空を飛ぶのは快感だった。
だが、それを堪能している余裕など真にはなかった。
目の前には太い腕をした無人機のIS、通称ゴーレムⅠ型が両肩のビーム砲の連射が精確な射撃でマーク・ツヴァイとなった真を追い立てる。
『何をしているマーク・ツヴァイ。逃げてばかりでは勝てないぞ』
「分かってるっ!」
プライベート・チャネルによるエムの野次に真は叫び返しながら、反撃のビームライフルを撃つ。
だが、一条のビームはゴーレムⅠ型から大きく外れて虚空に消えていく。
『どこを狙っている!? ちゃんと狙えっ!』
「くそっ……」
そのまま連射するも、一つとしてかすりもしない。
相手は止まっているのに、自分が動きながら、それも高機動状態での射撃がこんなに難しいとは思わなかった。
しかも――
「しまっ――」
ゴーレムⅠ型が太い両腕を掲げ、腕部に取り付けられた大型ビーム砲をマーク・ツヴァイに向けて発射する。
射撃に気を取られ、単調になった飛行軌道を捉えられ熱線がマーク・ツヴァイに直撃する。
身体を焼く熱に悲鳴を上げる暇もなく真は意識を喪失した。
『ステージ5、開始2分32秒で終了……続けてステージ6を開始』
「ぐっ!?」
喪失していた意識が再接続の電気を流すような痛みで無理矢理起こされる。
『ステージ6は近接戦闘のみ、マーク・ツヴァイは武装を選択しろ』
熱の幻痛を感じながらも真は目の前に浮かぶ画面から武装を選択する。
それが終わると暗転していた視界が開ける。
そこは広い競技場だった。
本物ではなく電子プログラムによる仮想世界のシミュレーションだが、真が五感で感じ取る世界は本物と代わりがない。
それに先程のビームで焼かれた痛みも偽物ではなかった。
『ステージ6……開始』
エムの合図でマーク・ツヴァイの前方に黒いIS、ゴーレムⅠ型が現れる。
マーク・ツヴァイは両手にレヴァン・ソードを構え、駆け出した。
――空を飛びながら戦うことはまだうまくできなかったけど、これならっ!!
地面があるなら人の動きの延長で動き易い。
さっきまでのようにはならないと意気込んで振り抜いた剣の一撃がゴーレムⅠ型を捉え――ずに空を切る。
「なっ!?」
ゴーレムⅠ型は大きな体躯に似合わない軽やかな動きでマーク・ツヴァイの剣を避けるとその拳を振る。
虚を突かれたが、マーク・ツヴァイはそれに咄嗟に反応し、腕で拳を受けると同時に後ろに跳んで衝撃を逃がす。
「いけるっ!」
反応できたことに確かな手応えを感じ、マーク・ツヴァイはお返しと言わんばかりに二刀流にしたレヴァン・ソードで斬りかかる。
剣と拳が火花を散らす。
「お前なんかで足踏みしている暇はないんだよっ!」
ゴーレムⅠ型は篠ノ之束が使う無人ISの中でも初期型で一番弱いタイプ。
それを一人で倒せなければ、続くⅡ型やⅢ型、篠ノ之束本人と戦うことは夢のまた夢。
同じチームを組むことになったレイとステラは当然、ゴーレムⅠ型の撃破には成功して、次の訓練を行っている。
真の最初の目標はその二人に追い付く事だった。
だが、真の意気込みに反して競り合いの拮抗はゴーレムⅠ型に傾いていた。
疲労がある人間と疲れを知らない機械。
プログラム通りの行動しかしないと言っても、篠ノ之束が作り出したゴーレムⅠ型の行動パターンは多岐に渡り、まるで人と戦っているようでもあった。
「ぐっ!」
剣を受け止める拳を引いて、片足を軸足に半身を逸らしてゴーレムⅠ型が剣を避け、そのまま一回転してマーク・ツヴァイを蹴り飛ばす。
腹部に受けた鈍痛に吐き気に耐え、追撃してくるゴーレムⅠ型の拳を剣で受け止める。
「っ――もらったっ!」
硬い拳をまともに受けた剣が半ばからへし折れる。
だが、剣を身代わりにしてマーク・ツヴァイはゴーレムⅠ型の背後を取る。
そして、そのままもう一本の剣を振り下ろし――振り返りもせずにゴーレムⅠ型はマーク・ツヴァイの腕を掴んでそれを止めた。
「うそだろっ!?」
タイミングは完璧だった。
