ISのファフナー 外伝   作:アルカンシェル

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2 呼声-いのち-

 

 

「何をしている?」

 

 学校をサボる気だったマドカが遭遇したのは、今にも死にそうな顔でうずくまる少女だった。

 それが羽佐間翔子と織斑マドカの最初の出会いだった。

 

 

 

 

「何で私がこんなことを……」

 

「文句言わない。ほら、あと五分だよ」

 

 テスト用紙を睨んで唸るマドカに蔵前果林が苦笑しながら指摘する。

 

「分かっている」

 

 そう返しながらマドカは内心で悪態を吐く。

 何故、自分がこんな普通の学生のようにテストなんて受けなければいけないのか。

 こんなことをしている暇があるのなら、ISの訓練を重ねたいというのに、猫を被って先生なんてやっているオータムと目の前のお目付け役が邪魔だった。

 

「くそ……」

 

 残りの五分。

 結局、分からない答えをとりあえず埋めてマドカは机に突っ伏した。

 

「はい、終了。それじゃあ採点するね」

 

 蔵前はマドカからテスト用紙を回収すると赤ペンで丸とバツを付け始めていく。

 丸がつくと安堵して、バツがつくとビクリと身体が震える。

 見ると丸とバツの比率は四対六。

 

 ――だが、まだ点数配分で望みはある……

 

 一縷の希望に縋り、マドカは何度も恨んだはずの神に祈る。

 結果は――

 

「48点……残念、もうちょっとだったわね」

 

 蔵前の答えにマドカはがっくりと項垂れた。

 

「あと2点……私のケーキが……」

 

 50点を超えたら、喫茶『楽園』でケーキを奢ってくれるという約束が儚く散った。

 

「何がおかしい?」

 

 そんなマドカに笑みを浮かべている蔵前に、マドカは拒絶を示して身構える。

 同い年なのだが、勉強を見てもらう時はよくそんな目を向けられる。

 

「ううん、何でもない」

 

 含みを持たせた言い方にいっそう面白くないものを感じた。

 

「くそ……次こそは……」

 

 別にどうしてもケーキが食べたかったわけではないが、もう少しだったと思うと悔しくなる。

 

「そんなに残念だったら、別に奢ってあげるわよ?」

 

「……情けなんていらん」

 

 一瞬、ぐらりと心が揺れたがマドカは突っぱねる。

 それさえもおかしそうに笑われて、何だか内心が見透かされているようで面白くなかった。

 それを気遣ってなのか、蔵前は話題を変える。

 

「マドカはこの後、翔子ちゃんの家に行くんだよね?」

 

「いや、翔子はこの時間だと医院の方に行っているはずだから、そちらに向かう」

 

「そっか……私も一緒に行こうかな」

 

 少し考える素振りを見せて、蔵前がそんなことを言い出した。

 

「そうしてくれると翔子もきっと喜ぶ」

 

 筆記用具とテストを手早く片付けて、マドカは席を立って歩き出す。

 取り留めのない話を振ってくる蔵前にマドカは素気なく相槌を返しながら、その視線は彼女の右腕に吸い寄せられていた。

 

「気になる?」

 

 マドカの視線に気が付いて、蔵前はそれを掲げて見せる。

 それは女物とは思えない白い腕輪だった。

 しかし、一見はアクセサリーにも見えるそれはIS、インフィニット・ストラトスの待機状態のもの。

 蔵前がその気になれば、わずか数秒で今では旧代兵器と呼ばれる銃火器を凌ぐパワースーツをまとうことができる。

 

「本当だったら、翔子ちゃんの専用機になるはずだったんだけどね」

 

 蔵前の呟きにマドカは眉をひそめた。

 

「だが、上層部はお前を選んだ。お前が気に病むことではない」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 礼を言われることを言ったつもりはなかったマドカはそっぽを向いて、それを見つけた。

 

「む……?」

 

「どうしたの?」

 

 足を止めたマドカに遅れて蔵前も止まる。

 

「犬と……僚がいる」

 

「え……?」

 

 

 

 

「案外、世話好きなんだな」

 

 肩を貸して支えられている将陵僚はマドカにそんな言葉を投げかけた。

 

「死にそうな顔を、しておいてよく言う」

 

「そうですよ、将陵先輩。今日は日差しが強いんですから無理をしないでください」

 

