ISのファフナー 外伝   作:アルカンシェル

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3 少女ーアルヴィスー

 

 

 篠ノ之束の襲撃の翌日、その戦闘でなくなった者の葬儀が行われた。

 マドカも喪服を着て出席する。

 そこには島中の人が全てそこにいるのではないかと思うほどの大勢の人たちが集まっていた。

 

「蔵前……」

 

 マドカは蔵前に対して焼香を捧げたが、涙は出なかった。

 この島に来る以前、人の死など何度も経験した。それこそこの手で命を奪ったことさえあった。

 しかし、その時には感じなかった気持ちが胸を締め付ける。

 学校の生活ではよく勉強を見てもらった。

 周りに馴染めない自分に積極的に話しかけてくれた。

 翔子を含めて、三人で買い物に行った。

 何故だろう、言葉が出てこないのに、思い出が次から次へと脳裏を駆け巡る。

 

「よう……」

 

 葬儀場から出るとマドカを待っていたのか、僚が話しかけてきた。

 

「正式に白式はお前のになったんだってな?」

 

「……ああ」

 

 あれほど欲しがっていた『力』を手に入れたというのにマドカの心には喜びは湧いてこなかった。

 

「俺さ……予備兵に志願したんだ」

 

「……自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「ああ」

 

「授業のように性能を落としたISによる作業訓練なんかじゃないんだぞ」

 

「分かっている」

 

「戦いは大人たちに任せておけばいいんだ」

 

「でもお前も戦うんだろ?」

 

「私は特別だ」

 

「志願したのは俺だけじゃない。操縦者のクラスの奴はほとんどが志願している」

 

「馬鹿なっ! 何を考えているんだあいつらは!?」

 

「分からないのか?」

 

「っ……」

 

 いつもの気だるげな言葉ではなく、真剣な鋭い眼差しで僚が言った。

 

「俺達がこの島が好きだからだよ」

 

 その言葉に、憤りを感じていたはずのマドカは何も言い返せなかった。

 

 

 

 

「それではこれから貴方達、予備兵の戦闘訓練を始めます」

 

 オータムは僚たちを整列させた。マドカは僚たちと対するオータムの後ろに休めの体勢で彼らを見ていた。

 

「まず最初に言っておきますが、私たちは予備兵である貴方達を戦場に出すつもりはありません」

 

 その一言に僚たちはざわめき出す。

 それをぱんぱんっと手を叩いて静め、教師モードのまま、オータムは説明を続ける。

 

「この島は元々、研究施設であるため多くの戦力は保持していません。

 それに対して敵はあの篠ノ之束、いくらISが一軍に匹敵する力を持っていても彼女相手には意味はないでしょう」

 

「それならなおさら戦力は少しでも多い方がいいんじゃないですか?」

 

「素人なんて逆に足手まといだ、身の程を弁えろガキ共」

 

 誰かの呟きをオータムは容赦なく切って捨てる。

 

「実戦が可能なISは私と織斑を含めて五機。ですが、一週間後に組織の実働部隊と合流することができます」

 

 その言葉に緊張していたクラスメイトたちはあからさまに安堵していた。

 

「貴方達に訓練を課すのはあくまでも緊急時を想定してのものです。それを忘れずに訓練を行ってください。蔵前のようになりたくなかったらな」

 

 

 

 

「あれが亡国機業製のIS、ファフナーか」

 

 モニターの向こうで歩行訓練を行っている全身装甲型のISを眺めながらマドカは呟いた。

 

「初めて本物のISを動かすにしてはマシな方か」

 

 同じものを見ていたオータムも自分の考えていることをもらす。

 

「今までは訓練用のシミュレーターでの簡素な宇宙服での無重力作業だからな。

 パワーアームやレッグパーツのイメージ操作。それにPICでの移動出力の違いに翻弄されているんだろう」

 

「そんなことは分かってんだよ。まあ適性はバラバラだったからこうなるのは分かっていたんだがな」

 

『うわああああっ!』

 

『このっ! 言うことを聞けっ!』

 

『うおおおおっ! ゴウ・バ――うわあ!?』

 

 通信越しに操縦者達の悲鳴が聞こえてくる。

 しかし、そんな中で歓声を上げている者が二人いた。

 

『すごい、こんなに速く走れる!』

 

『私、飛んでる!』

 

「将陵と羽佐間か。羽佐間はもう飛行プログラムに入ったか。流石は適性『S』ランクだな」

 

 オータムの呟きにマドカは顔をしかめた。

 適性値『S』。それはブリュンヒルデやヴァルキリーといった世界最強に属するものの適性。

 最もISを動かすのに理想的な数値。

 ただの理論値でしかないと今までは割り切っていたが、目の前で彼女の動きを見せられるとその才能を認めないわけにはいかない。

 そして、マドカは親友とも呼べる彼女に嫉妬を感じてしまう。

 

