俺はこの男性が言った言葉どうにも理解することができなかった。
……木曾?この俺が?いや、そんなことはない。木曾の乗組員ということなら確かにそうだから理解はできるが彼は確かに今、俺のことを木曾と呼んだ。
彼の身なりは白色を基調としていて両肩に黒のラインが入っていてそれはまるで海軍の司令官のような服装だった。
彼は俺に向かって少しおどけたような口調で言った。
「気分はどうかな?まぁ、初対面の男性にいきなりそんなこと聞かれても女性からしたら不安を覚えるかな……?」
「……何を言ってるんだ?俺は……え?」
今のは俺が言ったのだろうか……でも今の声はどっからどう聞いても女性の声、しかも結構若い。俺はまず男だしあんな声出したことない。つまりあの声の主が俺であるはずない。でも言おうと思っていた言葉をそっくりそのまま今の声は言った。それに彼は今俺のことを女性といった。
彼も困惑しているようで怪訝な表情でさらに俺を困惑させる引き金を引いた。
「えっと……君は女性だよね?だって、明らかに女性の身なりをしてるし、なにより胸があるじゃないか……自分で確認してみたらどうだい?」
そう言われると俺は今まで前方しか向けていなかった視界を自分の体の方へ移した。そして俺は絶句してしまった。俺が着ていた服とは全く違っていてその服装はこれもまた彼の服よりかは多くないが白を基調としていて、襟の部分は濃い緑色で成り立っていて、赤いスカーフがネクタイのように添えられている。さらにはへそのあたりが露出していて、スカートを俺は着用していた。挙句の果てに、彼が言ったとおり胸部には男には決してあるはずのない二つの膨らみが今の俺の体にはあった。
さらに俺は恐る恐る先ほどから視界に入っていた髪の毛に触れてみた。すると目が覚める前、つまり木曾と共に沈む前の俺の髪の毛とは思えないほどさらさらとした感触、そして背中まで重みの感じる感触。これは紛れもない女性の体、俺の体は彼の言っていたとおり女性になっていた。
正直、今の状況が把握できない。まず死んだと思っていたのに突然目が覚めて目の前には見たこともなく、何故か俺のことを木曾と呼ぶ男性が一人。そして何故か男だったはずの俺の体が女性になっていて、体も女性になっているということはさっきの声も俺の声ということになる。
結論は俺は何故か木曾という女性として蘇っていたということだ。
ちょっと無理があると思うが、今考えられるとしたらこのくらいしかなかった。
俺は生前の事情を伏せたまま彼に恐る恐る聞いてみた。
「なぁ、アンタは一体誰なんだ?それになぜ木曾という名前なんだ?」
「あれ?自分では分かってないのか……ま、いいか。まず僕は一応最近提督としてこのラバウル基地に着任した者だよ。そして次の質問の答えだけど……本当に分からないの?」
「提督だというのか、お前みたいなやつがか?……それにしても木曾って言ったら軽巡艦だろう?こんな女が軽巡艦と同じ名前の理由など分かるわけがない」
「そう、その木曾だよ。君は艦娘という元々は艦船だった存在が少女の形になったものなんだよ」
彼は頭が残念な方向に進んでしまった痛い方なんだろうか……。それとも俺のように死んでしまった者を少女の形にして転生させるという高度な技術を残念な方向にもっていってしまった変態なのだろうか……どちらにせよ、まともに相手をしてはいけないような気がする。
俺は彼から距離を置くように離れると彼は焦ったように俺を引き留める。
「ちょっと待って!そんなに信じられないなら、これを着けてみてもらえる?」
そういって彼が見せてきたのは一つの単装砲。だがそれは俺がよく見てきたものだった。
「これは、木曾の14㎝単装砲……?これを俺が着けれるっていうのか?」
「あぁ、着けれるはずだよ。背中にこう、ちょちょいっとね……」
彼は単装砲を持ちながら俺の背後に回ると何やら作業を始めて、しばらくすると彼は俺を見て頷く。
「よし、これで装着できたはずだよ。どうだい、自分の艤装は」
確かに何故だろう、俺には見たことしかなくて着けることなんて初めてなのにこれほどまでにしっくりとくる装着感。そして何よりこの単装砲の重さ、本当の弾を積んでいるのだろうか。そして今までのことまで考えると俺は本当に男から木曾という艦船が女性化した艦娘とやらになってしまったのだろう。
