真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK
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第023話 二つの軍団編⑤





 盗賊というのは往々にして、自分は機を見るに敏であると誤解しているものである。人の命が軽い時代だ。健全に生きている人間ですら簡単に死ぬのに、他人から見て積極的に殺しても良い理由のある人間が生きながらえる理由など、そうあるはずもない。

 彼らが生きていられるのは一重に運が良かったからである。そこに彼ら自身の資質というのはほとんど関係がない。盗賊の総数を考えれば、死ぬ前に引き上げられた一刀団のような例は稀である。

 さて、機を見るに敏であると自称する所の盗賊たちの数人は、虎の子の騎馬隊があっさりと返り討ちになったところで逃走を決めていた。襲撃してきたのがどういう相手なのか知れないが、精強であることに間違いはない。ならば死ぬ前に逃げてやろうと、分け前も取らずに一目散に廃砦を後にしたのである。

 先立つものも何もないが、命あっての物種だ。騎馬隊を返り討ちにするような連中と戦っても勝てるはずはないし、そういう時、真っ先に捨て石にされるのは下っ端だ。死ぬにしても幹部連中は最後の方になる。時間さえ稼げれば、彼らは容赦なく下っ端を斬り捨てて、宝をもって逃げようとするだろう。

 人から奪うことに抵抗はないが、それだけに他人のために命を張ることなどできるはずもない。彼らは盗賊である。彼らを結び付けているのは即物的な物のみだ。優勢である内は良いが、劣勢になると一気にその組織力は瓦解する。良くも悪くも、勢いが物を言う集団なのだ。

 主力の騎馬隊が壊滅されたのを理解しても尚、廃砦に残っている者の方が多数なのは、彼らがまだ自分たちの方が有利であると根拠なく信じていることもあるが、それ以上に廃砦にまだ宝が残っていることが大きい。

 気持ちは解らないでもない。盗賊にとっての価値基準は儲かるかそうでないかだ。積みあがったお宝というのはそれだけで、自分の命をかけ他人を殺す理由になりうる。

 だがそれでも、命には替えられないというのが正常な思考というものだろう、と男たちは考えた。逃げ出したのは自分たちが最初だが、このまま何事もなければ――お宝目当てに襲撃をしかけてきた連中が、お宝も取らずに諦めるなんて奇跡的なことでも起きなければ、これからどんどん逃げ出す連中は増えていくはずだ。

 頭数が減れば勝てる確率も下がるし規律も厳しくなっていく。逃げるならば今しかない。しばらくは不自由するだろうが、盗賊団に残っていても不自由はしていたのだ。自分で考えて動けるようになったと思えば、十分に釣りは来る。

 軽くなった心で夜道を走っていた男はしかし、不意の違和感を覚えた。それに従って足を止めた男を、他の連中が追い越していく。足を止めずに振り返る連中と、それを眺める男。奇妙な沈黙が流れたのは一瞬で、それを打ち破ったのは女の声だった。

「撃て!」

 女の声と共に、無数の矢が射かけられる。何故敵が、と考えるまでもない。ここで攻撃されるはずがないと安心していた盗賊たちは、その全てがまともに矢を受けて倒れ伏していく。足を止めていた男が幸運だったのは、そのおかげで致命傷を負わなかったことだ。

 集団から離れていたのだから、攻撃しないでも良さそうなものだが……というのは、攻撃を受ける側ならではの愚痴である。実際、的が止まっているのだから、狙わない道理はない。男が生き残ることができたのは、止まっている的であるが故に良く狙うことができ、死なない程度の重傷を負わせるだけで済ませられたからだ。

「まさかこうも上手く行くとはね……いや、経験に勝る宝はないね」
「徐先生のお力あってのことですよ。俺たちだけじゃあ、こうも上手くはいきませんや」

 ははは、と呑気な笑い声を挙げながら、物陰からぞろぞろと人間が出てくる。そのほとんどは具足に身を包んだ人相の悪い男たちだ。おそらくこいつらが廃砦を襲った同業者なのだろうが、その先頭を歩いているのは男装した身なりの良い女だった。

 男の恰好をしていても肉付きの良さの解るその女は、一人一人自分たちが撃った人間の状態を確かめると、最後に男の前に腰を下ろした。まともに口をきけるのが、事実上、彼一人であることを見抜いたからだ。女――元直は、男の顔を覗き込むと、薄い笑みを浮かべて淡々と言う。