「即戦力になりそうなのはこの二人だけか」

 

「だが、この二人は病気持ちで基本の体力値が低い。実戦に耐えられるとは思えないが?」

 

「何にしても私達が一週間、持ち堪えればこいつらの出番はねえよ」

 

「合流する部隊はスコールのモノクローム・アバターとキースのアルゴス小隊だったか?」

 

「ああ、キースはともかくスコールが来てくれれば戦力は十分だ。あとはあの駄ウサギが飽きるのを待てばいい」

 

「こちらから打って出ることはしないのか?」

 

「向こうの居場所が特定できたらそれも考えるが、今のところは難しいだろうな」

 

 消極的で弱気な発現にマドカは苛立ちを感じる。

 蔵前の仇が目の前にいるのに、手出しができない歯痒さにマドカはその苛立ちを募らせることしかできなかった。

 

「ここはもういいから、お前は白式の調整に戻りな」

 

「私は――」

 

「それともマドカちゃんはお友達が心配でここを離れたくないのかな?」

 

「誰が翔子や僚の心配なんてするかっ!」

 

 オータムに怒鳴るように言葉を返してマドカはモニタールームから出て行った。

 

 

 

 

「篠ノ之束が作ったISコアにはいくつかの問題がある……か」

 

 整備棟に向かいながらマドカはオータムに渡された資料にマドカは目を通していた。

 

「一つは操縦者ではなく、製作者の篠ノ之束の命令を最優先で聞く、マスタープログラム。

 もう一つは、そのISに現在使われている技術情報と位置情報をコアネットワークを通じて篠ノ之束の元に送られるスパイプログラム」

 

 あっても不思議ではない機能だとマドカは思った。

 組織が回収したコアはその二つの機能を解除されている。

 

「白式は篠ノ之束製のISだった。ならば、何故ゴーレムは蔵前を襲った?」

 

 島には束製のISコア以外のコアも存在している。

 オータムの『アラクネ』がそれであり、他にも実機に搭載していないが研究用にいくつか存在している。

 ならば、他のコアよりも白式のコアは特別だったのだろうか。

 

「白式……しろしき……白騎士……まさかな……」

 

 簡単なアナグラムにマドカはその考えを否定した。

 エレベーターが止まり、目的の階に着くとマドカは端末を閉じて、歩き出す。

 

「……ん?」

 

 不意に何かの気配を感じた。

 

「風……? いや、違う……」

 

 懐の銃を確かめてマドカは気配を追い駆ける。

 気配は姿を見せず、それでいてマドカをどこかへと導くように彼女を感覚を刺激する。

 

『アナタのIDではこれより下へ行くことはできません』

 

「ちっ……」

 

 閉ざされた隔壁を開こうとしたら返ってきた言葉にマドカは踵を返す。

 

「何……?」

 

 しかし、振り返った背後で重い音を立てて開かなかった扉が開いた。

 

「どういうことだ?」

 

 侵入者かと思ったが、そうではない。

 誰かが警備システムを使って自分を誘導しているのが分かる。

 

 ――島の人間ではない。ならば、篠ノ之束か……?

 

 考えて、マドカは首を振って否定する。

 自分と彼女の面識はないし、今の警戒態勢の中でシステムにハッキングを仕掛けてきたのなら誰かがすぐに気がつくはず。

 

「行くしかないか」

 

 気配が早く早くと急かしているように感じた。

 扉の先は下へと向かう長い階段だった。そして降り切った先には、それまでの機能的な殺風景な廊下ではなく厳かな大きな扉があった。

 

「何だこれは……?」

 

 明らかに特別な何かがあると思わせる扉はマドカが近付くと、勝手に開く。

 中は円状の広い空間だった。

 中央には緋い光を灯すカプセルが一つだけ。

 身を隠せるのはその背後くらいしかない部屋だが、そこに入った途端感じていた人の気配はなくなっていた。

 

「…………女の子?」

 

 カプセルの中には一人の女の子がいた。

 その子にマドカは見覚えがあった。

 

「あの時の幻……何故こんなところに?」

 

 ゴーレムとの戦いの時に見た幻影の少女。

 いったいここは何の施設なのかとマドカは探ろうと辺りを見回し――

 

「そこで何をしている!?」

 

「っ……!?」

 

「銃を捨てて、ゆっくりとこちらに振り返れ」

 

 マドカは一瞬、抵抗を考えたがすぐにその考えを捨てて言われた通りにする。

 振り返ったマドカが見たのは髭面の壮年の男。

 マドカの立場からすれば山の頂上に近い場所にいるはずの男、ナレイン・ワイズマン・ボース。

 

「ナレイン司令補佐……えっと……私は……」

 

「君は……織斑マドカ君だったね。何故君がここに? 君のIDではここに入る権限はないはずだ」

 