普通ならかわせるはずのない角度とタイミングの攻撃。
反応が間に合い、精確に腕を掴めたのは相手が機械だったから。
それを察する間もなく、腕が握り潰される。
「づっ……」
機体の損傷を痛みとして感じ、真は呻く。
ゴーレムⅠ型はもう一方の腕を振り上げて、マーク・ツヴァイの頭を叩き潰した。
そうして真は六度目の死を疑似体験した。
*
シミュレーションの結果をエムは淡々と受け止めて、ステージを進めていく。
「ふむ……」
それを見学していたクルーゼが意味深な相槌を打つ。
「なかなかに才能がある子供だな」
「……そうだな」
クルーゼの評価にエムも同意する。
現在ステージ12。中距離支援型のファフナーに乗り換えた真は武装を大型ビーム砲、メディーサを選択してゴーレムⅠ型と対峙している。
ここまで高機動型に近接格闘型、それに光学シールドを搭載した防衛型と一通りの機体と武装を試したがゴーレムⅠ型に勝利したステージは一つもない。
が、そもそもこの訓練の評価はそこではない。
「高機動型に関しては最高速度でも同化状態を維持。格闘センスも悪くはない。防衛型は合わないようだが問題はない」
そして現在の支援型も距離の取り方や砲撃のタイミングが甘くゴーレムⅠ型に防戦一方だが悪くはない動きをしている。
今はまだ素人でも、動きにセンスを感じるし、伸び代の可能性は十分に感じさせる。
「アタッカーとして起用するならどこのポジションでも通用しそうだな」
クルーゼの考えにエムは頷く。
「レイが中距離支援型のミサイルパック装備。ステラは変形機構が付いた特殊格闘型。真には高機動型の機体を使わせるのがいいだろう」
「だが、それでは後衛のレイが二人に追いつけないのではないかね?」
「そのことだが、先日奪取したイギリスのBT兵器搭載型IS二号機から抽出したビット兵装を使わせようかと思っている……
レイにはBTシステムの適性があるし、使いこなせれば攻撃のパターンと行動範囲が飛躍的に向上するはずだ」
「ほう……レイにそんな適性があったとはな」
初耳だと呟きながらクルーゼは自身の手を見下ろす。
「機体のことで言えば、お前も新型のテストパイロットになったと聞くが? 確かザルヴァートルモデル。マーク・ニヒトだったか?」
「まだ二ヶ月も先だというのに耳が早いな」
ニヒト。否定を意味する言葉。
ISの存在を否定する者とすれば、らしい名前だがそれが救世主だというのは皮肉が効いている。
「一機でも多くの敵を倒すための機体であり、篠ノ之束を超える機体だと言っていたが、あの男の言葉をどこまで信じていいのだろうな」
あの男。そう言われてエムは一人の男を思い浮かべて拳を硬く握り締める。
「コアはどうする? まさか真の機体のコアを使うわけではないだろうな?」
第一アルヴィス襲撃で亡国機業が手に入れることができた九つ。
そのオリジナル男性用ISコアは現在ある事情で使用不可能になっていると聞く。
クルーゼやレイが使っているコアはその劣化品。
出力ではオリジナルの六割。専用機化もできない。ニーベルングシステムを使ってようやく既存のISと戦える、そんなレベルの代物。
そんな劣化コアでファフナーの、それも最新鋭の機体を十二分に動かせるとはとても思えない。
「コアはマーク・フィアーのものを使うそうだ」
「っ……操縦者との切り放しができたのか?」
「そう聞いているが、操縦者は昏睡状態のままだそうだ」
その答えにエムは下唇を噛む。
マーク・フィアーのコアにエムは思うところがあるが、それに異を唱えられる立場ではない。
「だが、お前の身体が持つのか? 同化現象もだいぶ進行しているんじゃないのか?」
「私に拒否権などありはしないさ。あの男が自分の手でISを、篠ノ之束を殺すことを望み、私はここにいる……
例え私がいなくなったとしても、私の次はすでに用意されているのだから」
意味深な言葉をエムは追及しなかった。
クルーゼを初めとしたレイやステラ。第二アルヴィス出身の彼らもまた篠ノ之束によって島を滅ぼされた。
