真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第009話 とある村での厄介事編③

 

 

 

 この村に来る前、風たちは四人で旅をしていた。今いる三人と、星――『常山の昇龍』を称する趙雲を加えた四人である。遊学をしようと決めた風と稟は一路洛陽を目指し、そこにたまたま洛陽に立ち寄っていた星が加わって意気投合した。

 

 星は武人であるがそれなりに学があり、道中学問を教えてくれるのであれば、という条件で護衛を買って出てくれたのだ。最も年若いシャンとは、道中の村で出会った。仕官先を探しているが、右も左も解らないという彼女に、やはり学問を教えるという条件で同行することになった。

 

 星は飲み込みが良かったが、風や稟の目から見てシャンはそれ程でもなかった。とは言え、学ぶ意欲は素晴らしくゆっくりとした速度ではあっても、きちんと知識を吸収し、応用してみせるだけの知恵はあった。剛力無双にこの知恵である。将来は一角の人物になるだろう、というのはシャン以外の三人の共通する見解だった。

 

 四人での旅は、それはそれは楽しいものだったが、そう長くは続かなかった。

 

「生涯の主と思い定めるには聊か心許ないが、これほど放っておけないと思ったお人は初めてだ」

 

 故にしばらく客将として世話になると、星が幽州は公孫賛の元に残ることになり、四人は三人となった。

 

 公孫賛とは風も稟も話をした。確かに能力は高く、特に騎馬隊の指揮力に優れていたが、大業を成すような大人物には見えなかった。だからこそ、星も生涯の主と定めた訳ではないと態々言い残したのだろう。

 

 それでも星が残ると決めたのは、大業を成すような器ではないけれど、どうにも放っておけない雰囲気があったからだ。あれは明らかにいらない苦労を背負い込んで、色々な面で苦労する性質である。風も自分に武力があれば残ると言っていたかもしれない。これも人徳と言えるのだろう。星が残ると決めた時、公孫賛は涙を流して喜んでいたのを良く覚えている。

 

 さて、黄巾賊との決戦が冀州で行われるという見通しを立てた風たちは、それを避けるようにして帝国を左周りで旅をしてきた。いつか使う時が来るだろうと、情報を収集しながらである。女三人の旅だ。情報を吐き出してくれる人間はそう多くはなかったが、腕っぷしの強い人間が一人二人いると、役人や商人の口も軽くなる。

 

 風も稟も知力で人に遅れを取るつもりはなかったが、乱世ではやはり力が物を言った。シャンの背格好を見て誰もが最初は不安を抱くのだが、彼女が自分の得物である大斧を振り回して見せると、途端に態度を軟化させるのだ。誰だって命は惜しい。力ある武人に対して知識人よりも敬意を払うのは、ある意味当然と言えた。

 

 方々で、シャンの腕は高く評価された。シャンくらいの腕であれば、どこでも高い給料で雇ってくれるだろう。年齢を考えれば仕官していないというのも納得はできるが、それも時間の問題だ。是非我が家に。という勧誘をしかし、シャンは断り続けた。

 

 星が大器を求めて旅をしていたように、シャンにも拘りがあったのだ。いくら話を聞いても要領を得なかったが、簡単に言えば彼女は相性の良い相手を選びたいのだということだ。

 

 器の大小はあまり重要ではない。会ってみて、話してみて、触れて見て、感じてみて『この人は心の底から信用できる』と思ったなら、生涯その人に仕えようという気でいるらしい。全ての話を断ったのは、彼ら彼女らがそういう気分にさせてくれなかったからだ。

 

「できれば男の人が良いなー」

 

 とシャンが口にした希望は、剛力無双の武人としては聊か乙女めいていた。年齢を考えればそれも無理からぬことではある。大斧を振る才に恵まれなければ、普通の少女としてシャンも暮らしていたはずだ。その才能が選択肢を広げると同時に、狭めてもいる。

 

 大抵の人間はシャンの才能を見て、それを活かすことを勧めるだろう。それと普通の少女としての幸せが両立しないとは言わないが、今が乱世であることを考えると、彼女ほどの才能だ。おちおち恋もできないだろう。主が素敵な男性であれば、その問題が一気に解決する。

 

 武勲を挙げて名前を売り、ご主人様に見初められて寿退官する。血なまぐさい前半部分を除けば、都市部の少女に好まれそうな、少女の成功譚そのものである。

 

 年若いシャンですら、最終的には家庭に入ることを考えている。女性としてはそれが正しいのかもしれない、と思うと何だか自分が打算のみで動いている汚れた人間のような気がして、風も稟も気分が滅入った。あくまで主は感性で選ぶ、というシャンに風と稟は羨望に近い気持ちを覚えていた。

 

 二人も主たる人間を選ぶに感性に依るところがないとは言わないが、シャンに比べるとその選考基準は打算的であると言わざるを得なかった。風たちが求めているのは、最終的に勝利する船だ。どれだけ相性が良くとも、途中で沈んでしまうのでは話にならない。

