『私は騒ぎを起こして奴らの注意を引く。お前はその間に侵入したもう一人と脱出しろ』
『もう一人?』
『ああ、性格に少し難はあるが与えられた仕事はきちんと果たす……はずだ』
エムと名乗った少女がそう言い残して部屋から出て行って十数分後。
鳴り響いた火災報知機の音に真は見せかけの拘束を振り払い、首輪も投げ捨てる。
「よし、行くぞ」
誰に言うでもなく、真は独り言を呟き部屋から出た。
そこには監視だったと思われる女が二人、壁に寄りかかるように座り込み気を失っている。
そして、一人立っている金髪の少女が真を出迎え――
「こっち」
それだけを短く言うと走り出した。
「えっと……」
彼女の顔に真は見覚えがあった。エムと同様に検査会場で真が戦った少女だが、そんなこと忘れたかのように少女は真に対して無反応だった。
「どうしたの、行かないの?」
思わず思考と共に足を止めてしまった真を窺うように、少女が不思議そうな顔で振り返る。
その仕草は見た目よりも幼さを感じさせ、つい真は妹のことを思い出してしまう。
「何でもない。急ごう」
雑念を振り払って真は走り出す。
少女の足は速く、油断すると置いていかれそうだった。
長い廊下を駆け抜け、階段を走って降りる。
「なあ、どこに向かっているんだ?」
「下」
「いや、それは分かっているんだけど」
階段を下りながらそう答える少女に真は不安に思う。
「えっと……どうやってこの建物から脱出するんだ?」
「車を用意してある。それで――」
「お前達そこで何をっ!? お前は被検体二号!?」
真達とは逆に階段を登ってきた二人の警備員が真の顔を見て驚く。
その一瞬で少女は階段から躊躇わずに跳んで、その勢いのまま一人の頭を蹴り抜いた。
「こいつっ!?」
真から少女に意識を変えるが、その間にも少女は次の警備員に足払いをかけて転ばせ、持っていたスタンガンを押し当てる。
空気が弾ける音と共に警備員は大きく痙攣して動かなくなる。
その一連の動きは先程までのふわふわした雰囲気を持っていた少女が行ったものとは思えないほどに苛烈で容赦のないものだった。
「くそっ……被検体二号が脱走を――」
最初に蹴り倒された警備員は口から血を流しながら、通信機に向かって叫ぶ。
それを見て真は咄嗟に警備員の手から通信機を蹴り飛ばす。
「なっ!? 貴様っ自分が何をしているのか分かっているのかっ!?」
「勝手に人に番号なんて付けて呼んでんじゃねえよっ!」
倒れたまま怒鳴る警備員に真は怒鳴り返して、その顎を蹴り抜く。
昏倒する警備員を見て、真は改めて自分が選んだ道がどういうものか実感する。
「行こう」
生唾を飲み込んで、真は少女に向かって言う。
「うん」
素直に頷く彼女から感じる無邪気さは、やはり先程一瞬で警備員を無力化したとは思えないほどに子供ぽかった。
「そういえば……」
「……?」
真の呟きに少女は小首を傾げる。
「君の名前は? 何て呼べばいい?」
真の質問に少女はきょとんとした顔を返し、一拍遅れて名乗った。
「ステラ……ステラ・ルーシェ」
*
「このタイミングで火災だと?」
「十中八九、陽動ですね。目的は考えるまでもなく戸高真の身柄の確保でしょう」
「だろうな」
楯無の言葉に千冬は頷き。肌で感じる戦場の空気に陰鬱とした思考を切り替える。
「とはいえ、ここはIS委員会が主導で警備している施設だ。私達が出しゃばるのは越権行為になるな」
正式な要請があれば話は別だが、社会的には千冬は教師で楯無はロシア代表の国家代表。
その立場があるからこそ好き勝手な介入はできない。
「織斑先生、この世界には偶然という素晴らしい言葉があるんですよ」
「更識?」
いたずら子のような笑みを浮かべる楯無に千冬はいぶかしむ。
「火災と聞いて避難した先に偶然、戸高真君がいただけですよ」
「いや、それは無理があるのではないか?」
「なら織斑先生の中に流れる戦士の血が戦場に駆り立てた、という設定はどうですか?」
「私はどこの狂戦士だ?」
「では、無難なところで委員会のIS操縦者の腕を見たかったというのは?」
「火事の設定を忘れているぞ」