俺は背中に着いている単装砲を見つめる。今は俺が木曾ということらしいが、俺が男の時は木曾がこの単装砲で奮戦していたと考えるとよく頑張ったと褒めてやりたい。なんせ、これは重過ぎる……。単装砲一つでこんなにまで腰に来るものなのかと思う。しかも本当の木曾なら確かこの単装砲を7門の他に魚雷や高角砲も積んでいたような気がする。いくら元々が艦船だったとしても女性化してしまうと体の大きさの問題で積める量が減ってしまうらしい。積めるとしてもあと1門くらいだろう。
さらに俺は自分の手や足を眺めてみると生前の俺だったらあり得ないくらい白くて柔らかそうな肌、毛一つないすべすべとした二の腕と足。これが女性の体……これもまた新鮮だ。まさか男から女性になるなんて思ってもみなかったから女性の仕草なんて知ったこっちゃない。
しかも先ほどまで女性だというのに一人称を「俺」と言っていたことを思い出してしまった。これは女性らしからぬ口調だ。でも今更口調を変えても余計変に思われるだけだろう。だったらこの口調を突き通したほうがよさそうだ。
「なかなかにいい感じだ、俺は本当に木曾……なんだな……」
「そうだよ、君は球磨型5番艦、木曾だ。さて、これでやっと僕の艦隊が12人になったよ!これからよろしく、木曾!」
まるで新品の玩具を買ってもらった子供の様にはしゃぎながら俺の両手をギュッと握るとブンブンと上下に振る。余程嬉しいのだろう、コイツの笑みは希望に満ち溢れている。
俺が死ぬ直前までの乗組員のみんなはとてもじゃないがこんなにいい表情は出来ないだろう。
「あ、あぁ……よろしく頼む……ところで俺が艦娘ということは分かった。んで俺は何をすればいいんだ?わざわざ艦船が女性になっているんだ、それなりの仕事があるんだろ?」
「そっか、自分が艦娘だということが分からなかったから艦娘が何をするのかも分からないのか……じゃあとりあえずずっとここで話しているのもなんだから、僕の部屋まで行こうか。付いてきてくれ」
彼は俺を連れて今いた部屋から出た。しばらく歩いているとそこには提督室と書かれた部屋が目に入ってきた。どうやらここが彼の部屋らしい。
「さ、入ってくれ。本当だったら秘書艦がいるんだけどね、生憎今は取り込み中で来れないんだよ」
部屋を見渡す限り、何の変哲もない本当にただの部屋だ。まぁ、いくら提督と言っても部屋とかが特別になっているわけではないか。
彼は部屋の一番中央に位置している椅子に腰かけると俺に向かって口を開いた。
「さて、それじゃ木曾が気になっている本題だけど。まず艦娘はもともと艦船が女性化した者ということは言ったけど、その艦娘が何をするかというと、今の海では僕たち人類は制海権を失ってしまった。その理由が「深海棲艦」という存在のせいなんだ。奴らは君たちと同じように駆逐艦、軽巡洋艦、ましてや戦艦だって存在している。今の時代に艦船なんて存在しないし、たとえ艦船で挑めたとしても奴らの良い的にされるだけだ……」
「そこで俺のような艦娘達がお前の指揮の下、「深海棲艦」とやらに太刀打ちしようってことか?」
「そういうこと」と彼が言うとそのまま机の引き出しの中から書類を取り出し広げると、俺に見せてくる。そこには海域なのだろうか、ところどころに点々と×印がついている。もしかしたらこの×印のところが攻略すべき海域なのかもしれない。
それにしても俺が生まれ変わった時代は俺がいた頃よりも相当技術が発展していそうだ、その理由はまず部屋の設備などを見ればわかる。先ほど何の変哲もない部屋といったが、それは俺がいつもいたのが少し位の高い階級の位置にいたからだ。俺はいつもそういった設備が整った環境で責務を全うしていたからあまり考えれてなかったが、彼のような新人の提督でもこれほどまでの設備を用意してくれるということはそれくらい技術が発展しているということだ。
そしてもう一つの理由が今の時代に艦船がないと言っていたことだ。技術が発展しているということが第一の理由で分かる、そして艦船が存在しないとなると今の時代は俺がいた時代より後だということが分かる。
そうなると俺ははるか未来の時代で蘇ってしまったようだ。アイツらは無事にあの後帰投することができたのだろうか……いやはや、今考えてみるとアイツらに悪いな。もう年が経って皆は生きているのかは分からないが大半は死んでしまっていると思う。なのに俺は木曾という女性として新たな人生を歩んでしまっていると考えると……本当、死んでしまった皆には頭が上がらないな。
「……木曾、大丈夫かい?表情がかなり落ち込んでいるように見えるけど」
「……えっ?あ、大丈夫だ、なんでもない。気にするな」
