談話室に入って来た金髪の少女を見た黒ウサギは、驚きの声を上げた。
「レ、レティシア様!?」
「様はよせ。今の私は他人に所有される身分。〝箱庭の貴族〟ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ」
黒ウサギに様付けされて苦笑いを浮かべるレティシアと呼ばれた少女。
美麗な金の髪を特注のリボンで結び、紅いレザージャケットに拘束具を彷彿させるロングスカートを着た少女だが、黒ウサギの先輩と呼ぶには随分と幼く見えた。
「こんな場所からの入室で済まない。ジンには見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」
「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶を淹れるので少々お待ちください!」
久しぶりの仲間に、レティシアに会えた事が余程嬉しかったのか、黒ウサギは小躍りするようなステップで談話室を出て茶室に向かう。
その様子を苦笑して見送ったレティシアは、まず自分と同じ金髪の少女―――万由里に訊ねる。
「君はたしか白夜叉の言っていた万由里か?」
「ん、そうだけど………なに?」
「ああ。私は気配を完全に消せていたと自負していたのだが………どうして分かった?」
レティシアが問うと、万由里はああ、と答えた。
「それは私が監視する側だったからかもね。逆に監視された事が
「………そうか」
万由里がどういう存在だったのかは、白夜叉から聞いていたためレティシアは深く言及しなかった。
〝余り〟というのは、外界で万由里はちょくちょく誰かに監視されていたのを感じ取っていたからだ。
その〝誰か〟とは、士道と同じように万由里の姿を視認出来る―――時崎狂三という精霊の少女のことだが。
複雑な表情をするレティシアだが、ふと十六夜の奇妙な視線に小首を傾げた。
「どうした?私の顔に何かついているか?」
「別に。前評判通りの美人………いや、美少女だと思って。目の保養に観賞してた」
十六夜の真剣な回答に、レティシアは心底楽しそうな哄笑で返す。
口元を押さえながら笑いを噛み殺し、なるべく上品に装って席についた。
「ふふ、なるほど。君が十六夜か。白夜叉の話通り歯に衣着せぬ男だな。しかし観賞するなら黒ウサギも負けてないと思うのだが。あれは私と違う方向性の可愛さがあるぞ」
「あれは愛玩動物なんだから、観賞するより弄ってナンボだろ」
「ふむ。否定はしない」
「否定してください!」
紅茶のティーセットを持ってきた黒ウサギが口を尖らせて怒る。その様子を呆れたような顔で見つめる万由里。
「レティシア様と比べられれば世の女性の殆んどが観賞価値のない女性でございます。黒ウサギだけが見劣るわけではありませんっ」
「いや、全く負けちゃいねえぜ?違う方向性で美人なのは否定しねえよ。好みでいえば黒ウサギの方が断然タイプだからな」
「………そ、そうですか」
十六夜の不意打ちの言葉に、黒ウサギは思わず頬とウサ耳を紅くした。それにレティシアがふむ、と何やら考え込み、
「………黒ウサギ。まさか私は無粋な事をしたか?逢い引きの最中だったとか」
「め、滅相も―――って万由里さんの監視下で逢い引きするお馬鹿様はいないのですよレティシア様!?」
「ん、それもそうか」
黒ウサギが顔を真っ赤にして声を上げるのを楽しそうに見つめるレティシア。
万由里はスッと瞳を細めて黒ウサギと十六夜を見つめた。
「そうね。私が監視しているからにはその男に変態行為はさせないわ。………ただし」
「………ただし?」
「………あんたたちが互いにそれを望むなら―――少しの間だけ、席を外してあげてもいいけど?」
「!!?」
万由里の悪戯っぽい笑みから発せられた言葉に、黒ウサギはますます顔を真っ赤にさせて俯く。
それを聞いた十六夜はニヤニヤと笑い、
「そうだな。なら早速で悪いんだが………オマエらは出ていってくれ」
「え!?」
「ああ、分かった。行こうか万由里」
「ん、そうね」
「え!?ちょ、ちょっと待―――」
「「「冗談(だ・よ)」」」
「だと思いましたよ!!」
黒ウサギは三人に弄ばれガクリと肩を落とす。ニヤニヤと笑う十六夜・万由里・レティシア。
黒ウサギはコホン、と咳払いすると気を取り直してレティシアに訊ねた。
