あの日から襲ってくるのは篠ノ之束のゴーレムではなく、亡国機業のISに変わった。
白式は急ピッチで修理されているが、完全に元通りになるまでおよそ一週間かかると言われた。
「あれが完成したノートゥングモデルか」
待機室の大型モニターで戦況を見守っていたマドカは亡国機業のISを圧倒する味方に冷めた目をして見守っていた。
「神経接合システム、ニーベルングシステム。
ISコアと同調し、ファフナーに一体化して操縦ではなく、ファフナーになって動かすシステム。
ISはイメージで動かせるから意外と簡単だけど、このシステムを使えばそれすら必要ないか」
同じものを見ていた僚が自分よりもうまくファフナーを使っている大人たちに感心する。
彼らの適性値は決して高くない。
元々が、ISの適性値で選出された軍人ではないのだから当たり前なのだ。
しかし、そこにIS適性を無視できるシステムが開発されたことによって、適性で乗れなかった彼らはたった一度の実戦でもう自分達と同等の練度を持っていた。
「何で……」
配備された機体は十二機。
今回の戦闘で出ているのは相手に合わせて三機だが、どの戦闘も亡国機業の実働部隊に対して十分に渡り合っている。
「何で……」
IS適性の低さで、無能と蔑まされてきたマドカにとっては喉から手が出るほど欲しいシステムだった。
しかし、マドカが思ったのは羨望ではなく憤りだった。
そのシステムがあればみんなが生き残れたのではないかと思ってしまう。
「くそ……」
白式にあのシステムが搭載していれば、少しでも早く彼らが参戦してくれていれば、誰も死なずに済んだのではないのかと思わずにはいられない。
「なあマドカ、あれから甲洋とは何か話したか?」
そんな過去を悔やむマドカに僚は別の話題を振る。
「いや……あれから甲洋とは顔も合わせてない」
僚の問いにマドカは俯いて、その時のことを思い出す。
*
「お前なら助けられたはずだ! お前はISに乗っていたじゃないか!」
目を覚ましたマドカの元に来た甲洋は開口一番でマドカを責めた。
その時にマドカが感じたのは、責められたことによる安堵ではなく、翔子がもういないのだという実感だった。
「お前なら…!」
拳を振り被る甲洋に僚が割って入って止める。
「甲洋、あの状況じゃあ無理だった。誰も組織の裏切りなんて想像してなかったんだから」
「でも何かできたはずだ! 助けられたんだ!」
涙を堪えて叫ぶ甲洋はマドカを責めるように見えて、まるで自分に言っているようにも感じた。
「自分たちだけ生き残って、それでいいのか! 無理だったなんて…そんなんで納得しろってのか!」
甲洋の叫びにマドカは何も言えなかった。
「翔子は苦しんで……苦しんで死んだんだぞ……なのに、俺達だけ生き残って…」
「いなくなったのは翔子だけじゃない」
泣く甲洋に僚は非情ながらも事実を突きつける。
「分かってる……でも……でも……」
甲洋はその場に泣き崩れる。
そんな彼にマドカは何も言葉をかけることはできなかった。
*
「うああああああっ!」
白式の修理が完了したその日に襲撃者の中にキースを見つけたマドカは飛び出していた
連携や戦術など考える余裕などなく、頭に血が昇った状態のマドカはキースに遊ぶように弄ばれる。
「よし、今日はこれで十分だ。撤退するよ」
キースはマドカの神経を逆撫でる挑発を重ねた挙げ句、簡単に撤退をした。
「待てっ! 逃がすものかっ! お前は、お前だけでも絶対に――」
「落ち着けマドカ」
キースを追い駆けようとしたマドカの前に僚のマークアインが立ち塞がって止めた。
「退けっ! 僚! あいつはっ! あいつが翔子をっ!」
「分かってるっ! だけど冷静を失ってお前までやられたら翔子に何て言い訳するっ!?」
「ぐ……」
彼女の名を出されてマドカは押し黙り、剣を下ろした。
「くそっ!」
頭では分かっている。
アルゴス小隊も、モノクローム・アバターも亡国機業の中で選りすぐりの猛者たちの集まり。
適性値、実戦経験、ISの稼動時間。
全てにおいて劣っている上で、感情に任せて戦ってしまえばわずかな勝機だって見出すことはできない。
それは分かっていても、あの女の顔を見ると。それにあの女の翔子をだしにした挑発に冷静さを保つことができなかった。