「そうかい?ならいいけど……まぁ、それで今僕に任されている任務がこの海域……「南西諸島海域」の攻略だ。現状の成果は「カムラン半島」と「バシー島沖」の攻略が完了している。そして次に攻略しようとしているのが「東部オリョール海」という海域だ。それについては……」
彼が作戦を俺に伝えようとしたその時だった。提督室の扉がバーンッと大きな音を立てて開かれた。そしてそこから5人ほど姿を現した。
「よっす!帰投してきたぜぇ~提督ぅ!」
「お、隼鷹たちか……よく無事で帰ってきてくれたな。お疲れさま」
「無事っていうけど、それほど危険のない遠征なんだから危機感とか感じるわけないよー?」
「油断はだめですよ、北上さん。いくら遠征でもいつ敵艦と遭遇するかわからないんですから……」
「むぅ……飛龍っちは相変わらず慎重すぎるんだよ、もう少し気楽にいってもいいと思うんだけどなー」
隼鷹と呼ばれた俺と同じ艦娘らしき人を始め、次々と提督室に入ってくるなりきちっとしている者もいれば、北上と呼ばれた人のように多少だらけている者もいる。それより……北上ってたしか……。
俺は北上という人に聞きたいことがあったがそれを言う前に彼が口を開いた。
「とりあえず結果良ければすべて良しだ。とりあえずみんな聞いてくれ、今日から俺の艦の12人目として入ってきた木曾だ」
そういうと彼は俺の肩をポンポンと叩きながら俺をみんなの前に出させる。若干いきなりでこちらとしても困るんだが、こういわれてしまったらしょうがないと思う。
「ええと……球磨型5番艦の木曾だ。よろしく頼む」
「おぉ、木曾っちじゃん。アタシのこと覚えてるかなー?」
やっぱりそうだ、彼女は球磨型3番艦の北上だ。どこかで聞いたこともあったしなんとなく見たことのあったような懐かしさがあったわけだ。まさか姉妹艦がいるとは思ってなかったな。
「あ、あぁ……一応、北上、だろ?」
「む……木曾っち、末っ子なのにお姉さんに向かって呼び捨てとは感心しないなー」
「うぐ……悪かったよ北上……姐さん」
しっかりと姐さんと言われれば姐さんは満足したようでうんうんと頷いていた。俺からすれば人生上、姉など存在しなかったから姐さんなんて呼ぶのは初めてで自分で言っててとても恥ずかしい。なんだろう、行動で表すなら……布団にこもりたい。
「木曾は自分が艦娘と分からないほど記憶が曖昧だからもしかしたら水面浮上の方法も分からないかもしれない……すまないが僕はこの後重要な会議があるから木曾にはみんなから教えてやってくれ。それじゃあもう僕は行かないとまずいからよろしく頼んだよ、飛龍」
「はいっ!分かりました、後は任せてください」
飛龍はビシッと敬礼をしながら彼を見送ると俺の方に向きかえって微笑み、俺の手を掴み握手をする。
「ようこそ、ラバウル基地へ。歓迎しますよ、さぁ!木曾さんにこの基地を知ってもらうためにまず私たちの部屋に来てもらいましょう!行きますよみなさん」
そういうと飛龍を筆頭としてぞろぞろとみんなが提督室から退出していき、今度は「第1水雷戦隊」「第2水雷戦隊」と書かれた部屋の看板が見えてきた。飛龍が「第2水雷戦隊」のドアを開けるとそこにはちょうど6人用の大きさのベッドとそれなりの広さを誇る部屋があった。部屋に入るなり小さな子供位の少女がベッドに向かって飛び込んでいく。
「よいしょー!やっぱりお部屋のベッドが最高だぜぇ~」
「全く……これだから駆逐艦は……あ、木曾っちのベッドは一応二段目の奥のベッドだからねー。ちなみに手前はアタシだから」
姐さんはベッドに飛び込んでいく駆逐艦を眺めては苦虫を噛み潰すように露骨に嫌な表情を浮かべているが俺のほうを向くといくらか微笑んで俺のベッドを指差してくれた。それにしてもどうして姐さんはここまで駆逐艦を毛嫌いしているのかはどうしてか知りたい気もするが知りたくない気もする。
そんな思考を巡らせていると飛龍が俺の前に立ちみんなをまとめ始めるとまたどこかで見たような光景になり、飛龍が俺の肩を後ろから掴みながら言った。
「さて、木曾さんが今日から来たわけですが、最初は私たちの自己紹介をしようと思います。ではまず私から……飛龍型1番艦、飛龍です。たまに提督の秘書艦とかをやらせてもらっています。よろしくお願いしますね……はい、ということで次は北上さんお願いします」
「えぇー?次アタシなの?……しょうがないなぁ……ま、さっき言ったと思うけど木曾っちの姉で球磨型3番艦の北上様だよー、よろしく」
