真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK
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第020話 二つの軍団編②













 関羽団と初顔合わせの日。団の代表として、一刀は会合の場に向かっていた。同道するのは護衛として梨晏。軍師として諸葛亮である。てっきり郭嘉がついてくるものだと思っていたのだが、これも勉強と郭嘉の判断で諸葛亮がついてくることになったのだ。

 研修という名目で預かって早半年。2人は既に団の一員と化している。鳳統よりも諸葛亮と一緒に仕事をする機会が多く、当初よりもかわいらしい笑顔を向けてくれるようになった。鳳統と同様、団に残ってくれると嬉しいのだが、現代で言えば超名門校出身の首席卒業者を、零細ベンチャーが誘うようなものである。引く手数多な才媛であることは解りきっているから、どうも声をかけにくい。本人たちの、特に諸葛亮の感触は悪くないと思うのだが、中々上手くいかないものである。ちなみに元直はいたりいなかったりだ。学院の仕事は忙しいらしい。

「先方がお待ちです」

 会合の場は、依頼者の代表である大商人の店、その会議室を使わせてもらうことになった。スポンサーである商人たちは同席しない。今回は複数の商人が連名で依頼を出してきた。会議室を使わせてくれている大商人はあくまでその代表であり、集団の決定権を持っている訳ではない。

 下手に口を出して責任問題に発展するのが嫌なのだろう。お前が口を出したせいで負けた、という流れになってしまえば、他の商人から攻撃される格好の材料になる。功績も失敗も、全て当事者が負う物とする。一刀たちだけで決めて一刀たちだけで動く背景には、そういう商人たちの思惑があった。

 さて、相手よりも先に来るつもりで三十分は早く会場に着いたのだが、相手は更に先に来ていたらしい。出鼻を挫かれた形になった一刀は、案内役の青年について歩きながら、心中で『関羽』について考えていた。

 関羽。字は雲長。三国志の主役級の一角、蜀を治めた劉備に仕えた人物であり、三国志を代表する武人でもある。劉備、張飛とは義兄弟であり、中華街などによく祭られている。それ以外は見事な髭を蓄えていたくらいしか情報がないが、今までのことを考えるに最後のヒゲは役に立たない情報である可能性が高い。使える情報はほぼ名前だけだ。

「一刀さん、緊張していらっしゃるようですが」

 考え事で立ち止まっていると、諸葛亮にまで心配される始末である。名前しか分からない以上、現時点でできることは少ない。本当にまだ売り出している途中のようで、情報もほとんど集まらなかった。郭嘉が持っていた情報でほぼ全て、というのだから関羽と言えどまだ新人なのだろう。誰にでもそういう時期はあるものだが、関羽が新人というのも違和感のある現代人である。

 さて、と一刀は自分の頬を指で動かしてみた。そんなに緊張しているように見えるのだろうか。むにむにと動かしていると、隣の梨晏が手を伸ばしてきた。頬をつまんで上に下に伸ばしてくる。笑顔の梨晏に、緊張した様子は全くない。

「大丈夫だって団長なら。私も諸葛亮もついてるよ」
「それは理解してる。二人とも、凄く頼りにしてるよ」

 ただ、相手が『あの』関羽だから、とは口にできない。まだ名前の売れていない人間をどうして警戒することができるだろうか。思い返してみると、知っているかと方々に聞いてしまった名前の中に関羽も張飛も入っていた気がするが、今はそれは考えないことにする。

 名前のパターンが少ないらしいこの世界でも、字まで含めて一致すれば別人ということはないだろう。つまり今回の関羽はあの関羽である可能性が高い。後の英傑であるのならば仲良くしておいて損はないが、そうなると疑問が一つ湧いてくる。

 劉備は一体、どこにいるのだろうか。

 一刀の記憶では劉備と関羽は割りと最初の頃からつるんでいたような気がするし、劉備が関羽の風下に立っていたという記憶もない。劉備の名前が自分の耳にまで聞こえてこないというのは、どういうことだろう。

 関羽とまだ接触していない。あるいは接触しているけど存在を隠したい事情がある。そもそもこの世界には劉備が存在しないか。関羽も曹操も諸葛亮もいるのだ。劉備だけいない理由は一刀には思いつかなかったが、全員集合していると誰に保証されている訳でもない。いるいないと、情報がない時点で決めてかかるのは危険である。
 