「翔子……」
こんなにも彼女の存在が自分の中で大きくなっていたとはマドカは思っていなかった。
「CDCへ戦闘は終了しました。マークアイン、マークフィアー、白式。これより帰還します」
部隊長である僚が司令室に報告をしたところで、マドカはようやく肺に溜めた空気を吐き出した。
「すいませんでした、シモンさん。勝手な動きばかりして、ほらマドカも謝って」
「う……まあ、その……すまなかった」
単機行動をする白式をフォローするためにマークアインとマークフィアーは終始振り回されていた。
気持ちが荒ぶっていても、何度も危ないところを助けてもらったのは事実。
僚に促されるまま、マドカはマークフィアーに頭を下げる。
しかし、返ってきたのは沈黙だった。
「おい、何か言ったらどうだ?」
罵られることも覚悟していたのに、無視されてマドカは不快感を感じた。
「おい――」
「待て、マドカ。様子がおかしい。シモンさん聞こえてますかっ!」
詰め寄ろうとしたマドカを僚が止める。
「まさか被弾していたのか?」
「いや、破損はない……シモンさん、強制脱装します」
一言断りを入れ、僚が有線接続をしてマークフィアーを解除する。
量子変換の光の中から項垂れた大人の男性が浮き上がり、僚がそれを受け止める。
次の瞬間、力なく垂れていた彼の手足から緑の結晶が溢れ出し、瞬く間に全身を覆い尽くす。
「っ!?」
「なっ!?」
目の前の光景に二人が言葉を失っていると、全身を覆い尽くした結晶は音を立てて砕け散った。
マークフィアーの操縦者、シモン・ネタニヤフはISコアを残して消え去った。
それがニーベルングシステムによる最初の犠牲者だった。
*
ニーベルングシステムには重大な欠陥があった。
ISコアとの同調による肉体の変貌、ファフナーと一体化すればするほど身体が結晶化し最後にはコアに飲み込まれるように消える、同化現象。
それがあの日までこのシステムを使わなかった理由だった。
そして今、そんな危険なシステムに頼らなければいけないほど島は追い詰められていた。
*
亡国機業の襲撃は散発的に続いた。
決して深追いはせず、ある程度戦ったら逃げていく、その繰り返し。
まるでファフナーの欠点を知っているように、少しずつ、まるで同化現象を促すように戦わされた。
ニーベルングシステムを搭載していない、白式とマークアイン、ベイバロン。
その三機で迎撃に出ても敵は必ずファフナーが出なければならない様に数を調節してきた。
その日も誰も犠牲にならず戦闘は終わった。
それでも一人ずつ、目の前で仲間が、いなくなった。
*
「M計画?」
「ああ、このままじゃ事態が遠からず、ファフナーに乗れる人はみんないなくなる。それはマドカも分かってるだろ?」
マドカは僚の言葉に無言で頷いた。
「ISに乗れる大人がいなくなったら、次は予備兵の子供達が乗る事になる。そうなる前に組織の追手を振り切る作戦だ」
「具体的な内容は?」
「この島が三つの区画にで構成されているのは知っているだろ?
左右のLボートとRボートに戦力を分散させて囮にして、中央のメインボートを自爆したように見せかけて潜行モードで海中を移動して敵の目から逃げる作戦だ」
「随分と杜撰な作戦だな。メインボートを囮にした方が分かりやすいんじゃないか?」
「それは元々、篠ノ之束に負けそうになった時に巻紙先生が草案を出していたプランδだよ。
でも、敵の目的は男用のISコアとコアの製造方法のはずだ。だから逃げる奴には絶対に追手がかかる」
「だが、それだと……」
「陽動の期間は一週間。だけどファフナーの消耗率を考えれば囮になる人たちの生存はかなり低い。
「だろうな」
もっとも生き残ったとしてもファフナーの操縦者は同化現象でいなくなってしまう。
彼らはファフナーに乗った時点でいなくなることを覚悟しているのだから、そんな作戦も受け入れることができたのだろう。
「俺達、通常ISの操縦者はいざという時のためにメインボートに――」
「私も囮役になる」
「マドカ、翔子の仇を討ちたいっていう気持ちは分かる。だけど――」
「違う。そうじゃない。奴等は私も捕獲対象だと言っていた。第一形態で単一仕様能力を使えている白式に興味があるんだろう……
