ISのファフナー 外伝   作:アルカンシェル

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4 旅路ーなかまー

 

 

 実働部隊との合流まであと七日。

 

 アラクネの蜘蛛の糸がゴーレムの動きをからめ取る。

 

「やれ、織斑っ!」

 

 オータムの叫びにマドカは黒いエネルギーフィールドを纏った黒剣を振り抜いた。

 驚くほどに抵抗は少なく、刃はゴーレムを両断した。

 マドカはすぐにその場を離脱して、ゴーレムの自爆から退避する。

 

「残敵なし、状況は終了だ」

 

 オータムの言葉にマドカは張り詰めていた緊張を解いて息を吐いた。

 二度目の侵攻は大きな損害もなく、終了した。

 

 

 

 

 

 

 戦後処理を終えた時にはもうすっかり夜の時間だった。

 

「今日はこっちに泊まるか」

 

 迎撃に成功しても準警戒態勢は解かれていない。

 こんな状況では学校も休校しているため、地上の自分の家に帰る必要性はあまり感じなかった。

 

「どうせ誰もいない家だしな」

 

 自嘲気味に呟き、地下施設にある自分の自室を目指して歩き出す。

 部屋からちょうど11歩の距離にある自動販売機で適当な缶ジュースを買ってそのまま部屋に向かう。

 

「あ、マドカ。お帰り」

 

「え……?」

 

 ドアを開くとマドカを迎える声があった。

 

「翔子……それに……甲洋」

 

 部屋にいたのは彼女だけではなかった。

 春日井甲洋。

 学校で一番もてている軟派な男。何故か翔子に付きまとうその男の姿を見てマドカはあからさまに顔をしかめた。

 

「おい甲洋。翔子をこんな時間まで連れ回して何を考えている?」

 

 翔子は先天的な内臓疾患で島で一番身体が弱い。

 今は即戦力の予備兵ということで、複製ISコアを与えられ、その生体維持機能のおかげで彼女は健康体として動くことができる。

 しかしだからといって、無茶をしていい理由にはならない。

 マドカは甲洋を責めるように睨む。

 

「いや……これは……その……」

 

「ち、違うのマドカ」

 

 うろたえる甲洋を翔子が庇う。

 

「春日井君は私の我儘を聞いてくれただけなの」

 

「我儘?」

 

「こ、これ!」

 

 そう言って翔子が差し出したのはバスケットだった。

 開けて中を見てみると、サンドイッチにフライドチキンなどが詰まっていた。

 

「これは……?」

 

「マドカの夕食……マドカは放っておくと食べなかったり簡単なもので済ませようとするから春日井君に頼んで作ってもらったの」

 

「家はほら、喫茶店だからさ」

 

「む……」

 

 翔子の指摘にマドカは反論の言葉を詰まらせる。

 缶ジュースを飲んだらそのまま寝てしまおうと思っていただけに翔子の言葉を否定することはできなかった。

 

「いや……だが……」

 

「ああ、一応日持ちがするものにしたから明日の朝食にしてくれてもいいよ」

 

「甲洋のくせに生意気だぞ」

 

 完璧な気遣いをする甲洋にマドカは悪態を返していた。

 

「あ、あと……これっ!」

 

 次に翔子が差し出したのは小さな御守りだった。

 

「お守りっ、みんなから」

 

「中を見てみてよ」

 

 翔子の言葉に甲洋が補足を付け加える。

 首を傾げながらマドカは小さな紫の布袋の中から折りたたまれた紙を取り出した。

 

「これは……」

 

 促されるままに紙を広げてみると、そこには所狭しと書き込まれた言葉があった。

 

『頑張れ』

 

『みんなを守ってくれてありがとう』

 

『明日の朝日を信じて戦う。それが機動侍!』

 

 その寄せ書きを見たまま、マドカは固まった。

 

「マドカ、もしかして泣いてる?」

 

「なっ!? そんなことあるかっ!」

 