その島の研究内容についてエムは詳しく知らないし、興味もない。
『うわああああああっ!』
シミュレーションの中から真の悲鳴が上がる。
結局、全敗だったがISに乗ったばかりの戦闘の素人が代表候補生以上の力があるゴーレムⅠ型に勝てるわけはなく妥当な結果だった。
「飛鳥真。三十分の休憩だ」
「りょ……了解しました」
疑似コックピットから這い出た真はふらふらとした足取りでシミュレーションルームから出て行く。
「なかなかにスパルタだな」
「だが、あいつ自身が望んだことだ」
真が目指す相手は篠ノ之束。
本人の実力は分からない。科学者なのだから戦闘能力はそこまで高くないかもしれないが、それ故に彼女を戦力となるゴーレムの群れは強力だった。
ISで例えるなら代表候補生程度の力では足りず、国家代表クラスの力が必要になる。
いくらオリジナルの男性コアとニーベルングシステムを使っていても、それは篠ノ之束にとってはすでに経験した敵でしかない。
「少なくても今のままでは連携訓練もできない。幸いなことにレイとステラはゴーレムⅢ型をクリアできていない……
それまでに何とか真を使えるようにするさ」
「そうか……」
クルーゼはモニターされている二人のシミュレーションの映像に目を向ける。
件の二人はゴーレムⅢ型と戦っているが、終始押されていていた。
しかし、その戦いぶりは真が参加する前よりも苛烈で、積極的だった。
他人に興味のないレイに戦闘時に豹変するステラ。
飛鳥真の存在が彼らにどれほどの影響を与えたかは分からないが、そこに確かな変化が見て取れた。
*
「くっ……」
慣性制御システムで消し切れない速度によるGを歯を食いしばって耐えて、速度を維持させる。
一日の訓練が終わった自由時間。
亡国機業の訓練はスパルタだが、休むこともきちんと考慮されている。
しかし、閉鎖的な基地故に娯楽は少なく、半ばゲーム感覚で真は暇な時間にシミュレーションを行っていた。
そして自由に設定できるのをいいことに真は現在、空を飛ぶレーシングゲームの要領で遊んでいた
戦闘訓練用のシミュレーションをそんな風に遊びに使えるのはまだ一般人の感覚が抜け切れていない真だからこその行動とも言えた。
ちなみにそんな真に付き合っている物好きが一人。
「ははっ! 中々の速さじゃないかシキッ!」
「俺の名前は真だっ!」
前方の空中を疾走するストレイト・クーガーが操縦する全身装甲型のISを睨みつけながら真は叫ぶ。
しかし、スロットルは全開にしているのに目の前のISに追いつける気配が微塵もない。
「何であんたテロリストなんてやってんだよっ!?」
決められたコースを飛ぶ単純なゲームなのだが、速度に振り回されて大きくコースアウトしながら飛ぶマーク・ツヴァイに対して彼の軌道は見惚れるくらいに無駄がない。
コーナーの度に差が広がる。直線でも手を抜いているというのにジリジリと離される。
男のスポーツが見向きもされなくなった前の世界で、彼がレーサーだったと言われても真は納得していただろう。
「つまらないことを気にするなシキ。そんなことを気にしてたら俺には追いつけないぜ」
「っ……負けて堪るかっ!」
結局、真は一度も追いつくことができずに彼からだいぶ遅れてゴールを切った。
「くそ……」
疑似コックピットから這い出た真は悔しげな声をもらす。
「ははは、まだまだだなシキ。だが筋は悪くなかったぞ」
労いの言葉と共に、対戦相手だったストレイト・クーガーが缶ジュースを差し出してくる。
「よく言うよ……最後の方なんて背中も見えなかったのに」
「なんたって俺は世界最速の男だからな」
威張るクーガーだが、このレースゲームだけでもその実力の片鱗は実感できた。
一軍の男。
クルーゼやエムと同様に実戦レベルでの行動が認められた実働部隊。
彼らは頻繁にではないが、真達のチームの訓練に顔を出し監督してくれる。
だが、クーガーには耐速度訓練や車の運転の練習などでひどい目に合わされた記憶しかない。