それに回数制限のあるファフナーよりも通常ISの白式の方が少しでも時間を稼げる。
それに私が出なければ、そこから作戦を察知される可能性だってある。私は島と一緒には行けないんだ」
マドカの推測に僚は反論しなかった。
「安心しろ。翔子に譲ってもらった命だ。無駄にするつもりはない」
「だけど、死にに行くようなものだぞ」
「僚、私はこの島に来れてよかったと思っている」
「マドカ……」
「私にはそれまで何もなかった。だけど島は私にたくさんのものをくれた。どこにもいなかった私に居場所をくれた。
だから島に、みんなに恩返しがしたいんだ」
「…………そうか」
マドカの決意に僚は苦笑して息を吐く。
「マドカも戦うのか」
「……も?」
「ああ、俺も囮の部隊に志願した」
「おい僚、今自分が言った言葉を忘れたのか?」
「マドカと同じだよ。俺に居場所をくれたみんなにお返しがしたいんだ」
マドカと同じ理由を口にする僚にマドカは止める言葉が見つからなかった。
*
作戦決行日。
マドカはその光景をLボートの大型モニターで見ていた。
本島のメインボートが所々で爆発を起こし、海沈んでいく。
見せ掛けのものだと分かっていても、海の中に消えていく島の姿に胸が締め付けられる。
「うまくこっちに気がついてくれるといいんだけど」
「気付くさ。あいつらは組織の中の精鋭だ。本島を囮にして逃げ出した私たちのことを見逃すはずはない」
僚が口にした不安をマドカは即座に否定する。
敵を信頼するというものおかしい話だと、マドカは思った。
「マドカが言うなら、そうなんだろうな」
「それより身体は大丈夫なのか?」
「ああ……うん。ISを着ける様になってから、ずっと調子はいいんだ」
脇腹の辺りをさすりながら僚は嬉しそうに答えるが、すぐにその表情を曇らせる。
「こんなにすごいものなのに、何で戦うことにしか使おうとしないんだろうな」
「さあな。奴らや、駄ウサギの考えなんて分かりたくもない」
「マドカは篠ノ之束が実は宇宙なんて目指していなかったって話、信じるか?」
「お前はあんな俗説を信じているのか?」
島では篠ノ之束についていくつかの仮説があった。
歴史の転換期となった白騎士事件。
その以前にISが発表された学会の話は島と島の外では認識は大きく異なっていた。
島の外では、あの学会に参加した学者たちは偉大な篠ノ之束の発明を理解しなかった愚か者たちの集まりと今でも批判されている。
だが、島にもいる当時の学会に参加していた者達は今でも束の論文は0点だった主張していた。
「他人が模倣できない論文に意味はない。それが先生たちの主張だけど……
コアの構造、原理は一切秘密。男しか乗れない理由も明言しない。宇宙空間での実験データもない……
それでいて暴言を吐いて、他人を見下していた態度……それで本当に誰かの信頼を得られると思っていたのかな?」
「さあな。あの人格破綻者の考えなんて分からないが、初めから白騎士事件を起こすつもりだったのかもしれないぞ」
「篠ノ之束は、神様にでもなったつもりなのかな?」
「だとしたら、ろくでもない神様だな」
実際はもうほとんど神様のようなものだった。
島のIS以外はマスタープログラムがあるため、束の意思一つで動かすことも止めることも自由にできる。
ISに依存し始めている社会にとって、遠からず篠ノ之束は決して逆らってはいけない存在になるだろう。
「……来たか」
話を止めて、マドカはモニターに映る外の景色から、自分達がいるLボートに向かってくるISの集団を見つけた。
「僚、死ぬなよ」
「ああ、マドカも……そういえば、ちょっと手を貸してくれるか」
「ん? 何だやぶから棒に?」
いぶかしみながらマドカは言われたとおり、腕を差し出すと僚はその腕にマジックで何かを書いた。
「これは……何だ?」
意味の分からない言葉にマドカは首を傾げた。
「緯度と経度の語呂合わせだよ。島の合流地点のな」
「……ああ、そういうことか」
言われてマドカは言葉に隠された数字を読み取り納得する。
「三ヵ月後。島はそこで俺達のことを待っていてくれる。これはそれを忘れないためのおまじないだ」
「なら普通に数字を書けばいいのではないか?」
