『俺の名前は将陵僚……俺達は戦っていた。世界を変えた天災、篠ノ之束と』
*
「またそうやって人を殺すのかっ!? あんたたちはっ!?」
そう啖呵を切った真はそのまま膝を着いた。
――何だこれ? 身体の感覚が……これがISなのか?
大きくなった身体。装甲に当たる風の感触。ひび割れた全身の鈍い痛み。
全く異なる自分を受け入れ切れず、真は動けなくなる。
――早まったな……
肉眼の倍近くに広がった視界を埋め尽くす大量のエラーに真は早くも後悔した。
が――
「あ……あの……」
自分の身体の下にうずくまる少女が恐る恐る頭を上げて声をかけてくる。
「無事か?」
「え……? 男の人の声? まさか二人目?」
「怪我はないかって聞いてるんだっ! ちゃんと答えろよっ!」
「はっはいっ! 大丈夫です」
その返答だけで、後悔などあるはずもない。
「お前も捕獲してやる」
それ以上話している暇もなく、テロリスト側の金色の髪の少女が戦列を離れて真に向かって地面を滑走して来た。
「アンタは逃げろ!」
向かってくる敵に真はうまく動かない身体をなんとか立ち上がらせ、剣を盾にするように身構える。
「遅い!」
少女は銃をブレードに持ち替えて真に肉薄すると、ブレードで剣を弾き、無防備になった胴体を蹴り飛ばす。
「っ!?」
身体に走った衝撃と痛苦に真は悲鳴を上げる。
――ISは操縦者にダメージを通さないんじゃなかったのかよっ!?
前情報で知っていたことと全く違うことに真は悪態を吐く。
「くそ……」
「こいつ……見掛け倒し?」
大きく蹴り飛ばされた真は痛む身体で、再び立ち上がろうと膝に力を込める。
が、やはりISとなった身体はうまく動いてくれない。
「真っ!」
不意に背後から聞き覚えのある声が彼を呼んだ。
「アスラン……?」
振り返るまでもなく倍以上になっている視界にアスラン、それと吉良が人混みの中から現れた。
「お前っ! 何をやってる、それは何だっ!?」
「そんなこと今はどうでもいいだろ! それよりも早く避難――」
怒鳴ってくる声に真は怒鳴り返して言葉を止めた。
テロリストに破壊された検査会場の壁の先、アスランたちの向こうに見えるのは多くの同年代の男達。
もし彼らが取り乱して一斉に出口に殺到すれば、何が起きるのか想像は容易い。
「っ……やめろっ! がっ!」
威嚇で撃たれ、横を掠めようとした弾丸に真は咄嗟に右腕で受け、その痛みに呻く。
防がなければその銃弾は背後の会場の誰かを殺していただろう。
「くそっ……政府の奴ら……男の命よりもISが大事なのかよ?」
本格的な銃撃戦を行い、自分達のことなどお構いなしにISを奪い返そうと躍起になっている政府のIS部隊に真は堪らずに愚痴をもらす。
女尊男卑の社会だということは分かっていても、人の命がコアよりも軽いなど真には理解できない。
金髪の少女は真に銃口を向けたまま警戒してゆっくりと近付いてくる。
「せめて動けたら」
「アスラン、退いて」
不意に吉良がアスランを押し退けて真に、マーク・ツヴァイに駆け寄った。
吉良は剥がれた装甲の中にある端子にケーブルを繋げ、それを自分のノートPCに繋げた。
「っ……何だこのエラーの山は!?」
と言いながら、吉良の指はキーボードを目にも止まらない速さで走っていた。
「前操縦者のデータを初期化、破損による機体機能を制限、シェナジックコードの形成? 戸高真で再設定――」
「すごい……」
水色の髪の少女は吉良の指の速さに見惚れて言葉を失う。
視界からエラーの表示が消えていく。
しかし、テロリストはこちらの事情など構わずに警戒しながら確実に近付いてくる。
考えるまでもなく、吉良の作業が終わるよりも早くテロリストが動くだろう。
「うおおおおおっ!」
「アスランッ!?」
がしかし、吉良の仕事を見守ることしかできなかったアスランが声を上げて駆け出した。
一人逃げるのではなく、あろうことかISに向かって全力疾走。
「馬鹿っ! 何やってんだ!?」