姐さんは若干気だるそうに手を振りながら挨拶をすると飛龍は次に髪の毛がツンツンとしている先ほど隼鷹と呼ばれていた彼女を指名する。すると彼女は「ほいほいっ了解」と言いながら一歩前に出て、姐さんとは真逆のテンションで言う。
「あたしは飛鷹型2番艦、隼鷹だぜ。よろしくなっ!」
「あぁ、よろしく……」
隼鷹は元気いっぱい過ぎるぐらいに俺の手を掴み握手をするが……握力がちょっと強い。握られてるこちらとしてはちょっとばかし痛む。
俺はそれに苦笑しながら反応すると飛龍は今度、先ほどベッドに飛び込んでいた少女を指名する。
「お、谷風の番だねぇ、陽炎型14番艦、谷風だぜぇーぃ……まぁまぁ、よろしくってこったぁね」
なんとも変わった口調で言っていたが、この少女駆逐艦だったのか……まだ少女だからなのか、それともそれほどの実力があるからなのか、彼女には余裕がある。それは理由がどっちであれうらやましいことだと思う。ただ、生意気そうな感じからして前者のほうが濃厚そうだ。
「谷風さんまでいきましたね……じゃあ、最後は……あぁ、そうだった……」
「ん?最後の一人はどこにいるんだ?」
飛龍は額に手を添えながら面倒くさそうな顔で俺の後ろを指差した。俺は指の方向にある背後を振り向く。すると俺の背後から距離を置けずにはいられない程、どんよりとした空気。それはまさに鬱そのものだった。なぜ今の今まで気づかなかったのか不思議なほどその人物の周りには寒気が発生していた。
その彼女は俺がいる背後、部屋の隅っこのところに対面しながら体育座りをしていた。俺は彼女を見つめながらも飛龍に声をかける。
「一体、彼女は……?」
「えっとあれでも一応あの金剛型四姉妹の2番艦、比叡さんなんですけどねぇ……このラバウルには金剛さんもいるんですけど、どうやら比叡さんは金剛さんが一緒にいないとああなっちゃうらしいんですよ……提督もなんでわざわざ引き離したのかは分からないんですけどね」
正直言って苦笑しかできないと思う。飛龍も同じようで苦笑しながら比叡を見ることしかできてなかった。
その肝心の比叡は何やら隅っこでブツブツとつぶやている。そこで気になって彼女の独り言に耳を傾けてみる。
「……なんで私は一緒じゃないんでしょうか……金剛姉さま……金剛姉さま……比叡はとても寂しいです。なぜいないんですか?もしかして私は姉さまに嫌われてしまったのでしょうか?あぁ、だとしたら私は今後どうしたらいいのでしょう……あぁ、金剛姉さま金剛姉さま……」
末期だな。うん、姉を愛しすぎて末期症状に入ってる。それにしてもここまでの症状に至るなんて比叡の愛はもしかしたら実物の戦艦よりも大きいのかもしれないな。そう思えてくるともう逆にかわいそうになってくる。
しかし、その状況を打破してくれるためだけに舞い降りてきてくれたかのように部屋のドアが開けられてそこから比叡と似た巫女さんのような服装をした女性が入ってくる。
「飛龍サーン、いるデスカー?提督が会議から戻ってきてお話があるみたいデース!他の皆さんにも来てほしいらしいネ」
「あ、金剛さんありがとうございます……二重の意味で」
飛龍がそういうと金剛は不思議そうな表情を浮かべていたがその次の刹那、ものすごい勢いで何かが俺の前を通り過ぎていき、すぐさま金剛に抱きついていった。もちろん抱きつきに行ったのは言うまでもなく比叡だ。
「金剛姉さまぁぁぁ!!!一体比叡を置いてどこに行ってたんですかぁ!?姉さまがいない間……比叡は、比叡はぁ……!」
「oh……それはゴメンナサイネ、でももうダイジョウブ。私はちゃんとここにいるネ」
金剛はそういいながら泣きじゃくる比叡の頭をよしよしと撫でてやり、撫でられた比叡は嬉しそうに抱きついていた。
「それにしても、まだ自己紹介しかしてなかったのですが……しょうがないですね。一旦、提督のところまでいきましょう」
飛龍がみんなをまとめ上げると再び最初の時みたいにぞろぞろと部屋を出ていき、提督室へ向かった。
「やぁ、みんな揃ったかな……?」
「はい、第2艦隊は全員揃っています!」
「第1艦隊もちゃんと揃ってるデース!それより提督ぅ?わざわざ皆さんを呼んでこれから何をするつもりデスカー?」
俺たち第2艦隊の他にも金剛が率いている第1艦隊の者もいてやはり、その数は6人である。金剛の質問に対し彼はコホン、と咳払いをするといつもよりかは真面目な口調で話し始めた。
「木曾も新しくこのラバウルに入ってきてくれたということでこの度、編成を改めようと思ったんだ、それもちょっと大掛かりな……ね?」
彼は何か意味ありげな含み笑いをしながら俺たちを見つめた。