「それだと敵に見られたら駄目だろ」
「それは……確かに」
マドカが僚の言い分に納得すると、僚は自分の腕にマドカと別の語呂合わせを書く。
「二人だけで何を面白そうなことやってんだ?」
そうしていると一人の大人が気さくに声をかけてきた。
「道生か」
声をかけてきたのはバンダナを頭に巻いた青年、日野道生。マークアインの操縦者の男だった。
「そういうもんは俺達も混ぜてくれよ」
そう言うと道生は他の操縦者達に声をかけた。
「だが……」
その先を言うのをマドカは躊躇った。
ファフナーに乗ることは同化現象を促し、コアにその存在を食われることになる。
この場にいる自分と僚だけはニーベルングシステムを搭載していないからその心配はないが、彼らはそうではない。
「おいおい、俺はこの作戦で死ぬ気なんてさらさらねぇぞ」
マドカが口をつぐんだ理由を察して道生はそう言った。
「俺は島に帰ったら結婚するんだ。死ぬつもりでこんな計画に参加したつもりはないぞ。みんなもそうだよな?」
「俺はこの戦いから帰ったら楽園のパインサラダを食べに行くんだ」
「僕は島に読みかけの小説を残してきた」
道生に釣られてファフナーの操縦者達は口々に未来のことを口にする。
「俺は戦闘機のエースパイロットだったんだぜ。ISに乗れさえすれば女なんかに負けないぜ」
「はっ、ここで奴らを全滅させれば三ヶ月も待たなくていいんだろ。楽勝だ」
他には余裕ぶる者。
みんな、未来を見ることで不安をかき消そうとしていた。
「ほら、俺にも書いてくれ」
そう言って道生はマドカに向かって腕を差し出した。
「いや、私ではなく書き出したのは僚で――」
「お前に書いて欲しいんだ」
マドカの言葉を遮って道生は言った。
「お前は最初の戦いからずっと戦ってくれた。俺達、大人が不甲斐ないせいでお前や将陵にはこんなところにまで付き合わせちまっている。
今更だが、礼を言わせてくれ。今まで島を守ってくれて、ありがとう」
道生にならって、集まった大人たちは口々にマドカへの感謝を口にする。
「マドカ、何か応えてやれよ」
その光景に呆然とするマドカの背中を僚が叩いて、促す。
「し、知らんっ! それよりも出撃の準備をしろ! すぐに敵は来るぞっ!」
みんなからの視線にマドカは気恥ずかしくなって、そっぽを向く。
背中に苦笑の気配を感じながら、マドカは餞別にクラスメイトの男子からもらったヘルメットを被る。
もうシールドバリアーは正常に機能しているため、必要はないのだが、それを被ると不思議と勇気が湧いてくるように感じた。
「私は……私はあの島が好きだ」
背を向けたまま、マドカは呟くように言葉を作っていた。
「だから、戦って……必ず帰ろうっ!」
その言葉に力強い返事が返ってきた。
*
三度目の出撃から戻ったマドカはそこにいるはずのない彼と遭遇した。
「甲洋っ!? お前、何でここにっ!?」
「俺も志願したんだ。ファフナーの交代要員として」
マドカの存在を無視するように歩き去ろうとした甲洋の肩を掴んで止めると、冷めく、棘を含んだ声で彼は答えた。
「マドカ、俺は必ず翔子の仇を取る。お前にできないことをして、お前よりも優秀な操縦者だって証明してやる」
挑戦的な言葉で自分を蔑む甲洋の鋭い眼差しにマドカは言葉を失った。
「ふんっ!」
掴まれた肩を強引に振り解き、甲洋は足早に去って行った。
まるで人が変わったかのようで、柔らかな笑顔を浮かべていた彼はもういない。
「翔子……私はどうすればいいんだ?」
そんな甲洋の姿にマドカはかつての自分を重ねずにはいられなかった。
とにかく誰かを憎み、力を証明することに固執していた頃の自分。
平和がマドカを変えたように、戦争が甲洋を変えた。
その事実にマドカは胸を痛めて虚空に尋ねるが、答えは返ってくることはなかった。
*
作戦決行から六日目。
防衛ラインを一機のISに突破され、Lボートの中に必要最低限の人員しかいないことに気付かれた。
「よくも騙してくれたねっ!」
屈辱に顔を歪めるキースにマドカは逆に口元を吊り上げた。
「はっ! そんな見え見えの作戦で逃げられると思っているのか!? だったか?」