スピード狂で変な持論を沢山持っていて、人の名前は覚えようともしない。
最悪な人間なはずなのに、何故か邪険にし切れない不思議な男だった。
「やっぱりここにいた」
一息吐いたところで真に無邪気な声が掛けられる。
「あ……ステラ……」
顔を上げた真は声の主の名前を呟く。
近付いてきてステラに真は思わず半歩後ずさる。
が、そんな真の反応を気にも止めずにステラはその半歩を容易に埋めて、真の腕を掴む。
「シン……」
「何ですかステラ……さん?」
真は次の言葉を予想しながらも恐る恐る尋ねる。
できればすぐに彼女の手を振り解いて逃げ出したいのだが、女の子のものとは思えない力で掴まれてそれは望めない。
そして当然真の祈りは彼女に通じない。
「今日も一緒にシャワー浴びよ」
「ぶはっ!」
ステラの言葉で背後のクーガーが噴き出した。
「ししし、シキッ! お前っ!」
「違うっ! これはお前が思っていることと違うからなっ!」
「シキが速い!? 俺が遅いっ!? 俺がスロウリィ!?」
「人の話を聞けっ!」
「大丈夫だ、分かっているぞシキ」
弁解するよりも速く、クーガーが捲くし立てる。
「つまりこういうことだろ?
一昔前の軍隊よろしくの男女混合の部屋でステラとレイと一緒に生活するようになったお前は思春期特有のリビドーを滾らせることに慣れてきた頃にずぼらなステラの生活態度を見かねていろいろやっていたらいつの間にか懐かれてシャワーで頭を洗ってやるところまで行ってしまったと?」
「あ……ああ。そうなんだ……」
まさにその通りのことだった。
真が生活することになった部屋は二段ベッドが二つある四人部屋。
部屋から十一歩の距離に自販機はないものの、小型のバスルームとトイレが完備されている使い勝手のいい部屋だった。
しかし、クーガーが言ったとおり男女混合で、また人数の関係上四人部屋を三人で使うことになった。
そこまではクーガーの言葉の例もあるから納得したのだが、二人の私生活、特にステラはひどかった。
男の目があるというのにその場で着替えるし、脱いだ服はちらかしたまま。
シャワーを浴びた後も濡れた身体を拭きもせずに部屋に戻ってきてそのままベッドに直行。
レイは我関せず、一人で規則正しい生活を秒単位でやっているのではないかと疑うくらいに同じサイクルで行動している。
まだ中学を卒業したばかりの真にはいろいろと刺激の強い日々だったのだが、それも三日で慣れた。
「最初は口で言うだけだったんだけど、一回髪を乾かしてやったらそれで気を良くしたみたいで……」
「そうかそうか」
クーガーは分かっていると言わんばかりに鷹揚に頷いて真の肩を叩く。真は誤解されなかったことに安堵して――
「そういうことにしておいてやる」
「ちょ!?」
そう言い残し、真が止める間もなくクーガーは最速でその場から消えた。
「どうしたのシン?」
小首を傾げてこちらを窺う無邪気な眼差しに真はため息を吐きたくなった。
ステラ自身に悪気があるわけではない。
彼女と接して、彼女が持っている歪みもおぼろげながらも真は気付いている。
私生活では適当な彼女も、銃の分解と組み立ては目隠しした状態でも早く精確だった。
戦闘訓練では今の無邪気さが嘘のように凶暴になり、荒々しい戦い方をする。
戦闘については英才教育を受けている反面、普通の女の子らしさは小学生レベル。
見た目は同い年くらいなのに仕草は幼げで、思わず妹が生きていたらもしかしてこんな風だったのかと思ってしまう。
――何考えているんだ俺は……
頭に過ぎった考えを振り払って、真はせめてもの譲歩を進言する。
「ステラ……頼むからシャワーは一人で浴びてくれ」
「え……」
悲しそうに歪む彼女の顔に真の理性が揺れる。
「髪はちゃんと乾かしてやるからさ」
「…………分かった」
不安げだが、頷いてくれたステラに真は安堵する。
復讐の道を歩み、自分の手を血に染める覚悟もしていたというのに、最初に捨てたものが思春期の衝動だというのが何となく物悲しかった。
