『力を欲しますか?』
何処ともしれない蒼穹の空の下で織斑マドカは白い騎士に尋ねられた。
『力を欲しますか?』
繰り返される問いかけにマドカは答えることができなかった。
以前なら、即答で欲しいと答えていた。
なのに今は以前のような力への渇望はなかった。
「力なら……もう私は持っている」
*
「おいマドカ……マドカ、起きろよ。マドカッ!」
身体を揺すられて目を覚ますとそこは白式を整備していたピットだった。
「こんな時に寝てられるって、お前って本当に図太いんだな」
「夢を見ていた……」
「夢……どんな?」
「私が……この島に来た時の夢だ」
「……あれから随分経つけど、マドカは変わったよな」
「そうか?」
そんなことを言われてもマドカは自覚できなかった。
「来たばっかりの時は巻紙先生に何度も怒られて、羽佐間をおぶってきた時だってサボるつもりだったんだろ?」
「よく覚えてるな」
甲洋に言われてマドカはその日のことを思い出す。
学校に転入した翌日、さっそくサボろうとしたマドカは道端に落ちていた翔子に遭遇した。
死にそうな顔をしながら、それでも学校に行きたいと呟いた彼女をマドカは背負い、学校に送り届けた。
サボるつもりだったマドカは手ぶらで、オータムに怒られた。
その日は翔子に教科書を見せてもらい、その後は彼女の家にマドカは入り浸るようになった。
「覚えてるさ。その時の羽佐間は本当に嬉しそうだったから」
「甲洋?」
「お前が羨ましいよ」
「何だ、いきなり?」
「お前みたいになりたいって、ずっと思ってたんだぜ?」
「翔子にも同じようなことを言われたな」
そんなことを呟くと、甲洋は虚を突かれた顔をしてから嬉しそうに笑う。
「なあ、マドカ。守ってやってくれよ」
「え……?」
「俺には無理でも……お前なら……守ってやれると思うから」
浮かべた笑みは消えていた。
彼は真剣で、どこか悲しげなだった。何もできない辛さをひしひしと感じさせる。
「頼む」
「……分かった」
なんで? 誰を? そう聞き返すこともできずにマドカは素気なく応えた。
甲洋は何も言わず、ただ小さく頷いた。
*
実働部隊との合流、当日。
島の進路上に大小様々なゴーレムが展開されていた。
「よくもこれだけの数を」
パッと見、百は超えていそうな大軍にマドカはヘルメットの下で笑うことしかできなかった。
「翔子、無理はするなよ。危なかったらすぐに逃げていいんだからな」
「大丈夫、マドカの背中は私が守るから」
頼もしい言葉にマドカは苦笑する。
「いくぞっ!」
マドカと翔子、第一迎撃隊の役割は敵陣に突入しての遊撃。
他の部隊に防衛を任せ、ひたすらに敵を斬る
「大軍で迎えたのは失敗だったな篠ノ之束っ!」
ゴーレムの動きはそれまでと違って複雑さはなかった。
大軍の連携プログラムが不完全なのか、それとも別の理由か、何にしてもただのゴーレムに負ける気がしない。
「マドカ、凄い」
翔子の感嘆の声が聞こえる。
「マークゼクスッ!」
マドカは呆然と立ち尽くしていたマークゼクス、その背後から接近してきたゴーレムに向かってブレードを投げた。
ブレードがゴーレムの頭に突き刺さる。
マドカはすぐに白式を駆り、手に新たなブレードを展開する。
エネルギーパック搭載型ブレード『千夏』。
零落白夜もどきで消費されるエネルギーを肩代わりして使い捨てるための武器。
マドカは新しい『千夏』に黒いフィールドを纏わせて、ゴーレムを肩から胴に一気に斬り裂いた。
「ぼやっとするな! 一体は弱くても油断したら死ぬぞっ!」
「っ……はいっ!」
厳しい言葉にはっきりと返事をしてマークゼクスがレールガンを撃ち出す。
マークゼクスが引き付けたゴーレムを白式が横から切り裂き、白式に迫るゴーレムをマークゼクスが撃ち、時にはマインブレードを突き刺し爆破する。
たった一度の実戦を経験し、今も凄まじい速度で成長していく翔子にマドカは笑う。