メインボートの目眩ましからLボートを追い駆けてきた彼女のセリフをマドカは嘲笑も含めて返してやる。
「このくそガキがっ!」
激昂したキースに、マドカは前に彼女にされたように引きつけてからその攻撃を避け、叫ぶ。
「撃てっ! 甲洋っ!」
「俺に命令するなっ!」
そんな言葉を返されるが、マークフィアーは両肩に装備して大口径のビーム砲、『メディーサ』を撃つ。
野太い光線がキースのベイバロンに直撃する。
「やったか!?」
「ちっ、こういう時には絶対防御は邪魔だな」
叫ぶ甲洋に対してマドカは舌打ちをした。
絶対防御を発動させ、落ちていくキースにマドカは忌々しく呟きをもらし、止めを刺そうと追い駆けて、炎に遮られた。
「っ……!? この炎、スコールかっ!」
「やってくれたわね、織斑マドカ。まさか貴女がここまで使えるようになっているとは思わなかったわ」
金のアーマーに蠍のような尻尾が特徴的なISゴールデン・ドーン。
彼女は昨日までこちら側の戦場にはいなかった。
それが意味することは二つ。
一つはRボートが落とされたこと。もう一つは本島は彼女達の目を振り切り、作戦そのものが成功したこと。
それに加えて、彼女の部隊の登場で敵側の勢力が増えた。
ようやくアルゴス小隊のリーダーであるキースを落とせたというのに、戦況は悪い方向へ傾いていた。
「お前も敵かっ!」
新たな敵の登場に甲洋が咆えてメディーサを乱射する。
高出力のビームは熱線のバリアに歪められて、逸らされる。
「くそっ!」
「やめろ甲洋っ! そいつは――」
「うるさいっ! 邪魔をするなっ!」
マークフィアーは銃剣、『ガンドレイク』を手にゴールデン・ドーンに斬りかかる。
熱線のバリアがガンドレイクを受け止めると、逆にガンドレイクの方を焼き切った。
「この――」
「遅いわよ。坊や」
それでも怯まずに、至近からメディーサを向けるマークフィアーにゴールデン・ドーンの尾が先端を開き、マークフィアーを捕まえた。
「マークフィアーを放せっ!」
すかさずマドカはゴールデン・ドーンに斬りかかるが、スコールはマークフィアーを抱えたまま軽やかにマドカの斬撃を避ける。
「ぐああああっ!」
ミシミシと拘束の圧力が増しているのか、甲洋の悲鳴が上がる。
「甲洋っ!」
脳裏に翔子の姿が浮かぶ。
「ほら、どうしたの織斑マドカ? 早くしないと貴女のお友達が潰れちゃうわよ」
安い挑発だったが、次々と繰り出される超高熱火球『ソリッド・フレア』にブレードしか武器を持っていないマドカは近付くことさえできなかった。
攻めあぐねるマドカにスコールは笑みを作り、火球をマークフィアーの右腕に放たれて爆ぜた。
「うわあああああっ!」
「知ってるわよ。ニーベルングシステム搭載型のノートゥングモデルは人間の運動機能を再現するために痛覚を機体と同調させてるって……
坊やはあと何回耐えられるかしらね?」
「スコールッ!」
気持ちを焦らせて無謀な突撃をするマドカを狙い済まして、火球が放たれる。
向かえば火球で迎撃され、攻め手を緩めるとスコールはマークフィアーを攻撃する。
「ほらほら、どうしたの? 早く私を倒さないと大切な友達がまた死んじゃうわよ」
『また』。その言葉に最も強く反応したのはマドカではなかった。
「それは……翔子のことかっ!?」
甲洋の激昂と共に、マークフィアーを拘束していた尾が黒い何かに侵食された。
「何っ!? シールドエネルギーがっ!?」
予想外の展開にスコールは狼狽し、スコールはその原因になっているマークフィアーを投げ捨てる。
「スコールッ!」
そこにマドカはすかさず斬り込んだ。
「ちっ!」
咄嗟に身を引かれてマドカの黒剣はISの装甲ごと彼女の生身の腕を斬り飛ばす。
「やってくれたね!」
しかし、スコールは何の痛痒も感じさせない動きでマドカを蹴り飛ばした。
「くっ……」
蹴りのダメージは大したものではないが、その衝撃に大きく距離を取られる。
「あああああああっ!」
戦場に甲洋の咆哮が響き渡ると、彼の機体から緑の結晶が生えると同時に黒い瘴気を周囲に撒き散らされた。
その黒い何かに触れるだけで、シールドエネルギーが減少していく。
「ちっ、こいつも単一仕様能力に目覚めてたみたいね、総員撤退よ」