「ですが、これがテロリストの仕業ではなく委員会が彼の排除を行うための工作の可能性も考えられます」
そんなことあるわけない。
そう否定する根拠は千冬にはなかった。
IS委員会など女尊男卑主義の典型が集まる組織。
男でありながらISを動かした戸高真を疎ましく思っていてもおかしくはない。
「何にしても戸高真君の安否の確認だけはしておきましょう」
「そうだな」
楯無の妥協案に千冬は頷いた。
本当に火事だったとしても、テロリストの襲撃だったとしても自分達にできることはない。
「更識、お前は外を警戒しろ。私は一旦戸高真の部屋に行く」
「了解しました」
短いやり取りを経て、千冬と楯無はそれぞれが向かう方向へ動き出した。
*
「危ないっ!」
地下の駐車場へ出る重い鉄の扉を開いたところでステラに手を引かれ、真は横の壁に押し付けられた。
「お、おいっ!」
密着する彼女の体の感触にドギマギしたのは一瞬、中途半端に開けた鉄扉が蜂の巣となって弾け飛んだ。
「警告もなしかよ」
このまますんなりと脱出できるかもと思ったが、現実は甘くない。
それでも問答無用で殺しにくるとは想像していなかった。
一応ISを動かした二人目なのだが、女達からすれば疎ましい存在なのだと思い知れされる。
――やるか?
右腕にあるISに視線を落として真は考える。
敵が何人いるかは分からない。
鉄扉を吹き飛ばした弾痕から少なくてもISが一つはあることが分かるが、それだけしか真には分からない。
身体の調子はいい。
しかし、機体は損傷した状態のまま。
ルガーランスは前の戦闘の時に没収されて手元にない。他の武装もない。
「でも、やるしかないか」
意を決して真はマーク・ツヴァイを展開しようと意識を集中して――
「ファフナー、使うのダメ」
ステラがそんな真を止めた。
「シンのファフナーはまだちゃんと整備をしてない。だから使わせちゃいけないってエムが言ってた」
「だったらどうするんだよっ!?」
「ステラが行く」
「え……?」
そう言うとステラは次の瞬間、全身を黒の装甲に包んでいた。
「ああああああっ!」
次の瞬間、今までの天然を感じさせた声が一変して獣のような咆哮を上げて彼女は戦場へ飛び込む。
「っ……お前達は被検体二号を確保、殺しても構わん!」
IS操縦者の指示にその取り巻きをしていた武装集団がステラを避けるように散らばる。
「っ……」
真がいる場所はエレベーターホール。その先に上階への階段があるだけで逃げ場はない。
どうするか、迷ったところでステラが乗ったISが変形した。
「なっ!?」
人型が単純に四つん這いになって背中のパーツが頭部にせり出す。
一見すれば犬のような形状。
敵ISからの射撃を四肢を使った縦横無尽な独特な動きで回避し、動き回りながら背中にマウントされたウイングブレードが回避のついでに雑兵を薙ぎ払う。
「うぐっ!?」
目の前に広がった赤。そして口々に上がる悲鳴に真は口元を押さえた。
「この人殺しがっ!」
敵の操縦者が叫びライフルを乱射する。だが、縦横に四肢を使って跳ねるステラの機体に当たらず、横をすり抜けた際にウイングブレードで銃身を半ばから切断した。
「ちっ!」
大きな舌打ちをして刀が展開される。
が、それを完全に展開されるよりも早く、方向転換してきたステラが敵ISに向かって加速する。
犬を模した頭のパーツに格納された刃が角のように前に展開され、それを突き刺すように突進する。
「頭部で攻撃するのかその機体!?」
展開中だった刀を放り捨て、両手のアームを盾にして敵操縦者がステラのISの装備に驚く。
角の一撃を受け止めるものの、その衝撃までは止め切れず、敵ISはステラの体当たりに押され、勢い良く壁に叩きつけられた。
「がっ――ぐっ!?」
その衝撃で切っ先がずれで敵操縦者の肩に突き刺さり、絶対防御の激しい発光が火花を散らせる。
角が絶対防御を発動させたかと思うと、その刀身が二股に分かれ、ルガーランスのように――
「っ……」
思わず、真は目を逸らした次の瞬間、銃撃のような炸裂音が鳴り響いた。
「終わったよ真」
無邪気なステラの声が戦闘の終わりを告げた。
――これが今の世界の現実なのかよ?
