真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK
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第014話 流浪の軍団編①




 





1、

 村に戻った一刀たちを出迎えたのは、村人たちの驚きの顔だった。

 自警団の面々が旅の軍師を連れて出ていったと思ったら、戻ってきた時には盗賊たちを配下に加えていた。何を言っているのか解らないと思うが、事実である。混乱するのも無理はない。一刀たちが最初にやって来ず、団員たちが村の外で待機していなければ、早合点した自殺者くらいは出ていたかもしれない。それくらいの混乱だった。

 一混乱あったが、盗賊は既に脅威ではないということは一刀の説明で村中に伝わることとなった。村を捨てなければならない程の脅威は、これで去ったのである。

 自警団員も、一刀以外は全員村人だ。この損耗をなしに事を成し遂げた一刀を村人たちは褒め称えたが、それに水を差す形で一刀から『そろそろ村を離れたい』という要望が伝えられた。

 村人としては一刀には長くこの村に留まってもらい、村の人間と番にでもなって末永く村に残ってほしいというのが正直なところだった。子義はそのための、悪い言い方をすれば生贄のようなものだったが、本人が望むのであればそれを止める権利は誰にもないと、快く送り出すことになった。

 一刀が面倒を見ていた自警団は残ることになった。元々、村を守るために立ち上がった者たちである。彼らにとって最も守るべきはこの村であり、それは国家やそこで暮らす人々を守ることに優先する。それでも名残惜しいと、彼らの多くが泣いてくれたことは一刀にとって望外の幸運だった。

 そのため、団長職の引き継ぎ作業は早急に進める必要があった。傭兵団の面々は、今は徐晃たちが面倒を見ているが、いつまでも村の近くに大人数を置いておく訳にもいかない。まして彼らはこの村を襲おうとしていた盗賊である。心を入れ替えたと説明しても、村人はそう簡単に安心できるものではないだろう。

 順当に行けば次の団長は副団長である子義が務めるのが筋なのだが、彼女は村に戻るとすぐに自分の家に飛んでいき、ご母堂から旅立ちの許可を貰って戻ってきた。番としてあてがわれた才ある少女は、村人の意図とは違った方向でその責務を全うしようとしていた。

「母上は『これと思った殿方に尽くしてこそ真の女です』って言ってたよ。これからは私のことは梨晏って真名で呼んでね!」

 今回の作戦で機先を制することを憶えたらしい少女は、天真爛漫に笑って見せた。有無を言わせず子義改め梨晏が旅についてくることになったため、新しい団長は子義を除いた残りのメンバーから選ばれることになり、十人隊長の一人が継ぐことになった。従軍経験もある年配の男で、団員にも良く慕われている。彼ならば十分に、自警団を率いていけるだろう。

 一つの肩の荷が降りた一刀を、村人たちは宴に引っ張り込んだ。一刀たちが戻ってきた時から既に準備は進められており、そこに賊のアジトから回収した酒や食料が持ち込まれていた。金品はそれほどでもなかったが、何故か酒類だけは規模に比して大量にあり、幹部はこれを自分たちだけで消費するつもりだったようである。

 生きる死ぬの話をしていたことも忘れて、村ではその日宴が開かれた。団員たちの監視で村の外にいる程立たちは参加を見送ったが、あちらもあちらで酒類と保存のできない食料を使って軽い宴をしているはずである。

 村の宴は老いも若きも全員が参加し、飲めや歌えの半狂乱である。一刀も色々歌わされたり踊らされた。未成年だから酒はという間もなく、がぶがぶ飲んでとにかく吐いた。吐いた傍からまた飲まされる中、流石にこれはいつまで続くんだろうと気になってきたが、気にしたところで宴は終わらず、主賓が逃げる訳にもいかない。

 結局、飲み過ぎた一刀がぶっ倒れても気にもされず、宴会は続けられた。どういう趣旨で宴会が開催されるかなど、参加する人間にはあまり関係ないのである。

















2、
 
 村の外では盗賊団改め傭兵団が、陣を張って待機している。アジトに残っていた資材を使っての設置だったが、軍が使っているような幕舎のようにとはいかない。それでも、従軍経験者を中心に組まれた幕舎はそれなりに様になっており、これで野宿でも雨露をしのげると大いに団員を喜ばせた。