「もう理解してると思うけど、僕らは砦を襲った連中の一味だ。君が生き残ったのはたまたまだけど、それを幸運とするか不幸とするかは君次第だ。仕事が終わるまで生きていられたら、生きたまま官憲に突きだす程度で許してあげるよ。お互いにとって、良い結末になることを期待する」

 元直が視線で合図を送ると、彼女の部下となった兵たちが男を立たせる。

 彼らの腰の軽さを、賊あがりの面々は見抜いていた。元直はこの時点で逃走者が出る可能性は正直低いと見ていたのだが、彼らは絶対に出ると踏んでその逃走経路まで予測して見せた。まさかそこまで都合よく、と元直も半信半疑だったのだが、事実、彼らの予想した通りのルートに、逃走者は現れた。

 経験者でないと解らないことがある、というのは知識としては知っていたつもりだったのだが、まさにその通りの結果となった。砦を挟んで向こう側には程立が部隊を率いて展開しているが、あちらにも逃走者がいるだろう、という話である。

 なるべく殺さないように撃てと指示を出したのだが、誰もが梨晏のような弓の名手である訳ではない。手加減したつもりの矢はほとんどが当たり所が悪く、五人いた逃走者の内生き残ったのは一人だけだった。それでも情報を引きだすという当初の目的を達成できるのだから良しとするべきなのだろうが、もう少し良い結果を出せたはずだと考えてしまうのは、軍師としての宿命だろうか。

 団員の気持ちは一刀を中心に良くまとまっている。郭嘉たち軍師の考えた作戦を忠実に実行できる部隊の練度は正攻法でこそ関羽団に劣るが、変則的な戦いであればある程、真価を発揮する。懸念だったのは部隊を指揮する将校が少ないことだったが、これも改善されてきている。時間さえあれば、いずれ精鋭部隊に変化するだろうが、今はその時間が微妙に足りていない。

 いずれ起こる大戦を前にどれだけ経験を積み、人数を増やすことができるかが一刀団にとっての勝負である。ここで関羽団を吸収することができれば僥倖なのだが、果たしてそう上手く行くものだろうか。関羽自身、合流に前向きではあるようだが、元直はこの話が、どうもすんなりまとまらないように思えてならなかった。

 最も大きな懸念は後輩の二人である。その片方、朱里が危惧していた通り、大親友である二人の理想に生まれた乖離が実のところかなり深刻なレベルにまでなっている。

 元直の見立てでは、雛里の気持ちは大分一刀に傾いている。それは別に悪いことではない。二人の実家はあまり良い顔をしないだろうが、将来性という意味では一刀団はそれほど悪くない就職先である。決して良いとは言えないし、大手に比べればリスクもあるが、名家に少ない椅子を占領されていないというメリットもあるからだ。

 そういう環境でこそ腕を振るいたい、という野心的なタイプでは二人とも決してないが、自分の理想に適い、自分を必要としてくれているのならば、どこにでも行くという強い決意があった。一刀が現状勢力として弱いというのは、彼女らにとってはマイナスにはならないはずだ。

 だが現状、一刀が良いと主張するのは雛里一人で、朱里はそこに賛同していない。それどころか、関羽とのやり取りを見るに、どうにも彼女についていくべき、という主張をしそうですらある。関羽団の将来性も一刀団同様、中々のものだ。一刀と異なり彼女自身が一騎当千の猛者であり、義妹の張飛も同様である。腕っぷしでは梨晏やシャンも負けてはいないが、それでも、関羽たち義姉妹と比べると聊か見劣りする。

 朱里が惹かれる原因の一つは、彼女らに軍師が一人もいないということだ。一刀団は既に郭嘉、程立という軍師がおり、実際に軍団を仕切っている。実際に前線で兵隊を指揮する能力は関羽本人に及ばないだろうが、平常時まで兵団を管理運用するとなると、考える頭がある一刀団の方が明らかに上手い。

 一刀団と関羽団の間には、団を運用する上での効率の面でかなりの差が見て取れる。それは朱里も、実際に団を動かしている関羽も感じていることだろう。事実、朱里が関羽にあれやこれやとアドバイスをしている姿を、元直は何度も見かけている。関羽本人の反応も、そこまで悪いものではない。