目の前の地獄のような光景に真は言葉を失った。
うめき声はいくつか聞こえるが、何人生き残って、何人死んだのか、真には分からない。
分かっていることは、自分と同じくらいの無邪気な少女が豹変してこの殺戮を行ったことだけ。
だが、それはステラだけに限った話でもない。
彼女が戦ってくれなければ、屍をさらしていたのは自分だった。
ステラも、政府のISも、今だって彼女達は引き金を引くのを躊躇わず、簡単に真を殺そうとした。
真にはISを持つ権利や責任は分からない。
だが、ISが467個しか世界に存在していないからといって、それが他の何かよりも優先されるなどという理屈など真は納得できない。
――そんなにISが偉いのか? 俺もそうなるのか?
敵を倒すため。確実に邪魔をされないように息の根を止める。
理屈は分かる。
篠ノ之束だけが目的でも今の様に邪魔をするものとは戦わなくてはならない。
今目の前に広がる光景を自分が作ると思うと、決意したはずなのに迷いが生まれる。
「どうしたの、シン?」
鋼の顔に包まれたままステラは首を傾げる。
そんな無邪気な仕草が余計に現実との乖離を真は突きつけられた気がした。
「ステラ……俺は――」
言いかけた言葉を真は最後まで言えずに飲み込んだ。
おそらく、ここが境界線。
ここを超えたら本当にもう後戻りできなくなる。今更躊躇している自分に真は呆れた。
真の迷いに気付かず、ステラは赤く染まった鋼鉄の手を差し出す。
「早く行こう、シン」
差し出された手に真は息を飲んで――
「そこまでだ」
凛とした声が響くと同時にISを纏っていたステラが大きく吹き飛ばされた。
「なっ!?」
真はそこに信じられないものを見た。
ISの大きなブレードを片手で操り、ステラを吹き飛ばしたのは世界最強と言われる織斑千冬だった。
しかし、その身にISは装備しておらず、彼女は自分の身の丈を超える大刀を軽々と肩に担ぐ。
「織斑千冬……」
「こいつっ!」
駐車していた車に叩きつけられたステラは怒りを声に滲ませ立ち上がり、剣を展開して織斑千冬に斬りかかる。
「…………ふん」
織斑千冬は迫る黒の機体に対して慌てることなく、むしろ余裕の素振りで周囲に散らばった人だったものを一瞥し、瞳に静かな怒りを滲ませて大刀を振り下ろした。
「えっ!?」
剣を振り被ったまま、斜めに斬痕を刻まれたステラの機体は仰け反って、倒れた。
「嘘だろ……」
攻撃態勢に入っていたISに対して後の先を取って一方的に斬り伏せた織斑千冬に真は驚くことしかできなかった。
「ひっ……」
振り向いた彼女の眼光に真は思わず腰を抜かしてその場にへたり込む。
「ああ、すまん」
一言千冬が謝ると刺すような眼差しの力が和らぐ。
「怪我はないな戸高真?」
大刀を片手に歩み寄ってくる千冬の姿に真は何故かかつて見た白騎士の姿を重ねていた。
震えそうになる身体をぐっと抑え込み、真は差し出された手を無視して言葉を投げかける。
「やっぱり……アンタが白騎士の操縦者なんだな?」
「……またその話か、そのことについては私は知らんと言ったはずだ。それよりも今は――」
「なら、ちゃんと目を見てそう言えよっ!」
差し出された手を乱暴に払って真は叫ぶ。
「自分は関係ないっ! 白騎士事件の犯人も篠ノ之束じゃないって言えよっ! 言ってみろよっ!!」
真の叫びに千冬は唇を噛むだけ。その様が彼女が無関係ではないと雄弁に語っていた。
「お前、邪魔っ!」
「っ……!」
真の言葉に固まる千冬にステラが生身でナイフを片手に襲い掛かった。
咄嗟に千冬は大刀を振り上げ、ナイフを弾き、返す刃を振り構え、そこで千冬は不自然に硬直した。
「ステラッ!」
固まる千冬を他所に真はステラに飛びついて彼女を千冬の間合いから逃がす。
もっとも、そんなことをせずとも結局千冬は大刀を振り下ろすことはしなかった。
血溜りに転がるようにして真はステラを庇うように千冬に向かって身構える。
「戸高真。お前は……自分が何をしているのか分かっているのかっ!?」
「分かってるよ……」
千冬を警戒しながら、ステラの盾になるように立ち上がった真は迷いを振り払って彼女に答える。
「誰も教えてくれない。誰も知ろうとしない。だったらもう自分で探すしかないだろ」
「テロリストに身を堕としてまですることか?」
「だったらアンタが答えろよっ! 今、ここでっ!」
真の訴えに千冬は悲痛な顔をするが、答えは相変わらずの沈黙だった
「都合の悪いことはだんまりかよ……最低だ、アンタは」
「…………私は…………くっ……」
千冬は何かを言いかけるが、結局口を噤んでしまった。
「はははは……世界最強のブリュンヒルデが子供一人に何も言い返せないとは滑稽だな」
不意に男の哄笑がそこに響き渡った。
真は驚き、声の方を見るとそこには――変人がいた。
「あ、ラウ……」
その男の姿にステラは喜色な声を上げる。
「ステラ……もしかしてこの人って味方なの?」
恐る恐る真はステラに尋ねる。
それほどまでに男の姿は怪しかった。
痩身で背が高く金髪。
日本人ではないだろうが、目元を覆う仮面がよく分からない。
――いや、まさかな……身元がばれないようにするための仮面だよな?