 一仕事が終わると、後は宴会である。酒類はほとんどが村に持ち込まれたが、団員のためにも確保されていた。浴びるように酒を飲み、飲めや歌えの大騒ぎである。そんな中、一部の団員が酔った勢いでシャンに戦いを挑んだ。戦いという言葉を使ってはいるが、お互い実力差は解っているので稽古のようなものである。

 一人が打倒されると次の一人が、というノリでほとんどの団員がシャンに挑んでは返り討ちにされていく。傍からみていると豪快ないじめに見えなくもないが、打ちかかっていく人間は皆楽しそうで、吹っ飛ばされても笑っていた。酒の力があるのは否めないが、間違いなく親睦は深められている。

 一通りの団員が打ちかかっては地面に転がり、更にもう一周と始めた辺りで、村の方から子義が駆けてきた。打ちあわせにはない行動に、何かあったのかと団員たちも色めき立ったが、子義はそんな団員達を無視するとまっすぐシャンの元に駆けより、言った。

「私はもう十分だから、今度は徐晃がしたいことをしてきて」

 望外の配慮に、シャンは目を丸くする。シャンは子義を抱きしめて何度も礼を言うと、手早く真名を交換して村の方に駆けていった。心を決めていたのを、子義には見抜かれていたらしい。

「だって、私と同じ顔してたもん」

 からからと笑った少年のような少女は、自分の剣を持つと団員たちの元へ向かって行った。

 シャンが出ていったことで終了するかと思われた酔っ払いどもの宴だが、今度は子義が代わりにその役目を負った。子義も子義で自分の熱を持て余しているらしく、シャンと同じように団員たちの突撃を受けては返り討ちにしていた。シャンほどの強力はないが、彼女も猛者である。

 ちぎっては投げちぎっては投げする様は、シャンから子義へ変わっても関係のない人間からすると地獄絵図に見えた。既に何人も流血しているが、子義も団員たちも皆楽しそうなので、稟は黙っておくことにした。

「シャンの力を借りて盗賊を懲らしめてやるだけのつもりが、今後の人生が決まってしまいましたね」
「いやいや、風も驚きました。まさかあのお兄さんがここまでやるお人だとは……」

 一献、と風が酒瓶を差し出すと、稟が椀を差し出す。風も稟もそれほど酒に強い訳ではないのだが、今日はとにかく飲みたい気分だった。皆殺しにした幹部たちが思いの他酒をため込んでいたので、今夜呑み明かす分は十分にある。

「お兄さんは、本当に陛下になれると思いますか?」
「厳しいでしょう」

 稟の言葉はにべもない。大器の片鱗を感じるとは言え、今の一刀は裸一貫に近い。曹操や孫堅など天下に覇を唱えようと言う人間は、既に頭角を現しており、彼女らに比べると大きく見劣りしていることは否めない。スタートからして、大きく出遅れているのだ。この時代、この国で、これは大きなハンデとなる。

「彼に才能がないとは言いませんが、敵は強大で障害も多い。前途多難なのは間違いありません」
「ですが、風がいます。稟ちゃんもシャンもいます。子義ちゃんも、きっとお兄さんについていくでしょう。これからもっと、多くの人がお兄さんの周りに集まります。そうなれば、もっともっと、風も稟ちゃんも夢を見れるかもしれません」

 ご返杯。今度は稟が風に酒を注ぐ。お互いに酒が好きという訳ではない。見た目の通り、酒にあまり強くない風は既に相当酔いが回っていたが、椀を止める様子はなかった。長い髪をかきあげ空気にさらされた耳は真っ赤になっている。明け透けに物を言うように見えて、実のところあまり本心は話したがらない。

 掴み所のないというイメージは、そういう部分から来ている。今なら風の本音が聞けるかもしれないと、稟の酒を勧めるペースも早くなる。

「…………こういう気持ちを、楽しいと言うのでしょうか。久しく忘れていました。自分がどこまでやれるのか。今から楽しみで仕方ありません。やりたいことが、次から次へと湧きだしてきます」
「風もですよ。明日からきっと、楽しい毎日になります」