マークフィアーがもたらす力に脅威を感じたスコールは素早く逃げることを決める。
「待てっ! スコールッ!」
それを追い駆けようとするマドカだが、止まらない甲洋の悲鳴にそれを止めた。
「甲洋っ!? もういい。敵は撤退したっ!」
その声が届いたのか、それとも力尽きただけなのか、黒い瘴気の放出が止まってマークフィアーは崩れ落ちた。
墜落するマークフィアーをマドカは空中で受け止める。
バイタルを見れば、同化現象が急激に進行した兆候が見て取れた。
「帰ろう。甲洋……もう戦いは終わったんだ」
二つの部隊の隊長を大きなダメージを与えることができた。
翔子の、これまで死んでいった者たちの仇を取れなかったことは心残りだが十分な戦果だった。
それに六日間の陽動に成功した。
「私達は島に帰れるんだ」
作戦の始まりから多くの人がいなくなった。
それでも自分達は生き残ることができた。
しかし、その喜びはLボートで彼女を迎えた女に踏み躙られた。
「ちっ、ようやく帰ってきたか」
その女は倒れ伏した整備員の頭を踏みつけて、そこにいた。
第二世代型ISアラクネ。
その中から聞こえてくる口の悪い声は、亡国機業の最初の襲撃で死んだはずのオータムのものだった。
「オータム……何で……お前が?」
「けっ、素直に私が残したプランδを使ってれば、こんな面倒なことにならなかったのに」
呆然とした口調で問いかけるマドカに答えず、オータムは悪態を吐いて足元の整備員を無造作に蹴り飛ばす。
生々しい音を立てて、壁に叩きつけられた整備員はそこ赤い染みを広げた。
「オータム……お前だったのか……?」
「ああ? 何だ気付いていたからプランδの裏をかいたんじゃなかったのか?」
「お前がっ! スパイだったのかっ!」
敵がニーベルングシステムの欠点を考慮した消耗戦を仕掛けてきた理由。
「お前はっ! あの島の巻紙先生だったはずだろ! なのに何で!?」
「ああん? 巻紙先生だぁ? 違えよ。あたしはモノクローム・アバターの一人にしてスコールの恋人のオータム様だ!」
学校の時よりも三割増しな口の悪さ。
口は悪いし、猫を被っているし、すぐに暴力を振るってくる嫌いな先生だった。
それでも戦場では背中を任せられるほどに信頼を置いていた。
「翔子が……たくさんの人たちが殺された……」
「それがどうした?」
搾り出したマドカの言葉を、オータムはあっさりと一言で聞き流した。
「お前はっ!」
「おっと、春日井の頭をロックしているぞ。妙な真似をしたら、どうなるか分かってるだろうな?」
「くっ……」
意識を失っている状態の甲洋に肩を貸した状態でいたマドカは歯噛みした。
格納してある武器を展開して斬りかかるよりも、アラクネの砲門が火を吹く方が早いのは確実だった。
「なに安心しろ。殺しはしねえよ。お前には島の場所を吐いてもらわないといけないからな」
島の場所。
白式のアームに隠れた右腕に書いたものを思い出す。
「だが、まあ抵抗されても鬱陶しいからその腕は引きちぎっておくかっ!」
一気にアラクネが加速してマドカに肉薄する。
甲洋を抱えていたマドカは咄嗟の反応ができず、無防備な身体をさらし――
横から壁を突き破って現れたマークツヴァイがそのままアラクネに体当たりをして壁に叩き付けた。
「僚っ!」
「マドカ、甲洋を連れて逃げるんだ」
「っ……だが……」
僚の言葉にマドカは躊躇い、倒れている整備員達を見る。
「もうここには誰もいないっ!」
「っ……」
「もう……いないんだ」
耐えるように搾り出された悲痛な僚の言葉にマドカは息を飲んだ。
「将陵っ! よくもやってくれたな、この死に底ないの半死人のくせにっ!」
マークツヴァイに弾き飛ばされたアラクネの中からオータムの憤怒の声を響かせる。
「ここは俺に任せて行くんだマドカ! お前たちは島に帰るんだっ!」
マークツヴァイがアサルトライフル『ガルム44』を展開し、乱射する。
「はっ、遅ぇよ!」
アラクネは広くない整備区画を、その名が示すとおりクモのような動きで縦横無尽に駆け回り、マークツヴァイを上から叩き伏せた。
「お前達が相手をしていた下っ端と違って、私はスコールの右腕なんだよ。てめえみたいな素人の攻撃なんて当たるか」
「そうかよ……なら、うぐっ」