*
「なぁ……バレル」
バスルームにステラを押し込んで、手持ち無沙汰になった真は騒がしくしていたのに一切関心を向けてこなかったレイに声をかけた。
「……何だ?」
冷淡な声でレイが返事をする。
「お前ってステラとずっと同室だったんだろ? どうして今まで放っておいたんだよ?」
「質問の意味が分からないな」
「共同生活なんだからさ。ステラの生活態度が気にならなかったのか?」
レイは見た目通り、細かい性格をだった。
だが、それはあくまでも自分だけで全ての事を一人で済ませてしまう。
他人への関心はなく、唯一彼が表情を動かすのはラウ・ル・クルーゼを前にした時だけ。
「必要は感じないな」
「必要はって……ツイン・ドックのパートナーだったんだろ? 風邪とかひいたらどうするつもりだったんだよ?」
「この部屋の空調は完璧だ。それにステラはエクステンデットだ。風邪などひくこともないだろう」
聞き覚えのない単語が出てきたが、それよりもあくまでも無関心を貫くレイの態度に真はかすかな怒りを感じた。
「そういう問題じゃないだろっ!」
「俺にはお前がどうしてステラに構うのか理解できないな。意味のないことだというのに」
「意味がないって……本気で言ってんのかお前?」
「どうせみんないなくなるんだ。それに――」
「ふざけんなっ!」
気付けば真は声を荒げて、レイの胸倉を掴んでいた。
「どうせみんないなくなる!? 何だよそれは!?」
「同化現象のことを忘れたのか? 俺たちはいついなくなるかも分からない不確かな存在だ……
そんな俺達が健康などに気を遣って何になる? ましてや仲良くなったところで何の意味がある?」
「っ……」
真は映像で見た人がいなくなる瞬間を思い出す。
確かにレイの言うことは一理あるのかもしれない。明日いなくなるかもしれない人と仲良くなれば、そうなった時の別れの痛みが強く残る。
ならば最初から接点を最小にしておけば余計な感傷を感じることはない。
「そうかもしれない……だからって……」
関わりが最小限なら痛みはなくなるのかもしれない。
だが、真はそうは思えなかった。
――おにいちゃん……
脳裏にチラつく妹の姿にステラの笑顔が重なる。
「小難しい理屈なんてどうでもいい……ステラが今、笑ってる。それだけで十分だろ?」
「下らない感傷だな」
搾り出した答えを一笑されて真は怒鳴るように言い返す。
「だったらお前のクルーゼに向けてるものは何だよ!?」
「お前には関係ない!」
その指摘に珍しく声を荒げるレイに真は面を食らう。
「お前……もしかして……」
「ちっ……」
失言だったと察してレイは顔を逸らして舌打ちする。
「……ホモなのか?」
恐る恐る尋ねると、レイはいきなり真を殴りつけた。
「っ……!? 何すんだ!?」
普段の冷徹な眼差しを三割り増しにして無表情でレイは無言のままもう一度拳を振り抜いた。
「殴ったなっ! 二度も」
「ふん、だから何だと言うんだ?」
すました態度にこれまで抑えていた怒りと不満を真は爆発させる。
お返しと言わんばかりに真は拳を振るう。だが、そんな見え見えの欧撃をレイは容易く受け止めて嘲笑う。
「これだから素人――ぐっ!?」
拳を受け止めて油断したレイはそのまま突っ込んできた真の頭突きを鼻面に受け、たじろぎ膝を着く。
「は……訓練で勝てなくても喧嘩じゃ負けねえぞ」
「っ……」
鼻から垂れる血にレイは愕然としながら立ち上がり、怒気を表情に乗せて真を睨む。
「はっ……そういう顔もちゃんと――っ!」
感情を顕わにしたレイを真は笑おうとすると、言葉はレイの拳によって途切れる。
「やりやがったなっ!」
「ふん」
そこからは先は取っ組み合いの喧嘩だった。
互いが一発でも多く殴った方が勝ちだと言わんばかりに殴ると蹴るの応酬。
騒ぎを聞きつけたステラはオロオロすることしかできず、彼女が呼んだクルーゼが止めるまで二人は暴れ続けることとなった。