「いや、今日は体調がいいからいけると思ったんだ」

 

 学園に転入した当日に、実技でペアを組んだ一つ年上の先輩。

 もっとも、それだけで敬う気持ちはマドカにはない。

 

「それでのたれ死んでたら世話がないな」

 

「こら、マドカ」

 

「はは、面目ない」

 

 マドカの毒舌を蔵前が怒り、僚は苦笑する。

 

「二人も病院に行くみたいだけど、羽佐間のお見舞いか?」

 

「……まあ、そんなところだ」

 

「いいな羽佐間は、俺なんて誰も見舞いになんて来てくれないのに」

 

「最年長の生徒代表なのに人望がないんだな」

 

「ちょっとマドカ」

 

「そういうのは甲洋に持ってかれてるな」

 

「でも、もうすぐISの生体維持機能の解析ができるんですよね? それを使えば将陵先輩は」

 

 口の悪いマドカを嗜めて、蔵前は話題を変える。

 

「ああ、シミュレーターでISを使うみたいに俺も走れるようになるんだ」

 

 それを語る僚の横顔は嬉しそうだった。

 僚に限らず、この島には病気を抱えた子供は意外に多い。

 今から見舞いに行く羽佐間翔子もその一人だった。

 兵器運用が主にされている島の外とは違い、島は宇宙開発や医療目的の開発に力を注いでいる。

 現代医学では根治が難しい病気をISの補助を受けることで健康体にする。

 そんな可能性に縋って子供達は親に連れられてこの島にいる。

 

「そうしたらみんなで泳ぎに行きましょうね」

 

「海に囲まれた島でわざわざ水泳を選ばなくたっていいだろ」

 

「そんなこと言わないでよマドカ」

 

「ははは」

 

 軽口を交わすマドカと蔵前に、僚が笑う。

 そこには穏やかな平和が確かに存在していた。

 しかし、それは唐突に破られることになった。

 

 

 

 

「やーやー、みんなのアイドル篠ノ之束だよー」

 

 脳天気な声が蒼い空から降るように島中に響き渡った。

 

「よーやく見付けたぞー! 束さんの大事な大事なコアを好き勝手にいじくるだけじゃなくて、不細工な粗悪品まで作ってくれちゃって。

 お前らほんとに最悪! やっぱり人類なんて箒ちゃんとちーちゃんとくーちゃんといっくん以外、滅んでみんないなくなればいいのに」

 

 それはあまりにも一方的で、あまりにも幼稚な癇癪だった。

 

「と、いうわけで束さんはゴミ掃除することに決めましたー!」

 

 しかし、彼女の手にある力はあまりにも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 声に遅れて、あちこちの道路から壁が生え出して町を覆っていく。

 同時に空が消えていき、太陽が別の場所に映り変わる。

 

「第一種警戒態勢!?」

 

「偽装鏡面も解除された」

 

「っ……こんな時に」

 

「蔵前、僚をシェルターに、私は翔子を――」

 

 悔しそうに舌打ちする僚をマドカは蔵前に押し付けようとしたところで動きを止めた。

 

「え……?」

 

 蔵前の背後にそれは静かに落ちてきた。

 地面に着地する瞬間に、浮き上がりPICの作用でその場に静止する。

 そしてそれ、黒い全身装甲型のISは長い腕を振り上げて――

 

「蔵前っ! 後ろだっ!」

 

「逃げろっ! 蔵前っ!」

 

 咄嗟に叫ぶ言葉が二つ重なり、それが蔵前の判断を遅らせた。

 黒い鉄の腕が、横殴りに蔵前の身体を殴り飛ばした。

 空中に投げ出された蔵前の身体が十数メートルの距離を吹き飛ばされ、地面を転がって動かなくなった。

 

「きっさまっ!」

 

 マドカは僚を横に押しのけて、激昂のまま黒いISに向かって駆け出した。

 隠し持っていた銃を抜き、連射する。

 だが黒いISは銃弾を意に介さず、殴り飛ばした蔵前に向かって歩き出す。

 

「くそっ!」

 

