「ジン坊っちゃーん!新しい方を連れてきましたよー!」
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」
「はいな、こちらのお四人様が―――って女性二人!?」
ジン坊っちゃんと呼ばれたダボダボローブを身に纏う緑髪の少年の言葉にハッとした黒ウサギは振り返り、飛鳥と耀しかいないことに気づき固まる。
「嘘ォ!?もう二人いたはずなんですけど………。目付きと口が悪い問題児オーラ出まくりの殿方と、涼やかな表情で笑顔を見せないクールなお嬢さんが」
「ああ、十六夜君と万由里さんのこと?十六夜君なら〝ちょっと世界の果てを見てくるぜ!〟と言って駆け出し、万由里さんも〝十六夜を監視するのが私の役目だから〟と言って飛んでいったわ。あっちの方に」
飛鳥は断崖絶壁を指差して告げる。
黒ウサギは呆然と暫し立ち尽くし、次の瞬間、ウサ耳を逆立てると二人に問いただした。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「〝止めてくれるなよ〟と十六夜君に、〝私が連れ戻すから〟と万由里さんに言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「〝黒ウサギには言うなよ〟と十六夜に、〝邪魔だから言わなくていい〟と万由里に言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒臭かっただけでしょうお二人さん!―――って邪魔は酷いのですよ万由里さん!?」
「「うん。あ、でも万由里(さん)の言葉は本当(だから・よ)」」
ガクリ、と前のめりに倒れる。主に万由里に邪魔扱いされたことによって黒ウサギのハートは深い傷を負ってしまった。
その一方で、ジンは蒼白になって叫んだ。
「た、大変です!〝世界の果て〟にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」
「「幻獣?」」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」
「あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」
「冗談を言っている場合じゃありません!」
ジンは必死に事の重大さを訴えると、二人は思い出したように呟く。
「………あ、でも十六夜君を追いかけていった万由里さんは人間じゃなくて精霊みたいだから平気かもしれないわね」
「………え?精霊ですか?」
「うん。しかも万由里はケルビエルっていう天使の管理なんたらとか言ってたから………大丈夫そうかな」
「は?天使ですか!?」
天使と聞いて驚きの声を上げるジン。
そのジンの驚きように二人も驚いたような表情をした。
一方、黒ウサギは溜め息を吐きつつ立ち上がる。
「はあ………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、お二人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児を捕まえに参ります。万由里さんも黒ウサギを邪魔扱いしてくれたようですが―――〝箱庭の貴族〟と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、二人纏めて骨の髄まで後悔させてやります」
悲しみから復活した黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、青みがかった黒髪を淡い緋色に染め上げると、猛スピードで地を駆けて万由里達を捕まえに向かうのだった。
――――――――――――――――――――
その頃。万由里は森の上を飛び、十六夜は森の中の地を駆けていた。
二人の速度は風を抜き去り音速を叩き出しながら疾走している。
十六夜はふと上空を見上げて笑みを浮かべた。
「へえ?本気を出していないとはいえ、俺についてこれるとは思わなかった」
「精霊を舐めるものじゃないわよ。―――それよりあんたこそ本当に人間?明らかに人の域を超えてるんだけど」
「生憎だが俺は人間様だぜ?―――っと、そろそろ視界が開けそうだな」
ヤハハと笑って返す十六夜。すると森を抜けて大河の岸辺に出た。
十六夜は足を止めて感嘆の声を上げた。
「へえ………こいつは中々いい景色じゃねえか」
神秘的な光景に、万由里も岸辺に降り立つと思わず声を漏らし見入っていた。
「わぁ………」
子供が喜んでいるような表情を見せる万由里。
それに気がついた十六夜は、ニヤニヤと笑って見つめた。
「………何よ?」
「別に。ただオマエもそういう表情をするんだな、って思っただけだよ」
「………っ」
十六夜の言葉に先程ポーカーフェイスが崩れていた事を悟った万由里は、パンパンと両頬を叩いて気を引き締め直す。
監視者がこんなことで弛んでいるわけにはいかないと。