 一刀の数少ないアドバンテージは、世に出る可能性の高い人間を少数ではあるが知っていることだ。既に世に出ているならばともかく、出ていないならば、これを狙って釣り上げることができる……かもしれない。これでこの世界における英傑の容姿や出身地など知っていれば無敵だが、生憎と知っているのは名前だけである。かろうじて身体的な特徴を知っているケースでも、女性になっていた場合、関羽のヒゲなど共通していない可能性が高い。

 劉備の特徴というのも、耳が大きいらしいというくらいしか知らない。まさか耳の大きい人間を全て勧誘するという訳にもいかないし、これでこの世界の劉備が普通の耳をしていたら笑い話にもならない。結局、中途半端な知識では参考程度にしかならないが、何も知らないよりはマシだろうと無理やり良い方向に考えることにして、一刀は会議室の扉を開けた。

 大商人が気を使ってくれたのだろうか。会議室は一刀が思っていたよりもずっと広かった。中央にあるテーブルの片側に、二人の少女が座っている。彼女らは一刀が入ってきたのを見ると、椅子から立ち上がった。その内背の高い方の少女の黒髪が、動きに合わせてさらりと流れた。

 おそらく彼女が関羽だろう。道中で集めた話の中で、黒髪というのがあったからおそらく間違いはない。関羽というからもっといかつい女を想像していたのが、普通に美少女だ。緑を基調とした服にミニスカート。それにニーソックスを合わせているのは、一刀の基準で言うと中々あざとい服装ではあるが、無遠慮に視線を向けるのは憚られる理由が、少女らの背後にあった。

 武器は預からなかったのだろう。少女らの背後には、一目で重量物と解る武器が、二つ立てかけられている。ただ持ち上げるだけでも一苦労だろうに、ここまで持ってきたということは彼女らはこの武器を普段使いにできる程度には使いこなしているということである。

 この細い腕のどこにそんな力が……とも思うが、それはシャンの時に通った道だ。英傑になると定められているような才能を持った少女には、見た目に合わない力が備わっているものだ。納得はいかないが、事実であるのだからしょうがない。

 人間、初対面が肝心である。武器にも足にも目を向けないようにして、努めて笑顔を浮かべた一刀は少女二人に向かって一礼した。

「はじめまして。私は北郷一刀。姓が北郷で名が一刀です。田舎の生まれでして、字と真名はありません。こちらが太史慈と諸葛亮になります」
「二文字姓が三人も並んでるのだ……もしかしてお兄ちゃんの団は、皆二文字姓なのか?」
「鈴々!!」

 単純に疑問に思った、という体で赤毛の少女が問うてくる。子供からすればもっともな疑問だが、会談の場でいきなりするような質問でもない。早速関羽から怒声が飛ぶが、赤毛の少女はどこ吹く風である。一しきり赤毛の少女を怒った後、関羽は心配そうな顔を向けてきた。機嫌を損ねてはいないだろうかと心配している風であるが、今さらこの程度でイラだったりなどしない。

 無駄に関羽を心配させないよう、一刀は殊更に笑みを浮かべて、応えた。

「ああ、確かに珍しいですね。ですが、これは意図したものではありません。団でも、二文字姓なのはこの三人だけですよ」
「そうなのかー。あ、鈴々は張飛。字は翼徳なのだ。で、こっちが――」
「何故お前が私の紹介をするんだ……」

 一刀が機嫌を損ねていないと解って安堵した様子の関羽は、姿勢を正して深々と頭を下げた。

「義妹が失礼をいたしました。私は関羽。字を雲長と申します」

 ただの自己紹介であるが、ここで張飛に少し変化が起こった。関羽のことを、不思議そうな顔で見上げている。何か想定外のことがあったという顔である。今のやり取りのどこに、と思うがまさか直接聞く訳にもいかない。関羽もその視線に気づいていないようである。

 これで関羽もしまった、という顔をしていたらいよいよ一刀も何かあったのかと本気で考えなければならないところだったが、関羽の反応を見るに大したことではない、と思うことにした。小さく咳払いをして気持ちを切り替え、差し出された関羽の手を握り返す。

 関羽に促され、着席する。こちらは三人で相手は二人。

 人数の上で優位に立っている上に、こちらには軍師役までいる。関羽は意外にインテリであると小耳に挟んだこともあるが、まさか諸葛亮よりも頭が回るということはないだろう。一刀としては頭脳労働担当の人間を伴うのは当然のことなのだが、相手方にいないのを見るとどうにも、自分が仲間におんぶにだっこをしているような気がしてならない。

 何も話さない内から微妙に恥ずかしい思いをしている。根本的なところは諸葛亮が話を詰めることになっているが、精神的に風下に立っていても良いことはない。流れを変えよう。そう思った一刀は、機会があれば聞こうと思っていたことを、最初に切り出した。