 ISに人が扱う銃火器が通用しないことは分かっていたが、マドカは迷わず突っ込んだ。

 マガジンを入れ替えて黒いISの背中に足をかけて駆け上がり、首に組み付いて頭部に銃口を押し当てる。

 そのままマガジンが尽きるまで連射する。

 弾が尽きた銃は空しく引き金が音を鳴らすだけになる。

 だが、黒いISは何事もなかったように歩を進めながら、マドカを掴み無造作に投げた。

 

「マドカッ!」

 

 身体を思うように動かせない僚は声を上げて叫ぶ。

 

「くっ……」

 

 地面を転がるようにして衝撃を散らしてマドカは黒いISを睨む。

 

「マドカ、そいつの狙いは蔵前だ! 蔵前を連れて逃げろっ!」

 

「だがっ!」

 

「早くしろっ! まだ助かるかもしれないんだぞ!」

 

 まだ助かる、その言葉に頭に昇っていた血が一気に引いた。

 

「お前はどうするっ!?」

 

「俺のことはいいっ! 早くしろっ!」

 

「っ……」

 

 それ以上の問答をしている暇はなかった。

 倒れたまま動かない蔵前の元に辿り着いた黒いISは彼女に向かって手を伸ばす。

 

「させるかっ!」

 

 その手が触れる寸前にマドカはかっさらうように蔵前の身体を抱きかかえて手をかわした。

 

「蔵前っ! しっかりしろ蔵前っ!」

 

 声をかけつつ、マドカは彼女の身体を走り易いように抱え直す。

 黒いISは余裕のある緩慢な動作でマドカを、蔵前を追って顔を動かした。

 マドカは適当な路地に入って、黒いISの視界から逃げる。

 小柄なマドカだが、鍛えているだけあって蔵前の重さは苦にはならない。

 そして幸か不幸か、黒いISは僚に目もくれずに自分たちを追ってきた。

 

「オータムッ! 返事をしろオータムッ!」

 

「うるせいっ! こっちは今緊急事態で手が放せねぇんだよ!」

 

 通信機に怒鳴るとすぐに声が返ってきた。

 

「緊急事態はこっちも同じだ。市街地の中に黒いISが侵入している。蔵前がやられた」

 

「んだとっ!? 外の進行は陽動か…………五分持たせろ」

 

 それだけ言うと通信が一方的に切られる。

 それに文句を言うことはしない。

 おそらく向こうも敵ISと交戦しているのだろう。

 

「どうする……どうすればいい……」

 

 自分が持っている武器ではあの黒いISにダメージを与えられない。

 ただ逃げることしかできない悔しさにマドカはただ唇を噛み締める。

 

「――――カ」

 

「っ……蔵前、大丈夫か? しっかりしろ」

 

 か細い、それでもはっきりした声にマドカは呼びかける。

 

「…………こ……れ……つか……って……」

 

 途切れ途切れの言葉。

 蔵前は緩慢な動きで白い腕輪を外すと、マドカに差し出した。

 

「何を言っている!? ISには生体維持機能がある。むしろお前が使えっ!」

 

 蔵前は力をなく首を横に振り、マドカの手にISを押し付けて気を失った。

 

「おい、蔵前っ! 蔵前っ!」

 

 何度呼んでも返事はない。

 

「くそっ……」

 

 マドカは黒いISを早急に倒すべきだと判断し、蔵前の身体を物陰に隠して腕輪をはめた。

 意識を集中させる。

 今のこのISは蔵前用にフィッティングされている。

 そして自分のIS適性はDランク。

 その上、敵の力は未知数。

 不利な要素しかない。

 

「それでも……」

 

 自分がやらなければ、蔵前が、僚が死ぬ。そして島が壊される。

 何より、これはマドカが願った絶好の機会でもあった。

 

「来いっ! 白式っ!」

 

 マドカの身体が光に包まれる。

 頭に流れ込んでくる情報。そして身体に巡る久方振りの感覚。

 数秒もしないで、マドカは『白』に包まれた。

 

「武装は……ショートブレードとハンドガンだけだと!?」

 

 ISを装着した高揚はすぐに消え失せた。

 黒いISはそれまで悠然と歩いていたが、マドカがISを展開した途端にスラスターを吹かして殴りかかってきた。

 

「くっ……」

 

 目的が蔵前から自分に変わった。それがISを狙ってのものだとマドカは理解する。

 マドカはブレードを呼び出して黒いISの拳の盾にして受け止めた。

 豪腕に吹き飛ばされたマドカは二件の家を貫通して地面に着地する。

 