適性値『S』、ISに乗る上でもっとも理想的な数値を持っている彼女に嫉妬した時もあった。だが――
「今更だが気分がいいものだな……仲間に背中を預けて戦えるのは」
「マドカ? 何か言った?」
「何でもない」
苦笑しながらマドカはまた新しい『千夏』を展開する。
*
どれほどのゴーレムを斬り落としただろうか。
数十本用意していた『千夏』は底を尽き、今はシールドエネルギーを使用しない通常攻撃でマドカはゴーレムと戦っていた。
「もういい、マークゼクス。撤退しろ」
「撤退……?」
荒い息を吐きながら、翔子がマドカの言葉に戸惑いを返す。
「でも、まだ……」
「もうお前の方が限界だ。シールドエネルギーもほとんど残っていないだろ?」
「そうだけど……でも――マドカ後ろっ!」
翔子の声にマドカは背後から撃たれたビーム砲を避け――瞬時加速で一気に接近、しようとしてスラスターが止まった。
「っ、スラスターのエネルギーが!」
失速した白式にゴーレムは二射目のビーム砲を構えて、爆散した。
マドカたちの横から無数の弾幕が雨となってゴーレムに降り注ぐ。
「マドカッ! 援軍だよ。助けが来た、来てくれたんだよ!」
落下する白式をマークゼクスが抱え、翔子が歓声を上げた。
「ああ……よく……戦った。みんな……よく生き残った」
マドカはその声に満足げに言葉を返した。
亡国機業製のファフナー、メガセリオンとベイバロンが合わせて六機。それに派手な全身金色のゴールデン・ドーン。
島の操縦者とは違ってみんな熟練の域にいるIS操縦者たち。
「これで――っ!?」
安堵したところにマドカはマークゼクスに突き飛ばされた。
「翔子、何を――」
突然のことにマドカは対処しきれず、PICで姿勢を立て直しマークゼクスを見上げた。
瞬間、どこからか飛来したミサイルがマークゼクスに命中し、爆発した。
「翔――あうっ!?」
逃がされた白式に、遅れて銃火が降り注ぐ。
「ベイバロンッ!? 何で!?」
マークゼクスにミサイルを撃ち込み、白式にライフルを乱射して接近してくる相手は援軍だと思っていたファフナーの一機だった。
「何をする!? 私たちは味方だっ!」
「はっ、もうあんたたちは組織の人間じゃないんだよ!」
ベイバロンの操縦者、キース・ウォーターはマドカの訴えを鼻で笑った。
「それはどういう意味だ!?」
「迷惑なんだよ! 勝手にコアを量産して、平和に使いましょう? 馬鹿馬鹿しい」
「それの何が悪いっ!」
「自分がテロリストだって忘れたのかい? だいたい男にIS? 奴隷は地べたに這いつくばっているべきなんだよ!」
キースの女尊男卑の言葉にマドカは顔をしかめた。
島はISの存在に関係なく、男と女で助け合って生きていた。
男だからと卑屈にならず、女だからと傲慢に振舞わず、普通の男女の営み、平和がそこにあった。
「ふざけたことを言うなっ!」
マドカは激昂と共に剣を振って、距離を取る。
マドカは見てきた、島で病気に苦しむ子供達を。ISを使えば、病気を克服できると希望に笑う人たちを。
「お前達が島を壊すというなら、私が島を守るっ!」
「はっ、一人でこの人数を相手にしようってか?」
キースはマドカの啖呵を鼻で笑い、三機のファフナーで白式を囲む。
「……私は一人じゃない!」
マドカが叫ぶと一機のファフナーに銃弾が殺到し、その装甲やカスタムウイングを破壊する。
撃ったの両手にハンドガンを装備したマークゼクスだった。
一機が落ちた動揺にマドカはすかさずキースの懐に入り込み、ブレードを振る。
流石の対応力と言うべきか、キースはショートブレードを素早く展開してその一撃を受け止める。
「ちっ、流石全身装甲型、ミサイル一発じゃ落ちなかったか」
悪態を吐きながら、キースはマドカから距離を取るようにライフルを乱射する。
そこにマークゼクスが回り込みマインブレードを腰溜めにして突撃する。
キースのベイバロンは何故かその場を動かず――
「うわああっ! 殺されるっ!」
「っ……!?」