 より切実に軍師を必要としているのは、明らかに関羽団である。であるならば、こちらに仕官した方が良いのでは。朱里がそう主張してきてもおかしくはない。現状、二人は自分たちが同じ所に仕官するということを疑っていない。自分の判断を相手は理解してくれる。それだけの信頼が確かにある。

 このままではいずれ、二人はぶつかるだろう。まさかこの仕事中にぶつかるということはあるまいが、もう少し時間がかかると思っていた仕事も、早く片付きそうな気配である。

 先輩としては後輩の夢をかなえてやりたいところではあるのだが、この場合、最も尊重すべきは個人の意思である。相手のことを考えて自分の意思を曲げたところで、良くない結果にしかならないものだ。言葉を尽くして語り合ってこその軍師であるし、何より親友である。喧嘩するとしてもすぐに仲直りするだろう。そこを心配してはいないのだが、

「静里は怒るだろうなぁ……」

 誰にでも当たりが強いくせに、どういう訳かあの二人には従順に懐いていた、強面の後輩のことを思い出す。あの少女のことだ。二人と一緒に働くつもりで今も勉強しているのだろうが、自分が連れて行った先でその道が分かたれたとなれば、小言の一つも言ってくるに違いない。

 それを考えると今から憂鬱で仕方がないが、どちらが、あるいは二人がどういう仕官の仕方をするにしても、元直自身の今後の予定を考えれば、後輩の誰ともしばらく顔を合わせることはないだろう。その間に、ほとぼりが冷めていることを祈るばかりである。

「悪くない顔してるんだから、女の子の二、三人くらい押し倒すもんだと思ってたのに……」

 その点、一刀はかなり奥手なようだった。思い返せば、洛陽を出てしばらく二人で旅をしてた時である。男女の二人旅だ。色々とハプニングを起こしてからかいもしたのだが、一刀の反応は芳しいものではなかった。

 自分の容姿にそれなりに自信のあった元直はそれで地味に傷ついたのだが、まぁ男にはそういう気分の時もあるだろうと、その時は気にしないことにした。それから状況が大きく変化し、彼の周囲を取り巻く環境も大きく変わったが、一刀の態度は相変わらずだった。

 身持ちの固さについて苦言を言うようなつもりはないが、少々強引に行った方が話が上手くまとまるということだってある。今一緒にいる関羽など、甘い言葉の一つでも囁いて押し倒してしまえば、そのまま尻尾を振ってついてきそうな気配だ。

 これには元直を始め、全ての軍師がその好感度の高さに不信を憶えていた。一時はそういう手なのではと疑いもしたが、今では単純に一刀が好みの男だったのだろうと決着している。早い話が一目ボレだ。

 後輩二人についても、一刀が自主的に動いて朱里の方にも時間を作るべきだったのかもしれない。事実、やってはいたのだ。特に幹部には一刀は時間を設けて話すようにしていた。客員軍師であるところの朱里にもそれは同じで、むしろ既に合流している郭嘉たち以上に時間を割いていたのだがそれでも、一緒に仕事のすることの多い雛里には及ばず、そこが朱里と雛里の間に考えの差が生まれる原因となっていた。

 そこをどうにかしてほしかった、と一刀に求めるのはやはり酷な話かもしれない。元直は長い、長い溜息を吐いた。

 人の縁というのは複雑である。一度分かれた道でも、未来に合流しているということはよくある話だ。まして今は乱世である。栄枯盛衰は世に溢れ、それ故に、立場的には大きく出遅れている一刀にも、飛躍の時は大いにある。

 自分を含めて、後輩たち全員が仕える。そんな状況がくれば良いなと希望を持った元直だが、しかし、その未来もそんなに遠いものではないのでは、と思いもした。聊か都合が良すぎるかとも思ったものの、一刀の天運を考えるとありえない話ではない。

 何しろ彼は『さる高貴なお方』のお友達なのだ。運はある。ならば少しくらい、身勝手な夢を見ても良いだろうと、元直は気持ちを切り替え、今後の作戦を練り始めた。



















 騎馬隊を一気に殲滅できたことは盗賊と敵対する一刀たちにとって僥倖だったのだが、予定外の快進撃は予定外の進行を余儀なくした。どうやって攻めるのが最善かというのはまだ決まっていないが、今が攻め入る好機であるという見解は、軍師全員一致していた。