 なのでまた一杯。風もかなり早いペースで飲まそうとしてくる。普段飲まない訳ではないが、そろそろ前後も怪しくなってきた。子義がいるとは言え、ここで軍師二人が酔いつぶれてしまう訳にもいかない。少しは控えるべきでは? そう稟が言おうとした矢先、風はふらふらと頭を前後に揺らすと受け身も取らずに前のめりに倒れた。

 強かに顔を地面に打ち付ける嫌な音がする。風! と声を挙げて稟も立ち上がるが、酒が回っているせいでただ動くこともままならない。足がもつれた稟は、仲良く風の隣に倒れてしまった。起き上がろうとしても、足腰に力が入らない。おまけに気持ち悪くなってきた。このままだと友人と二人仲良く吐しゃ物の海に沈んでしまう。

 新しい門出の日に、女として最悪な末路が待っているのかと悪い気分の中で憂鬱になりかけていたが、二人して倒れていた軍師たちを目ざとく子義が発見した。

「大変! 先生が倒れてる!」

 軍師である二人は、団員たちの中では先生と呼ばれることになっていた。まだ何も教えた訳ではないのでむずがゆかったが、水でも持ってきてもらえるならば、今はどんな生徒でも歓迎だった。うーうー呻きながらまっていると、やがて子義が一抱えはある水がめを抱えて戻ってくる。離れて見ている分には気づかなかったが、子義も明らかに酔いが回っていた。

(これだから酔っ払いは!)

 と心中で毒づいても声にならない。当然ではあるが、その中には水が一杯に注がれていた。尋常ではない量に稟が抗議の声をあげるよりも早く。子義は何の躊躇いもなく水がめの中身をぶちまけた。

 
 















 慣れない酒をしこたま飲んだ一刀は、ふらふらとした足取りで自分の小屋に戻った。村にいる間に滞在していたものであり、一刀一人で住んでいた小屋である。男の一人暮らしであるから元々荷物などないが、明日旅立ちということで、酔ったまま簡単に荷造りをした。

 そのまま、寝床に倒れ込む。今日でここともお別れかと思うと、汚い掘立小屋でも感慨深い。酒の力もありこれならぐっすり眠れるか……と思って目を閉じてみても、中々寝付くことができなかった。興奮して夜も眠れない、という言葉を聞いたことはあるが、まさか自分がそうなることがあるとは思いもしなかった。

 自警団の団長になる。というのでも現代の学生からすると十分に異常なことだったが、それが傭兵団の団長になりいずれは『天下を取る』と公言してしまった。男が一度言ったことである。生半なことでは取り下げることはできない。

 自分にできるかとは考えなかった。気付けばそんな言葉が出ていたというのが一番近い。宣言を聞いていた面々もそれは驚いただろうが、一刀自身も自分の発言に驚いていた。今まで生きてきて、自分が野心家などと思ったことはない。

 団員たち相手にぶちあげたことも、適当に口を突いて出た妄想なのではと考えたが、天下を取る、という言葉は随分と一刀の心に馴染んでいた。よくよく考えてみても、北郷一刀という人間は天下というものが欲しいらしい。

 と言っても、天下を手に入れてではどうするか、と聞かれると返答に困ってしまう。具体的に何かやりたいことがある訳ではないのだ。自分の望みを叶えるために差し当たって天下が必要だから求めているだけ、と言ったら他の野心家は怒るかもしれないが、それが本心なのだから仕方がない。

 細かい展望については、知恵者の力を借りることになるだろう。そう言えば、細かい話をまだ詰めていなかったが、程立と戯志才は付いてきてくれるのだろうか。それではー、と軽いノリでここでさよならされてしまうと、一刀としても物凄く困るのだが、かと言ってあれだけの知恵者である二人を引き留めるだけの条件を、一刀は提示することができないでいた。

(出世払いってことでどうにか付いてきてくれないかな……)

 妙案に思えたが、そもそも出世できるか現段階では全く見通せないのだ。金もなく将来も見通せない男が、女性についてきてくれなどと言えるものだろうかいや言えない。悪い方向に酔ってしまった一刀は、どんどん暗い方向に考えが傾いていく。