アスランの突然の行動に面を食らったのは真だけではなく、相手のテロリストも同じだった。
「何、こいつっ!?」
咄嗟にテロリストは引き金を引くが、撃ち出された弾丸は威嚇だったのかアスランから大きく外れて地面を抉った。
そして、当のアスランはそれに怯まずに全速力で走った勢いのまま跳んだ。
「なっ!?」
銃に腕ごとしがみ付くアスランをテロリストは振り払おうと腕を大きく振る。
「邪魔をするなっ!」
ISのパワーで振り回されながらも、アスランは歯を食い縛ってしがみ付く。
「吉良先輩っ!」
「あと少しっ!」
「いい加減にしろっ!」
少女は溜まりかねて腕を地面に叩きつける。
「がっ……」
地面に叩きつけられたアスランはそのまま地面に大の字に倒れる。
が、それでもまだその手は銃を放していなかった。
「…………ま……だ……おれ……は……」
「ちっ」
テロリストは大きく舌打ちをしてアスランの手を振り解き、銃口を彼の頭に突き付ける。
「よしっ!」
吉良のその声に真はケーブルを外す間を惜しんで駆け出した。
「人の先輩に何をしてくれてんだっ!」
踏み出した足が地面を捉える。足の裏まではっきりと感じる感覚。
難しいことを考えず、ただ自分の身体を動かすように機体が動いてくれる。
疾走しながらも真の身体となっていたISが緑の結晶で覆いつくされ、次の瞬間音を立てて砕け散る。
『一次移行完了』
皹だらけだった装甲は修復される。流石に失っていた左腕まで完全に修復されてはいなかったがそれでも十分だった。
「っ……」
テロリストがマーク・ツヴァイの疾走に気が付き、アスランから銃口を移すが引き金を引かれるよりも早くマーク・ツヴァイは体当たりをして自分ごとその場から離れる。
倒れたアスランに駆け寄る吉良と水色の髪の少女を尻目に真は意識を目の前の少女に切り替える。
「……何でこんなことするんだお前はっ!?」
歳の背は自分と同じくらい、そんな少女がテロリストとなっていることに驚くよりも胸の奥から湧き上がる憎悪に真は自分でもあるマーク・ツヴァイを動かす。
「お前も邪魔だっ!」
少女が乱暴に腕を振って、押さえつけていたマーク・ツヴァイを振り払う。
振り払われたマーク・ツヴァイは右腕で地面を叩いてその勢いで空中で一回転して着地する。
少女はブレードを構え、マーク・ツヴァイに襲い掛かる。
無手の状態のマーク・ツヴァイは腕の装甲に内蔵された短刀を宙に投げ出し、それを掴む。
「遅いっ!」
人の動きと比べて隙だらけの動きをするISに対してマーク・ツヴァイは懐に入り込み、ISの肩パーツに短刀を突き立てる。
短刀を突き立てながらも、マーク・ツヴァイは敵のブレードを紙一重でかわしてすれ違い、突き刺した短刀の刀身が折れた。
すれ違って距離が開いて少女が振り向き様にライフルの銃口をマーク・ツヴァイに向け――折れて肩に残った刀身が爆発した。
「きゃああっ!?」
大きく仰け反った少女にすかさずマーク・ツヴァイは再接近し、そのまま全力で始めにやられたお返しといわんばかりに蹴り飛ばした。
壁に叩きつけられた少女のISは強制解除され、少女は意識を失ったのかそのまま倒れ込む。
マーク・ツヴァイは落としたルガーランスを拾い、未だに銃撃戦を行っている渦中に向かって飛び込んだ。
「ステラッ? まさかやられたのか!? って走って来た!?」
PICを使って地面を滑走することが主なISの移動方法だというのに、足を使って走ってくるマーク・ツヴァイの姿に両陣営共に面を食らう。
だが、その速度は滑走するよりも速く、瞬く間に横隊を組んでいたテロリストの目の前にまでマーク・ツヴァイは接近する。
「こんなところでそんなもの使ってんじゃないっ!」
ルガーランスを銃を向けられるより速く切り飛ばす。
返す刃で本体を叩き伏せ、そのまま流れる動作で二機目に向けてルガーランスを突き出す。
が、黒髪の少女が乗った三機目が横からブレードで割り込んでマーク・ツヴァイの刺突を弾く。
「ちっ……」
「貴様、その機体をどこで手に入れたっ!?」