いや、それでももっとマシな仮面があったのではないかと思ってしまう。
そんなことを思いながら真はステラの答えを待つ。
「うん、そうだよ」
無邪気に頷く彼女に真は思わず天井を仰ぐ。
――なんだか一気に胡散臭い連中になってきたな……
織斑千冬に似たエム。
無邪気と獣のような二面性を持つステラ。
そして変な仮面で顔を隠した男。
子供が二人と変な男が一人。
自分が想像していたテロリストのイメージと異なる彼らに真は先程とは別の意味で不安になる。
「戸高……いや、飛鳥真君。亡国機業は君を歓迎しよう」
「それをみすみす私がさせると思うか?」
「ほう……君は彼が自分で選んだ道を否定する権利があるというのかい?」
「子供が外道に誑かされ、堕ちようとしている。大人として止めるのは当然だ」
「では君は正しいのかね?」
「……どういう意味だ?」
「難しいことを聞いているわけじゃない。君は正義なのかと聞いているんだよ」
ラウの言葉に千冬は口を閉ざして何も答えない。
「そもそもこの歪んだ世界に正しさなどあるのかね?
ISという存在で歪み、男と女を色分けし、時が経つに連れてその溝は大きく深くなっていく」
「…………れ……」
「ISを作り出した神だと言われているが、所詮篠ノ之束は世界に混乱をもたらした戦犯でしかない。ならば、彼女の親友である君は何者なんだね?」
「黙れっ!!」
ラウにそれ以上言わせないようにか、言葉の途中で千冬が踏み込んだ。
俯瞰してた真が目でやっと追える速度。
相対していたラウが大刀に斬殺される姿を想像するが、彼の左腕、銀の鉄腕に括られた盾がそれを受け止めた。
「なん……だと……?」
「大した速度だ。これでISを使っていないとは恐れ入る」
真はラウの左腕の存在を当然のように受け止めたが、三人目の登場に千冬は驚く。
が、ラウはそのまま右腕にもISを纏うと同時にそこに握られたマシンガンの銃口が火を吹いた。
「っ……」
咄嗟に千冬は後ろへ距離を取り、同時に撃たれた弾丸を大刀で弾いた。
連続して撃ち出される弾丸を弾きつつ、千冬は柱の陰に逃げ込む。
「恐ろしい身体能力だな。君は本当に人間かね?」
射撃を止め、隠れた千冬にラウは言葉を投げかけつつ、小声で――
「先に行け」
真達の逃亡を促す。
「うん」
ステラは素直に頷いて真の手を取って、足音を忍ばせて移動を始める。
「随分な言われ様だな」
「なに今の時代遺伝子を強化して生み出される兵士も存在する。君のような存在が造られていてもおかしくはないのでね」
「…………試験管から生まれた者は化物か?」
「では試験管でないなら白騎士に改造でもされたのかね?」
「…………何のことか分からんなっ!」
言葉と共に千冬は柱の陰から飛び出す、それをラウが迎え撃つ。
真は一度だけ振り返り織斑千冬を見て、その姿を振り払いステラの後に続いた。
――もう決めたんだ……
織斑千冬の存在で迷いを断ち切り、真は改めて戻れない道に踏み出した。
二人の戦闘の音を置き去りにし、真は手を引かれるまま一台の車に乗せられる。
「おい、ステラ。免許は?」
助手席に座り、シートベルトを締めつつ真は尋ねる。
見た目の歳は自分と同じ中学三年。車の免許が取れる詳しい年齢を把握していないが、まだ取れないことは分かっている。
「大丈夫。必要なのは資格じゃなくて技術だって言ってた。それに――」
「それに?」
やはり無免許なんだな。遠い目をしてテロリストなのだから気にしても仕方がないと強引に納得させつつ、真はステラの言葉を聞き返す。
「クーガーが言ってた。ステラには走り屋の才能があるって」
「いや、誰だよクーガーって、しかも走り屋!?」
その言葉は急発進する車の勢いで真は最後まで言うことはできなかった。
*