 

 後は、できれば名家の生まれでないことが望ましい。例えば曹操や孫堅など、既に大人物であると風評のある者は世に散見されるが、そういう人物はえてして、親類の発言力が強い。彼女らがいかに有能であっても、親類とは自分の後援者であり、同士である。例えその提案が間違っていると頭では解っていても、無視をできない時が来るかもしれない。名家の生まれでなければ、そういう柵は一切考えなくても良いのだ。

 

 もっとも、勝馬であるという事実に比べればこちらの方はあまり重要ではなく、あくまで好ましいという程度だ。どれだけ才覚があっても、それを活かす下地がなければ埋もれてしまう。風も稟も神ではない。いかに大器であっても、埋もれたままでは発見することはできないのだ。地に埋もれた大器と比べれば、多少窮屈な中器であっても満足するより他はない。

 

 三人で話し合った結果、現状、もっとも仕えても良い人間というのは曹操だった。中器というには大器過ぎるが、苛烈であっても公正で、卑しい身分の人間は重く用いないとして知られる袁紹と比べると、比較的広く人材を登用している。何より、高い才能を愛する人ということで有名だ。

 

 広く人材を集める、という点では孫堅も似たようなものであるが、あちらは既に上層部の体制が固まりきっていた。古参の武将が多く残っており、武官も文官も既に派閥が出来上がっている。側聞するに、文官筆頭は既に周瑜に代替わりしており、しばらく世代交代は見込めない。その周囲も縁の深い一族を中心に登用が進んでいる。

 

 これで盆暗ばかりというのであればまだ良かったのだが、文武両道を絵に描いたような孫呉上層部は、例え文官であっても、一通りの武を修めていると聞いている。筆頭である周瑜も鞭の名手であり、それに続く陸遜も三節棍を使うという。知一辺倒という人間には、聊か住みにくい集団なのだ。

 

 一緒に旅をしている間、星は色々と手ほどきをしてくれた。それほど運動神経の悪くなかった稟は、それなりに形になったのだが、背が小さく、また膂力にも恵まれなかった風は少し剣に触っただけで諦めてしまった。文の部分では誰にも負けなくても、武の部分では話にならない。

 

 無論のこと、孫堅も武がからっきしであるからという理由で、文官の登用を渋ったりはしないはずだ。文武両道というのはあくまで理想論であり、文官の本領は頭を使うことである。運動ができないからと言ってデキる文官の登用を渋っていては、国は立ちいかなくなる。孫堅もそれは解っているだろう。

 

 仕官を希望すれば風もきっと採用されるのだろうが、あくまで理想と言っても、それが理想として掲げられていることに違いはなかった。自分には向いてませんから、と言って全く歯牙にもかけないのでは角も立つ。まして自分たちは外様であり、周瑜や陸遜は一定の武を修めている。肩身の狭い思いをするならばと、どちらかと言えば曹操に、と軍配が上がっている訳である。

 

 流浪の軍師を気取るのもそろそろ限界だ。各地で残党が暴れているものの、黄巾の乱は一応の終息を見せた。少しばかり平和な時間が続くが、大きな戦が起こるのは時間の問題だろう。目下の問題が片付いたことで、権力争いが本格化している。

 

 遅れれば遅れるほど、売り込みは面倒臭くなる。そろそろどこかに仕官した方が良い。このまま曹操の本拠地まで旅をし、それまでに有力な候補がいなければ曹操に仕官する。三人でそう取り決めて、一路東進。

 

 その間に、一つおかしな盗賊団を見つけた。

 

 規模は五百人と言われているが、官軍と交戦した記録はない。襲撃した村は全て焼き払われていたが、その徹底っぷりに比べると死傷者は驚く程に少なかった。何でも、これから盗賊が来るぞ、という先触れが来たらしい。それが一つや二つであれば、良い人もいるものだ、という話で済むのだが、その盗賊団が襲撃した村は十を超え、その全ての村の生存者が、先ぶれが来たと証言していた。

 

 容姿も共通している。馬に乗った旅装束の男で、盗賊団が来る。それは五百人くらいだ、という情報を残すと馬で去っていくという。これ程怪しい存在もないが、これは違う村の証言を紐付けて初めて理解できたことだ。官軍であれば、ここまで詳細な調査はしなかっただろう。つまりは生存者同士が情報の交換でもしなければ、永遠に表に出てこなかった情報だが、誰も気づいていない情報というのは、使う人間が使えばそれなりに価値があるものだ。

 

 そして実際に襲われた村を見分して更に盗賊団の情報を収集した結果、先ぶれの男が言っていた五百人というのは相当なフカシであることも解った。始末されていた竈や便所の跡から類推するに、実数はおよそ半分ほど。二百から二百五十の間と言ったところだろう。

 

