真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK
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第001話














 身体は勝手に動いていた。武器を持った男三人に、少女が囲まれている。助けなければ。そう考えるのは男として自然なことだった。

 一番手近な男にタックルを食らわせる。自分たちの他に人間がいるとは思ってもみなかったのだろう。一刀のタックルに、リーダー格らしい男はなす術もなく転倒させられた。男と一緒になって地面を転がる際、彼が手放した武器を奪って立ち上がり、構える。

 武器は両刃の剣である。刃を落としてあったりは……多分しないのだろう。本物の武器を持ったことは祖父の家にあった日本刀を持って以来だったが、それに通ずるずっしりとした物騒な重さがこの剣にはあった。

 芸術品として飾られていた祖父の日本刀とは比べるべくもない。手入れなど全くしていないのだろう。錆すら浮いている汚い剣が、しかし、今の一刀の唯一の武器だった。

 無手であれば、男一人と侮られもしたのだろうが、今の一刀は武器を持っている。男たちは三人。無論のこと武器を奪われた男も短刀を出し全員が武装していたが、強そうには見えなかった。一刀の彼らの印象はあくまで、武器を持った素人である。

 だが一刀も、素人には違いない。剣道をかじってこそいるものの、それを実践的に使ったことなど一度もない。喧嘩など数える程しかしたことがなく、その時も武器を持ってなどしなかった。精々、竹刀程度の大きさのものを取り回し慣れているというくらいだ。

 詰まるところ、優勢なのは数が多いあちらの方である。武器を持った戦いだ。数を頼みにこられたら、アッと言う間に一刀は殺されていただろうが、男三人が動く気配はなかった。明らかにイラだった様子の彼らは、同時に一刀を――厳密には、その手に持った剣を恐れていた。

 武装した敵と戦ったことが、ないのかもしれない。彼らの装いはいかにも盗賊といった風で、昔、教育番組で見た三国志の人形劇に出てくるやられ役のモブを連想させた。頭にまいた汚い黄色い頭巾など、実にらしい。

 踏み込む、退く。踏み込む、退く。昔遊んだおもちゃのようで何だか気分も良くなってきたが、あまり時間をかけてもいられない。剣を振り上げて大声をあげると、男たちは一目散に逃げていった。

 とりあえず、危機は去った。

 一刀は大きく息を吐き、剣を地面に放り出す。どっと疲れが押し寄せてきたが、するべきことはまだあった。

「大丈夫?」

 間に合った、というのは『助けた』一刀の認識である。何か怪我をしているのでは、単純に、少女を慮っての問いだったが、

「別に、大したことないわ」

 窮地を助けた人間に対するものとして、少女の反応は随分とそっけないものだった。所謂、ヒーローに対するヒロインっぽい対応を少なからず期待していた一刀は、微妙に肩すかしを食らったが、元よりヒーローという柄ではないと思いなおす。助けようと思って手を出したのだ。少女が無事と主張するなら当面問題はない。

「なら良かった。俺は北郷一刀。ついでに聞いておきたいことがあるんだけど、良いかな」
「手短にお願いね。できればこんなとこ、さっさと離れたいから」
「ここは、何て場所なんだ?」
「豫州潁川郡」

 聞いたことがないどころか、現代日本ではありえない地名に、いよいよ一刀の想像にも現実味がなくなってきた。少なくとも、一刀の最後の記憶にある場所とここは全く異なっている。

 そもそも、ここに来る直前まで何処で何をしていたのか記憶が曖昧だ。自分がどういう人間なのかは、はっきりと思いだすことができる。これまでの生い立ち、現在の交友関係。長年続けた趣味から猥本の隠し場所まで、記憶は鮮明だ。

 記憶喪失という訳ではないらしい。あくまで、ここに至るまでの直前の記憶がすっぱりと抜け落ちている。

 だが、直前までどこにいたという記憶がなくとも、今現在立っている場所がちょっとやそっとではたどり着けないような場所だ、ということは理解できた。これが夢というのでなければ少なくとも、慣れ親しんだ地元からはかなりの距離を移動していることになる。

 加えて、先ほどの男たちと少女の恰好だ。いかにも人形劇だった男たちに対し、少女の装いにはまだ現代でも通じそうな部分がある。これだけを見れば古風なコスプレとしても通じそうではあるが、いくらなんでもコスプレ関係のイベントで、武装したエキストラを用意はしないだろう。