「止まりなさいっ!」
地下から上がってくる車にミステリアス・レイディで武装した楯無は大きな声で通告する。
運転席には金髪の少女。その隣には戸高真がいるのをハイパーセンサーで確認する。
楯無の通告は無視され、むしろ逆に車はスピードを上げる。
「馬鹿ね……」
車如きではISに太刀打ちなどできるはずもないのに、それが分からない相手に楯無は嘆息をもらす。
――織斑先生からの連絡はない。戸高真が攫われたのか、自分から着いて行ったのかは判断しきれないわね……
主犯の少女はともかく、民間人の真だけは極力傷付けないように楯無はガトリングランスの照準を車のタイヤに合わせ――
「っ!?」
次の瞬間、横からの衝撃に息を詰まらせた。
「何っ!?」
『側面から改造車による横撃』
ハイパーセンサーが今更伝えてくる攻撃に楯無は困惑しながら、バンパーに押さえつけられた身体を起こしてそれを見る。
「フヒャヒャヒャヒャヒャー! ブゥラァボォォォォォ!」
運転席では頭の悪そうなサングラスをかけた男が高笑いを上げていた。
そして、車もセンスが悪いとしか言いようのないものだった。
ピンクの塗装に各部に付けられた無意味なスパイク。どこの世紀末だと聞きたくなるほどにヘンテコな車。
そんな派手な車の奇襲を知覚できなかったことがとてつもなく恥ずかしくなる。
「このっ!」
楯無はガトリングランスを車に突き立て掃射する。
エンジンタンクに引火して車は爆発を起こす。
上空に退避しながら楯無が見たのは、運転手が奇声を上げながら爆風に煽られて、座った姿勢のまま飛び出す姿だった。
「ドラマチーック! エスティーック! ファンタスティーック! ラブディー!」
男はハンドルを片手に危なげなく着地する。その姿は信じられないことに無傷だった。
「何だか頭が痛くなってくるわね」
変な男を見なかったことにして、戸高真を乗せた車を探す。
彼を乗せた車は施設から脱出して、遠ざかって行く。
「おっと、俺より速く動くつもりかい? お嬢さん」
飛んで追い駆けよう。そう身構えた瞬間に気がつけば男が目の前にいた。
「っ!?」
咄嗟に楯無は後ろに飛んで、男から距離を取る。
「貴方……何者……?」
楯無は警戒心を強めて男と対峙する。
見たところ銃火器で武装している様子もない。持っているのはせいぜい車のハンドルだったガラクタだけ。
なのに、無視してはいけない存在だと楯無の勘が警鐘を鳴らしていた。
「ふ、俺の名はストレイト・クーガー。世界で最も速い男だ」
「世界最速とは大きく出たわね……貴方も亡国機業なのかしら?」
「だとしたらどうする?」
「怪我をしたくなかったら大人しく退きなさい。退かないというのなら骨の一本や二本、覚悟してもらうことになるわよ」
相手が男であり、丸腰。対する自分はISを纏っていることから楯無は警告する。
だが、クーガーは不敵な笑みを浮かべるとハンドルの残骸を高く投げ上げた。
「そうかい。ラディカル・グッド・スピードッ! 脚部限定っ!」
叫ぶと同時に、量子変換の光が彼の足を包み込み、一瞬の時間で鋼に包まれる。
「まさかISっ!?」
絶対的な戦力差があると思っていた楯無はクーガーが纏う鋼の足に虚を突かれた。
織斑一夏に戸高真。そして新たに現れた三人目の男性IS操縦者。
しかも前の二人とは違い、部分展開という高度な運用を扱えている様を見るに、織斑一夏よりも先だった可能性の方が高い。
などと考えていると、楯無は目の前にいたはずのクーガーの姿を見失った。
「え、どこ――」
探そうとハイパーセンサーを巡らせようとして、楯無は正面から蹴り飛ばされた。
「っ……今のは何?」
空中で体勢を立て直し、ハイパーセンサーのログを確認する。
だが、そこにはクーガーの接近も攻撃も感知していない。