悲壮なキースの悲鳴に翔子が思わず急停止してしまった。
「ありがとう、お嬢ちゃん。殺さないでくれて、御礼に殺してあげるわ」
眼前に刃を突き付けられながらキースは酷薄な笑みを浮かべて、逆にマークゼクスに銃口を突きつけ躊躇わずに発砲した。
三度響き渡る銃声に、同じ数だけマークゼクスが跳ねる。
「やめろっ!」
マドカは咆哮し、残りわずかなシールドエネルギーで黒剣を発動させ、キースに斬りかかる。
「私はお前達を斬れるっ!」
「ああ、そうかい」
激昂したマドカの一撃をキースは急速離脱を行って回避する。
「なっ!?」
空振ったマドカの眼前には別のベイバロンがライフルを構えていた。
銃口が火を吹き、白式の最後のシールドエネルギーを吹き飛ばした。
白式が強制解除され、マドカの身は空に投げ出された。
「っ……」
高高度からいきなり生身を晒すことになったマドカは息を飲んだ。
ISの装備とは別になるメットとボディアーマーは残っていても、そんなものは何の気休めにもならない。
せめてもの救いは下が地面ではなく海であること。
マドカは着水の衝撃に身構える。だが、落下は唐突に止まった。
「あんたは捕獲だよ。まだ使い道があるんだってさ」
「くそっ! 放せっ!」
後ろ首を掴まれたせいで抵抗してもがいても大したことはできない。
捕獲され、何をされるか分からないのなら死んだ方がマシだった。
「マドカを放せっ!」
その声にマドカは安堵よりも、危機感を感じた。
身体の三箇所に弾痕を刻み、それ以外にもかなりの破損を受けているにも関わらず、マークゼクスが飛翔する。
「まだ動くのか! しつこいんだよっ!」
捕獲されたマドカに一直線に飛ぶマークゼクスに並走しライフルの銃弾を浴びせる。
しかし、背中に受ける銃撃に怯まず、翔子はマークゼクスの速度を上げてキースを振り切り、マドカを捕まえたベイバロンに追い縋る。
「やめろ翔子っ! 私のことはいいっ! お前だけでも逃げろっ!」
「ああああああああっ!」
マドカの叫びは聞こえていないのか、翔子は普段の大人しさが嘘のように激しく咆えて、ベイバロンに体当たりをした。
「――――」
体当たりの衝撃にベイバロンの拘束が解けて、マドカの体はは再度落下する。
「待てっ! 今お前は何を言った!? いくな翔子っ!」
マークゼクスに手を伸ばしながらマドカは絶叫する。
マークゼクスは体当たりをした状態から相手の胴体にしがみ付くように腕を回し、スラスターを全開にして飛翔した。
「くそっ!」
仲間を助けるためか、落ちていくマドカを無視してキースはマークゼクスを追い駆ける。
数瞬、遅れてマドカは海に落ち、その衝撃に意識を喪失させた。
*
目を覚ましたのは島の医務室だった。
「起きたか、マドカ」
ベッドの横には簡素な椅子に将陵僚が座っていた。
「僚……あれからどうなった!? 翔子は!? 島は!? あいつらはどうした!?」
「まずは落ち着いてくれマドカ。急に動くと身体に障る」
起き上がろうとする身体を押さえつけられ、マドカは無理矢理横にされる。
僚も病気持ちでひ弱なはずなのに、それに抵抗できないほどにマドカの身体は消耗していた。
「まずあいつら、篠ノ之束のゴーレムは俺達の戦闘が始まったら撤退した。
それから組織のやつらは島の秘密兵器を使って一時的に追い払うことに成功した。島は今、ステルスモードでちゃんと動いている」
「秘密兵器、そんなものがあったのか?」
「ニーベルングシステムって言うらしい。詳しいことは俺も知らない。それで……あの戦闘で巻紙先生と……ウォルターさんが死んだ」
「オータムと……ウォルターが……?」
「ウォルターさんは捕まった俺を助けために……」
その時のことを思い出しているのか、僚は悔しそうに唇を噛み、拳を固くする。
「翔子は……どうなった?」
「他にもたくさんの人が死んだ」
「答えろ僚っ!? 翔子はどこにいるっ!?」
マドカの追求に僚は口をつぐんで、答えた。
「羽佐間は…………死んだ」