 翔子の指摘にマドカは声を大きくして返し、泣いてはいないが服の袖で目元をこすった。

 

「マドカ、ちゃんと帰ってきてね」

 

「……ああ」

 

「今はまだマドカと一緒に戦えないけど、私、頑張ってマークゼクスの操縦者になるから、マドカみたいになるから」

 

 その言葉にマドカは少なからずの衝撃を受けた。

 自分が誰かの憧れになれるなど考えたことはなかった。

 出来損ない。そう言われ続け、力を、そこにいるんだと示すために戦ってきたつもりなのに。

 翔子に、織斑マドカはここにいるのだと肯定された気がした。

 

 ――守ろう……

 

 翔子だけではない。

 寄せ書きが詰められたお守りを握り締めながらマドカは、強く思った。

 

 ――みんなを守りたい……

 

 今までただ力を求めいたマドカは初めて力の使い方を考えた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと六日。

 

 三度目の強襲で、一機のISが大破して戦死者が出た。

 そのことも衝撃だったが、何よりもシールドバリアーの無効化という事態が動揺を強くした。

 

「っ……」

 

「すこし我慢してね」

 

 左肩の火傷の治療にマドカは呻く。

 

「しかし、シールドバリヤーの無効か……」

 

「元々が篠ノ之束によって作られた技術だ。それができたところで不思議ではない」

 

 その治療の横でオータムが一人の男と交わしている会話をマドカは聞いていた。

 男の名前はウォルター・バーゲスト。

 男性用コア搭載型IS、ファフナー・グノーシスモデルの操縦者。

 子供であるマドカが戦場に出るのをよく思っていないのか、率先して戦場でマドカを敵の攻撃から守ってくれている。

 今回の負傷も、彼のおかげでこの程度で済んだとも言えた。

 

「絶対防御が当てにできないなら後発のファフナーは全身装甲型にするべきだな。それからマドカの白式も全身装甲にした方がいいだろう」

 

「私なら大丈夫だ。それよりも盾になってくれているウォルターの機体の防御力を上げるべきではないか?」

 

 ウォルターの言葉にマドカは寝台に横になったまま応える。

 

「いいや。ウォルターの言うとおりだ。お前の単一仕様能力、零落白夜もどきが私たちの戦力の要だ。お前に抜けられると困るんだよ」

 

「だが、次の襲撃に間に合わせることはできないだろ?」

 

 マドカの指摘にオータムは忌々しいといわんばかりに舌打ちをした。

 

「適当なメットとボディアーマーでも着込んどけ、何もないよりかはましなはずだ」

 

 妥協案を上げると、ウォルターが話題を変えた。

 

「それからメガセリオンとベイバロンのことだが」

 

「ああ、コアの回収はできたのか?」

 

「メガセリオンの方はゴーレムに奪われたがベイバロンの方は回収できた。だが、操縦者は重体でもう戦線に出るのは無理だろう」

 

「操縦者の代わりは?」

 

「アイがすでに初期化して最適化を始めている。修理も含めて十時間後に戦線復帰できるだろう」

 

 アイシュワリア・フェイン。マドカよりも少し年上で軍事訓練を受けているが、彼女は新兵で確かそれほどISの稼働時間は長くなかったはず。

 そんな兵員を投入しなければならないほどに自分達は追い詰められていた。

 

「やはり最適化ではなく、汎用化にして一つの機体を複数人で使い回した方がいいのではないか?」

 

「それも考えたが、新兵を反応の鈍いISに乗せたら被弾率が増えるだろ?」

 

「だが、この出撃頻度では疲労でミスが出てくる可能性だってある」

 

 オータムの主張も、ウォルターの主張もどちらも一長一短だった。

 

「そもそも、他に戦力として使える奴はいるのか?」

 

「オルガ・カティーナ・ベトレンコと他二名が機体があれば戦闘に参加することはできるだろう」

 

「そうか……なら、そっちの案でベイバロンは調整してくれ」

 

「了解した」

 