十六夜はその様子をニヤニヤと笑って見つめていると、
『―――此処は我が領域だぞ人間。早急に立ち去るがいい』
「え?」
「あん?」
突如何者かに声をかけられて振り返る二人。
するとそこには―――身の丈三十尺強はある巨躯の大蛇が大河から姿を現した。
そしてその反動で水飛沫が上がり、岸辺にいた二人に雨のように降り注ぎ全身を濡らした。
「「……………」」
沈黙する二人。
それに大蛇は鎌首を動かして彼らに問おうとした―――その瞬間。
『どうした?貴様ら―――』
「せっかく乾いたと思ったのに、水飛沫なんざ上げんじゃねえよこの駄ヘビッ!!」
怒りと共に大蛇の懐に飛び込んだ十六夜は、その胴体を容赦なく蹴りつけた。
完全に八つ当たりである。
『は?―――ガアッ!!?』
強烈な十六夜の蹴りを受けた大蛇は、苦悶の声を上げて大河に倒れ落ちた。
その反動により発生した特大の水飛沫が滝のように降り注ぎずぶ濡れになる二人。
「「……………」」
再び訪れる沈黙。
するとそんな空気をぶち破るかのように森を抜けて大河の岸辺に出た黒ウサギが呟く。
「この辺りのはず………あ、いた!」
黒ウサギはすぐさま二人を発見して駆け寄ると、ウサ耳を逆立てて問いただした。
「もう、一体何処まで来ているんですか!?」
「………ん?あれ、オマエ黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」
「え?………あ、本当だ。血でも浴びてきたの?」
「そんなわけ―――ってその例えは怖すぎですよ万由里さん!?」
すかさずツッコミを入れる黒ウサギ。
十六夜はケラケラと笑いながら黒ウサギの脚を見つめ、
「しかしいい脚だな。精霊様の速度に合わせて走っていたとはいえこんな短時間で俺達に追いつけるとは思わなかった」
「むっ、当然です。黒ウサギは〝箱庭の貴族〟と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギ―――って、アレ?」
黒ウサギはふと疑問に思い首を傾げる。
それが気になった万由里は尋ねた。
「………どうしたの?」
「え?あ、いえ!何でもないのですよ!」
黒ウサギは慌てて両手を振ると、万由里と十六夜を見回してホッと息を吐いた。
「ま、まあ、それはともかく!お二人さんが無事でよかったデス。てっきり水神のゲームに挑んだのかと思い、肝を冷やしていましたよ」
「水神?もしかして―――アレのことか?」
「………え?」
十六夜の呟きに固まる黒ウサギ。
そして十六夜が指差した川面に薄っすらと浮かぶ大蛇。
黒ウサギが理解する前に大蛇は鎌首を起こし、
『小僧ォ!!さっきはよくもやってくれたな!?』
「は?―――ッ、蛇神………!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」
黒ウサギの問いに一部始終を見ていた万由里が話した。
「その大蛇の登場が原因で乾いた全身がずぶ濡れになって、その腹いせで十六夜が蹴り飛ばした」
「なっ、」
万由里の話を聞いて呆れたような表情で十六夜を見つめる黒ウサギ。
十六夜は気にする事なく蛇神を軽薄な笑みで見つめた。
「へえ?まだやれるみてえじゃねえか」
『当たり前だ人間。我がこの程度の事で倒れるか!!』
蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。
そんな蛇神に万由里は半眼を作り指摘した。
「倒れるか、って言われてもね。実際、あんたはさっきまで倒れてたじゃない」
『何!?小娘、貴様も我を愚弄するか!!』
「ちょ、万由里さん!?」
蛇神が万由里を鋭い眼光で睨みつけ、黒ウサギも慌てて止めに入る。
万由里は首を傾げて続けた。
「何で止めるのよ黒ウサギ。私は事実を述べただけなんだけど」
「だ、だから!そういうことは思っていても口に出してはいけないのですよ!?」
黒ウサギが万由里に注意すると、蛇神は黒ウサギを睨みつけて、
『………貴様も我に消されたいようだな!〝月の兎〟!!』
「何でそうなるんですかあああああああ!?」
黒ウサギは絶叫を上げる。
それを十六夜は楽しそうに笑い、
「オマエら面白いな!だが残念。コイツは俺の獲物だ。手を出すなよ黒ウサギ、万由里!」
「ん、わかった。―――監視者としてあんたの力を見てみたかったから、今が丁度いいかな」
「ああ、そういえばそんなことになってたな。………いいぜ。俺の力を見せてやるよ。―――まあ尤も、コイツが俺の全力をぶつけるに値する存在ならの話だがな」
ヤハハと笑う十六夜。
これには蛇神の堪忍袋の緒が爆発した。
『そうか………ならその戯言が―――――貴様の最期だッ!!』
蛇神は怒号と共に竜巻く水柱を計三本作り、それらを束ねて巨大な水柱へと変化させて十六夜に放つ。
「い、十六夜さん!」
危機を察した黒ウサギが叫ぶがもう遅い。
竜巻く水柱は川辺を抉り、木々を捻じ切り、十六夜の体を激流に呑み込む―――!
