―――〝ノーネーム〟・居住区画、水門前。
七人と一匹は水樹の苗を貯水池に設置するために其処へ向かう。貯水池には先客がいたらしく、ジンとコミュニティの子供達が清掃道具を持って水路を掃除していた。
「あ、みなさん!水路と貯水池の準備は調っています!」
「ご苦労様ですジン坊っちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」
黒ウサギの言葉に、ワイワイと騒ぐ子供達が彼女の下に群がってきた。
「黒ウサのねーちゃんお帰り!」
「眠たいけどお掃除手伝ったよー」
「ねえねえ、新しい人達って誰!?」
「強いの!?カッコいい!?」
「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んでくださいね」
パチン、と黒ウサギが指を鳴らすと、子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。
数は二十人前後。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。
「(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)」
「(すご………これ全部〝ノーネーム〟の子供?だけどこれで全部じゃないのよね………)」
「(じ、実際に目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)」
「(………私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)」
「(おいおい、黒ウサギは一人でコイツらの面倒を見てたのか?)」
「(おおー!子供がいっぱいだな!)」
六人はそれぞれの感想を心中で呟く。
コホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは六人を紹介する。
「右から逆廻十六夜さん、万由里さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、五河士道さん、夜刀神十香さんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」
「あら、別にそんなのは必要ないわよ?もっとフランクにしてくれても」
「駄目です。それでは組織は成り立ちません」
黒ウサギはこれ以上にない厳しい声音で飛鳥の申し出を断じる。
「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません」
「………そう」
黒ウサギは有無を言わさない気迫で飛鳥を黙らせる。
「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言いつける時はこの子達を使ってくださいな。皆も、それでいいですね?」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二十人前後の子供達が叫ぶ。
「ハハ、元気がいいじゃねえか」
「そ……ね」
「そ、そうね」
「(………本当にやっていけるかな、私)」
「いや、幾らなんでも元気がよすぎるだろ!」
「うむ!よろしくだ!」
ヤハハと笑う十六夜。複雑そうな表情を見せる万由里・飛鳥・耀の三人。叫ぶ士道。元気に返す十香。
黒ウサギは万由里達の方に向き直り、
「さて、自己紹介も終わりましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」
「あいよ」
長年水が通っていない水路だが骨格だけは立派に残っている。しかし所々がひび割れして砂も要所に溜まっていた。
耀は石垣に立ちながら物珍しそうに辺りを見回す。
「大きい貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」
『そやな。門を通ってからあっちこっちに水路があったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろなあ。けど使ってたのは随分前の事なんちゃうんか?どうなんやウサ耳の姉ちゃん』
「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」
苗を抱えたままクルリと振り返り答える黒ウサギ。それに十六夜はキラリと瞳を輝かせた。
「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。何処に行けば手に入る?」
「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」
十六夜の問いに、黒ウサギは適当にはぐらかす。万由里は呆れたような顔で口を挟んだ。
「あんた白夜叉と戦ったばかりなのにまだ足りないの?」
「ああ。それに龍とかカッコいいし居るなら是非戦ってみたいからな」
「………そ。私は名前からして戦いたくないわ。その時は巻き込まないでくれる?」
「おう。その時は俺一人で挑むからオマエは俺の戦いを黙って見てればいいよ」
ヤハハと笑う十六夜に溜め息を吐く万由里。一方、その話を聞いていた十香が首を傾げて士道に問う。
「シドー、龍とはなんなのだ?」
「さ、さあ?俺もそんな生き物は見たことないな」
「そうか………シドーも知らぬのだな」
うーむ、と唸る十香。まあ士道達の世界に『龍』などというものは存在しなかったから仕方のないことだ。