 元よりそれ程時間をかけた作戦を組んでいた訳ではなかったのに、それが更に早まるのである。大打撃を与えることも想定していなかった訳ではないから、完全に想定外という訳ではないのだがそれでも、こうまで事態が好転するというのは、軍師たちをしても、相当に確率が低いと予想せざるを得ないことだった。

 とは言え、盗賊の殲滅にかける時間を短縮できるのは悪いことではない。望外の幸運に喜びながらも、戦いはこれからだと気を引き締めて会合の場にやってきた一刀は、集団の代表の一人として全員を見渡して言った。

「さて、まずは報告から頼む」
「捕獲した馬は全部で二十七頭でした。今、廖化たちが捕虜を締め上げていますが、引きだした情報を加味するにあれで全てのようです」
「つまりもう騎馬隊はいないって確証が持てたってことか……他に何か情報は聞きだせたか?」
「蓄えた宝の大まかな位置と総量などを。これは実際に現場を改めるのが良いでしょう。最低それまでは捕虜は生かしておくべきですね」

 自分たちの収入になるというのも勿論あるが、賊の蓄えは被害を受けた住民への保証の原資にもなる。どうせ放っておけば国に回収されてしまうのだ。取られたものを回収してくれとは、商人たちの契約には含まれていない。ならば煩いことを言われる前に、ばらまいてしまえというのが一刀たちのやり方である。

 奪われたとは言え、元来自分の物だったものを勝手に配られたとなれば商人たちも腹も立とうが、彼らは盗賊以上に利に聡い人間だ。彼らの指示である、と明言しなくてもそう匂わせておけば、民たちは勝手に商人たちにも感謝するようになり、体を張った訳でもない彼らの名声も上がる。

 世の中ほとんどのものは金で買えるが、名声はそれが難しい物の一つだ。一刀たちの評判は前から知っているだろうし、そうされることは織り込み済だろう。これについては、関羽も納得している。全てを着服すると言えば良い顔はしないだろうが、その多くを民に還元するとなれば、彼女も嫌とは言わない。

 だがそれらを実行に移すためには、宝をなるべく完全な状態で確保することが肝要になってくる。そのためにはお宝について正確な情報が必要になり、迅速に動く必要がある。一刀たちは彼らの主力を撃破したが、それは同時に彼らの死亡宣告がより現実的になったことを意味する。

 盗賊というのは自分の危機に敏感だ。欲と自分の命が釣り合っている内はまだ良いが、いよいよ勝ち目がなくなったとなれば、多くはわき目もふらずに逃げ出すことだろう。

 現に、今も逃げているかもしれない。それはつまり宝が目減りしている可能性を意味しているのだが、一刀のそんな不安を打ち消すように、諸葛亮が手を挙げた。

「東班の灯里先輩から伝令が飛んできました。逃走した賊を一名確保したそうです。皆さんが締め上げて吐かせた情報によれば、宝を持ち出せる状況ではなかったと」
「西班の風からも同様の報告が来ました。臆病風に吹かれた人間というのは、それ程多くはないようですね」

 逃走した人間を全て確保したと確証がある訳ではないが、情報を総合すると逃げたのは圧倒的少数ということで間違いはないだろう。主力が撃破されたというのに、呑気なことである。砦とは名ばかりで籠城には向かないし、そもそも籠城というのは時間をかければどうにかできる別の手段があるからこそ成立するものだ。

 今のところ一刀たちは宝を狙った同業者を装っているが、同業者であるならば、元手をかけた以上、それを回収するまで後には引けないということは、盗賊ならば良く理解できるはずだ。しかも一刀たちは主力の騎馬隊を撃破して勢いに乗っている。勝っている側が引く道理はない。同業者であると信じられている限り、彼らは一刀団の再来を疑わない。

「あっちから攻めてくる可能性は?」
「ないとは言いきれませんが、低いでしょう。主力の騎馬隊が全滅したのは事実です。我々の戦力は彼らにとって未知のもの。いくら賊でも情報は欲しいと考えるでしょうが、まとまった戦力を出しては守りが手薄になる。現状では斥候を増やすというのが関の山ですね」

