真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第002話 荀家逗留編①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれて初めて武器を持って、自分の意思でもって他人を傷つけた場所から、一時間も歩いただろうか。一刀はキツめな性格の猫耳頭巾に、彼女の実家があるという街まで連れてこられた。

 

 街の様子を見て、一刀は本当に違う時代に来てしまったのだな、と理解する。舗装されていない道に、道行く人たちは古風な恰好をしていた。時代劇特有の、小ぎれいな古臭さはまるでない。彼ら彼女らは普段から、こういう恰好でここで暮らしているのだ、というリアルさが道を歩いてみて犇々と感じられた。

 

 そんな人々の視線を、一刀は一身に集めていた。最初は前を歩く荀彧が目立っているのだと思った。事実、この街の有名人である荀彧は確かに人目を引いていたが、それ以上に一刀自身がかなりの人目を引いていた。本人が視線を自覚できる程である。

 

 一つ二つであればまだ勘違いで済ませることもできただろうが、道行く人々全員が一刀を凝視しているのだから、自分を誤魔化すことはできなかった。

 

「何か、もの凄く人の目を集めてる気がするんだけど、もしかして荀彧は有名人?」

「あんたの服が目立ち過ぎるのよ。何よ、その真っ白できらきらした服は……」

 

 巻き込まれることを嫌がってか、荀彧は振り返ろうともしない。言われて、一刀は自分の服を見下ろした。彼の通う聖フランチェスカの男子の制服は上が白ランという攻めに攻めたデザインである。親戚のお爺さんには『海軍のなりそこない』と笑われてしまったこのデザインだが、学園では男子は皆この恰好であることと、女子の制服はもっと目立つために感性がマヒしてしまい、『目立つ服』という印象は一刀の中で綺麗さっぱり消えていた。

 

 慣れとは恐ろしいものであるが、一歩学園の外に出れば人目を引いていたことは記憶に残っている。これも慣れだが、まだその視線になれていなかった頃の、初々しい記憶が今さらになって甦ってきたのはどうしてなのか。古風なこの環境ならば、更に悪目立ちするのも、仕方ないことのような気がしないでもない。

 

 堪らず上着を脱ぐ一刀だったが、その下に来ているワイシャツも白かったので、あまり効果はなかった。原色の少ないこの空間において、真っ白というのはそれだけで目立っていた。化学製品特有のきらきら感が、それに拍車をかけている。

 

 視線に居心地の悪さを感じていた一刀は、早く目的地に着かないかと考えていたが、荀彧に案内され、辿り着いた彼女の実家はまさに屋敷と呼ぶに相応しいもので、視線とはまた別の意味で一刀に居心地の悪さを感じさせた。

 

 塀がどこまでも続いていて、終わりも見えない。この街であれば荀彧さんちはどこですか、と聞けば『あの家だよ』と案内してくれるだろう。街の規模に比して、この屋敷は明らかに大きい。

 

 荀彧の性格から、それなりのお嬢さんだろうとは予想していたが、この屋敷の大きさは予想を遥かに上回っていた。塀に沿ってえっちらおっちら歩いていると、ようやく門が見えてくる。その門の前には、お手伝いさんといった装いの若い女性が立っていた。

 

 女性は荀彧を見つけ相好を崩すと、その隣に一刀の姿を見て目を見開いて驚いた。その時、一刀と荀彧は同時に彼女がこれから自分たちにとって良くないことを言うと直感した。女性を止める間もあればこそ。彼女は門の中にまで引き返し、屋敷中に響くような大声でこう言った。

 

「奥様! 街の噂は本当でございました! お嬢様が、婿殿を連れてお戻りにっ!!」

 

 もう、街の噂が届いているのか。昔の人でも耳は早いんだな、と諦めの境地で感心している一刀の横で、荀彧は微動だにしない。彼女は、立ったまま気絶していた。

 

 

 

 

 

 

「――そういう事情だったのですね。ご迷惑をおかけいたしました」

「こちらこそ。突然押しかけてしまって申し訳ありません」

「とんでもございません。娘の命を救ってくださった貴方は、当家にとっても恩人です。どうか気のすむまで、当家にご逗留くださいませ」

 

 ありがたい申し出に、一刀は素直に頭を下げた。卓を挟み、対面に座る女性は荀昆と名乗った。荀彧の母に当たり、現在の荀家を取り仕切っている女性だという。母親というだけあり、荀彧にも面差しが良く似ていた。二回りくらい年齢を重ね、毒舌と罵詈雑言と吊り上がったキツい目つきを取り除いて、落ち着きと柔和さを足したらきっとこうなる気がする。