「それから、ウォルターと私はこのまま準待機。マドカ、お前はここできっちり休んでおけ」

 

「私はまだ大丈夫だ!」

 

 オータムの指示にマドカは大声を上げて反論した。

 

「バーカ、敵がまだ来てない時に粋がってんじゃねえよ糞ガキ。

 てめえはとっととその身体を治して大人しく身体を休ませろ。ついでに白式に追加装甲もつけておくからな」

 

「だが、負担はお前達と同じはずだ。私だけ休むなんて――」

 

「単一仕様能力を使っているお前の方が負担は大きいだろ。

 それに言っただろ。お前の零落白夜もどきが攻撃の要だってな。疲れて肝心な時に使えなかったら後ろから撃つぞ」

 

「う……」

 

 オータムに凄まれてマドカはたじろぎ、結局彼女の指示に従うことになった。

 

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと五日。

 

 その日、マドカを欠いた三人編成でゴーレム五機の撃退に成功した。

 そのことに少しだけ残念な気持ちになるが、戦死者が出なかったことにマドカは喜んだ。

 また、翔子たちも訓練で忙しいのか、その日に彼女達に会うことはなかった。それを少し寂しいと感じた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと四日。

 

 その日は小型ゴーレムの群れとの戦闘だった。

 一個体は最初のゴーレムほど強くはないが、数百におよぶ敵の数は脅威だった。

 ツインドックをローテーションしてシールドエネルギーや弾薬の補給をしながら戦って五時間。

 最後の一機を落とした時、専用機持ちとして最も長く戦っていたマドカとオータムは疲労から倒れた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと三日。

 

 

「マドカッ!!」

 

 仮眠室に駆け込んできた甲洋の大声にマドカは弾かれるように起き上がった。

 

「何だっ! また敵襲か!?」

 

 身体は昨日の疲れを残していてだるさを感じるが、泣き言は言ってられない。

 マドカはベッドから降りて、身体を屈伸して調子を確かめる。

 

「なに呑気なことしてんだよ!? 戦闘はもう始まってるぞ!」

 

「何だと……?」

 

 甲洋の言葉にマドカは慌てて自分の携帯端末を確認する。

 非常召集がかけられているが、それを消した形跡がある。

 寝惚けて切ったにしては、ベッドとテーブルでは距離があって考えられない。

 

「早くしてくれマドカ、羽佐間と将陵先輩が――」

 

 その言葉にマドカは甲洋を部屋に置き去りにして駆け出していた。

 

 

 

 

 ファフナー・ノートゥングモデル。

 それまでの装着型のグノーシスモデルとは違い、対絶対防御無効処置として作り出された全身装甲型IS。

 後発のために実験的に先行させて作られた六番機、マークゼクスが羽佐間翔子に与えられた専用機だった。

 

「ああああああああああっ!」

 

 マークゼクスは絶叫を上げながらロングソードをがむしゃらに振り回した。

 いくらIS適性が高くても翔子は戦闘の素人。

 振り回した剣は当たりはしても、刃筋が立ってないため斬ることはできなかった。

 

「っ!」

 

 ロングソードが掴まれて、片手で握り潰される。

 ゴーレムはそこから身体を回して、人間のような動作でマークゼクスを蹴り飛ばす。

 

「ぐっ!」

 

 息を詰まらせながらも翔子はマークゼクスの体勢を立て直して、背部のスラスターを全開にしてゴーレムに体当たりをした。

 

「うああああああああっ!」

 

 ゴーレムを壁に叩きつけ、押し付けたままマークゼクスは小振りのナイフ、マインブレードを何度も叩きつける。

 

「この島からっ、いなくなれっ!」

 

 何度も叩き付けた切っ先が装甲の間に入り込んで深々と突き刺さる。

 マークゼクスは突き刺さったナイフに横向きの力を入れて刀身を折り、そこに内蔵された爆薬を起爆する。

 その爆発に頭をもがれて機能停止したゴーレムは次の瞬間に自爆した。

 