 そしてその斥候を捕捉するための人員は既に出している。

 一刀たちは砦から離れた布陣している。斥候を出すにしても、それなりに時間をかけないとたどり着くことはできないし、仮に彼らが陣地を捕捉したとしても、こちらが放った人員が賊が砦に戻るまでに捕縛する手はずとなっている。

 だがそれも確実に上手く行くという保証はない。『人さらい』が上手い人間と、関羽団の中でも斥候を主任務にしている人間を配置しているが、その網を抜けて情報を持ち帰られることもないではない。情報の確度は作戦の成否を分ける。迅速に行動しなければならないと軍師の意見が一致したのは、そういう事情からだ。

 今は一方的に、しかも安全に攻撃する最大のチャンスなのだ。迅速に兵を動かして叩き潰す。この会議はそのためのものだ。

「こちらから打ってでるとして、どういう作戦が良いかな?」
「正面から全戦力で近づいては、やはり臆病風に吹かれることもあるでしょう。できる限りの賊を討滅、あるいは捕縛することが今回の目的。完勝することは大前提として、勝ち方にも注文をつけねばなりません」
「すると、夜陰に乗じて奇襲するということになりそうですが、強力な抵抗にあうと考えるとなると、やはりこちらも全戦力を動かさざるを得ないでしょう。関羽殿。事前にお報せした通りに兵を動かすとして、日暮れまでに全ての準備を整えることは可能ですか?」
「その辺りは、滞りなく。ご期待には応えます」
「重畳です。明朝までに決着を付けるとして、その仕込みですが……」

それについても事前の作戦会議で軽く触れられている。幸い、騎馬隊を撃破したことで素材は上がっており、徐庶からの伝令で既に逃げた人間がいることは裏が取れた。後は相手がそれに乗るかだが、それは演技のデキ次第である。

「準備の方は?」
「仕込みの方は昼までに。風と元直殿に伝令を飛ばします。初動は日が暮れてから。決行は深夜。決着は明朝までにはつくでしょう」
「皆にはそれまで交代で休憩を取るように伝えてくれ」

 一刀の言葉を受けて、郭嘉が幕舎の外に待機していた兵を伝令に飛ばす。

 流れで、元から用意していた案の一つを採用することになった。そのための準備も進めていたから、後はそれを早めるだけである。交代で休みを取れ、という指示を出した以上、一刀を含めた幹部にも、休む義務が発生する。例えどれだけ少なくても、休憩があるのとないのとでは気持ちの上で相当な違いが出るものだ。

 休むのも仕事の内であるとは、こちらの世界に来てから実感したことである。ばたばたと動きだす幹部たちを見ながら、しかし、一刀は全く別のことを考えていた。

 以前からの計画を実行する時では? 火急の時であるに違いはないが、軍師にだって息抜きは必要だろう。この小さな軍師様は、どうにも働きすぎてしまうきらいがある。優秀には違いないのだが、同等の働きをしているはずの郭嘉や程立は、それなりに余暇を楽しんでいる風だ。

 これが年齢や経験から来る違いであれば良いのだが、性分の問題であるとすると誰かが助け船を出してやる必要があるだろう。その配慮は、軍師たちには期待できない。一刀は郭嘉に『お疲れのようですね。少し休んでは?』という配慮をされたことがあるが、彼女はおそらく自分と同じ軍師にそれを言ったりはしない。

 郭嘉という少女にとって、軍師が自分の体調管理をきっちりこなすのは当然のことなのだろう。その点、ちびっこ軍師の二人はまだまだ力が抜けていないように見えた。一緒に働くようになって半年である。それなりに打ち解けてきたという自負があるが、なるべく働こうという彼女らの固さが抜けたようには感じられない。

 彼女らがのびのび働けていないのだとしたら、団長である一刀にも責任がある。

 仲間が働きやすい環境を作り上げるのも、団長である一刀の役目だ。自分と一緒に過ごすことが必ずしも、諸葛亮にとってプラスになるとは限らないが、違うことをしてみるのも新たな発見に繋がるだろうと前向きに信じることにした。

 女性に声をかけるのは一刀をしてもそれなりに勇気のいることだったが、諸葛亮が鳳統と離れ、一人でいるところを見計らって、一刀は声をかけた。自分に声をかけたのが一刀だと知ると、諸葛亮はぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「一刀さん!」
「諸葛亮、ちょっと良いかな? 少し2人だけで話がしたいんだけど」