「こいつ……」
「操縦者はどうした!? まさか貴様が――」
少女が何かを言いかけるが、少女は大きく後ろに向かって飛んでその場から離脱した。
マーク・ツヴァイも広い視界の中でそれを確認して、少女とは逆の方向に向かって跳躍した。
遅れて政府側のISによる銃弾の雨が降り注ぎ、マーク・ツヴァイに斬り伏せられた一機が逃げ遅れ、シールドエネルギーをゼロにさせられる。
「君っ! 誰か知らないけど下がって――」
「だから、こんなとこで撃つなって言ってるんだろっ!」
目の前に降り立って、銃をテロリストに向けるラファールにマーク・ツヴァイはルガーランスを突き出していた。
「がっ!? 何を!?」
味方だと思っていたマーク・ツヴァイの突然の凶行に操縦者は訳も分からずに狼狽する。
マーク・ツヴァイは切先を背中の装甲に刺し、そのまま頭上に持ち上げる。
そして音を立てて、剣の刀身が二股に開き、突き刺した装甲の傷を強引に押し広げる。
「ちょ――待て待て待って!」
剣の根元に光るプラズマ弾を見て悲鳴が上がる。
だが、その声を無視してマーク・ツヴァイは引き金を引いた。
発射されたプラズマ弾が二股の刀身に沿って機体の内部に撃ち込まれる。
絶対防御が発動すると共に撃ち上げられたラファールが大きく放物線を描いて地面に墜落する。
「かは……」
堕ちたラファールはその衝撃を最後にシールドエネルギーを0にされて強制解除される。
しかし、絶対防御に守られたはずの操縦者は白目を剥いて痙攣を繰り返す。
あまりのことに両陣営のISは動きを止める。
「い……いやああああっ!」
最初に動いたのは政府側のISだった。
悲鳴を上げながら、マーク・ツヴァイにアサルトライフルを乱射する様は冷静さを失っており、操縦者の顔は恐怖で引きつっていた。
迷わず、マーク・ツヴァイは次の標的をそいつに選ぶ。
銃撃を驚異的な反応速度で避けて接近するとルガーランスを一閃。
大きく空にかち上げると跳躍してそれに追いつき、さらに一閃、地面に向けて叩き落す。
それでもまだシールドエネルギーが尽きていないISにマーク・ツヴァイはルガーランスを突き立てるようにそいつの上に落ちる。
シールドバリアーがルガーランスに干渉して弾こうとするが、その力を抑え込み逆に押し込む。
「ひっ!」
操縦者の目の前で刀身が開き、抉じ開けたシールドバリアーの内部ににプラズマ弾を撃ち込まれる。
絶対防御が発動してISが強制解除され、身を強張られせる操縦者を無視して真はすぐに別の敵を探す。
「四つ……残りは――」
刀身を元に戻して辺りを見回すと、テロリスト達はすでに撤退の体制に入っていた。
「逃がす――があっ!」
突然全身に電気が走ったかのような痛みに真は悲鳴を上げて膝を着く。
「何だ今の……?」
しかし痛みは一瞬で消え、気のせいだったかと首を傾げる。
「動きが止まった。今だ撃てっ!」
動きを止めたその隙を見逃さず、政府側のIS達がマーク・ツヴァイに向かってライフルを一斉掃射する。
「なっ!?」
咄嗟に避けることを考えたが、ハイパーセンサーの目に見える背後にアスラン達がいるのを見て反射を押し止める。
「民間人がいるんだぞ!?」
無数の弾丸が装甲を抉り、むき出しの左腕を隠していたボロマントを引き裂く。
盾にしたルガーランスは折られ、生身に当たった弾丸は絶対防御で弾かれ、瞬く間にシールドエネルギーを奪っていく。
永遠とも思える数秒。
エネルギーは奇跡的に一桁残ったが、機体は最初の時以上にボロボロだった。
「真っ!」
背後から呼ぶ声に彼らの無事が分かり真は安堵する。
しかし、それも束の間。
政府側のISが地面を滑走し、マーク・ツヴァイに接近し頭に銃口を突き付ける。
「男がISに乗るなんて汚らわしい……死ねっ!」
「っ……最低だな……お前達っ!」
男がISに乗るのは許せない。
だから今の混乱に乗じて、真を殺そうとしている目の前の女に真は嫌悪をしか感じなかった。
――俺は死ぬのか? こんなところで、こんなふうに……?