勝ち誇るオータムに僚は突然痛みに呻き出した。
「何だ? 死んだか? これだから病気持ちは――」
次の瞬間、八本の足に組み伏せられていたマークツヴァイは滑らかな、柔道のような動きで逆にアラクネを床に引き倒していた。
「ファフナーが俺で……俺がファフナーだっ!」
その言葉でマドカは僚が何をしたのか察した。
「僚……お前……ニーベルングシステムを……」
「行くんだマドカ。島に俺達の最後を伝えてくれ」
「っ……」
僚の覚悟にマドカは言葉が出てこなかった。
「行けっ!」
三度目の叫びにマドカはマークツヴァイに背を向けて白式を飛ばした。
「逃がさねえぞ糞ガキッ!」
「お前の相手は俺だっ!」
その言葉を背後にマドカはLボートの外に飛び出した。
*
何処とも知れない浜辺に辿り着いたマドカは砂浜に膝を着いて崩れ落ちた。
肩を貸すようにしていた甲洋は意識のないまま、マドカの横に倒れた。
「僚……みんな……」
白式のデータリンクから、作戦の最終段階、Lボートの自爆が執行された。
胸に込み上げてくるものがあった。
「行かないと……帰るんだ……島へ……」
それでもまだ泣く時ではないと、マドカは自分に言い聞かせて立ち上がる。
「おや? おやおや?」
不意に決して忘れることのできない声がマドカの耳に届いた。
「っ……篠ノ之束……」
白式のエネルギーは0で展開することはできない。
マドカは代わりにナイフを抜いて構えるが、束はそんなものを意に介さずにマドカに、正確にはマドカの被ったヘルメットに顔を寄せる。
「あはは! ゴウバインだ。懐かしいな」
殺気立つマドカに対して束は無邪気だった。
「死ねっ!」
まじかに迫った顔にマドカは殺意を解放してナイフを振るう。
しかし、束はあっさりとそれを避けて、振り抜かれた右腕を掴む。
「これは返してもらうよん」
そう言って、どんな手品を使ったのか、マドカの右腕に装着されていた待機状態の白式が束の手の中に納まっていた。
「待――」
待て、制止の言葉を叫ぼうとしたが、その瞬間マドカは束に蹴り飛ばされていた。
「本当なら大事な大事な私のコアを勝手にいじったお前達なんてぷちって潰すつもりだったんだけど、懐かしいものが見れたからそれくらいで勘弁してあげる」
言うだけ言って、束はそのまま去って行った。
マドカは蹴られた胸から痛みが引くのを待ってから、ゆっくりと身体を起こし、それまで被っていたヘルメットを脱いだ。
「最後の最後でお前に守られたな……衛」
これをくれたクラスメイトに感謝を捧げながら、マドカは倒れたままの甲洋に肩を貸して歩き出す。
「絶対に……島に帰るぞ。甲洋」
彼からの返事はなかった。
*
島との合流地点は当然、海の真ん中だった。
白式を篠ノ之束に奪われたマドカにそこへ行く術はない。
ISのコアなら甲洋のものがあるが、ニーベルング接続によって甲洋の命が尽きるまでそれは外れることはない。
仮に外れたとしても、そのコアは男性用のものなのでマドカには反応しない。
だから、マドカは島に帰るための手段を考えて、そのために歩く。
「――そういえば、覚えているか甲洋? ――」
マドカは何の反応も返さない甲洋にずっと話しかけながら歩き続ける。
「――その時に翔子がな――」
何の反応も示さないが、翔子の話題の時だけはかすかに反応しているように感じた。
「――諦めるなよ甲洋。島に帰れば治療できる。もう少しの辛抱だ――」
何も応えない甲洋を励ましながら、ひたすらにマドカは歩き、辿り着いた。
*
凍えるように寒い雨が降っていた。
傘を差す余裕などなかった。それでもマドカはほとんど尽きている体力と気力を振り絞って歩みを進める。
「甲洋、もう少しだ」
曲がり角を曲がった先に見えた一軒家を見て、マドカは声に希望を含ませて甲洋に話しかけた。
当然、反応は戻ってこない。
それでもマドカはめげずに足を動かす。
一歩一歩近付いてくる家。その家がマドカにとっての最後の希望だった。
「あと……少し……」
冷たい雨はマドカの足取りを重くする。
同時にもうその家しか見えてないマドカは向かいから歩いてくる女に気付かなかった。
「は、やっぱりここに来たか糞ガキ」
その言葉と共にマドカは腹を蹴られていた。