 

 ちなみに荀彧であるが、今は自室で横になっている。旅の疲れ、襲われた衝撃で、と家人は説明したが、彼女にとって一番衝撃的だったのは、自分が婿を連れてきたという話が、実家だけでなく街にまで広まっていたことだろう。

 

 あの性格である。衝撃を受けるのも無理もない。うんうん頷きながら静かにお茶をすすっていると、荀昆の方から話を切り出してくる。

 

「婿殿――失礼、北郷殿はどちらから?」

「奇妙な話ではありますけど、お嬢さんが襲われていた現場に、自分がどうしていたのかも理解できない有様でして」

「それはまた、本当に奇妙な話ですね」

 

 普通そんな話をされれば少なからず不信感が態度に出るものだが、荀昆は欠片もそういうものを出さなかった。事実とは言え、あからさまに嫌な顔をされてしまったらどうしようと心配していた一刀は、心中でそっと胸をなで下ろす。

 

「全く。できれば、この国の地図など見せていただけるとありがたいんですが」

「この街周辺ではなくてですか? では、一番広い範囲を記した地図をお見せしましょう」

 

 荀昆が手配すると、部屋の隅に控えていた侍女がすぐに地図を持ってきた。両腕を大きく広げてもまだ足りない、一刀の感覚では非常に大きな地図である。

 

 その地図を見て理解したことは、人形劇という直感も中々捨てたものではないということだった。『中国』という国家の全図が一刀の頭の中にしっかりと記憶されていた訳ではないが、ぼんやりとした記憶の中にある『中国』とこの地図は似ている――気がしないでもない。

 

 地図については、根拠もあいまいな記憶という曖昧なものであるが、書き込まれているのは漢字であり。いくつか見たことのない字があるが、道々見かけた看板にも漢字が使われていた。ここが漢字を標準的に使う文化圏というのは間違いない。

 

 不可解なことはある。書いてある文字は読めないのに、話している言葉は理解できることだ。普通、話している言葉は使われる文字と密接に関係している。一刀が理解している以上、ここで使われているのは彼が唯一話せる日本語と考えるのが妥当であるが、地図や看板に使われている文字、文章を見る限りはそうではない。

 

 その辺りに、どうしてここにいるのかという疑問の解決の糸口がありそうだったが、当面はそれ以上に大事なことがあった。当分逗留して良いと荀昆は言うが、それを額面通りに受け取る訳にもいかない。これだけ大きな屋敷だ。人間一人を飼っていたところで経済的には痛くも痒くもないのだろうが、結果的に恩を売ったとは言えいつまでもおんぶにだっこでは外聞が悪い。

 

 いずれここを出て、生活する手段を見つけなければならないだろう。元の世界に戻る手段を探すにしても、諦めてこの世界で暮らすにしても、独り立ちできるだけの知識と手段が必要だ。

 

「…………事情がおありなようですから、話したい時に話してくださる、ということで構いませんよ」

「そうしていただけると助かります。まだ俺…………いえ、私の中でも考えがまとまらなくて」

「時間はたっぷりありますので、お好きなように使われるとよろしいでしょう。お部屋を用意させました。お疲れでしょうから、休まれてはいかがですか?」

「そうさせていただきます」

「案内は彼女にさせます」

 

 部屋の隅に控えていた、地図の準備をした少女が荀昆の声に一歩前に出る。幼い顔立ちをしているが、自分よりは二つか三つは下だろうと、一刀は当たりを付けた。それにしては随分と落ち着いている。自分と比べてどっちが大人に見えるかと人に聞けば、ほとんどが彼女の方だと答えるだろう。

 

「それでは。御用の際は何なりと仰ってください」

「お心づかいに感謝します」

 

 荀昆と別れ、少女について屋敷を歩く。少女に案内された部屋は、実家にある一刀の部屋の倍は広い部屋だった。これで客間ならば、屋敷の人間が住んでいる部屋はどれだけ広いのだろう。金持ちとそうでない人間の差を見た気がして、少し落ち込んだ。

 

「私は宋正。字は功淑と申します。お客様のお世話を、奥様より申し受けました。御用の際は、なんなりとお申し付けくださいませ」

「ああ、その、助かります。ありがとう」

 

 年下であるという見立てはそれなりの確信のあるものだったが、話して見るとやはり年上に見えた。いつか確認するのが良いのだろうが、荀彧の例もある。あれはかなり特殊な部類だろうが、二人続けてあんな感じの対応をされると流石に心も傷ついてしまう。

