」

「それは……」

 

 ダージリンが言い淀む。それはきっと昔の俺のことを知っているからだろう。

 戦車に乗る卑怯者。女の武芸を穢す日本の恥。そんな言葉を昔よく言われていた。

 今ではほとんど聞かなくなったが、少なくとも俺をそう思っている人間はいる。

 もとより分かっている。しかしそれでも、俺は戦車道をしたい。だから俺がこの学校にいるのだ。

 

「男が戦車道なんて、邪魔者扱いなのは知ってるさ。だから聖グロが俺にこの話を持ってきたのは……本当に意外だったんだよ」

 

 しみじみと俺が告げる。そして紅茶を一口飲むと、俺は続けて話をした。

 

「今だから言える話だが、俺がこの学校に来ることを決めた理由のひとつも……ダージリンが居たからだよ」

 

 悲しげだったダージリンが俺の方を向くなり「えっ?」と目を大きくした。

 きょとんとした表情を見せたのもつかの間、ダージリンは何故か頬を少しだけ赤らめると、カタカタと手に持つカップを震わせながら紅茶を一口飲んだ。

 

「……か、和麻さん。そ、それはどういう意味かしら?」

 

 紅茶を飲んで一拍置いてダージリンが俺に問う。

 なんでそんなにたどたどしいか疑問だったが、俺は少しだけ引き攣った笑みを見せて答えた。

 

「知らない人が居ないより、居た方が良いだろう? ただでさえ中学生の頃からの長い付き合いなんだ。それに戦車道仲間、知らない学校に行くより断然そっちの方が良いに決まってる」

 

 実は言うと俺の特別入学の依頼は聖グロリアーナ女学院以外にも来ていた。

 アンツィオ、継続、知波単などの学校からも来ていた入学依頼の中から、俺は聖グロリアーナを選んだのだ。

 理由としては、俺が昔からよく乗っていたクルセイダー巡行戦車があること。もうひとつは、その学校に知り合いの女の子が在籍していたことだった。

 と言っても、アンツィオ高校にも俺に知り合いは居たりする。だがイタリアをモチーフにしたあの学校の戦車は俺の肌に合わなかった。

 CV33とかは嫌いではないが、正直ずっと乗りたい戦車ではない。

 だから俺はダージリンが居て、クルセイダー巡行戦車がある聖グロリアーナ女学院を選んだ訳である。

 

「そ、そう。和麻さんは私がいるからこの学校に来てくれたのね……わ、私が居るから……私が……」

 

 俺の答えにダージリンが頷く。そして何度も同じことを呟きながら、カップを口に添えていた。

 そう言えば、ダージリンのカップの紅茶はもうほとんど無かった気がするのだが……どうして彼女は空のカップを口に添えているのか?

 よく分からないが気にしない方が良いかもしれない。俺はなんとなく、そう思った。

 

「ふふっ、本当に仲がよろしいのですね。お二人は」

 

 俺とダージリンを交互に見て、アッサムさんが微笑む。 

 俺は「何がですか?」と訊くが、アッサムさんは「いえ、別に大したことではないですよ」と笑ってはぐらかした。

 そんなアッサムさんに俺は小首を傾げる。しかし追求してもこういう時の彼女は決して話さないことを俺はこの学校に来てからの一ヶ月の間で理解していた。

 納得いかないと溜息を吐きたくなる俺だったが、俺はアッサムさんにそのことを追求するのをやめると、彼女に良い機会だと思いながら彼女に俺は“ある質問”をすることにした。

 

「アッサムさん、ちょっと良いですか?」

「どうしました? 和麻様?」

「良い機会ですから失礼な質問をします。アッサムさん……突然ですが、この学校に入学してきた俺のことをどう思っています?」

 

 こんな話をすることは早々ないだろう。たまたま俺の学校での生活についての話になったことを良いことに、俺はアッサムさんにそう訊いた。

 アッサムさんの眉が少しだけ上がった。意表を突かれた表情だと思う。

 

「私ですか? そうですね……」

 

 俺の質問に、アッサムさんはカップを置くと顎に指を添えて何かを考え出した。

 そして自分の中で考えをまとめたアッサムさんが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ダージリンの古くからの友人、それだけで和麻様は信頼に値する殿方とお見受けしていました。戦車道のことに関しては、私はあなたに心から尊敬を。操縦のことで数々と勉強させて頂いていますよ?」

 

 随分と高評価だった。いや、どちらかと言うとダージリンが信頼しているから、という理由が強いかもしれない。

 

「殿方が戦車道とは随分と奇妙なモノと思いましたが、それも最初だけです。ダージリンの言う通り、共に戦車に乗るとすぐに分かりました。私としてはこうして和麻様と戦車道を共に学べることを誇りに思います」

 

 確かアッサムさんは操縦手だった。その点は俺と同じである。

 アッサムさんと違う点があるとすれば……俺の場合は、稀に車長をすることはある。だが本来は操縦手がメインで戦車道をしている。

 俺の操縦にアッサムさんは学ぶ面があるらしい。誠に恐縮だった。

 

「特に和麻様が乗るクルセイダーは随一です。ローズヒップが喜ぶ理由もよくわかります」

 

 後半の部分でアッサムさんが笑みを浮かべる。

 多分、俺の顔を見て笑っているに違いない。アッサムさんが言った名前を聞いた瞬間、俺の顔が引き攣った。

 

「ローズ……嫌な名前が出てきた」

 

 思わず、頭痛がしそうで俺が頭を抱える。

 ローズヒップ。それは聖グロリアーナ女学院に所属する一年生の名前だった。

 

「あら? 確か和麻さん、ローズヒップに懐かれているのだったかしら?」

 