「失礼。貴女方義姉妹は三姉妹とお聞きしたのですが、もうお一方はどちらに?」

 この言葉に、関羽と張飛は顔を見合わせた。その顔にあるのは疑問一色である。これで何か隠しているのだとしたら中々の役者だが、少なくとも一刀の目にはそうは見えなかった。現時点で、義姉妹はこの二人だけである。一刀はそれを確信した。

「失礼しました。きっと、情報が間違っていたのでしょう。見当違いのことを言って、申し訳ありません」
「構いません。情報が間違っているということもあるでしょう」

 一刀が中央。諸葛亮が右側に座り、梨晏は左側である。腰に下げていた剣は、関羽たちにならって壁に立てかけておくことにした。お互い武装していないので条件はイーブンと、建前上はそうなるのだろうが、あちらは関羽と張飛である。対してこちらは梨晏が強いものの、一刀は普通の兵と変わるところがなく、諸葛亮にいたっては剣を持ち上げるのにも難儀する始末である。

 いざ荒事になったら不利は否めないが、先ほどの応対を見るに二人とも誠実な人柄ではあるようだ。よほど怒らせるようなことでもない限り、武器を手に取ったりはしないだろうと安心する。

「どうして我々と共同で?」
「方々で北郷殿のお噂を耳にしました。それで、共に戦ってみたいと常々思っていたのです」

 型通りの答えである。そう答が返ってくることも予想済みだ。一刀団の筆頭軍師である郭嘉は、関羽からのこの提案の目的を、戦力の取り込みであると決め込んでいた。

 一刀たち三百は多いとは言えないが、統率の取れた人員というのはそれだけで魅力がある。訓練の時間を短縮できるのだ。それだけ戦場に出すまでの準備期間を減らすことができるし、即時投入が可能であれば言うことはない。

 関羽団の方も一刀たちよりは多いが、各地の群雄に比べると多いとは言えない。この時勢だ。特に野心的な人間でなくても、戦力の増強を考えるのは当然である。

 だが話を聞いてみた限り、関羽の言葉に裏はないように思えた。本当にただ協力して戦ってみたいだけなのではと一刀は考え初めていたが、郭嘉に釘を刺されたことを思い出す。特に相手方が女性である時、直感にのみ従って判断をするなと。思考が傾きそうになっていることに気づいた一刀は小さく息を吐き、隣の諸葛亮を見た。

 やはりベレー帽がイマイチ似合っていないちびっこ軍師は、一刀の視線を受けて小さく、しかし力強く頷いてみせた。最近、この小さな身体にも貫禄が出てきたような気がする。元より、こういう交渉事になると相手が強硬論を唱えでもしない限り、一刀に出番はない。

 基本、諸葛亮他軍師が交渉を進め、たまに視線を向けられた時に良きに計らえ、的なことを言うのが一刀の仕事である。本格的な交渉をしている訳でもない。スポンサーは急げと言っている訳だから、明日明後日には双方全ての団員が一同に集まり、当日の作戦を練ることになるだろう。

 今日は本当に見合いのようなものだ。話がまとまりさえすればそれで良い。相手に良い印象でも与えられれば更に良いのだが、女の笑顔ほど男を惑わすものはないと一刀は良く知っている。

 確かに笑顔は魅力的だが、一刀の周囲にいる女性は笑いながら大の男を纏めて吹っ飛ばすし、笑いながら悪夢でも見そうな程の課題を押し付けてくる。油断してはならない。

 結局その日、一刀たちは当たり障りのない会話をし、再会する日取りを決めて、大商人の店を離れた。元よりすぐに出動できるように準備はしている。商人たちから指定された日程は、一刀たちからすれば余裕のあるものだった。それはあちらも同様だという。既に準備を進めており、後は現場に向かうだけとのことだ。

 関羽たちと別れ、自分たちの陣まで向かう途中である。その両側を、少し遅れて梨晏と諸葛亮がついてくる。関羽と張飛のことについてしばらく考えていた一刀だったが、結局まとまらなかったので、考えることはやめにした。陣地まで戻れば、幹部全員に今日の印象を話すことになるだろう。簡単ではあるが、関羽と張飛の対策会議を開催する予定なのだ。深く考えるのはその時で良い。