 それを引き戻したのは、静かに戸が開く音だった。子義でもやってきたのか、と思えば違う。足音の主はこっそりと小屋の中に入ると、寝転がっている一刀の横にすとんと腰をおろした。腰を下ろして、何をするでもない。見られている気配は感じる。じっと、横顔でも見ているのだろう。彼女ならば夜が明けるまで見ていても不思議ではない。

 美少女に見つめられるというのも悪い気分ではなかったが、流石に決まりが悪くなった一刀は身を起こし、傍らに立つ少女――徐晃に声をかけた。

「こんばんは、徐晃」
「こんばんは、お兄ちゃん。もしかして寝てた?」
「いや、起きてたよ。今日が最後の夜だから眠れなかったんだ」
「寂しい?」
「色々あったからな。寂しくないと言えば、嘘になるかな」
「お兄ちゃんは絶対にそういう言い方をするって、稟が言ってた。ちょっとびっくり」
「…………そういう言い方って?」
「男の人って意地っ張りだから、寂しくても素直に寂しいって言わないんだって」
「悔しいけどそうかもなぁ……」

 それが男というものだ、と一刀は心中で納得する。人の好き好きだろうが、少なくとも一刀は一々寂しいという男を女々しいと思う。見栄や意地というのは、時にどうしても必要になるものなのだ。

「それで、何か用かな? 話がしたいだけでも、勿論歓迎だけど」
「ねぇ、お兄ちゃん。シャンのこと、ぎゅ~ってして?」
「…………なんだって?」
「シャンのこと、抱っこして?」
「いや、意味が解らなかった訳じゃない。どうして抱っこしてほしいんだ?」
「いや?」
「嫌じゃないけどさ……」

 徐晃の無垢な瞳を前に、一刀は答えに窮してしまった。夜中に女性が男の部屋を訪ねてきたのだ。結婚年齢も低そうな世界であるし、もしかしたらそういうことかと期待しないではなかったが、徐晃の反応を見るにその先がある訳ではないらしい。純粋にただ抱っこしてほしいようだが、一刀にはその意図が読めない。

 伝えた通り嫌な訳ではないが、既に腕を広げて身構えている美少女を前にすると、実行するのも憚られた。時間をかければ諦めてくれるだろうか、と考えるがそれでは何の解決にもならないし、これから一緒にやっていこうという仲間の要望だ。美少女をどうこうという邪な感情は別にして、小さな要望くらいは叶えてあげたいと思う。

 意を決して、一刀は徐晃を抱きしめた。力を込めて細い身体を抱くと、徐晃も手を回してくる。こうして抱き合ってみると、驚くほどに細い。この身体のどこからあんな力が……と思ったのは僅かな間だけ。気になってしまうのは手先の感触だ。

 徐晃の服は布地面積がとても少ない。背中に回した手は、徐晃の素肌に触れていた。誰も突っ込んだ様子はないから、これはこれで奇抜と言う程のファッションではないのかもしれないが、男ばかりの環境では目に毒だろう。その内違う服を着るように、やんわりと伝えた方が良いのかもしれない。

 そんなことを考えている間に、徐晃の方から腕は解かれた。

「満足したか?」
「した。それで、確信した。お兄ちゃんはずっと、シャンが探してた運命の人」

 言って、徐晃はその場に跪き、臣下の礼を取った。

「私は香風。この真名と共に我が身命、我が名声、我が忠節の全てを貴方に捧げます。私の――シャンのことを受け入れてくれるなら、今ここで、シャンって呼んで?」
「結構ずるいな」
「女は多少強引な方が良いって、稟が言ってた。こういう女、お兄ちゃんは嫌い?」
「いや、はっきり物を言ってくれる方が嬉しいよ。察しが悪いって、少し前まで言われ続けてたからな」

 脳裏に猫耳を被った軍師の姿が浮かぶ。今ごろ彼女も曹操のところで頑張っているのだろうか。元盗賊を率いて傭兵団を組織したと言ったら蹴り飛ばされそうだが――と考えていたら、今度は徐晃――シャンの方からぎゅーっとしてきた。夜に差し向かいで男女が二人。他の女のことを考えていたら気分が悪いに違いない。

 心なしか眉を吊り上げているように見えるシャンの後ろ頭を優しくなでると、

「ありがとう、シャン。これから一緒に頑張ろうな」
「受け入れてくれて、ありがとうお兄ちゃん。一緒にがんばろうね」