「きゃあっ!?」

 

 逃げ遅れたマークゼクスはその衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「私は……まだ……戦える……みんなを守ってくれているマドカを……私が……」

 

 痛む身体をなんとか立ち上がらせると、新たなゴーレムが現れた。

 

「ぬああああああっ!」

 

 ハンドガンを展開して乱射する。

 が、元々の火力不足の銃弾では何発撃ってもゴーレムの装甲に弾かれるだけだった。

 瞬く間に弾が尽きる。

 翔子は二度三度、空撃ちをしてからマガジンを取り替えようとして――

 

「っきゃあああっ!?」

 

 上空から急降下してきた別のゴーレムの体当たりにマークゼクスは吹き飛ばされた。

 全ての武器を失い、地に倒された翔子が感じたのは悔しさではなかった。

 

「こんな風にマドカは戦っていたんだ」

 

 苦しい辛い、そして怖い。

 だが、マドカは一度もやめたいとは言わなかった。

 そして動けなくなるまで彼女は戦った。

 

「私もマドカみたいに……戦うっ!」

 

 だが、意志も空しくゴーレムが動けなくなったマークゼクスに腕のビーム砲を向けて――

 

「させるかぁっ!」

 

 地上スレスレを滑空して現れたマドカが黒剣を二閃し、すれ違い様に二体のゴーレムを斬り捨てた。

 

「マドカ……何で……?」

 

 加速の慣性を制御をミスしたのか、マドカは足で地面に跡を刻んでマークゼクスの前から滑って行く。

 ようやく止まったところで、マドカはバタバタと走ってマークゼクスの前に戻ってきた。

 

「何で……は……こっちのセリフだっ!」

 

 非常召集に気付かないほどに疲れ切っていたマドカは、顔色を悪くしながらも翔子を怒鳴りつけた。

 手に持っていたのが剣でない別の何かだったなら、容赦なくマークゼクスの頭に振り下ろしていそうな剣幕でマドカは黒剣を突きつけた。

 

「これはっ! 訓練じゃない実戦なんだぞ! しかもISの安全性なんて当てにならない戦争だ! 本当に死ぬんだぞっ!」

 

「分かってる」

 

「分かってないだろ! お前が死んだら容子おばさんだって悲しむんだぞ! 私だって、お前がいなくなったら……」

 

 マドカは言いかけた言葉を飲み込んでしまうが、翔子には彼女が何を言いたいのか十二分に分かった。

 

「私、ISに乗れば飛べる……今まで何もできなかった私だけど、生まれて初めて自分にできる、自分にしかできないって言われたの」

 

 その気持ちは図らずともマドカが抱えるものと似ていた。

 

「私は……自分の意志で戦いたいの」

 

 翔子の言葉にマドカは数秒、マークゼクス越しの目で見つめ合った後に、おもむろに背を向けた。

 

「あ……」

 

「まだ敵は残っている。僚も戦っている」

 

「マドカ……」

 

 マドカは自分のパススロットにあるハンドガンを使用許諾を出してマークゼクスに放り投げて渡す。

 

「今は時間がない。戦闘が終わったら説教を覚悟しておけ。それから何を言ったか知らないが、容子おばさんにちゃんと謝れ」

 

「うんっ!」

 

 飛び立った白式を追って白亜のマークゼクスが飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 実働部隊との合流まで二日。

 

 

 昨日の独断専行ながらも、実戦を経験した将陵僚と羽佐間翔子は正式な防衛戦力として認められることになった。

 僚はオータムとベイバロン、翔子はマドカとウォルターの三人でそれぞれトリプルドックを組むことになった。

 ゴーレムも強化され、襲撃はより激しいものへとなった。

 しかし、背中に守るものを実感したマドカは獅子奮迅の活躍を見せ、誰も死なせなかった。

 その背に、誰かがこう言った。

 

「まるでブリュンヒルデだ」

 

 

 

 

 

 そして、運命の分起点となるその日を迎えた。

 

 

 

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