「どんな手品を使っているか知らないけど、お姉さんを本気にさせたわね」
男の奇襲を警戒して楯無は水のベールを周囲に展開してランスを構える。
「私は真君を追い駆けなくちゃいけないの、悪いけど速攻で決めさせてもらうわ」
「俺に速さで挑もうってか?」
自信に満ちた言葉を挑発と取って楯無はガトリングランスを構え、瞬時加速を持って突撃した。
「それがIS学園最強の力かっ!?」
が、瞬時加速の勢いを乗せたランスの一突きをクーガーは難なく足の裏で受け止める。
「っ……」
すぐ様、楯無は内蔵されているガトリングの引き金を引くが、そうした時にはもうクーガーはランスを蹴って宙高く舞っていた。
「遅いっ! 遅過ぎるっ!」
着地点を狙って掃射するが、着弾するよりも速くクーガーは迫る銃弾の雨を置き去りにして走る。
「俺はこう思うんだ、更識竜無」
「私の名前は――」
「この世の理はすなわち速さだと物事を速く成し遂げればその分時間が有効に使える遅いことなら誰でも出来る20年かければバカでも傑作小説が書ける有能なのは月刊漫画家より週刊漫画家週刊よりも日刊つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則! そして俺の持論だぁ――ァ!」
言い返す前にクーガーは遠ざかって行く、と思った次の瞬間、離れた距離を一瞬で助走にした蹴りが楯無を吹き飛ばした。
「まさか――」
楯無は戦慄する。
ハイパーセンサーの知覚を誤魔化す第三世代型の特殊兵装。もしくは単一仕様能力。
そうだと思っていたが、クーガーの言動を顧みればありえない可能性が浮かび上がる。
「まさか純粋な速さだけでハイパーセンサーを振り切っているっていうの?」
しかも、クーガーは足だけの部分展開。
完全展開したらどれほどの速さになるのか、想像するできない。
だが、真に驚くべきはISの性能よりもそんな速度が出せるISに振り回されずに使いこなしているクーガーの存在だった。
「悪いが時間をかけていられないのはこっちも同じでな。最速で終わらせてもらうぞっ!」
クーガーの叫びに楯無は全身に寒気を感じた。
「衝撃の――」
勘に任せて楯無はランスを盾のように構え――
「――ファースト・ブリッドッ!」
超加速した蹴撃がランスをへし折り、楯無の身体を蹴り飛ばした。
「ああ……また二秒、世界を縮めた……」
クーガーは両手を空に掲げ、恍惚とした声音でそんなことを呟いた。
「くっ……待ちなさいっ! 私はまだ――」
声を上げて楯無はまだ自分は戦えると主張しようとしたが、彼女が立ち上がった時にはもうそこに誰もいなかった。
*
男性IS適性検査、結果報告。
二月某日。東京での男性IS検査会場にて、戸高真が隠し持っていた未登録のコアにより彼のIS搭乗を確認。
しかし、その翌日。亡国機業により、彼は誘拐される。
件のISについての調査、また戸高真が本当にISを起動できたのか確認作業は不十分となったため、IS委員会は彼がISに乗った事実はなかったものとして処理する。
また、残った男性の適性検査から織斑一夏に続く、適合者は発見されることはなかった。
スクライドからスペシャルゲストとしてストレイト・クーガーを呼んでみました。
Seed勢には頼れる大人枠がいないと思案して、他ガンダムから誰か数人入れようかと考えていたらこの人を思い出しました。
顔はファフナーに似ているし、RGSはISやファフナーに微妙に似ているし、向こう側に行った経験もある。
この兄貴がいればきっと真は運命に辿り着ける……かもしれない。
そして千冬さん、本編開始前なのに精神攻撃をされまくっている。この後に一夏の同化現象でさらに追い討ちをかけていたとは……