ジンが飛び交う『龍』の話題に冷や汗を掻きながら話を戻す。
「水路も時々は整備していたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池と水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから居住区の水路を遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開きます。此方は皆で川の水を汲んできた時に時々使っていたので問題ありません」
「あら、数㎞も向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」
「はい。皆と一緒にバケツを両手に持って運びました」
「半分くらいはコケてなくなっちゃうんだけどねー」
「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んでいいなら、貯水池をいっぱいにしてくれるのになあ」
「………そう。大変なのね」
飛鳥はちょぴりガッカリしたような顔をした。
黒ウサギは貯水池の中心にある柱の台座までピョン、と大きく跳躍すると、
「それでは苗の紐を解いて根を張ります!十六夜さんは屋敷への水門を開けてください!」
「あいよ」
十六夜は貯水池に下りて水門を開ける。黒ウサギが苗の紐を解くと、根を包んでいた布から大波のような水が溢れ返り、激流となって貯水池を埋めていった。
水門の鍵を開けていた十六夜は驚いて叫ぶ。
「ちょ、少しはマテやゴラァ!!流石に今日はこれ以上濡れたくねえぞオイ!」
今日一日、散々ずぶ濡れになった十六夜は慌てて石垣まで跳躍する。十六夜を見ていた万由里も貯水池からそっと離れた。
封を解かれた水樹の根は台座の柱を瞬く間に絡め、更に水を放出し続ける。水樹の青葉は樹枝から溢れ出た水と月明かりで燦然とした輝きを放っていた。
「うわお!この子は想像以上に元気です♪」
水門を勢いよく潜った激流は、一直線に屋敷への水路を通って満たしていく。水樹から溢れた水は想像以上の量となって貯水池を埋めていった。
昔のように並々と満ちていく水源を見てジンは感動的に呟く。
「凄い!これなら生活以外にも水を使えるかも………!」
「なんだ、農作業でもするのか?」
「近いです。例えば水仙卵華などの水面に自生する花のギフトを繁殖させれば、ギフトゲームに参加せずともコミュニティの収入になります。これなら皆にも出来るし………」
「ふぅん?で、水仙卵華ってなんだ御チビ」
え?とジンは半口を開いて驚いた。『御チビ』という尊敬語と嘲笑を交えた、なんとも言えない愛称に。
「す、水仙卵華は別名・アクアフランと呼ばれ、浄水効能のある亜麻色の花の事です。薬湯に使われる事もあり、観賞用にも取引されています。確か噴水広場にもあったはず」
「ああ、あの卵っぽい蕾のことか?そんな高級品なら一個ぐらいとっとけばよかったな」
「な、何を言い出すのですか!水仙卵華は南区画や北区画でもギフトゲームのチップとしても使われるものですから、採ってしまえば犯罪です!」
「おいおい、ガキの癖に細かい事を気にするなよ御チビ」
カチン、とジンは癪に障ったように言い返そうとする。だがその前に万由里が会話に割り込んできた。
「いや、全然細かい事じゃないんだけど。あんたの監視者として犯罪行為は見過ごせないわ」
「あん?………そいつは悪かった。―――だがな、御チビ。俺は俺が認めない限りは〝リーダー〟なんて呼ばねえぜ?この水樹だって気が向いたから貰ってきただけだ。コミュニティの為、なんてつもりはさらさらない」
十六夜は万由里に謝りつつも、ジンに真剣な顔と凄味のある声で言う。それにジンは言葉に詰まり、万由里も微かに眉根を寄せた。
「黒ウサギにも言ったが、召喚された分の義理は返してやる。箱庭の世界は退屈せずに済みそうだからな。だがもし、義理を果たした時にこのコミュニティがつまらねえ事になっていたら………俺は躊躇いなくコミュニティを抜ける。いいな?」
真摯とも、威圧的とも取れる不思議な声音で十六夜は語る。それを聞いた万由里は眉を顰めていた。
しかし二人は万由里の表情には気づいていない。ジンは十六夜の言葉を聞いて覚悟するように強く頷いて返す。
「僕らは〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティです。何時までも黒ウサギに頼るつもりはありません。次のギフトゲームで………それを証明します」
「そうかい。期待してるぜ御チビ様」
一転してケラケラと軽薄な笑いを滲ませる。ジンとしてはイラッとする呼び方だが、今はそれも仕方がない事だと言葉を呑み込む。
「(初めてのギフトゲーム………僕が頑張らないと)」
水面に浮かぶ十六夜の月を見下ろし、ジンは心中で呟いた。
一方、十六夜は万由里に視線を向けて瞳を丸くした。
「………は?何で不機嫌そうな顔してんだよオマエ」
「別に。あんたの身勝手さに呆れただけよ」
「あん?そいつはどういう意味だ?もしかしてオマエが俺を監視する理由に関係するのか?」
十六夜が聞き返すが、万由里は無言で十六夜を一瞥したあと、ぷいと顔を背けてしまった。
十六夜は訳が分からず怪訝な瞳で万由里の背を見つめたが、万由里が一向に此方を向かないと悟り、深く言及するのは止めた。
十六夜から顔を背けた万由里は、不機嫌から一転して悲し気な表情をしていた。
「(………身勝手なのは私の方よね。いきなり現れては監視するだなんて………。十六夜だって〝原典候補者〟の役目さえ無ければ自由に箱庭を満喫出来るのに、ね。―――そう。私に監視されることのない自由が………)」