両親と妹を殺され、政府にその事実を隠蔽され、そして自分もいま、インフィニット・ストラトスに殺される。
――ふざけるな……
自分の死も、あの時のようになかったことにされるのだと思うと怒りが込み上げてくる。
「死んで堪るかっ! 俺はまだここにいるんだっ!」
頭の奥で何かが弾けた音を聞いたような気がした。
生身の左腕を跳ね上げて、火を吹こうとしていた銃口を空に押し退ける。
「こいつ、まだ動くのか!?」
折れたルガーランスを投げてぶつけ、一瞬の怯みを逃さずマーク・ツヴァイは目の前のラファールに組み付き、地面に押し倒してマウントを取る。
「ひっ!?」
怯えた操縦者の顔が余計に真の怒りをより燃え上がらせる。
「ふざけるな!」
傷だらけの右手を握り締め、その顔に向けて振り下ろす。
「いやっ!? やめてっ!?」
「ふざけるなっ!」
人を殺そうとしておいて、民間人の命を軽視しておいて、命乞いを聞いてもらえると思っている女に殺意を感じる。
――ああっ、ああっ、気分がいい……
何度も振り下ろし、その度に泣き叫び歪む女の顔に真は快感を感じにはいられなかった。
直前まで見下された相手だと思うとその感情はより一層大きくなる。
絶対防御が邪魔で潰せないのが、その分声が聞こえる。
「はははははっ!」
異常な哄笑を上げる真の姿に誰もが言葉を失い、止めるのを忘れる。
十数の拳を受けてラファールのシールドエネルギーが底を着く。
強制解除されて、操縦者は生身をさらす。
「あ……」
それでも振り上げた拳を止めようとしないマーク・ツヴァイに彼女はぐしゃぐしゃになった顔を引きつらせた。
「やめるんだ真っ!」
制止の声が聞こえたが、真は止まらなかった。
振り上げた腕が、振り下ろ――
水が鞭となってマーク・ツヴァイを弾き飛ばした。
その衝撃にエネルギーがゼロとなり、空中に投げ出された真は回転する景色の中で自分を見ている女達を見た。
誰もがISを纏い、手には武器を持っている。
そんな彼女達に真は怨嗟の吐く。
――みんな、いなくなればいいのに……
それは言葉になることはなく、真はそれを最後の思考として意識を喪失させた。
*
異様な雰囲気に飲まれ、誰も動けなくなってしまった状況。
目の前で全身装甲型ISに組み敷かれていたラファールが消えたところで我に返るが、もう遅かった。
見ていることしかできない少女は当然として、ISに乗っている警備班も完全に出遅れた。
腕は無数の銃弾で穿たれ、指はひしゃげてしまっているのに、それは相手が泣き叫んでいるのに止まらない。
「やめるんだ真っ!」
彼の友人、先程フィッティングを行った青年が叫ぶ。
しかし、声は届かず、歪になった拳は情け容赦なく振り下ろされ――
水の鞭が全身装甲型ISを弾き飛ばした。
「あ……」
空中で強制解除された彼は意識を失っているようで、そのまま地面に叩きつけ――られる前に新たに乱入してきたISが彼を受け止めた。
その見覚えのあるISと操縦者に思わず声がもれる。
「お姉ちゃん……何でここに……?」
「あら、偶然ね」
「偶然……?」
「ええ、偶然今日の仕事が早く終わって、偶然この近くを移動していたら、偶然緊急の出撃要請を受けて急行したのよ」
「あ……」
言われて状況を思い出す。
全身装甲型の所業に意識を奪われて忘れていたが、元々はテロリストのIS強奪が発端だった。
当のテロリストの姿を探すが、彼女達の姿はもう何処にも見当たらなかった。
「大丈夫よ。別働の回収部隊はもう抑えてあるから、ロックを解除できない以上、ステルスモードは使えないからすぐに捕まえられるわ」
抜かりのない仕事振りに妹は言葉を失い俯いた。
「私はこのまま現場の収拾をするから、また後でね」
そう言って、姉は颯爽とした背中を見せつけて周囲のISに名乗って指示を出す。
「あ……」
その背中があまりにも遠くに感じ、思わず目を逸らした。
一つ違いで国家代表の姉。
対して、自分は代表候補生で今はただの列整理のスタッフ。
有事の際のマニュアルもあったが、自分も他のスタッフ達もろくに生かし切れていなかった。
「私は……何もできなかった」
流れ弾に逃げ惑う民間人を救ったのは二人目の男性IS操縦者。
不完全なシステムを直したのも、その時間を稼いだのも、今日適性検査に訪れていた男の民間人。
わずか数十秒でフィッティングを行った技術と生身でISに向かっていく胆力。
何の訓練も受けていない彼らに対して自分はどうだっただろうか。
ISに乗るため、代表になるための相応の訓練を受けていたというのに、いざとなったら何もできなかった自分が堪らなく恥ずかしかった。
「ISがあれば……私だって……」
彼の暴走を止めることも、テロリストの鎮圧もできたはず、そう自分に言い聞かせなければとても平静にしていられなかった。
だが、待ち望んでいた専用機の開発が未完成のまま中止されることをまだ知らなかった。