 それまで全くよどみがなかった諸葛亮の動きがぴたりと止まった。ここで済む話だと思っていたのだろう。それくらいなら今までも何度もしたことがある。主に、諸葛亮の方から話を持ち込むことが多いが、一刀の方も話を振らない訳ではない。

 団長として、一刀は努めて多くの人間とコミュニケーションを取るようにしている。義務から来ているところもあるが、元来の性分もあった。他人と話すのは楽しいし、何より頭数が多いから男性と話している時間の方が多いが、個人別に見ると女性の方が上位を占めるというのは、仕方のないことではある。諸葛亮のような美少女とお話しできて、喜ばない男はいないのだ。

「その……二人きりで、ですか?」
「まぁ、そう身構えるようなことでもないんだけどさ。軽くお茶でもしながら、世間話でもどうかなと」

 軽く、世間話、というのを強調して緊張をほぐそうと試みるも、余計に胡散臭くなっている気がする。自分を見る諸葛亮には、余計に緊張が生まれているように見えた。あわわ……だったものがあわあわあわわくらいになっている。一言で言えば、かなりテンパっていた。これは失敗したかな、と一刀が内心でしょげていると、それを彼の顔色からそれを敏感に察した諸葛亮が、慌てて声をあげた。

「是非ご一緒させてください!」
「…………俺から誘っておいてなんだけど、良いのか?」

 自分で誘おうとした時にはびびっておいて、いざ食いつかれると不安になるというのもおかしな話であるが、耳まで真っ赤になってまくし立てる諸葛亮を見たら、全てがどうでも良くなった。

「大丈夫です何も問題ありませんこちらからも是非お願いします!」
「うん、ありがとう。それじゃあお茶の用意をしてくるから、この間会合でつかった場所で待っててくれるか?」
「一刀さんの天幕ではないんですか?」
「二人でって言っただろ?」

 一刀の個人スペースなだけあって、一応のプライバシーは存在しているが、いつでも来てくれてOKという主張を日頃からしているせいで、人の出入りは結構多い。普段ならばそれでも良いのだが、これから人生でほとんど初めて、自発的に女の子と二人になろうかという時に、人の出入りがあるようでは具合が悪い。

 別に諸葛亮に対して不埒な行動をしようという訳では断じてないのだが……美少女とは言え女性を誘うのだ。やましいことはありませんよと、ある程度はアピールするのも必要だろう。警戒されてしまってはそも、二人きりになどなれはしないのだ。

 二人で、という単語に真っ赤になった諸葛亮は、大きく腰を折って頭を下げると、足早に去っていく。後ろから見ても耳まで赤いのが良く解る。あの美少女を自分がああいう風にしたのだと思うと、何だか気分も良いが、二人きりになるというのはスタートであってゴールではない。誘っただけで満足していては何のために誘ったのか解ったものではない。ここからが本番なのだ。

 手早く自分の幕舎に戻って、お茶の準備をする。ここで誰かが訪ねてきたら予定を大きく変えなければならなかったが、天が味方しているのか、騒々しいことが多い一刀の幕舎の近くは静かなものだった。

 既に予定が決まっているというのも大きいのだろう。兵は交代で休憩に入っているし、関羽団とも詰めるべきことは既に詰めてしまった。そも、予定が繰り上がった時の対応だって、ここに移動するまでの間に大雑把にではあるが決めてあった。

 戦は執念深い調査と周到な準備で決まるのだ、という程立の言葉の通り、調査と準備について、一刀団の軍師たちは一切手を抜かない。事前の詳細な打ち合わせは、その準備の一環と言える。逆に、既にすることが決まりきっている場合、真に予定外のことがない限り、改めて集まる必要はない。

 それでも、筆頭軍師たる郭嘉は何か見落としがないか気を張っているのだろうが、それを思うと、暇を持て余しているように思える自分が、相当な配慮をされていると実感する。後でフォローをしようと、一刀は心に決めた。

 そう考えていることが郭嘉に知れたら、彼女は心底呆れ切った顔で溜息を吐くことだろう。これから女性と会うのに部屋を出る時には別の女のことを考えているのだ。男としてそれは誠実とは言い難い行為であったのだが、微妙に舞い上がっている一刀はそれに気づいてもいなかった。



次回、デートという名の仕事回。
このパートは後3、4話かかりそうです。