 

 時間はまだあるのだから、色々と質問するのは後でも良いだろう。大して運動をした訳でもないのに、今日はやけに疲れてしまった。できることなら、今すぐにでも床につきたい気分だ。 

 

「代わりの服は、こちらでご用意させていただきました。お召し物の方はこちらでお預かりし、洗浄の上ご返却いたします」

「何から何まで、ありがとうございます」

「とんでもございません。お嬢様を助けてくださいましたこと、私ども、心より感謝してございます」

 

 宋正の態度に、やはり裏は見られない。あれで、家人には好かれているのだろう。その言葉を聞いて、何故だか一刀は少しだけ安心した。結果的に自分が助けた少女が、人に好かれていることが、単純に嬉しかったのだ。

 

「お疲れのようですので、私はこれで失礼しますね」

 

 言って、足早に宋正は部屋を後にした。制服を脱ぎ、用意されていた着物に着替えると、寝台に飛び込んだ一刀は泥のように眠り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「婿殿はどうですか?」

「お疲れだったのか、すぐにお休みになられました。しばらくは、起きられないかと」

「そうですか。男嫌いのあの娘が男性を連れてきたと聞いた時には何の冗談かと思ったものですが、実物は冗談以上に冗談のような方でしたね」

「ええ、まさしく」

 

 一目見て、一度話してみれば彼がどれだけ特殊なのか解るというものだ。命を助けられた恩義があったとは言え、そう判断したからこそ娘も彼をここまで連れてきたのだろう。

 

 彼について、調べなければならないことは山ほどあるが、まずは最も疑問に思ったことについて、荀昆は宋正に問うてみた。

 

「彼の服については?」

「服飾に詳しい物に見せましたが、縫製はともかく素材については見当もつかないと。洛陽でもこれ程の素材は手に入らないと申しておりました」

「でしょうねぇ……」

 

 人目につくような服を着るというのは元来、庶民ではなく富裕層の文化である。目立つ服を着ているというだけである程度の資金力がある家の人間である、という証明にもなるのだ。何の事情も知らない街の人間は、どこの貴族かと思っただろうが、一刀と直接話をした荀昆は違う意見を持っていた。

 

 確かに育ちは良いようだが、高貴な生まれの人間特有の鼻についた雰囲気がない。良い意味で庶民的な一刀の雰囲気は、精々成り上がったばかりの商家の次男か三男という風だ。富裕層であったとしても、資金力も発言力も荀家とは比べ物にならないくらい下だろう。

 

 だがそうなると、あの服装の説明がつかない。希少で手に入らないというのならばまだしも、彼の服を見た人間は見当もつかないと答えた。服飾に詳しいと豪語するくらいである。古今の素材に精通しているはずだが、それでも尚見当がつかないということは、それだけ希少ということだ。

 

 希少であることはすなわち、値段が張るということとほとんど同義である。彼の振る舞い、雰囲気から感じる家格からすると、あの服を着ていることは酷く不釣り合いに思えた。

 

 態度、雰囲気から察せられる家格と、ああいう服を着ている家格が釣り合っていない。それに最も大きな疑問が残る。ああいう服を着る家格の人間だとして、それが丸腰で、護衛もなしに、どうして街の外れにいたのかということだ。

 

 記憶が曖昧という返答を、一刀はしたが、そういう事情を疑ってかかるのが荀昆の仕事でもある。何もないのなら話は早いし助かるが、そうではない時、早い内に手を打っておかないといけない。今、とにもかくにも情報が欲しい。 

 

「人を放った結果は?」

「元より街の住人についてはそのほとんどの素性を掴んでおりますが、記録を見る限り彼がこの街に住んでいたことはありません。放った者は第一陣が戻って参りましたが、やはり彼を初めて見る、という者ばかりですね。この街の周辺にまで調査の網を広げるよう、準備はしておりますが……」

「無駄な気はしますが、しないよりはマシでしょう。引き続き素性の調査をするよう、指示を出しておいてください」

 

 小さく、荀昆は息を吐いた。人間一人の調査の出だしで、ここまで難航するのは久しぶりのことだ。これでタダの人というオチだったら肩すかしも良いところだが、あの娘が連れてきた男性だ。きっと何かある、と思うのは親のひいき目だろうか。

 

 いずれにせよ、あくまで採算という面で彼を見るならば、あの服一つでも世話をした元は取れる。他に何か得るものがあるようならば、これからゆっくり人となりを見れば良いのだ。


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