「―――ハッ―――しゃらくせえ!!」
それを十六夜は笑って―――腕の一振りで薙ぎ払った。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
「………すご」
驚愕する二人と驚嘆を漏らす万由里。
蛇神は全霊を無力化され放心し、十六夜は獰猛に笑って跳躍。
「ま、中々だったぜオマエ」
蛇神の胸元に飛び込んだ十六夜は、その胴体を蹴り上げ、蛇神を空中高く舞わせたのち川に落下した。
その衝撃で川が氾濫。それに気づいた万由里は翼を羽ばたかせて上空へ逃げた。
また全身を濡らした十六夜はバツが悪そうに川辺に戻った。
「くそ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ」
冗談で言った十六夜の声は黒ウサギに届かなかった。
どうやら唖然としたまま固まってしまったらしい。
十六夜はそんな黒ウサギをどうからかってやろうか思案していたところに、上空に逃げていた万由里が降り立った。
それに十六夜が振り向き感想を聞く。
「ヤハハ。それで、どうだった?オマエから見た俺の実力の程は。まあ、まだまだ本気じゃないけどな」
「うん。何て言うか、本当にすごい。あんな巨体を打ちのめせるなんて、あんた本当に人間なの?」
「それはさっきも聞かれたんだが………おう。ありがとよ」
ヤハハと笑って返す十六夜。
そして十六夜は回れ右をして、黒ウサギの背後に立ち、
「いい加減戻ってこねえと胸とか脚とか揉むぞ?」
「え、きゃあ!」
十六夜が黒ウサギの豊満な胸と脚の内股を揉もうとしていた。
黒ウサギは悲鳴を上げて十六夜を押し退けて飛び退き叫んだ。
「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの貞操に傷をつけるつもりですか!?」
「二百年守った貞操?うわ、超傷つけたい」
「お馬鹿!?いいえ、お馬鹿!!!」
疑問形から確定形に言い直して十六夜を罵る黒ウサギ。
万由里は冷たい視線で十六夜を睨み、
「安心して黒ウサギ。この男が変態行為に走らないようにそういう意味でも監視の眼は光らせておくから」
「万由里さん!ありがとうございます―――って、じゃあ何でさっきは助けてくれなかったんですか!?」
「え?う、それは………ごめん。気づけなかった」
「早速信用できなくなったのですよ!?」
黒ウサギに指摘されて気まずそうに視線を逸らす万由里。
その様子を十六夜はニヤニヤと笑って二人を見つめた。
気を取り直して黒ウサギは蛇神の方に目を向けて十六夜に尋ねた。
「と、ところで十六夜さん。その蛇神様はどうされます?というか生きています?」
「命まで取ってねえよ。戦うのは楽しかったけど、殺すのは別段面白くもないしな。〝世界の果て〟にある滝を拝んだら箱庭に戻るさ」
「ならギフトだけでも戴いておきましょう。ゲームの内容はどうあれ、十六夜さんは勝者です。蛇神様も文句はないでしょうから」
「あん?」
十六夜が怪訝な顔で黒ウサギを見つめ返す。
万由里は涼やかな表情で黒ウサギに問う。
「アレってゲームの内に入るの?ほとんど十六夜の八つ当たりだったと思うけど」
「そういうオマエも濡れた時不機嫌そうな顔してたけどな?」
ニヤニヤと笑って万由里を見つめる十六夜。
万由里は素知らぬ顔で視線を逸らした。
万由里の話を聞いた黒ウサギはキョトンとした顔で驚く。
「へ?てっきりギフトゲームに挑んだのかと思いましたよ?………ですが十六夜さんはご本人を倒されましたし、きっと何か戴けるはずです♪」
「「図々しいウサギ(ね・だな)」」
「勝手な行動をしたお二人には言われたくないのですよ!」
キッと睨み返す黒ウサギ。
まあ、それはさておきと黒ウサギは蛇神の下へ向かおうとした。
しかし十六夜は不機嫌な顔で黒ウサギの前に立ち阻んだ。
「―――――」
「な、なんですか十六夜さん。怖い顔をされていますが、何か気に障りましたか?」
「………別にィ。オマエに何を言われようが俺は気にしねえ。―――けどな、黒ウサギ」
フッと軽薄な笑みを消した十六夜。
それに黒ウサギの表情が強張る。
十六夜はスッと瞳を細めて黒ウサギに問いただした。
「オマエ、何か決定的な事をずっと隠しているよな?」
指摘・意見・感想等お待ちしております。
万由里の監視任務が始まりました。
なぜ十六夜が監視対象者なのかは、分かる人には分かると思います。
次回は白夜叉登場までを予定して書こうと思います。