雨に濡れる道に甲洋と一緒にマドカは投げ出された。
「ゲホッ、ゲホッ! ……オータム……」
マドカは咳き込み、弱々しい声で自分を蹴った者を認識した。
「あぁ? お前、白式はどこにやった?」
「……さあな」
身体はまともに動かない。それでもこの裏切り者の質問に素直に答える気にはならなかった。
「ちっ、ならもうお前は用済みだ」
舌打ちをしてオータムはサイレンサーを付けた銃をマドカに向けた。
引き金が引かれる瞬間、マドカは残っている力を振り絞って地面を蹴った。
弾丸が肩をかすめ、マドカはオータムの腰に体当たりをして地面に押し倒す。
そのまま、頭を大きく仰け反らせて、オータムの頭に打ちつけた。
「がっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
オータムが動かなくなるまで何度も打ち付けた頭が鈍く痛む。
それでもマドカは立ち上がり、甲洋の元にふらふらと歩いていく。
不意に空気の抜けるような音が短い音が二つ、マドカの耳に届き、マドカは膝を着いた。
「あ……」
力が入らなくなった足を見ると両足に銃弾を受けて、血が流れていた。
「何をやってんだよオータム」
呆れた声を響かせて、キースが現れる。
気を失っているオータムにキースは肩を竦めると、マドカに銃を突きつけた。
「ようやく見つけたぞ。出来損ない。あの時の借りを返しに来てやったよ」
話しかけてくるキースにマドカは言葉を返す余力などなかった。
無反応なマドカにキースはつまらない舌打ちをする。
「あの女の家の前で長居はごめんだ。さっさと死んでもらうよ」
そう言ってキースは引き金を引いた。
だが、銃弾の衝撃はマドカに届かなかった。
「え……?」
「ちっ、サンプルが勝手に動いてんじゃないよ!」
キースの蹴りの衝撃が彼の身体越しに伝わってくる。
「こう……よう……?」
ここまで動くことも、話すこともしなかった甲洋がマドカを抱き締めるようにして彼女を守っていた。
「…………たぞ……」
「甲洋……?」
「たしか……に…………たすけ……たぞ……まどか……たしかに……」
うわ言のように繰り返される言葉。
「このっ!」
いくら殴り、蹴ってもマドカを放さない甲洋にキースは痺れを切らせてISの腕を展開し、力任せに二人を引き剥がす。
「甲洋っ!」
力尽きていたはずの身体から大きな声が出ていた。
「甲洋! 甲洋っ! 甲洋っ!!」
手を伸ばすが、動かない足では彼に届かない。
「甲洋っ! こう――」
「うるさいんだよっ! お前はさっさと死んでな」
キースはマドカの顔を蹴って黙らせて、銃を突きつける。
「やめなさい」
今まさに引き金が引かれようとした瞬間、銃のスライドを抑えてスコールが止めていた。
「スコール、何で?」
「それを撃ったら、その坊やがISを展開していたわよ」
「っ……」
「貴重な人の形のまま残ったサンプルよ。できればそのまま連れて帰りたいの、分かるでしょ?」
優しく諭すような口調のスコールにキースは舌打ちをして銃をしまった。
「…………こう……よう……」
マドカは彼女達の話など、耳に入らず、動かない足でもがきながら必死に手を伸ばしていた。
「春日井甲洋と織斑マドカを回収。すぐにこの場を撤収するわよ」
マドカは薄れて行く意識の中で、何度も助けを求めた。
その声も、手も、届くことはなかった。
*
「ん……?」
不意に織斑千冬は立ち上がり、道に面している窓の前に立って外を見た。
そこには一台のワゴン車が家の前を横切っていくところだった。
「どうかしたの千冬姉?」
「いや……誰かに呼ばれた気がしたのだが……気のせいだったみたいだ」
弟の一夏にそう返し、千冬はソファに座り直し、久しぶりの我が家での休日を堪能するのだった。
織斑マドカ編完。
この話をもってマドカ編は終了となります。
半分くらいダイジェストでしたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
マドカをパペットにする案もありましたが、そうするとレゾンルートに一直線なので、このような終わらせ方にしました。
この後の話は活動報告に乗せたプラン2で一夏編に戻り、マドカも絡ませようかと思っています。