 肩越しに背後を振り返ると、諸葛亮が早足になっているのが見えた。考えごとに集中していて、気づかなかった。身体の強い梨晏は歩く速度くらいどうってことないが、諸葛亮はそうはいかない。何もないところでも転ぶことがある諸葛亮を、早足で歩かせるのも忍びないと思った一刀は、歩調を落とした。後ろではなく、並んだことに諸葛亮は自分が配慮されたことに気づいた、縮こまる。

 謝るつもりだ。そう感じた一刀は、諸葛亮が口を開く前に彼女の手を取り歩き出す。自分が好きにやっていること、君が気にすることはない。言葉にはしなかったが、賢い諸葛亮のことだ。何を言いたいのかは伝わっただろう。諸葛亮から、礼の言葉はない。その代り、小さな手でぎゅっと手を握り返してくる。

 ちらりと視線を向ければ、諸葛亮は顔を真っ赤にしてうつむいていた。ベレー帽を目深にかぶって、視線を合わせないようにしている。恥ずかしがっている時の癖である。

「団長ー」

 恨みがましい声に目をむければ、梨晏がジト目で睨んでいた。ん、と小さく唸って左手を差し出してくる。何を要求しているのかは一目瞭然だった。一刀が苦笑を浮かべて右手を差し出すと、梨晏は花が咲くような笑みを浮かべてその手を取った。

















「あのお兄ちゃんを仲間に引き込むって言ってたような気がするんだけどな」

 一刀たちが去り、二人きりになったところで鈴々は口を開いた。当初の予定では共に戦う利を説き、できることなら団をまるごと仲間に引き込む予定だった。それを提案したのは愛紗であり、誰よりも団の中で乗り気だったはずなのだが、結果はご覧の通りである。

 今日の愛紗の振る舞いは予定とはかなり違っていた。相手の代表に問題があるようならこの話はなかったことにするとも聞いていたが、鈴々の目から見て彼に問題があるようには思えなかった。愛紗の胸や足にちらちらと視線が行っていたが、鈴々だって目が行くものなのだ。男性ならば当然だろうと思いなおす。

 話を進めても問題ないと思うのだが、愛する義姉は違う判断をした。加えて態度が、不自然なまでに軟化している。愛紗は団の代表であり、鈴々を含めて団員全員には代表としての態度で接する。当然、敬語などは使わない。

 一緒に仕事をする相手とは言え、目上の人間ではない。団員の数もこちらの方が多いし、実績も勝っている。相手を下に見る必要はないが、見上げる必要はもっとないはずだ。にも関わらず、愛紗の態度はまるで自分の主人に対するもののようだった。

 普段の愛紗を知らない人間には、ただの物腰の穏やかな人間に見えただろうが、同じ団の人間には愛紗の行動は不可解に見える。仲間に引き込むという話をおくびにも出さなかったことも含めて、鈴々は今回の会談にいくつも疑問を持っていた。

「高い志を持っておられるように感じた。顔合わせの日に、いきなりそういう話をするのも失礼なのではと思いなおしただけだ」

 対して、愛紗の答えは実に尤もらしい。まるでこの話はするな、とでも言いたげな義姉の頑なな態度に、鈴々ははっと閃いた。

「……もしかして、あのお兄ちゃんのこと気に入ったのか?」

 その言葉に対する、愛紗の反応は劇的だった。顔を真っ赤にして振り向き、鈴々を怒鳴るのかと思えば、結局何も言わないままに唸り声を上げるだけに留まる。自分でも、どうするのが正しいのか、自分が何を言いたいのか理解できていないのだ。はっきりと混乱している愛紗の様子に、鈴々は相好を崩す。愛する義姉の、こういう態度を見るのは、鈴々にとっても初めてのことだった。

「そーか、そーか。愛紗にもついに春が来たんだなー。ああいう優男が好みとは、鈴々も知らなかったのだ」
「好みとか、そういう話ではなくてだな――」
「別にお兄ちゃんの子分になったところで、鈴々は怒ったりしないよ? 皆も同じことを言うと思うのだ。愛紗の好きにしたら良いと思う。大丈夫、愛紗のおっぱいで誘惑して『ご主人様』とか呼んであげればどんな男もイチコロなのだ!」
「だからそういう話ではなくてだな!」

 顔を真っ赤にして抗議の声を挙げる愛紗に、鈴々は取り合わない。普段やりこめられる義姉に、一矢報いることができた。それだけで、鈴々はあの青年のことが好きになりかけていた。







書いてみたら本当に当たり障りのない会話しかしなかったので、会談部分はざっくり省略しました。
これなら最初から全員で合流した方が良かった気がしないでもありません。

次回から戦闘パートになります。