万由里は、十六夜が〝ノーネーム〟の
とはいえ十六夜を
十六夜が〝ノーネーム〟を脱退しないように監視するのと共に、彼の戦果を見届ける義務がある。これが万由里が箱庭に召喚された理由であり、存在する理由なのだ。
万由里は感情に流されては駄目だと、自分は『システム』なのだと言い聞かせて、フッと表情を戻して十六夜の監視に戻るのだった。
――――――――――――――――――――
屋敷に着いた頃には既に夜中になっていた。月明かりのシルエットで浮き彫りになる本拠はまるでホテルのような巨大さである。
本拠となる屋敷を見上げて驚嘆の声を上げる十香。
「おお!あれが本拠の屋敷だな!おっきいなシドー!」
「ああ、そうだな。たしかにあれは大きい」
十香の呟きに返す士道。耀も頷いて感嘆したように呟く。
「遠目から見てもかなり大きいけど………近づくと一層大きいね。何処に泊まればいい?」
「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加出来る者には序列を与え、上位から最上階に住む事になっております………けど、今は好きなところを使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」
「そう。そこにある別館は使っていいの?」
「何?別館もあるのか!?」
飛鳥の呟きに反応する十香。黒ウサギは苦笑して答えた。
「はいな、あれは子供達の館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんな此処に住んでます。飛鳥さんに十香さんが一二〇人の子供と一緒の館でよければ」
「遠慮するわ」
即答する飛鳥。しかし、十香は飛鳥とは真逆の返事をした。
「うむ!私は別館がいいぞ!」
「………え?」
「シドーも別館にするのだ!」
「お、俺は………すまん、十香。遠慮する」
十香の誘いを遠慮がちに断る士道。十香は残念そうな表情をして、
「む、そうか………では万由里。一緒に別館で住むのだ!」
「………ごめん、十香。私は十六夜の監視者だから別の館を利用するわけにはいかないわ」
万由里も十香の誘いを断り、十香は残念そうに肩を落とし、別館を諦めた。
士道と十香以外の四人は箱庭やコミュニティの質問などはさておき、『今はともかく風呂に入りたい』という強い要望の下、黒ウサギは湯殿の準備を進める。
しばらく使われていなかった大浴場を見た黒ウサギは真っ青になり、
「一刻ほどお待ちください!すぐに綺麗にいたしますから!」
と叫んで掃除に取りかかった。
六人はそれぞれに宛がわれた部屋を一通り物色し、来客用の貴賓室で集まっていた。
『お嬢………ワシも風呂に入らなアカンか?』
「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」
「………ふぅん?聞いてはいたけど、オマエは本当に猫の言葉が分かるんだな」
「うん」
『オイワレ、お嬢をオマエ呼ばわりとはどういうことや!調子乗るとオマエの寝床を毛玉だらけにするぞコラ!』
「駄目だよ、そんなこと言うの」
三毛猫を注意する耀。その様子に士道と十香も驚嘆の声を上げた。
「へえ。耀は猫と会話できるんだな」
「うむ。耀は中々羨ましいギフトを持っているのだな!」
「そ、そうかな?」
照れくさそうに頬を掻く耀。そんな耀に飛鳥は聞きにくそうに質問する。
「出過ぎたことを聞くけど………春日部さんに友達が出来なかったのはもしかして」
「友達は沢山いたよ。ただ人間じゃなかっただけ」
それ以上の詮索を拒否する耀の声音に、飛鳥は口を塞ぐ。廊下から黒ウサギの声がしたのはそれからすぐの事だった。
「ゆ、湯殿の用意が出来ました!女性様方からどうぞ!」
「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君、士道君」
「俺は二番風呂が好きな男だから特に問題ねえよ」
「俺も別に順番とかは気にしないよ」
「うむ。では先に入らせてもらうぞシドー!十六夜!」
女性四人は真っ直ぐに大浴場に向かう。士道は自分の部屋に戻って明日の準備を整える。
一人になった―――否、十六夜の下に万由里が残り、この場には二人いた。
「………オマエは入らないのか?」
「知ってて聞いてるわよね、あんた」
「バレたか」
ヤハハと笑う十六夜。万由里は呆れたような顔をした後、スッと真剣な表情で十六夜を見つめ、
「ねえ、十六夜」
「なんだ?」
「もし………もし、私の消滅が必然だとしたらあんたは―――どう思う?」
「は?」
唐突な質問に、十六夜は素っ頓狂な声を漏らす。だがすぐにスッと瞳を細めて、
「………オマエがどういう意味でそれを俺に告げたのか分からねえが―――少なくとも俺は簡単にはオマエに同情したりはしねえよ」
無感情に告げる十六夜。それを聞いた万由里は………そ、っと返して、
「それが聞けて安心した。ありがとう―――十六夜」
「は?………別にオマエにお礼を云われる筋合いはねえよ」
変なヤツだな、と十六夜は返し、
「まあ、それはさておきだ。―――今のうちに、外の奴らと話をつけなくちゃな。オマエも来るんだろ?」
「ええ。私はあんたの監視者なんだから当然ね」
「そか。なら、行くか」
「ん」
十六夜は立ち上がると、外へと向かう。その後ろを万由里が続く。
しかし十六夜は気づいていた。万由里の無表情な顔に、微かに憂いが含まれていたことに。
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