 言葉には強い警戒が含まれていた。

 下手な言い訳をすれば問答無用で撃たれる。

 だが、正直に言おうにも、人の気配を追い駆けたらロックされていた隔壁が勝手に開いたなどと言って信じてくれるとは思えない。

 

「実は――」

 

 もっとも、それが事実なのだから考えた結果、マドカはそのままここに来た経緯を話した。

 

「ふむ……少し待ち給え」

 

 だが、突拍子のないマドカの説明をナレインは一笑せずに通信でどこかに確認を取る。

 

「……どうやら本当のようだ」

 

 そう言って拍子抜けするほど簡単にナレインは銃を下ろした。

 

「いや……いいのか、それで?」

 

「ロックの開放はこの部屋から行われている。君は彼女に招かれたのだよ」

 

「彼女……?」

 

 マドカは振り返ってカプセルの少女を改めて見る。

 

「この子はいったい?」

 

 年の瀬は自分よりも少し幼い。そんな子が機械につながれて羊水のような液体に浮かんでいる。

 それが普通ではないことはすぐに分かる。

 

「この子は私たちの希望だ」

 

「希望? この子が?」

 

 優しげな眼差しで少女を見上げるナレインの言葉をマドカは理解できなかった。

 

「この島には現代医学では治療の見込みがない病に冒されている子供が多くいるのは知っているね?」

 

「はい」

 

「この子もその一人だった。この子の場合は最初期に篠ノ之束が作った純正のコアで延命を行った。

 だが、あらゆる手を尽くしはしたが、結局この子は帰らぬ人となってしまった」

 

「まさか、死体を処分することができない。なんて女々しい理由でこんな施設を?」

 

「いいや。この話にはまだ続きがあるのだよ」

 

 マドカは口をつぐんでナレインが語るのを待つ。

 

「心臓が止まり、脳波も消えた。生命反応は完全に消失した。

 だが、彼女に装着していたISは外れるどころか、彼女の中に取り込まれた。

 いや、コアが彼女の中に入っていったと表現する方が正しいのだろうな」

 

「コアが人体に入り込んだ? まさか人体が機体の代わりになったというのか!?」

 

 にわかに信じがたい話だが、彼が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「それだけではないよ。生命維持装置を介してコアは島のシステムとも繋がり、ISとしての機能を島のシステムに拡張させている。

 この島がただの人工島にならず、ステルスシステムを持つ移動要塞となったのはこの子のおかげなのだよ」

 

 あまりのことにマドカは絶句した。

 光学迷彩や、シールドバリヤー。それに島という巨大な質量を動かす動力。

 その全てがIS由来のものだとは思っていなかった。

 

「それじゃあ、まさかこの島がISそのものだと言うんですか?」

 

「私も未だに信じられないがね」

 

 マドカの驚きに共感するようにナレインは苦笑する。

 

「コアを複製再現できたとはいえ、篠ノ之束が作り出した自己進化プログラムは未知数の代物だ。

 彼女の身に何が起きているのかは私たちにもまだ分かっていない。だが、一つ確実に言える事は彼女が生きているということだ」

 

「生きている?」

 

「消えたはずの脳波が蘇り、一年前からは止まったはずの心臓が再び鼓動を始めた。

 未だに彼女の意識は戻っていない。目覚めたとしても、それが元の彼女の人格なのか、それともISコアの人格が覚醒するのか分からない」

 

 ISには意識に似た何かが存在しているということはマドカも座学で学んでいる。

 しかし、ISが人となると言われても困惑しか感じなかった。

 

「コアとの会話が成功すれば、篠ノ之束には到達できない何かを得ることができる。私はそう考えている」

 

 おそらく、白式の単一仕様能力を発現させたのは彼女によるものだろうとマドカは漠然と思った。

 彼女の加護をその身で受けたマドカからすれば、ナレインの言う希望も間違いではないと思える。

 

「あの……」

 

「ん……?」

 

「この子の――」

 

 言いかけたところで、マドカとナレインが持っていた通信端末が鳴り始めた。

 二人は同じ動作で通信回線を開いて用件を確認する。

 

「敵襲のようだな」

 

「そのようです」

 

 元来た道を戻ろうと、駆け出そうとしたところでマドカはナレインに呼び止められた。

 

「織斑マドカ君」

 

「何ですか?」

 

「この島と島に住む人たち、そしてこの子を守るために君の力を貸してほしい」

 

「え……?」

 

 ナレインの言葉にマドカは虚をつかれた。

 『力』なんてないと誹られてきたマドカにとっては思いもよらない言葉だった。

 なのに、彼はマドカに『力』があると言った。

 

「この子の――」

 

 不思議な高揚感を胸に感じながら、マドカは少女を見上げてナレインに尋ねた。

 

「この子の名前は、何ですか?」

 

 ナレインはマドカと同じように少女を見上げて答えた。

 

「この子の名は皆城乙姫という」

 

 

 

 

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