「………それはそうと、レティシア様はどのようなご用件ですか?」
「用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ。ジンに会いたくないというのは合わせる顔がないからだよ。お前達の仲間を傷つける結果になってしまったからな」
それを聞いて黒ウサギはハッと思い出す。
「では、ガルドに手を貸したのはやはりレティシア様だったのですか」
「ああ。純血の吸血鬼であるこの私が、あの虎に〝鬼種〟を与えたよ」
レティシアが自白すると、黒ウサギの表情が複雑になる。そんな二人とは裏腹に、十六夜は納得したように手を叩き、
「吸血鬼?なるほど、だから美人設定なのか」
「は?」
「え?」
「………はぁ」
「いや、いい。続けてくれ」
目が点になるレティシアと黒ウサギ。溜め息を吐く万由里。十六夜はヒラヒラと手を振って続きを促す。
「実は黒ウサギ達が〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似を………と憤っていた。それがどれだけ茨の道か、お前が分かっていないとは思えなかったからな」
「……………」
「コミュニティを解散するよう説得するため、ようやくお前達と接触するチャンスを得た時………看過出来ぬ話を耳にした。神格級のギフト保持者が、黒ウサギ達の同士としてコミュニティに参加したとな」
黒ウサギと万由里の視線が十六夜に移る。恐らく白夜叉に聞いたのだろう。
「そこで私は一つ試してみたくなった。その新人達がコミュニティを救えるだけの力を秘めているのかどうかを」
「結果は?」
黒ウサギが真剣な双眸で問うと、レティシアは苦笑しながら首を横に振った。
「生憎、ガルドでは当て馬にもならなかったよ。ゲームに参加した彼女達はまだまだ青い果実で判断に困る。………こうして足を運んだはいいが、さて。私はお前達に何と言葉をかければいいのか」
自分でも理解できない胸の内にまた苦笑するレティシア。そんな彼女を、十六夜は呆れたように笑う。
「違うね。アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見て、安心したかっただけだろ?」
「………ああ。そうかもしないな」
十六夜の言葉に首肯するレティシア。しかしその目的は果たされず、何もかもが中途半端に進行してしまって自嘲が拭えないレティシア。しかし十六夜は軽薄な声で続ける。
「その不安、払う方法が一つだけあるぜ」
「何?」
「実に簡単な話だ。アンタは〝ノーネーム〟が魔王を相手に戦えるのかが不安で仕方がない。ならその身で、その力で試せばいい。―――どうだい、元・魔王様?」
スッと立ち上がる。やっぱりそうなったか、と万由里は頭を抱えた。
レティシアは、十六夜の意図を理解して一瞬唖然としたが、すぐに哄笑に変わり、弾けるような笑い声を上げて涙目になりながら立ち上がる。
「ふふ………なるほど。それは思いつかなんだ。実に分かりやすい。下手な策を弄さず、初めからそうしていればよかったなあ」
「ちょ、ちょっとお二人様?」
「ゲームのルールはどうする?」
「どうせ力試しだ。手間暇かける必要もない。双方が共に一撃ずつ撃ち合い、そして受け合う」
「地に足をつけて立っていた者の勝ち。いいね、シンプルイズベストって奴?」
笑みを交わし二人は窓から中庭へ同時に飛び出し、そこから十間ほど離れた中庭で向かい合い、レティシアは天、十六夜は地に位置していた。
「へえ?箱庭の吸血鬼は翼が生えてるのか?」
「ああ。翼で飛んでいる訳ではないがな。………制空権を支配されるのは不満か?」
「いいや。ルールにはそんなのなかったしな」
飄々と肩を竦める十六夜。立ち位置からして十六夜に不利な戦いだが、彼は別段それを口にする事もなく構える。レティシアはその態度をまず評価した。
「(なるほど。気構えは十分。あとは実力が伴うか否か………!)」
満月を背負うレティシアは、微笑と共に黒い翼を広げ、己のギフトカードを取り出した。
黒ウサギは、金と紅と黒のコントラストで彩られたギフトカードを見て蒼白になり、叫ぶ。
「レ、レティシア様!?そのギフトカードは」
「下がれ黒ウサギ。力試しとはいえ、コレが決闘である事に変わりない」
ギフトカードが輝き、光の粒子が収束して外殻を作り、突然爆ぜたように長柄の武具が現れる。