 こつこつと剣を叩くと、固い金属の感触が返ってくる。改めて、剣が本物であることを確認すると、一刀は深く深く溜息を吐いた。現状解ることから判断するに、どういう訳か人形劇で三国志な場所に放り込まれた、というのが一番妥当なように思える。

 気合の入ったドッキリという可能性は捨てきれないし、できることならばそうであってほしいとは思うけれども、北郷一刀という一個人を担ぐためにここまで大がかりなことをするとは思えないし、それでは事前の記憶が曖昧という現象の説明がつかない。

 その辺りは、いくら考えても解らないような気もする。できることなら、全てを打ち明けることができるほどに信頼ができ、かつ自分など及びもつかない知恵者の頭を借りたいと思う一刀だったが、ここが何処で、何時なのかも解らない。手を貸してくれそうな人間は、全く脳裏に浮かんでこなかった。

「何を珍妙な顔をしているのかしら。間抜けで精液臭い顔が、更に酷いことになってるわよ」
「それは申し訳ない。それで、厚かましいお願いで恐縮なんだけど――」
「助けてもらってお礼くらいはするわ。実家が近くだから、寄っていきなさい」
「助かるよ、ありがとう」
「別に、命を助けられたのに恩人を放り出す不義理な女、なんて思われたくないだけよ」

 男を実家にあげるなんて、本当に忌々しいことだけどね……と小さく付け加え、忌々しそうに溜息を吐いた。命を助けられておいてここまで言える少女に、一刀は逆に感心していた。北郷一刀個人がどうこうと言うよりも、元々男が好きではないのだろう。

 そう考えると、冷たくされることにも納得がいった。だからと言って何のダメージも受けていない訳ではないが、冷たい態度に理由がつくだけでも違うものだ。初めての土地に不可解な状況。同級生からはよく動じない男だと言われたものだが、それにも限度がある。まだ、十代だ。不安なものは不安なのである。

「そう言えば、自己紹介もしてなかったわね。私は荀彧。字は文若よ。でも覚えなくて良いわ。きっと短い付き合いになるでしょうからね」

 振り向きもせずに名乗った少女の名前は聞き覚えがあったが、それは記憶が確かならば男性の名前だったはずだ。少女は確かに貧相であるものの、そこに男性的な特徴はない。女性っぽく見える男性という可能性も否定できないが、その可能性について少女に言及したら、間違いなく渾身の力を込めた拳が飛んでくる。

 少女は女性であるとして、だ。記憶の中では男性であるはずの名前を、少女が使っている。同姓同名ということはあるだろう。一刀にとっては外国の名前だ。女性名と男性名にどれほどの違いがあるのかすら、明確に答えることはできない。

 普通に考えるならば、名前が同じ、似てる、あるいは近いだけの他人と考えるのが当然なのだろうが、既に全く知らない場所に気が付いたら立っていて、暴漢に襲われている少女を助けるという、非日常的な場面に遭遇している。

 馬鹿げた想像だが、まさか三国志の世界に放り込まれた上に、その登場人物が女性になっているなんてことも、もしかしたらあるのかもしれない。

 すたすたと先を歩く少女の背中を見ながら、一刀はこっそりと溜息を吐いた――

「…………一度しか言わないから、良く聞きなさい」

 ――ところで、しばらく黙ってると思っていた荀彧がいきなり口を開いた。溜息を聞かれていたとしたら、また面倒くさいことになりそうだと身構えていると、荀彧は視線をこちらに向けないまま、小さく唸った。

 一刀の目には、荀彧は何事に対してもはっきりと物を言うタイプに見えた。それが言いよどむなどよほどのことである。一体何を言われるのか。身構えた一刀に荀彧が口にした言葉は、一刀が全く想像もしないことだった。

「本当は、あんたみたいな精液男にこういうことを言うなんて、本当に、本当に嫌なんだけど、口にするのも嫌なんだけど…………ありがとう。命を助けてくれたことには、本当に感謝してるわ」

 話はそれだけよ、と荀彧は今度こそ口を閉ざした。足音の大きさから、彼女がいかに不機嫌であるのか見て取れる。言葉の通り、本当に、心の底から嫌だったのだろうが、それでも、その気持ちを押し込めてお礼を言ってくれた。

 自然と笑みがこぼれる。一目でへそ曲がりと解ったこの少女が、自分の想像を遥かに超えるへそ曲がりと解って、妙に嬉しくなった。