「くそっ……身体が重い……」

 

 他人用の設定なのだから当然の重さ。それでも歯噛みせずにはいられなかった。

 黒いISに腕を差し向けられ、敵性のロックと熱源をハイパーセンサーが捕らえる。

 咄嗟にマドカは白式を上に飛ばす。

 直後、高出力のビームがマドカの背後にあった家を焼いた。

 

「くらえっ!」

 

 急上昇を急降下に変えて、マドカはブレードを身体ごと突き刺しに行く。

 しかし、刃先は黒いISの装甲に空しく弾かれ、黒いISはその腕でマドカの首を掴んだ。

 そして掴んだまま、腕に内蔵されたビーム砲が目の前でチャージされていく。

 

「放せっ!」

 

 ブレードをがむしゃらに振るい、足で何度も蹴りつけても黒いISはびくともしない。

 今にもビーム砲が発射される。

 その瞬間、マドカは髪の長い少女の幻影を見た。

 

 ――  ――

 

 少女が口を動かすが、それは声としてマドカの耳には届かなかった。

 それでも、何を言われたか理解したマドカは叫び答える。

 

「私は、ここにいるぞっ!」

 

 マドカの叫びに呼音するようにブレードが黒いエネルギーフィールドをまとう。

 同時にISの装甲が最適化して変化する。

 横に薙いだブレードが黒いISのシールドと装甲を切り裂き、拘束が解ける。

 内包がしたエネルギーが暴走して黒いISの腕が爆発する。

 距離を取ってその爆発から逃れていたマドカは助走をつけて、斬りかかった。

 

「おおおおおおっ!」

 

 距離を詰めるマドカを迎撃するように突き出された拳を掻い潜ってマドカは黒いISを斬り裂いた。

 胴を両断された黒いISはそのまま崩れ落ちる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……無人機だと?」

 

 無我夢中で戦い、終わってから人を殺したと思ったが、切断面に人体はなく機械で埋め尽くされていた。

 ISの無人操縦技術など聞いたこともないが、これが篠ノ之束が送り出してきたものならありえると納得する。

 

『機体損傷大。帰還不能と判断。自爆します。ごー……ぜろ』

 

「なっ!?」

 

 カウントダウンすると思わせて、即座に自爆した黒いISに悪意を感じながらマドカは爆発に飲み込まれた。

 

「く……」

 

 しかし、絶対防御が発動し、機体は大きく損傷したがマドカは無事だった。

 

「あの駄ウサギが……」 

 

 恨み言を漏らしながら、マドカはISを解除して一息吐く。

 そして、爆発して散らばった黒いISだったものを見下ろしてマドカは口の端を吊り上げて笑――

 

「おい蔵前っ! しっかりしろ、蔵前!」

 

 僚のその声にマドカは表情を強張らせて駆け出した。

 彼女を隠しておいたそこは戦闘の余波を受けたわけではなかった。

 しかし、僚が抱えて呼び続ける蔵前は身体を弛緩させたまま、ぴくりとも動かなかった。

 

「目を開けてくれ蔵前っ! 返事をしてくれよ、なあ!」

 

 悲痛な僚の叫びにマドカはその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「くら……まえ……?」

 

 もう彼女が目を覚ますことは二度となかった。

 

 

 

 

 

「お……?」

 

 白騎士のコアを回収に向かわせたゴーレムの反応が消えて束は眉をひそめた。

 

「ふーん、そかそか」

 

 必要ないと思って送られてくる情報を共有していなかったが、別に不都合など感じない。

 

「無駄に頑張るねー……どうせみんないなくなるのに」

 

 進行させているゴーレム。そこに予備戦力を投入して一気に片をつけようと、束は指示を出そうとして――止めた。

 

「せっかくだから、すぐに壊したらもったいないか……うん」

 

 目障りなゴミだと思っていたが、ゴーレムを退けるだけの力があるということで、興味をゴミからおもちゃにランクアップさせた。

 束は残っているゴーレムに撤退の指示を送る。

 

「ちょうどいいから他のゴーレムのテストもしよーかなー」

 

 束は上機嫌に次の進行計画を考え始めた。

 

 

 






 この話の白式は倉持技研で放置されていたのを回収したため、零落白夜も雪片弐型も搭載していません。

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