 先ぶれの男も盗賊団の一味だろう。先ぶれが行くことで村人は逃げる人間、残る人間に振り分けられる。残った人間はそれこそ死にもの狂いで戦うだろうが、村から逃げる人間がいる分、盗賊団の取り分は少なくなる。それを理解していて尚、先ぶれ作戦を取り続けたということは、取り分が少なくなることよりも、戦う相手を少なくすることを優先した結果である。

 

 二百人からの無頼の輩がいて、ただの村人を警戒している。農村部とは言え、従軍経験者がいることもあるだろう。一般人とて油断できる相手ではないのがこの時代の常であるが、用心深いというよりは臆病、というのが風と稟の共通見解だった。

 

 臆病で、戦闘能力に自信がない二百人からなる盗賊の集団。これならシャン一人でも、皆殺しにできると戦闘担当の少女は自信を持って断言した。

 

 盗賊団一つである。名前が売れる訳でも金になる訳でもないが、既に大きな被害が出ている以上、これを見過ごすのも道理に反する。できることならば何とかしようと心に決めて動きを予測し、次に襲われる村に当たりを付けて先回りして見ると、その村には自警団があった。

 

 自分の村を自分で守ろうという取り組みは珍しいものではない。従軍経験者がいれば、隊伍を組んで組織的な動きをする、というのもできなくはない。村人たちも命がかかっているから熱心に仕事をするだろうし、戦闘技術も学ぶだろう。

 

 村によって練度の差が激しいものだが、居並んだ団員の動きはそれなりに洗練されていた。この周辺に限定すれば、人数も練度も最良と言える。

 

 その指揮をしていたのは、北郷一刀という若い男だった。年齢は風や稟よりも少し下。農村ではなく都市部にいそうな男で、商家の次男か三男というのがしっくりくる優男である。それなりに洗練された服を着ていれば、さぞかし都のご婦人がたには人気が出るだろうが、今は農村らしく簡素な防具で武装していた。

 

 見た目の印象がそんなものだから、強そうには見えない。この男性が自警団の代表というと守られる側としては不安なのではと思うが、合流するまでに聞いた限りでは、彼の評判は悪くない。

 

 元々が旅人で、この村に来て三か月程であるという。給金などもちろん出ていないが、彼は毎日よく働き、村の男衆を調練したという。村を囲む柵も、いざという時の避難計画も、夜間の見回りも、全て彼が一人で構築したものだ。

 

 見た目以上に、優秀な男なのだろう。ここまでタダで尽力されると、何か裏があるのではと疑ってしまうが、顔を見た限りは、腹芸のできそうなタイプではない。これは風の直感であるが、この男は見た目通りの良い人だ。

 

 それなりに優秀であること、良い人であるということは解った。この男ならば勝算を示せば喜んで村の防衛に協力してくれるだろう。シャンが一番仕事をするとは言え、命をかけて戦うことになる。死傷者がゼロという訳にはいかない。風が聞きたかったのは、自分と、そして何より仲間が死ぬ危険を理解した上で参加できるかということだった。

 

 迂遠な言い回しでそれを試すと、男は声を挙げて反抗し手を突いて頭を下げた。村を助けるために力を貸してほしいと、彼はそう言っている。その頃には、自警団も全員集まっていた。盗賊との闘いに勝算があるとは匂わせておいた。ここまでは予定調和である。

 

 彼らの力量を再計算して、風は作戦を立て直した。元々は、盗賊団を強襲。周囲を自警団で固めて逃走経路を封じ、夜間にシャンを投入して皆殺しにする計画だった。作戦と呼ぶのもおこがましい雑な計画であるが、ある程度の取りこぼしを許容するのであれば、これが一番死傷者が少ない作戦である。

 

 シャン一人に犠牲を強いているようなものであるが、シャンの実力であればそう大怪我をするものではないし、何よりシャンが積極的にその作戦を採用するように働きかけた。自分一人でやるのが最も成功率が高いと、理解しているのだ。実力が離れすぎていると、仲間というのは邪魔でしかない。

 

 だが、この男だ。一刀は自分を自警団の一員、ただの戦力と考えているようだが、それは勿体ないことだった。風たちだけでは実行できず、村人全員の力を借りても無理だった作戦が、彼一人いるだけで実行が可能になる。後はどれだけ、一刀が作戦を理解し実行してくれるかだ。

 

 胸が高鳴る。一刀は地に手を突いて頭を下げ、知恵を貸してと願った。量られているのは、自分たちの器だ。どれだけ命を救い、この村と、人々と、その生活を守れるかで、風たちの器量が判断されるのだ。

 

 見栄など張る性質ではないと思っていた。しかし、この男に軽く見られたくないと思っている自分がいる。命のかかった状況だ。不謹慎ではあるが、知略を尽くし、物事に当たるこの時間が久しぶりに楽しい。

 

「お兄さん、お芝居の経験とかありますか?」

 

 風の問いに、一刀は目を白黒とさせた。意表を突けた。その事実に、風は笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 




風たちのパート。彼女らは彼女らで仕事をしていたのでした。
次回、盗賊団との戦闘パートです。

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