 先程まで一人で上の空になっていたダージリンが何事もなかったように問いかけてくる。

 俺はダージリンに頷くと、深く溜息を吐いて答えた。

 

「あぁ、初めてクルセイダーをこの学校で操縦した時からだ。妙に懐かれて……」

「あの子も生粋のクルセイダー乗りですものね。和麻さんの操縦に魅せられるのもわかるわ」

 

 ダージリンが納得したように頷く。しかし俺は勘弁してくれと言い返したくなった。

 ローズヒップは聖グロリアーナ女学院の中等部からいる生徒だ。つまりは、中等部からダージリンと面識がある生徒である。

 高校一年生から紅茶の名を冠するということは、その時点で戦車道に於ける実力は学内では上位に入るということだ。

 実のところ、高校一年生で紅茶の名を冠することが出来るのは割と稀らしい。

 ローズヒップは昔からのクルセイダー乗り。その点は俺と同じだった。

 だから入学当初、俺とローズヒップはダージリンの命により同じ車両のクルセイダーに乗せられ、それがキッカケとなり俺はローズヒップに懐かれることになったわけだった。

 普通に友達としての付き合いなら俺も問題はなかった。

 しかしローズヒップの場合、その例に含まれない。それが俺のこの学校での頭痛の種であり、どうにも解消出来ない困ったことなのだ。

 

「頭が痛くなってきた……」

 

 そのことを考え出した途端、急に頭に痛みが走る。

 しかしそんなことを知ることもなく、アッサムさんは俺に追い打ちの言葉を告げてしまった。

 

「確か……お兄様、でしたか?」

「アッサムさん、その呼び方は勘弁してください……俺、ローズヒップと同じ歳ですよ?」

 

 俺がアッサムさんに顔を顰める。

 そう、何故かローズヒップは俺を“兄”と慕うようになったのだ。

 一体、どう湾曲したらそんなことになるのか俺は理解に苦しんだ。

 だが当人のローズヒップは直す気がないらしく、一緒にクルセイダーに乗って以来、俺を“兄”と呼び続けている。

 

「あなたが歳下に好かれるのは前から知っていたけど……ローズヒップは特別ね」

 

 ダージリンがくすくすと笑う。

 俺は顔を固くして、苦笑いした。

 しかしそんな時、俺たち三人が談話室にいるなか……部屋の外から大きな声が響いた。

 

「お兄様ぁぁぁぁぁぁ‼︎ どこに居ますのォォォ⁉︎」

 

 背筋が凍った。比喩ではなく、本当に何か背中から冷たいものが通り抜けたような錯覚を覚えた。

 固まる俺に、アッサムさんとダージリンがきょとんとした表情で談話室の入口を見遣る。

 そして二人揃って顔を合わせて笑みを浮かべると、

 

「ほらお兄様、来たわよ?」

「お兄様、妹様が来ましたよ?」

 

 俺に向かって楽しそうに微笑んでいた。

 俺は引き攣った笑みを見せながら、二人に毒を吐いた。

 

「二人とも、本当に良い性格してる」

 

 部屋の外から大きな音を当てて扉が開く音が響く。

 おそらく、ローズヒップが手当たり次第に色々な部屋で俺を探しているだろう。

 

「和麻さん、こんな言葉を知っていて? どんな悲しみに出会っても、それでも人生は生きるに値する」

「要するに?」

「諦めなさい」

 

 大きな音を立てて、談話室の扉が開かれる。

 扉の向こうには、満面な微笑みを見せる一人の少女。

 俺はゆっくりと目を閉じた。

 こちらに向かい、全力疾走している音を耳に受けながら、俺は数秒後の起きることを――諦めた。

 

「おっ兄様ーー‼︎」

「俺を兄と呼ぶなッ!」

 

 とりあえずは引っ付くローズヒップへいつもの罵声を浴びせることにした。

 ダージリンとアッサムさんが俺とローズヒップを見てくすくすと笑っている。

 そんな二人に、精一杯の苛立ちの視線を送りながら、俺はローズヒップの相手をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 随分と、懐かしい夢を見た気がする。

 内容は思い出せないが、不思議と懐かしいと感じ、そして心が暖まるような錯覚を覚える。

 

「右目が痛い……聖グロの夢でも見たのか?」

 

 背中に感じる芝生の感触を感じながら、俺は目を覚ました。

 つい俺は痛む右目に手を添える。手に感じるのは、眼帯の感触。

 たまに目が痛む時、決まって聖グロリアーナの夢を見ていると思う。

 あの頃が懐かしく、名残惜しいのか……そう思うから、きっと俺は夢を見ているのだろうか?

 俺が頭を左右に振るう。柄でもないことを考えたことに、自身に嫌気が差した。

 

「……あのせいだろうな」

 

 大洗女子学園の生徒会長との話。おそらくそれが俺を揺さぶっているのだろう。

 

 戦車道をやらないか?

 

 何を企んでいるか知らないが、俺は自分のことを話してしまった。

 どうして? と聞かれれば、俺は返事に困った。

 多分、名残惜しいのだろう。どれだけやりたくないと言っても、きっと心のどこかで俺は戦車が恋しいと思っているのかもしれない。

 

「……女々しいな」

 

 自分に毒を吐く。そして俺は腕時計で時間を確認した。

 時刻は午後二時過ぎ。まだホームルームまで時間はある。

 二度寝しよう……そう思い、俺が腕を枕代わりにして目を閉じようとしたところで何かが俺の近くに寄ってきたのを感じた。

 

「あ、百式だ」

 

 そう声を掛けられて、俺が思わず顔を向ける。

 そして俺は顔を顰めた。

 四人組の女。全員が赤と白の体操着姿で、そこに居たからだ。




遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。

今回は聖グロリアーナの過去話をちらっと、そして主人公の大洗での物語の始めとして書かせて頂きました。

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