「互いにランスを一打投擲する。受け手は止められねば敗北。悪いが先手は譲ってもらうぞ」
「好きにしな」
投擲用に作られたランスを、レティシアは掲げる。
「ふっ―――!」
レティシアは呼吸を整え、翼を大きく広げると、全身を撓らせた反動で打ち出し、その衝撃は空気中に視認できるほど巨大な波紋が広がった。
「ハァア!!!」
怒号と共に放たれたランスは瞬く間に摩擦で熱を帯び、一直線に十六夜に落下していく。
流星の如く大気を揺らして舞い落ちるランスの先端を前に、十六夜は牙を剥いて笑い、
「カッ―――しゃらくせえ!」
殴りつけた。
「「―――は………!??」」
「………やっぱり、すご」
素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。万由里は相変わらずの規格外な十六夜の力にただ驚く事しか出来ない。
鋭利に研ぎ澄まされ、大気の壁を易々突破する速度で振り落とされたランスは、鋭い尖端も巧緻に細工された柄も、たった一撃で拉げてただの鉄塊と化し、さながら散弾銃のように無数の凶器となってレティシアに向けられた。
「(ま、まずい………!)」
なんと馬鹿馬鹿しい破壊力。これは受けられないから避けなければ。
しかし思考に体が追いつかず―――否、追いついても今の彼女には退く事など不可能だ。
第三宇宙速度に匹敵する馬鹿馬鹿しい速度で迫る凶弾なのだから。
「(こ………これほどか………!)」
着弾する間際、苦笑が漏れた。尋常外の才能を目の当たりにしたレティシアは、自分の目測の甘さを恥じ入り、だが同時に安堵した。
レティシアは、これほどの才能ならばあるいは………と、血みどろになって落ちる覚悟を決めた時、
「レティシア様!」
レティシアの鼻先まで迫った鉄塊を、黒ウサギが窓から飛び出して払い落とす。レティシアは驚愕しながら黒ウサギを抱き止め、翼を畳んで落下する。
「く、黒ウサギ!何を!」
レティシアが声を上げる。それは、黒ウサギの手に握られていた、彼女から掠め取ったギフトカードに対する抗議の声だ。
しかし黒ウサギはその抗議には乗らず、レティシアのギフトカードを見つめ震える声で向き直る。
「ギフトネーム・〝
「っ………!」
さっと目を背けるレティシア。窓から飛び出した万由里は、十六夜とほぼ同時にレティシアへと歩み寄る。十六夜は白けたような呆れた表情で肩を竦ませた。
「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの?」
「………はい。武具は多少残してありますが、自身に宿る
黒ウサギが答えると、十六夜は隠す素振りもなく盛大に舌打ちした。
「ハッ。どうりで歯応えがないわけだ。他人に所有されたらギフトまで奪われるのかよ」
「いいえ………魔王がコミュニティから奪ったのは人材であってギフトではありません。武具などの顕現しているギフトと違い、〝恩恵〟とは様々な神仏や精霊から受けた奇跡、云わば魂の一部。隷属させた相手から合意なしにギフトを奪う事は出来ません」
それはつまり、レティシアが自分から魔王にギフトを差し出したという事だ。三人の視線を受けて苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らすレティシア。黒ウサギも苦い顔で問う。
「レティシア様は鬼種の純血と神格の両方を備えていたため〝魔王〟と自称するほどの力を持てたはず。今の貴女はかつての十分の一にも満ちません。どうしてこんなことに………!」
「………それは」
レティシアは言葉を口にしようとして呑み込む仕草を幾度か繰り返し、結局は打ち明けるには至らず、口を閉ざしたまま俯いてしまった。十六夜は頭を掻きながら鬱陶しそうに提案する。
「まあ、あれだ。話があるならとりあえず屋敷に戻ろうぜ」
「………そう、ですね」
黒ウサギとレティシアは沈鬱そうに頷く。だが万由里だけは違和感を感じたのか、立ち止まって振り返っていた。
それを不思議に思った十六夜は、万由里に訊ねる。
「………どうした?向こうに何かいんのか?」
「うん。なんていうか………誰かに見られている気がするのよね」
「何?」
遠方を睨みながら言う万由里に、三人も立ち止まって振り返ったその時―――遠方から褐色の光が四人に射し込んだ。